上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第五十一話改 お後がよろしくてっよ

「(やはり彼女は人ではなく、竜として見るべきだったのか・・・・・・!?)」

 

 遅蒔きながら椎名兵部は謙信の恐ろしさと人間離れした実力に気付かされた。

 

「何故だ・・・・・・?」

 

 兵部は呆然と立ち尽くすしか術がなかった。

 角川の流れは轟々として一切早さを緩めることは無いまま勢いは強い滝のように人の足を打ち付け、渡れば人はたちまち極寒の冬の富山湾に流される筈だった。

 

「容赦はするな! ただ目の前の敵を斬れ!!」

 

 竜の叫びが戦場にこだましている。それに突き動かされた上杉軍は角川を懸命に渡り椎名軍に突進して行く。中には椎名軍の予測通り流される者もいたが、兵部の目からは僅かな程度にすぎなかった。

 

「兵部様!」

「・・・・・・はっ! や、矢を放て!」

「既に放っていますが、突破されそうです!」

「じゃあ、槍だ! 槍袋を出せ!」

「もう出しています!」

「ええい! じゃあ、さっさと蹴散らせ!」

「申し上げます。中央が突破寸前です! 早く後陣から援軍を!」

「踏ん張れ! 今から手配する!」

 

 配下の将達は迎撃の為に出払い、兵部のその場しのぎの指示だけが陣幕に響き渡る。

 上杉軍の予想外過ぎる行動に呆気に取られていた兵部は全く動くことが出来ないままただ喚いているだけで全く戦力にならなかった。

 そもそも彼は防衛の為の陣をろくに配置せずに魚津城が落ちるのを待っていたのだからその時点で上杉軍とまともに立ち合って勝てる見込みのある将だとは到底考えられない。

 自然に頼った戦法は重要だが、間違えると敗れる原因となる。兵部は地の利がずっと椎名軍にあると思っていたが為の失態はこれから更に傷口を広げる。

 

 

 

 

 

「はぁあああ!!」

 

 謙信は一人で白刃を血に染めて行く。それでも飽き足らんと馬を走らせて進んで行く。急流の川を渡り、疲れがある筈だが竜にはこの程度の川だったのだろうか。疲れを感じさせない華麗な動きで先陣を駆け抜けるその姿に川を渡った上杉の将兵は奮い立つ。

 謙信が自ら先頭に立っていると見れば椎名軍の将兵はその首を取らんと雲霞のごとく謙信に斬り掛かる。しかし、それは叶わない夢であった。

 

「まぁ、妾を倒せるかという話じゃな」

 

 景資が今まで隠れていたことへの鬱憤から解放されたことを喜ぶように白刃を振る。その度に複数の人が倒れ、謙信の前に立たせない。

 その内、謙信の後ろから来た後続の将兵が瞬く間に謙信に追い付いてその周りを囲み、謙信を目当てにやってきた椎名軍を徹底的に殺して行く。

 将兵が増えようと景資の鬼神の如き動きは凄まじく。その前に立った者は一合も合わせることが出来ないまま首や胴体の一部が飛んでいった。

 京では悶々と一人洛外の陣で上杉軍の監督をしていた時に条件を破って密かに人と会っていたことがバレた為に定満と兼続の説教を一挙にくらい、事情を知っていた謙信からもやむを得ないということで罰として義清と弥太郎が交代で景資を監督することなった。

 故に、それ以降は何も出来ずにただ剣を振っているしか出来ない生活を送り、この戦いは肩身の狭かった京から出て初めてその鬱憤を晴らせるようなまともな戦であった。

 

「やれやれ、それがこの戦いであったのが幸運でしたな」

 

 親憲がぼやくのも無理はない。前に早く戦場に出たいと好戦的な愚痴を聞いた時は宥めるのに苦労した。

 案の定、景資の戦ぶりは他の将兵の活躍を全て霞ませるものであり、親憲でさえ一瞬目を奪われそうになる。

 また、上杉からにしても椎名は信頼していた相手である。それに裏切られたという事で慈悲をかけるようにとは言われていない。むしろ斬って斬って斬りまくることを謙信は命じていた。

 

「どけどけどけー! この義清の槍の錆になりたくならどくのじゃ!」

 

