G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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神隠し 4

「……」

 

「無茶したね。『レイス』…」

 

先程「ハイド」一行はサテライトB中央、市役所内にて一旦合流。

 

周りはガラスの散乱した回廊、その壁に背を預け、エノハの上着をかけられた「レイス」は浅い呼吸を繰り返す。

負傷、血の力の行使、過大な感応現象の応酬により短時間で一気に心身を摩耗し、現在昏睡している「レイス」の頬を赤毛の少女―アナンは優しく労る様に

 

「奇麗なカオが台無しだよぉ~『レイス』ぅ?ほら。しっかりしなって」

 

少し濡らしたハンカチで戦闘で汚れたうえに、感応現象と「力」の反動で脂汗をかいている少女の顔を拭いてやる。

 

先程「ハイド」一行は市役所内にて一旦合流。

 

「どうだアナン?レイスの様子」

上着を「レイス」に預けたエノハが心配そうに少女たちのやり取りを見守りつつ、周囲の警戒に目を光らす。

 

「う~ん。何とも言えないねぇ…。血の力を自分に行使するなんてバカなこと「レイス」がするなんて思いもしなかったしおまけに単独戦闘中に『アレ』使ったとなると思いっきり回復時間を短縮したんじゃない?そりゃ負担が過ぎるにも程がありますって」

 

前回エノハに初めて自分の血の力を「レイス」が見せた時、右足に重傷を負ったリグを彼女が完治させた所要時間は約一分程度である。

「レイス」が擬神によって負わされた怪我はその時のリグ程ではないとはいえ、絶対安静、歩行不能の重傷クラス。それを数秒で無理やり治すほどの急激な回復の反動を自らの体で負担したのだ。

 

「元々他人を治すための力で在って自分を治すには悉く向かんのよコレ。不便な能力だよね~」

 

アナンはしみじみとそう言いながら「レイス」の顔を拭き、

 

「…よ~し綺麗になったゾ~。あ~ら『レイス』ちゃんたらべっぴんさん♪」

 

と嬉しそうににぱっと笑う。

 

「意外に優しいんだな。アナン」

 

「…まぁ『意外に』っつ~~所は置いとくとして……ん~?なんかさ~『レイス』って年上でしっかりしてるけど案外ほっとけない所あんだよね~。自分で抜けてることに実は気付いて無かったりするし。いつもはお姉さんだけど時に妹?みたいな?」

 

「…そんな感じだな」

 

「だからさ」

 

「…?」

 

「『レイス』をこんな目に合わせたヤツあたし絶対許さない」

 

ぞりりと削る様な殺気を先程リグとの連携で捕獲し、現在新しい拘束トラップ上でいまだ生き、蠢いている擬神に向ける。

 

「殺気漏れてんぞ…」

 

突如三人の背後、何もない空間から声がする。

 

「…リグか」

 

振り返ったエノハ、アナンの目に何もない空間から「ふぅ」と深く息を吐きながら一人の少年が具現化し、三人の下に歩み寄る。先程合流した時と綺麗に拭かれた顔以外は体勢、状態共に変りなさそうな少女―『レイス』を見、不安そうな幼く無防備な表情を一瞬垣間見せ、それを押し隠すようにエノハ、アナンの二人を見据える。

 

 

 

 

「俺に散々落ち着けって言ったのお前じゃねぇかアナン」

 

「アンタは怒ると頭に血が上る。あたしは怒ってもあくまで頭は冷静。この差は大きいよ」

 

ちちちと顔の前で人差し指を振り、アナンは現れたリグに悪戯そうな緑の瞳を緩ませながら微笑んだ。

 

「リグ?どうだった」

 

「…エノハさん。アンタの言うとおりだった。囲まれてる」

 

 

 

数分前。

 

 

意識朦朧、満身創痍の「レイス」を案じながらもエノハ、アナンに諭され、リグはステルスフィールドを展開し、周囲の探索を任された。

 

「敵はもう自分の正体が知られた事を知っている。よってもうなりふり構わず来る。奴等にとって生き証人である俺達は絶対消さねばならない存在だ」

 

つまり。

 

「数で来る」

 

そのエノハの言葉は直ぐにリグの目の前で裏付けられる。

 

この施設内の住民全員、そして捜索隊合わせて150名以上をほぼ同時刻に襲い喰らった人海―

 

否「神海」戦術を開始した奴等の姿を目の当たりにする

 

 

「…ぅあ……!!」

 

リグは遭遇した。

 

ズズ…

 

最早姿を隠す必要も無くなった「奴等」は町中の通気口、下水、ありとあらゆる隙間からずぶずぶと這い出し、その進行方向を今エノハ達が居る役所に向けて音も無く侵攻を開始。

 

その光景をステルスフィールドに包まれたまま唖然とリグは眺める他ない。今もしもステルス状態を解けば間違いなく瞬く間にリグは襲われる。

このステルスフィールドであっても過信は出来ない。明らかに先程アナンを襲った時よりも強い警戒状態、索敵状態の相手にいつ見破られるともしれない。

 

―くそっ。

 

足早にリグはその場を去る。「レイス」をあんな目に合わせた連中に対する先程までのリグの怒りも底冷えするぐらいその光景は異質であった。

 

リグの緊張感と焦燥感が拭いきれない報告を淡々とエノハは受け取り、

 

「…まぁ当然だろう。俺達を逃すこと―即ち自分の正体、習性全ての情報が外部に漏れる事だ。奴等の習性上それは到底許容できる事じゃない。全力、総力を結集してくるぞ。奴等は最低でも百体以上に分裂できる。そしてここに駐留、捜査隊として派遣されたGEを襲って喰らい、そして『レイス』をここまで追い込んだ。十二分に俺らを拘束し、喰らう力がある」

 

「それに」

 

アナンが付け加える。

 

「それはここを襲う…『食事』の前の話。連中はここの住民と調査隊を喰らって新しい『養分』を得てる」

 

「その通りだアナン。細菌、ウィルス同様にオラクル細胞分裂の数は栄養摂取で膨大に変化する。現状奴等が今どれほどの数に分裂できるかは想像がつかない」

 

「…逃げるべきだね」

 

エノハの言葉に対し即アナンがそう言いきった。先程まで「レイス」を傷つけた擬神に対しての激情の炎をまるで簡単に吹き消して冷静に言い放つ。しかし当然リグは納得しない。直ぐにアナンに反論しようと―

 

「―聞きなって。リグ」

 

アナンがそれを見越し、リグを手で制しつつ視線を向ける。そのエメラルドの瞳は激情と同時に冷静を持ち合わせていた。

 

