※前話の初投稿時「おまけ」に追記、投稿ミスが在り、加筆修正しています!よろしければ確認お願いします!申し訳ありません!
クラウディウス家が出資している児童養護施設―「マグノリア・コンパス」
そこに入所している子供達はアラガミ、またはそれに類する戦乱、混乱によって両親、保護者を失った孤児たちによって大部分が構成されている。
しかし、ごく一部にそれ以外の「何らかの事情」で親元を離れ、この施設で育った子供も中にはいる。
アナンは後者に入る。
彼女の実の両親は現在も健在であり、またその両親の社会的立場も比較的高く、何不自由なく育てられたこの時代には珍しい「持って生まれた」少女である。その点だけで言えば最もエノハの立場に近しいタイプである。自分の将来、生き方、方向性を自分で決める事の出来る選択肢が与えられていた少女だ。GEなんてものは速攻人生プランから外していい候補であろう。
しかし事実アナンは親元を離れ、今エノハと共に「ここ」に居る。GE部隊―それも公には存在しない部隊「ハイド」に籍を置き、この血なまぐさい戦場に立っている。この点もエノハとの類似点が強い。
が…現在最も近しい生い立ちを持っているはずのエノハには到底理解不能の光景、そして狂気を彼女は展開させている。…無邪気に笑い転げながら。
彼女のこの力、そしてこの狂気は彼女の生い立ちに由来する。
先述したとおりアナンの実家は欧州きっての名家で在り、その当主である父親の第一子としてアナンは生まれ、何不自由ない生活を送り、成長していた。
父親は厳格で有能なフェンリル傘下の製薬企業の役員であり、母親もまた美しい赤毛を持った生まれも育ちも確かな有力貴族の御令嬢であった。
さらにこの二人は貴族同士で在りがちな「提携」「打算」の類の為の政略結婚では無く、完全な恋愛によって結ばれた仲だ。
広大な海に二つに分かたれた元は一つであった対の貝殻が紆余曲折の果てに、再び引き寄せられてめぐり合ったかのように二人は出会って即意気投合、幸いにもお互いの立場も分相応の為、周りの反対も特に無し、交際から一年とたたず祝福の中、二人は結ばれた。
結婚後も変わらず非常に仲の良い誰もが羨むおしどり夫婦だった。それはアナンが生まれた後も続く。
アナンはそれが気に入らなかった。
別に父親、母親が目に見えて自分に対して愛情が無いわけではない。おまけに御家柄故に執事も付き人も自分に良くしてくれる。「愛」は確かに在った。それだけは確実。
それでも執事達のそれは「仕事」で在り、当然彼らにも家族が在る。恋人がいる。例えどれほど自分に忠実であろうとも所詮「一番」は自分自身では無い。そして当の父も母もお互いが「一番」だ。
自分はあくまで「二番」。まだ五歳にもなっていない時分にアナンはそれに気付いた。
何不自由のない生活、「二番目」の愛を注いでくれる親、執事達周りの人間。
…退屈だ。そして中途半端な「愛」だ。
そこで少女は感覚を鋭敏にしていく。彼女は探す。「自分と同じ境遇の人間」を。目を凝らしてじっと見ると…これがいるいる。
最初はアナン専属で祖父の代からアナンの家に奉公を続ける執事の娘―メイドの一人であった。幼少のころより父の身の周りの世話をして信頼を築いており、父親がアナンの母親と結婚した後も関係は変わることなく良好な主従関係であった。
その信頼からアナンが生まれてからは彼女の専属メイドに抜擢される。仕事の出来る有能なメイドであり、幼少のころより兄妹のように共に育ったアナンの父親に古くから主従以上の感情を持っていてもそれを押し殺し、アナンに愛情を注ぐことのできる強さを持った女だった。
次に時折家に遊びに来る父の友人だと言う若い青年実業家。
最初の頃は父のチェスの対戦相手として家に招かれ、その後もたびたび遊びに来ていたが、その目的が徐々に変わっていっているのをアナンはすぐ気付く。
―私は誤魔化されない。ふんふん成程。…母に会う為に来ているのか。この男は。
仕事のできる父と美しい母。
その二人の「一番」になれずとも構わない。例え振り向いてもらえなくともこっそりと傍に、傍らで眺めるだけで満たされているのか。このふたりは。
―…面白い。
その秘めた心をこの私が解放させてあげよう。鍵を閉じかけていた心を放ってあげよう。なに。簡単だ。子供ながらの無邪気な嘘、軽口をほんの少し囁けばいい。
「おしゃべりな女の子アナン」の話の中にほんの少し混ぜればいい。…こんな感じに。
パパは〇〇のこと昔大好きだって言ってたな~。…私も〇〇がお母さんだったらよかったな。
ママが言ってたよ。〇〇さんはとっても素敵だって。また遊びに来ないかな~だって。
例え嘘八百でノイズだらけの言葉であろうとも人はその中で自分にとって都合のいい音、言葉を選りわける力が在る。そしてそこに例えわずかであっても可能性を見出そうとする消しきれない自我、欲が在る。
―いや…だめだろう。
―…いやひょっとして。
…あの強固でうざったい両親の愛の牙城を突き崩すにはどうしたらいいのかなぁ?