 景資に遅れながらも謙信と共に先陣に立った義清は背中を謙信と任せ合い無人の広野を駆けるように進んで行く。

 

「流石だな、義清」

「謙信殿も負けていないのじゃ!」

「ふむ、ならば競争してみるか? どちらが敵を多く斬るか、でな」

 

 にやりと笑ってみせる謙信に義清も同じような笑みで返す。

 

「今までの数は抜きじゃな?」

「無論」

「ならば・・・・・・」

「待てぇぇええぇぇええい!!!」

 

 腕に力を入れて前に飛び出そうとした途端、敵ではなく、味方から待ったをかけられた。後ろからいきなりの大声が飛んできたので二人共思わず馬を止めて後ろを見る。

 そこには愛の兜を取れば髪が逆毛立っているであろう一番最後の方に川を渡り、ようやく前線に追い付いた兼続がいた。

 

「なんだ兼続か、これから良いところなんだ。邪魔しないでくれ」

 

 この発言がさらに兼続をヒートアップさせる。

 

「『なんだ兼続か』ではありません! 村上殿はともかくも謙信様は上杉家の当主としてしっかりと後ろで・・・・・・」

「報告だよ!」

 

 まくし立てる兼続の説教は段蔵がやって来た為、中断した。

 

「なんだ?」

「椎名兵部の姿を見つけた! 本陣はこのまま真っ直ぐの方向!」

「よし! 行くぞ!!」

「『行くぞ!!』じゃありません! ですから大将たるおか・・・・・・ってもういない!?」

 

 中断を中止にさせる程の謙信の雲隠れに兼続は呆然とする。どさくさに紛れて義清も一緒に馬を走らせて去ってしまった。

 呆然としている兼続に段蔵が肩を叩いてくる。

 

「あれが謙信様って分かってるでしょ? 兼続殿は結構近くで見てきているんだから」

「貴様に言われても励まされている気にならんが・・・・・・まぁ、そうか・・・・・・」

 

 溜め息を付きながら後で説教は取っておこうと決意しつつ兼続は中央の指揮を謙信に代わって執り始めた。

 

 

 

 

「は、早く討て! 早く、謙信を討て!」

 

 完全に混乱し、あっちこっちうろうろしながら先程から同じような言葉を続けているだけの兵部は兵達の後ろに隠れて戦況を全く見ていない。

 その中でも兵部の姿を見つけられたのはさすがは段蔵といったところである。

 

「申し上げます。中央が突破されました!」

「両翼から早く援軍を出せ! 後陣は何をやっているのだ!?」

 

 両翼も蘆名盛隆と指揮を執る方に回った親憲によって着々と崩れている。その報告は既に兵部の下にも来ているのだが、錯乱状態の彼には頭に入る訳がなかった。

 

「駄目です。もちません! 撤退のご指示を!」

「ならんならん! それだけはならんぞ! 死んでもここは守るのだ!」

「さ、されど・・・・・・」

「黙れ黙れ! 逃げればこうなる!」

 

 言うが早いや、この状況で一人の人でも死ねばさらに混乱を招くことを分かっていない報告に来て兵部は撤退を促した将を斬り捨てた。

 父や世話役から兵法を学んでいるがいわゆるお坊ちゃま育ちの彼はこういった逆境にあったことが無い為、正直言って全くの使い物にならないが、当主の息子である以上は将兵も付き従うしかないのだ。

 こうして揉めている内にも上杉軍は椎名軍の将兵を次々と撃破して兵部に迫っている。

 所詮、兵部自身の自己満足であると知らずに総崩れ寸前の状況下でも兵部は椎名軍は戦っていれば勝つという甘いにも程がある考えを信じていた。

 軍神の到来に椎名軍は恐れおののき道を開けて呆然と立ち尽くす。そして、立ち尽くしている兵達は後ろから来た上杉軍の将兵の餌食となった。

 謙信は一人、椎名軍の本陣にまで辿り着き、目的の人物を見つけ、馬の胴を強く蹴る。

 

「そこにいるのは椎名兵部と見た! 我こそは上杉謙信なるぞ! いざ、尋常に勝負!」

「け、謙信が何故ここにいる!? 将たるもの後ろにて戦況を見守るものではないのか!?」

 

