G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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神隠し 2

 

 

「…霧の影響か」

 

手元のインカムががりがりと掻き毟る様な雑音を発し、役目を果たさない事を確認するとエノハは忌々しげに一層濃くなった周囲の霧を見回す。

「レイス」と散開してから五分ほど経過し、その間エノハ、アナンの二人は生存者やその痕跡、手掛かりなどを探りながらも一向に変化は無い。消息を絶った調査隊の報告書と寸分違うことのない光景が繰り返されているだけだ。

先程住民の一人―ルーティ・パリストンと言う少女に遭遇して以降は状況は生存者らしき姿、痕跡、手掛かりさえも見つからない。状況は膠着している。

 

「アナン…離れるなよ?」

先行するエノハが警戒を隠さない口調で背後のアナンに声をかける。…が。

 

「言われなくても~♪出来る限りエノハさんに引っ付いてやるでやんすよ。ふひひ」

 

ひしっ…

 

「レイス」が居なくなったことを良いことにアナンはエノハの背中にぺたりとカエルの様に張りついている。時々歩くことすら放棄して足まで浮かせやがるもんだから質が悪い。

 

ずしっ…

 

「重い…。せめて距離感は大事にしようアナン」

 

「照れない照れない♪こんな赤毛の美少女に密着されるという役得を存分に堪能したまえ少年♪」

 

「隊長と呼べ」

 

そう言いながらエノハはまだあどけないそばかすの散らばったアナンの鼻先を人差し指でパチンと弾く。と、「イヤン♪」と、嬉しそうな声を上げてアナンは鼻を押さえながら一旦はエノハのもとを離れる。

 

「ぶ~。折角二人っきりになったんだからさ~~少々甘えてもいいんですぜ兄さん」

 

「…俺に張りついて暖を取りたいだけだろ。自分の落ち度を棚に上げて他人にその尻拭いをさせるのは感心しないねぇ」

 

「ぎ、ぎく。な、何のことですかね~。ちっ。ええい!ほら!男ならつべこべ言わず『ドン』とこいやエノハさん!!年下の女の子の良さを教えてやるぜ!!」

 

「さぁかかって来い」と両手でエノハを仰ぐ。最近妙なファイティングスピリッツに燃えているアナンであるが…その時であった。

 

 

ドン!!!

 

アナンの希望通りの音が辺りに響きわたる。

 

 

「きゃあエノハさんったら過激ぃ~~ってっ…うわぷっ!!?」

 

まるで叩きつける様な一陣の風が突然舞い上がり、霧がエノハ、アナンの二人を覆い隠す。周囲の視界が一瞬とはいえまるで煙幕の如くほぼゼロになるほどの突然の強風、突風であった。

 

「えっほっ!!ごほっ!!ちょっちょっ!エ、エノハさん!?」

 

アナンは強風によって舞い上がった塵、砂煙に咳き込みながらエノハの名前を呼ぶが…

 

―……

 

エノハからの応答なし。

 

しばらくして彼女の視界が開けたと同時、「ぽつん……」というような擬音がこれ以上なくあてはまる状態にアナンは陥っていた。彼女の周囲には最早誰もいない。

 

「え。うそ。マジ?」

 

―ヤバイ。

 

これ。

 

完全に。

 

はぐれた。

 

 

「あ、あはは~~これ知ってるよ~?ホラー映画でよくある『はぐれたヤツから順に襲われて退場していく典型的な展開、王道パターン』……じゃん!!ひぇ~~~!?エノ、エノハさんどこぉ~~~!!??」

 

 

創作物でよくあるこのありがちな展開という物は如実に現実を物語っていると言える。頼る瀬を失ったモノ、はぐれたモノ―大別すれば「弱み」「突け入るスキ」を見せた者から順に狙われるのはこの世界のセオリーである。

 

よって当然アナンは「狙われた」。

 

