上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

47 / 207
第四十ニ話改 どうしてうんと言ってくれないの

 義守達が安東を蹴散らしていた頃、新発田方面を任されていた長重は長い攻防戦に貧乏揺すりを止めることが出来なかった。

 加茂城の要である剣ヶ峰砦を落としたまでは良かったが、その時用いた火が延焼してしまい、加茂城と同じ丘にあった耕泰寺まで焼けてしまったのだ。

 住職との再建の交渉やそこの寺を信仰している民達に謝罪を述べに行ったりと戦の間もあちこちに奔走したせいでなかなか加茂城に集中出来ずにいた。

 加茂城はなかなか堅牢で東西南北の尾根づたいに曲輪を配しているが、長重が攻め込もうとしている西の曲輪は複数の堀で遮断されている。さらに細道で大軍での行動は難しい。

 剣ヶ峰砦を落としたとはいえ長重はその曲輪に悩まされていた。

 新発田城の状勢が芳しくない以上、どこかで動かないと長重の軍の士気が落ちる一方だと決行した加茂城攻めだが、ここでもまた時間が掛かるようなことがあればさらに士気が落ちる。

 この状況に業を煮やした長重は夜襲と朝駆けを繰り返し行ったが、堀を埋めて少し進軍出来ただけで肝心の主郭に攻め込むことが出来ないままいたずらに一日一日を無駄にしていった。

 そもそも長重と新発田城に陣を構えている安田能元の率いている軍の兵力は三つに別れた上杉軍の中で一番兵力が少なく五千の兵馬というものであった。

 謙信が魚津に居る以上は主君に兵力を多めに残しておくのは当たり前で山形も最上がいる為に景家達が連れて行った兵力に上乗せが来るのは普通であった。

 元から長重の隊は安田城の兵力と合わせるだけで多くの兵力があまり集わないのは予想済みであった。

 長重は既に中条など様々なところに援軍を頼んでいるが、兵達はそんな事情知るわけ無いので不満が出て来るのは仕方が無いことで長重の配下の将から兵達の苦情が毎日のように上げられるようになった。

 強襲すれば兵の被害が多くなる。だが、それ以外に方法を思い付けと言われると長重も軍師ではないので浮かぶものも決定打に欠ける。

 一つだけあるが、それはかなり卑怯な手である。

 やりたくない。しかし、向こうは都合で寝返った裏切り者。別に情けを掛ける事や相手から卑怯など言われる筋合いは無いのだ。それに時間を掛けて良いような戦では無いことは十分に理解していたので長重は大将としてこれしかないと判断した。

 

「おい、軒猿を呼んで来い」

 

 配下の将に指示を飛ばして長重は一人雪が被っている加茂城を見つめていた。

 そして、一週間後の夜。加茂城内で異変が起きた。

 

「う・・・・・・うおえぇぇ・・・・・・」

「は、腹があぁぁ」

「か、厠へ・・・・・・」

 

 城内の将兵達の呻き声がその日は一晩中収まる気配が無いまま兵はのたうち回り吐き気や腹痛を訴える者が相次ぎ、将達までがその兵の看護に当たる羽目になった時であった。

 

「報告! 敵軍が攻め込んできました!」

 

 加茂城は対応する間もなく、あっさりと落ちた。

 長重は毒を買わせた後すぐに軒猿に毒を加茂城の水樽に放り込ませた為、将兵達は抵抗出来ずに倒れて行った。

 彼も武人ではあるが、義がどこにあるのか理解している。正義は最後には裏切り者を征伐したこちらにあることは分かっていた。

 長重は降伏した兵は武器を捨てて帰郷させ、将は全員処刑して新発田城の包囲に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、重家だな・・・・・・簡単には落としてくれねぇ」

 

 十日後、長重は舌打ちをしながら合流した能元と未だに落ちない新発田城を眺めていた。

 長重が加茂城を攻めている間、能元がしっかりと長重の代わりを務めていたおかげで長重は加茂城に集中できた。

 若いが兄の才能に勝るとも劣らないものを持っている彼はまだ精神的に幼いとはいえ実直で無欲な性格は謙信からの信頼も篤いものになるだろうと長重は思った。

 それに比べてどうしてこうなってしまったんだと長重が思ってしまうのは新発田城城主、新発田重家である。

 重家は元々は新発田家の分家である五十公野氏の当主であったが、兄の長敦が病死したのを受けて新発田家を継いだ。

 しかし、生前の長敦に対しての恩賞についてで謙信と不和が生じた。

 長敦と自分にくれるものだと思っていた恩賞が殆ど景勝の実家の上田長尾家に持って行かれたのである。それを重家は謙信の一族重視だと強く批判し、新発田一族に泥を塗られたと思った。

