上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第三十五話改 糸

 上杉の軍師たちはわざわざ京に来てただ足利、三好の将達に挨拶周りをしているだけではとどまらない。

 定満、颯馬、龍兵衛の三人は馬にてある所へ向かっていた。

 

「思ったよりも凄い人なの」

「ええ、しかも商人が自治をしているとは思えないほどの治安です」

 

 定満と颯馬はそれぞれ感想を述べて堀の中に見える大きな町を眺める。龍兵衛はただ想像以上の大きさに呆然として長い息を吐くだけで何も言えない。

 日の本に知らぬ者はいないで最大商業地の堺では越後で見られない品々がたくさんあるはずだ。

 今後、越後ではどのような商品が実用性があって売れるのかを把握するためにも参考なる。

 

「兼続は残念だったな。颯馬」

「まぁ、しょうがないさ」

 

 くっくっと喉を鳴らして歯を見せずに笑い合う男二人。

 軍師の内で一人は残っておかないといざという時に困るだろうという事で誰が残るか決めようとしたところで諍いが勃発した。

 定満は年長者のため、行くと決まった。

 

「龍兵衛、お前残れ」

「はぁ!? 嫌だよ! 兼続、任せた」

「何でそうなる!? 私だって上洛前から楽しみにしていたんだぞ! 颯馬、お前が残るんだ!」

「何上から目線で物言ってんだよ! 断る!」

「三人とも、静かにするの……」

 

 だが、残り二枠を巡って若い三人が言い争いを始めた。

 取り敢えずは定満の仲裁という名の抑え込みでそれは収まり、最終的に平等にくじ引きで決める事になった。そして、兼続が外れを引いたので彼女が居残り決定となった。

 

「二人とも……覚えてとけ!」

 

 外れを引いた時の膝から崩れるほどの衝撃もそうだったが、出掛ける時に捨て台詞を吐いて謙信と共に兵の視察に行った兼続は定満でさえ笑ってしまうほど面白かった。

 

「まぁ、結局はくじ引きで負けてあんなこと言ってたけど、素直に謙信様に付いていったけどな」

「切り替え早いからな兼続は」

 

 颯馬と龍兵衛が歩きながら順に先ほどの出来事を思い出しながら笑っていたが、それも直ぐに異様な町の雰囲気が原因で収まってしまった。

 堺は中心に行けば行くほど、賑わいを増して行く。贔屓目で見ても春日山とは比べ物にならないほどの繁盛を極めている。

 逆に比べるのが失礼なほどだ。

 南蛮の見慣れない商品が揃った店や西国の特産品など日ノ本の全てがここに集っていると言ってもおかしくない。

 三人の軍師は言葉を失いながら堺を回っていた。

 もちろんただ眺めるだけではなく、ちゃんとした目的を持ってやって来ている。

 鉄砲だ。越後でも龍兵衛主導で鉄砲の重要性が見直され、更に多くの数を用いるべきだという意見が出ていて徐々に鉄砲も日の本独自の研究や南蛮からの伝来で新しくなりつつある。

 そのためにも鉄砲を購入して越後の刀職人に更なる鉄砲の製造法を熟知してもらおうと堺へと赴いた。

 

「ここ?」

「ええ、間違い無いですね」

 

 定満は立ち並ぶ店の中で一際大きな門構えの店を指差す。龍兵衛は頷き先頭を切って入って行く。

 ここに来る前に光秀からどこか鉄砲商人で間違いの無い所を龍兵衛が聞いたところ今三人が前に立っている店を紹介してくれた。

 中の様子も賑やかで他の店よりも従業員が多い。やって来た一人の者に光秀からの紹介で来たと言うとすんなりと奥に通してくれた。

 歩いて行く廊下も長かったが、通された部屋も広い。ざっと二、三十畳はあるが、一切の無駄が無く、清潔感に溢れている。

 三人は出されたお茶で喉を潤していると一人の女性が静かな落ち着きある声で入って来た。

 年齢は定満と同じぐらいと聞いていたが、それを感じさせない高貴な雰囲気と清潔さを持っている。

 女性はいそいそと三人の前に座り、綺麗な所作で頭を下げる。

 

