「…」
「さて…甘いカオは御終い。そこに直りなさいイロハさん」
私は今、「レイス」―レイちゃんに飛び降りた際、私を受け止めたクッションの上で正座をさせられている。
…厳密に言うと「正座」は出来ないんだけど。
何せ足がコレなもんで。あはは。
…泣いちゃっていいですか?
「暫く泣かない方がいいよ。私の堪忍袋の緒が切れるから」
―泣いて済むことはこの世には少ないよ。
そうレイちゃんの瞳が語っている。さっきまで泣き喚く私を抱きしめ、優しく微笑んでいてくれていた女の子が凄い変り様だ。
ひぃ。
予想できた事とはいえ私の自殺の決行はレイちゃんをか~なり怒らせているらしい。
足元のクッションにはアナン―アナちゃんが書いたと思われる
「少女が空から降ってきた」
という文字が躍っている。同時、
「間抜けは見つかったようだな→(矢印私の方向)」
「ビッチ→略」
「ブラコン→略」
と、様々な罵詈雑言が書き連ねられている。そんな上に私は座らされている状態だ。
要するに。
それほど私は彼女達の想いや行為に反する最低の背信行為をしたと言うこと。これは紛れもない事実。
よって私は正直に語る。嘘偽りなく。助かった命を再び自ら終わらせようと言う考えに至った経緯を。
自分の存在がこれからも間違いなく弟の足手まといになる事。
「サクラ」さん達にもこれからも多大な迷惑をかける事。
健康、五体満足でも生き残ることが困難なこんな時代に難民出身、家族無し、宿無し、適性なし…両足無しの私を受け入れてくれる場所など無い事。
これもまた否定できない事実なのだ。そんな事レイちゃん達も百も承知だろう。
だから私はこう言う。愚かであろうと言うしかない。
かつてお母さんが自分と同じ流行り病に罹ったレンカを前にし、一本しかない治療薬をレンカに打つ様に私に指示した時の様に。
これから多くの事を成す可能性のある方―者を優先的に生かし、片方を見捨てる。それが例え自分自身が見捨てられる側だとしても。
「お願いレイちゃん。私を…見捨てて」
泣いてないよ。笑って言ったよ。怒らないでね?レイちゃん。
「わかった…」
そう。レイちゃん。きっと貴方は私なんかよりずっと頭がいい。解らないはずが無いもんね。
「そのかわり」
「…?」
「アナン?」
パチン―
「レイス」が唐突に指を弾く。
「はいな」
すると「待ってました」と言いたげにアナンが彼女用の携帯端末を徐に取り出し構える。何かを「めくっている」。訝しげなイロハを尻目にどこか楽しそうに笑みを浮かべて。
―…アレは悪い事を考えている時のアナンの顔だな。
ずざっ!!
実に地上六階、イロハの入院していた病室から何の躊躇いもなく飛び降りたリグが難なくイロハの後ろに着地しながらそう思う。
「わ!リッ君…」
「もう決定なのねそれ…」
「ふふっ…諦めて?」
「ヘンなとこ譲らないよね。イロハねぇ……!んんっ!!イロハさんて」
「君に言われたくありません♪」
気持ちは沈んでいるものの、どこか女の子らしい強かな笑みを浮かべてイロハは微笑む。
「…俺はともかく」
「うんっ?」
「この二人は手強えぇぞ。俺よりよっぽどえげつないからな」
―覚悟しとけよ?
そう言ってリグは一歩下がる。腕を組み、病院の外壁に背中をもたれかける。イロハの頭の上から「?」が消えないまま怪訝な顔をしてリグを見ていると
「こほん。では…空木 イロハさん」
「はい…?」
やけに他人行儀なまま「レイス」はこう続けた。
「この二十日間、貴方の救出、救命救助、医療薬、食事、衣類、入院に擁した全費用を今から算出しますのでしばしお待ちを」
「…へ?」
イロハは一つ忘れている。自分が家族無し、宿無し、適性なし、両足無しだけでなく―
「文無し」である事を。
「レイス」、アナンの二人―「ハイド」の自殺阻止交渉は脅迫、金の無心から始まる。
「まず私達の『出動費用』に関しては完全な偶然の遭遇だったので多めにみましょう。え~っとまずイロハさんの止血の為に擁した止血剤、包帯、ガーゼの費用から」
「はいはい♪」
ぽちぽち
アナンの手が動き出す。…意外に桁数が多い。お疑いの方もいるかもしれないが一応ぼったくりではない。アナンは正当な医療報酬を割り出している。
しかしこの時代当~然保険など利かない。100パーセント患者が自己負担である。
「次にイロハさんを車両に運んでからの応急処置に(?)型の輸血パック、強心剤を使用。あと患部の消毒の為の消毒液、傷口に残留したアラガミのオラクル細胞の除去…」
「おお♪ついつい忘れがちな所をちゃんと覚えてるね。金に汚い子は嫌いじゃないよ」
ぽちぽち
「搬送後、救命チーム五人による施術費用、あ、ここでイロハさんの心臓が一旦止まりかけたからまた強心剤、その他薬剤追加投与、結局イロハさんの容態が安定状態になるまで計―(略)」
「おお~危険な状態だったんですね~救命チームの苦労が垣間見えますよ」
ぽちぽち
「施術後、集中治療室に三日、容態が安定した後このまだ開業してないフェンリル付属病院に移送して十三日間の特別個室入院、食事、意識が回復するまでの一日二回の点滴の費用、私達二人の看護サービス代は……まぁおまけしとこう」
「『ナースなお仕事』の傍らイロハちゃんで色々楽しんだしね~そこはサービス、サービスぅ♪」
ぽちぽち
「…」
―…アリガトウゴザイマス。
「…大体こんなとこかな?」
「ちょっとお待ちなさい!『レイス』さん」
アナンがびしっと手で「レイス」を制す。おまいさん…何か大切なモンをお忘れではねぇですかい?
