上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

35 / 207
第三十話改 上洛命令

 戦が無いと時の流れが早く感じるのはこの乱世に飛ばされて何年も経つからだろう。

 しかし本来、これでは駄目だと思うのが平成の世を生きていた龍兵衛が抱えるべき考えだった。

 段々と自身もこの世界の住人となって来たということかと思った。

 乱世への憂いもあるが、上杉家で日ノ本を平定すれば良いと思うようになってきているのも事実である。

 壊したものを作り直せば良い。そう感じるようになった。

 信頼出来る親友を多く作れることが出来て、景勝とも契りを交わした。

 春前までに感じていた不快な感覚も景勝との夜を過ごしたことで無くなった。

 後日、景勝に聞いたところ同じであったらしく、互いにすっきりとした気持ちで一日一日を過ごせている。

 しかし、平和の時間は光の如く早く過ぎていった。やはり乱世の中には休みというものが無いのかもしれない。

 最近出来た龍兵衛の朝の日課は愛しい人を起こすことである。

 早起きの龍兵衛に合わせ、一緒に起きずとも良いのだが、景勝は早く起きれるようになりたいと言ったため、遠慮なく起こしている。

 

「景勝様、起きて下さい。朝ですよ」

「まだ、も少し……すぅ」

 

 布団からあまり出た例がない溜め息が出て来る毎日だが、可愛らしい寝顔で眠っている景勝に起こす気が萎えてしまうのも事実である。

 昨日もそうだったが、景勝の部屋を訪ね、朝まで一緒にいることが多々ある。互いに望んでいるため、構わないが、寝坊は良くない。

 

「今日は謙信様から大切な軍議の日がある事は言われているでしょう?」

 

 猿にも景勝を揺すってもらいながらそう言うとゆっくりと布団から抜け出して来た。眠たそうにしているが、今日はそうはいかない。

 

『明日は必ず遅れずに全員軍議の間に来るように』

 

 謙信の強い口調が脳裏に蘇る。

 何があったのかまだ軍師達も聞いていないが、かなり重要な案件だろう。

 その理由として事前に軍師達には伝えず、謙信自らが軍議にて話をしたいと言っていたのだ。

 より多くの人から意見を聞きたいのだろう。昨日、颯馬や兼続にも聞いたが、謙信が何を話すのか知らないらしい。

 龍兵衛は先に部屋から失礼をして、誰も自分が視界に入る所に居ないのを確認してから静かに景勝の部屋を出て行った。

 屋敷に戻って顔を洗い、簡単な朝餉を取り、すぐに軍議の間へと向かう。

 月日の経つのは早いもので、季節は夏である。平和な日々が早く過ぎるとやはり、乱世は戦の中心に時間は回っているのだろうかと思ってしまう。

 日差しが強く今日も夏晴れになるのだろうと思いながら歩いていると途中で颯馬と出会い、一緒に軍議の間に向かっていると景勝が前から来た。 

 二人で挨拶をすると景勝も返事をして、そのまま通り過ぎて行った。その足取りは軽く跳ねているようにも見えてしまう。

 

「どうしたんだろうな? かなり上機嫌だな」

「さぁな」

 

 颯馬が反応に困ることを言うが、冷静な心を最大限に使ってごまかすことに成功した。

 そのまま他愛も無い話をしながら、軍議の間まで行くと先客がいた。

 

「おい、二人とも遅いぞ」

「お前が早過ぎるんだよ」

 

 兼続の言葉に颯馬がすぐさま牙を剥く。

 相変わらずこの二人は見ていて面白い。喧嘩すればなんとやらのいい見本である。

 その後もしばらく二人の言い争いを眺めながら袖で口元を隠しながら笑いを堪えていると親憲がやって来て、二人の間に入ってようやく言い争いは終わった。

 かなり大切な軍議だが、上杉家の将は皆変わることなく、緊張感があまり無い。

 しかし、神妙な顔付きで入って来た謙信から伝えられた上洛命令に係る知らせに全員は驚愕の色を隠せなかった。

 

「この時期に上洛命令とはね……面倒以外の何物でもないな」

「よせ、龍兵衛。名目上は関東管領となって、まだ将軍との謁見を済ませてないから来いと言っているんだ。仕方無いだろう」

 