「お初にお目にかかります。私、橘屋又三郎と申します」

 

 橘屋又三郎は色々と謎なところがあるが、自ら種子島に赴き、鉄砲技術を持ち帰った人物でその力の入れようは「鉄砲又」と呼ばれるほどの貿易商人である。

 それほどの大物と光秀がパイプがあったのは光秀自身の鉄砲術と幕府の力に他ならない。

 歴史を知る龍兵衛が鉄砲に長けている光秀に声を掛けたのは必然で史実と違う所が色々とあるこの世界では不安があった龍兵衛だが、それは杞憂であった。

 光秀は快諾すると予想の遥か斜め上を行く人物を紹介してくれたために龍兵衛も度肝を抜かれた。

 逆にいえばこのような人物と知り合っておく事は今後のためにも非常に有効的になるに違いない。

 三人は名高い鉄砲商人を相手に気を引き締めて交渉に当たった。

 主な内容としては鉄砲の購入と技術者の確保である。前者はともかく後者には又三郎は首を捻った。

 越後という畿内では片田舎に望んで行く人などなかなかいない。確率は広大な砂漠で一つの小石を探すような物だろう。

 だが、ここまで来て確率が低いからといって諦める訳にはいかない。何とかして欲しいと三人はあくまでも頼む側としての礼儀を捨てずに頭を下げる。

 慌てて又三郎は面を上げるように言うと同時に顔を上げて同じようなひ表情ですがるように見る三人を見ておとがいに手を当てて考える。

 又三郎も胸には熱い物がある。自らの鉄砲技術が役に立つなら金にならなくても誠意ある者には惜しみなく援助をしたいという気持ちがあるし、実際そうしてきた。

 今回は関東管領である上杉家からの依頼。しかも、幕臣である光秀の紹介であるのに相手は偉ぶる訳でもなく、必要以上に下手に出る訳でもない。

 相手にしっかりと自分達の意見が伝わるように言葉を紡ぎ、こちらの都合にも合わせてくれるという。ならば応えてみせたいと思うのが当然である。難しいがやってみるしかない。

 とりあえず努力してみせると言って三人と又三郎との面会は終了した。

 

 店を出ると三人は良い返事を貰えなかったことに残念だという思いを込めて盛大な溜め息を同時に付く。

 

「やはり技術者は難しいようですね……」

「仕方無い。越後は遠いの」

「ですが、前向きな反応でした。伝手が出来ただけでも収穫があったと見ていいのでは?」

 

 難しい顔をする颯馬と定満に対して龍兵衛は前向きな方向に向いている。

 

「珍しいな、お前がそんな風に考えるなんて」

「そうか?」

 

 颯馬が驚くのも無理は無い。普段は最悪の状況を考え、決して希望論は口には出さない主義である龍兵衛がそんな事を口に出すのは滅多にないのだから。

 誤魔化すように笑う龍兵衛を定満は実に嬉しそうに眺める。知っているが、敢えて言わずに黙って皆が驚く顔が見てみたいという悪戯心がむくむくと芽生えている。

 

「じゃあ、しばらく見物するの」

 

 公ということもあってからかうのは後にしようと思った定満は話を逸らすため、堺見物に乗り出そうと誘う。

 二人共当然のように頷くと三人は思い思いに時間を堺見物に費やす事にした。

 

「色々とあるなぁ」

「そりゃ、堺だからな」

 

 基本的に龍兵衛の言葉に颯馬が反応しながら三人は様々な店を眺めていた。

 すると定満はとある服を扱う店の前で止まった。服を前から買いたかったらしく二人もそれに釣られて店に入った。

 定満が服を買いたかった理由を颯馬が聞くと上半身にある定満が実に女だということを主張する場所を触った。しかも、公衆の面前で。

 誰も見てないことを確認しながら二人は通行人に見えないようにそれとなく距離を縮めて壁を作る。

 

「最近ね……ここがきついの」

 