「奴」はこの瞬間を待ち望んでいた。アナンは今堅牢で安全な群れからはぐれ、パニック状態の生きの良い生餌(ベイト)。当然見逃す理由は無い。

そしてこれもまたセオリー。そんな哀れな獲物を襲うからには静かに。背後から。

 

「え…」

 

僅かに感じた背後の気配。反射的に振り返った背後から覆いかぶさるような黒い影の姿を目の当たりにしたアナンは悲鳴を上げる暇すらもなかった。

 

 

 

 

 

 

一方―

 

少女―ルーティを追って細い通路を抜け、このサテライト支部の中央、行政と管理を司っていた役所らしき建物の前で「レイス」は立ち止まる。

 

「ん…」

 

アナンとエノハを分断させた元凶の轟音と僅かな大気の震えを敏感に彼女は感じ取り、先程遭遇した少女の追跡の足をひたりと止める。無言のまま彼女はオリーブの瞳を轟音が発せられた方向にちらりと向け一瞥し、そしてこう呟いた。

 

 

「さて…」

 

 

 

 

「『何』が『餌』に『掛かった』のやら?」

 

 

 

 

 

 

「きゃ~~~~~。……なんちて」

 

未だに全身を黒い影で覆われた中でアナンはわざとらしい悲鳴を止め、余裕の表情で赤い舌をぺろりと出す。

 

……!?

 

彼女を覆い尽くさんとしているその「影」のシルエットは「餌」のアナンを目の前にしながらも現在小刻みに震えるのが精いっぱいで微動だに出来ない。先程勝利を確信した完全有利の状況のまま「影」の時は止まっている。

確かに前述したセオリーはセオリーだ。現実ではそのセオリーが跋扈している。ただし、そのセオリーを履き違えた、見誤った時、どっちが「餌」になるかはまったくのあべこべになる。

 

「影」は今履き違えた。

 

「上出来上出来♪」

 

アナンが「影」の背後―全く何も無い、誰もいないはずの空間へそう語りかける。

 

「ふん…」

 

「空間」がそう答える。

 

確かにアナンは「餌」だった。正しこれ以上なく苛烈な毒入りの。「餌」には備え付けられていたのだ。セオリーを読み違えた哀れな者を釣り上げる仕掛け(RIG)。その名は―

 

 

「ごっくろーさん❤リ~グ♪」

 

 

相変わらず微動だに出来ず、かろうじて振り返る事の出来る程度の「影」の眼には自分の体にがっぷりと喰らい付いた真っ黒なアギトが先端から徐々に構成されていく光景が映る。

 

……!!

 

最後には「影にとっては」透明のはずだった空間に一つのシルエットが浮かび上がった。

人間。それもまだ幼い少年。

その姿を見、影はようやく理解する。このサテライト支部に新たに訪れた侵入者を追跡しているつもりでその実泳がされ、おびき出され、誘い出された事を。

尾行をしているつもりが実は尾行されていた、狩るつもりであったが実は狩られようとしていた事を。

 

「ステルスフィールド…解除」

 

何もない空間から現れた少年―リグはそう呟くと同時、「影」に神機の捕食形態を喰らい付かせたまま地に叩き付け、

 

「ほいっ」

 

すぐさま正面の餌役のアナンがトラップを仕掛け、「影」の身動きを一切止める。

 

「捕獲完了~~♪」

 

「ちょっ!おい!!アナン!!いきなりホールドトラップ仕掛けてんじゃねぇ!!俺の神機まで痺れるだろが!!」

 

「何ィ!?うっさ~い!!第一アンタこそさっきの発破の際の火薬の量多すぎィ!アナンちゃんの可愛~~いお口に一体何粒のゴミ、塵が入っていったと思ってんの!!ぺっ、ぺっ!んもうっ!口ン中さっきからジャリジャリして仕方ないじゃない!!」

 

阿吽の呼吸、連携を見せた直後顔突き合わせて小競り合いを始める所がこの二人らしい。そんな二人に

 

「…二人ともそこまで。よくやった」

 

…!

