上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第六十二話改 美しき影たち

 坂戸に着いた景勝と龍兵衛の二人は城下の様子を一つも見落としが無いように慎重に見回っている。

 政景の死後、一応は代役として本庄実及が入っている。彼女の卓越した手腕は政景の死後、大騒ぎとなった坂戸城の状態を完全に元に戻したと言って良い。

 その証拠として民は皆、不安げな表情を見せずに笑みを浮かべながら仕事をこなしている。

 

「先に見た琵琶島城下の状態も大分収まっていましたので、まぁ、良しとしましょうか?」

「(こくこく)」

 

 琵琶島も坂戸も上杉にとって重要な拠点である。

 交通の要地である二つの地域はお互いの近くを流れる川を利用した物質配給の拠点で、この二つの土地の混乱は越後が土台のぐらついた店のようになったものである為、この視察は手を抜く事は許されないと二人は重々承知していた。

 しかし、考えていたような不安はなかったので、一つ安堵の息を吐くと二人は城下で食事を取る事にした。

 

「疲れてませんか?」

「ん、大丈夫」

 

 かなり早め早めの視察予定だったので体力が自身よりも無い景勝が疲れていてもおかしくないと龍兵衛は定期的に声を掛けている。しかし、彼女は胸を張って元気そうにしている。

 一応はそれなりに変装を二人共している為に誰にも正体がばれるということは絶対にないが、それでも可愛らしい景勝に城下の男は目が行っているが、その隣に恐ろしい威圧感を放つ龍兵衛がいる為に皆は一、二秒で目をあっさり逸らす。

 一方の龍兵衛自身は護衛の為に一応は周りを気にしているが、普段外では崩さないその鋭い表情と龍兵衛が当時の人々の平均身長よりもかなり大きいというのも原因になって無自覚ながら彼をよく知らない坂戸の民から怖がられているのに気付かれていない。

 

「寒くないですか?」

「平気」

 

 答えるように頷いている龍兵衛は他のことでそわそわと落ち着かない。

 

「お腹、減った?」

「分かりますか?」

「こくこく」

 

 少しだけ驚いたように口を開く。景勝からすると分かりやすかったが、心情を見事に当てられた事に龍兵衛は内心かなり驚きながら足は近くにあった飯屋に向かっていた。

 食事を取った後、再び二人は城下町に足を並べて歩き、夕刻まで二人は城下を見ていた。

 角に入って変装を元に戻すと二人は坂戸城に入り、実及に謙信から彼女への激励の言葉を送ってその日は坂戸城に泊まった。

 景勝はすぐに部屋に入ってぐっすりだが、龍兵衛にはやるべき事があった。

 

「(さすがに政景殿は証拠を残すような物は持っていない、か・・・・・・)」

 

 深夜になるのを待って密かに龍兵衛は政景が使っていた部屋や書庫を物色して例の事を調べている。

 どこにも裏の黒幕に関係性がありそうなものは無い。政景では探れるようなものではないと思っていたが、案の定というやつだ。

 

「それにしても、本当に何で・・・・・・」

 

 あの政景の謀反の真意は全く掴めないまま越後国内では解決出来なくなった。

 何を思い彼は謀反を企んだのか、何故彼は死ななければならなかったのか、水の中に消えていった真実は何も語ることは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、視察を終えたさっさと二人共、坂戸城を出て春日山に帰ることにしたが、その前に寄り道をすると前もって決めていた。

 雪の残る林の中を通って行く。二人の行き先を示すように風が吹いている。風は二人の間を通らずに周りを通っている。

 しばらくすると開けた場所に出た。池がその中心。否、ほとんどがそれで占められている。

 綺麗な水の上に氷が薄く張っている。太陽によって氷は反射して眩しい光を発している。しかし、二人はそれを美しいと眺める事はせずに池の端を無言で歩いて行く。

 

「ここです・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 冷たい風を浴びながら二人は二つ立っている石が三つ重ねられた物体の前に立つ。

 龍兵衛が簡単に作った定満と政景の墓だ。政景は世間では謀反人の扱いの為に大きく作る事は出来ない。そもそも作る事自体がおかしい。しかし、龍兵衛はそれがどうしたと言わんばかりに小さくはあるが、思いをしっかりと詰めたものを作った。

 冬の為に一輪の花も添えることは出来ない。この冷たい池の中に沈んだ時の気持ちはどうだったのだろうか、景勝は頭の片隅で今となっては考えてもしょうがない事を考えながら花の代わりにと龍兵衛が買った酒をかける。

