一人称を三人称に変えて少しだけ内容も変えました
龍兵衛が長尾家に来てから三ヵ月が経った。
彼は基本的に内政を担当している。もちろん軍事も出来ないわけではないが、上杉には定満を筆頭に主に軍事に長けた軍師が揃っている。
そのようなこともあって今、龍兵衛がやっているのは不正の摘発への証拠集めだ。
「思ったよりくさい店が沢山あるな……」
城下を取り仕切る有力者や奉行から出してもらった資料を見て、怪しい店を絞り込んでいる。
百聞は一見に如かずと言うが、城下の店には売上が高く儲かっている割には客足があまり無い所がいくつか見受けられる。
越後の内乱で一儲けしようと国人衆や豪族に媚びようと金をばらまき、見返りにさらなる売上を得る。こうでもしないとやっていけない店が出ていたようだ。
ここまで広がっていると内乱がどれだけ領内の人々を腐らせるかがよくわかる。
とりあえず、力試しということで龍兵衛が法令を定めること、現代の警察制度を加えた警備体制の刷新案を出したところ、定満に感激されてこの方面を担当することになった。
斎藤家では師匠二人の助言があったからまだ良かったが、ここに来てから初めて龍兵衛は自分の判断で自分の知識の中にある法令の中でこの時代でも使えそうなものを抜粋してまとめたものを敢えて厳しくしたものを町に出したので不安でたまらなかった。
だが、留まっているわけにはいかない。乱世では否応なく人の心を腐らせる。
人の腐敗に待ったは無い。
気付けばこちらが暗闇の中で探るようになってしまう。
そのようなところで緩い法令を出せば、人はそこにつけ込む可能性は百に等しい。とりわけ今後は人口の増加も考えられるので入って来た人と元々いた人との間での騒動などは絶対に避けなければならない。
そう考えた龍兵衛は基本的に罰を犯した場合の刑罰をより厳しいものにした。
景虎などからはもう少し抑えてもいいのでは、と言われたが、定満や実及が龍兵衛の考えを理解してくれたので後押しをしてくれた事もありその提出案でいくことになった。
「(根回しって大事だな……)」
だが、決して厳しいだけのものではない。刑法の点で拷問を敵国の間者以外には禁止したり、取り調べの時間を一日三刻以内(六時間)にするなどそういうところは緩くした。
それに龍兵衛はずっとこの法令でいくつもりはない。いずれ簡素化するつもりだ。
厳しいままでいけば民は不満を持ちかねない。国が大きくなれば自ずと敵国と隣接していない国の民は平和な心を取り戻すだろう。
歴史がそれを証明している。秦の始皇帝の死後のように法律が厳しいままにしていても良いことなど無い。もちろんそこまで厳しい法律では無い。
平成の国民もそうだった。ここの民もそうであると願いたい。
他には税収の問題もある。戦から逃げる為に畑を放棄して逃げ出した者もいる為に土地が荒れている所が多々ある。
本当は難民向けの福祉事業も進めたいがそれには金がいる。まだ統一をしたばかりの越後で税収の安定を図るのは難しい。また、税政のことは龍兵衛自体あまり詳しくない。今は完全に手探り状態だ。
「龍兵衛ー新しい報告があるよー」
仕事をしていると入ってきたのは忍だが、普段はまったく忍ばない為に兵士には顔がしっかりと知られている人物。だが、有能ではあるので景虎は仕えさせているらしい。
しかし、さっぱりした性格で龍兵衛も別に嫌ってはいない。仕事もしっかりとこなすので貴重な味方だ。
「どうだった? 段蔵」
加藤段蔵。後世で飛び加藤の二つ名で現代では有名な忍である。褐色に焼けた肌が特徴的で、体にはいくつか傷が見受けられる。
「んーと、この店とこの店ははっきりと黒って言い切れるね」
「確証はあるのか?」
「部下がもうその店に入っているよ」
不正の無い綺麗な町が理想である為、まずは春日山での試しといったところである。
すかさず踏み込む日程を決めてその人員を確保しなくてはならない。
一般兵士にはやらせるわけにはいかない。口の軽い者がうっかり言ってしまう恐れもある。秘密裏に事を進めたい。
他の人の協力がいる。自分のような新参者より他の方が兵士の性格も知っているだろう。
