世界に嫌われた少女も異世界に来るそうですよ? 作:あばばばば
この話は読まなくても、本編に支障は出さないつもりですので、断片的にでもいいから、燈火の過去が気になるという方は読んでみてください。
いつだっただろう。
まだ幼くて、世界の悪意も、善意も、それにともなう真実も、なにひとつ知らなかったころ。
その日々の中の少女は、満面の笑みを浮かべ、空へと手を伸ばした。
小さな手につかめるモノはなく。
少女が欲するモノは、決して手の届かない場所にある。
何度も何度も、彼女は願う。
目の前にいる人たちの幸福を。
傷ついた人々への安らぎを。
彼女はただ、ひたすらに願い続けた。
白いワンピースを着た少女は、その日も届かない願いへと手を伸ばす。伸ばす。伸ばす。
いつまでも、いつまでも。
他人からは、奇妙な子だと思われていても、少女は気にしない。自分はどこか、人と違うと自覚していたから。ズレきっていると、知っていたから。
それでも、友人はいた。闇より黒い、二人組み。
不定期ではあったが、周りとの繋がりは、大切だった。
白い少女は、この四年後、身にあまる奇跡を宿すことになる。
「…………変なの」
耀から協力を求められた夜。
燈火は一人、懐かしむような表情をしながら、声を発した。
自分以外、誰もいない部屋。
珍しく一人で眠りについたはずの燈火は、いま、こうして目を覚ましている。
「みんな、誰も残らず私を認識さえしなければいいのに」
不意に口から漏れた言葉に、燈火は気づかない。
自分さえ予想していなかった言葉。
それは、どこから漏れたものだっただろうか? わからない。わかるはずもない。
「あのころが戻って来ればいいなんて、思ったことはないよ。でも、私の願いは、一度でも叶ったことがあったのかな」
理解できない苦しみ。
今日再会した、一人の男。自分を化け物と呼ぶ彼は、決して自分の存在を認めない。
箱庭に来てから出会った仲間とは、決定的に違う……。
彼女がいた世界の人たちは、たとえ、燈火がその世界からいなくなろうとも、世界を壊す元凶を放っておいてはくれなかった。どこにいようとも、消しにきた。
燈火は、自分の体を抱くようにして布団にくるまると、それ以上考えるのを放棄するかのように、眠りへと意識を薄れさせていった。
寝ている間に見る夢は、空想ばかりではない。
楽しい思い出、辛い思い出。多くの記憶の中の光景が、絶え間なく、場面を変えて再生される場でもある。
それは、強大な恩恵を身に宿した者であろうと、例外ではない。
「……」
闇が広がっていく。
白いワンピースの少女の周囲に、蜘蛛の巣のように、漆黒の闇が広がった。
まるで、彼女の周りだけが一瞬にして夜になったかのような光景である。
次いで、その闇が渦を巻くように少女の体に絡め取られていき、まるで喪服のようなドレスを形作る。
ここだ。
このときさえこなければ。
燈火は黒く染まっていく自分を思い出すたびに、そんなことを思う。
過去に触れることはできないとわかっていても、絶望に彩られていく自分を見ていられるはずもなかった。
そんな自分に、一人の男性が話しかけてくる。
わずらわしい。
きっと、あのときの燈火は、男性に向け、敵意を持っていたはずだ。
次の瞬間、燈火の周囲にぽつぽつと、幾つもの闇の塊が出現、膨張し、巨大な『羽』のような形を作った。
「……<救世魔王>……」
燈火が呟くように言葉を発すると、無数の『羽』たちが、その先端を男性へと向けたかと思うと――。
「へ――?」
無防備な男性目がけ、漆黒の光線を放った。
男性の胸を、腹部を光線が貫き、首が、手足が分断される。自分に話しかけてきた男性は、一瞬にして、哀れな骸へと成り果てた。
だが、そこで終われていれば、燈火はまだ、世界を敵に回したりはしなかったかもしれない。
起きたのだ。
すぐあと、世界を揺るがす力の一端が、猛威を振るう出来事が。
幾つもの『羽』を従えた燈火は、しかしその貌はいま、問題児たちが一度として見たことのない憎悪や憤怒といった感情によって、忌々しげな色に染まっていた。
ルイオスとのギフトゲーム。
燈火は一度だけ、好戦的な言葉を述べていた。
もしもの話だ。
普段の燈火が、抑圧されたものであったなら。彼女の本心が、別のところにあるとしたら――。
答えが導かれる前に、記憶の中の光景はぶれ始める。
「あ、あ……あ……ああああ――」
記憶の中の燈火が、掠れた声を響かせながら、『羽』の照準を、自分が暮らしてきた街へと向けた。
彼女の記憶は、それ以上先の光景を映すのを拒絶するかのように、唐突に、暗闇から目を覚ました。
普段、寝起きの自分の状態なんて気にしない燈火だが、その日は違った。
「なに、これ……?」
尋常ではない汗をかいていたのか、服が肌へと張り付いて気持ち悪い。
だが、なぜ自分はこんな酷い有様になっているのだろうか? 十六夜たちのいたずら――にしては性質が悪い。だとすれば、やはりこれは自分のかいた汗ということになる。
どうやら、彼女は夢の内容を覚えていないらしい。
咄嗟の防衛反応か、それとも内容を忘れる体質なのか。
どちらにせよ、燈火一人では、疑問の答えを得るには至らなかった。
「今日は、耀のサポートをしないといけないのに……」
昨日の夜、唐突に話されたゲームの内容。
だいじょうぶだと言ったからには、どうにかしなければ。
「とりあえず、お風呂入ってこよう」
あてがわれた部屋をあとにする燈火。
彼女の顔からは、特別緊張した様子は見られなかった。
しかし、耀のためにやる気をだしたはずの燈火の顔には、戦意は一切感じらない。
彼女が部屋を出ていってすぐ。
寝ていた場所には、一枚の黒い羽が落ちていたのだが。
燈火がいなくなると、音も立てずに羽は霧散していった
次回からは、また話を進めていきます。