 平等にかけ終えた二つの墓に二人は合掌する。

 二人が二人の思いを心の中で告げる。そっと目を開けながら立ち上がって今度は野尻池を眺める。

 木の枝が風に吹かれて悲鳴を上げている。枯れ葉が舞い上がっている。前から来る風が景勝の髪を揺らし、龍兵衛の羽織りを吹き上げる。

 冷たい風が容赦なく二人の顔を打ち付けるが、どちらも立ち去ろうとはしない。互いに目を閉じたり、顔を背けたりせずにじっと池を眺め続けている。

 風が二人を止めて、池が二人を呼び止めている。連日の寒さと雪で辺りの山々は真っ白になっている。

 あの日は日中晴れていた。

 雪見と月見にはちょうど良い時期であったのだろう。その現場の全てを知る風はもうここにはいない。どこに吹き去ったのかも分からない風に何を問うことが出来ようか。

 

「自分がもう少ししっかりとしていれば、定満殿は死ぬ事は無かったのに」

「龍兵衛・・・・・・」

 

 景勝が見上げると悔しそうに唇を噛み締めている龍兵衛がいた。

 

「景勝様も定満殿が何を思って死んだのか、分かりますか?」

「(ふるふる)」

「政景様の方は?」

「・・・・・・」

 

 龍兵衛から問い掛けられても景勝は何も言わない。涙も流さず、ただ立っているだけ。悲壮感漂う表情にそれ以外の感情はない。

 喜怒哀楽の哀の感情を剥き出しにした表情は誰にも変える事は出来ない。何を言おうとも何をしようとも不可能だろう。

 何ともいえない近寄りがたい雰囲気を出す今の景勝をしっかりと見る事はこの世の誰も出来ないだろう。

 

「(全てを知る御方はいない。俺達が明かすまでは全てを水の中から引き起こす事は出来ないのか・・・・・・もどかしい)」

 

 目をそらし、龍兵衛は目の前にある池に語りかけるように無感情な目線と口調で喋る。策士の目の中にどのような思い、考えがあるのか。

 

「行きましょう・・・・・・」

「(こくり)」

 

 二人はもう一度頭を下げる。顔を上げても龍兵衛は目を閉じて何も言わない。この時だけ、景勝は彼の心境を察する事は出来なかった。

 心のどこかに悲しみがある。その足取りは何かを引きずっているように重く、雰囲気は消えかけた蝋燭のように暗い。

 沈黙を破りたいと馬を繋いでいる所まで歩きながら唐突に景勝は龍兵衛に話し掛ける。

 

「龍兵衛は何を思った?」

「そうですね、自分は本当に政景様には良くしてもらっていたのでありがとうございましたという気持ちを伝えました。景勝様は?」

「龍兵衛とおんなじ、景勝、定満にも色々と教えてもらった」

 

 敢えて政景のことは口に出さずに口元だけ笑わせながら龍兵衛は景勝の言葉に重みと悲しみを持ち合わせた声に肉親の消失への心の一部の喪失を感じた。

 

「(肉親、か・・・・・・)」

 

 知りたくなかったその真実。これは個人的な問題ではあるが、その詳細を知りたいとも思ってしまう。

 

「(だけど手掛かりがこの時代にあるわけ無いんだよなぁ)」

 

 今は考えても仕方ない。だが、知りたいという気持ちも強い。

 帰ったら唯一の手掛かりを徹底的に調べよう。そう決意しながら龍兵衛は足を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと帰れますね~」

「~♪」

 

 基本的に手のひらを返すように切り替えが早い二人は十日ぐらい離れていた春日山に帰れる事を楽しみにしている。

 これは二人の強みでもあった。一日の間にけろっと気分を切り替えることが出来る二人の性格は次への仕事を順調に引き継げる。厳密に言えば、龍兵衛の性根にある性格が景勝に染ったと言った方が正しいが、そこは割愛させておく。

 急いで帰る為に一日の行動をぎりぎりまで詰めている。疲れている訳ではないが、実家に帰りたいという思いが足を進ませたがるのは二人の心理というやつだ。

 そして、この日は後一歩で春日山に着くという直江津の町に宿を取る。越後第一の港として軍師達が拡張してきただけにこの時期だというのにかなりの盛況ぶりである。

 

「明日には戻れますね」

「(こくり)やっと謙信様達に会える」

 

 心底嬉しそうにしている景勝。名前が出て来るのを聞いてよく慕っていると思いながらも龍兵衛は重い鉛のような溜め息を吐く。

 

「どうした? 何か不安?」

「いえ、そんな事は・・・・・・ただ・・・・・・」

「・・・・・・?」

「こんなに早く人がいる所に帰りたいと思うようになったのは何年ぶりだろうと思って・・・・・・」

 