「ん?あれ…私何か忘れてた?」
「ちっちっちっ忘れてるよ~?『イロハちゃんの入院期間中、リグとノエルがイロハちゃんに夢中でアナンちゃんに構ってくれなかった事によるアナンちゃんの心的外傷に対する慰謝料』!!」
「あ。それはタダで」
「がっくし~!!」
―+ゼロ…くすん…。
ポチ…
「ぶっ!!?アナン!おめー適当な事言ってんじゃねぇ!!」
「よく言うよ。眠っているイロハちゃんが心配で用も無いのにひょこひょこひよこみたいに病室に顔出してきた癖に!このむっつリグ!!」
お約束を始めるリグとアナンを無視し、「レイス」はいつも通り淡々と職務をこなす。
…計算終了。
「…占めて218万とんで92fcを請求いたします。火急的速やかに納めてください」
チャキーン!
「…」
イロハは気付く。眠っている間に自分がいつの間にか多重債務者になっていることを。
「払えないよね…」
「…(こくん)」
放心状態のままイロハは機械的に頷く。
「だからせめて死ぬにしてもこの承諾書にサインしてほしいの。イロハさんが死んだ後残った角膜、骨髄、血液、内臓すべての処遇を私らに一任する事。それで出来るだけ死ぬならそれらを傷つけずに逝ってもらわないと困るの。私ら債務回収が出来ないから」
「レイス」の携帯端末の画面に「同意書」らしき事務的な文面が羅列している。事務的だが内容は中々にエグイ。「レイス」がモノホンの死神にイロハには見えて来た。
「でもね~それでもね~…残念ながらマイナスなんだよイロハちゃん」
アナンが腕を組んで困った顔をし目を閉じる。そして容赦なくイロハに追い討ちをかける。
「何せ今こんなご時世じゃん?人の『命』ってやっすいんだよね。血液、内臓や角膜のドナー提供ビジネスのニーズ自体減ってるんよ。摘出費用や保管費用やらもタダじゃないし、適合したとしても手術費用、移植費用が払える人間なんて今の時代ほんの一部の特権階級、貴族くらいだし。そのマイナス分の補填をどうするかなんだけど…」
アナンが目を開く。そして悪戯なエメラルドの瞳でイロハの体を舐め回すように見て妖しくにやりと笑う。
ぞく。
イロハに悪寒走る。そして次のアナンの一言に
「イロハちゃんって処女?」
「……えっぇっえええええ!?」
イロハ震撼。
「その反応は処女だね!!おお!希望が見えて来た!イロハちゃん美人だしその上『初物』と来れば好き者の貴族がこぞって喰い付くよ!債務を吹き飛ばして下手すりゃお釣がくるレベル!!おまけに『身体欠損フェチ』とかの変態が居ればさらにお値段が吊り上がるかも!」
―なぁに「痛い」のはほんの一瞬!!ひょっとしたらその道に目覚める可能性だってあるさ!
と、アナンが続けようとするがそこに
「アナちゃん」
イロハ割り込む。
「はい?」
「私死にます。殺して下さい。今すぐに」
イロハの瞳が彼女が虫の息だった救助時並に光を喪っている。
ずずず~ん
―バッカ!!逆効果じゃない!
―ご、ごっめ~~ん。
―こんな席にまで「生」癖出すんじゃねぇ!!
