「・・出来た?エノハさん?」
「・・やっぱり見せなきゃダメ?」
「そりゃ私だって気が進まないんだけど仕方がないでしょ?なんならアナンにチェックしてもらいたい?」
「そ、それはヤダな~~」
「ふぅ・・。・・貴方が『ハイド』に連れてこられた今までの経緯、事情は察する。元々それを仕向けた側である私らがそれを言うのもお門違いだと思うけど・・エノハさん?今の自分の立場を理解して。そして『その人』の立場も」
「・・・」
「一応『その人』はその・・・人質なんだから。貴方の行動如何によっては『その人』に迷惑がかかる。だから納得して。さ!それ見せる」
「・・よろしく頼む」
「・・確かに。では拝見させていただきます」
「・・・。・・う、あぁあああ~~~待って!!やっぱりちょっと待って!!ハードル高すぎるってこれ!?初めて書いた好きな子への手紙が年下の・・それも女の子に見られるなんて!!!どんな拷問だよ!!これ!!」
「うるさいなぁ・・読めないでしょ。大丈夫だって。大事な所はさらっと流し見して出来る限り記憶から消すようにするから」
「絶対だね!?頼むよ!?ホント頼むよ!??」
「・・・」
―・・。徹夜で寝不足のテンションにしてもこの壊れっぷり・・ウザイなぁ。この人案外こういうタイプ・・?
少女―『レイス』はうんざり顔でエノハから手渡された書面―エノハの手紙を読み進め始める。
最初の一行。
相手の名前は・・
―「リッカ」さん・・か。
先日
あのライブハウス鬼ごっこ勝負でのリグの完全敗北は新たな面倒事を呼んでいた。
リグが安易に賭けの対象にした負け分は平ったく言うと「エノハの言う事を聞く事」である。しかし当然エノハから最初に出された「あの条件」をリグが履行できるはずもない上、エノハ自身もリグの軽率な行為を諫め、自覚させて反省させる為の出任せであった。よってリグの負け分は清算されることなく宙ぶらりんのまま存在していた。
自分が眠っている間に起きた事の経緯、発端を詳しく聞いたレアは
「・・。そう。そんな事が・・。じゃあ約束を違えるわけにはいかないわね。エノハ君?」
「・・何ですか?」
「何か要求、要望があれば可能な限り私がリグの替わりに一つ応えましょう。・・どうかそれで・・この度のリグの非礼を許してあげてはくれないかしら?」
「・・・!・・・」
そのレアの提案に対しほんの少しエノハは思案の時間に入る。
その間、当然リグはレアがそんな事をする必要はないとレアに歩み寄るがレアは首を振って
「いいえ。貴方のした行為、不始末は詰まる所私の責任、監督不行き届きです」
その有無を言わせない語気にリグはしゅんとし、そんなリグを『レイス』は制止して耳元でこう言った。
「・・よく見ておいて。アンタの軽率な行動がどういう結果になるか。どれほどママに負担と迷惑をかけるのかをね」
一方で
(・・おっほおぉおお。なんと意外な展開・・リグの替わりにママがエノハさんの言いなりに!?はぁ~~~っやばい!やばいってこれ!!年頃の男があんなグラマーでセクシーな美女に「何でもしていい」なんて言われたらヤルこたぁ一つでしょっ!?)
・・アナンはぶれない。
しかし次のエノハの答えは彼女のご期待には添えなかった。
「じゃあ・・極東支部に手紙を一つ送りたい」
―えぇ~~~~っ?「THE!ふつう」・・。ちぇ~~つまんない~。ち〇ぽついてんのかぁ~~?
