「…オン君。レオン君?起きていらっしゃいますか?」
「んっ…。ん、あ。テルオミさん?」
個室のドアの向こうから軽いノックとテルオミの礼儀正しく柔和な声が響く。
「朝早くに申し訳ありません。いきなりですが今から直ぐ出られますか?詳しい事情は道すがら説明しますから」
「は、はい。解りました!」
ノエルはいつものつなぎの作業着を羽織り、ゴーグルを首に巻いて部屋を後にした。
「第八装甲壁が破損、ですか」
「ええ。幸い今の所大きな被害は無いそうですが、念のためGEを派遣するそうです」
小走りのテルオミとノエルは並走し、神機整備室に向かいながら会話する。
「…の、割にはイマージェンシーコールも無かったですよね。非番で尚且つ研修中の僕らを呼びだすほど『猫の手も借りたい』ってほどの事態じゃなさそうですが…」
アナグラの緊急事態宣言にも台風の警報やら注意報のように段階レベルがあり、そのレベルに応じて呼び出されたり駆り出される人員が調整されている。
非番+研修中のひよっこ整備士まで駆り出されるほど重篤な緊急事態が発生した様子は無く、アナグラ内の雰囲気は比較的落ち着いている。現在担当中の人間で十二分にさばける程度の事案であることは間違いない。しかし何故テルオミはここまで焦っているのか、そして嬉しそうに溌剌としてわざわざノエルを部屋まで呼びに来たのかが解らない。
「い~え。レオン君。僕ら出来そこないの神機整備士にとって十二分にイマージェンシーな事態ですよ!急がないと!!」
「…?」
訝しげなノエルを急かすようにテルオミはさらに走る速度を上げた。
「おい押すな!」
「みえないだろ!そこしゃがめ!」
「足踏むな!」
事案の緊急性とは反比例にノエルが神機整備室近辺に辿り着いた時には研修中の整備士、または神機研究者、開発関係者、背広を着た企業役員らしき人間まで押し合い圧し合いの満員電車状態であった。
「え。え~~!?なんでこんな状態なんですか!?」
「うわわ。これは凄いですね~~」
理解不能の光景に困惑するノエルとは対照的にテルオミは「やっぱりこうなっちゃいましたか…」的な苦い顔をし頭を掻く。細身の少年と小柄の少年ではこの殺気だった修羅場を突破できるわけがない。
「おう!テルオミ!レオン!こっちこっちだ!おい!そいつら二人は研修生だ!道を開けてやってくれ!!」
浅黒く太い腕を広げてダミアンがその屈強な体で群衆を軽々と押しのけ、二人を招き入れる。
「ダミアンさん!!」
「席はとっといた!早く来い!いくら体のでかい俺でも三席確保すんのは厳しい!視線が痛くてな!」
「席!?視線!!???」
「すみません!恩に来ますダミアンさん!!レオン君!行きますよ!さぁ!!」
「ええ!?整備室はあっちですよ!?」
「何言ってるんですか。僕らが言っても邪魔になるだけですよ!!さぁ早く!」
「???」
ノエルは促されるまま二人についていく他無かった。
神機整備室のとある一室は大学病院のオペ室のように上から関係者がガラス越しにその様子を見る事が出来る。普段はほぼ無用の部屋で存在意義が問われるほどの部屋だがこの日に限って満員御礼、立ち見の人間までいる。
まるで有名教授の執刀の如く、その場に居る人間はその眼にはいる物を「全て見逃すまい」という気迫に溢れており、殺気すら感じさせる。まだ状況が掴めないノエルは居心地の悪さを感じながらダミアンが取っておいてくれた席に元から小さな体を更に小さく丸めて恐る恐る眼下の整備室を覗き込んだ。そしてすぐに
「あっ」と思わず声が出た。
…「あの人」だ。
「おっけぃ。完了。装甲壁のデータ更新は現地に行った先で私が無線で指示するから手動で操作して。周波数は223に。あそこ電波が狂いやすいから」
「了解です」
「神機は八割方出来上がってる。最終調整に入るよ。ヒバリ!?」
『観測班によると付近のアラガミの数は小型3、中型1です。隔壁の損壊地点まで約8分の地点。住民の避難は完了しています』
「…5分以内に調整終えないとね。替わって!私がやるよ」
「は、はい。お願いします!」
おおっ、とノエル達の居る部屋が色めき立つ。整備室で明らかに中心になって作業をしている少女が中央の神機に手を付けた瞬間、緊張感が更に高まった。
