上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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活動報告にも書きましたが、再び修正していきながら更新します。忙しいのでなかなか進まないかもしれませんが、書き方もあまり分からずに始めた自業自得ですね、取り敢えずはやれるだけやってみますので今後もよろしくお願いします!


第三十六話改 一つの憂い

 ある日、景資はとある山小屋に来ていた。

 冬晴れと言っていいほどの実に良い天候でその日差しが壊れた屋根から山小屋に入って来ている。

 景資はこの荒ら屋である人物の来訪を待っていた。ただ一人で、誰も護衛を付けずにじっと座っている。

 彼女は上杉家の中でも謙信以外の誰にも知らせずにここにいる為、秘密裏に動いている以上、来訪者を待って外にいることは許されない。

 別に景資の実力なら十人ぐらいに囲まれても屈することは無いだろうが、どこにどのような輩がいるのかわからない京の洛外の危険さは景資が他の誰よりもよく知っている。

 彼女自身が身を持って知った訳ではないが、何人もの旅人が洛外のどこかで賊の被害に遭っているのは何度も藤孝達からよく聞いていた。

 危険は承知だが、会わねばならない人がそこに来るのである。

 じっと待っていると外に人の気配があった。賊かもしれないが、景資はぴくりとも動かない。

 このようなところに賊が入って来たとしても入ってから斬り捨てればよいのだから。

 しかし、それに及ぶことは無かった。

 

「待たせたの。義輝・・・・・・いや、今は吉江景資じゃったか」

「おお、お主も変わらないようじゃのう」

 

 高貴な雰囲気を纏い、このような風が吹けば屋根が飛んで行きそうな水簿らしい山小屋には似合わない公家の格好をした女性が一人すっと入って来た。

 まっすぐ景資を見つめて笑顔で懐かしいものを見たような目をしている。景資も来訪者に微笑みながら、心からその人を待っていたように暖かく迎え入れた。

 また、来訪者の方も護衛無しだ。

 

「越後はどうじゃ? まぁ、そちなら退屈するような事など無いじゃろ」

「まったくじゃ。皆楽しい者ばかりでのう、毎日が飽きることが無い。京での生活の方が退屈だったと思ってしまうぐらいじゃ」

「ほっほ、そうかそうか。それは何よりでおじゃる」

 

 優雅な口調で景資の正体を知っておきながらもつらつらと対等に言葉を繋げる女性。

 楽しそうに世間話に興じていたが、景資が手を挙げて会話を一旦切り上げる。

「ところで」とここで景資の顔が真剣なものに変わった。それに合わせて来訪者もぐっと優雅な笑みを消して、扇を口元に当て、景資に近付く。

 

「妾が言いたい事は分かっておろう?」

「もちろんじゃ。だがのう・・・・・・あの晩、三好のどの将も動いていなかったのじゃ」

 

 一層声を潜めて来訪者がそう言うと普段は冷静な景資もかなり驚いたようで「なっ!?」と声が出てしまった。景資が身を乗り出してもう一度真偽を問うと間違い無いという事らしい。

 景資はあの襲撃事件の首謀者を三好長慶と考えていたが、どうやらそれも的外れだったようだ。

 

「麻呂の方も大分手を尽くしたのじゃが、結果がこれで残念でおじゃる」

「いやいや、お主が謝る必要は無い。妾が無理を言って頼んだのじゃ。お主の責任では無い」

 

 景資も別に大した結果を期待していた訳では無い。そもそも将軍襲撃を企てる人物が無鉄砲にあんな事をするなんて思えない。

 用意周到に証拠も必ずもみ消せる自信があったからこそあのような大それた行動に踏み切る事が出来たのだろう。

 だからこそ景資は真っ先に長慶を疑った。彼女ならそれぐらいたわいない事だろうと思ったからだ。

 だが、景資はもう復讐を望んでいる訳では無い。既に彼女は過去を捨てて名前を変えて吉江家の養子となって名実共に越後上杉家の家臣となったのだから。

 復讐の為ではなく、今後の上杉家の害となるであろうその人物をこの手で亡き者にしたいのだ。

 襲撃者は彼女が将軍の権威を復活させる為に奔走し、確実に歩んで来た時に襲って来た。

 おそらく自らが天下の覇者になろうとする者か、はたまた乱世を好む者かはわからない。どちらにせよ上杉家には良いような存在になるはずが無いのだ。

 自らは血を浴びる。景資とて戦以外で血を見るのは嫌いだが、正義の世を作ろうとしている謙信の為になら構わない。

 

