そこに二人の少年と少女がいた。
少年はその地域の有力者の一人息子。野球好きであり、勉学の成績も良好で、特に日本史には優れた能力を発揮した。
だが、真面目さと周囲にが大人だらけの環境で育ったため、同年代と馴染めずに疎まれ、小中学校時代にはいじめを受けながら育った。
そこで生まれたのは歪んだ猜疑心。
少女は父親の仕事で九州から東京に引っ越してきた。
小学校五年の時だった。
その頃になれば、転校生は友達を作ることが難しい。彼女は一人寂しい思いをし、毎晩枕を涙で濡らした。
そこで生まれたのは哀れな孤独感。
二人の出会いは少女が転校して三週間後だった。
この日もいじめを受けて、家族に見せることのない怒りを腹に入れ込んだ少年が家路に着いていると少女は道で膝を抱えていた。
少年が興味本位で何をしているのか聞くと少女は蟻を棒でつついていると言った。
最初の会話はそれで終わった。
しかし、それが二人の始まりだった。
明くる日もまた明くる日も蟻をつついて遊んでいる少女に呆れた少年は少女を家に誘い、一緒に遊んだ。
そして、その日から必ず二人はどこかで常に遊びようになった。
少年は虐げれた心を癒やす為。
少女は孤独な心を癒やす為。
年を重ねても変わらなかった。
少年は地元の実力者が集まる硬式野球チームに入った事で更に妬まれ、さらにいじめを受けた。
一方の少女は部活動を通じて友達を徐々に作っていたが、東京の文化の違いにいまいち付いて行くことが出来なかった。
そのため、いつも二人が遊ぶことは変わらなかった。
お互いに理解しあう人がいる事が心の拠り所になっていた。
そして、互いに恋をした。
少年はいじめの影響で口数は少ないが、行動で示す、強面ながら整った顔で漢の感じを受けさせるところがあった。
少女は誰もが振り返るような美貌を持ち、運動神経抜群で得意の空手で個人表彰されるほど、活発な性格だった。
正反対の性格だが、本来の自分を二人きりの時だけ露わにする事が出来た。依存心がお互いの告白を受け入れた。
高校も同じ高校を受け、共に合格した。お互いの部活動に励むことになり、一緒に居る事自体は減ったが、仲が悪くなることは無かった。
学校と部活が終わったら家で電話や通信機能で愚痴を言い合うのが日課となった。
そして、二年生の正月休みの時。遂にお互いに身体を許し合うようにまでなった。
少年は春の選抜への出場を二十一世紀枠ながら果たし、少女は一月に関東空手大会に出場し、お互いにまさに順風満帆な生活を送っていた。
だが、夏の野球大会の決勝での敗北は多くの人の人生を狂わせた。
敗因である選手に向けて新聞紙やペットボトルを投げつけるOBの男が仲裁に入った少年に矛先を変えて罵倒した。
『四番の資格なしだ。怪我なんかで退場しやがって』
怒り、憎悪、その感情を覚えた野球人はその男をとことん憎んだ。人前で聞くに耐えない罵倒を浴びさせられ、家族の事も容赦なく馬鹿にされた。
その日に限って偶然先に帰っていた両親が此処に居なくて助かったと少年は思った。
聞いたら血気の強い父親は切れていたに違いない。下手をすると暴動も起きていたかもしれなかった。
少年はそのような父を持ちながらも親と正反対の性格となり、比較的冷静な人に育った。だが、限度というものが人にはある。
その日は耐えた。そして、負けたことで皆が悔しくて泣いているところを肩を叩いて皆を慰め続けた。
それだけしか出来ない。彼はその決勝の試合で肩を脱臼した。変な音がしたと思った瞬間、彼の肩に激痛が走った。触ってみると凹んでいた。血の気が瞬く間に引いていった。
幸いにもその日応援に来ていた接骨院の先生の治療のおかげですぐに治ったが、試合には出れない。四番を欠いたチームは負けた。しかし、少年が怪我をした時の打席は四打席目。回は八回。さらに点差もすでに六点差がついていた。
さほどチームに影響は無かったはずだった。
それでも、初出場を願い応援に来たOBは選手の誰かを吊し上げないと気が済まなかったのだろう。
怪我をした四番と監督に非難の嵐が終わる事なく降り注いだ。それでも、少年は動く左腕で泣いている選手達の肩を叩き続けていた。
そして、査問委員会を開けというOBの声に教員側もOBに屈して、最終的に査問委員会を開いた。
その会はただの監督への罵倒雑言の嵐、監督は無能だと言う声も聞こえた。
表向きは監督への意見会というような内容の予定だったが、OB達はこの機会に監督をどうしても辞めさせたかった。