 しかし、上杉の勢いは日に日に強まるばかりで謀反などすればあっという間に鎮圧されてしまうことは必至。不満だけが胸に燃えない火種としてくすぶっていた。重家が謀反を決意したのは謙信が上洛中の時であった。

 重家の配下が夜中に春日山城に人質としていた安東愛季と浪岡顕村を捕らえたのである。

 重家が自ら事情を聞くと顕村が諦めたように謀反を考えていた為に主君の愛季を脱出させようとしたと俯き、台本に書かれたものをただ棒読みするかのように呟いた。

 最初こそ疑ったが、本気だと絶望に浸った顔をした二人を見て悟った。

 その時、重家は胸の内にあった火種が一気に燃え盛ろうとしているのを感じた。人払いをさせると愛季と顕村に向き直って言った。

 内心の興奮した気持ちを抑えて顔に笑いを浮かべるのを必死に堪えて二人を覚悟を決めた強い目で言った。

 

「某も協力したい・・・・・・」

 

 愛季と顕村を密かに逃がした重家は先ず謙信与党の家臣を処断して家の方針を謀反へと統一させた。

 安田顕元がそれをどこかで嗅ぎ付けたようで何度も重家を説得したが、彼はその意志を変えることはしなかった。

 そして、蘆名家の金上盛備にも使者を出して背後を固め、顕元が責任を取って切腹したのを聞き、安東家と共に決起した。

 思ったよりも謙信の指示で長重が素早い動きで新発田城に侵攻したが、重家も慌てない。

 時間が経てば上洛に付き添った兵は疲れを、農民兵は田植えに返さないといけない以上、春まで持ちこたえればその間に更なる地盤を固めることが出来る。

 重家は上杉軍の兵力を分散させる為に様々な支城を建てた。新潟城と沼垂城は既に落ちたが他にも五十公野城や赤谷城などがある。

 長重達が新発田城を一気に攻め込もうと出来ないのはその支城らが邪魔をしている為でもあった。

 しかし、重家はその城に徹底的な普請を行い、堅牢なものに仕上げた。

 新発田城を包囲しているとはいえ支城の存在を考えて遠巻きにしか囲めない。迅速に落とせといえるような城ではないし、守る重家も優れた将である。

 援軍が欲しいがそんな余裕はどこにもある訳ない。

 業を煮やした能元が決戦を望む声を上げ始めた。彼からすれば重家は兄の顕元を自害に追い込んだ張本人。何としても自らの手で斬ってやりたいという気持ちが強いのだろう。

 長重も裏切り者に制裁を自らの手で落としてやりたいが、新発田城に攻め込んだ時の兵の犠牲を考えると足が止まってしまう。

 重家は勇猛で知略にも長けている。兄の長敦の影に隠れていた為、あまり今までは目立っていなかったが、新発田を継いでからその才能を開花させた。

 長重も彼と一緒に戦った事もあるので彼の才能は高く評価していた。

 故に、動くに動けないのである。さらにここにきて雪の問題も出て来た。今年は今まで降らなかったが、ちらほらと降り始めたのである。

 雪はあまり積もらずに地面を緩ませる為に行軍が上手く運ばなくなってしまった。新発田城付近は元々湿地帯であり、行軍が遅くなるのだが、そこに加えてこの雪である。重家もすかさずこれを利用した。

 先ずは夜襲を決行。能元の隊に雪崩れ込んでぬかるんだ地面のせいで思うように動けない騎馬隊を叩いて能元へと迫った。

 城から出て来ないと油断していた能元は突然の夜襲に驚いたが、何を思ったか重家を討ち取る好機だと考え統率が取れていないまま出陣した。

 重家の隊に囲まれて危うく討ち取られるところを長重によって助けられたが、この夜襲で能元の隊はかなりの損害を被った。

 能元は重家を評価していた長重と違い、所詮重家は裏切り者だという概念を捨てることが出来ずに重家を見くびっていたのである。 

 長重に警戒を怠っていたこととその後の対応について叱責を受け素直に詫びたが、さらに能元は重家への憎悪を深めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 能元の敗北で長重は軍の再編を強いられることになった。謙信の隊からの援軍では越中と謙信達が突破するまで待つことになる為、時間が掛かる。それでも援軍が欲しいところまで長重は苦境の地に立たされていた。