「あたし達はとりあえずコイツらの情報は手に入れた。そしてその内の一匹を捕獲してる。当面の目的は達していると言っていい。でもここで無理して私達がやられたら結局は元の木阿弥」

 

アナンの言葉をエノハは頷きながら同調する。

 

「…アナンの言うとおりだ。奴等は別の場所へ行き、同じ手順を踏んで人を襲う。…また多くの犠牲が出る。このペースで養分を取り続けて肥大化されたらいずれサテライト支部…いや。ひょっとしたら主要支部さえ壊滅させられる程の規模のアラガミになりかねない。そして現状支部の外で待機してるノエル、ナルへの連絡はアイツらが発するジャミングで不可能。だから俺達の誰かが生き残ってこれを伝えるしかない」

 

「解った?現状在る程度の習性を掴んだだけで相手の最大数、規模―つまり全体像を把握できないままこのアラガミを討伐する事は危険かつ無謀。だからせめて情報と捕獲したこいつの細胞組織、サンプルを持ち帰る必要がある。そこでリグ。アンタの出番」

 

「…!?」

 

「アンタがステルスフィールドを展開してこの支部を抜け出し、ノエルやナル達にこの事を伝えるの。このアラガミの存在を明かし、より大きな規模でこのアラガミへの対策を練るために、ね」

 

「じゃあお前らは?「レイス」は!?」

 

「…私達でアイツらを引きつける。安心して。「レイス」は絶対守るから」

 

「ふざけんな……!怪我人一人かばって乱戦じゃいくらエノハさんとお前でも」

 

「射撃のまともに出来ないアンタが居てもって感じだからね~だから早く行って。これは『今の』アンタの仕事だよリグ。…安心しなって私らもほとぼり冷めたら逃げるからさ」

 

ぽんとリグの頭に手を置き、アナンは微笑む。

 

「何だよそれ…第一逃げるって何だよ…!!ムカつかねぇのかよ!!『レイス』をこんなにした奴等をよ!」

 

リグのその言葉に努めて冷静を保っていたアナンが一転、表情を一気に幼くして頬を膨らませた。

 

「腹立つに決まってんでしょうが~~!!でも生き残らなきゃ仕返し出来ないの!!ぶっ殺せないのよ!!ここは一旦逃げて体勢整えない事にはどうにもなんないの!!解れ!!」

 

「…!!」

 

リグは尚も納得いかない表情で歯噛みし、アナンを睨みつける。アナンはその子供っぽさにうんざりしながらもリグなりに自分を心配してくれていることに対してそれ以上強く言えず

 

(エノハさ~~ん。何とか言ったげてぇ?)

 

と、すっぱそうな目をエノハに向けて訴えかけた。が、

 

「……へ?」

 

アナンはきょとんとエノハを見た瞳を見開く。さぞかし神妙な顔、若しくは自分達の言い争いにいつもの様な困った笑顔を向けているのだろうと思っていたが違った。

 

 

「くっ……ふふっ…」

 

 

曇りなく、心の底からおかしそうに口に手を添え、肩を僅かに揺らしながらエノハは笑いをこらえていた。

 

「…エノハさぁん?」

 

アナンは思いっきり眉とへそを曲げて腰に手を当てた。

全く。こんなときに何を笑っているのだと。

 

「…いや悪いアナン。でも、やっぱり、くくっ……」

 

「…ぶ~。一体な~~にがそんなにおかしいのさ~~?」

 

「いや、少し…」

 

「?」

 

「懐かしくてね。君等のやり取りが」

 

少し思い出を反芻するようにエノハは目を閉じ、考え込むような仕草をした後、アナンに笑いかける。

 

アリサ、コウタ、ソーマにシオ。極東の日常は何せ小競り合いが多かった。

それを自分、サクヤ、…そしてリッカの三人でなだめ、すかし、諭しながら共に歩んだ日々。

 

―…懐かしい。そんなに前の事でもないはずなのに。

 

「…ひょっとして前居た極東の部隊でもこんな事が!?へ~へ~そうだとしたらエノハさんの隊長としての力量と適性が問われますなぁ!前のとこでもここでも部下同士でこんな事させてたとしたら!!」

 

アナンは痛い所を突いてくる所がアリサによく似ているなとエノハは苦い顔をする。そしてリグはコウタとソーマを混ぜた様な少年だ。エノハは暫し懐郷の念に駆られつつもすぐに気を取り直して二人を真っ直ぐ見据える。その瞳にアナンは「む」っとバツの悪そうな顔をする。

 

「…違いない。まぁまぁアナン?そんなにへそを曲げないでくれ。もう笑わないから」

 

「ふん!」

 

アナンはふくれっ面をエノハから逸らし、腕を組んで「あたし暫く口利きません」とシャッターを下ろす。

 

―今日は閉店!また明日!!プンプン!!!

 

「…リグ?」

 

「ん…?」

 

「お前の気持ちはよく解る」

 

「…そうかよ」

 

―だから、「今は逃げる」って言いたいんだろ?「直情的に行動するな」。「先を見据えろ」。「冷静になれ」って。

 

解ってんだよ。

 

そんなこと。

 

 

 

 

 

 

「だから今回に限って俺はリグ…お前に賛成」

 

「…。ん…あ!?」

 

「…。…!?エノハさん……」

 

リグは伏せかけた目を見開き、エノハを見る。アナンも自分の耳を疑って聞き直すように閉店した心のシャッターを開け、こっそりとエノハの顔を覗き込む。

 

微笑んでいた。しかし

 

「実は俺も相当腹立ってる。自分の不甲斐なさとレイスをこんな目に合わせ、ここの住人を喰い散らかしたコイツらにな…!」

 

怒っていた。同時エノハが握っていた神機―スモルトが

 

 

がばっ

 

 

きしゃあっ!!!

