上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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第七十七話 恐怖体験?

 長重達は謙信達よりも先に越後に戻り、降伏した安東愛季を蟄居させていた。

 安東の土地は代官として後詰めの色部長実と本条繁長が残り、正式な沙汰が出るまで二人が取り仕切ることになっている。

 長重個人としては主君たる謙信を裏切ったという怒りからその場で首を跳ねたいと思ったが、当の謙信からしばらく生かしたままにしておくようにと命じられた以上はそうしなければならない。

 舌打ちしたい気持ちを抑えて長重は新発田城に待機していた。

 長重を苛つかせているのはそれだけでなく、葛西・大崎に大打撃を与えたのは良かったものの、当主の葛西晴信と大崎義隆を取り逃がしたことである。

 他にも上杉に降ることを良しとしない安東家の一派が密かに逃げ出して檜山系の安東氏残党が北秋田郡を奪ったのだ。

 不完全な終わりをしたのは何も謙信達だけではないという訳だ。

 無論、長重達にも謙信達が佐竹と色々と揉めたことは知らされている。

 自分達だけが良い思いを出来るとは思っていないし、他の大名達が必死なのは分かっている。それでも報告で受けたような敵に出し抜かれたような事を聞くと面白くないと思ってしまうのは個人の感情移入がある為に仕方ない。

 成実や秀綱を手合わせの相手にして気を紛らわす一方で謙信達がそろそろ帰ってくるという報告を受けたのは長重が佐竹との一件を耳に入れてから約一週間後のことである。

 その日は夏前にやってくる雨期を象徴するかのように少し肌寒く、強い雨が地面に落ちる度に音を立てて降っていた。

 

 黒川城にて二手に別れた南東北の討伐隊は合流して一旦そこで一息つくことになった。

 政宗に対して謙信は勝手な行動を叱りながらも景勝のあらぬ風聞を乗り越えて、逞しくなった姿を見て軽い訓戒処分で済ませた。

 宴では景資が相馬盛胤の最期を話して謙信に帯同していた諸将を涙させ、少しばかり緊張した雰囲気が続いていた政宗と定綱だが、それを憂慮した親憲が持って来ていた女装用具で笑いを誘わせ、一応は和解させた。

 これはどうでもいい話だが、弥太郎が酒を飲んで安定の大暴れをしている時、兼続が控えるように言ったが全く聞かないので戦前同様、龍兵衛に援軍を頼んだが、龍兵衛が言おうとした矢先に耳元で弥太郎に何か囁かれると俺には出来ないと言って逃げ出したらしい。その中で謙信は終始ご機嫌だった。

 

「随分とご加減が宜しいようですね、謙信様」

「うむ、悩み事が一つ解決したからな」

 

 景家から指摘されて表情を引き締めるが、見るからに気分が良さそうである。

 景勝達からすれば佐竹との交渉で上手くいかなかった謙信達は苛々で殺伐としていた雰囲気が出ていると思っていたが、謙信を見てそうでもなかったので拍子抜けしたのは秘密である。

 ちなみに小手森の一件で憔悴していると思いきや景勝でさえも案外そうでもなかったのに少しばかり拍子抜けしたのは謙信達の心に閉まってある。 

 

「(帰って颯馬に会ったらあの表情が般若の如く険しくなるんだろうなぁ・・・・・・)」

 

 龍兵衛は颯馬に件のことを言っていない。

 酔っ払った弥太郎が兼続を張り倒したお陰で彼女から逃げ切った龍兵衛は謙信を見てますます恐怖を抱いた。

 慶次からの報復が無いのを見るとあの時謙信は自分から聞いたことを言わなかったようなので龍兵衛は内心ほっとしている。

 しばらくはぼーっと全員が盛り上がる光景を眺めていた龍兵衛だが、酒が進んでいないのを見た景資が彼に酒を進めると彼もその輪の中に加わっていった。

 一刻程で宴が終わり、梅雨の時期にやってくる冷たい風の吹く夜はどこか淋しさがあって今の自分にはぴったりである。

 そんなことを龍兵衛が思っているとどこかで二次会を行っているのか女性二人の笑い声が聞こえてきた。

 その時、彼の危険を察知する第六感がそこに行ってはいけないと語り出した。その一方で頭の中ではそこに行って聞いてみたいという師匠譲りの好奇心がもたげてきた。

 ゆっくりと近付いて声の主を確かめる。人によって行くか帰るか決めることにしたのだが、分かった瞬間に彼の身体は勝手に防衛反応を出して引き下がってしまった。

 

