上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第三十四話改 誓いは続く 

 簡単な会見で終わるはずだった。

 しかし、異なる時代より来た二人の再開はその他の興味を湧かせた。

 とりわけ、いたずら好きの宗麟と好奇心旺盛な定満は二人の再会した時の反応に敏感だった。

 宗麟は惟信の驚いた反応に、定満は龍兵衛の重苦しい雰囲気に興味を示し、別々に二人を尾行した。

 そこに主を一人に出来ない紹運と、龍兵衛絡みという理由で付いて来た景勝がそれぞれに加わり、二人の後を尾けていると二人は話し始めた。

 距離は離れていたので耳の良い定満でもよく聞こえなかったが、雰囲気は重く、儚い。

 四人の目に気付かないまま二人は話しを続ける。

 すると突然惟信が声を荒げた。

 

「ここにはお父さんはいない!」

「……」

「憂うことなんかないでしょう!?」

 

 龍兵衛の声は小さく聞こえないため、惟信の言葉が何を意味するのか四人には分からなかった。

 だが、次に龍兵衛が発した言葉は先ほどよりもはっきりしていたため、定満に聞こえてしまった。

 

「もう俺とお前は恋人同士ではない」

 

 定満は驚愕の声をかろうじて押さえ込んだ。

 どこかよそよそしい雰囲気であったとは思っていたが、まさかあの二人は元恋仲だったとは思わなかった。

 だが、あの二人はその関係になったのか。

 九州では元々、龍兵衛がいたのは美濃だとしても遠すぎる。

 惟信が元々別の出身だろうか。

 否、宗麟は惟信を紹介した時、自分で拾ったと言っていた。

 出身も同じく九州だと。

 龍兵衛が九州出身かと思ったが、違うと断定した。

 彼が九州出身ならもっと大友家に詳しくてもいいはずだ。そもそも、彼ほどの人材をあの宗麟が見逃さない。

 

「……という訳なの。どういうことなのか教えてくれる?」

 

 その日の夜、定満は一人で彼を訪ねて単刀直入に聞いた。

 しかし、龍兵衛は何も言おうとはしない。ただ首を振り続けるだけである。

 だが、彼からすれば堀を全て埋められた城を守るような気分だろう。どこに逃げようとも完全に包囲され、黙って死ぬか捕らえられるのを待っているしかない状態だ。

 だが、知りたいと思ったことには何としてでも知ろうとする定満は鎌を掛けた。

 

「ふーん、私には何も言えないんだ」

「な!? 違います!」

 

「心外だ!」と言わんばかりに龍兵衛は声を荒げるが、所詮は虚勢を張ったにすぎない。

 

「じゃあ、どうして言わないの?」

「うっ……」

 

 龍兵衛は言えるということを自ら認め、墓穴を掘った。

 孤立無援な戦いを定満と行っている。そこをどうするか考えている時、足音が龍兵衛の部屋の前で止まった。

 

「龍兵衛、いい?」

 

 景勝が入って来た。

 定満は珍しいと目を丸くする。

 このような時間に尋ねるほどに重大なことが起きたのか。はたまた、自身同様に好奇心が動いたか。

 

「どうした?」

 

 景勝は定満の姿を見て、怪訝そうな表情をする。

 

「ううん、何でも無いの。ちょっとお外で待ってくれる?」

 

 彼女は仕事の話をしているという雰囲気を出すと素直に下がって行った。

 やはり、昼のことを気にしているのだろうか。

 定満はそう思いつつも彼を見る。相変わらず、苦しそうに唇を歪ませている。

 そこで、なるべく優しく彼の肩に手を置く。

 

「龍兵衛君、いい? 私はね、龍兵衛君が別にどこの人でもいいの」

「えっ……」

 

 優しく彼を毛布のように包み込むように温かい囁く。

 

「謙信様や景勝様を悲しませること、しないでね? それだけ約束。出来る?」

「もちろん、決してそんなことは自分の目の黒い内は、絶対に」

 

