※前編シリアス後編後日談という構成になっております。
私、こと瑞鶴にとって加賀とは。
出会った当初は「憧れの先輩」だった。
それは日差しの強い日の事だ。艦娘になったばかりの私はまだ束ねていない髪を風に靡かせながら翔鶴姉に案内されて鎮守府の中を観光していた。
その中でも大事だと言われていた弓道場に入る時、私は柄にもなく緊張していたのだと思う。注意力が散漫になっていた私は出入り口で誰かとぶつかった。それが加賀先輩との出会い。
突然のことで頭が真っ白になってしまったが、加賀先輩は特に気分を害したようでも無く「次からは気を付けなさい」と一言かけてそのままどこかに行ってしまった。
目は自然とその後ろ姿を追ってしまう。その姿は凛としていて、翔鶴姉とはまた違った大人の女性というものを感じさせるものだった。
それからしばらく経って。私、こと瑞鶴にとって加賀とは。
「いけ好かないクソアマ」になった。
私の弓の指導を加賀先輩がしてくれると翔鶴姉から伝えられた時は内心喜んだものだが、こう実際に師事してみるととんでもない教え下手であった。
足の位置がずれていると文句。構えが正しくないと文句。髪が邪魔になるなら束ねろと文句。文句文句文句。何をしても文句しか言わないので正直ウンザリした。
流したままの髪の毛は翔鶴姉とお揃いだったので気に入っていたのだが、束ねていなかったらまた文句を言われると思って二つに束ねた。
サイドテールは一束でツインテールは二束だ。加賀先輩の倍だぞ、倍。
三か月経って。私、こと瑞鶴にとって加賀とは。
「日常の一部」になった。
流石に付き合いが長くなってくるとどういったタイミングで文句を言ってくるか判るようになってくる。悲しいかな人は慣れるもので、文句を言われる生活が私の日常になってしまった。
そんな時に突如現れた非日常。それは深海棲艦の撃退という小手調べのようなお試し出撃だ。監督として加賀先輩が付いてきてくれるそうだが、それでも出撃を控えた前日はずいぶんと寝つきが悪かった。
そうして迎えた作戦時間。そして作戦はあっけないほどすぐに終わる。
なんてことは無い。加賀先輩に体が硬いなどと文句を言われて反抗心が湧いて勢いのまま深海棲艦をぶちのめしたのだ。してやった!そう思った。そして初めて加賀先輩に褒められた。
いけ好かない相手だと思っていたのに、褒められると嬉しかったのが酷く悔しく感じた。
一年経って。私、こと瑞鶴にとって加賀とは。
「相棒」になった。
慣れとは恐ろしいもので、加賀先輩に文句を言われても特に感じることは無くなっていた。というよりも文句を言うタイミングが照れ隠しであったりすることが多く、ずいぶん損な性格をしているものだと同情したほどだ。
それを伝えた提督さんに「じゃあ加賀と組ませるか」と言われた時は勘弁して、と叫びそうになったが…。まあ、加賀先輩はその損な性格が災いして理解者が極端に少ないというものがあったけど。
そうして迎えた加賀先輩とのコンビ出撃。なんていうかここまで噛み合うものだとは思わなかった。私が加賀先輩を理解しているように向こうも私を理解していたようで、驚くほど言葉少なく作戦は進んでいった。
帰ってきてから翔鶴姉にそれを伝えると、そういうのを「阿吽の呼吸」というらしい。阿吽とは二つでワンセットの狛犬のことで、まあそういう訳。切っても切れない相棒だそうだ。
ちなみに後から知ったが、阿吽とは別に狛犬じゃなくて仁王とかも指すらしい。こんなマッチョな相棒なんてごめんだ。
一年と半年経って。私、こと瑞鶴にとって加賀とは。
「裏切り者」になった。
大規模な作戦があった。それは全員が死を覚悟するような作戦。内容は戦力を二つに割って片方を囮とし、主力で深海棲艦の拠点を制圧するというものだった。