 

 

捕食形態の大口を開き、ニタリと微笑むように裂けた口を歪ませる。

 

 

「!」

 

「っ!」

 

その姿にリグ、アナンの二人は反射的に身構える。一応エノハの神機―スモルトは「味方」ではあるが「前回」の事もあり、二人は最近スモルトが捕食形態になる度に警戒している。

アラガミ討伐後、コアを回収する際にエノハが神機の捕食形態を開くたび、アラガミと交戦中よりも背後の三人の緊張が高まっているのがエノハも感じ取り、申し訳なく感じていた。

 

「…大丈夫だって」

 

エノハは困った笑顔を向けるが

 

「…無理」

 

「体が反応しちまうんだよぉ…」

 

アナン、リグの二人は中々猫が毛を逆立てるような警戒姿勢を崩す事が出来ない。

しかしこれでは一行に話は進まない。アナンは警戒姿勢のままエノハとの会話を再開する。

 

「Lv4…使う気?」

 

アナンは恐る恐る尋ねる。

確かに「あの力」ならこの擬神の群れだろうが難なく蹂躙し、活路を見出すことができるだろう。怪我人の「レイス」、リグ、アナンを漏れなく無事に引き連れて敵陣を正面突破。圧倒的な力でねじ伏せ、待機しているノエル、ナルの元へ辿り着き、離脱、脱出することもさほど難しいことではない。

 

しかし

 

アナンはそれが最善、確実だとしてもやはりその作戦はとりたくなかった。

エノハの神機が最悪また暴走し、襲われる可能性だってある。そうなれば外からは擬神、内からはスモルト―機神と最悪の「前門の虎、後門の狼」である。

おまけに「レイス」は負傷、リグは射撃不能の「デク」という現状に加えてエノハが取り込まれて戦闘不能となれば間違いなく、百二十パーセント全滅必至である。

 

それに強い警戒心、用心深さを持ち、実質の戦闘能力はさほど大したことのない擬神相手に「あれほどの力」を見せてしまっては…

アナンの懸念点はやはり擬神の全体像、規模がはっきりしないことだ。

立ちふさがる相手を全て圧倒的な力で斬り伏せたところで奴等がそれで全滅する保証はない。手に負えないことが解った時点で恐らく奴等は方針を切り替える。自分の正体がばれる事は確かに痛手でも全滅、絶滅よりは遥かにマシであるからだ。

Lv4の圧倒的な力を目にし、相手に対する恐怖、脅威を認識した奴等は恐らく逃げ、潜伏する。ほとぼり冷めるまで。元々それに特化した力、習性をもつ種だ。

 

だからこそ固有種。

 

だからこそ今まで正体が判明することが無かったのだ。

 

あまりに限度を超えた力、強敵の存在はこのアラガミに新たな経験、知識を与えてより厄介な段階にまで成長、昇華させる火種を与える可能性を秘めているのである。

 

「アナン」

 

「…!はい?」

 

「君の考えている事は解る」

 

「うん…でもそれがこの状況で皆が生きのびる手段としては決して分の悪い賭けでは無い事も解ってるよぅ」

 

―結局アタシらじゃ今はエノハさんに頼る他無いんだよ。命運をエノハさんに託すしかないんだよ…

 

…!!う~~~!ぶ~~~!!悔しいけどそんなことは解ってますぅ~~。

 

アナンは内心、口を目一杯とんがらせた。

傷つけられた仲間の仇を取るどころか一矢報いる事も出来ず、誰かに命を託して敗走する他ない悔しさに。

 

「そう言うこと」

 

「…」

 

「だからアナン?俺はそれも選ばない」

 

「…え?」

 

―へ?

 

 

「奴等は逃さない。絶対に。例え一匹たりともな。そしてこれ以上奴等に何も与えてやる気は無い。人間の強さ、怖ろしさを知った時、その時が奴等が滅びる瞬間だ」

 

 

 

「そして誰も死なせない。全員で生きのびる。その為に今必要なのは俺の力じゃない。アナン。リグ。君達の力こそ必要なんだ」

 

 

「…」

 

「…」

 

 

「手を貸してくれ…君達に『しか』出来ないことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五分後

 

 

擬神は完全にエノハ達が立てこもる市役所周囲を包囲した。ゆっくり、じっくりと隙間なくその体を這わせ、アリ一匹通さない包囲網を敷いたままその範囲を徐々に狭め続けたのだ。何物にも擬態せず、シンプルな通常の形態の流動的な体を利用とした「神」海戦術、ローラー作戦であった。これではステルスフィールドを持つリグすらも突破は困難であっただろう。

ステルスフィールドは所詮姿は見えなくとも当然実際にリグはそこに存在しているのだ。僅かでも接触してしまえばその偽装はすぐさま見破られる程度のものである。

おまけに先述したように極度の警戒、索敵状態の擬神相手では看破してしまう可能性もある。

 

アナンの当初考えた作戦は最善に近かったが結果的に勝算はこれ以上なく低かったと言えるだろう。

 

それを選ばなかった彼等の「手」が今

 

擬神に披露されようとしていた。

 

 

 

……!?

 

 

擬神は見上げる。市役所の登頂を。そこには

 

長距離通信用のパラボラアンテナ。

 

そして

 

「おーおーおー。くそったれのアラガミの皆さん…よくぞ集まってくれました♪」

 

赤毛の少女がいつもの様に悪戯な輝きのエメラルドの瞳を歪ませ、仰々しく挨拶する。

その隣には

 

「うわぁ気持ちワリぃ…アナンの作戦に従ってたら俺はこんな中を突破しなきゃならなかったのか……くわばらくわばら」

 

リグが眼下を埋め尽くす無数のスライム状の擬神相手に心底気分が悪そうに顔を歪めている。

 

「何ぃ!?リグ!?あんたアタシの立てた完璧なプランにケチつけようってのか!?」

 

「はっ!?な~~にがが完璧だ。だいたい―」

 

「……!!……!?……!!!!!!」

 

「?……!!!……!?」

 

…。

 

無数の擬神が呆気にとられる中で尚も屋上で一人の少年と一人の少女のいがみ合い、コントの様な物が続く。意図が掴めない上に用心深い擬神達は暫くその光景を眺めていたが徐々に

 

…もういい?

 

とでも言いたげに侵攻を再開し始める。ゆっくりとしかし確実に陣地を拡げるように。

 

「…」

 

「…」

 

同時に少年少女はぴたりとネジが切れた人形のようにいがみ合いを止める。

 

 

 

「さて…」

 

 

 

「いくか」

 

 

 

 

―――パチン!!

 

いつもより小気味よく、高い音を発してリグの指が弾かれる。同時に―

 

 

ズオッ!!

 

 

金色のオーラが勢いよく少年の体から天を突かんほどの烈風を巻き上げ、噴き出す。一部の擬神がそのオーラと気迫に気圧されたように侵攻を止めるが自分達を取り囲む状況、数的優位を思い出し、奮い立たせる様に侵攻を再開し始める。

 

しかし―

 

「まだまだ…」

 

リグは絞り出すような声を出して同時、

 

ヒュン!

 

空気を裂くような音が少年の背後から「二回」響いたと思うと今でも十二分に擬神を気圧していたリグを包む黄金のオーラが

 

 

ズオオオオオオッ!!!