「そちには悪いが、もう少し調べてくれないかのう? 何としても天下の害毒を排除したいのじゃ」

「よかろう、麻呂に任せるのじゃ。そちは精々、上杉家を盛り立ててやるのじゃぞ?」

 

 無論と言わんばかりに景資は笑って頷いた。その心の中で景資は改めて確信した。

 

「(やはり京は日の本の闇の中枢じゃ)」

 

 

 

 

 

「かの松永久秀殿にご対面出来るとは、光栄の至りです」

「あら、随分と口が上手いのですね」

 

 颯馬は三好家の家臣、松永久秀に出会っていた。挨拶周りの一環で、彼女が最後になってしまったのだ。

 上杉家の面々は全員が足利、三好の面々に会える訳では無いので人を分担して当たっている。そして、颯馬はようやく久秀に会えることになったのだ。

 とりわけ話すことも無く、殆どがただの世間話となり、短い会談で終わる筈だったが、颯馬は久秀の目の中にある何かを感じていた。

 

『松永久秀には注意して観察して欲しい』

 

 龍兵衛がそう言っていたが、当たりだったようだと颯馬は思った。どこかに久秀の違う雰囲気があるように颯馬は感じていたのだ。例えるなら、定満のように鋭い棘のある美しい花のような。

 それが何かは分からないが颯馬は警戒感を押し殺すのに必死だった。

 油断すれば久秀の何かに呑み込まれそうになりかねない。平静さを装いながらも颯馬は内心、冷や汗をかいていた。

 それでも収穫があったと思いながら、颯馬は足早に退室しようとすると、久秀に呼び止められた。

 

「どう? 久秀の印象は?」

 

 先程とは雰囲気が変わっている。颯馬には久秀の中にある何かが少し出ている気がした。

 

「ええ、さすがは噂に違わぬ素晴らしい御仁であるとよく分かりましたよ」 

「それだけ?」

 

 口調が段々と苛ついたものになってきている。颯馬は内心の冷や汗が引いていき、楽しめが出て来ているのを感じた。

 

「はい、それだけですが?」

 

 颯馬がとぼけて誤魔化すと、久秀は「ふーん」とつまらなそうにして「今日はどうも」と不機嫌そうになった。誤魔化せたのか、と少し安堵しながら颯馬は部屋を出て行った。

 

「馬鹿ね、久秀を誤魔化せるとでも思っていたのかしら?」

 

 颯馬が部屋を出て行った後、久秀は一人ごちる。簡単に彼が猫を被っていたのは分かった。そして、久秀を探っているのも分かっていた。

 本性を暴き出して、面白みのある彼を引き出そうと思ったが、颯馬はとぼけて出て行った。

 

「ふふっ、でもなかなか上杉家にも面白い人が多そうね」

 

 先日、三好長逸が河田龍兵衛との対談で彼がいとも簡単に彼女の本心を暴き出した事は既に聞いている。

 そして、先程の軍師天城颯馬、さて彼らの本性はどこなのか。

 

「遠い越後にいるのが残念だわ」

 

 楽しみを取って置くのも悪くないと思いながら、久秀は隠されていた黒い笑みを誰もいなくなった部屋で浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 堺にもう一度赴いた上杉家の三人の軍師は又三郎に注文してあった新しい火縄銃五梃を購入した。上杉家にも火縄銃はあるにはあったが、かなり少なく、また新しくないので殺傷能力に欠けるところがあった。

 その為にあまり使われることは無かったが、今回を契機にしてもう一度力を入れ直そうということになった。 

 別に金は佐渡の金を使えば普通に支払える値段だったが、問題はもう一つの願いだった。

 

「残念ですが、あれの方はどうも・・・・・・」

 