 長重がどう新発田を攻めるか頭を抱えること三日間。ようやく頼んでいた色部勝長・安田長秀・本庄繁長の援軍が到来した三人の将合わせて約三千で新発田を攻めるには足りない気がするが、ありがたいことに変わりない。

 早速、長重は軍議を開いて今後の対応を話し合った。

 先ず、新発田城を一気に攻めるのは下策だという見解は能元以外の全員が賛同した。

 

「重家など所詮は・・・・・・」

「能元、お前はいい加減にあいつが裏切り者だからという考えは捨てろ。重家を甘く見て痛い目にあったばかりだろうが」

「されど! ・・・・・・分かり申した」

 

 能元はまだ重家という人物に対する偏見を捨てることが出来ずに何か言おうとしたが、藤資達先達の将達に睨まれ何も言わなくなった。

 続けて長重が口を開く。先ずは援軍の将達が新発田城の支城を一つ一つ潰していくことを提案し、全員が一致した。

 将達が立ち上がる中で長重が不満げな能元に近付く。彼の顔は怒りで赤くなっていた。

 能元は内心憤っていた。誰も自分が兄を失ったつらい気持ちを分かってくれない。

 新発田城の中に居る重家が今生きている事を思うだけでどうしても腰を浮かしてしまいたくなる。

 しかし、能元も兄がいなくなった今は毛利安田家の当主。慎むところは慎まなければならない。

 動かない能元を見て長重は溜め息を吐かないように努めて近付く、聞かれれば能元に溜め息を何故吐くのかと詰め寄られそうである。

 少し知恵を足せばもっと良い将になるが、能元は如何せん固定された観念に縛られやすい。もっと客観的な視点を得れば重家のことも侮らずに太刀打ち出来るが、惜しい。

 長重は能元の肩をぽんと叩いて励ますような口調で言った。

 

「お前も少しは将として何が大切か考えな」

 

 能元は少しばかり驚いて長重の後ろ姿を眺めていたが、すぐに新発田城を怒りの目で睨み付けた。

 今は誰かが別の方向を向いている方が負ける。分かっていても重家への憎悪を隠せない。

 しかし、能元も一人の将として公私混同は避けなければならない。今は我慢だ。

 能元も立ち上がり長重の背中を追い掛けた。

 

 結局、加茂城で戦った長重が新発田城に残り、他の将達は手始めに重家が反乱の中で親憲がいない隙に攻略した水原城を奪還することになった。

 ここで四人の将は楊北衆の筆頭格勇猛で知られる中条藤資、景資親子と合流して意気揚々と水原城に向かった。

 水原城は元々は城というよりは代官所という方が合っている城である。

 すぐに落とせると思えるが、重家は自身の領地拡大に成功した城を簡単に落とさせるような事はさせない為にかなりの兵力を水原城に投入していた。

 

「問題じゃのう・・・・・・」

 

 水原城攻略の実質的な総大将になった中条藤資は蓄えた顎髭をしごきながらも余裕の笑みを崩さない。

 

「何か考えがおありですかな? 藤資殿?」

 

 長秀は藤資の真意を探るようににやりと笑みを浮かべている。

 一方の能元は何をこの状況下でそんなに笑っていられるのかがよく分からなかった。

 怪訝そうな顔をしていると藤資は地図を持ってこさせて指を指しながら説明する。

 藤資はひとまず水原城は後回しにしてここは八幡砦を落とすことを提案した。八幡砦は水原城と新発田城や五十公野城を繋ぐ連絡路。ここを先ずは落としてしまおうという訳だ。

 

「ここは長秀と能元に任せる。儂自ら重家の喉元に穴を開けてやるわ」

 

 呵々と笑う藤資に顔には老齢の気は隠せないが、長年宿老として謙信を支えてきた気は衰えていない。

 だが、能元には聞き捨てならないところがあった。

 

「某を何故ここに残すのです? 某は兄の仇を討つためにとここにいるのです。某もお供させて頂きたい」

「能元、口を慎みなさい」

 

 長実がきっと能元を睨むが、藤資は呵々と笑いながら長実を抑えて能元を見る。穏やかだが鋭い目が能元に突き刺さる気がした。

 

「お主はまだまだ若い、血気に逸るところがある。これからの将には我慢というのも覚えてもらわねばならん」

「されど・・・・・・」

「もう言うな。決まったことだ」

 

 結局半ば強引に藤資の権限で長秀と共に能元は水原城の抑えをすることになった。

 

「いかに思う?」

 