 

 

一気に跳ね上がる。これには大半の擬神が足を止める。しかし逆にリグの存在の急激な昇華は擬神に焦燥を与える。結果侵攻速度を僅かながら速める個体も存在した。

 

リグの行為は結果的に一見逆効果にも思える。確かにそうだ。

 

しかし。リグは一人では無い。隣には居るのだ。

 

無邪気さ、天真爛漫さの中に押し隠した冷静さ、知性

 

そして確固たる悪意、害意、狂気を兼ね備えた

 

 

「さぁ皆さん。ご注目♪」

 

―一瞬だよ?さぁ皆さんとくとご覧あれ?何せこれを見た後には…

 

 

 

 

 

アンタら全員、おっ死(ち)ぬんだからサ?

 

 

クレイジーガール―アナンが狂気と冷静さを同居させた矛盾だらけのエメラルドの横目で擬神達を見下ろしながらゆっくりとリグの背後に回る、同時リグは腰を下ろし、彼の愛機―ケルベロスを

 

ガコン

 

変形。三つある彼の銃身形態の中で今回選ばれたのは―アサルト形態。

その砲身をしゃがみこみながら眼下にたむろする擬神達に向けることなく、天に掲げる。全く理解不能の光景。しかし、

 

「…」

 

構えるリグの目には一切の迷い、混乱は無い。ただ確信がある。そしてこう言い聞かせる。

 

―出来る。

 

絶対出来る。

 

そんなリグの背中に

 

アナンはそっと手を添える。そして力強くこう呟いた。

 

 

「いくよ…!!!リグ!!!!」

 

強くエメラルドの目を見開いて。

 

「しくじんなよ……!!」

 

「アンタがね!!」

 

「お前がだ!!」

 

 

そんないつものいがみ合い。彼らの日常の会話が発せられた直後であった。

 

カっ!!!!!

 

リグの銃身―アサルト形態砲筒が眩いばかりに輝き、同時に

 

キュイィィィィィン……!!!!!!!!!

 

ガトリング状の砲筒が勢いよく回転。何とも小気味よくその回転速度を上げ―

 

 

 

ドッドドドドドドドドドドド!!!!!!!

 

 

 

 

無数の蒼白い光弾がリグの銃形態神機の砲筒一つ一つから順に勢いよく発射されていく。まるで夜空に舞う無数のハープーンミサイルが帯を引いているように。

その光景に今全ての擬神が例外なく空を見上げた。

 

天空に延びていく無数の蒼白い筋。

 

しかし。

 

トマホークミサイルの場合、射出された直後延びていく噴出口からの煙の筋は徐々に途切れ、最後には純粋にミサイルだけが飛翔し、敵艦を貫くがコレは違った。

 

先端から伸びた筋は一行に途切れることなく上空へ延びている。

 

 

 

 

……ッ

 

 

一瞬天空を駆けのぼっていた筋の先端が空を裂く音が止む。それ程上空高く舞い上がったのだ。地上に居る者には音が拾いきれないのである。

 

しかしほんの数秒後

 

 

ッ………

 

 

 

 

シャアアアアアアアアアア!!!!!

 

 

鋭く空を裂く音が近づいてくる。空から。真っ直ぐと。

これはホーミングミサイルでは無い。

 

 

どちらかと言えば

 

 

有線誘導ミサイル。

 

 

否、違う。

 

 

 

これは最早「触手」に近い。

触手は当然動く。「本体」の思い通りに。自由自在に。

 

 

その「本体」とは言うまでもなく。

 

 

―降り注げ。

 

 

アナン。リグ。この二人だ。

 

 

 

上空―宇宙空間から見ればまるでイソギンチャクの様に枝分かれした「触手」の先端が一斉にこの地―

 

サテライトBに舞い戻り、降り注ぐ。

 

 

 

 

 

…………!!!!!

 

 

見上げた空から一斉に降り注ぐ無数の触手の先端が

 

 

 

ドドドッドドッドドドッドッド!!!

 

 

無数の擬神達を貫いていく。致死には充分過ぎる威力の一撃で。

 

加速度的に。鼠算式に仲間の数が急速に減っていく事を察知した一部個体は即形状変化。

オウガテイルに擬態し、より高速で動ける形態に変化する。飛行するザイゴートは喰ってはいるが体構造まで模写していない擬神は彼等の様に宙は舞えない。よってオウガテイルのような鳥や爬虫類に近い形態をとることで原始的、単純な機動力、敏捷性を高め、降り注ぐ触手の先端を回避し始める。走行速度もナメクジの様に這うよりは早い。

 

結果それは功を奏し、触手の先端の直撃を逃れ、逃走に回ることが出来た擬神も数個体居る。

 

否、「居た」。

 

 

ドスッ

 

 

……!???

 

その内の一頭が貫かれた。それも真上からでは無く真後ろ―つまり真横からだ。オウガテイルに擬態した擬神の尾から突き刺さり、口まで貫いている。今わの際で振り返る。擬神に浮かんだ「なぜ」という疑問を埋めるために。

その答えは至極シンプルであった。擬神が回避したはずの触手の先端がL字に曲がり、彼を貫いていたのだ。

 

しかしそこでまた新たな疑問が生まれる。何故ここまで正確に動きを察知して自分達を射抜けるのかという疑問だ。

しかし、それを考え、答えを見つけられるほど貫かれた擬神の時間は残されていなかった。貫かれた擬神は飛散し、同じ形態を取った仲間も例外なくきっちりと仕留められていく。

 

ある個体は元のスライム形態を保ったまま通気口や溝、水道管、下水管に侵入し、難を逃れようとしたがそれすらも

 

ドスッ

 

 

執拗、正確に追われ、一匹残らず貫かれていく。

 

 

何故だ。

 

 

何故。

 

 

これではまるで。

 

 

自分達と同じ―

 

 

…同じ?