 

「影」が最も餌―アナンから引き離したかった存在が二人を窘める。このサテライトBに訪れた「影」が捕捉、「知覚」していた三人の中で間違いなく最も厄介な存在であろうエノハが霧を切り裂いて現れる。

 

「ちょっと聞いてエノハさん!!リグったらさ~」

 

「あんだよ!!俺は悪くねぇぞ!!そもそも―」

 

未だ小競り合いを続ける二人の口論が更にエスカレートする前に

 

「アナン」

 

「はい?」

 

「いい演技だった。あれじゃ誘い出される」

 

「…!えへへ~」

 

「リグ」

 

「あん…?」

 

「やはりそのお前の能力は凄い。そして『コイツ』が全く周囲に無警戒の瞬間を逃さず確実に捉えた集中力も見事だ。お前がいなきゃこの作戦は成立しなかった」

 

「…ふん」

 

そもそも今はまともに射撃が出来ないからな…これぐらいはして役にたたねぇと…。

 

「はっ!?違う違う!!俺はんなこと言ってねぇ!思ってねぇぞ!!」

 

リグは頭の中で思い浮かび、自然声になる直前のそんなセリフを頭の中からかき消すように頭の上でぶんぶん手を振った。そんなリグを怪訝そうな目で見るエノハと対照的にアナンは「相変わらず素直じゃねぇな」と肩をすくめる。

 

「…?まぁいいそれより…問題は『コイツ』、だ」

 

エノハは未だ地面に縫い付けられたままの「影」を見下ろす。その口調は静かで穏やかだが「影」にとって得体の、そして底の知れない存在だ。

 

…ヤバイ。自分を捕えたこの二人もヤバイが輪をかけてコイツはヤバイ。コイツら正直前に「ここに来た」連中とは比較にならない。

 

よりにもよってこんなおっかない奴に自分の「正体」を知られたのは「影」にとって痛手であった。よって「影」は即時判断する。一刻も早くこの場を逃れる事が最優先だと。

 

 

…!!

 

そしてその為に反射的に「影」が取った無意識に行った行動が

 

 

「……!!!なっ……!!」

 

 

エノハを震撼させた。エノハだけでは無い。

 

「何…?コイツ」

 

「…!!」

 

「影」が反射的に、無意識にとった行動、目の前のただの逃避の行動はエノハ達にとってあまりにも…異質が過ぎた。

 

実際の所、アナンが仕掛けたホールドトラップによって完全に拘束されている「影」の逃避行動は決して実を結ぶことは無い。現状一インチすら動けていない状況である。が、「逃避が無為である」という純然たる結果その物より「影」のとった逃避の為の「手段」が三人を戦慄させていた。

 

「リグ。アナン。お前ら二人はここで警戒態勢を保ったまま待機。一瞬たりとも警戒を緩めるな。いいな?」

 

その言葉と同時エノハは脇目も振らず駆けだしていた。

 

「あ!エノ―」

 

―そうは行くか。

 

リグはエノハの制止を構わず振り切ってエノハを追走しようとする。そのリグを

 

「リグ!!」

 

いつもとは異なる鋭い口調でアナンが呼び止めた。びくりとリグは足を止め、不機嫌そうに眉を歪めながら引きとめたアナンに悪態をつく。

 

「…おい!!何だよ!!なんで止めるんだよ!!」

 

アナンはリグの激しい恫喝にもいつものようにムキになって応対しようとしない。完全に彼女の中で何かスイッチを「切り替えた」冷静さであった。

 

「バカね。今のアンタが行ってど~なんの?まともに射撃もできないアンタじゃエノハさんの足手まといになるだけ」

 

「ぐぬっ…」

 

「それに」

 

「あ?」

 

「…お願い。今はここに居て。アンタが行ったら今度は私が丸腰になる。正直私も…」

 

「…お前も?」

 

「怖い」

 

「…ちっ」

 