 予想外の人物の登場で元々戦況が全て狂っていた為に混乱していた彼の頭の中はすっかり真っ白になってしまっている。

 

「み、みみ皆の者! あ、ああ、あれが謙信だ! は、早く、早く討ってくれぇ!」

 

 もはや命令ではなく頼み事をするかのような悲痛の叫びで喚く兵部に椎名軍は愛想を尽かして道を開ける者や謙信を見て逃げ出す者も現れた。

 兵部は謙信と完全に目が合う距離まで間合いを詰められて武器も持てずに腰を抜かしてへたり込んで手で地面を伝いながら下がる。

 当の謙信もその不甲斐なさに半ば呆れて少し騎乗で立ち尽くしてしまった。

 

「ありがたい! 御恩は一生忘れません!」

 

 しかし、それを見た兵部が見逃してくれると勘違いしたのか頭を下げて、上杉軍からすれば意味深なことを言いがら赤ん坊歩きで馬にすがりついて跨がると反転させて逃げようとした。

 なんという自分勝手、なんという馬鹿者。そんな都合の良いこと謙信が許す筈もなく、その台詞で我に帰った謙信は馬を走らせて兵部を追い掛けようとした瞬間。

 突如、謙信の隣から馬が風を切りながら飛び出して謙信をあっという間に追い抜いた。そして、兵部を逃がそうとする兵部の側近を斬り捨てるといとも簡単に兵部に追い付き慶次は笑いながら愛槍を振り上げる。

 

「ご愁~傷~様~♪」

 

 ご機嫌な声と裏腹に兵部の首を情け容赦なく、遺す言葉も許さないまま斬り捨てた。

 

「慶次!? それは私が斬ろうとしたのだぞ!そもそも何故ここにいる!?」

「だってぇ、この前けんけんどさくさに紛れてあたしの獲物を取ったし~しかもその後さらっと自分の手柄にしたでしょ~?」

「うっ・・・・・・だ、だが、それはそれ、これはこれだ」

「ま、今回はありがたく手柄をいただくわね」

「はぁ、道理で今回の戦であまり目立っていなかったなと思っていたら、これを狙っていたのか」

「大当たり~」

 

 いつもの慶次なら謙信に出遅れたとしてもその次には必ず出てくるような性格の為に今回義清と一緒に戦っていた時に慶次がいないのに謙信はおかしいと思っていたが、恨みがあった為に仕返しを狙い、好機を確実にものにした彼女には呆れたような溜め息しか出て来ない。

 以前の手柄を全部持ってかれた慶次はひらひらと自分が取ったと言わんばかりに兵部の首を振っている。それを見た椎名軍は壊走し始め、追撃に入った上杉軍に背中を斬られている。

 

「ふぅ、やれやれ・・・・・・」

 

 ひとまず一息入れた二人が揉めていると後ろから何やらちりちりと背中に刺さる視線を感じた。その原因は言うまでもなく兼続である。

 

「今回の事といい、さっきの川渡りといい、先の戦の事といい、謙信様は何をやっているんですか!?」

「そんな怒るようなことではないだろ? 別に以前のように一人二人だけという訳ではなかったのだから」

 

 大勢は既に決した為に安堵していた謙信に向かって早々に説教の態勢に入った兼続を謙信は宥める。

 この時、慶次は矛先が自分に向かっていないことを密かに安堵しているのは余談である。しかし、これが逆に兼続の琴線に触れた。

 慶次はぷちんと何かが兼続の立っている辺りで鳴った気がした。

 

「こちらの身にもなって下さい! いいですか!? 謙信様は上杉家の当主なのですからもっと後ろでしっかりと腰を据えて・・・・・・」

「無理だ」

「はいぃい!?」

 

 想定外の即答に兼続は思わず声がうわずる。

 

「だってな、目の前に敵大将がいるのにもったいないだろう?せっかくの手柄なんだから」

「あのですねぇ、謙信様は大将でしょう!?ならば家臣の活躍に任せて下さい!」

 

 ああ言えばこう言うを繰り返しでこれは当分収拾がつかないなと思った慶次はさっさと自身も追撃に加わろうとする。

 

「今回は私が川を渡らなければそもそも戦にはならなかったのかもしれなかったのだぞ?」

 

 確かにそうだと慶次も馬に乗りながらうんうんと頷く。

 

