G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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Good Morning Ms Rouge.2

2071年 欧州

 

クラウディウス家邸宅内で轟々と燃え盛る原形を最早留めない黒塗りの車、そしてそれと同様に父もまた元が人であったことが疑わしいほど形を成さず、ただ赤黒い地面のシミとなって燃え盛る姿。

 

それが私―レアが思いだせる父ジェフサ・クラウディウスの最期の姿だ。

 

「…」

 

その光景を真っ赤な炎に照らされながら薄い笑みをこぼしている妹―ラケル・クラウディウスの表情。目の前で変わり果てた肉親を見る表情では無かった。薄い笑みに少し残念そうな感情が混ざっていたように私は思う。

 

―残念ですわ。お父様。私達理解し合う事が出来なくて…。

 

「痛恨の極み」「悔恨」とは程遠い、些細なノイズの様なもの。ただ「人間らしく」振舞うフェイクの表情にも私には感じた。それほど今目の前に起こっている事に頓着が無い。

 

この子はこの直前、父に指摘された自らの蛮行を「来るべき晩餐の下ごしらえ」と「生前」の父に言った。

 

「大事の前の小事」。この子にとって眼前の光景は

 

ただただ唖然とする私にもうじきラケルが振り返るだろう。きっとその時にはこの子はもうその事を忘れているだろう。私なんかが伺い知れない、1mmも歩み寄れないような確固たる狂気を携えたまま何事も無かったように穏やかな笑顔で私を見るのだろう。

 

その恐怖に私は顔を覆う。もう何も見たくなかった。そしてただただ許しを請う。

私の時はそこで止まる。

 

その日から…いえ、もうずっと前からだったのかもしれない。

この子―ラケルにとって私も父も、人間らしい営み、幸福そのものが操り人形、フェイク、状況を構成する要素にすぎなかった事を私は自覚、理解した。

 

私は全てを諦めた。ただ屈服した。目を閉じ、顔を塞いで心も記憶も断った。

 

そんな時に私の中から「あの子」は現れた。「現れた」と表現したのは他でもない私自身が既に「彼女」の存在をどこかで感じ取っていたからだろう。

「あの子」はずっと居たのだ。ただそれを表現する言葉も記号も無く、そして何よりも私自身が認めていなかった、否定していただけだ。

 

 

先日エノハ君が名付けてくれた名前をあの子は気に入ったらしい。だから私も彼女をこう呼ぼうと思う。

 

 

…おはよう。私(ルージュ)?

 

 

不甲斐ない、全てから目を逸らした私の責、憎しみを全て背負ってしまった私の可愛い―私。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹ラケルの姉レアの幼少時代に話は遡る。

 

彼女達の母親であり、ジェフサ・クラウディウスの妻であった女性はラケルを産んで早くに他界している。

 

父親似のレア、母親似のラケルと対照的な見た目通り二人の性格もまた対照的。

内向的な妹ラケル、お転婆で直情的なレア。全く正反対の素養を持った姉妹はそれ故衝突することが多かった。

傍目には一方的にレアがラケルに突っかかっているように見えて実は妹ラケルは妙に姉レアの神経を逆なでする行動をよく取った。それが幼く、極端に内向的で無口な彼女なりの「存在」のアピールなのか、それともこの頃から既に「支配」を行う為の仕込みを初めていたのかは明確ではない。

 

どちらにしろそれが引き鉄となり彼女達の人生を左右する決定的な事件が起きる。

 

いつものように無断でレアの大事にしていた人形をラケルが持ち出した事、そしてそれに関して問いただしたレアになんら謝罪も釈明もせず、ただ笑う妹ラケルを激昂したレアが階段から突き落とし、脳挫傷、脳死、植物状態にさせてしまった。

 

 

眠り続けるラケル、犯した罪の意識に苛まれるレア。世を去った愛する妻が遺した娘二人のすれ違いが起こした悲劇に打ちひしがれた父ジェフサ・クラウディウスは娘たちへの深い愛情ゆえに手段を選ばなかった。

 

 

