変なところは探しますが、気付かなかったらお知らせください。
龍兵衛の夜中に響く号令と同時に兵は動き、見た目から私腹を肥やした商人を縛り上げる。
夜中に実行された不正商人の捕縛作戦は上手く行き寝込みを襲われたため、全員が逃亡者も無く捕らえることに成功した。
最初、黙っていた連中も内通者がいては、どうしようもない。ただ顔を青くしてうなだれている。
「こいつらどうするんだ?」
「とりあえずこれらは牢に入れといて、後で刑罰を言い渡しましょう。その前にこいつらにはこの金の出所を聞かないといけません」
弥太郎が聞くと龍兵衛は淡々と吐き捨てる。
後ろには山ほど積まれた金の入った箱。これはどうみても一介の商人で出来ることではない。
弥太郎が前に出て、どこから仕入れたか聞くと首を振るだけで何も答えない。
すると、後ろにいた龍兵衛が業を煮やしたのか刀を抜いて商人の首に当てて、座って彼らが目線を合わせる。
「後で苦しみながら吐くか、ここでさっさと素直に吐いて楽になる。どっちがいい?」
黒い笑みを隠そうともせずに再度、龍兵衛は刀で商人の首をつつく。怯えている商人を楽しむかのように。
「(この前の夜といい、あいつの本性はあれなのか? だとすれば、普通に怖いな……)」
以前、弄ぶつもりが弄ばれかけた弥太郎が密かに背筋を凍らせていると度が過ぎる脅しに観念したのか商人が声を上げた。
「この金は、加賀から運ばれたものです……私は頼まれただけなんです。本当です!」
全員が主の証言に目を見開いた。加賀、つまりは一向一揆の軍事的拠点である。さらに裏で糸を引いているのは一向宗の本拠地、石山本願寺をおいて他ならない。
「弥太郎殿、このことは景虎様と定満殿のお耳に入れといた方が」
弥太郎達は互いに頷くとかなり面倒な事になりそうだという思いをそれぞれが抱きながら店から出た。
商人を城へ連れて行き、牢に閉じ込めた後で景虎と定満に報告し、三人は兼続も加えて例の件のことを話し合うことにした。
「こちらに喧嘩を売っているつもりでしょう。だとすれば、受けて立つのがよろしいのでは?」
兼続は主戦論を展開するように言うがそれは弥太郎と龍兵衛はそれが得策とは思っていない。
「いや、今加賀方面に向かえば越中や能登だけでなく全国の一向宗を敵に回します。さらに、景虎様は越後を統一したばかり。さらに国内の民にも一向宗の信者がいます。その者たちがどう動くかは保証出来ません」
龍兵衛の意見はもっともであると弥太郎も首肯する。一向宗の脅威は武士も民も関係なく非常に大きいものだ。大々名であっても決して侮ってはいけない。
今、加賀に攻め込めば越後統一間もない国内で一向宗が蜂起する可能性がある。
「では、貴様はこの動きを指をくわえて見てろと言うのか!?」
「そうは言ってない。今は耐える時だ。それに蘆名と最上のこともあるだろう」
喰ってかかる兼続を龍兵衛は平静に諫める。
後ろを固めるのは兵法でも基本中の基本である。蘆名や最上とも同盟も利害関係もない以上は動くに動けない。
そのままにして越中に行けばまさしく内憂外患の状態になってしまう。
「私も龍兵衛の意見に賛成です。おそらく奴らは向こうから攻めるよりこちらが来るのを待っているのでしょう。だとすればあの金は景虎様に不満を持つ者に渡すつもりだったのでは? だとすれば辻褄が合います」
弥太郎も信じたくないが、未だに長尾に不満を持っている者もいるだろう。
そこに付け込んで本願寺は景虎が越中に向かった時に本国で反乱を起こさせる腹積もりなのかもしれない。
「うむ、わかった。では、我々はしばらくはそちらには出ない事にしよう。それで例の金をどうするかだが……」
景虎が頷いたところで今度はあの没収した大金をどうするのかについて颯馬が口を開いた。
「あの金を逆に我らが使っては?」
颯馬が言わんとした事を察した龍兵衛がなるほどと膝を打つ。弥太郎も察することが出来たが、景虎は承諾するだろうかと景虎に視線を送る。
「我らに完全についていない国人らの懐柔に使うということか?」
