上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第五十四話改 越中挽歌

 陣から見えるのは息子、兵部の首。

 それがどうした。息子が殺されても仕方ないのは乱世の慣わしだ。

 いつ、どこで殺されるかも分からないこの時代に生きている以上、康胤自身も分かりきっている事だ。

 しかし、分かっていても親子の絆とは不可解で他人からは見えることは無いもの。

 康胤は首が晒されている上杉軍の旗を見るだけで紅蓮の炎の如き赤い顔になる。精一杯の理性を保ちながらも私情を挟まずにはいられなかった。

 

「息子の首を奪い返すまではここからは退かぬ!」

「落ち着かれよ! 康胤殿、ここはひとまず戦線を立て直す為に松倉城に退いては如何か?」

「お前は知らんのか? 松倉城などとうに落ちたわ!」

 

 憤りを隠さないままの康胤から事の報告を聞いた寺島職定は天神山城に養子の寺島盛徳を置いて急いで魚津城まで来たのだが、まさかここまで戦況が悪化しているとは思っていなかった。

 唯一信頼の置ける職定と盛徳が残っている以上、ひとまず天神山に退いて海路から密かに撤退することも考えていたが、息子が討たれた事は康胤の判断力を怒りによって大きく狂わせていた。

 いらいらが募る中で一つの打開策である魚津城攻略の目途は既に立っている。二の丸は突破まであと一回総攻撃を掛ければもう本丸になだれ込める。しかし、その考えも上杉軍は凌駕しようとどんどん魚津城に近付き、とうとう椎名軍と陣を相対するまでになっていた。

 上杉軍本隊三千と椎名軍五千。数では椎名軍の方が上だが、戦となれば間違いなく魚津城の兵が挟撃を仕掛けてくる。

 これは椎名軍の誰もが知らない事だが、軒猿によって上杉軍の本隊が戻っていることは魚津城に知れ渡っている為に城兵の士気は割れんばかりの歓声を上げる程までに盛り上がっている。

 魚津城には一千かそれよりも下の軍勢が籠もっているが、このことが知られれば椎名軍とて攻め込みようが無くなり、敗北を喫する可能性がある。

 それには職定に対応策があった。天神山城の兵を回して幾分かの康胤の兵と共に魚津城に釘付けにしておけば挟撃の危機は無くなる。

 策があると聞いて職定の話を聞いて行く内に幾分か落ち着いた康胤だが、まだ少し怒りからか顔が赤い。

 

「なるほどな。手配の方は出来ているのか?」

「私が手の者を回せばすぐに・・・・・・」

 

 寄り添うように言う職定に康胤はにやりと笑い、善は急げとすぐに実行するように伝えた。

 

「何としても、あの首を取り返してやる。そして、謙信よ、今度は貴様の目の前で景勝の首を掲げてやるわ」

 

 低く笑いながら康胤は兵部の首をじっと見ていた。 冬の雪は白い銀世界を作り上げた。しかし、いつかはここに人の軌跡によって足跡が出来る。

 康胤には謙信を取るという大功への足跡を踏む為に臥薪嘗胆の気持ちを以て耐える。 

 

 

 

 

策の準備の為の使者を出した後、僅か四半刻だけ経った晴れた夜のことだった。

 

「報告、天神山城が・・・・・・落ちました・・・・・・」

 

 絶望を意味する報告が届いた時、康胤と職定は出す言葉も失った。

 

「馬鹿な・・・・・・盛徳は、娘はどうなった?」

「上杉に降伏した模様です」

 

 職定は身体の中で何かが動いた気がした。もはや娘までが上杉という毒牙にかかろうとは思ってもいなかった。

 しかし、それが現に起きた今となっては止めるものは何もなく、彼はがたりと音を立てて立ち上がった。

 

「謙信を討ちましょう! 今すぐに!」

「私も同じ思いです。行きましょう!」

 

