上杉の章 新たな兵衛   作:北極星

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無茶苦茶な理屈のオンパレードですが、如何せんこういう風にしか書けないのです・・・・・・


第八十七話 捨てるもの

 見える旗印には見覚えのあるものが殆どだった。

 富樫の『八曜紋』神保の『竪二つ引き両』畠山の『足利二つ引き』の三つの種類の旗がたなびいている。

 北陸の諸大名の揃い踏みということは明らか。その中で一番多く風に揺られてたなびいている旗は富樫の旗だ。富樫晴貞が一向一揆勢の実質の総大将なのだから当然である。

 その隣や各所に別れている畠山と神保の旗。それで一向一揆勢がどのような配置をしているのかがよく分かる。

 民兵が相変わらず先頭に立っているのが、その後ろでかれらの援護が出来る場所と中央で富樫の軍勢に囲まれるように二つの家の旗は立っている。

 それを城内の櫓から見ていると自然と龍兵衛は溜め息が出てきてしまう。

 どう見ても神保と畠山は前に攻め込むしかない。仮に下がろうとすれば間違いなく富樫に斬り捨てられるだろう。

 二つの家の戦力を削って自分達は高みの見物により富樫に頼らざるを得ない状態を作ろうとしている考えが見え見えで、富樫が一番上に立とうとする野心だけが切実に見えてくる。

 その利己的な野心だけは他の大名達と同じである。

 別にそれを批判する気は全く無い。上杉も天下統一を最終目標としている為に野心が無いと言えば明らかな嘘である。

 しかし、謙信と晴貞の明確な違いがある。諸大名と晴貞の明確な違いは民を平気で戦に巻き込み、その犠牲も厭わないところだ。

 晴貞が民兵を連れて来たのは万が一朝倉が侵攻してくることを考えて兵を残す必要があった為である。

 足りない兵力を浄土真宗信者の民に謙信がその排斥を企み進軍していると唄い、志願兵で埋め合わせたのだが、その民兵を城攻めの最前線に使うとはさすがに斎藤朝信も面を食らった。

 民兵の殆どは負傷しているにもかかわらず、遮二無二攻めかかってくる。

 民を傷付けるのは当主の謙信が最も嫌うことであり、朝信自身もやりたくなかった。しかし、目の前の民兵は技量こそは上杉の兵に適わないとはいえ、敵を殺そうとする殺気は本物であった。

 浄土真宗の敵と上杉を見なし、そのような他宗教を信じる輩を全て排してやろうという意志が見え隠れしている。

 だが、朝信としては早く謙信率いる援軍と共に晴貞が率いる正規兵のみを討ち取りたいと考えていた。

 龍兵衛達の夜襲によって正規兵にも犠牲が出た。その時、朝信も援軍が敵軍を襲っているのを旗が乱れているのから見抜いて出陣し、挟撃によって敵に損害を与えた。

 その結果として一時は敵本陣にまで後一歩というところまで敵を追い詰めた。

 そこから晴貞は激怒したのか援軍が来る前よりも攻勢を強めて徹底した力押しを敢行しているが、この一週間でその効果は無い。

 一向一揆側の損害は少なくとも民兵に二割以上、正規兵にも一割は出ている。しかし、上杉側も四千の兵の内、二百程が死傷している。

 民兵の士気は異常なまでに高い。たとえ一人になろうとも最後まで敵に向かってくる。負傷兵の中にはその気迫に押されて気分を悪くした者までいるほどだ。

 このままいけば間違いなく魚津城の陥落は時間の問題だが、城内の将兵達に焦りは全くなかった。ここを守るのは二週間から三週間で良いと分かっていたからである。

 謙信は一万二千という一向一揆側よりも少ない兵を連れて来る予定だが、一向一揆勢の正規兵のみを相手にすれば不動山と天神山の兵、魚津城の兵を併せれば約二万になる。

 その時に謙信が敵本隊を叩いて魚津城の兵は民兵との戦を極力避けつつ戦えば良い。

 全ては援軍が来てからの話だが、今の現状を見て一向一揆勢の状況は苦しく、こちらの状勢が有利である。

 

「斎藤様、敵軍が攻撃を開始しようとしています」

 