「(間違いない。弥太郎殿と慶次だ)」

 

 会話を聞きたいなんて思って近付いてばれでもしたらとんでもないことになる。

 龍兵衛は想像するだけでぞくぞくと背中に悪寒が走った。

 やはり、今の龍兵衛には自然の寒さよりも悪寒が一番よく似合う。

 文字通りに身体を百八十度回転させると龍兵衛は何故か走ってその場から去って行った。

 その向こう側から一人の人影が現れたのを彼は知る由もない。

 

 

 

 報告を受けた長重達が新発田城で謙信達を待つこと十日間、謙信と景勝を先頭にして勝者のゆったりとした歩みで上杉軍は帰還した。

 その場にて高々と勝利を宣言すると待っていた兵は皆が謙信の威風堂々とした立ち振る舞いに大きな声を上げた。

 歓声は蟄居を命じられていた愛季にも聞こえてくる。

 愛季にとって謙信の帰還は死神が自分の下にやってきたことと同じようなものである。謙信の一声で自分は処刑されるに決まっているのだから。

 思い返せば昨日の夜、土佐林禅棟が自身の下にやってきて蟄居は今日限りと言っていた時点でもう命運は決まっていたのだ。否、どう考えてもそうだった。

 禅棟は変わることのないのっぺりとした表情で愛季に言い渡すと用事はそれだけだと立ち上がり部屋から出ようとする。

 愛季は自身の命よりも安東家がどうなるのかだけが気になっていた。小手森の一件も考えると上杉が安東を皆殺しにする可能性は否定出来ない。

 慌てて禅棟を呼び止めると愛季は安東を上杉が滅ぼすのかどうかを単刀直入に聞いた。

 

「ありなんありなん。謙信様のお気に障る事を言えば、さもありなん」

 

 禅棟は曖昧にうむうむと頷いているだけで全く表情を変えない。これが彼の老獪さを実に良く出している。

 だが、愛季にはそのようなことを考えている暇はない。

 

「では、私が頭を下げれば寛大な処置をして頂けるのですね?」

「寛大、寛大。謙信様の慈悲深きお心は海の如くよ」

 

 うむうむと頷きながら謙信が褒められたことで再び部屋を出ようとしている禅棟の機嫌がよくなったのを見計らい、愛季は最も気になっていたことを聞くことにした。

 

「では、何故に寛大な謙信殿が小手森城の人々を皆殺しに?」

「皆殺し、皆殺し・・・・・・」

 

 禅棟は振り返って一度だけ愛季を睨み付けると部屋を出ながらこう言った。

 

「お主も最期の時を心して過ごされい」

「(どっちなんですか!?)」

 

 結局、禅棟との対話では全く謙信の方針が分からなかった。それでもなんとなく察した。

 明日、自分は殺されると。

 恐怖がある訳ではない。ただこの人生の虚しく、なんとも家臣に振り回されたことか。

 一時の欲に家臣は目がくらみ、浪岡顕村達を引き止めもせずに流された。何とかなると思っていたことが第一の原因である。

 結果的に顕村は死に、戻るにも戻れない状況に追い込まれ、生き残る為に必死になって戦った。

 だが、軍神に東北の雄達を相手に勝てる見込みなどありはしなかった。責任を持って腹を切る他あるまい。

 

「お前に戻りたいという意思があるのなら許してやっても良い」

 

 翌日、そう考えていた為に謙信の言葉には唖然とするしかなかった。

 唖然としているのは愛季だけではない。他の諸将もあんぐりと口を開けている者や何か言いたげに謙信を見ている者。「このような不忠者、上杉に必要ありません!」と叫ぶ者までいる。

 純粋に知りたい。何故に自分を許すのか。

 

「・・・・・・それだ」

 

 何を言おうか考えていると謙信が愛季をじっと観察して突然言った。

 

「・・・・・・は?」

 