 

 

自分達の体に深々と突き刺さったこの触手―その中にある「モノ」がひどく自分に似通っている事に気付いた個体も例外なく貫かれ、消滅、霧散していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五分前

 

市役所内回廊

 

 

「コイツのアラガミバレット…?」

 

「ああ。アラガミバレットがその喰ったアラガミの属性や特性をもってるってのは結構有名な事実だと思う。喰ったアラガミのオラクル細胞を凝縮、増幅して撃ち返す行為だからな」

 

「つまり…?」

 

「アラガミバレットは喰ったアラガミの一部でもあるってこと。それを俺らが反属性のアラガミにぶつけて大ダメージを与えたり、喰らった本元のアラガミにあててアポトーシスを促進させたりできる。アラガミ化した神機使いを殺す際、その神機使いが使用していた神機を以て始末する事と一緒の理論でな」

 

「いや、それは解ってるけど」

 

「アナン、リグ」

 

「ん?」

 

「…?」

 

「見ろ」

 

エノハは自分の足元を指差す。別段特に何もある様に見えない。

 

「…?」

 

「これだよ。コイツらの破片さ」

 

それは「レイス」が先程噛み砕き、霧散させた擬神の肉片であった。

 

「…それが何だっての?」

 

「見てろ?」

 

エノハはそれを神機で箒の様に掃う。掃われた先には今拘束しているリグ達が捕らえた擬神が蠢いている。その肉片が―

 

ずぶり

 

「…!!!」

 

生きている擬神の体に取り込まれ、瞬時に同化した。まるで垂らした水銀の雫同士がくっつくみたいに。

 

「コイツらはまるで磁石みたいにお互いが引かれ、結びあう性質がある。まぁ元は恐らく一つであったのが分裂したんだろうから不思議はない」

 

「え!?じゃあコイツって粉々、バラバラにしてもいずれは引かれあって元の姿に戻るってこと!!??対処しようが無いじゃん!」

 

「まぁそもそもオラクル細胞自体がそういう性質のシロモンだから今更って感じだがな…でもコイツはそれをミクロの世界では無く、やや大きめの世界でそれを行っている」

 

「どっちにしろどうしようもないじゃん……」

 

「…だがアナン。そうでもないんだよ。確かにコイツの細胞同士は引きあうようにできてる。でもレイスによってバラバラにされたコイツの肉片を暫く俺は放っておいた。アナンが今考えている事を懸念してね。でも一行に再集合する様子を見せなかった」

 

「ん~~~~?」

 

「ここからは俺の推測だがコイツらの分裂には限界がある。このレイスが砕いたこの固有種の破片―これは謂わば俺達の手足に近いものではないかって」

 

「エノハさん解る様に説明してくれ…」

 

「つまり人間が心臓、脳などの主要臓器を基点にし、その先から手や足が延びているのと一緒。手や足だけで『人間』と言う生物は成り立たない。手、足だけでは人間は生存できないからな。でも血液型や腐敗度によって制限はあるにしても他人の臓器や手足、角膜等を生きている他人に移植することは可能。つまりレイスによって砕かれた個体は確実に死んでいるがその破片は別の分裂した生きている個体と融合が可能と言うことだ。何せ元は同じ体の一部を持つ連中だからな」

 

「うん…解ったよ~~な解んないよ~な。そもそもこれが今の状況を打開するための「手」とやらと何の関係があるのさ~~?」

 

「解らないか?」

 

「うう~~ん?」

 

「コイツらの細胞は呼びあう、磁石の様に結合しあう習性がある。つまりそのオラクル細胞を喰らい撃ち出されるアラガミバレットには?」

 

「……!?コイツの細胞と同じ引きあう性質があるってこと!?」

 

「その通りだ。君達が捕まえてくれた生きているコイツを俺が今捕食し、リグに濃縮弾を受け渡す。それをリグ―君がぶっ放すんだ」

 

「え。おいおいおい!!でもそれじゃ『今の俺』じゃダメじゃねぇのか…?」

 

「…バカね。リグ」

 

「ああ!?」

 

「だからアタシが居るんじゃない」

 

アナンは気付いた。その聡明さに嬉しそうにエノハはニッと笑う。

 

「よーするに私がリグの放つアラガミ濃縮弾―このアラガミのバレットを私の血の力―「断絶」を使って敵の全個体を感知、誘導させて攻撃ってことね?同じ細胞同士が拒絶、つまり殺しあう様に仕向けて接触、衝突させるってこと?」

 

「そういうこと。それにアナン?君は言っていたな?「闘争」って言うのはただ単に戦う、殺しあうって事だけじゃない。逃げる事―戦略的撤退もまた闘争と言う感情の一部だと。その感情を煽れば奴等の帰巣本能―つまり元の形に戻ろうとする習性を煽ることも可能なんじゃないか?」

 

そう。アナンはお互いの嫌悪感を煽り、殺しあう様に仕向ける事も出来れば逆に嫌悪感ゆえの忌避、つまりお互いを避ける、「逃走する」と言う感情を煽ることもできる。彼女の血の力「断絶」とはそういう使い方もできるのだ。

 

「成程…私とリグで即席の有線誘導アラガミ弾を作れってことね。それで一匹残らずあいつらを仕留めろって事か」

 

「…出来るか?アナン」

 

「う~~~ん相当難しい。正直言葉遊びのレベルだしね~~」

 

「うん。それに関して俺も自信が無い。確証のない仮説も考えに入れた行き当たりばったりもいいとこの作戦だ」

 

「でも」

 

「ん?」

 

「やれる・出来る・私なら。命令して?エノハさん」

 

「ふっ…ホントに頼もしいよアナン!リグ…?」

 

「ん」

 

「君はどうだ…?出来るか?」

 

「…要するに俺は狙いをつける必要はない。アナンの誘導に任せて最大威力のアラガミバレットを無駄なく、大量にぶちかませばいいんだろ」

 

「ご明察。しかし今回は敵の数は恐らく数百レベル。それを全部消滅させる無数のアラガミ弾を撃てってことだぜ。楽ではないと思うが…どうだ?」

 

「…楽勝過ぎる」

 

「よし…」

 

エノハは二人の決心に満ちた眼差しと心強い返事に満足そうに頷くと同時振り返る。

 

「…時間はない。とっとと奴等全員ぶっ潰してここの住人達の弔いをしないとな」

 

「うん!!」

 

「フン」

 

三人が意を決し、同調したまま一歩を踏み出した―その時であった。

 

 

「……ハさん……っ、ナン…リ、…グ……?」

 

 

「!」

 

「お!」

 

「…『レイス』!?」

 

 

三人は未だ壁にもたれかかったまま浅い息を吐く「レイス」の唇が僅かに震えながら動いているのを認め、駆けよる。

 

 

「気がついたかレイス……良かった」

 

「もぉ~~アナンちゃん心配しちゃったぞ~~~?」

 

「無茶しやがって…このバカ…」

 

「おろ?リグ泣いてる?」

 

「泣いてねー!」

 

「二人とも煩い…。…レイス?今はここでゆっくり、じっとしてろ。直ぐに俺達は帰ってくる。それまでここで―」

 

「……………るから……」

 

エノハの言葉を遮るようにして「レイス」が不明瞭な言葉で呟いた。

 

「…え…?」

 

「『レイス』ぅ~~~~」

 

「全く…」

 

 

「………るから……」

 

 

「…解ったよ。レイス」

 

エノハは「レイス」の言葉に頷き、くしゃりとその美しい銀髪を撫でる。

 

三人だった同調は今四人に、そして一つになり五分後―

 

 

 

 

 

今その想いが結合、結集した鉄槌が天より降り注ぎ、擬神達を鮮やかに駆逐していく。

 

一匹、また一匹。

 

―一匹も逃さない。殺せ。追え。そして逃げろ仲間の元へ!!

