上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第五十六話改 風が止まらない

 強い冬の風が吹く中で二人の将が新発田城城内に転がっている屍の列を跨ぎながら歩いている。

 顔や鎧に返り血を浴びたその姿はほんのりとした月明かりによって美しくも残酷な様に見えた。

 

「・・・・・・それで、重家はどこに居る?」

「分からない。しかし、蟻の這い出る隙間も無いように囲んでいる。見つかるのは時間の問題だろう」

 

 上杉軍の将である長重と伊達家の次期当主の政宗はつい前までは敵であった者同士だった。

 しかし、互いの意義に感じるものがあった上杉家と伊達家は伊達家が自ら上杉家に降るという天変地異が起きても有り得ないだろうと思われていた事によって全てが一応丸く収まった。

 二人はもう打ち解けて普通に話して良いと互いに許可を与え合っている。

 水原を放棄した後に撤退したふりをして新発田城に襲い掛かった上杉軍とその前に伊達軍の奇襲にて混乱状態に陥っていた為にほとんど必要がなかったかもしれない。

 しかし、重家と思って政宗が殺したのは彼を庇った新発田家家臣の一人であり、伊達軍の寝返りを知った重家は慌ててどこかに逃げ去って城のどこかに隠れている。

 その後はほとんど上杉・伊達と密かに伊達と共に来た最上によって新発田城は陥落寸前にまで。否、ほぼ陥落までに追い詰められている。

 抵抗はあったものの混乱状態に多勢に無勢では重家も統制が取れずじまいだった。

 新発田城は落としたが、重家を見つけない限りは完全な陥落とは言えない。その為に将兵全員が血眼になって重家を探している。

 とりわけ能元の執念は物凄い。兄の敵をもう少しで殺すことが出来るとなると心にくすぶっていた復讐心が烈火の如く燃えているのだ。

 遮る者が無い彼は一人で重家と叫びながら城内を探し回っている。

 一方、比較的冷静な長重と政宗は一旦長秀と鬼庭綱元と合流した後に城内の部屋を二手に別れて探し始めている。

 

「いねぇ・・・・・・」

 

 毒付く長重は目の前にあった人が入れそうにない小さな箱を八つ当たり気味に軽くどんと蹴る。

 長重は政宗と城内の部屋を一つ一つ探すが、どこにもいない。しかし、人は消えて無くなる訳が無い以上は必ずどこかで息を潜めている筈だ。

 

「部屋ではない気がする。武器庫とかは?」

「それだ。行くぞ」

 

 二人は頷き合うとすかさず動き、邪魔する者達を斬り捨てつつ駆け出した。

 長重の先導で武器庫まで行くが、内側から錠がかかっている。

 二人はぶち破ろうとしたが、武器庫程の大切な建物の厳重な扉が簡単に開く訳がない。

 そこで怪力の義守と満延を呼んで頼むと二人は肩を回しながら扉に拳を当てる。

 

「「どっせい、と」」

 

 息の合った声と共にずーんと鈍い音がすると長重と政宗が何度やっても駄目だった堅い扉があっさりと一回で開いた。

 二人はぽかーんとしているが、すぐに中から人の気配がするとその方に意識が向いた。

 むくりと中にいる黒い影が起き上がる。政宗達は腰を落とすが、長重はそれを制すると一人で三人の前に出る。

 向こうの影もその長重の姿勢を見て少し警戒感を緩める。

 

「出て来いよ」

「・・・・・・」

「少し話がしたい」

 

 さすがに出ることは憚れたのか影は少し躊躇ったが、長重の珍しい穏やかな声にゆっくりと影は動き出した。

 そして、三日月の月明かりはその影にあった人の顔をはっきりとまではいかないが、四人の目にははっきりとそれが誰なのか分からせた。

 

「久しいな、長重よ」

「ああ、そうだな・・・・・・重家・・・・・・」

 

 長重は少し目を見開いた。

 よく知る重家の目はきりっとしていて大きな目をしていたが、月明かりを頼りにして見る彼の目はすっかりくぼみ、目の下の隈はひどくなっていた。

 

「随分と変わったな」

「誰かが兵糧の道を断ったからな」

「安東からの海路を、か?」

「御名答」

 