 平成の頃にいじめを受けた身である為に人と群れるのを嫌い、相手の心を疑う事に目覚め、とことん人が自分に何かを裏で言っているという考えを持っていた筈が今は純粋に皆と共にいたいと思っているという感情に龍兵衛は戸惑っている。

 

「何年ぶりというよりは初めて抱く感情かもしれません」

「・・・・・・」

 

 自虐的な笑みを浮かべて話しているが、龍兵衛の顔には嬉々とした感情があると景勝は感じた。ようやく彼も人らしくなった。

 それを口にして言うと龍兵衛は拗ねたように膨れっ面になって不機嫌になる。

 

「じゃあ、自分は今まで何だったんですか?」

「・・・・・・?」

「不思議そうに首を傾げて考えるのやめてください・・・・・・」

「冗談」

「・・・・・・本当に謙信様の変なところだけは似ているんだから・・・・・・」

 

 地味に凹んだ様子を見せ物のようにクスクスと面白そうに笑う景勝を睨みながら今度は心から呆れた溜め息は吐く。しかし、その心は無邪気な子供のように笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 春日山城では一時ののんびりとした雰囲気が出来ていた。

 

「こら前田殿! また資料と春画本をすり替えたろ!?」

「さぁ~なーんの話ぃ?」

「とぼけながら逃げるな!! 待て!!」

 

 兼続が慶次を追いかけ回していた。帰ってきた時からこれだから兼続も颯馬もぶちぎれている。しかし、慶次はあっさりと兼続を巻くと物陰に身を潜める。

 

「ふふん、かねやんは追い掛けるの下手ねぇ」

「ふふふ・・・・・・前田殿の隠れ方も下手だと思うのだがな~」

 

 がしっと肩を掴まれた慶次が恐る恐る後ろを向くとそこには弥太郎がいた。

 

「げっ・・・・・・やっちゃんいたの?」

「ああ、自分がした事に責任は無いなんて言わせないからな・・・・・・何をしたか、自分の口で言ってみろ」

 

 声にはドスが利いていて威圧感があり、肩を恐ろしい力で掴まれている為に慶次も逃げられない。

 

「え、えーと・・・・・・布団を雪の積もった中庭に埋めましたぁ」

「分かっているなら良い。じゃあ、今日は私が特別に説教をしてあげよう」

「いやー助けて~」

 

 ばたついて抵抗しようとするが、弥太郎はそれを許す筈も無く、力一杯首根っこを掴んで引きずり出す。

 

「抵抗するなら兼続も呼ぼうか?」

「ひ~ん、大人しくしますぅ・・・・・・」

 

 弥太郎に連行された慶次はその日、地べたに這いつくばるようにしか歩けなかった。

 

 

 

「黒田殿は少し用心を覚えた方がよろしいのでは? 来てからずっと前田殿のいたずらに引っ掛かりすぎです」

 

 官兵衛はこの城に来てからまだ少ししか経っていないのに悪戯に引っ掛かる確率が異常に高い。一日に必ず一回は被害に遭っている。

 そして、今も官兵衛は引っ掛かって全身水浸しになっている。

 

「いや、何故か分かっても足が止まらないというか、何というか・・・・・・水原殿みたくは無理です」

「・・・・・・いや、某がどうのと言うよりも・・・・・・」

 

 もっとその子供のような好奇心を抑えたらどうだとは口が裂けても言えない。そんな事を言えば、また官兵衛は「あたしは大人だー!!」と喚き、暴れる。引き留め役の龍兵衛がいない以上は下手な事は言えない。

 

「(しかし、よく龍兵衛殿はこのような御方の弟子になったものです)」

 

 官兵衛を慰め、師弟共に変わっていると思いながら親憲は一人静かに笑った。

 

 

 

 

 

 

 今日は雪に降られる事も無かった為に外に出る気も失せるような冷たい夜の海風だけが襖を打ち付ける。その中でゆったりと二人は宿の部屋で過ごしている。

 二つ取っておいた筈なのに何故かこの時期には珍しく満杯で一つしか取れなかったのが原因である。

 

「これも全て、定満殿のせいか・・・・・・」

 

 漏らしてしまったと慌てて寝ている猫を撫でている龍兵衛はちらりと猿と戯れている景勝を見る。

 二人で楽しそうにしているのを見るとばれていない安堵感と共に乱世という無情な空間から解放されると感じる。心底楽しい喜びがここにはある。

 景勝がこの寒い風を吹き飛ばす暖かい太陽のように感じる。無邪気な笑みが龍兵衛の凍れる心を段々と溶かしている。

 完全に溶けきるには時間が掛かるだろう。自らの身の上やかつての事を思い出すような時には冷えた風が心に吹き荒んでいる。しかし、少しずつ春が彼の心にもやってきてくれる。