珍しいアナンの素直な言葉にリグは舌打ちし、忌々しそうな仕草で愛機ケルベロスの冷たいスナイプ銃身に目を閉じながら額を押しあてる。頭を冷やし、平静を保つ為だ。

同時に再びステルスフィールドを展開、白いオーラを体に纏って気配を絶つ。その気配はすぐに極限まで薄められ、傍に居るアナンですら視覚、感覚双方に於いてリグの知覚が困難になる。

 

「ちょっ、リグ!?」

 

「……。安心しろよ。俺はどこにも行かない。安心してそこでじっとしてろ。いざという時は…俺がお前を守るから」

 

「…ありがと」

 

一抹の不安を表情に残しながらもアナンは頼もしいリグの言葉に幾分表情を緩ませ、冷静に未だホールドトラップの上でもがく「影」の姿をいつもとは違う冷ややかな光を放つエメラルドの瞳で冷静に観察する。

エノハが居ない以上、現状を今自分の頭で判断する他ない。普段は基本的に人任せな少女であるがいざという時、元々彼女の「血の力」の特性上も相まって分析力、解析力に関してアナンは侮れないセンスを持つ。

直前のリグの頼もしい言葉が無ければ流石にここまで冷静ではいられなかっただろうが。

 

アナンは周囲の警戒を怠らないまま、膝を下ろし「影」を再び見据える。

 

 

―成程。…大体見えてきた。このサテライトBで何があったか。そして「コイツ」が一体何なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻―

 

サテライトBの丁度中央に位置する市役所のメインエントランスに「レイス」は達していた。先程遭遇した住人の少女―ルーティ・パリストンはどうやらこの建物内に入ったらしい。

 

…成程。身を隠すにはうってつけだ。あくまでこの支部全体の景観を損なわない周りの街並みに合わせた貴族的な洋風建築だが民家と比べると役所、裁判所の様な荘厳な雰囲気を醸し出し、堅牢で頑丈な作りをしている。一部アラガミ対策として偏食装甲も採用している。この支部の有事の際の最後の砦として建造されたのであろう。同時治安維持のための警察組織、支部を守るGE達の待機場所、果ては住民登録等の手続きなどこの支部の維持の為の行政を一手に担っていた心臓部と言える場所の様だ。

 

―おまけに屋上には他支部との長距離情報通信を可能にする巨大なパラボラアンテナ…。壊れた様子も無く問題無く稼働してるみたいだし…解らないね。

 

サテライト支部として十分すぎるほど体を為している。ここを放棄して外に出るなんて自殺志願者と言っても過言ではないだろう。

 

しかし事実、この施設ですら現状ほぼ人はいない。唯一見つけた少女もケツまくって逃走中。釈然としない思いを抱えたまま「レイス」は

 

「…二階、か…」

 

メインエントランス中央部分から二階に繋がっている階段の先、僅かな足音を感知。

足音、歩幅の間隔から推定年齢十歳前後。体重は恐らく三十キロ以下。

 

「まず間違いなくさっきの娘だね…」

 

―さて。…「怖がらせずに軽く声をかけ最終的に無事に保護」…か。

 

今からその「用意」をしなければ。「レイス」は少し階段を昇る足を緩め、再びの少女との遭遇に備えて腕を組み考え込む。

 

―むー…とりあえずまずは、笑顔…?かな。

 

「レイス」はむい~ん、むにむにと両手の人差し指で両頬に手を添え、吊り上げたり、引っ張ったりして口角を上げる。が、鏡を覗かなくとも確実に不気味な笑みになっているだろうことが自分でも解る。

 

「…」

 

―やはり人選ミスってるよ。エノハさん。

と、内心悪態ついた所で状況は変わらない。任された以上はやるしかないのだ。表情はとりあえず保留。次は…最初にどんな言葉をかけるか、だ。

 

「え~~っと『ほらもう大丈夫。貴方を助けに来たんだよルーティ?だから安心して出て来て』」

 

少なくとも言葉の内容としては十二分に及第点ではある。しかしその言葉を発する「レイス」の肝心の表情は相も変わらずだ。コレは怖い。「レイス」も大いにそれを自覚しているだけに頭を抱える。