 最初に長重が嫌味たっぷりににやりと笑うと重家も同じように笑い返し、次の問いと答えには鼻で軽く笑い合う。

 周りには三人が二人に手出しがないように立っている。かれらは二人が何を思い、何をその眼の中で見ているのかは分からない。

 その中には上杉軍での日々が綴られているのだろうと政宗は思った。

 上杉軍の重鎮であった者と今も変わらぬ重鎮である者の二人だからこそ分かるものがあるのだろう。

 その中に他家の三人が入るのは無粋というものである。故に二人を守るように囲んでいる。

 

「長重、何故に俺がこのような事をしたか分かるか?」

「さぁな、謀反人の思案など察したくもない」

「はっ! よく言うわ。まぁよい、教えるとしよう・・・・・・」

 

 重家はそこからかつての兄長敦が功に報われる事がなかっただの、その後も重家が立てた功をほとんどが謙信の養子である景勝の実家である上田長尾家に持っていかれた事。

 それに不満を持った自身とそれ以上に不満を持った重家の家臣や五十公野氏の背中を押された事によってこのような謀反を起こした事。

 

「ふっ・・・・・・そして、これが成れの果てよ・・・・・・」

 

 新発田城はもはや中に敵を入れてしまい、風前の灯火。

 自虐的に笑いながら重家と長重は三人を扉のあった所に待たせて武器庫の中に入って行った。

 入った途端に長重が早速繰り出す。

 

「さ、本題に入ろうか」

「どうしてあの藤資殿の首だけでなく、胴体まで持って帰ったのか、かな?」

 

 一気に真面目な表情になった長重をよそに重家は少し笑った表情を崩さない。そのまま長重を奥に通すと一つの棺の前で足を止めた。

 

「一応はきれいにしたのだがな、配下の者は皆気分を悪くしてしまった」

 

 自虐的に笑いながら重家はその遺体の入っている棺を開ける。そして、長重は生涯忘れることは無いであろうものを目にした。

 

「・・・・・・景資、呼ぶか?」

「いや、これは中条家に丁重にお返しすると決めていたものだ。ま、こちらが運ぶ手間は省けたがな」

 

 中には藤資の首と胴体を縫い付けた藤資の遺体が眠っている。血は綺麗に洗われていて死装束をしっかりと綺麗に着せてあった。

 元々味方同士であったとはいえ敵となった者にこれほどの事をするとは全く長重も想像していなかった。

 丁寧過ぎて逆に呆れて溜め息が出てくる。

 

「まぁ、随分とご丁寧なこって」

「らしくないか?」

「いや、逆だ。お前らしい」

「だろ?」

「ったく、どっちなんだよ」

「さぁな」

 

 今度は高らかな笑いが武器庫に響く。人がいないからか入り口付近にに居る三人にも今回はしっかりと聞こえたようで驚いた三人は振り返ってしまった。

 だが、二人の愉快そうな顔を見て安心したようにまた武器庫に誰も入らないようにそれとなく守り始める。

 

「藤資殿にはお互いに稽古をつけてもらったよな」

「ああ、お前は随分と泣きを入れていたけどな」

 

 長重のツッコミに重家は少し過去を思い出して赤面する。

 しかし、長重からは夜の暗い武器庫ではその姿を確認する事は出来ない。それでも長重には何となくその素振りが分かった。

 年が長重の方が上とはいえ気にする事はなくこうして軽い感じで話せるのはかつての思い出があるが故のものである。

 藤資は彼らに武勇を叩き込んだ師でもあり、その時に二人は知り合って気が合った為にお互いの家々の仕事や上杉家の家臣としての仕事の合間を見つけては酒を飲み交わす仲であった。

 しかし、こうなった以上はもはや過去の中の一つとなって忘れられるものとなる。そして、重家は生涯を謀反という汚名を着ながら死んでいき、残った人々からは罵倒されるだろう。

 それでも重家の顔は晴れやかだった。

 謙信の実力主義の台頭がまだ軌道に乗る前の事だったとはいえ、恩賞を得られなかったのは重家にとって時が悪かったとしか言いようがなかった。しかし、周りが許す筈がなかった。もちろん重家もである。

 

「運がなかった。としか言いようがない」

「どうだろうな・・・・・・」

 

 長重は意外にもそれには同調しようとはせずに難しい顔をしている。

 

「どういうことだ?」

「実は小耳に挟んだがな・・・・・・」

 

 そう言うと長重は歩み寄る。伊達の面々は当然のこと、重家も不用心過ぎる彼の行動に目を見開く。その中で一人平然と長重は重家の耳元に顔を寄せる。

 

「軍師達はこの事を察していた」

「何!?」

 