 理解出来ないのは愛季も他の面々も同じである。しかし、謙信は全く気にする素振りを見せずに自分だけが納得したような笑みを浮かべてさっさと部屋から出て行った。

 納得しない者の一人が慌てて謙信に付いて行く。

 

「謙信様、どういうことですか? 私は納得出来ません!」

 

 背後から聞こえてきたのは兼続の声と二人分の足音。一人は兼続でもう一人はおそらく彼女を止めに来た人物。

 

「よせ、謙信様は前々から決めておられたんだ。今更覆す訳もないだろう」

 

 龍兵衛であった。振り返らずとも二人で落ち着け、落ち着いていられるかと冷静と熱さの言い争いを行っていることが分かる。

 

「(もし仮に定満がいてくれたらたった一言で止めてくれるものだが・・・・・・)」

 

 やれやれと首を振って振り返るとそれに気付いた二人はそこで諍いを止める。

 定満よりも楽かもしれない。

 何てことを思いながら謙信は家臣に納得する者が少ないだろうということは最初から分かっていた。

 兼続には言っておかないとまたやってきそうなので今の内に前から聞いていた龍兵衛に説明させる。

 

「要は、寛大なお心を見せるということですか?」

「まぁ、そうだな。だが、誰これという訳ではないぞ」

 

 納得したように頷く兼続をよそに「な?」と龍兵衛を見ると彼は無言で、苦笑いで頷く。

 兼続はその点については納得しながらも疑問はまだあった。

 

「しかしながら、安東愛季はまた寝返るとお思いにはなりませんでしたか?」

「それはない」

「え?」

「龍兵衛、分かるか?」

 

 いきなり振られて驚きながらも大柄な身体を伸ばして眉間に皺を寄せて腕を組んで考える素振りを見ると上から睨み付けているようで子供が泣きそうになる顔をしている。

 そして、すぐにこれかなと自信がないように首を傾げながら答えを出した。

 

「安東愛季が、謙信様に向けていた目ですか?」

「そうだ。愛季の目は何故己を許すのかという疑問が純粋に語られていた。さらに禅棟に聞いたところあれは昨晩、己のことよりも配下の者のことを気にしていたそうだ。まぁ尤も、私はあれの性格は善良であると分かっていたがな。愛季は家臣に恵まれていなかっただけだ」

 

 そこまで言い切ると謙信は呆気に取られている二人が全く同じ大きさに口をぽかんと空けているのを笑いながら立ち去って行った。

 

「分からんなぁ・・・・・・どうしたらあのような観察眼を手に入れることが出来るのか?」

「謙信様には毎度驚かされるが、これほど驚いたのは私も初めてかもしれん」

 

 全ては謙信の優れた人を見抜く力の賜物。だからこそ一度離反した者でも懲りた者ときりがない者とを見分けることが出来る。

 そんなもの持っていない二人にとってこの辺りが近くにいるのに遠く感じるところである。

 

「しかし、謙信様は甘くないか?」

「俺も最初に聞いた時、同じことを思って聞いたよ。だけど謙信様は『甘いのではない。寛大なのだ』と言われていたけどな」

 

 謙信が立ち去った後の廊下を眺めながら二人は溜め息を吐いた。

 結局、安東愛季は謀反の罪を許され、山本郡だけを残し、他の領地を大きく削られてしばらく春日山城に謹慎することになった。

 そして、上杉家に恭順することを誓った戸沢盛安には本領と雄勝郡を除いた上浦郡全てを与えられた。

 なんだかんだで勝利は掴んだもののあまりいい形の勝利ではないということで春日山城に残っていた颯馬達もさほど大きく喜ばずに労をねぎらうだけで謙信達を出迎えた。 

 春日山城に戻ったのは久方ぶりの謙信達にとって長く空けていた間に起きた国外の情報はしっかり把握していなければならない。

 正式な論功行賞は既に新発田城で終わらせている為にすぐに軍師達は集まったが、そこで颯馬から耳を疑うような報告を聞いた。

 

「織田が武田を諦めた?」

 