そう考えた龍兵衛はまずは定満のところへ向かった。運良く部屋に居た為、そのまま上がらせてもらい事情を説明する。
「ん、わかった。でも、私はちょっとその日お仕事があるから、いけないの。弥太郎か颯馬君にお願いしてちょうだい。兼ちゃんはちょっと暴走しちゃうかも知れないから、止めておいて」
確かに兼続の正義感の強さではどうしてそのようなことをしたのか聞く前にその場で犯人を斬り捨てることも下手するとやりかねない。
大丈夫だと思うと龍兵衛は考えたが、定満の言うことには従っておかなければならない。
「わかりました。では、景虎様にはどのように知らせておきましょうか?」
「それは私がやっておくから大丈夫。龍兵衛君はそっちに集中していて」
お礼を言って退出しようとすると定満に止められた。よくわからないが促された通りに元の場所に座る。
「龍兵衛君、何だか一人でいない?」
「はい?」
そんなこと無いと思うがという思いが頭に出てくる。
長尾に来てからしばらく、彼はよく颯馬や兼続たち軍師同士とは世間話をしているし、弥太郎や景家には無理やりだが鍛練に引っ張り出されることもある。
別に一人でいることが多い訳ではないと思うが、どこかそう感じるのだろうか。
「何だかね、自分だけを信用している感じがするの。そうだね?」
「・・・・・・」
黙っているということは当たっていると言っているようなもの。
ちょっと定満は言い過ぎだが、一度ついた彼の悪い性格はなかなか直ってくれない。
今まではおどけてみせてなんとか凌いで来た。だが、今回の定満は相手が悪い。彼女は人の嘘を見抜いたり、本質を言い当てたりすることがある。
当てられた立場にある龍兵衛はどうやって逃げようか考える。部屋からさーっといなくなりたいが、定満は部屋から言わないと出さないと言わんばかりに座る場所を変えて逃げられないようにしている。
突き飛ばすのもありだが、定満の方が断然格上だし、年上の方をそうするのは現代で上下関係の厳しい体育会系の部活にいた彼にそんなことはできるはずがない。
その猜疑心の塊のような心。時折味方からも裏で自分のことを批判や陰口を言われているのではないかという程に腐った心。人と仲良くなればなるほどその人をますます疑ってしまう。
自分でも自覚がある為笑ってしまう程馬鹿馬鹿しいことだ。
それだけ龍兵衛の過去は腐っていた。
仲間だと思っていた連中にまで裏切られ別にもっといじめられていたやつはいたと思ったが。それでも裏切られていじめを受けた彼には我慢できなかった。
家で親に相談してもそんな奴ら家柄もない馬鹿を相手にする必要はないとまったく解決出来ないことを言うし、やむを得ず先生に言えば何とかするだけ言って何もしない。
ついにはこの四面楚歌の状況は中学を卒業するまでに解決することはなかった。信頼出来る友達も三、四人といったところだろう。
それでも耐えて来たのは彼自身の中で評価出来るだろう。それに、その後の高校生活は充実していた。
三年の夏までの話だが。
そして、この世界に来て初めて仕えた家での事件、本来誰も死人を出さない謀反だった。筈だった。
高三の夏以降の一件と斎藤家の悲劇。
これらが心の病の決定打となったのかもしれない。否、確実にそうだと確信していた。
「過去に捕らわれているのは自分でも知っています。ですが、どうもこう・・・・・・踏ん切りをつけられないというか・・・・・・」
定満から逃れられない事は分かっていたが、今の龍兵衛には言い訳じみた事をするしかない。
あの事件の詳細を知っている訳ではない。ここに来てからも調べてはいるが、仮説を立てれば立てるほどどの人が何を考えているのかわからくなってしまった。
猜疑心ばかりが彼の心を支配している。抜けきれないもの。踏ん切りをつけられないものがあるのだ。
「ですが、これだけは言えます。自分は決して長尾家から出るつもりはありませんし、別に信頼をしていない訳でもありません。自分はここで一生涯の努力をしていくつもりです」
馬鹿馬鹿しい程のその場しのぎだ。
「(何言ってんだか・・・・・・自分の決意表明をしたところで何も変わらないというのに・・・・・・)」