 生で見たことがある二人は頭から強引に妄想を叩き出して定満と共に店に入る。定満が服を探している間、ぶらぶらと中を眺めていると今度は龍兵衛の足が止まった。

 彼の視線の先には黒いフード付きの羽織りがあった。何でこれにこれが付いているのか龍兵衛は疑問に思ったが、もはや理不尽かつ理解不能な展開に慣れたのであまり気にしないように努める。取り出して触ると龍兵衛は内心驚愕した。

 羽織りの素材は間違い無くベルベットを使った物だ。

 店主に聞くと自分が本当に南蛮人から取り寄せたものらしく龍兵衛は店主に材質は何かと聞くと彼は思い出すように少し首を捻りながら考える。一旦奥に下がって確認するとビロードだと店主が言った。

 間違い無くポルトガルから持って来たものだと確信して試着してみる。あまり上質なものでは無いが、結構良い着心地だったので龍兵衛は考える間もなく買った。

 無論、南蛮の品故にかなり値段が張ったので財布はすっからかんになって龍兵衛は半べそかいている。

 

「けちなお前が随分高い買い物をするな」

「こういう時のために取って置いて……どかっと使うんだよ」

 

 珍しいものを見たような目で颯馬は龍兵衛を見て驚いたような口調で話し掛けると切り替わって目を輝かせて語る彼に失笑しながら颯馬は少し呆れたように呟く。

 

「どうでも良いけどお前は本当に黒ばっかりだな」

「良いんだよ。好みで着てるんだから」

 

 以前から颯馬に限らず上杉家では龍兵衛が黒ばかりで同じ構造の服を着ている事が話題となっていた。

 遂には龍兵衛はいつも同じ服を着ているのではという噂まで出たため、女中達は少し龍兵衛を遠巻きに見るようになってしまっていた。

 事を解決するため、颯馬が龍兵衛のいない間に部屋に忍び込んで調べた結果、箪笥には同じ黒色の同じ構造をした服が見事なまでにどこの場所を開けても向きも同じでずらーっと並んでいた。

 その後、彼絡みの変な汚い噂は無くなったが、もう少し颯馬から見ても他を選んでもいいのではと思ってしまう。

 だが、全く耳を貸さない龍兵衛は着ていた羽織りを脱いでそのまま買った羽織りをいきなり羽織った。

 颯馬からすればせめて戻るまで我慢しろよと思いたくなってしまうが、すぐに諦めた。彼とて人の好みに口を出す気は無い。

 少し経って定満が出て来た。どうにか目的の物は見つけたようでご満悦な表情をしている。

 男二人は思った。そして、世の中の女性に同情した。

 

「(定満殿はさらに成長するのか……)」

 

 もしこれが兼続の耳に入ればどうなるか。少し怖くなった気もしたために黙っておくことに二人はして、くじ引きでの幸運を天に感謝した。

 まだ時間があったため、三人は堺を歩いていると颯馬だけが何も買っていない事に定満が不公平だと思い、何か買うようにと背中を押した。

 そこに龍兵衛も加わって断り難い状況を作らされた颯馬は気乗りしないまま適当に辺りを見回す。 

 すると、ある店の主らしい浅黒い肌をした威勢のいい男性がやって来た。これはどうだと焦げ茶色に近い色をした細長い物を出して来た。

 得体の知れないものを見て固まっている二人をよそに龍兵衛は近づいて匂いを嗅ぐとすぐにこれが何か悟った。

 

「鰹の身を干した物ですね?」

「へい! 土佐からわざわざ仕入れた物です」

 

 初めて鰹節の身を見た二人が後ろで食い物なのかと驚いているが、龍兵衛は構わずに店主に頼んで鰹節の身を削った龍兵衛からすると見慣れたそれを持って来てくれた。

 龍兵衛は迷わずひょいと口の中に放り込んで美味しそうにその風味を味わっている。現代のものと比べるとさすがに味は落ちるが、食べれない訳では無い。

 まだ後ろでじーっと龍兵衛を観察している二人を見て彼は二人の前に鰹節を差し出す。諦めたように二人も恐る恐る口に入れる。徐々に表情が変わっていった。

 

「美味い」

「うんうん」

 