 今年の春はいつ来るのかは分からない。だが、いつかは必ずやってくる。そしてまた、田植えの時期がやってくる。毎年これが楽しみで一つの癒やしともなっている。

 その到来を考え農家の人達が笑顔で畑に繰り出しているのを想像すると自然とその喜びが顔に出てしまいそうになる。

 それをぐっと我慢しながらぼーっとしていると龍兵衛は気付かぬ内に溜め込んでいた疲労が襲い掛かった。抵抗しようとしたが、瞬く間に敗れて夢の中に入って行った。

 景勝がそのこと気付いたのはそのすぐ後だった。口を尖らせて起こそうとしたが、猿が欠伸を一つすると眠りについた。

 これを見た景勝も欠伸が染ったらしく、欠伸をすると自然と龍兵衛の方に目がいった。

 相変わらずあぐらをかいてかくんかくんと首があっちこっちに揺れながら眠っている。

 

「むぅ~」

 

 自分を差し置いて先に寝ている護衛があるかという思いを抱きながらも景勝は起こす気を自身の強烈な眠気によって妨害されてしまった。

 今ばかりはその眠気を恨みながらも、景勝はふらふらと起こさないようにそっと龍兵衛にもたれかかって寝始めた。

 

 

 

 

「むっ・・・・・・」

「どうかしましたか?」

 

 何でもないと謙信は一緒に歩いていた兼続に首を振って歩くのを再開する。

 

「(何か嫌な予感がしたな・・・・・・でも、それほどのものではないか・・・・・・)」

 

 

 

 

 

 翌朝、龍兵衛は瞼を開くと目の前にいた物体にまず目が行った。

 

「あれ、何で?」

 

 規則正しい寝息を立てて自身の膝の上で景勝が寝ている。しかし、昨日の事を思い返してもどこにもそのような事は無かった。

 

「(つまり、俺が寝た後・・・・・・後!?)」

 

 ここでようやく龍兵衛は自分がやらかした事に気付いた。護衛がその対象よりも先に寝た事はやってはいけない事であることは分かっている。しかし、龍兵衛はやってしまった。

 

「しまった・・・・・・」

 

 声に漏れて顔を右手で覆って一人で反省していると景勝が寝ぼけた目をこすりながら起き上がった。

 

「むぅ、龍兵衛、おはよう・・・・・・」

「お、おはようございます・・・・・・景勝様」

 

 一応は挨拶をするが、龍兵衛は引きつる表情を直せない。

 とりあえず詫びを入れようと頭を下げる為に景勝から離れようとするが、それを景勝が許さずにぎゅっと腕に力を入れて離さない。

 

「謝るいらない。こうしている」

「これが罰だと?」

「(こくり)」

 

 強く首に巻かれた腕が龍兵衛を手放すまいとぎゅっと締まる。少しばかり苦しいが、龍兵衛はそれを快く受け入れた。

 冬は早朝と枕草子で言われている。

 朝日が差し込み、今日もまた晴れてくれるようだ。寒い事に変わりはないが、二人はお互いの温もりによって暖かい朝を迎える事が出来た。

 

 

 宿を出るのが一件によって予定よりも少し遅くなってしまったが、それほど影響はない。

 ゆっくりと馬を歩かせていると不意に景勝が自分をじーっと見ている事に龍兵衛は気付いた。

 

「どうして龍兵衛は大きくなれる?」

「さぁ、自分に言われましても・・・・・・」

「何か、ある!」

 

 そう断言されても困るのだが、一応は龍兵衛も身体を強くする為に色々とやっている。

 

「うーん、動ける時にしっかりと動く事ですかね?」

「それってどうなる?」

「身体が強くなります」

 

 どこか不満そうな景勝に龍兵衛は何か変な事を言ったか思い返すが、そんな事はなかった。

 

「他には、無い?」

「他、とは?」

「もう、効果なし?」

 

 それを聞いて急に歯切れが悪くなって「あははー」と笑っていない笑い声を出している龍兵衛を景勝は物珍しそうに見ている。

 

「まぁ・・・・・・他にあるとすれば、男女に関わらずしっかりとした健康を維持できる。ですか?」

「じぃぃぃ・・・・・・」

「『話を勝手に健康面に曲げるな!』という目ですね?」

「じぃいいぃ・・・・・・」

「えーっと・・・・・・」

 