 かなり小さな声で囁かれた事実に重家は先程とは違う驚きが心に響く。

 

「いや、正確にはお前の持っている軍勢の多さを恐れていたと言った方がいいかもな」

 

 それは謙信が初めて東北遠征に向かい、重家の兄である長敦が死んで新発田家の当主として駆け出そうとした時の事だった。

 彼は蘆名との戦で先陣にて活躍したにもかかわらず、恩賞を貰えなかった時、謙信は本来戦功の多くを重家に与える予定だった。しかし、その方針を土壇場で一転させて重家が貰う筈だった恩賞の多くを政景に与えた。

 理由は一つ。

 東北遠征の為に普請、拡大を続け、越後第二の拠点となった新発田城を持ち、なおかつ上杉家の中で誰もが一目おく知勇兼備の勇将である重家を誰が止める事が出来るのか。

 答えは誰もいない。

 数で適う者は春日山の兵だけでそれ以上に恩賞を与えては力がさらに大きくなって春日山の規模と同じ位の力を重家は持つことになる。

 それを軍師達はかなり恐れた。

 正解を言うと重家の存在を龍兵衛が最も恐れていた。

 彼は蘆名討伐の功をこれ以上大きくなっては力が独立しても遜色がなくなる重家ではなく、政景に与えることで上杉家一門の力を強めるようにも仕組んだ。

 定満達もそれに賛同し、謙信に進言した。かれらの言い分を謙信も聞いてあの恩賞の形となったのだ。

 まさか力を持った政景が怪しい行動を始めるとは軍師達にとっては計算外であったが、これは長重達はまだ知らないことである。

 

「・・・・・・という事は、俺は出汁にされた事か?」

「そうだな・・・・・・」

 

 何とも言えない。重家はがっくりと膝を着いて藤資の遺体が入っている棺に手をやってようやく身体を完全に倒れないようにしている。

 力を持ちすぎたが故に自身が気付かれない内に疎まれていた。まさかと思ったが、この謀反は謙信も察していたのだろう。

 時が悪かったというだけで、もしかしたらこの重家の動きも全て軍師達の計算通りだったのかもしれない。

 

「俺は軍師達の手の平で踊っていただけなのか・・・・・・」

 

 衝撃を受けた時には既に遅かった。

 重家は肩をふるふると震わせて全てが思い通りになると思っていた自身の思いは全て上杉家軍師達の計算内であった事を察した今、彼が出来ることはただ一つだけだった。

 

「ふふふ、あっはははは!」

 

 狂気に身を任せ夜空に響く程の声量で自虐的に笑うのみ。

 

 

 

「おい、いたか!?」

「いません!」

 

 能元はずっと新発田城城内の部屋という部屋を探していた。しかし、どこにも目的の人はいない。

 重家の首は何としても他の人に渡す訳にはいかない。彼の首を取って兄の霊前に捧げ、彼の一族を皆殺しにしてその恨みを晴らさなければ腹の虫が収まらない。

 

「まったく、どこに隠れているんだ?」

「能元様、向こうから何か人の声がしています」

「よし、向かうぞ」

 

 苛々が彼の身体から全て解放された時だった。しかし、外の寒さは相変わらず厳しい。

 

 

 

「何か言い残す事はあるか?」

 

 一通り笑い終わった後に重家は疲れたようにぐったりと座り込んでしまった。しかし、その顔は先程と変わることなく、充足感に満たされ先程よりも良い顔になっているかもしれなかった。

 三人の将も長重が入るように言った為に武器庫の中に入っている。それでも場違いな気がしてならなかった。

 

「軍師達に言っといてくれ。謀は巡らしても、このような事は立て続けに続くと思うのは大間違いだと。それから・・・・・・こんな事をしてはろくな死に方をせんとな」

「他には?」

「そうだな・・・・・・あいつにも言っといてくれ・・・・・・」

 

 

 

 

 未だに能元は周りを血眼になって重家を探していた。

 先程の声は上杉軍の兵が新発田の残党に最後の抵抗によって息絶える前の叫び声だった。 

 見当違いに腹を立てながらも能元は諦めずに歩き続けて重家を探し続ける。

 

「む?」

 

 月明かりが一つの物体を見させた。そして、それを持った者は他に四人の将らしき者と歩いている。

 そして、城門まで行ったところで一人が前に出て持っている物体、首を上げる。

 それを見た途端、能元は呆然と目の前の光景と出来事を飲み込んで呆然と刀を落とした。

 