 二人の口にも合ったようで颯馬にこれを買えばいいと定満が勧めるが、颯馬はさすがにここで食べ物を買うのは躊躇われたようで難しい顔をしている。

 そこで龍兵衛が主に聞く。

 

「おじさん、これは結構色々と使えるんですか?」

「もちろん、食べるだけじゃなく出汁にも使えるよ」

「酒の肴にも?」

「当たり前さ!」

 

 どんと胸を叩いて間違い無いと言う主。聞いた瞬間に颯馬の顔付きが変わって唸りながら鰹節を眺める。

 謙信もまた塩辛い肴を好むことは知っている。

 

「これを買おう」

 

 後ろで定満と龍兵衛が笑っていたが、それに颯馬は気付かない。

 

 

 

 翌日、三人の軍師は謙信に呼ばれて昨日兼続と話し合ったという越後に帰る日を告げられた後、三人は昨日の堺での結果を改めて詳細に報告した。

 

「……俺からは以上ですが、二人は何かありますか?」

 

 定満と龍兵衛は首を振って特に無いということを示したので謙信はこの会議を終了した。

 残った仕事をやっつけるために立ち上がってさっさと退室しようとする二人を見て兼続はいないが、謙信は今しかないと口を開く。

 

「すまんな。お前達二人にはいつも迷惑な事を押し付けて」

 

 神妙な顔付きで謙信が言うと二人の軍師は驚いたように顔を突き合わせる。謙信の言わんとすることを察すると二人同時に声を出して笑う。

 これに謙信が驚いてどうしたのか聞くと笑いながらも二人は謝り、再び謙信の正面に座って笑った余韻が残るまま龍兵衛が言った。

 

「何故、謙信様が謝る必要があるんです? 自分達は颯馬を含めて謙信様が正義の道を歩み続ける事が出来るようにするために好きでやっているんです。謙信様が謝る必要などどこにも無いのですよ」

 

 諭すような龍兵衛の言葉に定満もうんうんと頷いている。互いに主君のためにやっていると口を揃えて言ってくれた。その言葉が謙信の胸に強く響いた。

 やはり颯馬の言う通り二人も颯馬と一緒でたとえどんな事があっても自身に付いて来てくれる。自身に足りない所を補い、自身を行くべき道へと導いてくれるに違いない。

 たとえ皆がいなくなり、茨の道を歩む事になったとしてもきっとそうだろう。

 ならば、自分は当主として彼らを守り抜く重責がある。

 

「当主とは大変だな……」

 

 気付けば口に出ていた。だが、此処にいる三人の軍師は決して謙信に驚愕はすれども失望などしない。謙信も分かっているからこそ口に出せる。

 

「謙信様、それを支えるのが私達の役目なの。もっと人に頼っていいの」

 

 定満は笑顔で謙信に頷きながら頑張るように背中を押すような声で言う。長年、上杉家に仕えて来た彼女には母のような雰囲気がある。

 

「当主が家臣を信頼しなければ家臣は当主を信頼しません。しかし、我々は謙信様を信頼しているからこそここまで来ているのです」

 

 かつての経験があるため、龍兵衛の言葉には説得力がある。

 少々手厳しく聞こえるが、そこには彼なりの上杉家を思う熱い心があるのをここにいる全員が知っている。

 最初は猜疑心の塊のような性格だった彼がここまで態度を軟化させてきたのも上杉家の雰囲気のおかげであることも彼は隠しているつもりだが、皆は分かっていた。

 兼続はここには居ないが、その心は三人の軍師と一緒だろう。

 誇らしい。謙信はただそう思った。

 

「やはり颯馬の言う通りだったな」

 

 二人が退室すると開口一番、謙信は安堵の声を出した。

 

「だから言っただろう。上杉の家臣は皆が謙信に不満がある訳でもない。そして景勝様にもだ」

「そうだな。颯馬、私は必ず勝つ。天下を取ってみせるぞ」

「ああ、俺も謙信を支える」

 

 今後も今までと変わらずに、天下が如何に変わろうと上杉の皆のために生きようという決心が芽生えた時だった。

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