 龍兵衛は力強い決意の籠もった声で、定満の目を見て言ってくれた。

 彼女は安堵して立ち上がる。

 彼は最後まで上杉の土台が崩れない限り、支えてくれるだろう。

 生き残ることを考えているだけの風見鶏かと思っていたが、ようやく本質が見えてきたように感じる。

 意外と胸に熱いものを秘めており、見ているものが自身たちよりもずっと先のものである。

 おそらく、彼が活躍するのは先のことだろう。そして、自身と彼女の役割を継がせるに相応しい。

 一人、納得した頷き、彼の頭を撫でると部屋から出る。

 襖を閉めると景勝が座って待っているのを認め、終わったと伝える。彼女は少々不機嫌そうに中に入っていった。

 やはり、昼のことで何か気にかかることがあったのだろう。

 定満はあまり気にせずに自室へ戻った。

 

 

 龍兵衛は頭を抱えていた。

 定満と代わるように景勝が入ってきて、昼に惟信と何を話していたのかと聞いてきた。

 

「惟信さんと龍兵衛、仲良し?」

 

 同じ言葉を何度も聞かされる。

 そして、沈黙が漂う。

 景勝にまで見られていたとは思っていなかった。

 彼女は龍兵衛の目を真っ直ぐ見ており、逸らせば負けてしまう。

 

「まぁ、その……昔馴染みというやつです」

「……」

「……いや、そのなんですか?『本当のことを言え』と言う目は」

「……」

「あのー本当ですからね」

「……」

「信じて下さい!」

「……」

「・・・・・本当のこと言った方が良いですか?」

「……」

「『確認するまでもないから早く言え』……と」

「……」

「元……恋人……です……」

「うむ」

 

 長いようで短かった景勝の無言の威圧から解放された龍兵衛は溜めていた物を出すように「はぁ!」と大きく溜め息を吐く。

 

「出会った。龍兵衛、景勝、相手、違くなる?」

「いやいやいやいや! そんなわけないですよ!」

 

 不安げに見つめられると龍兵衛は慌ててあたふたと手と首を左右ぶんぶんと振る否定する。龍兵衛自身はそんなに軽い人では無い。

 そうしたら今度は景勝がほっとしたように息を吐いた。龍兵衛から見ればなにを今更と思ってしまうが、言わないでおく。

 かつての経験から女性はこういうことには敏感でなおかつ凄く気にすることは知っていた。聞くというのが無粋というやつだ。

 どうしても景勝からすれば惟信と龍兵衛のことが気になって仕方が無かったのだろう。故に、こうして部屋に来ている。

 

「変なご心配をお掛けしたことにお詫び申し上げます」

 

 景勝は別に気にするなと悪戯っぽく笑みを浮かべて笑い出す。先ほどの不安げな表情はどこかへ消えてからかえて面白いという感情しかない彼女を見ると今までずっと試されたと分かり、龍兵衛はぽりぽりと頬を掻く。

 

「人が悪いですよ。景勝様」

 

 龍兵衛のじとっとした目も気にせずに景勝はまだ笑っている。悪戯っ子が悪戯に成功した時の顔だ。

 ちょっといらっと来た龍兵衛は景勝を無理やり押し倒す。

 

「いらぬ所も謙信様に似てきてしまったようですねぇ」

「はわわわ」

 

 龍兵衛は普段、景勝に見せなかった黒い笑みを見せる。

 少々怯えてしまったようだが、口元が笑っているあたり、警戒しているように見えない。

 このような場面で言うのは違う気もしたがここで言わないといつ言えるのか分からなくなる気もした。

 越後に帰ればまたいつものような生活に戻る。いつもと違う上洛時だからこそ言えるものなのかもしかない。

 深呼吸を繰り返して口をゆっくりと開く。

 

「あの……景勝様」

「……?」

「その……改めてとなるんですけど。自分は景勝様を心から愛しています」

「……っ!」

 

 いきなりそんなことを言われたので景勝は顔をぼんっと真っ赤にする。無論、龍兵衛もそれに負けないぐらいに真っ赤だ。

 

「ですから……ここで、誓います」

 

 沈黙は長く、静かな風の音が外からよく聞こえ、お互いの胸の高鳴りが聞こえる気がする。

 お互いがお互いの目をしっかりと見つめ合う。龍兵衛はもう一度深く息を吸う。

 