幼いアナンはそんなことばかりを考えて、いつしか両親の愛情がこちらに向く事よりもそちらに興味の範疇をおいた。そしてそんな彼女が撒き続けた小さな種は徐々に芽吹いていった。
流石に長年父を見てきたメイドだけはある。一方で有能な父が一目置いた青年だけある。父にとっての自分、そして母によっての自分。メイドと青年は自分の魅力を自負している。
―私こそが。
―自分こそが。
「あの方に相応しい」
メイドは父に長年仕えた経験がある。
青年は父の持たない若さ。青さを持つ。
徐々に二人の行動はアナンの「こっそりチア」を受けてエスカレート。その二人がかけたモーションが両親の互いに知る所になるのは必然であった。
思いがけない両者の異常接近、モーションにアナンの両親もまたこう思う。
最初は―何かの気のせいだろう。程度の物。ほんの少しの小さなスキマ。しかしそれは徐々に変わっていく。
―…いやひょっとして。いやまさかアイツ(あの人)に限って。
先述したとおり人間には自分にとって都合のいい解釈で可能性を見出そうとするのとは逆に、自分にとって不都合なネガティブな解釈、可能性を己の中で消しきれない事がある。言葉で表すなら―「懸念、疑念」と言えるだろうか。
それは今まで完璧に噛み合っていた両親二人の中に溝を作り、相手に対する不信を生む。結果それは両親のお互いに見ない様にしていた、内心押し隠していたお互いに対する欠点、不満点を顕在化させる。元々これが存在しない完璧なペア、カップルなどまず存在しない。が、元よりお互いに「疑念や懸念」など浮かぶ間も無く、惹かれあうままに一緒になった二人に差し込んだ僅かなズレを修正する手筈を二人は知らない。ここまで来てしまえば後はなし崩しだ。坂道を転げ落ちるように互いの不満、疑念が噴出し、二人の間で見えないひずみが開いていくのに歯止めが利かなくなる。
アナンがもう手を下す必要はない。
―…後はお任せ。あの「四人」に。私はみてるだけ。「五人目」の私の存在を勘ぐられてはいけない。
子供らしく、女の子らしく小さな人形を抱いて脅え、おろおろしていればいい。
「喧嘩を止めて」と言えばいい。
泣き叫べばいい。
…ああ。なんて楽しいのだろう!
惹かれあい、繋がっていたものがゆっくり解けていくのは。そして最後には最早衝突、争いの火種しか残っておらずそれを思いのままぶつけあう光景は。
順風満帆で何不自由ない家庭に生まれたアナンは何のためらいも無く―
それを壊した。
目的は無い。
ただ過程を楽しむだけ。壊れていくものを眺め、楽しむだけ―
アナンの思い通り両親は程なく離婚。一家は瓦解。
そして当のアナンは両親のどちらにも引き取られることなく、マグノリア・コンパスへの入所を提案された。
元々有力貴族が自分の子供を厳しい環境に置きたいとか、人生経験とか貴族として生まれた子供が自分がどれほど恵まれ、逆に自分以外の大半の人間がこの時代どれほど悲惨な目に在っているかを理解させる為に自分の子供をマグノリア・コンパスに入所させることはままあった。
しかしアナン―彼女の場合は違う。
彼女は自他共に認める非の打ちどころのない両親から生まれた恵まれた子供―両親である二人の愛の結晶。…言い替えるとアクセサリーだった。両親二人の「完璧な人生の象徴」であった。
しかしその完璧な人生の象徴―アナンは自分達二人が離婚した結果―打って変わって二人の人生の「失敗、汚点の象徴」になったのである。
同時にアナンは幼かった。そしてまだまだ拙(つたな)かった。自分達の離婚、不和の引き金になったのが薄々自分の他でもない娘であった事を両親は勘付いていたのだ。
他でもない自分達の娘が常人には到底理解できない快楽癖を持ち合わせた「欠陥品」だと断じたのである。その点に関しては確かにこの二人はアナンの両親だ。似たものがある。
結果アナンの両親は色んな意味で不要に、邪魔になったアナンを捨てた。
アナンがマグノリア・コンパスに入所して以降も、二人は多忙を理由にアナンにどちらも顔を見せた事は一切ない。アナンもまた面会を望まなかった。
アナンにとっても両親は自分の幼さゆえの失敗を象徴する汚点であったのだ。少女は失敗から学ぶ。
―もっと上手くやらなきゃ。
その為には力が欲しい。それを存分に振るう場も。自分にとって最高の快楽を得るための立場、手段、力を手に入れ、またそれが許される「居場所」が必要になった。
そんな彼女の狂気が。
適合する事が発覚し、彼女の二つ返事の同意の下、投与された偏食因子―P-66偏食因子が彼女の意志、目的に従って変容、結果…この血の力は生まれた。
「断絶」
アナンは場を得た。そして水を得た。
選んだ居場所はこの時代で最も苛烈な衝突、軋轢、戦乱のまっただ中。人間とアラガミとの血で血を洗う決して交わることのない「断絶」の渦中。
彼女にとって悦楽の場であった。
そして時は2072年
欧州
旧産業廃棄物処理場跡―
「あはぁ……」
恍惚の表情で立ち上がりつつ、紅い髪を揺らして振り返る。血飛沫を間欠泉のように吹きあげ、背後で同時に事切れる二つの中型種に一瞥もくれず、途端不満そうにアヒル口を尖らせてこう言った。
「あ~あ。…壊れちゃった」
失望したような口調、爛々と輝いていたエメラルドの瞳の光が少し曇り、気だるげにじとりとその場に駆け付けた仲間三人の姿を見る。
「おかわり」をねだる少女のようにやや不満げな視線、焦点。
背後に広がる紅蓮の地獄のような光景とは対照的に彼女の右手に握られた盾のみの神機には血も一切付いていない。彼女自身も返り血を浴びていない。駆け付けた無言の三人に比べたら綺麗なまま。
自ら直接手を下さず、全く手を汚さずにこの場を、三人の眼下に拡がる光景を地獄に変えた少女―
二つに「割れた」ハート形の神機を携え、
そして「壊れた」常人には理解不能の狂気を持った生まれながらのクレイジーガール―
アナン。凱旋。
「……あはっ。みんなお疲れ様~~」
読了お疲れさまでした。