そう。彼らはこの瞬間を待っていたのだ。部屋は奇妙なほど静まり返っているが、その場に居る全員の心臓の音が聞こえてくるようであった。
グラブ越しに刀身の上で鮮やかに手を滑らせ、一つ一つのセーフティーを解除、神機が覚醒し、まるで機関車が発車する前の様な蒸気が溢れ出る。
同時に少女は端末を操作。同時神機は剣、銃、盾と形態をころころ変える。見た目には非常に滑らかに変形が行われているように見えるが少女は少し眉をひそめた。
「…機構部分に異物が混入してる。嫌がってるね。前回この子を洗浄した際の培養液は?」
「L社のM-65ですが…」
「ダメだよ。あれは洗浄力は高いけど乾いたら凝固して…ほらこんな風に機構を詰まらせてスムーズな変形を妨げてしまう。洗浄後は入念に取り除いてあげないと…」
「す、すみません」
「今からちょっと『開いて』凝固した培養液を取り除くよ」
「え!?そんな、時間無いですよ!!」
「こんな状態でこの子を戦場に出すわけにはいかない」
神機変形機構部分は生物で言う「神経節」にあたる。当然かなりデリケートな部分であり、うっかり破損させたり、傷付けたりすると変形の不具合どころか変形すら不可能な状態に陥る可能性すらある。その周りにこびりつき、凝固した培養液を取り除くのだ。当然時間がかかる。
「見てて」
一言そう言い残し、タイムリミットを目前にして少女は神機の解体を開始、機構部分にこびりついた不純物を綺麗に、しかし素早く取り除いていく。
呆気にとられるほど鮮やかな手つきで瞬時にその作業を終えた少女は再び解体した神機を組み直し、最後に優しい手つきで神機をすらりと撫で
「どう?調子は?」
と呟いた。
神機は返事はしないがすいすいと変形の速度が目に見えて格段に早く、そして滑らかになっていた。その滑らかさは最早機械では無く、まるで小さな子供が自分の手を色んな形にして遊んでいるかのようなしなやかで柔軟な動きであった。
「イイ子ね」
少女はそう言って表情を崩す。優しい笑顔だった。
同時に整備室に駆けこんできた今回の任務に派遣されるらしき神機使いに接続をさせた。「繋がっている」為により神機の異常が察知できる神機使いが何の質問、疑問も無くリッカに礼を言って発っていくのを見送り、最後に装甲壁の現場整備士に2、3の確認事項を伝え、少女が神機整備室を後にした時、上からその作業を見守っていた連中から大きな溜息がでた。
「すげぇわ…」
「おいおい。覚醒状態の神機解体して作業してたぞ…あんなの麻酔なしで猛獣を手術してるようなもんじゃねぇか…」
「うう…ウチの開発班に是非とも彼女が欲しい!!しかし一体いくらかかるだろう…。せめてウチの開発部に講習にでも来てもらえないだろうか…ああ!ダメだ!どうせここの支部長にぼったくられるに決まってる!!くそぅ…あの狸め。いい技術者を持ってるなぁ…いいなぁ。いいなぁ」
興奮と脱力が入り混じりながらぞろぞろと部屋を後にする連中に混ざることなくノエルを含む3人は今も尚席を立てずにいた。
「…」
「…」
「…」
「言葉がありませんねぇ」
「ああ」
「…はい」
はふぅ……。
3人は2分後、誰が言い出すでも無く無言で同時に席を立ち、大、中、小と対照的な体を妙にシンクロの取れたふらふらとした歩き方で綺麗に並んでその場を後にした。
傍目にもシュールな光景だっただろうとノエルは思う。
「はぁっ…!はぁっ!はぁっ!」
そんな3人の隣を特徴的な左右に髪を巻き上げた少女が駆け抜けていく。その進行方向は明らかに神機整備室であった。しかし神機整備室の前は現在圧巻の整備を見せた少女を出待ちしている者たちで溢れかえっている。
「すいません!スイマセン!!その!どいてくださぁ~~~い」
少女は捲き上げた髪をぴょんこぴょんこと揺らし、たむろしている連中の後ろで跳ね回っているが連中は聞く耳を持たない。
「もぉ~~どいてぇ~~く・だ・さぁ~~~い」
少し涙声も混じっている。
「…ダミアンさん」
「ですねぇ…」
ノエル、テルオミは既にお互いの意図を察し、ダミアンをちらりと見る。
「…おう。任せとけ」