「がっかり・・」と、はっきりと顔に書いてある隣の悪趣味、お下品少女が何考えているか長い付き合いの上で解るノエルは
「・・・っ!」
ぽかっ
「あたっ!?」
無言で殴る。
「・・もちろん伝える情報はそちらさんの都合に差し支えない様に制限する。ただ俺が無事で生きている事を伝えておきたい。正式に言うと『極東支部』じゃなくてとある『個人』にだ。・・たった一人でいい。『その子』にさえ知ってもらえれば・・文句は無い」
「・・・」
レアは理解している。エノハという人間をここに来る前に調べは尽くしている。「その子」が誰かをレアはすぐに理解した。
フェンリル極東支部長―ペイラー榊で無く、彼の上司―雨宮ツバキ、そして彼の数多いGEの仲間達、親友たちでもない。
たった一人の普通の人間の少女―エノハの言う「その子」こそエノハがここに甘んじて来た最大の原因、弱みであり、レアにとって最大の「付けこみどころ」であったのだから。
「・・申し訳ないけれどこちらの条件として手紙の内容はこちらで確認、修正をさせてもらうかもしれないけど・・それでもいいかしら?」
「構わない。当然の条件だと思う」
「・・了解しました。手配しましょう」
そんなやり取りがあった。
当初レアがその内容を確認する手はずであった。しかし日夜研究、開発、会議、会合に出席する非常に多忙な日々を送るレア。おまけに当のエノハ自身が手紙の内容に関して試行錯誤を繰り返し、知恵熱、キャラ崩壊を引き起こす惨状でもたもたした為、多忙のレアに変わって『レイス』がその手紙のチェック、修正作業を行うハメになった。
・・なんとも世話のかかる新しい上司だ。
「どう・・?」
「途中だけど・・よくわかんない。まぁ特にこっちにとって都合の悪い、削除しなければならない所は無いよ。このまま出しても問題は無いかな」
『レイス』はトントンと手紙を机の上で纏め、丁寧に折りたたんでエノハに返す。
「・・第一この『リッカさん』って人が信用できる人物だからこそレアママは手紙出すのを了承したと思うし、だから私が調べるような事は元々ほぼ無いでしょ」
「・・そこは同感かな。そこに関してはあまり心配してないんだ。頭と察しのいい子だし。でも・・」
「・・でも?」
「いや・・その・・やっぱり女の子に出す手紙として本当に適当な内容かなと思うわけですよ・・こっちとしては」
「・・それ私に聞くの?」
―ホント案外面倒くさいヒトだな。この人。
『レイス』は更にうんざり顔で頭を掻く。―ナル姉がここに居てくれればなぁと思う。
ナルフ―ナル24歳は『ハイド』の四人にとってちょっと年の離れた姉の様な立場である。多忙のレアに変わって時折、まだまだ幼い四人の勉強や訓練を見てくれる。軍人であるが故に訓練時は厳しい面はあるが普段はレアと比較しても彼らにかなり甘めで優しい世話役でもある。だがその彼女も今は赴任中のレアに帯同して出張っている。人生ままならんものだ。
「まぁでも言わせてもらえば・・」
「・・言わせてもらえば?」
「ここの・・『落ち着いた?』がちょっとイラつくね。これこっち側が盛り上がってるだけだとしたら相当寒いよ。向こうが『いや別に動揺してないし』って感じだったらカッコ悪いね。コレ」
「うぐっ」
「はい。書き直そうとしない。これ以上の紙の無駄遣い良くないです」
周りに散った失敗作の紙が散乱している周りを見渡しつつ『レイス』は新しく書きなおそうとするエノハを制止する。
「それに・・」
「え。まだあるの・・?」
「・・別に聞きたくなけりゃいいんですケド」
「・・次のダメだしは何でしょうか」
敬語。エノハの上司としての威厳は最早地に落ちている。
「・・本当に待ってもらうつもりなの?この・・リッカさんって人に」
『レイス』のこの一言に一気に空気は凍りつく。エノハも底冷えするような空気の急な移り変わり様に少し驚いて目を見開き、視線を逸らす。
「・・!・・」
「・・怒らないで聞いてね。これも私らが言えた義理じゃないんだけど」
そう『レイス』は前置いた。
「・・やっぱりどう見てもこの手紙はその人に『待っていてほしい』って内容だよね。それとなく『君の自由』的なニュアンスはつけてるけど結局の所はその人を縛る、動けなくするような感じは否めない。いっその事完全にお別れの内容にした方がその人もエノハさんを諦めてすっきりと違う人生を歩んでいけるような気がする。この手紙の通り・・エノハさんが何時帰れるかも本当に帰れるかどうかすらも解らないんだから。全てが不透明、見通しが見えない・・そんな時代だしね」
