G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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第22話 メッセンジャー 下

「疲れた…」

 

「疲れました…」

 

「GEの戦場でもここまで『死ぬ』と思った事は無い…」

 

 

ぷしゅ~っ

 

 

見習い整備士として派遣されたノエル、テルオミ、ダミアンの三人はカフェテラスにて死屍累々とテーブルに突っ伏してオーバーヒートの煙を上げていた。ここ連日出撃が相次いだ上に復帰したリッカの研修生への指導が予想外にスパルタだった事もある。

そもそも極東支部と他支部の戦力、出現アラガミの数、質、性質の差によって生じるカルチャーギャップが整備士にまで及んでいるらしい。彼女の様な病み上がりの人間にさえ仕事量、作業量が全く追いつかない有様で彼らはついていくのがやっとであった。

リッカが涼しいカオで結構無茶な課題を課してくる様は彼らにとって中々にホラーな光景であった。

 

「…で、でもまぁ。おかげ様で自分の成長の実感をひしひしと感じますよ」

 

「そうだな。特にテルオミ。お前体調の整わないリッカの替わりに臨時の代理主任整備士になるようにこっそり打診されたらしいな…流石だぜ」

 

「あ。聞かれてましたかぁ?お恥ずかしい」

 

器用かつ要領がよく、おまけに人当たりがいい反面、少々腹黒い所もあるテルオミはいかにも出世しそうなタイプだ。

 

「なんだかんだ言いつつもテルオミ。お前狙っていたろそのポジション…。俺には解るぜ」

 

「ばれちゃってましたか…何せ主任整備士にさえなれれば今は限定されている「ノルン」のアクセス権限がうんと増えますからね!躍起にもなるってものです。どれほど非公開のお宝神機の資料、映像があることやら…」

 

ぐへへへとテルオミは嗤う。疲れ果てて少々壊れたノリの下品さな笑いだが、ある意味なんて清々しい。

 

「なんて奴だ。悪い意味でお前はブレないな。テルオミ…」

 

「うふふ…なんとでも言って下さい。技術、知識を磨き、同時に数々の未だ見ぬベールに包まれた神機達を大っぴらに!!開けっぴろげに!!赤裸々に!!堂々と!!胸を張って!!舐め回すように愛でる!!これこそこのテルオミが極東支部に来た最大の目的なんです!!」

 

 

 

 

 

 

 

テルオミはノエル達に笑いながら自分の「目的」をそう語っていた。そして同時に

 

―騙っていた。

 

 

 

 

 

それをノエルが知ったのは後日テルオミの部屋にその日の研修のおさらいの為にノエルが一人彼の部屋を訪れた時であった。

 

「~♪」

 

鼻歌交じりに招き入れたノエルの為にコーヒーを淹れるテルオミの傍に一枚の写真があった。基本的にノエル達の様な研修生はある程度の技術が付いたと判断されれば即他の支部に派遣という形がほとんどであり、現在あてがわれた仮の住まいである部屋で自分の私物を出す人間は少ない。部屋を引き払う際に当然手間になるからだ。すると自然研修生の部屋は殺風景になる。テルオミの部屋も最低限の日常品以外ほぼその手の物の封を開いていない。だからこそその写真が殊更ノエルの目に留まった。

 

―…。

 

写真には今より少し幼いテルオミ、長身痩躯の髪の長い男性、テルオミに似た男性、そしてその傍らに赤い眼鏡をかけた綺麗な女性が笑っている写真であった。

同時ノエルは気付く。テルオミ以外の他の三人の共通点を。

彼らには例外なく右腕に赤い腕輪が装着されていた。神機使いの証だ。

 

「…私の兄とその知人達ですよ。お察しの通り全員ゴッドイーターとして働いています」

 

「御兄さんが神機使い…ですか」

 

「ええ。僕が神機にのめり込むあまり数々の危険行為を犯しても何とかことなきを得たのは兄とその同僚の方々のおかげなんですよ」

 

コトリと温かいコーヒーカップをノエルの手元に置きながらテルオミは誇らしそうに微笑んでノエルと共にその写真を見、淹れたばかりのコーヒーを口に運びつつ手で「召し上がれ」とノエルに促した。

 

「…頂きます」

 

ノエルの言葉ににっこりと微笑んだテルオミが手元にコーヒーカップを置いて再び写真を眺めた時であった。

 

―…テルオミさん?