 藤資は兵の見回りをしながら長実と繁長に尋ねる。そこには先程までの呵々とした笑みを浮かべてはいない。既に落ち着いた威厳に満ち満ちた表情を浮かべ、端の人が見ればそちらから頭を下げるだろう。

 

「やはり、かなり脆いかと・・・・・・」

「私も同じですね」

 

 二人の将はあの能元の焦りに渋い表情を見せている。兄の仇であるからという気持ちは分からなくも無いが、戦である以上は何としても勝利するということが肝要である。

 怒りがもたらす力強さは火のように強いが、一旦崩れると雪崩の起きた地面のようにずるずると脆くなる。

 三人は勇猛で名が通っているが、二度の越後の不安定な状況下であった時を乗り切り、自分の地位を確立している人物でもある。

 人間臭い一面もある藤資だが、だからこそ彼は三人の中で一番彼の若さを憂いている。重家側を攻めるとどこまでも周りに目もくれずに進んで行ってしまいそうな気があるように藤資は見えた。

 

「まぁ、長秀殿が居ますし、どうにかなりますよ。彼女にもしっかりと監視しておくように仰ったのでしょう?」

 

 そのためにも一番落ち着きがある長秀を置いたことは当然の備えというものだ。

 信頼出来る人を信じなければ乱世は生きられない。

 敬愛する主君の謙信はそれを理念に乱世に立っている。

 彼女もそれは矛盾があることを自覚しているのにもかかわらず毅然としていられるのは彼女の強い精神力に他ならない。

 それ程のものを能元に求めようとは思っていないが、どうしてもあの脆さを藤資は気にせずにはいられなかった。

 

「儂も年かのう・・・・・・」

 

 溜め息を吐きながら進む老臣に長実と繁長は驚いた。普段から自覚があっても自身が老人扱いされるのを非常に嫌う彼が自分からそんなことを言うとは思わなかった。

 彼と並び、上杉家家臣団の筆頭格である定満よりも年上で七十を超えながら息子である景資に家督を譲らないのもその年による頑固な性格であるのは誰もが知っていた。

 長年定満が知略なら藤資は武で上杉家を支えてきた自負がある彼は床で死ぬよりも戦場で死ぬことを望んでいる事は周知の事である。

 それにしては彼が長尾、上杉家の下で反骨心が強い事で有名な楊北衆の中で早くから謙信に忠誠を誓って長尾政景との戦、武田との川中島の戦い、東北遠征と主要な戦の全てに出陣し、長年の歳月を掛けて残した功績は大き過ぎるものであって景資に突然継いでもらうよりも時間を掛けて準備をしたい為になるべく周りの重臣達は彼を床で最期を迎えて欲しいのだ。

 それを言ったら藤資が「老人扱いするな!」と言って止まらなくなるので誰も言わないだけである。

 だが、私的には温厚な人でその時には彼も普段の威厳は無くなり屈託のない好々爺となる。

 城下でも子供には笑顔を向け、困っている人を見つけたら老若男女身分などを問わずに助けなければ気が済まないような性格で若い時からの男気は衰えない。

 それはお迎えが来るまで変わることは無いだろう、というのが謙信以下、上杉家の藤資への見解なので心では何か言いたいのだが、黙っている。

 

「まぁ、暖かく戦場で死なないように見守ってやろう」

 

 謙信の冗談混じりの言葉で誰もが苦笑いを浮かべながらもそうする事にしていた。

 故に、二人の勇将も藤資の今の台詞には何も言えなくなり、ただ藤資を追い掛けた。

 その背中は小さく武将ではない好々爺も背中だった。

 

 陣を出た能元は安田長秀に詰め寄っていた。

 

「何故です!? どうして某を使ってくれなかったのですか!?」

「落ち着きなさい。私に喚いて何も変わらないでしょう?」

 

 確かに総大将ではない長秀に能元が詰め寄るのはおかしい。しかし、能元は言わなければ腹の虫が収まらないのだ。

 

「それは・・・・・・藤資殿に直接申し上げるのは失礼です。やはりこういったもの長秀殿ような御方に言ってから・・・・・・」

 

 正論を返された能元は俯いて愚痴のような言葉を発してきた。

 

「まったく、お前は堅いんだよ。颯馬達みたいにもっと壁を破っていけば良いのに」

「颯馬殿達は・・・・・・あれの方がおかしいんです」

 