「個人的意見を言わせてもらえば貴方が生きている事さえも知らせない方が余計な火の粉がかからない可能性も高い。さっきも言ったけど貴方の行動如何、貴方の些細なミスで私らがその人を傷つけなければいけない可能性も出てくる。当然同時に真実を知った以上そのリッカさんにも背負う必要のない負担は生まれる。どんなに口が堅かろうと察しがよかろうとうっかり口を滑らしてしまう事も無いとは言えない」
「・・・」
「ならせめてリッカさんって人にエノハさんの事全て無かった事にして新しい人生を心おきなく歩んでもらえた方がいいんじゃないのかなって言うのが私の意見。確か・・神機整備士なんだよね?その人。元々負担や心労が少なくないGEに負けず劣らずの激務だと思うし」
無言のエノハに『レイス』はしっかりと視線を向けた。結わえた銀髪が揺れる。それとは対照的に迷い、揺れのないオリーブの瞳がエノハを射抜く。
「・・エノハさん?この手紙が本当に貴方の都合、エゴを押し付けてその人を苦しめないと言い切れる?」
エノハの反応を待たずにそう言いきった『レイス』は最後に少しバツが悪そうに無言で目を逸らし―
「・・部外者が。事情をよく知らない者が色々言ってしまって御免なさい」
深々と申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや。有難うレイス。君の言うとおりだ」
エノハは首を振りながら笑ってそう言った。痛い所を突かれたなという苦笑いを隠さない。
そしてこう言った。
「俺ね?親父に褒めてもらった事が無かったんだ」
「・・?」
意外なエノハの言葉に『レイス』は目を丸める。
「そもそもウチの親父は自分の子供を元々褒めないタイプでね。その代わりなのか自分の仕事の部下とか他人の偉業、いい所は凄く褒める。褒めて延ばす。でも不思議な事に自分の子供は全くと言っていいほど褒めない。小さい頃は躍起になって褒められようとした事もあったな」
「・・・」
『レイス』はエノハの急な話題の転換の真意を掴めない。が、何故か遮る気にもならず、ただ静かに聞いていた。
「ここに来て会えなくなるまで終ぞ褒めてくれたのは本当に一度きりだ。それもごく最近の事。ついこの前。おまけにその褒めた内容も正式に言えば俺に関する事じゃ無かった」
「・・」
「親父が俺を初めて褒めてくれたのは・・俺が『リッカを選んだ事』を報告した時だった」
「・・」
「本当に今の今まで褒められなかった分を帳消しにするぐらい褒めてくれた、喜んでくれた。『リッカ・・?ひょっとしてあの整備士の女の子か!?よくやった!でかしたぞ!さすが俺の息子!あの子なら大歓迎だ!!』ってね」
「・・」
「俺は正直喜ぶよりもまず怒った。『俺はオマケなのかよ』ってね。親父は笑ってこう言った『その通りだ』と」
「呆れて俺が物も言えなくなったと同時親父がさらにこう言った。『何かを成した、何かを手に入れた事よりも何かを成す、手に入れるまでの道程、過程で支えてくれた誰か、縁、関わりこそ誇るべきなんだ。気付いたらいつの間にかそれこそが自分の生きる糧、全てになってるんだからな』ってね」
そして最後にイワナは息子にこう言った。満足そうに頷きながら。
―そうか・・。そうか!お前もようやく見つけたか!『全て』をな。うんっ!良くやったぞ!!
俺は嬉しい。・・いい娘を選んだな。
エノハは悔しい事に納得してしまって逆に言葉が出なかった。そして呆れと怒りを通り越して嬉しさがこみ上げてきた。
その時エノハの心に浮かぶのは自分を助け、支え、受け入れてくれた人。
何よりも誰よりも大事な少女の笑顔。それが彼の―
「・・俺の『全て』なんだ。リッカは。だから失いたくないんだよ。彼女の中から居なくなりたくない。君の察しの通りこれは俺のエゴ。でもリッカなら・・あの子ならひょっとしたら俺のエゴを背負ってくれるかもしれないって」
―いつもの困った笑顔で・・・『仕方無いなぁ君は』って言いながら。
「・・・」
「レイスには無いか?」
「・・?」
「相手の都合、重荷も承知の上でも伝えたい、理解しておいてもらいたい、その上で共に歩んでほしい、同じ気持ちで在ってほしいって思う気持ち・・無い?」
「・・・無いね」
「・・そうか」
「私には記憶がないから」
「え・・?」
「だから・・無いね」
「・・そう。見つかるといいな」
「・・・そうだね」
ぽつりとつぶやいた少女の言葉。
畳みかける様にもう一度「無い」と否定しきった『レイス』に何ら質問する事は無かった。
「語りかけても返事は来ない」―そんな確信がある。少なくとも「今」は。
エノハは真新しい封筒に『レイス』が綺麗に揃えてくれた手紙を入れ、丁寧に封を閉じる。
そして最後に
―リッカへ
「自分の全て」である少女の名前を封筒の上に書き記した。
読了お疲れさまでした
お・・今度のアップデートでケイトのエピソードが追加されるんですね。楽しみ。