 

歯を喰いしばりオーバーヒートしそうな頭と精神をアナンは奮い立たせながら血の力によって光弾を操り、逃げる擬神を誘導、追尾し、的確に射抜いていく。

 

その彼女が触れている背中―

放熱し、煙を上げる銃身によって腕を焼かれながらも注がれたエノハからの受け渡し弾を余すことなく展開した砲身から解放、光弾の数、集束度、密度を更に高めて撃ち出し続けるリグの姿が在る。

 

 

三桁以上存在していた擬神の分裂体が。

 

二桁。

 

そしてとうとう

 

 

一桁に。

 

そして

 

 

……!

 

 

市役所を包囲していた数多の擬神は遂に残すは一匹となっていた。最後の個体は必死で逃げ続ける。その彼にもアナンによって誘導された光弾は容赦なく感知し、近付いてくる。

 

もうダメだ。

 

擬神はそう思った。

 

が、

 

 

バシュン!!

 

 

最後の擬神の鼻先、直前にて光弾は弾け飛び、射出されたアラガミ弾によって明るく照らし出されていたサテライトB内が元の静寂の世界に包まれる。

見渡す限り穴だらけにされた支部内で無数の同胞の破片が辺りに散らばる中、最後の擬神は生き残っていた。生き残ったのだ。

 

助かった。助かった…

 

安堵する。

いつの間にか差し込んだ陽の光が生き残った彼を祝福する様に照らし出している。闇に姿を隠す習性を持つ擬神にとって非常に邪魔な存在のはずである陽の光が今は美しい。

 

陽の光が。

 

陽の光…が?

 

違う!

 

辺りはまだ霧に包まれている。陽の光が差し込む余地は無い。なら

 

この光は一体?―

 

 

 

市役所屋上

 

 

「あんさ~今のアンタにそのスコープって意味あんの?」

 

「…雰囲気って大事だろ」

 

「ヘンなこだわり持ってんのね。ま。いいけどサ」

 

アナンは再び手を添える。愛機ケルベロスを形態変化、チラリとスコープの輝くスナイパーライフルに切り替えて構えているリグの背中へ。

 

 

 

 

「あ。決め言葉とかある?」

 

 

 

「…今度考えとくよ」

 

 

 

いつもの軽口をお互いに叩くと同時二人は意と力を込め、その結実がリグの指先に集約したと同時辺りに響きわたる。とても軽快で、しかしどこか重みもある不思議なこの音が。

 

 

 

 

タァァァァァン――

 

 

 

 

びしゃあっ!

 

擬神は民家の壁のシミになった。

 

 

 

 

 

一方

 

市役所屋上にて

 

どしゃあっ

 

横並びに大の字に寝転がった二人は。

 

 

 

「…」

 

「…」

 

 

無言のままこつんとお互いの拳を合わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




…恐ろしい連中だ。


「彼」はそう思った。


サテライトBを覆う装甲壁から約500メートルほどの地点にて


ズズズ

…生き残ったのはコイツだけか…。

「彼」は先程あの爆音と光に包まれたサテライトBからリグとアナンの混合思念誘導弾を逃れ、命からがら這い出ることが出来た己の分身体の最後の一体を回収し、同化する。

同時百五十人以上の人間の「養分」を得て肥大化した同胞達が今自分に同化した物を除いて悉く殲滅された事実を冷静に「彼」は分析する。
あの人間達は今まで喰らってきた者達とは遥か別格。アラガミ、人間、GEすらも含めて全く異なる次元の者達。特異な能力、戦闘力、発想を持った難敵。それに今回遭遇してしまったのは間違いなく「彼」にとって不運と言えた。

しかし「彼」にとって悪いことばかりではない。

今回の件で多くの同胞を喪ったこと、自分の存在、正体が在る程度把握されたことは確かに痛手ではある。が、逆に連中の様な格別の存在が居る事を自らも把握できたことは幸いである。「情報収集」という観点からみれば実りの多い遭遇であった事は間違いない。


そして自らが「固有種」としての習性を持つゆえに理解する。「今は逃げる時だ」と。

…。

「彼」は遠く離れたサテライトBを一瞥し、踵を返す。

これからより慎重な行動、潜伏が必要だ。敵を超える力、根拠、知識を身につけ、更にタイミングを見計らう事が出来れば「奴等」を狩ることは十分に可能―「彼」はそう結論付ける。

…自分はお前達を忘れない。決してお前達の前に姿を現す事は無い。

…お前達を「殺すことが出来る」と確信するまでは。

それまでさらばだ。たった四人ながら危険で恐ろしい人間を超えた人間をさらに超えた人間ども。
自分はお前達を知った。そしてお前達への脅威、恐怖を知った。無力で無能な人間を何百、何千と喰らうよりも遥かに有意義で貴重な知識、記憶を得る事が出来た。

感謝しよう。


「彼」はゆっくりとその場を離れる。確固たる悪意、食欲、さらなる知識欲を携えたまま擬神悪鬼「本体」―

後に「ヒドラ」と名付けられるアラガミ固有種は闇から闇へその姿を没し去ろうとしていた。


より強大に。


より狡猾に。


より凶悪になる為に。





























…?









「四人」?



何故だ?何故自分は同胞を殲滅した人間が「四人」だと知っている?そしてまるで体感したかのように奴等の脅威、恐怖を骨身にまで味わった様な感覚に陥っているのだ?

なぜ…

何故これ程にあの人間達「四人」の

顔。

種別。

区別がついているのだ?

この今自分の中にある「知識」「記憶」は一体…「どこから」来たものなのだ……?

奴等に触れた、接触した同胞達は悉くつい先ほど死散したはず。敵全員の姿、正体を満足に見る事すら叶わずに。
なのにこれ程の情報量を己が現在収集出来ているのは一体―――?



………!!!!