 兼続の声が少し大きく感じたのは他の者が疑問を口に出さずに黙っているからだろう。

 聞けば武田は織田がこれ以上大きくなるのを危険視し、攻め込んだところ数の差は否めずに多大な損害を出した。

 ところが、織田軍は追撃することなく撤退したという。

 代わりに今川が動いている訳でもないので疑問が尽きないそうだ。

 織田の本国で異変が起きたと考えるのが妥当であるが、そのような報告は来ていない。 

 ひとまず確かにある情報の整理が必要と謙信は颯馬に詳細の情報を聞くことにした。

 

「武田はどれほど被害を出した?」

「細かくは分かりませんが、おそらく半年から一年は掛かると間者は言っておりました」

「織田の被害は?」

「それほど出ているという報告は・・・・・・」

「ますます分からんな。何故に織田は撤退したのか・・・・・・?」

 

 喜ぶのは織田には誰もいない。武田は喜ぶかもしれないが、上杉にいる信州出身の村上義清がもっと喜んで謙信に「行くべきじゃ!」と勇んでやってくるだろう。

 それを知らない織田信長ではない筈だと官兵衛や龍兵衛といったこの中では信長を一番よく知っている二人が言った。

 協議は混迷するかと思われたが、案外簡単に答えは出てきた。

 

「北条が密かに織田と手を組んでいると考えると全ての辻褄が合うな・・・・・・」

「え? 龍兵衛、何?」

 

 ぼそりと言ったつもりだったのが隣に座っていた官兵衛には聞こえていたようで官兵衛の声で龍兵衛に視線が集まる。

 

「武田との戦となれば謙信様は間違いなく出陣しますよね?」

「・・・・・・・・・・・・そうだな」

「「(今の間はなんだ?)」」

 

 謙信をまだよく分かっていない官兵衛と景綱が訝しげに見ているが、よく知っている三人は気にしない。

 

「なるほど、謙信様が武田に目が行っている内に北条が越後を攻め取るということか」

「しかし、それを織田が了承するのか?」

「兼続の疑問はもっともだ。だが、織田が今、こちらに構っている状況ではないとしたら如何でしょう?」

「背後に不安・・・・・・将軍家と三好、あれらと手を組む者達がそろそろ動くと?」

 

 龍兵衛が一つ頷くと他の軍師達も合点が行ったようだ。

 今、北条が攻めている里見は房総半島一帯を領有する大名。すぐに落ちないのは分かっているが、北条がそれを攻めているのはいずれ武田に攻め込むであろう上杉に今は大丈夫だと思わせる腹で実際は里見を本気で攻め取るつもりはないと見て良い。

 織田も馬鹿ではない。北条が仮に越後を取ったとしても最終的に謙信がいなくなって混乱する越後・東北を北条が纏めている間に全て絡め取るのは目に見えている。

 それでも早雲が織田と手を組んだのはそれを上回る考えがあるからであろう。

 

「あくまでも今は推測の域を出ませんがね・・・・・・」

 

 六人で一つの仮説からとんとん拍子で話が進んだので少し焦った龍兵衛はちゃんと釘を差しておいた。

 

「これで終わりだ。後、何か言いたい事のある者はいるか?」

 

 颯馬が謙信不在の間に任されていた仕事について聞きたいと言った。それ以外にいないのを見て謙信は散会を宣言する。

 外を見るすっかり日も沈んで夜になっていて、廊下もめっきり冷えている。

 一人になったところで龍兵衛は何故か女中達にクスクス笑われていたが、それはあまり気にせずに人の不幸を想像して笑っていた。

 対象は言うまでもなく颯馬である。よく考えれば謙信に自分は金欲の塊であるという勘違いを植え付けたのに仕返しをしようとしていたのでこれは良い機会だった。

 大成功に一人で肩を震わせて笑っていると後ろから足音が聞こえてきたので顔を手で覆い真面目な顔に変える。

 振り返ると慶次がいた。ちなみに慶次の方にも仕返しをしようとしていたので謙信への密告は龍兵衛の企みが思わぬところで成功してあっさりと終わった。

 彼を見ると怒ったような目をして睨んでくる。

 

「(ま、そりゃそうか・・・・・・)」

 

 あの時、慶次の下に謙信が駆け込んだということは龍兵衛が言った以外に有り得ない。

 ざまをみろと思う反面あの謙信の折檻は龍兵衛をも震え上がらせたのでさすがに可哀想だと思い逃げないで素直に謝っておくことにした。

 