「新発田重家、この甘粕長重が討ち取った」

 

 歓声が響く。能元にはその歓声が遠いものに感じた。

 戦いの余韻は全てがその時に残るものではない。

 終わりを迎えてすぐでもあれば、五年先、十年先と過ぎて出てくる余韻もある。

 

 風はまだ吹いている。その風はまだ尽きること無く吹き続ける。

 風は影を持たぬ故、その軌跡を誰も分かることはない。影を持たぬ故に気紛れに吹く。

 時に優しく、時に厳しく誰かの頬を掠めて行く。。

 能元に吹く風はいまだに厳しく吹き付ける。

 

 

 景資はその首を見た時には心が愉快になった気がした。だが、それは全て虚ろなもの。

 

『後悔がお前に襲い掛かる』

 

 風と共に藤資の声がした気がした。ついでに風の中に藤資の拳骨が飛んだ気もした。はっ、となった景資だが、重家の首を見ると心の何かが疼いて止まらない。

 

「今ぐらい、私情を挟んだって、いいだろう。この、老害が・・・・・・」

 

 全てが終わる前に逝った父を思うと涙は止まらないでさらに滴り落ちる。

 人に見せてはいけないとずっと下を向いている景資に一つの足音が近付く。

 

「今それじゃあ、駄目だな」

「長重・・・・・・」

 

 首を家臣に預けた長重はその視線を景資の目に向ける。その目に映る長重は潤んで見えた。

 すぐに目をこすってすぐにきりっと顔を整える。

 

「大丈夫だ。何だ? 何かあったのか?」

「いや、俺からじゃない。重家からだ」

 

 その名前が出た時、景資は目を見開いた。長重はそれに気にする事なく、そのまま単刀直入に言い出した。

 

『景資には今まで友として酒を飲めなくて済まなかった』

 

「それ、俺が飲めないこと知ってて言っただろう。あいつ」

「だな、あいつも最期は悪戯っぽく言ってたし」

 

 互いに笑みを零すと長重はまだ続きがあると再び続ける。

 

『全ては俺のせいだ。俺が藤資殿と相対しなければ、こんな事にはならなかった。俺には天下泰平の一翼を担うなんて無理だったって分かっただけでも、それはそれで良かったかもな』

「・・・・・・」

「これが最期の言葉だよ」

「馬鹿、そういう事は先に言うもんだろ」 

「性格が悪くてな」

 

 長重が笑いながら言うが、対照的に景資の目はさらに潤んでいる。

 だが、景資はすぐに目を拭うと顔を天へと上げた。

 

「重家、それは違う。父はお前のような名のある将が最期の相手で満足しただろう」

 

 病がなかったとしてもあの老害はいずれはもう寿命が彼の動きを止めていたに違いない。景資もいずれは流す涙があった筈なのだ。 

 父、藤資の事も重家の事も少々早まっただけ。もはや過去の事である。

 全てが終わった訳ではないが、景資は一つの終わりを迎えた。藤資の影という場所から脱却して今度は彼が光を浴びることになる。

 藤資の叶いである謙信の天下統一を見ることは彼には許されないが、景資は彼の墓前に報告をする為、新たに中条家当主として上杉の為に仕えようではないか。

 

「さ・・・・・・始まりはこれからだ」

「これ持って帰るか?」

「えっ、なにこれ?」

 

 長重の後ろには黒い件の棺がどんと置いてあった。

 彼が重家のやりたかったことを自身の推測を含めて説明すると景資は下唇を噛んでまた泣きそうになるのを必死に堪えた。

 

「何回泣きそうになれば気が済むんだよ?」

「だって・・・・・・父だよ?」

「まぁ、分からなくないけどな。けど、ほどほどにしろよ」

 

 分かっていると機嫌悪そうに頷くが、景資の頬には滴が垂れ落ちる。藤資の遺体は万全なものとなる事に満足するが、残念ながら相手が重家では素直には喜ぶことは出来ない。

 謀反人に感謝することは毛頭ないことであって下手に景資が感謝すればいらぬ事を企む輩が出てくるやもしれない。

 しかし、藤資と重家は謙信の理想とする世の中を見ることを許されずに逝った。

 その理想がどのような結末になるかは分からないが、それが二人の予想を裏切るような事があってはならない。

 景資は長重という友と共に藤資の遺志と重家の理想を叶えるという密かな重責が出来た。

 気紛れで穏やかな風はまだ吹き続けている。

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