上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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どちらかというと幕間っぽいかも・・・・・・


第八十三話 上に立つ者 

 

 辛い。その言葉が今の上杉家中の現状に最も当てはまる言葉だ。

 東北の火種であった安東・葛西・大崎らに勝利してから早くも一年が過ぎようとしている。にもかかわらず未だに回復が出来ないのは戦に次ぐ戦で田畑が荒廃し、人が逃げ出して戻って来ないからである。

 越後から東北は寒冷な気候の為になかなか作物が育たない。

 土地に有効な作物の改良や堆肥の作成を龍兵衛が農家と協力してやっているとはいえ時間が待ってくれない。

 先日も越後の川に堤防を築き、湿田から乾田への変更を龍兵衛は提案したが、主要な四つの川に堤防を築く案は採用されたものの、予算が纏まるかはかなり不透明で、意見を聞いた農家からの反対もあって乾田への移行は見送りとなった。

 今は平野の多い越後東側にある信濃川と阿賀野川を中心に堤防の建設が進められているが、何分この方面に関して長けている人材がいない為に四苦八苦している状態だ。

 その代わり商業政策は歯車が噛み合っている。日本海側という交易に不便な面もあるが、直江津には土崎湊から入ってくる産物や時折ではあるが、京・堺からやってくる品との貿易が盛んになっている。

 だが、食料がなければ生きていけないのが人間である。金があってもそれが飯に換わらなければ何ら意味がない。

 越後から東北にかけての欠点、金があっても飯が無い。それが顕著に出ている。

 腹が減っては戦が出来ぬというが、他の国から何かを買おうとしても結局は高く付くのだからやはり自国で作るのが一番手っ取り早いのだ。しかし、口では簡単に言えても実行は難しい。

 今一つ農業が上手く行かないのが上杉家の立て直しが進まない原因である。

 また、立て直しが上手くいかないのは上杉に降伏した他の家々にも当てはまる。

 伊達政宗は上杉に対する名目上は出仕として、実際は人質として春日山城にいる。本来なら父の輝宗と共に米沢城にて上杉に付き従って後に伊達軍が被った東北の諸勢力との対峙で出した犠牲の立て直しを図る時であるが、上杉に降るという決断をしたのは自分自身である以上我が儘を言うことは許されない。

 上杉軍の立て直しを手伝っている為に暇という訳ではないのだが、久々に故郷の空気を吸ってみたいという欲求が出てくる。

 近くに頼りになる友がいる為、一人で中に溜め込むというようなことはないが、こればかりは抑えきれない。

 

「やれやれ・・・・・・」

「梵天丸らしくないな。まったく、別に割り切ってしまえば良いものを」

 

 自分以外は誰もいないと思っていた政宗は驚いてバネが反動したように振り返ると二間程後ろに彼女を幼名で呼んだ神職の服を身に纏った友がいた。

 

「・・・・・・居たのか」

「ああ」

 

「随分前からな」と悪戯が上手くいったような笑いをみせる友に政宗は恥ずかしさを誤魔化すようにもう一度溜め息を吐いた。

 この様子だと自分が最初に吐いた溜め息の意味も察しているに違いない。

 

「そんなに米沢城に戻ってみたいならさっさと謙信様に言え、笑って許すさ」

「そうはいかん。伊達の当主として私の面子に関わる」

「素直に言えば謙信様も喜ぶと思うのだがな」

「私情によって動こうとすれば謙信殿は呆れるやもしれん」

「謙信様は随分私情を優先する時が多いぞ。お前も聞いたことがあるだろう? 川中島や上洛帰りの戦での行動を」

「それらは致し方ないからの行動だ。戦と平時を一緒にするものではない」

「普通は平時に私情を優先するものだ」

 

 ああ言えばこう言うの繰り返しで全く決着が付きそうにない。

 友である景綱はすっかり上杉家中に馴染んでいる。長い間囚われの身として春日山城にいたというのが第一の理由であるが、興味深いことに気を引かれる性格の彼女にとってこの上杉家中は絶えることない楽しさがあるのだろう。

 それに政宗が何か言うことはない。しかし、景綱のように毒されたまでには行っていない。景綱の場合は上杉家のような気質に好感を持ってそれに付き合っていると言った方が正しいかもしれない。