 職人が居れば越後に招き入れて鉄砲の生産を上げたいと思ったが、それは駄目だったようだ。やはり、片田舎の越後まで行くのには抵抗があるらしい。

 その代わり受け取ってくれと又三郎が一冊の本を取り出した。

 颯馬が何かと問うと又三郎は自分の師匠である八板金兵衛が纏め、又三郎が新しい技術や製造法を付け足した本の複写版だというものだから三人は驚愕を飛び越えてまさに開いた口が塞がらない状態になってしまった。

 

「そんな驚くようなものではありませんよ」

 

 ころころと三人の反応を笑っている又三郎だが、驚くような代物を敢えて見せて反応を面白がっているようにも感じられる。

 失礼を承知で三人が中身を読んでいくと越後ではまずやっていないような製造法や又三郎が独自に研究したという日の本でも生産可能な火薬の製造法も書かれてある。

 いわゆる純国産の鉄砲を初めて作り上げた人物と堺を鉄砲商売の一大都市にする一翼も二翼も担った人物の本、複写版とはいえこれはかなりの高値になるに違いない。

 龍兵衛が手を挙げて単刀直入に聞く。

 

「いくらになるのでしょうか?」

 

 もしかしたら鉄砲一梃分よりも高いかもしれない。だが、これはかなり欲しい。三人は身を乗り出して又三郎の返答を待つ。

 

「いえ、これはタダで差し上げます」

「「「・・・・・・」」」

 

 くるりと三人は又三郎に背を向け、ひそひそと話し合う。

 

「いいんですかね?」

「何か、怖いの」

「いいんじゃないですか?」

「なんで龍兵衛はしれっとそんなことが言える!?」

「だってタダより安いものはないし」

「確かに。ご好意に甘えるのもいいかもしれないの」

「しかし、いいんですかね? 本当に・・・・・・」

「いいんですよ。別に」

 

「わぁ!」と三人が同時に驚いて飛び上がって振り向くと又三郎が目の前にいた。その時、左にいた龍兵衛が後ろの壁にぶつかって頭を打ってしまい後頭部を押さえて悶絶している。

「大丈夫です」と龍兵衛が頭を押さえながら明らかに痛そうな表情で全員に言うと又三郎は話を戻す。

 

「本当にいいんですよ。これがどれほど役に立つかは分かりませんけど、もし役に立ってあなた方が乱世を収めて頂けるのなら喜んで差し上げます」

 

 乱世を憂いながらも又三郎自身は武器を作り続けるしか生計を立てる手段が無い。注文に来る人達の大半が戦に勝つために注文していた。嫌気が差す時も何度かあったが、今回の上杉は違った。

 先の会見で三人にはそれ以上に天下を平定するという思いがあったと又三郎は感じていた。故に、その主君である上杉謙信もその思いを持っているに違いない。そうでなければ家臣達がそのような思いを持つ筈が無い。

 又三郎は武家の出ではないが、主君の性格が家臣に影響するのは知っていた。故に、この本を自ら複写して上杉家に献上しようとしたのだ。

 

「・・・・・・早く我々が武器を作る日がなくなるのを心から待っていますよ」

 

 三人の軍師はただただその素晴らしい誠実さに頭を下げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、そのような物を本当に貰えるとはなぁ」

「皆、びっくりしたの」

 

 用件を終えて謙信に報告をしに来たが、詳細を聞くとやはり謙信も驚いた。 

 

「ところで、龍兵衛はどこに行った?」

「明智殿の所にお礼を申し上げに行っています」

 

「そうか」と頷くと謙信は早速、又三郎からもらい受けた本に目を通し始めた。

 

 龍兵衛は光秀の部屋へと向かい、頭を下げていた。

 

「光秀殿、今回は本当にありがとうございました」

「いえ。私は紹介をしただけで何もしていません。あなた方の交渉が上手く行ったからこそです」

「いえ、その紹介があったからこそ我々は橘殿にお会い出来たのです。あなたがいなかったらどうなったことやら・・・・・・」

「ふふっ、このままでは堂々巡りになりそうですし、今回はこちらが折れておきましょう」

 

 その言葉にありがたいとという気持ちを込めて龍兵衛は再び頭を下げる。その後は二人はお互いを持ち上げあいながら談笑を続けた。

 

 

 

 

 

 