「どうもすいませんでした」

「分かってはいるのね?」

「(声が真面目。かなり怒ってるな、うん)何があったかは知らないけど」

「これ見てよ」

 

 手首と足首に縄目の跡。大分きつく絞められたのか今だに跡が残っている。

 しかし、あの日から龍兵衛は慶次をそれとなく見ていたが、荒縄の跡など無かった。

 

「どうやって隠してたんだ?」

「水原さんのをちょっと拝借したのよぉ」

「なるほど・・・・・・で?」

「『で?』じゃないわ。けんけんは?」

「颯馬と一緒に仕事中」

「・・・・・・分かっているんでしょ?」

「・・・・・・仕事という名の仕置きだな」

 

 二人の仲を知らない上杉家の人を逆に見てみたいものである。  

 

「謙信様って意外と嫉妬深いんだな」

「女性っていうのはそういうものなのよぉ」

「勉強になります」

 

 大分怒りが収まってきたのか言葉遣いがいつも通りに戻りつつある。

 

「話が逸れたわ。どうすんのこれ」

「忘れて・・・・・・無理か」

「どうやったら忘れられると思う?」

 

 収まっていた少し怒りが込み上げてきたようだし、逃げるのが一番と思い身体を反転させようとしたが、背後から「逃がすと思って?」という威圧の利いた声が聞こえてきた。

 

「(どこの極道だよお前)忘れてくれる条件は?」

 

 酒の代金二ヶ月に延長などと言われそうで冷や汗をたらりと流していたが、慶次は龍兵衛に身体を近付けると背中に回って何かをぺりっと剥がした。

 まさかと思い、振り返ると慶次が『変態』と書いてある紙をひらひらさせていた。

 

「気付かなかったのねぇ」

「あ! 道理で女中達がけらけら笑っていると思ったら!」

「そうよ~あたしがこっそり貼ったのよ~」

 

 背中を慌てて気にするが、さすがにもう紙は貼っていない。良い顔で笑っている慶次は仕返しが出来たのか実に満足げである。

 帰ってきた途端にこれだから龍兵衛は呆れかえってものも言えない。

 

「まさか、これが条件?」

「そんなわけないでしょ。ここからが本番よぉ」

「本番?」

 

 全く分からないというように首を傾げている龍兵衛に慶次は腕にくっついて密着させてきた。

 

「(また酒の酌か? 嫌だな~)」

 

 胸を当てないでほしいということを言ってもどうせ聞かないのでそこはほっといておく。

 しかし、慶次は予想外の行動に出た。顔を赤くしてどこに持っていたのかとある物を取り出した。荒縄である。

 

「えっ?」

「けんけんに縛られた時にあたし興奮してたみたいでぇ、今も颯馬っちがけんけんにこうされてると思うと、ね・・・・・・」

「えっ、えっ?」

「戦続きで溜まってるんでしょ? 一晩だけで良いからぁ、あたしが相手しても良いのよ」

 

 慶次の目が真面である。龍兵衛はどん引きである。

 つつつと迫る音とすすすと下がる音が静かな夜に聞こえている。

 周りを見ると誰もいない。救援が欲しい時に来ないのは戦でも城内でも同じことだ。

 

「他の誰かを当たってもらえませんか?」

「気心知れてて、あたしを弄んだのは颯馬っちと龍ちんだけよぉ。だからぁ・・・・・・」

 

 とどめと言わんばかりに慶次はさらに胸を押し付けてくる。

 こうなった以上、龍兵衛に残された道はただ一つ。

 仕方ないなと首をすくめて慶次に向き直り、荒縄を受け取る。

 

「三十六計逃げるに如かああぁぁず!」

 

 慶次が油断した隙を見逃さず、腕を振り切ると龍兵衛は脱兎の如く駆け出した。

 

「あ!? 待ちなさーい! そう恥ずかしがんないでぇ! 龍ちんも役得でしょー!」

「でかい声でそんなこと言うなあぁぁ!(各々方、慶次が変態になったで御座る!)」

 

 龍兵衛は死に物狂いで逃げ続けた。

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