「そうでなければ敵大将の首も取れなかったのだ」

「(そうだそうだ)」

 

 慶次はまた頷きながら馬にしっかりと乗る体勢を作る。

 

「まぁ、確かに謙信様のあれがなければ、今回の戦で謙信様が敵大将を討ち取ることはなかったでしょうからね・・・・・・」

「(そうだそう・・・・・・)え? ちょっと待って」

 

 ぴたりと慶次は行動を止め、首をぐりんと反転させる。そこには納得したような様子の兼続と真面目な顔をした謙信がいた。

 

「だろ? 私が先陣を切って川を渡らなければ私が敵大将を討ち取ることはなかったのだ」

「あの~ちょっとぉ~・・・・・・無視はひどくない?」

 

 慶次は真面目な顔を崩さずしれっと聞き捨てならないことを言った謙信に抗議の目を向けるが二人は気にしない。  

 

「今回は大将首を取ったということで、まぁよしとしますか・・・・・・」

「頼むから、一回でいいから、お願いこっち向いて~」

 

 溜め息が出てきそうな声で兼続は言うと謙信に兵部の首はどこにあるのか聞いた。

 謙信はそれならと慶次の馬にあった兵部の首を慶次よりも素早く奪って平然と自分の手柄のように兼続に見せた。もちろん兼続はその一瞬の動きを見ていたが、無視して「流石謙信様」と感服する。

 

「けんけ~ん、だからそれはあたしのて・・・・・・」

「皆! 聞け!」

「また無視!?」

「この謙信が椎名兵部を討ち取った!」

 

 それを聞いた上杉軍は今までよりも大きな歓声を上げ、敬愛する主君の勇ましい武勇とあの急流の角川を渡った勇気にさらに感服した。

 近くで青い服を着た巨乳が何かぶつぶつ言いながらいじいじしているのに気付く者はいても慰める者はいなかった。

 

 

 一応、椎名との決戦を終えた上杉軍は容赦なく追撃を続けて戦えない被害を出すことに成功した。

 謙信と兼続が追撃の調整を行いながらも味方を救う為、急いで魚津城に近付いて行く。

 その途上慶次は謙信に近付いてじとっとした目で耳元で話し掛ける。

 

「貸し二つだからねぇ」

「ん? 何の事だ?」

 

 本当に忘れているような素振りにいらっときた慶次はこめかみに皺がよるのを必死にこらえてさらにずずいっと詰め寄る。

 

「この前の戦、今回の戦、けんけん、あたしの手柄二つも持ってたでしょ」

 

 謙信は「ああ」とやっと合点がいったように膝を打つが、冷静に言い返す。

 

「貸しはないだろ?」

「えぇ~何でそんなふうに言えるの!?」

 

 心底驚いている慶次に謙信は至極真面目に答える。

 

「先の戦ではそなたは私の手柄を取っただろ?」

「あっ・・・・・・」

 

 謙信が言いたいのは土肥政重の事だ。だが、反論の余地はまだあると慶次は詰め寄る。

 

「でもでもぉ、今回は関係ないでしょ。だから貸しは一つあるじゃん」

「何を言うか、そなたの悪戯の被害による苦情、誰が一番処理していると思っている?」

「うぐ・・・・・・そ、そこでそれ出すぅ?」

 

 城内の事は軍師三人に上がることが多いが、城外でも色々とやっている慶次の所業は軍師ではなく、直接謙信の下に行くことが多いのだ。

 城内なら慶次の代わりにぺこぺこと軍師三人が謝れば良いが、城外だとそうはいかない為に謙信はその対処におわれることもよくある為、慶次のせいで色々と苦労をしているのだ。

 

「まぁ、聞けば別に城外に落とし穴を作るようなことはしていないようだが、なるべく控えて欲しいな。一つ慶次が大人になって頭を下げるなら話は別だが・・・・・・」

「あたしから悪戯を取ったら何が残るのよ!?」

「・・・・・・」

「何!? その空気と目は!?」

「全軍、足を速めよ!」

「(もぉう、絶対今度は持ってかれない手柄を立ててやるぅ!)」

 

 結局、この後兼続から慰めの言葉の一つも貰えずに今回も全部持ってかれた慶次は行軍の間、春日山城での仕返しをずっと考え続けていた。

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