 策を潰された怒りから康胤も立ち上がって配下の将に魚津城から兵が出ないような最低限の押さえを置き、四千の兵馬で椎名軍は上杉軍の陣に向かう。

 上杉軍は連戦に次ぐ連戦で疲れている。それを叩いてしまえば上杉軍は終わる。

 そして、憎い謙信を斬る。そうしなければ二人の腹の虫は収まらない。

 足跡が出来る。上杉軍を倒す為の軌跡が残る。見る者はいないが、二人は同じ思いを抱いて駆ける。

 怒り心頭の二人には勝利の二文字しか頭にない。

 怒りの支配とは強い。前にいる憎い敵を討つ為にたとえどのような窮地に陥ったとしてもそれをひっくり返してしまう。だが、それ故に崩れだしたら脆い。

 

「いない?」

 

 上杉軍の陣中に風が空しく誰もいないことを示すように吹き荒れる。

 人が簡単に消えて無くなる訳ではない。どこかに逃げる場所がある訳でもない。

 答えはもう限られた。気付いた時には顔から血の気が引くのを感じた。

 

「いかん! 退け! 退くのだ!」

 

 その声を合図に馬の蹄の音が聞こえる。それは椎名軍のものではなく、上杉軍のものであった。

 崩れは脆い。簡単に一つの川に流される葉のようにすーっと優雅に、それでいて濁流の川に流されるにもかかわらず助けられない人を眺めるように残酷に。

 竹に雀の旗印の下、一人の将が名乗りも上げずに進んでくる。それを見て康胤達は包囲されたことを悟り、逃げるしか道はなかった。

 雪に刻んだ足跡は椎名家滅亡への軌跡だった。

 そして、見放された兵達はその恐ろしい武勇を撒き散らして進む将の槍の錆となり、逃げる場所もないかれらはもう降伏を願い命を惜しむか、主君の為に命を散らすか、または、諦めて生きるか。

 

 

 

 

 

 

 まだ日が高く昇っている頃、謙信は兼続と共に陣中を見舞っていた。

 

「しかし、こんなことをして康胤はかなり腹を立てているのではないか?」

「それはもう、かんかんでしょう」

 

 普段と変わらない涼しい表情で謙信が見上げる先には兵部の首がある。兼続は後ろでその首を悪人を侮蔑するような目で眺めている。景勝も最初はいたのだが、耐えきれずにすぐに退散してしまった。

 

「あとは、このまま夜になるのを待てばこの戦いは終わります」

 

 これは全て策の内。押され続けた形成を逆転する為に最後に越えなくてはならないものである。策が成功すれば逆転からだめ押しにまで持ち込めることが出来る。

 全ては優秀な軍師のおかげだ。決着を付ける武将達が思う存分に戦えるように整えてくれるかれらを謙信は本当に頼もしい存在だと思っていた。

 

「ふふっ、楽しみだな」

「・・・・・・断っておきますけど、絶対に前には出させませんからね」

「おや、残念だな」

 

 この前の戦で前に出て最終的には兼続を丸め込んだが、性懲りもなくまたしても自分から手柄首を取ろうと目を輝かせている主君に心配性の家臣は何度はらはらさせられた事か、足の指を加えても数え切れない。

 いい加減に早く帰って定満にも説教に加わってもらわなければおそらくこの御方は止まること知らない。兼続は呆れながらも敬愛する主君の後ろにしばらく立っていた。

 兼続自身はもう春日山に帰れないのではないかという大きな不安はこれっぽっちも無くなっていたことにようやく気付いた。

 不思議なことだと思う。この地獄が始まった時は本当にどこがどうなっているのか分からない状態からだった。しかし、最後まで主君を信じ、仲間を信じたことが全ての結果を生んだ。急がずに乱れることなく冷静に動くことが出来た。

 悩むことなく動いて今ようやく兵部の首ではなく鉛色の空を見ることが兼続は出来た。

 不意に謙信は薄く笑い出した。

 

「ようやく、春日山に帰れる・・・・・・か」

「えっ・・・・・・」

 