 長秀は普段の生真面目さからは想像出来ない内容の発言に驚きつつも能元は何かを思い出したように眉間に皺を寄せる。

 能元は兄の跡を継ぐ前、春日山にいた頃に若い軍師三人や慶次達の若者が謙信や景勝などの主家格や定満達重臣に分け隔て無く接しているのに理解出来なかった。

 謙信への忠誠心は篤いが、家柄よりも颯馬や龍兵衛のように能力のある者はかつて敵であった者だろうと家を裏切った不忠者だろうと用いる能力主義にも疑問的なのであった。

 故に、能元は颯馬や龍兵衛、慶次には強く当たり、時折公の場でもかれらは不敬な奴らだと話していたりした。

 直江家を継いでいる兼続には何も言えないが、謙信や景勝と並んで歩いて普通に接している事に首を捻る時もあった。

 しかし、誰もその言葉を真摯に受け止める人が居ない。それで良いと定満や実及は軽く訴えて来た彼をあしらう。

 何故このような体制で上杉家はやって行けるのかという疑問を抱いたまま安田家の当主になったが、未だに内心のもやもやは拭えない。

 

「長秀殿は今の上杉家のやり方に疑問は無いのですか? 長秀殿のように家柄もしっかりしているような方が颯馬殿達のような成り上がり者に功を取られっぱなしという今の状況に何も思わないのですか?」

 

 立て続けに繰り出される若者からの質問に冷静さでは親憲に並ぶ長秀も苦笑いを浮かべるしかない。

 言っている事は正しいかもしれないが、果たして本当に正しいかと言われると長秀は首を捻る。

 

「はっきりとは言えないけどその考えは少し・・・・・・そう、上杉家に居続けたいのなら捨てた方が良いかな」

 

 彼女は軍師三人よりも年上だが、定満や親憲よりも年下でいわゆる弥太郎と同様に中堅に位置する。

 同年代の弥太郎や年下の軍師達が活躍しているのを羨ましいと思ったことはあってもそれはかれらが与えられた場所でしっかりと結果を残すことが出来る才があると知っているからだ。

 長秀も謙信の能力主義を認め、彼女自身もそれが一番良いと思っていると言ってしまえばお終いだが、能元がここまではっきりと言っているのを見ると先程の藤資への不満は兄の仇だけでなく、自身も功を立てたいと思う気持ちが強いことも合わさっていると思わざるを得ない。

 

「ま、いずれ分かる時が来るさ・・・・・・」

 

 そう言うと長秀は兵に指示を出すべく幕を出た。

 

 能元は一人、陣幕で呆然としていた。

 自身の概念を真っ向から否定されたことに驚愕した。長秀にもどこか自身の言葉に思うところがある筈だと思ったのにそれを彼女は一蹴した。

 

「間違っているのは私なのか?」

 

 能力主義を否定している訳ではない。

 ただ彼は少しは家柄と過去の事も考えて欲しいと思っているだけである。

 答えが一つだけというわけでは無い。だが、能元はそれに気付いていないだけだ。

 

『良いか? 能元、安田家に生まれた以上は長尾家に忠誠心を誓うことは当然の事だ。我々のような由緒ある家の者こそが主家を支えるのは当然の事である。故に、主もそれに恥じないような力を付けなければならん』

 

 尊敬する兄の顕元から受けた言葉。能元は父からも同じような言葉を聞いていた。故に、安田の名を越後に轟かせようと強くなろうと決意した。

 尊敬する兄はこの世から呆気なく消えた。その背中に追い付くのはまだ先だが、仇である重家を討ち取る事で兄を弔いたいと悲しみに染まった葬儀の中で思った。

 故に、能元は家を継ぐとすぐに新発田城に攻め入った。しかし、重家は頑なに防戦してなかなか落ちない内に長重がやって来た。

 これで情勢が変わると思ったが、長重はなかなか新発田城を攻めない。

 安田家の兵だけでは数が足りないのは分かっていた。我慢した。待っていると援軍が来たが、長重達は攻めない。

 一気呵成に新発田城を攻めれば片が付くというのに何故先達の将達は憂う事があるのだろうか。

 理解出来ないままに時が過ぎ、長重は別の方向に目を向けた。これが仇を討つための布石であると我慢している状態の中で今度は留守を任される。

 

「どうして・・・・・・」

 

 使ってくれない不満。そして、正しいと思っていたことを否定された能元はどうして誰も分かってくれないのかと首を捻る。

 ようやく戻って来た長秀に指摘されて陣幕を出た。ただ付き従えば良いと思っている兵を嫌そうに見回る。

 後ろから見ていた長秀はそれを察して辟易を表す溜め息を盛大に吐いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。