 頷いて答えると朝信は立ち上がって前線に向かう。城主である自身が前に立てば否応なく味方の士気は盛り上がる。

 ちなみに景資や資正も自ら武器を握って敵を次々と倒しているのを見て己の血が騒ぐという個人的な理由も含まれている。

 外に出れば走り回る兵の中でじっと敵の様子を見ている一人の軍師がいた。

 河田長親、かつては美濃で活躍しようと言った時に内乱に巻き込まれて何の縁か上杉に仕え始めた軍師だ。

 最初こそは内乱の中で謀反を企てていたということを風の噂で聞いたいたので警戒していたが、謙信は気にせずに彼を使い、彼もそれに応えて着実に成果を出している。

 本人も最初こそはそのことを気にしていて落ち着いた性格をしていたが、次第に表情の起伏も豊かになってきた。

 軍師の中では仕官してかなり短い為に家中での地位は高い方ではない。だが、政務に関して彼が関係しないものなど無いことを朝信は知っていた。そういう役職に付いて影から上杉を支えているのだ。

 戦に関しては後ろで軍略を練る方が向いていると広言しているが、今回の戦で戦術も的確なものを持っていると分かった。

 

「斎藤殿、何か?」

 

 そんなことを考えていると向こうは気付き、声を掛けてくる。何でもないと手で示すと朝信はその隣に立った。

 

「また民兵を前線に立て、正規兵は後ろにいます」

「何時まで続けると思う?」

 

 朝信の質問におとがいに手を当てて少し考えると彼は朝信の目を見て簡単に言った。

 

「おそらく、魚津城が落ちるまででしょう」

「我々に正規兵を使うまでもないと富樫は考えているのか?」

「ええ、おそらくは」

 

 しれっと言ってみせた龍兵衛に朝信は少なからず怒りを覚えた。とはいえそれは彼自身にではなく一向一揆勢に対してである。

 数が少ないとはいえ仮にも上杉家の重臣中の重臣であることに自負がある。その己に対して正規兵を何故に用いることをしないのか。

 

「推測ですが、富樫は民を斬り捨てるつもりなのでしょう。しかし、それが自身であれば風聞が悪い。ならば自分が敵対している人物に、またはその家の家臣に討たせようという腹です」

「まさか、謙信様や我ら上杉が民を多く殺めたと言いふらす気なのか?」

 

「仰る通り」と頷く龍兵衛を見てますます朝信は怒りを覚えた。しかし、ここは踏みとどまっておかなければならない。

 怒りを察したのか龍兵衛は「あくまでも推論ですから」と諫めてくる。それで心身共に落ち着けた。

 城を出て戦うことは可能かと聞かれれば朝信も首を縦に振るだろう。敵は数に任せて押し潰しにかかっている。

 魚津城周辺は北と南に川が流れている。城を出てそこに誘い込み伏兵を置くことも可能である。しかし、その策をあっさりと廃棄したのは目の前にいる軍師だった。

 朝信も何故に策を用いずに徹底した籠城戦を彼が選んだのか最初はよく分からなかった。やはり自身で言っていたように戦術の類は苦手なのか。そう思った。

 だが、今になって彼がどうして城から出ないのかが分かった。戦なのだから向かってくる民を殺しても仕方がないと言っていたが、彼も決して民を殺すことに積極的では無いのだ。そう思って朝信は龍兵衛を見ていると不意に彼の顔が険しいものへと変わった。

 

「如何した?」

「いえ、ここだけの話、謙信様の体面がある為に籠城戦を選択しましたが、敵兵をもっと効率的に減らせないことに苛立っていたのです」

 

 朝信は先程の考えを撤回した。決して慈悲深い訳ではない。軍師として割り切っているだけであくまで謙信が上にいるから攻め来る民を斬っているだけに過ぎない。

 残酷と言えばそのままだが、向かってくるのならそれは盗賊と同じだ。おそらく龍兵衛はそう思っているのだろう。盗賊に同情する欠片など微塵も無い。

 

「ああ、語弊がありますね。民の乱れは秩序の乱れ。たとえそれが自国の民でないとしても上杉の統治を良しとしないのならばそれはまずいです」

 

 訝しげな視線に気付いたのか龍兵衛は訂正するように言う。立ち向かう者が武人ならば彼は負けても命を取ることはしないだろう。しかし、民の反抗は上杉の民と共に生きるという概念が上辺だけというものであると他国の者達は捉えかねない。

 民を殺すような真似をすればどうなるか。悪い噂が立つことを彼は恐れているのだ。

 そして、富樫晴貞はそのことを知っている。

 