 

「…アナンの能天気さが羨ましい。…第一こんなことを私にやらす自体どだい無理な話だってエノハさん…」

 

「…」

 

「そりゃアナンは暴言吐くけど一応頭いいし、計算だけど笑顔作れるし」

 

「…」

 

「……はっ!?」

 

 

「…」

 

 

階段を昇り切り、その先に続く廊下の曲がり角の先で

 

「…」

 

少女―ルーティ・パリストンが初めて会った時と同じように半身だけ覗かせながら相も変わらず警戒感MAXの状態でじっと「レイス」を見つめていた。

二回目の不意の遭遇に「レイス」のホウキ頭は即時ぐるぐる回る。「レイス」の頭を駆け巡った言葉の選択肢四択。内容は以下のとおりである。

 

 

→1 貴方はルーティだね?大丈夫安心して?君を助けに来たんだよ。

 2 もう逃げなくてもいいよ。それより他の皆はどこに居るの?

 3 生き残りが居たぞ!殺せ!!

 4 いい天気だね。

 

 

―アナンのせいで余計な選択肢が混ざってる!覚えてなさいよ…アナン。ええいとりあえず1か2を選んどけば問題無い!!って言うよりもう1でいい!

 

 

 1 貴方はルーティだね?大丈夫。安心して君を助けに来たんだよ。

→2 もう逃げなくてもいいよ。それより他の皆はどこに居るの?

 3 生き残りが居たぞ!殺せ!!

 4 いい天気だね。

 

 

―あ、あれ?

 

 1 貴方はルーティだね?大丈夫。安心して君を助けに来たんだよ。

 2 もう逃げなくてもいいよ。それより他の皆はどこに居るの?

→3 生き残りが居たぞ!殺せ!!

 4 いい天気だね。

 

―こ、これだけはダメ!アナンと同類になってしまう!!

 

 

 

 

「い、いい天気だね」

 

 

―…。

 

 

少女の背後、「レイス」の向かい合わせの廊下の突き当たりはこの施設の反対側でこの施設の裏庭に面しており、窓から外が一望できる構造になっている。本日そこは一面―

 

「霧」だ。

 

どう好意的に見ても今日は「曇り」。

 

「曇天」。

 

「CLOUDY」だ。

 

 

 

「……。→ぷいっ」

 

少女は行ってしまった。

 

「…」

 

「レイス」は頭を抱える。

 

 

ほんの束の間自分の失態に「レイス」は頭を抱えた後、

 

「ふぅっ」

 

自嘲気味に深く息をついて気持ちを切り替える。そもそも冷静に考えれば追跡してくる人間を恐る恐るながらも立ち止まり、観察しているあの少女の様子を見るにこちらに全くの敵意と脅威だけを抱いているとは考え難い。自分の身に降りかかった「何らか」の脅威によって疑心暗鬼に陥りつつも振り返り、立ち止まって「レイス」を観察していた少女には追跡者への純粋な興味、関心が少なからず在るはずだ。

 

それに対して初対面時の自分、そしてつい数秒前の自分が全く的外れな対応をしてしまった―ただそれだけだ。

 

恐らく少女は多分、いやきっともう一度チャンスをくれる。今度こそもう少し上手くやれるようにしよう―そう「レイス」は気持ちを切り替え、やや軽い足取りで再び歩を進める。

廊下の突き当たり、少女が消えた角に差しかかり、少女の進行方向へ目を向ける直前であった。

 

「ん…?」

 

中庭に面している廊下には鮮やかな紅いカーペットが敷かれている。その上に少女が逃げていった方向とは逆方向にむけて黒い数本の筋が走っていた。それは紋様などでは無く、何か重い物でも台車も無しに強引に引きずった結果生じてしまった様な擦れ傷であった。

 

折角の豪奢な廊下が台無しね、などと「レイス」がその黒い筋の先を目線で追っていると背後―少女が逃げていった方向から物音がした。「レイス」はすぐさま振り返る。

 

