世界に嫌われた少女も異世界に来るそうですよ? 作:あばばばば
夢とスタートですよ?
それはなにもない、穏やかな日だった。
いや、そのはずだった。
だが、燈火は一人、起きることなく夢を見ている。その姿はどこか、苦しそうに映る。
「なんの夢を見ているんだか」
その様子を眺めるのは、律儀にも寝坊助の燈火を起こしにきた十六夜だった。
彼は燈火の頭に手を置き、しばし撫でながら彼女が起きるまでの時間を潰すが、やがて飽きたのか、今度は頬をつつき始める。
「うにゅ……」
彼女の口から、なんとも間抜けな声が漏れた。
(っと、ついやりすぎたか? それにしても朝は弱いな)
呆れながらも強引に起こすようなことはせず、燈火が自力で起きるのを待つことを選択する。端から見たら、いまの十六夜の姿はただの妹に甘い兄といったところだろう。
誰にも見られてないところであれば、彼も存外可愛げのある少年らしい。
しかし、彼もこれで時間がないのである。下の階から、何人かが話す声がわずかに聞こえてくる。
「さて。果たしてあと何分で戻れるのやら」
十六夜に撫でられながら、燈火の朝は続く。
暗闇を、自身の底に眠る過去を見た。
あの日――。
平和を願った。すべてが狂いだした日だけは、小さな頃を思い出せなくても、たやすく思い返すことができる。
目を開いてすぐ、そこが現実世界でないことを、燈火は理解していた。
「そっか。久々に来ちゃったんだ……」
誰もいない。いや、いなくなった過去の世界。崩れ落ちる建造物に、燃え盛る街並み。おおよそ人が住んでいたとは思えない悲惨な状況を、彼女は一切の感情をなくした瞳に映す。
間違うことなどありえない。
ここは彼女が最初に壊した世界だ。人の幸せのために、ただその為だけの願い。『それ』はたやすく踏みにじり、絶望を与えた。
そこからだ。辛く孤独な世界が出来上がったのは。周りから一切の情報を閉ざされ、隔離されたのは。
(でも、好きだった。好きになれる場所のはずだった……)
なにもかも、目に映る世界は輝いていた。初めて見る多くの建物、人。どれもが傷つけてはならないとすぐに理解できた。だから、どんなに苦しいときでも、世界にだけは憎悪を向けることだけはしなかった。
そして出会ったのだ。
向こうの世界で、唯一自分の味方になってくれた少女に。
「懐かしい」
夢であるのに、なにもかもが鮮明に思い出せる。
目の前で現実に打ち砕かれる自分。そのそばに佇む、黒い少女。腰を超えるほど長く伸びた艶やかな黒髪。燈火の着ているワンピースとは正反対の黒いワンピースを着て、ジッと過去の自分を見つめる姿は、どこか恐ろしくも安心できると当時は思っていたのだから不思議なものだ。
あれは正真正銘の化け物ではないか。
もしも自分が世界の破壊を担う存在であるならば、彼女はなんのために存在していると言うのだ。
「けど、悪い人じゃなかった……私に唯一、生きる力を与え続けてくれたのはきっと、あなたがいたから。あなたが、私に託していったから。そうだよね」
呼びかけても、返事はない。当然だ。過去の風景に、たとえ夢であろうと干渉する術はない。
じきに黒い少女は燈火になにごとかを告げたのち、その姿を一瞬にして消した。
残された彼女は、絶望に染まりながらも、その瞳に光を宿して。
(ああ……私はまた――)
もうすぐ、この夢は終わる。だからせめて、この子が、私が、世界を好きになれるように。
燈火はいつも、願う。
「あなたが私に追いつく日を待ってる。いまはね、十六夜が、飛鳥が、耀がいるの。黒ウサギやジン、レティシアも優しいんだよ? ……泣いてばかりの日々はね、終わったんだ。この未来で待ってるから、だから世界を恨まないで。私の、私たちの願いをムダにしちゃダメだから」
過去の自分に言葉を残し、世界は崩れ始める。
最後まで自分を見つめ続けた燈火の視界は、そこで暗転した。
再び目を開いたとき、十六夜の顔が飛び込んできた。
次いで、頬のあたりに妙な感触があるのがわかった。
「はにをやっへるの?」
「お目覚めか。いや、あまりに柔らかいから感触を楽しんでいただけだ」
どうやら頬をずぶずぶと指でさされていたらしい。とんだ楽しみ方もあったものだ。
「じゃあ、なんで私の部屋に……」
「おまえが俺に起こしに来いって言ったからだろ。ほら、みんな待ってるぞ」
「待ってる? なにを?」
十六夜が溜息をつき、手をこちらに伸ばしてくる。
「おまえをに決まってるだろ、燈火」
「……?」
燈火は首を傾げ、なおも意味がわからないと訴える。
「はあ。今日はみんなで朝食を食おうって話になってただろ。これでもかなり粘って寝かせてやったんだ。そろそろ降りないと下の階から全員突撃してくるかもしれないからな。特に春日部だ。あいつは野生の獣並みに食事に対する執着がある。だからもう行くぞ」
いつだって、自分を見てくれる人がいる。
一時はここでも自分はやっていけないかもと思ったこともあったが、もうさよならなんて言えない。
「ほら、降りる前に着替えて来い。外で待ってるから」
十六夜は一応部屋の外に出ようと扉に手をかけるが、背後でなにかが光ったかと思うと、燈火はすでに十六夜の手を握っていた。
準備はできている、ということらしい。
そんな彼女に視線を向けると――。
身体の線に沿うように纏わりついたドレス。満開の花のように大きく広がったスカート。そして、頭部を囲うように浮遊したリングから伸びた、光のベール。――それら全てが、目の覚めるような純白で構成されていた。
それはまるで清らかな乙女のみに纏うことが許された花嫁衣裳か――さもなくば、闇の中に降り立った天使の姿を思わせた。
髪の色も、緋色から白へと、先端へ行くほどにグラデーションがかかっている。
「こっちの眠気が吹っ飛ぶな。いいんじゃねえの?」
「ん、じゃあこのまま行く」
「はいはい。好きにしてくれ。きっとみんな喜ぶだろうしな」
燈火の手を握り直し、扉を開ける。
「あら、十六夜くん。もう燈火さんは起きたのね」
すると、廊下では飛鳥が。その横には、朝食を待ちきれないようにそわそわしている耀の姿。
「燈火、早く行こう。料理が逃げる」
「いや、料理は逃げねえから」
「はやく」
これはなにか言うだけムダだと悟った十六夜は、燈火の手を引き行こうと促した。
つられた燈火は、十六夜の横に並び歩いていく。
さらに横に飛鳥、耀も並び、問題児たちは黒ウサギたちの待つ階へと向かっていった。
燈火の取り巻く環境は、確かに変わりつつある。不安は残るが、それでも。そのときはここにいる誰かがどうにかしてくれるだろう。
たくさんの笑顔に包まれる中、彼女の箱庭生活は、いまやっとスタートを切ったのだった。
二巻の内容に入ったと思った? 残念、やっと一巻の内容が終わったところだ! 今回の短い話を含め、一巻までとさせていただきます。
次回からはいよいよ二巻の内容に入っていきますよ。次回は絶対ですから。