 

「…」

 

今まで見たことのないテルオミの真剣な表情がノエルの目に映った。いつもは常に緩めている口角を強くひき結んでいた。

 

「…その写真の中心に居るのは僕。その左隣が兄さん。ちなみにハルオミという名前です。右隣が兄さんの後輩であるギルバートさん、そして兄さんの右隣りに居る女の人がケイトさん…兄の恋人です。とても綺麗で明るく、そして優しい方ではっきり言って実の兄より私を庇ってくれましたね。全く以て兄には勿体ない女の人でした」

 

「へぇ…。…ん?」

 

―…『でした』?

 

テルオミの表情が自分の親しい間柄の人達を語るには余りにも真剣、且つある意味凄惨に見えたのが気にかかった。同時「三人ともGE」。「でした」の言葉とテルオミの現在の表情―そこから導き出せるこの時代特有の「答え」がノエルの中にすぐに浮かんだが言葉に出せない。少し苦いが美味しいコーヒーをノエルは口を紡ぐ丁度いい理由として口に含む。

 

「…つい数ヶ月前です。ケイトさん―義姉さんがグラスゴー支部でKIA(作戦行動中死亡)と認定されたのが」

 

テルオミは結論としてはっきりと言葉に出した。

 

「…」

 

「私も近しい人達が神機使いである以上覚悟はしていたつもりですが…それでも納得いかない事があったんです」

 

「納得いかない事…?」

 

「義姉さんが亡くなった時の状況、情報が遺族で或る僕らにすら開示されなかったんですよ。フェンリルの作戦行動の機密保持―という理由で」

 

「…」

 

「義姉さんが死んだ時その場に居合わせた兄さんもその部下のギルさんもフェンリルの機密保持上僕に何も言えなかったんです。その後ギルさんは直ぐに別支部に転属、兄さんもふらふら各支部を転々としています。…僕達はバラバラになりました」

 

テルオミは口惜しそうに唇を噛みしめ、ノエルをちらりと見て恥ずかしそうに笑ってこう続ける。

 

「悔しかったですよぉ。僕だって最早義姉さんは家族同然、それなのに僕だけ『蚊帳の外』なんですから。何がどうしてこうなったのかも何も解らない。落胆してる兄さんもギルさんに何も声をかけてあげる事も出来ないんですからねぇ」

 

―悔しかったですよ…ホントに。

 

最後にそう付け加えてテルオミは視線を落とす。

 

 

「その為にテルオミさん…。貴方はフェンリルが情報開示、共有するに値する人間になる必要があった…」

 

「…」

 

「だからここに、神機整備士になろうとここへ…?」

 

「そういうことです。確かに義姉さんはもうどんなに望んでも戻らない。それは解っています。ならせめて残された兄さん達に少しでも寄り添えるようになりたい。同じ悲しみを理解し、共有し、支える事が出来るようになりたいんです。その為には今の…何も知らない蚊帳の外の僕じゃ駄目なんです。兄さん達と同じ立場に立たないと…!」

 

強い視線でテルオミは前を見据える。強い決意に満ちた眼差しであった。

 

いつもの物腰の柔らかさ、軽薄さ、神機を語る時の幼さの中に隠していたテルオミの強い意志、「目的」を垣間見てノエルはテルオミの部屋を後にした。そして自分の整備士の教材の中にいつも忍ばせている「ある物体」を出す。

 

それがノエルがここに来た「目的」だ。

それは「手紙」。エノハから託されたリッカへの「あの」手紙である。

 

リッカ以外の誰にもその手紙の存在、内容を知られず、彼女だけが見るように仕向ける事、届ける事―それがノエルの今回、極東を訪れ、整備士としての技術を磨く傍らで課された極秘任務である。

 

そのタイミング、場所をノエルはこの半月近く探っていた。

しかしリッカが一人になるタイミングは中々訪れない。心身共に万全ではない彼女の周りには彼女を支える友人達が居たし、整備士の研修としてリッカの師事を受ける時も常に周りには同じ研修仲間が居た。

 

周りの人間に悟られず確実にリッカだけに手紙を届け、内容を見せると同時「届け人がノエル」ということもリッカに知られてはいけない。リッカがノエルを足がかりにエノハの足跡を辿ろうとするのでは、という懸念、疑念が例え本人にその気が無かろうと生まれてしまう。結果お互いに好ましくない状況が生まれる。

 

そう考えると中々微妙な任務である。何故自分はこんな役目を引き受けた―いや、自ら立候補したのだろうとノエルは自虐的に笑う。

 

任務の傍ら最前線、世界最高峰の神機技術、整備技術を見られるから?

