上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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幕間改 後悔の囁き

 春日山にしんしんと雪が降り、年を跨いでも肌寒い日々が続いている。

 しかし、何事も慣れというやつで長らく越後の冬を経験している上杉の家臣は寒さには慣れている。

 一名を除いてであるが。

 

「あぁ~……冷える!」

「我慢しろよ、これぐらい」

 

 颯馬が龍兵衛の大きな独り言に噛み付く。

 彼は暑さには慣れているが、その代わりに寒さには弱い。

 越後に来て、四年ほどになるが、北陸地方以北の寒さをこれまで経験した事が一度も無かった。

 平成の東京生まれ東京育ちで、しかも冬の寒さは比べ物にならないぐらいに暖かく、便利な機械がいくつもあった。それで、この寒さに耐えろなど、どだい無理な話だ。

 

「お前達だって夏は完全にぐだってたくせに」

「あのなぁ、俺達はあんな暑さは初めてだったんだ」

「俺だってこの冬は同じようなもんだ」

 

 ここには龍兵衛と颯馬、兼続がいる。

 仕事の確認で集まったが、三人共に今日の主だった予定が終わりだったので世間話に興じている。

 その後、話題は城下の事へと自然に移った。

 

「ここのところ城下町の治安も大分安定して来たよな」

「やっと法令が浸透して来たんだろう」

 

 龍兵衛と颯馬の言葉には確実な手応えが自信となって表れていた。

 二か月前に法令の整理について様々な意見交換を通じ、更に謙信の判断によって龍兵衛の草案全てとはいかないが、ほぼ同じような物が通ることになった。

 だが、敵討ちを殺人罪とするのは保留となった。

 必死に訴えたが、謙信も武家、民を問わずにかなりの不満が出ると考えたため、没にした。

 結果、最初は厳しいという声が上がる事も懸念されたが、それ程までも無く、むしろ城下の治安が良くなると民からは喜ばれた。

 そのおかげか、起こる事件といえば食い逃げぐらいになった。

 

「冬が終わればいよいよ開墾だ。その時には手伝いに行かないとな」

「お前は本当に農業には力を入れたがるな」

「そりゃあ、食い物作っているのは農家の人達だろう? しっかりと働ける環境を整えるのが俺達の役目だ」

 

 二人は頷くしかない。

 元々、農家出身の彼はその難しさを良く知っているという自負があったし、実際、そうである。

 年貢を減らすことも考えているが、あまり豊かではない領地に拡大する上杉では院内銀山、阿仁鉱山の発掘を本格化するまで財政を支えるものが無いため、やむを得ない。

 青苧座や佐渡金山が発展している間に様々な収益の柱を建てなければ負担を軽減できない。

 国外に目を向ければ、加賀の一向宗の動きも気になる。最近は大人しいが、何が起きているのか不明だ。

 それ以上に上杉家を驚愕させたのは今川が織田に降伏したという事である。

 更に義元の死は偽造だったことも判明した。

 織田は美濃を攻めているようだが、斎藤は内乱の影響で殆ど守る力が無い模様である。

 半兵衛もこの戦には干渉していないようで、美濃陥落は時間の問題となった。

 

「(時の流れが早過ぎる)」

 

 龍兵衛からすれば、永禄の変がかなり早い時期に起きたのを始めとして時代の流れがおかしいと感じていた。

 女性が将をやっている時点で彼にとっては違和感があるのだが、気にしない。

 肝心の武田はどうやら今川を狙って失敗したらしい。

 今は逆に今川、徳川が武田に攻め込もうとしている。

 川中島の戦いで大敗したが、信玄の存在があるため、すぐに落ちることは無いだろう。

 北条の動きは無いが、武田に付くか、今川に付くかは不明である。今は里見との戦いに集中しているらしい。

 東海のことが話題となっていたが、途中で兼続が龍兵衛に訪ねて来た。

 

「なぁ、斎藤義龍殿ってどんな方なんだ? はっきり言うが、あまりいい噂を聞かないのだが」

 

 前置きがあったが、はっきり過ぎる兼続の発言に龍兵衛も引きつった笑みを浮かべるしかない。

 

「……確かにそうだな。でも、悪い人では無いぞ。義龍様は優秀な方だ。だけど、どうも口下手でな……あまり人に理解されないというか。何というか……あ、景勝様のような感じかな」

 

 それで二人は納得したらしくと頷いた。

 そこからは龍兵衛による斎藤家の人達についてどんな人かの説明となった。

 

「……で、重さんは危ない人であるという事」

「でも、本当に口から出て来るのか? 魂が別にお前を疑っている訳ではいないが」

「いや本当だって、斎藤家の人達で見たことない人いないと思うよ」

「それはそれで色々と駄目な気がするが……さてと、もうこんな時間か……」

 

 颯馬の言葉で外を見るとかなり話し込んでしまったようで雪も上がって夕日が出て来ている。

 龍兵衛と兼続が部屋に戻ろうとするが、颯馬だけ違う方向に向かいだした。

 

「颯馬、何処へ行くんだ?」

「いや……まぁ、ちょっと厠……に」

 

 そう言うと颯馬は去って行った。

 

「(わかりやすい奴……)」

 