ダミアンはのっしのっしと最後尾の少女に
「ちょっとどいてろ」
「あ…」
「「「うわぁっ!?」」」
「…興奮するのはいいが周りを見ろ」
たむろする研究者、開発者を元GEのその鍛え上げられた両腕で再びダミアンはあっさり押しのけ、少女の道を切り開く。
「あ、ありがとうございます!」
「ああ。気にするな。…何かあったのか?」
「んっと……あの、その…良ければ」
「うん?」
「すいません!!どうかお手伝いして頂けないでしょうか!」
少女―ヒバリは顔の前で手を合わせ、ダミアンに懇願した。
30分後
「有難うございました!!!」
ヒバリは重ね重ねダミアン、そして「コイツらに言われたからやったんだ」と言うダミアンの傍に居るノエル、テルオミにもぺこぺこと頭を下げた。
「いえいえ。当然の事をしたまでですよ」
テルオミはにっこりと笑う。
「僕何もしていないですし。それより…大丈夫なんですか。その…」
「はい…」
圧巻の整備技術を見せつけたあの整備士の少女―楠 リッカは整備、装甲壁換装の指示を終えた後、糸が切れたように整備室で意識を失っていたのであった。ヒバリはその報告を聞いて駆け付け、先程の出来事があったのである。
ヒバリはノエル達三名の護衛、協力の下医務室に辿り着き、ようやく状況が落ち着いた所であった。
「あの~竹田 ヒバリさん。一つよろしいでしょうか?」
「あ。ヒバリでいいですよ。何か…?」
「楠 リッカさんは先日まで休職中と伺っておりましたが、やはり体調を崩されているとか何かでしょうか」
「あ。その…」
ヒバリは話しにくそうに眠るリッカの表情を見ながらテルオミから目を逸らす。
「…あ。申し訳ありません。よく事情を知らない部外者がこんなことを」
「いえ。いいんです。まぁその、いろいろ事情がありまして…その、すいません!ご勘弁ください」
「いえ。そんな。こちらこそ軽率でした!!」
「…事情がある事は解った。聞くべきことではないんだろうな。…ただ何か協力できることがあったら何でも言ってくれ。遠慮なくな。ああ。恩になんか感じる必要はないぜ?むしろ俺達が恩を返したいんだ」
「恩…ですか?」
「そうですね。僕たちはリッカさんに感謝してるんです。あれほどの技術を見せて頂いたお礼が少しでも出来るなら大歓迎です!」
「…有難うございます。ダミアンさん。テルオミさん。…レオン君も」
「…」
「レオン君…?」
「…あ。いえ何でも」
「…?」
ノエルの表情に差し込んだ影にヒバリが首をかしげた時であった。
「ヒバリ…?」
先程の仕事の時と違って消え入りそうな声を出し、ゆっくりと上体を医務室のベッドから起こして少女―リッカは親友のヒバリとその周りに居る見事な三者三様の姿をした三人を眺める。
「…?ヒバリ?この人達は…」
「よかった!気がついたんですね。リッカさんこの人たちは―」
「アナグラに研修に来てる整備士見習いの真壁テルオミ君、ダミアン・ロドリゴさん、そして―」
「「「「え?」」」」
一同狐につままれたように目を丸くしてリッカを見る。
その反応に少女は少しクスリと笑って
「君は『レオン』君…だよね?」
―テルオミさんが「名前を覚えてくれているなんて感激です」と喜び、ダミアンさんも表情が綻ぶのを止められず、ヒバリさんもそれを見ながらくすくすと笑っていた。
僕も当然嬉しかった。「レオン」は本名ではない偽名とはいえ彼女―リッカさんが僕の事を知っていてくれた事に。
でも嬉しさと感謝と同時に申し訳なさが募る。
テルオミさん、ダミアンさんが知らない「事情」を僕は知っている。ヒバリさんが話せない事実。そしてその裏側まで全てをこの場で唯一知っている自分がただただ疎ましかった。リッカさんをこの状態に追い込んだ他でもない張本人の自分。笑う資格など喜ぶ資格など無い。
でも笑った。無理やりに。
果たして笑った様に見えただろうか。本当に。
…自信、ないなぁ。
読了お疲れさまでした
あっれ…!!??
駄目だ!終わらねぇ!!!??
どうなってんだ!!!??
サブタイトルが「外人の転校生」みたいな事になってるぅ!?
ランディ~~!助けてくれ~~!!
あ。今日先発だったか。