下を向いてそう思っていると定満が目の前まで来ていた。
自分の目をじーっと見て何かに納得したらしくうんうんと頷くと頭を撫でてきた。かなり近い為、少しどぎまぎするのを龍兵衛は必死に抑える。
「あの・・・・・・定満殿、何か・・・・・・?」
「龍兵衛君、いい子」
「はい?」
突然の事に龍兵衛が何かそんな事をしたのか考えたが、どこにもそんな事がなかった筈である。
「龍兵衛君は頼る人とそうでない人の区別がつかなくて困っている。だから、はっきり出来ない。でも、私からも言っておくね。長尾家の人はみんないい人ばかり。だから、大丈夫」
「・・・・・・定満殿・・・・・・わかりました・・・・・・定満殿が言うのならば、信用します」
あの会話の中からどうやってそれにたどり着いたのか分からないが、しっかり当たっている。たしかに人の全てから信頼出来る人を見抜く力はまだまだ未熟である。
この答えに満足したのかうんうんと頷くと定満はすっと身体を動かして襖への道を開けてくれて、ようやく退出許可をやっと出してくれたが、何故かこの後弥太郎の部屋に行くと言うと意味ありげな笑みを浮かべながら定満に「頑張ってね」と言われた。
「(この家は楽しいけど本当によくわからない)」
龍兵衛は部屋に向かったが、弥太郎が部屋にいなかったので探していると城門の近くにいた。
「(なんか屈んでいるけど、この夕暮れ時に何やってんだろう?)」
気付かれないように近づいてみるとそこには白い猫がいた。
触ろうとしているが、野良猫は警戒心が強いのが多いにで難しいのではないか。そう思いながら見てると案の定さーっとすごい速さで逃げられた。
それから何故か龍兵衛の方に来た猫は彼を見てここにも人がいたのかとはっとして止まる。警戒しながら彼を見ていたが、龍兵衛が少し目を笑わせると寄り添って来た。
どうやらなつっこい性格らしく足に首を擦り寄せてくる。顔に似合わないので内緒にしているが、龍兵衛は猫が好きだ。
基本的には餌付けで懐いてくるのがほとんどだったが、たまにこうして何もしなくてもやって来てくれるのもいる。
龍兵衛が屈んで首を撫でてやると気持ちよさそうにゴロゴロ言っている。やっぱり猫は癒されるなと思っているとすっかり弥太郎のことを失念していることに気付いた。
「(と、いかんいかん)」
弥太郎に言いたいことがあったことを忘れかけた龍兵衛は弥太郎を見る。弥太郎の顔は何故か赤く染まっていた。
「(あれ、何だか弥太郎殿怒っている? 凄い形相で睨まれている気がするんだが・・・・・・俺は何もしていないぞ? ・・・・・・多分・・・・・・)」
「龍兵衛・・・・・・」
「は、はい・・・・・・」
何故か妙に低く威圧感のある声を向けられ頭になんでなのかずっと思案するが、何も出てこない。だが答えはなんとも拍子抜けなものだった。
「何で動物に嫌われないんだ?」
「何でって言われましても・・・・・・」
「だって、お前、私と背丈は同じくらいだろう。どうして・・・・・・羨ましい・・・・・・!」
「(そんな羨望な目で見られても相性の問題だろうに・・・・・・)」
そう言うしかないが、年上にそんなことを言うのは失礼なのでそれを押さえると弥太郎に龍兵衛に抱かれている猫を渡そうとする。
するところっと弥太郎は怒りの表情を嬉しそうな顔に変えたが、猫は弥太郎を怖がってどこかへ逃げてしまった。
「はぁ~」という弥太郎の大きい溜め息が日が暮れかけた空にそれは盛大に響いた。
「・・・・・・と、言うわけでして」
とりあえずすっかり凹んでしまった弥太郎殿をなだめて部屋に戻すまでがかなり掛かってしまい、夕餉の後にもう一度やって来た。
一から話してしまったのでさらにかなりの時間がかかってしまったが、了承を得ることに成功して弥太郎が信用出来る部下を集めてくれることになった。
後は颯馬だけと思い部屋を出ようとすると、弥太郎にも止められ、急に酒に付き合えと言われた。
せっかちな龍兵衛としては颯馬のところに早く行きたいのだが明日踏み込むわけでもないしまぁいいか、と思い言われるがままに座った。
しかし、しばらく飲んでいて龍兵衛は思いっ切り後悔しながら面倒くさそうに酒を呷っている。