「俗物が、今度こそは首を斬ってやる」

「ええ。その為に援軍が来るまでは籠城に徹しておきましょう」

「しかし、謙信様がここに来れば謙信様が民を殺したと富樫は言うのではないか?」

「それは無いでしょう。謙信様が来た時には、もう戦は勝利で飾っているでしょうし」

 

 勝てば官軍である。負けた晴貞が何と言おうと彼の治める土地にしか広まらない。逆に上杉が富樫晴貞は民を見殺しにして逃げ出したと言った方が効果は強い。

 何故なら日の本の東側で名が売れているのは謙信の方なのだから。

 

「しかし、屁理屈にも程がある気がするな」

「理屈という言葉が入っているので良いんです。屁理屈を許せる立場に上杉はいるのですから」

 

 国が大きい時の利点を最大限に活かすという訳だ。悪いことを考える奴だと思いながらも軍師だから仕方ないと納得してしまった。

 不思議なことに先程の冷酷な物言いをした龍兵衛とは違う気がした。おどけるような言い方は先程までの面影が全く無い。

 たとえ覚えていようとしても戦が終わる頃にはあの冷酷な表情はおそらく忘れてしまうだろう。

 そんなことを考えていると埃が舞って鬨の声が聞こえてきた。

 

「来ますよ」

「ああ、全体の采配は任せる」

「承知」

 

 自然と朝信の身体に力が入った。勝てる可能性が低いと思っていたこの戦で勝機が巡ってきたから当然のこと。

 既に景資と資正は所定の位置に付いている。後は自分が前に、龍兵衛が全体の見えるように櫓に登れば準備は終わる。

 謙信の援軍が一日でも早く来るように切望する気持ちを抑えて彼は目の前の敵を討つように心を集中させた。

 

「鉄砲隊、放て!」

 

 資正の指揮で鉛玉が鎧も着けていない民兵を簡単に貫通していく。しかし、その屍を気にすることなく後ろから新たな民兵が城目掛けて突進してくる。

 

「続けて矢を放て!」

 

 矢が雨のように降り注ぎ、いつものように前線に立って向かってくる民兵に刺さる。

 このようなことをして何度目だろうかとここにいる将兵全員が思っている。いつものことをまるで昨日に戻ったかのように続けている。

 さらに続けて鉄砲と矢の一斉射撃が民兵に襲い掛かる。それでも民兵達は退こうとしない。鬨の声を上げて城門に迫ってくる。 

 魚津城は越中の上杉における重要な拠点である為に多くの武器兵糧が蓄えられているのでまだまだ籠城出来るが、こうも同じことの連続だと何を目的で向こうは攻めているのかと考えてしまう。

 何千、何百という人の兵を犠牲をしてでも戦う意義は何なのだろうか。先程、龍兵衛が推論を述べていたにもかかわらず気になってしまう。

 だが、今は生死を賭けて戦う戦。朝信が他のことに思考を持っていって良い時ではない。邪念を遮ったのは伝令の彼を呼ぶ声だった。

 

「斎藤様、木工助様(吉江宗信)から伝令。攻勢が激しい故に援軍を求めています!」

「分かった。百の兵を派遣する故それまで持ちこたえろと伝えよ」

 

 少し間が空いたが、平静を装って返答するとすぐに自分の拳で額を殴り気合いを入れ直した。

 結局、その日も城は落ちずに終わり、一向一揆勢の民兵は三割が倒れた。

 だが、終わらない。

 一向一揆勢は昼も夜も休まずに攻め込んで来る。龍兵衛の提案で三つに分かれて交代で防いでいるが、それでも魚津城を落とさんと民兵達は攻めて来る。

 将達もいざという時に力を蓄えておけるように一つの場所を交代で戦っている。事前に誰がどこを指揮するかは伝えている為に混乱を来すことはない。

 太田資正は手が空いていた為にこの魚津城の防衛戦に派遣された。

 

「はぁ・・・・・・」

「どうしたのじゃ、また溜め息など付いて」

 

 今日も共に戦った戦友の頭を撫でていると声が聞こえ、資正は顔を上げると景資が立っていた。

 

「何でもありません、とは言えませんね。実は、いつまで民を殺すのかと思っていたのです」  

 

 言いたいことが分かったのか景資も納得したように頷く。

 

「おそらく、援軍が来るまではこのままじゃな。龍兵衛もそう言っておった」

「そうですか・・・・・・」

 