「人が貯めた金を使うのか……」
「兼続、やむを得ないことだ」
景虎が諭すと兼続も首を縦に振るしかなかった。
彼女も決して正義だけで生き残れるとは思っていない。だからこそ、簡単に長尾は潰れる事は無いのだ。それでも、正義を確固たる信念として置いている。
やはり長尾家の家臣として生まれて良かったと弥太郎は心底思った。
「景虎様、自分が計算しますとあの金はそれでもあまります。そこで残った物は半分を民に分け与えてはいかがでしょう」
「それは良いな。龍兵衛、兼続、民への分配はお前達に任せる。定満と颯馬には国人の懐柔を任せよう」
「景虎様、国人と言えば、佐渡の本間はどうするのですか?」
話が一段落したのを見て、機会だと弥太郎が先程から気になっていたことを聞くことにした。
佐渡には銀山がある。それを所有する本間衆を長尾に取り込めば財政は豊かになる。
「すでに実及に命じて服従の使者を出している。まぁ、刃向かうのなら容赦しないと言ってあるしな」
景虎は既に先のことを考えている。
越後の統一後の事も考えて前々から準備していたというようにしか考えられない動きに弥太郎は感服した。
「ではその皆が集まったついでだ。今後の動きをどうするか決めておこう」
徐々に軍師の話題になってきたがたまには聞いてみるのもいいかもしれない。そう思った弥太郎は残ることにした。
「まずは颯馬、そなたは今後我らが外に出る時はどう動くのが良いと考える?」
「はっ、私は……」
三人の軍師の意見ははっきりと別れた。
まず、颯馬は関東へ下り関東管領の山内上杉憲政殿を助け、今勢いのある北条をあらかじめ叩いておく。
兼続は加賀までは行かなくても越中を取る。一向宗は徹底的に潰す事で今後の北陸経営をやりやすくする。
どれも利点はあるが欠点もあると定満は評した。
颯馬の策は北条と戦うとなると関東管領を助けるので義はこちらにあるが、北条の強力な軍と戦うことになる。遠征はまだ先だが今後としても面倒なことになる。
兼続は被害は少ないように見えるが国内の一向宗がどう動くかがわからない。敵に回れば先程のようなことが現実となってしまう。そうなってはまた越後は分裂する。
次に景虎は龍兵衛に意見を求めた。
龍兵衛はまず蘆名か最上のどちらかを攻めること。どちらかとは盟約を結ぶのが良いと主張した。そこから先ずは東北へ進出するのが良いと言った。
定石なら京の都に近づいくように領土を広げていくようにするべきだと思うが、それはどの家でも同じことを考える。つまりは今後、中央の戦乱が激化するところに身を置くことを意味する。ならば長尾はあえてそれをせず、背後の東北から攻め取る。
そうすれば犠牲の少ないままに勝つことが出来る。そして、最後にはもちろん中央に出る時を見計らって出る。
龍兵衛はそれで締めくくった。
「定満、そなたはどう思う?」
「龍兵衛君、背後はどうするの?」
越後は東西南どこに行くとしても背後を気を付ける必要がある。必ずどこかと和睦を結んでおかなければ、背後を襲われてまともま外征が出来ない。
「まず信州は村上と小笠原などがこちらに友好的です。真田もこちらから動くことが無ければ動くことはないでしょう。念の為に使者を送るべきですが……越中は畠山と椎名、神保が政権を争っている状態です。しばらくはこちらに来る可能性は低いかと」
「ならば、なおさら越中に向かうべきではないのか?」
兼続は内乱に付け込み、より京への足掛かりを作りたいと考えているようだ。
「さっきも言ったが、越中に限らず北陸は一向宗の軍事的拠点だ。ここを攻めれば、一向宗を敵に回して今後の領内経営も上手くいかないと思う」
「わかった。定満。そなたはどう思う?」
さらに何かを言おうとする兼続を遮るように景虎は定満に声を掛ける。
「うーん。今のところは龍兵衛君の策が一番いいと思うの。でも、もう少し踏み込んでいいと思うの」
「……どういうことだ。定満殿」
定満にはさらなる策があるということを聞いて傍観を決めていた筈の弥太郎は思わず口を開いてしまった。
「ついでに颯馬君の策の一部も取るの」