 堺での仕事も終わり、上杉軍は帰路に着くことになった。報告では幸いにも雪の影響は少なく、早めに撤退をすれば、滞り無く帰れるだろう。

 

「そう、もう帰るのね」

 

 惟信の部屋に向かって龍兵衛は別れの挨拶をしに来たと言うと彼女はすぐに通してくれた。

 少し悲しそうな顔をしているが、この世界に来た以上は我が侭は許される訳が無い。惟信も馬鹿では無いので分かっているが、いつでも別れというものは辛いものだ。

 

「まぁ、しょうがないか。私達も後二、三日したら帰還する予定だったからね」

 

 表情はお互いに明るい。二人はこれ以上の別れというものを経験しているのだから。死に別れでもない限りは下手に肩を落とすようなことはない。

 

「今度会う時は三味線、聴かせてくれよ」

「そういえばこの時代だったね。琉球から三味線が来たのって・・・・・・そう言う龍広君はまだ笛、吹けるんでしょう? その時はお願いね」

「ああ・・・・・・」

 

 いつ会えるかは分からない。それがこの世なのかあの世なのかも分からないが、二人は何故かまた会えるだろうとどこかで確信していた。

 

「いずれまた会えるさ」

「そうね・・・・・・後、まだ私は諦めてないから。浮気したらその人は・・・・・・覚悟することね」

「・・・・・・諦めろ、いい加減(どこでそんな強い殺気を覚えたんだこいつ? 景勝様には指一本も触れさせんぞ!)」

 

 それだけの短い挨拶だった。再会の約束はしない。仮にそうしてもかなり後の話になる。

 

 

 

 

 

 憂い無く、ようやく自分の家に帰れると上杉軍の将兵は安堵の声も上がっている。

 それはあくまでも表向き。裏では水面下で行われている上杉家を崩壊させる計画を食い止めるべく、四人の軍師は謙信と共に対応に被われていた。

 

「如何致す? 間違い無くこの計画には加賀が絡んでいる」

 

 追い詰められたような状況に変わりない。加賀を抜けるしか越後に帰る方法が無い以上、突破以外の方法は無い。

 

「とりあえず加賀の国主である晴貞は馬鹿ではありません。我々を通してから背後から襲う可能性も考えるべきです」

 

 もはや謙信を含めた全員が晴貞に対して怨念の感情しかない。あれだけ巧みに誠心誠意に対応されては騙されるなという方が無理である。

 

「こうなったら一気に加賀を取りましょう!」

「兼ちゃん、めっ! そんなことしたら上杉の名前に関わるの」

 

 上洛軍が帰り掛けに攻め込まれたからといって国を取るなんて前代未聞の汚点になる。それは向こうとて同じ筈なのにどうしてか上洛から帰路する上杉軍を襲おうと考えているのかが分からない。だが、向こうは必ずやってくる。

 声を上げることはめったにないが、定満もこの状況にかなりの焦りを見せている。

 軒猿によって本願寺が絡んでいることは掴んでいる。しかし、龍兵衛はどうも合点がいかない。

 

「いくら何でも本願寺の名前が出過ぎている気がするのですが」

「確かにな・・・・・・それは頷ける」

 

 颯馬も思うところがあったようだ。本願寺が裏にあるという確証は嫌でも出て来る。糾弾すればそのままだが、おそらく本願寺はその確証を握り潰してしまうだろう。

 それ以外の三人も同じような思いがあったようで腕を組んだり、おとがいに手を当てたりしている。

 

「今はそれよりもどうやって越後に帰るかです。越後に入ってしまえば、我々勝ちなんですから!」

 

 兼続は思考を打ち切るかのように口調を強くして指摘する。

 切られた思考に腹立たしいという思いは見せず、四人は兼続を驚いた表情で見る。

 

「兼続・・・・・・」

「は、はい!」

 

 謙信に声を掛けられて兼続は姿勢がすっと伸びる。

 

「随分と良いことを言ったではないか」

「・・・・・・は?」

 

 一瞬で兼続の頭の中は疑問符で一杯になった。

 三人の軍師からも驚愕の目で見られている。

 気付けばこの計画の黒幕を突き止めることに頭が行っていたがここは越後ではなく、京である。帰らない限りは今後も何もあったものじゃない。

 こうなった以上はどうやって加賀を抜けて越後に帰るかを考えるべきだ。

 