 再び溜め息が出てくる。当然、資正も景資も武人であるが、上杉による天下の為に民を殺してまでも名を上げたいと思っていない。

 だが、援軍の指揮を委託されたのは龍兵衛であり今は城主にして総大将の朝信に対しても彼は民兵を正規兵として扱わざるを得ないと主張している。

 

「実際に向こうは妾達を敵と見なして襲って来ている。お主も分かるであろう? あの殺気は本物じゃ」

「はい、ですから私も相手にしている時は必ず民ではなく兵と見ています。しかし、戦が終わればそこに転がっている屍は鎧も着けていない者達ばかりです」

「されど、妾達が気重になっていても意味がない。このような策を取っているのは敵じゃ」

 

 それは正しい。富樫晴貞は落ちないのにもかかわらず、ずっと民兵を前線に出し続けている。どのような意味を持つのかは知らないが、城の将兵達の心を攻めているのだという考えも資正の頭には浮かんでいた。

 

「・・・・・・もしかしたらですけど」

「ありえるかもしれんが、そのような詮索は龍兵衛に任せて妾達は目の前の敵を討つことに集中せねば、武人たる妾達の役目はそれじゃろ?」

 

 静かに肯定すると景資は一つ頷いてそのまま兵達の様子を見に去って行った。

 気付いた犬を撫でて寝かせると資正は今度はあの景資の余裕な態度に羨んだ。いつものことだが、このような不本意な戦でも彼女は戦中の苛烈な攻撃の中でもその態度を崩さない。

 資正が景資について知っていることは越後を統一した辺りで謙信の下に仕え、当初は別名であったが、後に吉江宗信の養子になってとうとう上杉にその人ありと言われる人物になったということだけ、それ以外に関しては全く知られていない一種の謎の存在でもある。

 常日頃は謙信に対しても時々不遜とも言える態度を取ることもある為に他国衆から白い目で見られることも多々ある。しかし、謙信以下上杉の直臣達が気にしていないので結局「ああ、いいのか」という感じになっているのが日常だ。

 上杉に仕える以前の経歴については一切が不明だが、その肩を並べる者がいない刀の腕前によってかなりの手練れであることは分かっていた。

 滑らかな太刀捌きには味方である資正も彼女が纏う気に圧倒され、敵にも脅威の存在であることは間違いない。 

 魚津城は平城の為に門を突破しようとする民兵の他に城壁に梯子をかけて登ってこようとする者達もいる。するとその梯子の上に立っているのが吉江景資その人である。

 他の場所では梯子を登る兵達に矢や石を降らせ、梯子を落とすのだが、景資は城門防衛や弓隊の指揮を朝信や資正に任せ、自身の愛刀を鞘から抜くと登り切ってようやく魚津城の兵に襲い掛からんという敵を容赦のない圧倒的な力量の差で屍へと変えている。

 それでも魚津城を狙う一向一揆勢の民兵達はその首を取ろうと必死になっているが、結果的に無意味となってそれは無駄な挑戦となっているのだが、何故に無意味と分かっていながらも立ち向かっていくのかが分からない。

 分かっていればおそらくむやみに民を殺すことを朝信や龍兵衛が指示することは無いだろう。何か策を打って富樫晴貞の首を取ることが出来る筈だ。

 

「たしかに、このようなことは河田殿に任せていれば良いですね。私達は勝利する為に戦ならば民も兵と思わねば・・・・・・」

 

 不本意なところもあるが、景資の言う通りかもしれない。武人は考えることをしても今は戦であって平時ではない。

 謙信の直臣ではないとはいえ上杉に対しての恩は返しきれないものであり、それに戦働きで報いるのが武人の役目である。

 軍師の龍兵衛はきっと勝利を得て、民の犠牲を最小限にする策を取る筈だと信じておけば大丈夫だ。そう資正は自分に言い聞かせると立ち上がって犬と共に兵の様子を見に行った。

 資正が去って行った所に新たな人が立っていた。

 

「あの言い方からすると、俺が何か策を練っているように考えているな」

 

 犬に気付かれなかったことは幸運だった。先程までの資正と景資の会話から察するに二人は民を救う余地があると見ていた。

 

「(あの二人には悪いけど、それはお目出度い考えというやつだ)」

 

 音を立てないようにそっと立ち去る。その上には夏の夜空に星空が燦然と輝いていた。それがどちらに幸を招き、不幸を招くのかはこの場にいる者達には知る由もない。

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