 政宗自身も上杉家の面々に悪い気を抱いたことはない。むしろ面白いとさえ思っている。しかし、伊達家当主として上杉家に傾倒するような真似は許されない。 

 

「何時までもへそ曲がりでいてもこの家では通用しないぞ。謙信様以下上杉家の方々は皆が本音を出し合っているのだからな」

 

 わざとらしく溜め息混じりに言う景綱に政宗は少しばかり機嫌が悪くなった。同じ師に教わりずっと共に生きてきた友は自身のひねくれをよく知っている。

 にもかかわらずそれを少しばかり抑えろと言ってきた。

 政宗もこの春日山城で上杉家の面々と接してきてかれらがどのような人達なのか十分分かっている。

 本音を隠そうとしている者もいるが、結局は誰かが原因で己の本音を晒け出してしまう。それが上杉の家風である。

 

「面白いか?」

 

 怪訝な表情を浮かべる政宗にとっては上杉家ははっきりし過ぎている気がしてならなかった。表裏がないというのは好ましいが、本当にそれで良いのだろうかと思ってしまう。

 戦で制限されていた行動を平時に晴らすように思いっ切り動きたい思いがそうさせているのだろう。

 

「ああ、面白い」

 

 しれっと言う景綱の返答は予想通りであったが、以前であればもう少し躊躇うような素振りがあった筈だ。

 良く言えば、自分の心に素直になれる時間があり、相手になる友がいる。悪く言えば、お人好しで味方に騙されて悪戯に嵌まる。

 簡潔にすれば政宗の上杉家の面々に対する人物像はそのような感じだった。

 政宗にも本音を語れる友がいる。しかし、今回の自分が思っていることはあくまでも私心である。しかも今回は友にではなく自身が降伏した相手である。

 言うのは易いが、それを言い出すまでが政宗にとって辛い。本音をあまり出さずにひねくれた性格になるように育ったが故の足の重さだ。

 その心境をも悟ったように景綱はくすりとまた笑い出した。

 

「本当に梵天丸らしくないな」

「どこがだ?」

「いや、何でもない」

 

「気になることを言うな」と睨み付けるが、景綱は何のその。笑いを必死に堪えて、今にも吹き出しそうにしている。

 何かおかしいことをした覚えはない筈だ。やはり、あったかもしれないが、そんなに顕著に表れていたであろうか。

 

「答えが欲しいか?」

「伊達家当主としてな」

「なら仕方ない。そのひねくれぶりがぎこちなく見えたんだ」

 

 要は景綱から見た先程からの政宗はいつものようなひねくれが堂には入っていないということだ。 

 悪い笑みを浮かべる景綱に何か言ってやろうとしたが、政宗自身も少し自覚があったので言い返せない。

 自分が思っているよりも久々に米沢に戻りたいという思いがかなり溜まっているらしくさっと否定出来ない。

 それがどうも可笑しく映ったようで景綱は笑いを堪えている。

  

「何でも良いから行ってみてばいいだろう?」

「いや・・・・・・その・・・・・・」

「ど~い~て~!!」

 

 簡単に背中を押そうとする景綱から逃げる為に政宗が迷っていると彼女の背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

『どだだだだ』という足音と共に慶次が走って来る。避ける為に移動するとさらにその後ろから今度は兼続が般若のような顔付きで追っている。

 

「こら! 逃げるな!!」

 

 逃げるなと言っても何かやらかして逃げない方がおかしい。そんな他愛もないことを思いながら二人が通り過ぎるのを見送ると中庭に飛び降りた慶次と兼続、二人は同じ所を通ろうとした筈だった。

 

「きゃあ!?」

 

 先頭の慶次だけが消えた。というより慶次だけが落とし穴に入ったのだから消えて当然だった。

  

「痛ったぁ・・・・・・ここにかっつん用の落とし穴掘っていたの忘れてたぁ」

「ほー景勝様用の・・・・・・私の本を水浸しにしたはまだ許せるが、そうかそうか・・・・・・」

「いやいやぁ、だったらさっきのおっかない顔はなんなのぉ?」

「なに、さっきまでは優しく諭してやろうと思っていただけだ。しかし、気が変わった。次期当主たる景勝様の身に何か起きては遅いからな・・・・・・さ、手を貸してやろう」

 