 

いや違う。

せめてもの罪滅ぼしをしたいのだろう。自分の失態がきっかけで引き離してしまった二人に。テルオミ、ダミアン達と違って何と情けなく、手前勝手な「目的」だ。誰よりも何よりも自分が楽になる為の己の、己による、己の為の「目的」だ。

 

それでもノエルはこの役目を誰にも譲る気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして後日

 

リッカに手紙を渡すのに好都合な彼女が自室以上に定期的、かつ一人で訪れる可能性が大いに高い場所が判明する。

 

深夜の神機保管庫だ。

 

先日エノハを脅迫する際に使用し、まだ生きている監視カメラのここ数日の映像を通してノエルは知る事になる。

 

リッカがエノハの腕輪を連れ、定期的に深夜の神機整備室を訪れ、そしていつも遺された神機―エノハの神機を前にして一人涙していた事を。

 

自分に課された任務を遂行する絶好のポイントを見つけたにも関わらずノエルの気持ちはさらに重くなるがそれでも鈍間な足を引きずるようにしてノエルは歩き始めた。

 

一路神機保管庫へ―

 

 

 

 

 

 

―今夜はヒバリさんを始めとした幾人かのGEの女性の方が非番ということで付きっきりでリッカさんの傍に居られるらしく、リッカさんが今夜ここを訪れる事は無い。

 

「変わりと言っちゃなんですがお邪魔します…」

 

僕はそう言って休眠状態の神機が立ち並ぶ保管庫でエノハさんの神機の前に立つ。

 

一言素晴らしい神機だ。

 

一流の使い手、一流の整備士によって扱われ、現在は本来の役目である「闘争」から解き放たれたアンティークであるが一目で解るその洗練された機能美を備えたその神機は存在だけでその分野に精通した者達の心を巨匠の名画の如く奪う。

 

そんな神機を前にして何故か僕は本来の役目を一旦忘れ―

 

「…そう言えばエノハさんが生きている事を知っているのはこの極東支部では君と僕だけなんですよね」

 

話しかけた。

 

―どう思いましたか?自分の主が目の前で連れて行かれたのを見て?置いていかれて。

 

そして君と主を引き離したのが他でもない僕のせいだとしたら君はどう思いますか?

 

僕は……僕はどうしたらいい?

 

エノハさんとリッカさん、そして君にどう償えばいい?

 

解らないし、何も見えないんだ。

 

ただ今は償っている「つもり」で必死に自分を守っているだけ。免罪符を得る為に自分の出来る事を必死に模索しているだけ。

でも相変わらず僕は未熟で何もできない出来そこない。人間としても。神機使いとしても…神機整備士としても。

 

僕がもっとしっかりしていれば、もっと優秀であれば、賢ければ。

 

いっその事リッカさんに面と向かって全てを、エノハさんの無事を伝え、同時に「自分が貴方に変わってこれからも戦い続けるエノハさんを守る」と胸を張って言えたら―

 

…言えるわけがない。力不足もいいとこだ。

 

それに何が「エノハさんを守る」、だ。二人を引き離した張本人が言っても滑稽な事この上ない。

 

僕には彼女と面と向かって向き合い、全てを打ち明ける資格も技術も何もない。

同時全てを打ち明けて生じる問題、課題にも向き合って全ての責を負う度量も度胸も無い。

 

本当に何もかも。何もかもが足りない。だから僕は今は託すことしかできない。

 

神機である君にこの手紙を。この極東支部で唯一エノハさんが生きている事を知っている君に。

 

 

「許して下さい。許して…」

 

ぺたりと座りこむ。エノハさんのリッカさんへの手紙を握りながら。

 

 

―どうか許して。このどこまでも未熟でのろまでヘタレの―

 

メッセンジャーを。

 

 

 

 

 

「っ…!!」

 

 