「……!!…!…!」

 

そこには先程の少女がどうやら通気口らしい四角い穴の中で中々思う様に閉じてくれない通気口の四角い蓋を必死で閉じようとしている光景であった。

どうやら少女一人がようやく入っていける程度の狭いダクトを利用して隠れ、今まで難を逃れてきたようだ。

 

たった一人の為の隠れ家。秘密基地。誰にも存在を知られてはいけない。だからこそ彼女は必死で隠そうとする。蓋を閉じ、中に自分が入っているという痕跡を消そうとする。しかし―

 

「……!」

 

 

「…あー」

 

その少女の光景を思いっきり見て面目なさそうに頭を掻き、目を逸らす「レイス」の姿を確認し、少女はまん丸な蒼白い目を見開きながら手を止める。

 

見られた。とうとう。見つかってしまった。

 

「…!!……!?………」

 

動揺の隠しきれない所作を狭いダクト内で忙しなく少女はする。ダクト内部に逃げ込むべきか。それとも見つかってしまった隠れ家のここを放棄して飛び出し、再び逃避行に走るべきか。

 

そんな少女の意図をすぐに「レイス」は感じ取り、

 

「あ、待って!!」

 

出来る限り鋭さを抑えた口調で少女を制止する言葉と同時、一歩前に出る。すると

 

「!」

 

近付いてきた飼い主以外の人間の歩数に合わせ、自分も同じ歩数で下がる猫みたいに少女もまたダクト内へ一歩後退。「レイス」の反応を見てとりあえず少女はダクト内への避難を行動方針にしたようだ。流石にそれをされると「レイス」はまずい。この通気口―「レイス」の細身であれば悠々入って行けるだろうが流石に巨大な鎌神機―彼女の愛機は入って行けそうもない。

 

―……ん?…神機?

 

「レイス」はつと歩みを止める。同時にカチャリと彼女の愛機―ヴァリアントサイズの「カリス」が機械的な音を立てた。

 

―……成程。そりゃ怖いわな。

 

「レイス」の持つ神機は最新の刀身であるヴァリアントサイズだ。現状扱える人間は全世界で相当に限られる。即ちまだまだ一般の知名度は低い。

ただでさえ神機という物は仰々しくいかめしい見た目だ。おまけにその形が今までとは違う見慣れない禍々しい形状であれば小さな少女が警戒してしまうのはごく自然なことではないか。

 

それは次の

 

カチャリ…

 

「…!!」

 

ススッ…

 

「レイス」が愛機を握り、軽く掲げた程度の動作に更に二歩ダクト内へ後退した少女の反応から容易に裏付けられた。「レイス」は自分の推察が正しい事を確認した後、軽く首を振りつつ微笑みながらこう言った

 

「…大丈夫。この子は何もしない。このコは……ルーティ?君の味方だよ」

 

「…」

 

そんな「レイス」の言葉にも少女は相変わらず無反応。しかし後退はとりあえず保留。譲歩はしてくれたらしい。

 

―…仕方ない。それではこちらも譲歩するか。

 

コト…

 

「レイス」は愛機カリスを出来るだけ音が出ないようにゆっくりと霧で曇る窓に立てかけ、手を離し、接続を解く。

 

「よ~~しルーティ?私は今からこのコをここに置いていくから。…だからもう少しそっちに行っていいかな?少し一緒にお話ししたいんだ。ルーティ?君と」

 

その言葉と同時、一歩踏み出し、更に二歩、三歩。少女―ルーティは動かない。

 

「あ。忘れてた」

 

「…?」

 

「まだ私自分の名前も言って無かったね。散々ルーティのコト馴れ馴れしく『ルーティ、ルーティ』って言ってたクセに…全く失礼しちゃうよね」

 

「レイス」は自分の失態に眉を曲げながら苦笑する。作り笑顔では無い。本音から出た自然な「レイス」の笑顔に

 

「…」

 

ルーティは無言のまま、より自分への接近を許す。心なしか上目遣いの彼女の蒼白い瞳から警戒の色が消えた。更に「レイス」は接近。同時話しかけ続ける。

 

「私の名前は『レイス』だよ。よろしく。ルーティ」

 

「…」

 

もうルーティに動く気配は無い。己の中の壁を完全に取り払った様だ。もう少しである。

 

―頑張れ私。

 

「レイス」は自分にそう言い聞かせる。

 

―ではもう一つ行こう。もう一声かけよう。さて何がいいかな?もっと信用してもらう為には。心を開いてもらうには。

 

…そうだ。「秘密の共有」なんてどうだろう?