 兼続が慈悲のある優しい声を掛けているが、なかなか手が出てこない。慶次は躊躇っているのだろう。助けてもらっても説教が待っている。

 政宗は喰らったことは無いが、正論に正論を重ねてくる為にかなり堪えるらしい。

 一番説教を喰らっている慶次はそれを痛い程に分かっている筈。なのに懲りないのはもう慰めの仕様がない。しかし、助けがなければ深く作ってある穴から出ることは出来ない。

 穴の中で慶次がどうしようか迷っているのが想像出来てしまい政宗は景綱と一緒に笑ってしまう。

 少し経った後に慶次の手が穴の中から伸びてきた。兼続がそれを見て悪そうな笑みを浮かべているのは誰も気にしない。

 慶次が兼続に助けられながらようやく顔が出てきた。これから説教かと政宗達が思っていると。

 

「えぇ~!?」

 

 何が起きたか分からないという悲鳴を上げて慶次はもう一度落とし穴に落ちていった。

 

「おや、前田殿ではないか。何故にこのような場所に? ああ、なるほど、自分で仕掛けた落とし穴に落ちたのか!? 本当にまぬけだな! 前田殿は!」

 

 悪意しか感じられない大声での言い方と兼続の満面の笑み。それを見て聞いた女中達が笑っている。

「そんな大声で言わないでぇ~」という声が地中から聞こえているが、兼続はそんなことを気にも留めず、どこかへ去ってしまった。

 

「あそこまで遊んでいるとかえって清々しく思えないか?」

「少しやり過ぎている気もするが」

「行ってみて当たって砕けろだ。謙信様なら大丈夫さ」

 

 あれぐらい真っ直ぐに謙信に言ったらどうだという景綱の言いたいことは分からなくはない。かなり強引に背中を押された気しかしないが、仕方ないと政宗は謙信の下に向かうことにした。

 あまり行きたくないという思いとは逆に足取りは非常に軽い。

 だが、行ってしまえば楽なものだった。部屋の雰囲気がそうさせたとも言える。謙信は政宗から事情を聞くと最初こそは真剣な表情で聞いていたが、段々と堪えられなくなったのか最後には声を出して笑い出した。

 気恥ずかしそうに政宗は謙信を睨むように見る。謙信は「すまん、すまん」と謝ってはいるが、声が震えていて明らかに笑いが収まらない様子だ。

 めったに私情を申し上げることがない政宗が気恥ずかしそうに晒け出した私情が謙信の笑いのつぼをつついたらしくなかなか笑いが止まりそうにない。

 政宗からすれば恥ずかしいので早く笑いを収めて是か否かはっきりしてもらいたい。

 しばらくしてようやく笑いが収まった謙信だが、まだ表情は笑っている。しかし、先程の大笑いの時とは違う、どこか慈母のような笑みであった。

 

「ようやく、お前もか。それこそ正しい訴えというものだ」

 

 謙信の言葉に政宗は頭の中で思い返す。先日、最上義守が山形城への一旦帰還し、代わりに氏家定直がこの春日山にやってきた。

 その際に義守が戻りたいと言ってきた理由が義光から来る手紙が日に日に切迫したものになってきて、終いには『妾のことはもうどうでもよくなったのか? 妾は死にたい』とまで書かれた手紙が届いた為にこれは駄目だと思ってしょうがなく腰を上げたそうである。

 それは義光の駄々っ子がいけないのではないかと政宗は思ったが、謙信は察したようにいやいやと首を振る。

 

「義守も気丈に振る舞ってはいたが、ところどころで山形城に戻りたいという思いがあるようなことをしていたからな」

 

 そんなこと政宗が分かる筈がない。そういったことに対する洞察力は謙信に適わないと思いながら政宗は頭を下げて礼を述べる。

 当然のように謙信は気にするなと微笑みながら手をひらひらさせる。

 政宗にはそれが真の母親のような優しい笑みに見えた。病から隻眼になった故に母親から疎まれ、見放されるような物言いをされたのは頭の記憶の中に残っている。

 母親のような優しさがあるのは普段の景勝とのやりとりで分かっていた。義理の間柄にしろ政宗にとって謙信と景勝のやりとりは新鮮なものであったが、こうして自分が直接感じてみると政宗は自身の経験がある為にむず痒い感じがする。