「(やっぱり、断った方が良かった・・・・・・)」
「ぷっはぁ~やはり人と飲む酒はいいなぁ」
「そーですねー」
棒読みだが、弥太郎は機嫌が良い。先程は無視したら首もとに刀を突きつけられ「言わないと刺すぞ」と口に出してまで言われたので仕方ない。
だが、龍兵衛からするとかなり面倒くさい。何度も絡んでくるので口が休む事が無いので逆に疲れそうだ。
今思うと龍兵衛はこの前の飲み比べで一杯差で勝ってしまっている。あの時は彼も正直楽勝だと思ったら弥太郎は粘りに粘った。最終的に久々に厠で吐くかと思ったぐらい飲んだ。
弥太郎はさっきからあの時の事をネタにしている。どうやらあれを結構根に持っているらしい。
龍兵衛とて酒は嫌いではないのだが、健康面に気遣ってなるべく控えている。
「しかし何だな、背丈で動物は判断しないということが今日でよくわかった。やっぱり自分の何かがあるのかな?」
楽しそうにしていた弥太郎は何か急に真面目な顔して言ってきた。弥太郎は動物に嫌われることをよっぽど気にしているらしい。
「そうですね・・・・・・やっぱり、相性が問題でしょうか、動物にも性格がありますから、例えば先程の猫にしても・・・・・・」
気付けば龍兵衛自身も熱心に話してしまっていた。弥太郎もかなり真面目に聞いてくるものだからついつい彼の猫好きも重なって止まることなくかなり時間がかかってしまった。
再び気付いたら月がかなり上に出ている。慌てて詫びを入れて部屋を出ようとするとまた止められた。
まだ飲めと言われるのかと冷や冷やしていると、弥太郎は立ってそのままでいるように言い、弥太郎自身も立ち上がる。
すると龍兵衛の背丈と自分の背丈を比べているらしく目線の位置や頭の上に手を当てて自分と彼を交互させている。
「やはりな、龍兵衛の方が少し大きいか?」
「そうですね。ま、若干ですけど、それが何か?」
「いやなに、私も背が高いからな・・・・・・こうして人を見上げるのは初めてなんだ。どうだ?やはり男性とは見下ろした方が良いのか?」
「は? それはどういうことで?」
「いや、以前颯馬にも同じようなこと聞いたらな。私の背丈も魅力の一つではないかと言われたんだ。龍兵衛はどう思う?」
龍兵衛は内心で納得したように頷いた。弥太郎は背丈に負い目を持っているらしい。
だが、それは颯馬の言う通りであって決して気にするようなことでは無いことだと思う。
第一に男からしたら弥太郎は憧れを抱くほどの美しさを持っているのは事実だ。
そう言うと弥太郎は驚き、顔を少し赤らめた。
「ふふふ、そなたも颯馬と同じで世辞が上手いな」
「これだけは言っておきますが、自分は颯馬と違って無自覚で物事を言うことはありません」
颯馬のあれはどうみても天性の物だ。正直言ってあれはあれで逆に凄いと思う。
「おや残念。颯馬よりはまともな性格のようだな」
「そりゃあ、自分は颯馬ほど女性に現を抜かすタチではありませんし。顔は怖・・・・・・」
「・・・・・・いほうだ」と言いたかったが弥太郎はそうさせてくれなかった。
口を口によって塞がれてしまったのだ。最初は何が起きたかよくわからなかったが弥太郎が顔を離し時に何が起きたかすぐに理解した。
だが、してもらいながらも嬉しさは一切出て来ない。むしろ弥太郎の獰猛な笑みが恐ろしく、背中に戦慄が走った。
「初めてだな、私より背の高い男に口付けをしてもらったのは」
「自分でやっといて何言ってんだか・・・・・・」
彼が慌てて口を抑えた時にはもう遅い。完全に素が出ていた。弥太郎は面白いものを見たというように口元が歪んでいる。
「(慌てるな、動揺を抑えろ俺!)い、今の無しにして・・・・・・」
「無理だな」
「もらえるにはどうすればよろしいでしょうか? 弥太郎・・・・・・『様』」
「ふふっ、では、もう一度口付けをさせてもらおうか」
そう言うと弥太郎は本当に彼にもう一度口付けをしてきた。先程よりもじっくりと甘く、官能的な雰囲気を作るようにだ。
「おや、颯馬はこれで落ちたのだが、やはりそなたの理性の糸はなかなか切れないか」
「当たり前です。障子紙と比べてもらっては困ります。それに自分も決して初めてではありません・・・・・・じゃなくて!」