僕の想いを読み取ってくれたのか。

それとも「手紙」からかつての主の匂いを嗅ぎ取ったのかそれは解らない。

エノハさんの神機は「応えて」くれた。捕食形態を開き、無数の触手が僕の手に触れ、大事そうに白い手紙を取り上げる。

 

休眠状態である事を知らせるコンピュータの神機の数値。腕輪も適合者も無しに動く神機。理解不能の異常な光景であることは間違いない。が、どうでもいい話だ。

元々僕には解らないものだらけなのだ。それが目の前で一つ増えた所で大した影響は無い。

 

ただ一つ僕にも解るのはこの神機もまたかつての主と同様に「伝えたい」と思っていたということだけだ。己が知る真実をたった一人の人間に。

しかし歯痒くも自らは物言えぬ神機。伝えたい相手は神機整備士としては限りなく優秀だが所詮常人であるリッカさんだ。神機接続も出来なければ、感応現象も出来ない。伝える術は無し。だからそこに都合よく現れた僕を今から利用するのだろう。

 

…それでいい。

 

これ以上望む物など在るものか。僕の様な人間には充分過ぎる厚意だ。

 

有難う。

 

ありがとう。

 

 

「…ありがとう」

 

 

 

そう最後に呟いてへたり込んだノエルの前でエノハの神機は何事も無かったかのように元の形態に戻る。その光景を周りに居る神機達もまた無言で見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後―神機整備室にて

 

 

「あ。おはよ!レオン君」

 

だいぶ延びた長い髪を後頭部で乱雑にくくりつけたリッカの姿があった。

その表情は今までになく溌剌としている。

 

「…リッカさん!?え。確か…」

 

「あ。はは…レオン君も聞いてた?私がヘマしてソーマ君から謹慎処分喰らった話…」

 

「はい…」

 

「次の日ね。謹慎処分といてもらえるようにソーマ君に直談判しに行ったの。ざっと一時間くらい謝り倒してね?ソーマ君がうんざりするまで拝み倒したなぁ。その甲斐あってめでたく謹慎処分取り消し!あはははは!!」

 

「そ、それはすごいですね…可哀そうにソーマさん…」

 

「可哀そうなのはこっちだって…ソーマ君ったらどんだけ頼んでも神機に私が何か『直接施術する事は後十日は禁止』ってとこだけは譲らなかったの」

 

「うえっ!!っていうことは…」

 

「そ。口で指示しか出せないってことぉ」

 

「ひぃ~~~っそ、それが一番つらいです!!本当に可哀そうなのは僕達です!!」

 

リッカは結構素の顔で「極東基準」の無理難題を言ってくる。本人はどうやらスパルタであるという自覚が無いらしい。そしてノエル達見習い整備士のおぼつかない手つきを見て隣で、そわそわ、やきもきする所を隠せない所がある。

 

「ああ~~っまどろこっしい!!なんであんなミスしちゃったかなぁ私!!」

 

神機に触れない禁断症状が極限に達し、そう叫びながらぐしぐしとリッカは頭を掻く。

これでは見習い神機整備士に対して「このぶきっちょ共め!!」と、言っているに等しい。根っからの現場主義で仕事を人に任せる事を良しとしていなかった彼女は案外指導には向かないタイプと言えた。

しかしそれでも彼女は後進を育てていく人間になるべきだ。

自分の仕事を現在の整備士としての任務だけでな、くより広い技術、分野に視野を拡げ、そして彼女自身が「独自」に行っている研究開発の時間をこれから割く為にもいずれ自分のやってきた仕事をどうしても誰かに任せる事は必要になってくる。

だからこそここにノエル、テルオミ、ダミアン達のような人間が居るのだ。それをリッカも百も承知している。

 

 

「ふぅっ!!…でも仕方ない。自分のやっちゃった失敗のせい、自業自得だもんね。だから今出来る事をやらないと」

 

「……!」

 

そのリッカの言葉にノエルは目を見開いた。そして眩し過ぎる物を見てしまったかのようにして笑う。

 

「ん?レオン君…?」

 

「そう…ですね。やらなきゃ…ですね」

 

 

 

 

 

―そうだ。

 

例えどのような理由が、どのような経緯があろうと、そしてそれがどんなに後ろめたかろうと。罪滅ぼしだろうとなんだろうと僕は自分の出来る事、やれることをやるしかない。それが結局は自分の為、自分を守る為の行為―偽善だとしても何もやらずに居るより遥かにマシだ。