 動揺しながら目を泳がせている龍兵衛をよそに景勝は無言で彼を見つめる。

 その威圧感はどんな人でも正直に白状させるものを持っているのは龍兵衛が一番よく知っている。

 相手が言わせたい事は分かっている。やれやれと溜め息を一つ吐くと龍兵衛は意を決したが、しっかりと目をそらして言った。面と向かって話せる訳がない。

 

「女性として・・・・・・出るところはしっかりと出る。と聞いた事があります」

 

 恥ずかしそうにしながら言う龍兵衛をよそに景勝は良いことを聞いたと言わんばかりに目を見開いた。

 

「そうか、じゃあ景勝の胸、大きくなる? 慶次より? 定満より?」

「(やっぱり気にしてたんですね?)それは・・・・・・景勝様の身体の問題もあるのでは?」

「謙信様も大きい。だから景勝も・・・・・・」

「あー・・・・・・あっはっは(あくまでも義理ですからな)」

 

 突っ込みを隠す為の乾き切った笑いしか出てこない龍兵衛と期待する目で彼を見る景勝。

 周りに分かり合える人間があまりいないのがその辺の不満を溜めていた原因なのだろう。第一に今の龍兵衛に景勝のきらきらした目は反則だ。

 

「もうやけだ・・・・・・飯をたくさん食べるのも良いですよ」

「本当?」

「ええ、食べるだけは絶対に駄目ですが」

「ん、景勝、ちゃんと動ける!」

 

 胸を張る景勝を見て嫌な予感しかしないまま龍兵衛は景勝と春日山にその日の夕方に帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で春日山にある牢の一番奥では颯馬が右往左往していた。

 珍しく焦っているように何度も悲鳴が聞こえる牢獄に向かいながら様子を見るが、なかなか中から声が掛からない。

 しばらくすると一人の兵が出て来たので呼び止めて確認したいことを聞く。

 

「どうだった?」

「駄目です。どんなに尋問をしても聞きません」

「さすがに女といえど忍だからな・・・・・・」

 

 先の伊達軍が捕らえた忍を颯馬と配下が取り調べていた。

 相手は忍。なかなか口を割らない。しかし、これ以上は待てないのも事実。謙信からの命令がある為に颯馬も最終手段に出るしかなかった。

 

「何人かの男兵を呼べ・・・・・・」

「・・・・・・どれほどにいたしますか?」

「精々、狂わない程度にしろ。吐いたら報告するんだ」

「御意・・・・・・」

 

 目の色を理性から欲望へと変えた兵士がそう言うと颯馬は黙って傷だらけになりながらも目を閉じている綺麗な女忍を哀れなものを見るようにしてその場を静かに立ち去った。

 

 

 

 

 三日後。春日山城に帰還した二人のが一昨日のことだが、早くも異変が起きていた。

 

「女中から聞いたんだが、どうも景勝様が食べる量がここのところ増えたらしいな」

「ああ、俺も聞いた。そういえば慶次が最近は景勝がよく道場に来ているとも言っていたなぁ」

「かなり活発になったという事か?」

「「さぁ・・・・・・どうだっけ?」」

 

 景綱の疑問に仲良く首を同じ方向に傾げる颯馬と兼続。何故か互いにそれが無性に腹が立った。

 

「俺に聞いてんだ!」

「何だと!? 私の方が気にしているんだ!」

 

 訳の分からないところで言い争いを始める二人に景綱は少々呆れたように溜め息を吐いて面倒くさいと思いながらその場を去った。

 その頃、間食の団子をたくさん食べている景勝を謙信が隣で少し心配そうな顔をして景勝を見ていた。

 

「・・・・・・」

「大丈夫なのか景勝、最近よく食べるようになったが、お腹を壊さないか?」

「ん、大丈夫。その分、動く」

「そうかそうか、景勝はこれからだからな」

「ん、頑張る」

 

 景勝は力強く頷くが、どう考えても噛み合っていない気がすると遠目でそう思いながら慶次はその場をすーっと立ち去った。

 ちなみにその火付け役は仕事部屋に監禁されていた。 

 

「師匠~たった一日じゃないですか~何でこんなにあるんです?」

「うっさいなー! 働けって言ったら働け!」

 

 戻ってくるのが予定よりも一日遅かった事を官兵衛に良いように利用され、更に彼が出し抜いた軍師四人による理不尽な仕事の押し付けをされていた。

 

「(これ、平成ならパワハラで訴えられないかな~)」

 

 しょうもない事を考えながら龍兵衛は目の前の資料を片付けるしか術が無かった。 

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