 成功すればいよいよ愛するべき故郷に帰れるにもかかわらず何故か悲しそうに呟く謙信を兼続は訝しげに見る。

 

「いや、何でもない・・・・・・」

 

 長く空けている春日山の事を憂いているのだろうか。

 長尾政景と本条実及に任せっきりのままで早数ヶ月。何としても帰りたいと思うところの筈だが、その目はどちらとも言えないものである。

 触れば消えてしまいそうな程に儚い雰囲気が謙信から出ている。謙信は思っているのか敏い兼続もその思考を見抜くことが出来なかった。

 

「さ・・・・・・今夜だ。今夜の為に今はゆっくりと休むとしよう・・・・・・」

 

 まだ昼が過ぎた頃、休むには早いが今後を考えれば当然の事、兼続は頭を下げて去って行く。

 風が吹いてきた。冷たい冬の風を肩で切り、謙信は歩き出す。

 風によって葉の先が揺れる。決戦の時を待つように戦う人の集う所で揺れてひらひらと舞い落ちる。

 喜怒哀楽の感情を心に留めた時、人の目は細くなる。

 謙信の目は細い。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、こんな感じかしらねぇ」

 

 屍の山と血の池の中心で何事もなかったかのように乱れた髪を整える慶次。凛とした佇まいは普段の彼女からは想像も出来ない。

 その後ろでは謙信が拗ねている。

 

「まったく、兼続のせいで慶次が一番功を上げてしまったではないか」

「これが普通です! 謙信様はこれで良いんです!」

 

 遊んでもらえずにつまらなそうにふてくされた子供のような顔をする謙信だが、兼続はそれが当たり前だとと兵達に指示を出す。

 

「しかし、謙信様がいない戦もたまには面白いものですなぁ、某からすれば直江殿と同じようにいらぬ心配がいりませんし」

「おかげで戦に集中出来て、前にいる敵にだけ集中出来るからな」

 

 親憲と弥太郎の言葉に他の将もうんうんと頷く。

 謙信はそんなにもかと驚いているが、本当に主君が死んだらどうすんだという思いが他の家でも大きくある。上杉ももちろんそうなのでやっぱり謙信には前に出て欲しくないのが皆の思いだ。

 

「分かった。善処しよう」

「「「(絶対に分かっていないな・・・・・・)」」」

 

 真面目な顔して答える主君に呆れたように家臣達は内心で盛大な溜め息を吐く。そこにはいつもを完全に取り戻した上杉軍の姿があった。

 

「さて・・・・・・あとは仕上げだ」

 

 謙信の呟きに兼続は密かに少し口元を歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 ぼろぼろになった自身を見て舌打ちをしながら康胤は周りを見る。兵達は彼以上にぼろぼろになっている為、あれこれと不満を解消するようなことは言えない。

 

「生き延びた者は?」

「約三千、内負傷者は半数です」

 

 兵部の首を取り戻すばかりかその首がある所に向けて進んだところを一気に伏兵で叩かれた。

 まるっきり嵌められた形になった康胤達はがっくりとうなだれるしか出来なった。

 全てが上手く行くと思っていた。ゆくゆくは越中全土を我がものに出来ると思っていた。しかし、結果は茶番となった。否、茶番にもならない結末が待っていた。

 天神山城を落としても落ちないという自信があった松倉城を落とされ、ずっと包囲していた魚津城は追い詰めても落とすことが出来なかった。

 そして、息子の兵部を殺され養子の盛徳を捕らえられたこの現状、この有り様ではどうしようもない。

 風はただ彼らの身体に冷たく突き刺さる。寒さで身体が痛い。天が彼らに与えるのは欲をかいた愚か者に対する冷たい鉄槌。

 

「申し上げます。魚津城から兵が出てきました。さらに、側面から上杉軍の奇襲です」

 

 

 

 