 

僕は進むしかない。

 

その先にひょっとすれば僕は自分を許せる瞬間が来るのだろうか。それも解らない。

 

解らないことだらけ。例えそれでも―僕は進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の終わり―

 

一日の整備業務を終え、続々と整備室を後にする整備士達に声をかけながら一人残る人が居た。リッカさんだった。

 

「……」

 

彼女はエノハさんの神機の前に立ち、神機の固定機ごしに額と両手を預けて暫く祈る様に目を閉じた後、目を開けて上目遣いで少し悲しそうにくすりと笑う。

 

その光景に僕は確信する。最早自分がここに留まる理由は無い事を。

 

その日僕は神機整備室に仕掛けられていた監視カメラを外した。指示されたことではない。エノハさんの生存を知った彼女が何か手を打つ可能性も無きにしも非ずの上に「人質」としても有用な彼女を監視する必要もある以上、ここに残しておいて損は無い物だ。が、僕には確信がある。「もうこんな物はいらない」という確信が。

 

リッカさんは全てを理解し、受け入れ、その上で誰にも何も言わずきっとエノハさんの帰りを待っている。

 

恋人と別れる間際の様な名残惜しそうな困った笑顔を神機に向け、左手でポンポンと神機を優しく叩きながらリッカさんは去っていく。後頭部に結わえた後ろ髪を揺らしながら。足取りは軽い。

 

もう彼女は振り向かないのだろう。

 

その背中に向かって僕は深く一礼した後、僕もまた彼女から背を向け歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






「おかえり…ノエル。お疲れ様」

極東支部から帰ってきた僕を最初にヘリ内で迎え入れたのは意外にも

「エノハさん…?」

「レアも来たがっていたんだけどちょっと帰り道の空路周辺にシユウが増えているみたいでさ。代わりに俺がナルと一緒に護衛として迎えに来た」

ヘリのコクピットでいつもの軍帽の代わりに、分厚いヘルメットを被って操縦桿を握る女性―ナルが

「お疲れ様でした。ノエル」

綺麗に切りそろえられた黒髪の合間に光る細い目をノエルに向かって優しく緩ませる。

「…有難うございます」

「任務ご苦労さまでした。…と言っても今からまた少し長旅になるんですがもう少し我慢して下さいね?」

僕を回収した後、再び飛行を始めたヘリ内で暫し沈黙状態が僕らの間に続く。エノハさんは僕に何も聞こうとしない。ただ無言で極東支部がある方向を見つめている。
例えここからは見えないとしても消せない懐郷の念が彼にもあるのだろう。
所詮僕が何を言っても何の慰めにもならない事は解っていた。

それでも

僕は口を開く。僕から言わなければならない。

これは…これからの僕の決意表明だ。言葉にしてはっきり残す。逃げ道など作らない。


「エノハさん」

「…ん?」

「リッカさんは素晴らしい人でした。整備士、技術者、人間としても」

「…!…そうか」

「僕はとてもあの人の様にはなれません。技術も知識も経験も何もかもがあの人に及ばない役立ただずだけど…でも…でも守りますから…!エノハさんを、ママを、『ハイド』の皆を。整備士として」


「…そっか。ありがとうノエル。頼りにしているよ」

僕の言葉に心底安心したようにエノハさんは微笑んだ。リッカさんがへたれで役立たずな僕にここまで言わせたことにどこかエノハさんは感じ取った、確信したのかもしれない。手紙を受け取ったリッカさんがはっきり、しっかりと振り返らずに自分の道を歩み始めている事に。

それが嬉しく、少し悲しくもあったのだろう。
その背中を支え、押してあげられない自分に。傍に居てあげられない自分に。
それでもエノハさんの目には僕に対する非難は無い。

「ありがとう」

彼はさらにもう一言僕にそう付け加えた。思わず目を背けたくなるぐらいの後ろめたさが僕を襲う。だがもう目は逸らさない。

僕のせいで自らの道を歩めなかった人、愛する人と共に歩む道を絶たれ、別の道をこれから歩んでいくこの人の「想い」を最後まで送り届ける。

この「道」の先でもう一度この二人を繋ぐ。この人を神機整備士として守り、支えて無事に「送り届ける」んだ。


今度こそ僕自らの両手で。





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