海が燃える、というのは夕焼けの比喩表現だと思っていたがそれは違った。私たちの作戦が成功した後は海が燃えていた。燃えているのは深海棲艦たちから漏れ出した燃料だ。煙を吸ったせいで酷く気分が悪い。
そんな折に提督さんから連絡が入った。なんでも囮艦隊が手痛い打撃を受けているとのこと。私はすぐに行こうとしたが加賀先輩に止められた。この制圧した拠点を誰が守るのかと。
また始まった、そう思った。どうせ私が気分悪そうにしているから適当な文句を言ったのだ。なので私はその場に留まることにし、加賀先輩は少数の随伴を連れて加勢に行ってしまった。
「すぐ戻るわ」そう嘯いて。
そして作戦の全てが完了しても加賀先輩が戻ってくることは無かった。
そうして加賀と別れて半年経った今。
燃える海の中。私の目の前で無様を晒しているのは空母棲姫。歩き方も、話し方も、視線の動きも、顔も、髪型も、全てが気に障った。どれを見ても加賀先輩が脳裏をチラつく。
だから、私の全力をもって叩き潰した。魚雷も爆弾も機銃も嫌というほど浴びせた。それでも私の気持ちは晴れない。
「沈メ……」
項垂れた空母棲姫が言葉を漏らした。沈むのはお前だ、何を言っている。そう罵ってやるつもりだった。だがそれが出来なかった。
だから行動で示す。矢筒から一本の矢を抜き、弓に番える。これはとっておきの矢だ。たった二つ、加賀先輩が遺した物の片割れ。
「沈メ……」
空母棲姫が顔を上げた。彼女は泣いていた。まるで嘆いているようだ。
私は加賀先輩の遺した、傷の入った弓をぐっと引き絞る。
「沈メテ…ズイカク」
心臓が止まるかと思った。その声は違ったものの、喋り方は加賀先輩そのものだったから。
そうして気付いた。彼女は加賀先輩なのだと。
しかし私のやることは変わらない。せめて苦しまないように彼女に安らぎを与えるのみだ。
ミシリと弓の軋む音が聞こえた。
「ズイカク……ズイカク……」
だからそんな顔をしないで欲しい。私の手元が狂ってしまう。涙で前が見えなくなってしまう。
これを外せば、加賀先輩の苦しむ時間が増えるだけなのだから…。
だから、さようなら。
「ゴメンナサイ……ズイカク」
その後ろ姿を見たときからずっと憧れていた、私のたった一人の────。
「おっ、これまだ売ってたのか」
とある平和な昼下がりのショッピングモールで一人の男が声を上げる。男が手に取ったのは一つの映画だ。それはベストセラーとして日本中で親しまれ、知らない人はテレビを見てない人といわれるほどの名作。
「わたし、これすきー!ズイカクすてきだもん!」
その男を後ろから見ていた齢十に満たないツインテールの少女が飛び跳ねる。それをみた男は少しだけ困った顔をする。
「こらこら、そんなこと言うとママがまた拗ねるぞ…」
「拗ねてません」
さらにその後ろ。黒い髪をサイドテールにして束ねた女がむっとした表情で佇んでいた。男はやっぱり拗ねてるじゃんと言いそうになったがどうせ拗ねてないと言い返されると思い口を噤む。
そしてその映画を女に奪われる。
「そもそもなんですか、こんな恥ずかしいタイトルなんかつけて。やっぱり瑞鶴は瑞鶴ね」
パッケージを見ながら謎の批判を続ける女。いいタイトルだと思うけどなぁと男は呟くが女には届いていない。
まあ、瑞鶴に反抗心を持つのも仕方ないか、と男は思う。なんてったって実の娘が瑞鶴に憧れてツインテールにしているのだから。
「ほら、別に瑞鶴の悪口言うために来たんじゃないんだから他のトコ行こう」
「む…そうね」
そう言って女は元の棚に映画を戻す。パッケージにサイドテールの女を追いかけるツインテールの女が描かれたそれのタイトルは。
「スーパーヒーローだなんて、柄じゃないわ」
「ところでさ、さっきの映画だけど」
男が女に問うた。
「なんで最後に弓が折れたんだ?」
「…知りませんでしたか?本当は折れていません」
女はため息交じりに言った。
「外したのよ、瑞鶴が。あの距離で」