 

私には。

 

…「記憶」は無いけど。

 

一応「秘密」位はある。

 

…よし。「これ」で行こう。

 

教えたげるよルーティ。私のヒミツ。

 

 

 

「…といっても」

 

「…?」

 

 

「実はね。この『レイス』って名前本当の私の名前じゃあないんだ」

 

 

「レイス」と「呼ばれる」少女はしゃがみこみ、膝の上で頬杖を付きながら顔を傾かせて笑い、最早目の前の少女―ルーティの蒼白く、吸い込まれそうな瞳を憂いを含んだ目で見つめる。

 

「…」

 

「そんなのズルイよね。だからルーティにだけこっそり教えるよ。

 

 

 

 

 

私の本当の名前は―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って言うんだ。…内緒だよ?だ~~れにも言っちゃダメだかんね。よし。指切しようルーティ?はい」

 

 

「レイス」は左手の小指を立てながら少女の目の前に差し出し、「我ながらキャラに合わないね」と思いながらも軽くウィンクする。その時初めてルーティが

 

 

…二コ

 

笑った。

 

 

正直至宝のような可愛い笑顔だ。このサテライトBがこんな事にならなければ普段はこんな顔で笑う女の子だったのであろう。

 

 

こんな女の子だったのだろう。

 

 

 

 

女の子だったであろう。

 

 

 

 

女の子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女の子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だった」。

 

 

 

 

 

 

「………!!!!!!!!???」

 

 

「レイス」は目を見開く。差し出された少女の小指を。

 

繋ぎ、紡ぎ、誓う為の小さな愛らしい指先を。

 

 

その小指の指先、そして僅かに覗く他の四本の指先すべて例外なく

 

 

 

 

爪が根元から剥げていた。

 

 

 

「痛々しい」

 

 

愛らしい小さな少女の手が目を背けたくなるほどの惨状で浮かぶそんな当然の感情が。

「何故か」今の「レイス」には浮かばない。

 

そして「何故か」

 

 

「レイス」は少女から目を背け、背後を振り返る。

 

彼女の瞳の焦点は廊下の先へ。

 

カーペットに走った数本の黒い筋。擦れ傷。

 

先刻は特に気を留めなかったその黒い筋の行き先―「最終地点」に焦点を充て、オリーブ色の瞳を一気に収縮する。

 

その先には。

 

 

最終的に丁度「十本」になる黒い筋の最終地点には。

 

 

 

 

「……!!!!!!」

 

 

 

赤黒く変色し、

 

 

 

乾いた。

 

 

 

小さな小さな。

 

 

 

 

 

 

 

 

生爪。

 

 

 

 

 

 

 

 

ぞっ

 

 

 

 

 

「レイス」の背筋に一気に冷たい芯棒を刺し込まれたような悪寒が走り、反射的に彼女は駆け出していた。背後に居る少女に一瞥もくれずに。背を向けて。

 

 

否。

 

 

 

 

 

背後に居るのは最早。

 

 

少女では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぐっ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

駆けだした「レイス」の逃走距離はたったの二メートルであった。

その距離を走った時点で「レイス」の体はうつ伏せのまま紅いカーペットに叩きつけられる。

 

そして尚も彼女の体は。

 

背後の少女の「居た」方向に引き寄せられている。

 

 

 

 

必死で堪え、這いずりながら「レイス」は自分の両手の指先を見る。

 

 

「……!!」

 