 天神山城は二の郭に繋がる門から火の手が上がっていた。三の郭から攻め込むのは難しく地形を活かした堅牢な松倉城の支城の一つである。

 官兵衛と颯馬は僅か二日で落としてしまった。到着したのは職定が天神山城を出た後、魚津城の戦いの結果を聞けば必ず行くであろうと想定した官兵衛の策であった。

 密かに官兵衛は龍兵衛にも連絡を取り、軒猿をかの城内に変装させて忍び込ませるようにも頼んでおいた。

 つまり、官兵衛はこの危機的状況を覆す策をほぼ最初から持っていたのである。

 

「見事、としか言えない・・・・・・」

「そんなに大したことないって、颯馬だってあたしが足りないと思っていたところの詰めの作業を良い助言してくれたじゃん」

「そうは言っても、お前が策の全容と立てたんだからな」

 

 軽い笑いで颯馬は苦笑いをするしかない。

 正直言って官兵衛はどこの大名が天下を取ろうとただ自分がその策にて平定へと担えれば良かった。

 それが悪魔のせいで織田になりかけたのを龍兵衛という弟子が上杉に変えただけだ。しかし、お陰で最初の戦で随分と目立つことが出来た。

 逆境よりも大局を見て勝利を確実に掴むことを得意とする官兵衛だが、不利な状況を覆すことも出来なければ軍師ではない。そのことを示した官兵衛。

 城内では逃げて来たふりをした軒猿が中から火を点け、混乱したところで門を開け、待機していた颯馬達が率いている一千の兵がなだれ込んでいた。

 しかし、戦は思っていた以上に呆気なく終わった。

 

「本当に良かったのですね?」

「ええ・・・・・・」

 

 官兵衛の返事に弥太郎程ではないが、長身の若い女性、寺島盛徳はおもむろに頷く。

 寺島職定の養子として武勇の誉れ高い将である。そして、彼女は晴貞の狂行を目の当たりにしたことのある数少ない人物の一人でもあった。

 その時は晴貞とは知らずに襲われていた女性を助けたが、後で調べたらその時取り逃がした男が富樫晴貞と分かった時は身の毛もよだつ思いをした。

 今回の戦でも養父が富樫側に付いた為に仕方なく共に戦っているが、本心はあんなのと戦いたくない。もしかしたら自分も手込めにされると思うと富樫側にいるのは心底嫌だった。

 故に、上杉軍による天神山城の奇襲は彼女にとってまさに天の助けに等しいものであった。

 

「養父がどうなってもいいの?」

 

 官兵衛が聞くが、盛徳は躊躇わずに頷いた。

 

「義父上には多大な恩があるとはいえ、表面しか分からない御方。目を覚ますのであれば話は別でしょうけど、もはやそれは叶うことはないと私は思っています」

「その中でも貴殿は義父上を思う心、響く可能性があるかもしれませんよ?」

 

 颯馬が言うと盛徳は少し笑って「ありがとうございます」と軽く会釈した。

 

 

 

 

 

 

 

 その二日後。

 謙信は魚津城で康胤と職定の前に立っていた。二人は縄できつく縛られてそれでも動いて抵抗しているが、全て徒労である。

 

「終わりだな。椎名康胤、寺島職定」

 

 冷たい謙信の言葉が二人に突き刺さる。二人はあの奇襲で義清に捕らえられた後に天神山城からの颯馬達の到着を待って裁断に計られていた。

 

「くっ・・・・・・まさか我が娘までが捕らえられようとは・・・・・・」

 

 職定は狼のような鋭い目で謙信を睨み付ける。どこにいるのかは知らないが、義理とはいえ実の娘のように可愛がってきた彼女の無事だけは見ておきたい。しかし、彼に無情の現実が突き付けられる。

 謙信が「来い」と言うとそこに現れたのは職定にとって生涯忘れられない光景だっただろう。

 服装にも身嗜みにも乱れているところが無く、普段の職定が見るような盛徳がやって来た。

 

「なっ・・・・・・」

「義父上、あなたは全てを知らないのに何故晴貞という奸物の下に入ったのです?」

 

 絶句する職定に何も回りくどい言い方をせずに盛徳は単刀直入に聞くが、今度は康胤がぐっと身を乗り出した。

 