擬神は歩みを止めた。そしてつい先ほど自らと同化していった分身体が接触した己の部位を見る。どこを見ても面白みのない擬神の体に


ブゥ……ンッ


出来物のような淡い色をした球体が形成されている。それも擬神から何かを「吸い上げて」徐々に肥大化しながら。

その球体の正体は。

「制御・充填」

敵に着弾後、その体に付着し、敵体内のオラクル細胞を吸い上げて肥大化した後、ある臨界点、もしくは一定の時間の経過後に




――――!!!!!!!!!!!



爆発する。









十分前―

市役所回廊にて

「レイス」が擬神を倒した直後、リグ、アナンと合流するまでのほんの合間の「レイス」とエノハの会話―



「はぁ……ハァ…エ、ノハさん……聞いて」

「喋るなレイス。今は回復に努めろ」

「いや、聞、いて。とても、すぅ……大事なことだから」

息も絶え絶え、途切れ途切れ。深く深呼吸した後、やっとまともな口調に戻るが相変わらず呼吸は苦しそうだ。しかししっかりとエノハを見据えるオリーブの瞳は焦点を取り戻している。話の重要性に疑う余地は無い。

「…何だ?」

「私が殺したコイツね…?体内に『コア』持って無かった。つまり…居るよ?コア持ってる親玉…本体がね」

「……!」

「んでこっからは私の推測なんだけど…」

ちらりと砕け散った擬神の破片に「レイス」は目を向け、話を続ける。

「多分…コイツら分裂体はCD-R、USBメモリ、SDカードみたいなもの…外部から記録、情報、映像等を取り込んで一時的に保存しておく小型情報端末…分身体が各々在る程度の感情、複雑な行動が取れるようにしてあることから考えても内蔵しておける容量はさして多くないと考えるのが普通じゃないかな…?」

「つまりは…分身体が吸い上げた情報を纏めて回収、統括、精査、整理する大容量のコアCPUを持つ…アラガミ本体が居るってことか」

そしてその本体は回収した情報、記録を素に新たに更新された分体を作りだす。より高度な行動、擬態のバリエーション、情報収集能力、容量の増加、そして純粋な暴力、行使力も恐らく強化された分身体が作り出される寸法だ。

「うん…だから分身体をいくら倒しても無駄って事…コアが無いから霧散させれば復活はしないし、回収させなければ手に入れた情報を本体にアップデートされる事も阻止は出来るけど根本的な解決にはならない」

「本体を倒さない事にはな…」

「…かと言って分身体で人に擬態して人間を騙し、一斉にタイミングを合わせて同時捕食を行えるほどの知能を持つ連中の本体―ブレインがのこのこ呑気に危険な場所に出てくるとは思えないよ…」

満身創痍の体を抱え、与えられた情報を素に整理すると何とも芳しくない状況であることに「レイス」は歯痒そうに再び右腕で両目を覆う。有効な打開策を見つけられず、おまけに思う様にならない今の自分の体に口惜しさで口を引き結ぶ。


「レイス」

「…はい…?」

「よく頑張ったな」

エノハは「レイス」の頭を撫でる。いい子いい子。

「…」

「ここからは俺―いや俺達の仕事だ。今は休んでろ。レイス」

「よっと」とおどけた様に言いながら腰を上げ、「レイス」に背中を見せ軽く振り返りつつ、

「君から得た情報…絶対に無駄にしない」

―そして君が苛まれている悔しさ、歯痒さもまた絶対に無駄にしない。


確かに。

確かに受け取った。




カッ!




地響きと強烈な閃光、爆風が瞬時に範囲数百メートルに放射状に広がるほどの大爆発が起きる。

爆心地は巨大なクレーターが形成され、その中心では


ずるぅうううううびちゃあぁああ……


……!!!


体組織を70パーセント以上蒸発させられ、溶けたアイスクリームの様にドロドロになった擬神が這いずり、のたうち回っていた。深刻すぎるダメージの中で擬神は本能から必死でかき集めようとする。

…!!……!!??…!

今正に自分の中から指の隙間から敢え無く零れおちようとしている擬神によって最も大事なもの―記憶、記録を。消失、消滅、損壊した物の復旧を必死で試みる。

その最中であった。

「…十分すぎる狼煙だろう?」

声が聞こえた。擬神はその声の主を記憶、記録より直ぐに抽出し、同時結論が出る。
擬神が生まれ出て以来、間違いなく掛け値なしの厄ネタが今目の前に居る。

擬神を襲った「制御・充填爆発」のオラクル消費量はその充填時間、そして吸い上げられるオラクルの上限量によって飛躍的に増大する。
「寄生」したアラガミからオラクルを吸い上げ、球体に内包する爆発的なオラクルのエネルギーに限界まで堪えられる頑丈なオラクル球体の皮膜を構成するためには膨大なオラクルが必要になる。
それ程のオラクル量を貯蔵できる神機形態はリザーブ機能を備えた銃形態―

ブラスト機構だけだ。

ザリッ

発せられた声と同じ方向―前方からの足音に擬神は顔を上げる。
今、擬神の目の前には白銀に光る銃形態と黄金のオーラに包まれた紛れもなく彼にとって最強、最悪の敵―

「…『贈り物』。喜んでもらえたかい?」

エノハの姿が在った。


「俺とアナンがお前に贈った贈り物―お仲間から得た『記憶』の中の俺が言った通りだ。まぁお前らが人語を解しているかどうかは知らないが…敢えてもう一度言う」


「『これ以上お前らに何も与えてやる気は無い。人間の強さ、怖ろしさを知った時、その時こそ…』」



―お前らが滅びる瞬間だ。


……!!!!!


擬神はただ反射的に行動した。相手の脅威、恐怖を眼前でまざまざと思い知らされた擬神が取った行動は理知も理性も知性もかけらもない。
ただ「動いた」だけ。目の前の圧倒的な存在を前に無我夢中で。満身創痍の体を動かしただけ。「逃げる」?「戦う」?そんな高尚な物など最早微塵もない。ただただ本能的に「動いた」。

それだけ。

そんな物が「結果」を成すわけもない。
そんな擬神を最早エノハの瞳は映していなかった。エノハの瞳は擬神の半透明の体の「向こう側」を映し、そしてこう呟いた。


「後は思う存分やれ








…レイス」




「……うん」







ズギュルルルルルルル!!


……!!!!!!


吸い取られる。先程エノハの放った銃弾「制御・充填」の控えめでじっくりとしたオラクル搾取を鼻で笑い飛ばすほどの急激な勢いで擬神の体から失われていく。
力、記憶、数多の命を糧にした「養分」によって培われた肉体が根こそぎ「背後」から吸い取られていく。


……!?