「つまりは二方面に軍を展開すると?」
「無理ですよ。いくら宇佐美殿の策とはいえ私は反対です」
「二人とも最後までお話聞くの」
定満に怒られ、反論を試みた颯馬と兼続は縮こまって定満の話に耳を傾ける。
「上野の山内憲政さんは直ぐに負けるとは思えないけど勝てる可能性は低い。でも、部下にはいい人が沢山いるの。その人たちに協力してもらっていざとなったらこっちに来てもらうの」
「なるほど。その後の関東の義は我らにあるということを示せるという事か」
景虎の補足にそういうことだと定満は頷く。東北への進出以外にも次善の策を置いておく。定満に適う者はまだまだいない。
そして、先となるだろうが長尾もいよいよ他国に動く時が近付いてきた。
三日後に伝えられた真田家が武田に降るという予想外の知らせは長尾家を驚愕させた。
真田家が降るということは南方の信州豪族の大半はおそらく武田になびくことになり、武田に対抗出来るのは小笠原や村上、それに仁科といった北方信州豪族だけになってしまう。
「現在、上田原で武田と村上が交戦中。情勢は今のところ動きはありません」
評定では最初から信州の情勢のことばかりである。仁科盛能ではおそらく器量では信玄には適わない。やはり頼りは、村上義清、小笠原長時である。
「しかし、まさか真田が武田に降るとは……」
「これでは我らも動くに動けないではないか」
兼続は龍兵衛を睨む。お前のせいだと言わんばかりに。だが、これは龍兵衛のせいでは無い。小国は日和見が生き残る術である。
当の本人はおとがいに手を当ててなにやら考えごとをしている。
どうやら、龍兵衛は兼続のことなどまるで気にしてないらしい。
弥太郎からすれば、彼と彼女が全く噛み合っていない様が面白い光景を見ているように感じる。
「まぁ、しばらくは様子も見るとしよう。それに武田も内乱を抑えて、高遠城を落としてここまで来たんだからすぐにこちらに来るということはないだろう」
確かに信州の有力な豪族の高遠頼継をどうにかして倒したという感じでやって来ている以上、余力は少ないはず。今はそちらに動くのでは無く、少しでも東北への足がかりを作ることである。
「段蔵、何か報告はあるか?」
景虎が言うと忍隊を率いる段蔵が出て来る。
「最上は天童との内乱状態は変わらないよ。蘆名は佐竹と一触即発状態だったけどなんか佐竹が態度を軟化させて今は北条と佐竹は戦っているみたい」
慇懃無礼な物言いだが、誰も文句は言わない。
彼女は最初からあのような態度であり、それを許される確かな実力を持っている。
「本来なら今すぐにでも最上とやりたいところだが……」
「さすがにそれは景虎様も許さないだろう」
龍兵衛は颯馬と何か喋っているが、景虎はそこまでのことは許すとは思えない。肝心の金が無いのだ。
聞くまでもないかと二人は思ったようで、すぐに会話を止めた。
結局、最上は放っておき、蘆名を討つということになるであろう。
蘆名が佐竹との戦いが終わったのも最近であり、今は動けなくともこれから準備すれば倒せるはずである。
だが、上杉も内乱状態を終えたばかりで、もう少し時間が欲しい。
今回のことで内乱ほど面倒なものは無いと痛いほど知った。最も人心が離れ、なおかつ国力が下がる。
長く越後統一を目指していた景虎はそのことを一番良く知っているだろう。案の定、険しい表情をしている。
「まだ、時間はいるか……」
「うん。やっぱり後顧の憂いを断った思うの」
「分かった。実及、首尾はどうだ?」
「おそらくは、今日明日で返答は来るかと」
本間は大人しく降るだろうとほとんどの者が楽観視していた。
島とはいえ、いつ油断した隙を突かれるかも分からない。
だが、希望論ほど上手いこといかないのはこの乱世の定めなのかもしれない。
翌朝に届けられた知らせに長尾の面々は愕然とすることになる。
『佐渡にて雑太本間と河原田本間、羽茂本間が長尾に降るかで意見が対立し、反対派河原田本間軍は雑太城を包囲せんと進軍中。羽茂本間も我ら長尾に備え、羽茂付近に陣を構えている模様』