「貴様ら! 盛徳殿に何を吹き込んだ!?」

「私は今義父上に聞いています。康胤殿は黙っていて下さい」

 

 有無をも言わせぬ厳しく意志のある物言いに康胤は盛徳が自分の判断で上杉に降ったと察した。

 盛徳は真っ直ぐ職定を見て逸らすことを許さない。職定は我が娘同様に可愛がっていた義理の娘に震えながら声を出した。

 

「まさか、有り得ない。あの方は真の徳を持った御方だ」

「間違いです。その本性は悪です。極悪です」

「違う。本当だ! お前は上杉に騙されているだけだ!」

「いつまで目を曇らせているのですか? 騙されているのはあなたです」

「違う!」

「いいえ、正しいです」

「まさか、お前は自ら上杉に降ったのか!?」

「今更察したのですか? それでも職鎮殿と共に神保家の筆頭家老の座を争った方ですか?」

 

 狼狽しながら職定は詰め寄るように盛徳に聞く。盛徳は答えることには即答える。彼女は義父の目がすっかり曇っていることに気付いた。

 

「頼む・・・・・・目を覚ましてくれ・・・・・・盛徳」

 

 更生して欲しいと泣きそうな顔をして職定は頭を下げる。しかし、それに答えること無い。

 むしろ職定の方が更生しろと無情な視線で見下ろすと盛徳は溜め息を吐き、謙信に身体を向けた。

 

「謙信様、もう無理です」

「分かった。何か言うことはあるか?」

 

 おとがいに手を当てて考えると盛徳はもう一度だけ職定を見た。

 

「天神山城に越後からの流民を入れたのは間違いでしたね」

 

 人徳が篤い故に負けた。しかし、人徳が篤いことに盛徳は否定的では無い。越後から来たという時点で疑うことをしなかった義父に呆れていたのだ。

 

「二人を連れて行け」

 

 謙信の声と共に職定はうなだれながら、康胤は「息子と共に貴様を呪ってやる!」と謙信に向けて喚きながら刑場へと消えて行った。

 

 

 

「終わったか・・・・・・」

 

 二人の処刑が終わった途端に謙信以下、全員がぐったりとして魚津城から天神山城に向かっている。 

 盛徳はこのまま上杉に仕えることになり、かつての戦友と戦うのは辛いだろうと共に春日山に帰ることになった。

 魚津城を最後まで守りきった斎藤朝信は謙信の救援にいたく感謝してそのまま魚津城の守りを続けることになった。

 しかし、失った犠牲が多い為に謙信が連れてきた兵の中で半数を魚津城に残して代わりの兵を春日山から派遣するまでその軍勢で魚津城を守ることにした。

 謙信が率いているのは上洛に付き添った兵。かれらも春日山に帰りたいのだ。その為に春日山に早く帰り兵を準備して派遣する為に休む間もなくそのまま進軍しているということだ。

 

「あぁ~もうこんな戦こりごりだわぁ」

「まったく・・・・・・」

 

 ぐてーっと器用に馬の上で垂れる慶次も、盛大に溜め息を吐く兼続も上杉軍全体が勝ったとはいえ利益も何も出ない越中突破の為に戦に辟易としていた。

 この戦いで払った犠牲は約二千。上洛に従った上杉軍の総員は約四千、ニ分の一の兵を失ったことになる。

 しかし、これが逆に上杉の成果とでも言うべきだろう。何よりも主要な将を一人も失うこと無くこの戦を終わらせたのは大きい。兵を集めるよりも優秀な将を集める方が難しいのだから。

 素晴らしい生を受けた者達は先に逝った者達への心を思って何かをするという事は出来ない。一方で、その屍の先に希望が見える。

 今に何も無くても先に何かがあると信じれば必ず風は背中を押してくれる。鉛色の雲から見慣れた雪が降り始めた。

 一息入れた天神山城で東北と新発田の情勢をようやく謙信達は知ることになる。

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