監督がその学校出身ではないからである。
監督がその学校出身者でなければOB側の意見がなかなか入らないのが面白くなかったという馬鹿馬鹿しい理由だった。
だが、少年たちの代より上の成績を納めた代は無い。
監督は黙ったまま聞くに堪えない言葉を一身に浴び続けた。
しかし、先のことを恨んでいた少年は何としても仕返しをしてやりたいと思っていた。この委員会を盗み聞いていて我慢の限界に到達した。
一緒に聞いていた同級生達二人とその委員会に乱入して、彼は開口一番OBに言い放った。
「あなた達が我々よりも上の成績を残した訳でもないのによくそんな偉そうに言えますね」
この発言にOB達の怒りの煮え湯をさらに湧かせた。
「お前らがそんな事言える立場か? 学生は引っ込んでろ」
会場一帯から笑い声が聞こえてくる。殴ってやりたい気持ちを抑えて、精一杯の礼儀で少年は返答した。
「あなた達だって誰かの腰巾着にならないと社会で生きていけない弱い人間でしょう? 所詮は我々とおんなじです」
少年のからかうような動作と口調、歪んだ笑み。
OB達の顔はますます真っ赤になって行く。
少年は監督の止めを聞かずに畳み掛ける。
「自分達の事を棚に上げて、人を責めるのはただの愚図がやる事ですよ。ああ、もうそうなってますか?」
とうとう堪忍袋の尾が切れた一人のOBが少年に思い切りライターを投げつけた。その時を待っていたかのように少年はわざと当たったふりをして、火も点いていないのに熱がる演技をした。
それは上手く行き、一緒に入って来ていた同級生が携帯で写真を撮り、証拠となる物を手に入れた。
そして、少年は自分の家の伝統によって築かれた人脈を使って新聞記者に接近し、その委員会の出来事を自分達に有利な状態で出すように依頼した。
決して自分達の名前は出さないでOBが勝手に怒り勝手にあのような行為をしたと書くようにとも頼んでおくことも忘れずにだ。
元々、少年の家と親しかった記者はそれを承諾し、実行に移した。
ここまでは少年の思惑通りだった。野球部自体には高野連からの咎めは無く、写真に載ったOBが世間の非難の的になった。
しかし、その載ったOBこそが恋人の父親だと知ったのはこれから更に三カ月後だった。
少女の父親は元々その高校のOBであったなんていうことを少年が知る由も無い。その父親は元々、上京希望でその高校生活と大学生活を東京で過ごして沖縄へと戻って行った。
少年は少女の家には一度も行ったことが無く、彼女の家族にも会ったことがなかった。もし、彼女の父を知っていたらこのようなことはしなかった。
それを期に少女の父は当然の如く社会から疎まれた。
会社では少年に対する行為が問題視され、閑職に回された。更に不景気の波に飲み込まれたその会社は正社員の首切りを決行、当然、彼もその対象になった。
少女の父は元々は誠実な人だったが、血気盛んでもあった。
負けたあの日と査問委員会では野球部敗北の悔しさに身を任せて選手に怒りをぶつけてしまった。
その後は、あの行為の報いを受けたと自らが自覚して一人ふさぎ込んでしまった。
口数も減り、酒に溺れながらも仕事を探す。しかし、子供である高校生にあのような行為をした人間をどこも採用しようなどと思わなかった。
それを見ていた彼女は激怒した。必ず家族を崩壊寸前にまで追い込んだ奴を見つけてやる。たとえ同じ高校の友達だとしても許さない。
見つけ出して復讐してやる。彼女は心に誓った。
調べに調べた。
そして、少女は首謀者突き止めてしまった。
首謀者は自分の恋人である百山少年であることを。
今度は何度も何度も調べ直した。だが、事実は変わる訳がない。
確信してしまった彼女はある日の放課後、お互いの部活を引退した後はいつものように一緒に帰る帰り道の途中で切り出した。
「どうして、あんな事をしたの?」
最初、少年は何のことか分からなかった。だが、少女の話を聞いていく内に悟った。自分は恋人の家族を潰した。
「嘘……だろ……」
何という事をしたのかと頭を抱えた。
小中学校時代の時に目覚めた残虐な心が人を貶めた。その時の快感はどこへやら、貶めた人物がまさか唯一心を許し合う恋人の父親だなんて思いもよらず。
うなだれる彼を見て少女は逆に怒りを覚えた。そして、溜まりに溜まった物をぶちまけた。
「あなたは……あなたは……私の父を殺したも同然だ!」
その声はどこまで響いていただろう。くだらない理由からあのような行為を行った彼に対する怒りは止められる事は出来ない。