弥太郎にまた驚かれる原因となることを言ってしまうと共に龍兵衛は自分で墓穴を掘ってしまった。
変な雰囲気になったので失礼しますよと言って早く出て行ってしまおうとしたが、それよりも早く弥太郎に腕を掴まれた。振り払おうにも力が強い。
弥太郎は何故か急に三日月に口の形を変え、物欲しそうな獣が浮かべる獰猛な笑みを全面に出してきた。
「その強情はいつまで続くかな?」
弥太郎がそう言った瞬間が合図のようだった。
「・・・・・・あ! ・・・・・・ま、まさか・・・・・・」
龍兵衛の身体に異変が起きた。中からぞくぞくと熱く感じるような感覚。すぐに弥太郎が何をしたか分かった。
「そなたはおどける時があっても根はしっかり者だということはわかっていたからな。そして、理性もしっかりとしている。酒だけでは難しいと考えて薬を盛らせてもらったが・・・・・・ほう、いいように利いているではないか。誠実な男にはこれが一番だな」
「くっ・・・・・・!」
じろじろと弥太郎は汗が滲み出ている龍兵衛の身体を見回して薬の効果を面白そうに観察している。
彼からすれば抵抗すればするほど熱くなる身体が夏の灼熱の太陽の下に立っているぐらいまでになり、頭も思考が働くなってきた。
「(まさか、定満のあの笑みは・・・・・・この事を意味していたのか?)」
龍兵衛がそう思った時にはもう彼は限界まで来ていた。
「何を・・・・・・したいの・・・・・・です? ・・・・・・あな・・・・・・た・・・・・・は、このま・・・・・・ま・・・・・・では」
このままでは弥太郎を汚す事になる。そう警告を鳴らしても、弥太郎はそれを望んでいるように布団を敷いて手招きをする。その様は妖艶で龍兵衛の理性の壁に穴を空けるには十分であった。
「さぁ、どうする? このまま部屋に帰って自分で慰めるか? それとも私を使うか? 経験があるならどちらが良いのか分かっているだろう?」
ふらふらとした意識の中、弥太郎に組み敷かれた時に彼にはちゃんとした意識があったかは覚えていない。
快楽を味わった獣となり、弥太郎によって自身の身の清きを堕とされた事は覚えている。
次の日、龍兵衛は颯馬と件の不正について話し合っていた。
「弥太郎殿が兵を集めてくれるから俺たちは踏み込むのに備えていてほしいってさ」
「わかった。これぐらいかな?」
大体まとまったところで一緒に部屋を出る。
しばらく歩いていると弥太郎が前からやってきた。普段通りに軽く頭を下げながら通り過ぎようとした龍兵衛だが、弥太郎はすっと近付いて「昨日のようなお前も悪くないぞ」と言って去っていった。
龍兵衛は顔を少し赤らめて視線を逸らす。何か言ってやろうとしたが、既に弥太郎の後ろ姿は随分遠くになっていて何も言えない。故に、彼はその代わりとして思いっきりその他背中を睨んでやった。
「何があったんだ?」
龍兵衛は一度は何でも無いと言った後、昨日の弥太郎殿の言葉を思い出した。
「そう言えば、颯馬はすぐに落ちたと言ってたな・・・・・・」
ぶつぶつと何か独り言を言い出した龍兵衛に颯馬がどうしたのか聞いてきた。誰もいないことを確認すると龍兵衛は颯馬の近くに移動して単刀直入に聞く事にした。
「お前、弥太郎殿と寝たことあるか?」
二、三分だけこの場が凍り付いた気がする。
後から思えば、龍兵衛はその時よくあんな事を言えたもんだと自分で感心していた。
変な雰囲気になったのでとりあえず龍兵衛は事情を話した。
そう言うことなら頷けると颯馬も納得した。それで納得する時点でおかしい気もしたが、気にしない。今後は気を付けるように忠告された。
二人で真剣にそんな話をしていると颯馬が何かを思い出したようにしてもう一度颯馬は龍兵衛に近付いて囁く。
「あと、定満殿も警戒しておいた方がいいぞ」
颯馬は要注意人物をあげておいてくれた。何があったのか颯馬は顔が青くなっている。
「颯馬、あのお二方が俺たちより年上で、なのに旦那さんがいないのって・・・・・・」
「そういうことだ・・・・・・」
同時に互いに溜め息が出てきた。
改めて思うと長尾家は変わってる人が多い。二人はそう思う今日この頃だった。