 軍議が終わり、眉間にしわを寄せ、颯馬と二人で廊下を歩く。

 今は夏、上洛となると色々と準備が必要になるため、出立はおそらく秋の収穫直前か直後辺りになるだろう。

 その間に攻めて来る勢力があるとすれば北条ぐらいだ。

 武田は織田の攻勢に押され始め、甲斐への侵入を許してしまうこともあったと聞く。

 美濃も稲葉山城の陥落まで秒読みになって来ており、これで東日本は上杉、織田、北条の勢力が均衡状態になる。有利なのは客観的視点から見ると間違い無く織田である。

 豊かな国々を支配下に治め、経済的に突飛していると見ていい。

 上杉家は佐渡と院内、阿仁を中心とした鉱脈の採掘と青苧座からの収入でかなりの財力を持っているが、治めている国々自体の国力は低い方で畿内からも遠い。

 畿内に近い織田が商業を盛んにすると今後の繋がりも薄くなってしまう可能性が高い。

 さらに織田の場合は冬の出陣が天候次第になる上杉と違い、どの季節でも出陣可能である。

 上杉が動けない時、不利になることも考えられる。

 今回の上洛で、外交を担当する颯馬と確認をすることも考えなくてはいけない。彼も懸念していたらしく、定満や兼続と一緒に協議をしようということになった。

 今回の上洛は正式なものであり、上杉家の名を世に知らしめるため、それなりの軍勢を率いることになっている。

 謙信も兵士や民に負担を掛けることを懸念していたが、やむを得ない。

 戦続きでかなりの負担を強いられていた民達が正式な上洛とはいえどのような感情で今回のことを受け入れるかは不明だが、上杉家の為という人が多いと祈るしかない。

 

 その日の夕方、四人の軍師が揃い上洛への準備の方針を固める。

 

「兵士は五千、連れて行くの。実及と朝信に残ってもらって何人か他の家の人も連れて行くの」

 

 定満を中心に上洛軍の編成と留守組を誰が務めるかを決めて行く。

 また、他家の将を連れて行くことで上杉家の力がどれほどのものかを知らしめる。

 収穫直後を出立としてなるべく早めの行軍で雪がひどくなければ、冬の間に帰ることを予定とし、ひどい場合は雪解けの時を待って帰還となった。

 兵糧などは新田開発がほぼ順調に進んでいる為に問題無いが、直ぐにどこにでも稲作が出来る訳では無い。今年の米は昨年と同じくらいと見ていいだろう。

 だが、それよりも大きな問題が上杉家にはあった。

 

「景資殿は結局どうしましょうま?」

 

 颯馬の言葉は軍師達の悩みどこを端的に表していた。

 北山義藤もとい足利義輝はあろうことか今回の上洛に付き合いたいと言ってきたのだ。

 現在、彼女は高齢となった吉江宗信の養子として吉江家の当主に収まり吉江景資と名乗っている。

 地位も何も無いままの偽名ではと決まったことだが、留守を任せる本庄実及や斎藤朝信はともかく、家臣の中でもかなり上の地位にある吉江家の当主を上洛軍に参加させない訳にもいかない。

 病気と偽らせておくことを考えていたが、行くと言って聞かないため、どうしたものかと考えあぐねている最中だ。

 向こうに変な誤魔化しが効く訳が無い。そのようなことは京をよく知る景資が一番わかっているはずだが、どうして行きたいのか理由を教えてくれないのだ。

 景資曰く、どうしても行きたい事情がある。

 足利家の面々と面会をするわけではないとのことで、顔を表には出さないことを条件に同行をさせることとした。

 

「ですが、どうしてこの時期に上洛命令を出して来たのでしょう?」

 

 龍兵衛は前から抱えていた疑問を口に出す。

 名目上、謙信の関東管領就任後に将軍家として正式に面会することということになっているが、あくまでも名目上で真意が掴めない。

 

「何かあるかもしれないが、行かないと何も始まらないだろう」

 

 兼続は前向きだが、胸騒ぎがする。

 颯馬に目をやってみるが、首を振るばかり、定満も何も言わずに黙っている。真意が掴めないと言いたいのだろう。 

 うやむやのまま会議は終わり、それぞれの部屋に戻って行く。

 外は夕方でも汗ばむ陽気となり、暑い日々が続いている。

 中庭の伸びた夏の草は綺麗になって片端に積んであった。それを作った蘆名盛隆も上洛に付き従うことになっている。

 三毛猫を呼び寄せて餌をやり、撫でてやりながら上洛の真意を考えるが、全く答えが出て来ない。

 そのまま夜になり、正解が見えないまま一日が終わってしまった。

 

「分からないな。本当に」

「……?」

「いえ、何でもありません」

 

 また声に出ていたことに咳払いと言葉で誤魔化す。

 景勝の部屋でいつものように逢瀬をする。今日は早々に退室しようかと思ったが、居るだけでいいと言われた。龍兵衛自身、悪い気はしないので、そのまま考えごとを続けている。

 

「分からない事、ある?」

「いえ、今考えても仕方ない事です」

 

 確かに何時までも考えていても仕方ない事で、あの景資が変な企みをするとは思えない。

 それから、考えるのを止めて景勝と世間話に興じた。

 そして、それ以外で個人的な問題が起きた。

 この日からまた過去の夢を毎日のように見るようになってしまった。

 

「はっ! また夢か……」

 

 体中に寝汗で濡れて気持ち悪い。

 両親やかつて愛を誓った者たちが侮蔑してくるという精神的につらい内容に溜め息を吐くしかない。

 

「今さら何でこんな……」

 

 自問自答しても答えは出ない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。