「兼ちゃん、いい子」

「お前がそんなことを言うとは・・・・・・」

「うん、何かちゃんと帰れる気がしてきた」

「宇佐美殿はともかく、お前達にそのようなこと言われたくない!」

「「何!?」」

 

 ぎゃーぎゃーとまた言い争いを始めた三人を見て、謙信は少し心に落ち着きが出て来た。本来らしくなってようやく人は自身の力を発揮出来る。その状況になれたのだ。

 結局、五人は今は帰路の加賀に入ってからはしっかりと警戒態勢を敷いておくことで一致した。今は何か策を立てようにも立てられる状態ではなく、ただ急いで帰るしかない。  

 

「何ともやりきれないな・・・・・・」

 

 謙信は颯馬と二人で部屋で顔を合わせている。だが、そこにいつもの和やかな雰囲気は無く、殺伐とした雰囲気が続いている。

 

「大丈夫だ。俺達を信じるのだろう?」

「そうだな。だが、私もそなた達を守らないといけない。だからな・・・・・・」

 

 主君と家臣、お互いにお互いを信じなければ良い結果にはならない。謙信も分かっているが、怖いのだ。越後に帰れるか、帰った後も上手く皆と上杉を大きくしていけるのか。

 

「大丈夫だ・・・・・・信じてくれ・・・・・・」

 

 颯馬は謙信のその心を悟り、落ち着かせる為に謙信を抱き寄せた。

 そして、その肩が震えているのを颯馬は感じた。

 

 

 

 

 夜の廊下を三人は音を立てないようにそっと歩く。 皆が寝静まっている為でもあるが、気まずい雰囲気の中で床の音さえもうるさく感じるように思えた。 

 

「何が起きるのでしょうか?」

「ううん、私にも分からないの」

 

 三人は溜め息を吐く。誰が黒幕なのか。本願寺と断定するのは早計かもしれない。だとしたらそれ以上に大きな影が動いているのか。それがどこなのかは分からない。

 軒猿を駆使してまで諜報活動を行っているが、かなり厳重な警戒態勢を向こうも敷いているらしくなかなか有益な情報を掴めていない。

 しかし、それ以上に生きなければ意味は無い。

 

「今は兼ちゃんの言う通り、上手く越後に帰ることを考えないといけないの」

「これからが、本番という事か・・・・・・」

 

 自身に言い聞かせるように兼続は呟く。

 定満と龍兵衛も心に言い聞かせてこれから起こるであろう事を恐れながらもやるしかないという決意で陣に向けて歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 一人の少女が京の洛外にある宿に入っていた。簡単な造りの宿だが、しっかりとした設計になっていて泊まるのには事欠かない。

 

「京まで来たけど、随分物騒な事になってんな~」

 

 昼の間に彼女が見たのは上杉軍の旗印である竹に雀の旗がひしめく上杉軍の本陣だった。

 少女は好奇心に誘われて本陣に近付いてみると思ったよりも精強そうな兵士達が揃っていてそれを指揮しているであろう将達も厳しいながらも兵士達の動きに合わせて行動していた。

 情報通の彼女は上杉軍が上洛していたことは知っていたが、これほど上と下が上手くいっている軍勢を見たことはなかった。

 上は下を思いやり、下は上を尊敬している。信頼し合っているからこそ取れる連携は斎藤には不可能だ。

 

「見ていて面白そうだったな~」

 

 出来ることならもっと近くで見てみたい。

 しかし、彼女は行くのは越後よりもっと南に行かないといけない。早く行かないといけないが、早く行きたくない。本当に足取りの重い旅になっている。

 

「(そういえば、あの野郎は越後に行くって行ってたけど、たぶん駄目だっただろうな~謙信ってたしか、義を重んじる人だって評判だし。今頃はもっと北に居たりしてね)」

 

 越後に向かうと決めていた悲運な自分の弟子を哀れみながら少女はぐっすりと眠った。

 

 

 

 

「へっくしゅん!」

「龍兵衛君、どうしたの?」

「いえ、誰か噂している気がして・・・・・・」

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