ずるり


擬神が振り返るとそこには


「…」


今の擬神と同じく体は満身創痍でありながら心の奥底に秘めた激情は微塵も失われていない。強い決意の眼差しを帯びた黒い少女の姿があった。
その少女がここに来る前、仲間達に不明瞭ながらも強い決意のもと言い放った言葉を一字一句曇りなく行動に反映させようとしている。



―…アイツは私が


殺るから。



『レイス』

血の力―「生殺与奪」発動。


「レイス」が掲げた彼女の愛機ヴァリアントサイズの「カリス」には宿っていく。それは「奪う」と言うより「取り戻す」に近かった。

その時擬神の目に映った光景は夢か幻か。

ぎちぎち…みち…

今まで擬神が喰らった数多の生物の姿が今、赤黒く「カリス」に集約されていき、「怨」を込めた正に「鎌首」をもたげて振り下ろされようとしている光景を唖然と擬神は見上げた。


その光景は正に「絶滅」の光景に相応しかった。地獄と言っても過言ではない。


「そこ」に次の瞬間、何の抵抗も無く「レイス」の振りおろした死神の鎌は擬神を誘った。









数ヶ月前―


クラウディウス家邸宅

「で」

「…」

「ルージュ?この大して狩る意味が一見薄そうなアラガミを倒すことによって君が得るメリットは何だ?」

「う~~~ん。……世界平和?」

「……」

「ヒドイ!!エノハさんたら私を体のみが目的で見てただけじゃ無く、そんな風に私を見てたのね!!ヒドイわ!!あんまりよ!!」

「そ、それは酷いですよ…エノハさん」

「同調しないのナル。君も。悪いけどルージュにはその手の高尚なモンは毛ほども感じられないからね。裏があるに決まってる」

「…うわ~~女性に対して酷いわそれは……。ま。あながち間違ってないけど」

ケロリとルージュはそう言い切った。

「やっぱりか…あっさり認めやがって」

「何せ世界で唯一、たった一つのコアを持つアラガミよ。そして他にはない特異な能力を備えている種でもある。そんな珍味が貴方達の神機、または技術にどれほど影響を与えるか解らない貴方では無いでしょう?」

「それもこれも…復讐のためか?」

「当然でしょう?表立って動けるあの子―ラケルと違ってあくまで私達は公に存在していない部隊だもの。限られた時間と制限された行動の中で得られる力の中身を特異かつ希少な物に厳選し、独自の力を得てあの子に対抗する。奇しくも固有種と同じ観点ね」

「…」

「被害も防げる。私の復讐の糧にもなる。一石二鳥でしょう?」

「…」

「不満…?なら…『仕方ない』わね?」

ルージュの口調、雰囲気が変わる。



「…ルージュ?」

「何よナル…」

「貴方はやっぱり素直じゃありませんね。エノハ様もどうか勘弁してあげて下さい。――あ!また……あはは。すみません」

ナルのそのいつもの生真面目さゆえのちょっとしたドジが二人の場を少し和ませた。

「でも言わせていただきます。エノハ…さん。ルージュは決して復讐のためだけに固有種を狩ろうとしているのではありません。そこには色々な理由があるのです。その一つが他でもない…『ハイド』のあの子達の為です」

「ナル…」

「エノハさんも見たでしょう?あの子達の力を。そして危うさを。確かにGEと言うのはそういう職業です。あの子達の性格、執着が生き残る為の一助になる事もあれば、命を落としかねない危うい二面性をあの子達は持っています」

「あの子達の抱えた過去、それゆえの今のあの子達の姿を真っ直ぐ見て…受け入れてあげて下さい。…あの子達は言わば崖に向かって真っ直ぐに突き進む暴れ馬です。鞭で叩かれ、心を歪ませた結果、手綱を捨てた子供達、GEでは無い私やルージュでは人としての心は確かに支える事は出来ます。でもGEとしては…」

ナルはそう言葉を紡いだ一瞬、凄惨なほど悲しい表情をしたようにエノハには見えた。
が、次の瞬間には元の彼女の凛とした視線に戻っており、尚も言葉を紡ぐ。
彼女らしい真摯な視線、口調で。

「私達にはあの子達の手綱を握ってやることはできません。振り回され、突き落とされてしまうでしょう。だからこそエノハさん?私達はあの子達と同じである貴方に頼る他無いのです」


ナルのその言葉に気を取り直したルージュが手でナルを制する。すこし恥ずかしそうにはにかんでいた。


「比較的良好な家族、環境、そして仲間達と共に育ち、この時代に在りがちなただ憎しみや復讐心のみで物事を判断しない貴方に頼みたいの…どうかエノハさん。あの子達を導いてあげて。これは本当に、私の心からの望みよ。私の下らない復讐のために巻きこんでしまったあの子達を守り、私が復讐を終えた後も人としての生を真っ直ぐ歩んでいけるように。それがせめてものあの子達に私がしてあげられる事。その為にあの子達のGEとしての戦う力と同時、私達と一緒に人としての生の喜びを教えてあげて」


―貴方はそれが両方できる数少ない人。だから…お願いします。エノハさん。

そう締めくくったルージュの言葉に普段の一切の茶目っ気は無かった。
ナル、そして間違いなく自分のもう一つの本人格―レアと共有した純粋な本音をさらけ出した姿。







数ヵ月後―サテライトB郊外



風が舞い上がる。


「エノハさん」


「ん」


「じょ、う況……終了。任務完了…です」


「ん。ありがとう。そして本当にお疲れ様。レイス―」


エノハは立ち尽くした「レイス」の背後にゆっくりと回り込む。左腕を彼女に触れることなく抱き込むようにして彼女の両目を隠す。


「……泣くな」


最後の一撃、霧散する直前の擬神から彼女の神機を通して伝わった感応現象には今まで擬神によって命を落とした人達の記憶、想いが僅かに流れ込んでいた。

それが目の前の擬神の消滅と同時、霧散するオラクル細胞の様に蒸発し、共に空に帰っていく。


―彼等は報われたのだろうか。私が救えなかったあの子は……?

…ルーティ?少しは貴方の役に立てたのかな?私は。
所詮殺すことしか出来ない私だけど。



解らない。それは永遠に。


「泣いてない……」


目隠しをされたまましわがれた声で最後に「レイス」はそう呟く。



数秒後、辺りを包みこんでいたジャミングの磁場が解け、無線の復帰と同時のナルやノエル、そしてレア、そしてサテライトB市役所に居るアナン、リグの声が二人の名をひっきりなしに呼ぶ声が聞こえる。




神隠しの町―サテライトB周辺を覆っていた深い霧はいつしか晴れていた。







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