P73偏食因子。

 

被験者に異常なほどの回復力、自然治癒力をもたらす因子。GEの雛型であるソーマ・シックザールに胎児段階で投与された試験的な偏食因子である。彼の戦闘能力、回復力、治癒力、異常な感覚器官の発達はこれによってもたらされており、普通の人間なら全治数カ月の重傷も立ちどころに治してしまう。しかし、これはあくまで手足、胴体においてだ。

 

コレを植物状態のラケルの脳に投与しようと言うのだ。

 

こと頭部、そして人を人たらしめる根源である「脳」に直接投与した場合どうなるのかは解らない。自然治癒力というのは脳がインプットした自分の形をトレースし、経験やくわえられた負荷を基に体構成を必要に合わせて変化させ、その上で再組成する行為であり、その大元の脳の部分自体がラケルの場合治癒の必要な箇所なのだから当然生まれる結果も未知数だ。ジェフサは大いに悩んだが結局は強行する。

 

結果から言えば―彼の人生で最悪の失敗とも言えるだろう。

 

怪物は生まれた。

 

可憐で繊細で儚げで美しい「人」として十二分過ぎるほどの魅力、人間らしさを携えた容姿。聖母のような慈愛に富んだ微笑み。典雅な声。そして行動力を兼ね備えたどこに出しても恥ずかしくない娘。

 

しかし一方で常人には理解不能な確固たる狂気と悪意、知性を兼ね備えたブレインモンスター―ラケル・クラウディウスを誕生させてしまい、ジェフサ自身もその毒牙にかかった。

 

この狂気を彼女が元々備えていたものだったのか、それとも偏食因子を投与された事によって後発的に生まれた狂気であったのかすら定かでは無い。

しかしどちらであっても変わらないのは怪物が世に放たれた事、それだけは代えられない事実だ。

 

そして間接的にそれを世に放つ手助けをしてしまい、その結果愛する父を奪われたレアは自責とラケルへの純粋な恐怖から完全に逃避し、心を閉ざした。

 

後は妹の思うがまま成すがまま

 

ラケルの言う

 

―もっと色んな人形が欲しいの。お姉さま。

 

その中の一つが他でもない自分であることが百も承知でも彼女の手足はただ動く。機械的にただ妹の為に。

妹の本当の目的も目標も考えも全てが未知のままであっても、ただ彼女の体は動く。蜘蛛の巣のように絡まった糸が自分を縛りつけている光景を見て見ぬふりをして

 

 

 

 

しかしレアの中で蠢く「彼女」はそれを許容できずとうとう表に出た。

 

 

ラケルと違い、レアには母の記憶がある。そして母の喪失を目の当たりにした悲しみ、そして父の悲しみを目にした記憶がある。

それ故に自分がこれからは母に替わって父に奉仕しようという気概が非常に強かった。母の喪失の自らの心の空洞を埋め、尚且つ大好きな父を支える為に彼女はまだ小さな体を目一杯ふるって出来る事をした。

 

仕事熱心が過ぎて結構他がおざなりな父の世話を決して専属メイドに任せきりにはしない。炊事、洗濯、掃除。幼さゆえに失敗を重ねながらも生来気丈、負けず嫌いな彼女の継続力が身を結び、物心つくころには立派な孝行娘になっていた。(そんな性格ゆえにあまり自分から行動、感情を表に出さない妹ラケルに対する苛立ちに繋がるのは皮肉な話だが)

 

父であるジェフサ・クラウディウスもそんな娘をおざなりにすることなく心から褒めてくれた。休日には彼女を膝の上に乗せ、たくさんのプレゼントを渡し、「これぐらいしか出来ないパパを許してくれ」と娘達との時間を増やしたい一念をこらえながら彼女に謝り続けた物だ。

 

でもレアはそれだけで十分だった。科学者として働く父が大好きだったし格好良かった。妹との些細な確執はあるにせよレア・クラウディウスと言う少女は確実に幸福であった。

 

「ノブレス・オブ・リージュ」

 