「どうして、本当に……私はあの事した人を殺したい程憎いと思っていた。なのに……どうしてなの……」
涙が留めなく出ている。そのような少女を見ても少年は何もしない。もはや自分にそのような資格など無いのだから仕方ない。
「殺したいならどうぞ殺してくれ。俺は何も抵抗はしない」
「馬鹿、出来る訳ないでしょう!」
少年の頬に赤い平手の痕が出来る。それを押さえることなくそのまま立つ。
お互いに二人を愛しいと思い続けて何年も経ち、将来を誓い合い、お互いには真っ直ぐな心で向かい合っていたが、二人の内の一人による裏切りに近い行為である。
他の人であれば少女は殺していたかもしれない。
しかし、彼女はその一発だけでそれ以上続けなかった。
「どうしても殺せない。これ以上殴れない。だってどうしてもあなたを愛しいと思う心が強くて……どうして? どうして!? どうして!?」
泣き喚く彼女を前に少年は天を仰いで呟いた。
「哀しい哉哀しい哉哀しい哉哀れが中の哀れなり、悲しい哉悲しい哉悲しい哉……」
かの弘法大師の言葉は自分と少女に向けて言ったのか、自身にも分からなかった。
目の前に居る女性はもはや自分の愛しい人では無くなった。
彼も彼女を愛していた。だが、家族を殺したも同然と言われ、自分のせいでこのようなことになってしまった彼女と歩むなど不可能である。
意を決し、彼女の首を持ち、顔を上げさせた。
「お前と俺はもう終わった」
そう言って少年は泣き続ける愛しい人を捨てて振り向かずに歩いた。
その日から二人は変わった。挨拶するがめっきり話す事はしなくなり、知っている者はあの二人は別れたと考えた。
少女に告白した人は何人もいた。
だが、少女は全てはねのけた。別れた後、もう一度復縁したいと思っていたのだろう。
それでも、少年は自身の罪を深く意識し、首を横に振り続けた。
友達以上恋人未満。
二人はそれを貫いた。
だが、心の拠り所を失った二人の衝撃は大きく、周囲に上手く隠していたが、家ではかつての面影を失っていた。
塞ぎ込み、何もすること無く、ただ怠惰な日々を送った。夢の中でもお互いのあの日が何度も何度も見るようになり、お互いの心を抉って行った。
心の拠り所を失った二人は失敗が目立つようになった。そして、自分を愚か者と感じるようになった。
二人の限界はとうに越えていた。そして、あの日が来た。
「お前もあの日にここに飛ばされたか」
「うん。突然誰かが目の前にいたと思ったら光に包まれてた」
卒業式の日、二人は同じ日の同じ時間にこの世界にやってきたのだ。違う場所であるが、その日からお互いに変わった。
少女はまだ、家督を継いでなかった大友宗麟に拾われて、そのまま立花家の配下である由布家の養子に入った。
少年と違い、そのままの家で変わらず持ち前の運動神経で瞬く間に武芸を身に付け、気付けば九州にその名前を轟かすようになった。
入った時にはかなりいざこざがあったようだが、宗麟の鶴の一声で強引に決まったそうだ。
それ以来、由布惟信となった彼女は宗麟には恩義を感じて、日々精進している。
「俺とはえらい違いだな……ま、俺には罰が当たったのかもな」
壮絶な別れをし、斎藤家では最後まで忠誠を誓えなかった。天罰と捉えて良いだろう。とはいえ、同じ境遇の持ち主と出会えた二人は互いの因縁を忘れてしばらく語り合った。
「もう、こんな時間か……」
「そうだね……」
太陽は南から西に傾き始めている。お互いに暇であるとはいえ、そうそう時間を空けている訳にもいかない。
「これでお別れになっちゃうかもね」
「どうだろうな。誰かが天下統一をすればその場で会えるかもな」
惟信は冗談混じりの龍兵衛の言葉に驚きの表情をする。
「君ってそんなに冗談混じりに言葉を出す人だったの?」
「そういえば、前はそんな事あまり無かったな」
「上杉家の面々に毒されたな」と肩をすくめると惟信は静かに笑い出した。
「君も随分と柔らかい感じになったのね。昔はがちがちの堅物で人に流される事は無かったよ」
「そうだっけ?」
「そうだよー」
性格が変わる者は変わっていく。そして、変わらない者は変わらない。
「お前は相変わらず、根はのほほんとしているな」
「ちゃんとする時はちゃんとしてるわよー」
「とてもそうは見えんな」
今度はお互いに声を出して笑い合った。やはり、人は誰であろうと仲間は必要なのだ。
何はともあれ楽しげな一時を過ごしてお互いは心のわかだまりが完全ではないが、少しだけ消えた気がした。