 だが、面倒だとかうっとおしいという感情よりもああ、温かいという思いがあった。

 上杉家の面々がああして日々を楽しそうに動いているのは謙信の包容力が自身が思っていたよりも深く影響しているのだと思えてくる。

 故に謙信の理想を解する人物は謙信に歩み寄って支えようという気になるのだろう。

 母親の愛を知らない政宗にとって謙信は母親のように感じられた。

 景勝がああして慕っているのもそういうことなのかもしれない。結局は謙信の包容力が恐ろしい程に大きいものであるからなのだろう。

 政宗はそう思いながら謙信から許可を得て代理の者が来るのを待って米沢城に帰ることを許された。

 

「本当はすぐ帰してあげたいのだがな。家臣達がうるさくてしょうがない」

 

 義守の時もすぐに許したらしいが、弥太郎や龍兵衛から「もう少し慎重になって下さい。義守だから良いですけど、他も真似しますよ!」と散々に言われたらしい。

 それを溜め息混じりに言う謙信も謙信であると政宗は思ったが、米沢城に帰れるという思いが強く、気付けば嬉しそうに頭を下げていた。

 

 

 

 

「弥太郎殿、たしか政宗殿が米沢に戻ったのは故郷に帰るのもそうですけど父君である輝宗殿に会いたいと思ったからですよね?」

「ああ、謙信様もそう言っていたな」

「じゃあなんででしょうねぇ? 輝宗殿には使者を出していた筈なのに・・・・・・」

「私が知るか。颯馬、お前が輝宗殿の立場だったどうする?」

「当然、政宗殿を米沢城で待ちますよ」

「私もだ。でも何故だ?」

「何故でしょう?」

 

 開いた口が塞がらないままに弥太郎と颯馬は見ている。何故か政宗の代わりに来た輝宗が春日山城にいることを疑問に思いながら目を点にしている。

 その輝宗は先程から龍兵衛や兼続と話している。とはいえ二人共驚きを隠すのがやっとといった状態でどうにか会話を繋いでいるという状態だ。

 

「あんな父親を持って政宗殿は可哀想だな・・・・・・」

「ええ、まったく。ああはなりたくないですよ」

 

 一週間程経ち、春日山城にやって来て廊下を堂々とした姿勢で歩く輝宗に何も迷いは無い。それを後ろから見ている案内役の二人の内、龍兵衛が恐る恐る尋ねてみた。

 

「しかし、何故に輝宗殿が?」

「ははは、心配するな。政宗が米沢に着くまでは左月が公事の指揮を執ってくれる。あれなら間違いあるまい」

「いえ、そこではなくてですね・・・・・・」

 

「なぁ?」と兼続を向く、兼続の方もかなり言い難そうに苦笑いを浮かべている。

 

「なに、政宗には少しばかり痛い目にあってもらわなねばな」

「「は・・・・・・?」」

 

 見事に二人の声がはもった。

 

「まぁ、ちょっとした意趣返しよ」

 

 楽しそうにしている輝宗の後ろで二人はなんとなく察しがついた。 

 

「ありゃただの親馬鹿だな・・・・・・」

「ああ・・・・・・」

 

 輝宗に聞こえないように言った龍兵衛の言葉に兼続は頷くと二人は共に溜め息を吐いた。

 輝宗も政宗に会えなくて寂しかったというわけだ。 二人は謙信が輝宗から書状を受け取った時、政宗の代わりに誰が来るのか聞いたのに謙信は教えてくれなかったと言っていたことを思い出した。

 謙信も加担していたとなるとよく出る茶目っ気がまた出たということになる。

 龍兵衛はどこか不機嫌そうに首をコキコキ鳴らしているのを兼続が「後にしろ」と咎めると小さく咳払いをして表情を引き締めた。

 

「まぁ、ほどほどにな」

「ああ、ほどほどにしよう」

 

 しかし、兼続が呟くと龍兵衛も呟いてここにはいない人物に向かってたいへん良い笑顔を浮かべた。

 これは後のことだが、輝宗は結局二ヶ月で鬼庭綱元と交代で米沢城に帰っていった。この強引な幕の裏に兼続と龍兵衛が謙信と輝宗に説教を喰らわしたことがあるのは言うまでもない。

 さらに輝宗は米沢城で政宗に説教を喰らい、二重の苦しみを味わい、しばらく体調不良になった。

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