 内心、呟きながらも龍兵衛もまた兼続と別れた後に景勝の部屋に向かった。

 景勝は龍兵衛の来訪を喜んで迎えた。

 普段の二人は見事なまでに主従関係を築いているため、親憲でさえもこの事を知る事は出来ていない。

 遠慮無く二人はお互いの愛を確かめ合い、人としての自分をさらけ出す事が出来るのだ。

 互いに抱き合い、口付けを交わす。我慢していたものを吐き出すかのように。

 それから、夕餉までの一時を何をする訳でも無く、思い思いに時間を潰す。

 茶を飲みながら日々のことや愚痴を話し合ったりと普段の二人では考えられない姿があった。

  

「龍兵衛、疲れてる?」

「いえ、特には」

 

 それだけで相手が何を悟ったのかよく分かる。

 龍兵衛はあまり話すのが得意ではないが、普段、巧みに隠している。

 知っているのは景勝だけであり、彼女だからこそ普段とは違う所を出す事が出来る。

 そう思いつつ、景勝の方を向くとこちらを真っ直ぐ見つめてきている。

 

「景勝様、自分の顔に何か付いていますか?」

 

 彼女は首を横に振ると理由の説明する。

 それは以前の軍議の終了後、謙信が何かをしようとしていると颯馬がすぐさま琵琶を取り出して、それを当たり前のように受け取り、演奏し始めた事だ。

 その後も謙信と颯馬は何も言わずとも意思疎通をしているのを見て、自分も龍兵衛と以心伝心をしたいと思ったそうだ。

 彼はもうあの二人に何があったかは大体分かっているので苦笑いを浮かべるしかない。

 以前、早朝の散歩に向かう際に謙信の部屋から出て来る颯馬を目撃しているので、好奇の目で見ているのを颯馬も察し始めている。

 黙っているのは、決してばれた時の颯馬や皆の驚いた反応を見たいという悪い考えを持ってやっているわけではない。

 

「まぁ、色々とあったのでは? 分からないですが」

「ん。それより、膝枕」

「分かりました」

 

 甘えた声に応じて龍兵衛は正座をして、彼女に近付くとそのまま頭を膝に乗せてきた。

 彼はその姿に中庭の三毛猫を思い出し、無意識に頭を撫で始めた。

 景勝は龍兵衛がこのような事をすると思っていなかったらしく、驚いていたが、気持ちよさそうに目を瞑りされるがままになった。

 その姿に彼も穏やかな笑みを浮かべ、昔の自分を思い出す。

 自分も昔は親に膝枕をしてもらっていた。

 母は家事全般を一人でやっていて父も農家でずっと畑に付きっ切りだった。

 夜には戻って来てよくやってもらっていた。特に父にやってもらっていたという記憶があった。

 

『お前が私の父を殺した!』

「はっ!」

「っ!? どうした?」

 

 いきなり龍兵衛が身体を震わせたので、景勝も驚いて退いてしまった。

 何でも無いと言うとまた気持ちよさそうに彼の膝に頭を乗せ、本当に眠ってしまった。

 それに気付いた龍兵衛はや溜め息を吐くも再び景勝の頭を撫で始めた。

 外では強い風が打ち付けていて、この後また廊下と外を歩くと思うと憂鬱になる。

 冬の到来はこれからで寒さはさらに厳しくなる。穏やかなこの心だけでもせめて暖かいままでいたいものだと龍兵衛は思った。

 

 翌朝、朝の早い龍兵衛が散歩に行こうと歩いていると颯馬がせわしなく動いて部屋に戻ろうとしていた。

 それを見て悪戯心が芽生え、静かに近付き「おはよう」と声を掛けると飛び上がって驚いた。

 

「りゅ、龍、龍兵衛!? お、おお、おはよう」

「どうした? そんな慌てて?」

 

 口元が歪まないように気をつけながら敢えて知らないふりをして颯馬に迫る。

 何でも無いと首を横に振り、龍兵衛から逃げようとしたが、思いがけない援軍が来た。

 

「おお、おはようございます。颯馬殿」

 

 親憲が立っていた。二人に挟まれ、颯馬は右往左往しているが、お構いなしに二人は颯馬に迫る。

 

「す、水原さん!? お、お、おお、おはようございます」

「おや、龍兵衛殿もいらしたのですか。どうしたのです?」

「颯馬がこんな所にいたのでどうしたのかなと思いまして」 

 

 親憲はなるほどと頷く。

 

「それはですね、昨日颯馬殿は謙信様の所にお泊まりだったのですよ」

「へ……?」

 

 颯馬は何で知っているのかと呆然としている。

 龍兵衛は良い機会と悪どい笑みを浮かべながらあごをさする。

 

「なるほどなるほど、それはそれは……」

「龍兵衛! なににやにやしてんだ!」

「まぁまぁ、颯馬殿。龍兵衛殿も元々知っていたのですから別に大丈夫ですよ。某達はいつでも構いません。颯馬殿の方から話す時を待っていますから」

「……ありがとうございます」

 

 憎々しげに龍兵衛を見ながら颯馬は部屋へと戻って行く。

 その後ろ姿を見ながら、新たな楽しみが出来たと思い、龍兵衛は一人で笑いを堪えるのに必死だった。

 

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