「この河田長親、景勝様を今後悲しませることはしません。故に、お側に居させて頂きたく」

 

 景勝は最初何を言われたのかよく分からなかったが、頭の中で言葉を辿ると龍兵衛が何を言ったのか段々分かって来る。

 自分を龍兵衛は本当に愛してくれている。

 昼のことがあって景勝は本当に彼が愛していたのは惟信ではないかと勘ぐってしまった。それほど、龍兵衛と惟信は親密な雰囲気だった。

 何故、二人が別れてこのように遠く離れた家に仕えるようになったかは知らないが、それでも龍兵衛は惟信ではなく景勝を選んでくれた。

 否、最初から惟信と会っても龍兵衛は景勝と決めて揺るがなかったに違いない。

 そのことに景勝の心にはただ純粋に嬉しさが込み上げてくる。

 気付けば今度は景勝が龍兵衛を抱き寄せていた。

 

 

 一方で、大友側は修羅場になっていた。

 惟信は宗麟と紹運に昼の龍兵衛との二人の会談についてじっくりと搾られていた。

 

「ですから、河田殿とはただの幼なじみで……」

「へぇ~ほぉ~ふ~ん」

「なんですか!? 宗麟様、その目は!」

「いや、惟信には恋の経験があったんだ~って」

「別に、そんなこと……」

「無いとは否定出来ないんだな?」

「紹運殿も何ですか~」

 

 互いに惟信の言い分など聞き入れる訳無く、次から次へと質問をぶつける。

 

「何であの河田殿は惟信と別れたんだ? 惟信はこんなに綺麗なのに」

「それは……色々と……」

「まさか、向こうが振ったのか!?」

「えぇ~もったいない~」

「違います! 色々あったんですよ!」

「あっ、今恋をしたと認めたな?」

「うっ……」

「ずるいわよ~私達をほっといて恋人がいただなんて」

「ですが。彼とは大友家に仕えてからは別れました!」

「じゃあ、恋の経験があったことは認めるんだな?」

「うぅ~」

 

 紹運に失言を拾われて龍兵衛と違い、実直で上手い嘘を付けない惟信はもう完全に落ちてしまい。言える範囲のことをほどんど言ってしまった。

 

「……と、いう訳でして」

「そ、そうか、そこまで行っていたのか」

「も、もうこれ以上は言いませんからね!」

「え~ここからが面白い所なのに~何で振られたの?」

「それは第三者はそうですよ! ですから、振られてません!」

「じゃあ、振ったんだ!」

「……否定出来ない」

「まぁ、いっか。府内に帰ったらゆっくり聞かせてもらいましょ」

「まぁ、今のを聞いても参考にはなりませんでしたからね……」

「え、紹運にも想い人がいるの?」

「ち、違います! まだそれはこれから……」

 

 今度は自身で墓穴を掘った紹運が宗麟にからかわれている。

 どうにか難を逃れた惟信はそれを眺めて彼女自身にも自然と笑みがこぼれた。

 とりあえず二人には別れるまでの龍兵衛との生活を出来る限り話した。

 しかし、惟信にも信念がある。彼との最後のことは絶対に口を割らないと心に誓っていた。彼女には龍兵衛との最後は心の中で今も生きている。

 最後の泣き喚く彼女を見向きもせずに歩いていった龍兵衛の背中に惟信は更に心を惹かれてしまった。

 思い起こすだけで惟信の心は高ぶってしまう。

 まだ惟信は諦めている訳ではなかった。何故なら龍兵衛だけが自分を自分として初めて扱ってくれた。

 平成の世では小中学校時代、転校生としてしか周りからは見られていなかった。

 沖縄とはどのような所か。周りが口を開けばそんなことばかり聞いてきた。

 高校に入ってから大分それも落ち着いたが、惟信は早くからそれを捨てて自分を見てくれた龍兵衛を心の中から失うなんて出来るはずがなかった。

 復讐の黒い心は完全に焼き払われ、今の惟信には情熱的な心が戻っていた。

 

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