ジェフサの口癖、「高貴なる者の奉仕」をまずは最も近い存在―父への惜しみない奉仕によって娘が培っていたこともジェフサを喜ばせた。母、そして妻は居ない。しかしそれによって築かれたと言っても過言ではない父と娘の良好な関係が二人にはあった。

 

 

しかし

 

レアがラケルを突き落とし、そしてラケルがP73偏食因子を投与されて意識が回復し、戻ってきた時より少々状況は変わる。

 

ラケルが手術後はっきりと自分の感情を表に出せるようになり、父への愛情表現、おねだりが目に見えて増えた。今までは父の膝にのったレアを羨ましそうに見、手招きしている父に対してまごまごとしていた彼女が車椅子に乗りながらもはっきりと「お姉さまだけズルイ。次は私」と自分の感情をはっきりと伝えるようになっていた。

そしてこの頃からレアは自責の念、負い目からラケルに無意識のうちに従うようになっていた。

 

周りの人間は一見、ますます家族が仲良くなり、良好になったとしか感じなかっただろう。本人たちも含めて。

 

しかしそんな光の裏に僅かに影が差していたのは間違いない。ここにレアから「彼女」が生まれる根源がある。

 

 

大好きな父の半分の愛情を受け取る妹。

 

自分を支配している妹。

 

 

「全てをあげる。これからの人生全てをラケルに差し出す」レアは確かにラケルが退院した日、そう約束した。

 

レアは確かに約束は守った。しかし、心から。本心から全くの淀みも無くラケルとの約束を長年履行していたかと言われたらそうでは無い。それは不可能な話だ。

 

―自分の人生は私の物。そして愛する父も私のもの。

 

レアの中には消しきれない妹に対する嫉妬。父からの愛情の独占欲、そしてラケルが自分を支配している事への消しきれない負の感情がある。それは根を深く張り、見えにくいながらも確実に存在していた。

そんなラケルへの些細な反抗心―それを生来の奉仕の心、成長の過程で培った貴族としての振舞い、嗜み、父の研究を受け継ぐための勉学で覆い隠し、彼女は成長していく。

 

長い時間が経った。

 

 

そして訪れたその日。運命の日。

 

…弾けた。

 

長年眠りつづけたその日「彼女」は目を覚ます。激しい怒りの炎と共に。

変わり果てた父の姿。崩れ去った日常を象徴するには充分過ぎる悪夢のような光景。

その光景に目を背け、完全に心を閉ざしたレアに代わり、「彼女」はとうとう表に現れる。

 

 

 

 

―よくも。よくもだましたわね?

 

 

父への愛情。私との楽しい日々。幸福で円満な日々。

 

 

それが全て偽物だった。少なくとも貴方にとっては価値の無いものだったワケだ?ラケル?

 

貴方の目の前にあったのはただの人形。父も。私も。幸福な日常もただのギニョール。

貴方の「現実」はどこか別の所にある。そこには父も私も存在していない。

 

人形が壊れたのなら、飽きたのなら…価値は無い。そんな貴方が奪った物は私の人生と父の半分の愛情。その双方貴方にとって大した価値は無い。

 

私が必死で堪えながら貴方に与えた物全てが実は貴方にとって価値の無いものだったと言うの?

 

 

こんなの…こんなの

 

 

許せるわけがない……!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛する妹ラケル。

 

 

私は貴方を許さない。

 

 

「レア」は貴方のいいなり。でも私はそうはいかない。

 

貴方の欲しがっている物今から全て奪ってやる。

貴方が何を目的としているか解らないけどそれも貴方の思うようには絶対させない。

 

 

まずは…この人ね?

 

貴方が今最も欲しがっている人…

 

 

 

 

…エノハ ヤマメさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




彼の約束された人生と未来、そして共に歩む人を全て奪って私はその人を招き入れた。

ラケルと一緒。…血は争えないってとこかしら?

でもその人は全てを奪った私に思いがけず名前をくれた。
私は気に入った。我ながらぴったりだと思ったからだ。


おはよう私。


おはよう。ルージュ。

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