 

そこには遥か前方の廊下の先で形作られた黒い擦れ傷と寸分違いのない光景が今正に形成されている所であった。

 

 

 

他ならぬ「レイス」の指先によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





―成程。大体見えてきた。ここで一体何があったのか。そして…「こいつ」が一体何なのか。


違う箇所に居る「ハイド」四人全員が各々大体そんな結論を出していた。
とりわけアナンは「対象」が目の前に居ることによってその理解は他の三人に比べてより深い。

未だその異様な光景を目の前で直視しているからだ。


彼女とリグが捕らえ、現在拘束しているその「対象」。その「影」の正体は







オウガテイル。










ザイゴード。
最近発見された新種小型アラガミ―ドレッドパイク。
コクーンメイデン。



そして。









人。





その全てであった。その全てに。









「影」は「成った」。



アナン、リグ、そしてこの場を去ったエノハの目の前で。


そして今また他の姿に変貌しようかとまるでスライムの様な半透明の薄水色の物体がホールドトラップ上で蠢いている。
この場を逃れられる己の「形」を求めて。





「…アメーバ。プラナリア」

「あ?」

アナンを守るために姿を消しているリグはそう呟いたアナンに向かって怪訝な声を上げる。


「元々『アラガミ』は一つのオラクル細胞が無数に合わさり、多くの生物、植物、機械、建造物、果ては人間が信奉する神々の意匠すら象り、己の姿を形成する群体生物。「食べる」というただ一つの欲求を満たすための理想的な形態を模索し、考え、取りあえず在る程度一つの形態に落ち着かせた後は立ちふさがる外的要因に抗するため、必要に従って徐々に進化する。それがアラガミ」


「…?アナン?お前何が言いたい」


「でもコイツは違う。その進化の方向性、己の形をあえて一つに絞らない。真似る。ただひたすら真似る。一時的に姿だけ。劣化のコピー。例え真似た相手、オリジナルが持つ固有の力や能力が得られなくてもその『姿を変えられる』こと自体の有用性を利用する。つまりは…擬態。食べた物、取り込んだ物の持っていた力や能力を得るんじゃなく、ただその姿を真似る事に特化させて新たな栄養源、そして新たな模倣の「形」を得るための糧にする。よって固定の姿を持たず、アメーバのように流動的に変化する形態を選んだオラクル細胞群―それがコイツ。いやコイツ『ら』ね」


「…」


「一体の筈が無い。コイツ『ら』は恐らく分裂したの。ここの住民一人一人の数に合わせてきっちりマンツーマン。この流動的な体をうまく使って隠れ、じっと一人一人観察しながら辛抱強く機会を伺ってね?一人残らず住民全員を捕捉したうえで襲われた人達が助けも呼べない、同時に自分の正体を誰にも知られない為にタイミングをあわせて一斉に『食事』をしたの。これがこのサテライトBの住民の集団失踪の真実、神隠しの正体」



そんなアナンの話を一気に聞いたリグは胸糞悪さとその事実の不気味さに怒りの形相で思わず未だホールドトラップの上でもがいている「影」を撃ち殺そうとする。が。


「抑えてり~ぐ♪殺しちゃダメ」

折角のステルスフィールドを掻き消しかねない程のリグの殺気に感付いたアナンがリグを制止する。


「……ちっ!!」


「…少なくとも今はね」

本性は非常に残虐なアナンが「影」に向かって僅かに囁き、歪んだ笑みを向ける。ただし今回に関してはその笑みには苛烈な怒りが珍しく多分に含まれていた。


「すぐに絶滅させてあげるよ。遭えて光栄だわ。間違いない。こいつこそママが言ってた―






「レイス」を探し、支部内を高速で奔走中のエノハ―

彼も既にアナンの推察とほぼ同じ、エノハは自分が相対している相手の正体を結論付けた。



―…間違いない。コイツがルージュの言ってた特殊変異アラガミ














…「固有種」だ。


























「擬神悪鬼」。



暗躍。










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