交渉を余計で下品な裏ビジネスの紹介によって話をややこしくしたアナンをげしげしと「レイス」、リグの二人が蹴る。
そう。一応「レイス」、アナン、リグの三人は自殺を止めようとしているのだ。
そもそもイロハ自身が迷惑をかけた相手に対して少しでも恩義を返そうとする律儀な子である事は短い付き合いだが「ハイド」の全員が理解している。
その上でのイロハの結論が「いち早く自分という存在を無くす事、面倒事、迷惑だけを残すであろう自分が居なくなる事」であった。しかし両足を喪っている自分には彼等に行方を知られずに去る事など不可能に近い。だから彼女は一番手っ取り早い自殺と言う方法を選んだ。
この金の無心による自殺阻止交渉は空木 イロハと言う娘が優しく、義理堅い性格でないと成立しない。その点ではこの交渉は成功している。イロハは自分の責務を改めて知って自殺という極端な道に走る事を一時的には思い止まるであろう。
ただそれが主にアナンのせいで少々ややこしくなったが。
「お前ら…なんて説得の仕方してんだ…」
おいおい、と言いたげな呆れたような声が困り果てた一行の背後で響く。
「…!」
その声に反応し、どん底に沈んでいたイロハの瞳にやや光が戻る。そして同時に後ろめたい、恥ずかしい、何とも言えない感情がイロハの感情を動かす。
その声の主―「サクラ」が後ろにノエルを引き連れ、頭を掻きながら歩いてくる。
「いや~はは~」と、一緒に頭をかくアナンと無言のまま居心地悪そうに腕を組み、溜息をつくリグ、そして「…取りあえず見ての通り」と言いたげに目線のみで「サクラ」とノエルの二人に現状を説明した後、「お帰り」と「レイス」は呟いた。
あまり予想通りにはなって欲しくないことではあった。が、「やはりこうなったか」と「サクラ」は複雑な感情に包まれながら歩み寄る。
俯いたまま顔を上げない少女―イロハの前へ。
「……イロハ」
「…『サクラ』さん。そしてレイちゃん、アナちゃん、リッ君、ノエル君。皆本当にごめんなさい。でもどうか…どうか…最後の私の頼みを聞いて下さいませんか…?」
イロハは他人みたいに頭を下げ、冷静な口調を保ったまま淡々と言葉を紡ぐ。言い淀みは無い。その場に居る「ハイド」全員が聞き取れるほどの声量。
しかし何故か掻き消えてしまいそうなほどの消え入りそうな声に彼らには聞こえた。
「…それは?」
「私を見捨ててくださいっ…死なせて下さい!!その後は…その後はどうして頂いても構いません。私にあるのはもうこの体くらいです…他に何もっ!何もありませんからっ…!!」
自分の存在自体へのあまりの忌々しさがイロハを包み込み、最早怒りにも似た表情でイロハは目の前の「サクラ」を見据えた。
「それでも『足りない』と言うのならアナちゃんが言った通り、少しでも生きてる内にお金を返せる、貴方達に何かを返せる方法があるのなら何でもやりますっ!!どうぞお好きなようにして下さい!」
「お願いです……っもう…ほっといて…」
―貴方達の優しさが…辛いんです。苦しいんです。
「言ったな…?」
―…?
「言ったなイロハ?『生きている内にお金を返す、貴方達に何かを返せる方法が在るのなら何でもやる』……君はそう言ったな?」
「…『サクラ』さん…?」
「払ってもらうぞ。耳をそろえて。代金は治療費、そして足りない分は君の人生を少し貰う」
「…え?」
「『君が生き残り、自分の力で生きのびて弟さんを探し、再会する事』、それを君に俺は要求する。代金としてね。それが出来たらその後は好きにしたらいい」
―何を…「サクラ」さんは一体何を言っているんだろう?
イロハは茫然と目を見開いたまま「サクラ」を見る。今のイロハにとって世迷言としか取れない言葉を語り続ける彼の目は澄んでいた。本気だった。
「イロハ?撤回は認めないよ。契約成立だ」
強引に商談を成立させた「サクラ」は「レイス」の端末に映っていた内臓取引に関しての同意書を消去する。
「契約に大事なのは書面は当然。だけど同時にお互い顔突き合わせて契約相手と握手を交わす事も大事だ。さぁ手を出せイロハ!!」
「サクラ」は右手を出す。イロハはもうワケが解らないまま言われるがままに手を差し出す他無かった。「契約」という行為の際は絶対陥ってはいけない危険な精神状態と言える。しかしイロハは―
―この人なら…この人達なら。
ぎゅ
「サクラ」の手を握る。温かい。温かい気持ちが流れ込んでくる―
―…あ、あれ?
おかしい冷たい。まるで死人のように冷たい。冷え性にしても程がある。
「手ぇ冷たい~。足ぱんぱん…」と、世の女性が悩まされる症状を遥か凌駕する冷たさ―
すぽっ
「…え?」
「え」
「サクラ」の腕が
「抜けた」。
「うっ…」
「え。サクラ、さん……?」
「サクラ」の腕を「ひきちぎった」イロハはぷら~んと垂れ下がる「サクラ」の腕を片手に目を点にする。脳の処理が追い付かない。
「うっ……ぎゃああああああああ!!」
「え?え!?えええぇぇぇっっ!?」
―ひと~つ。ふた~つ。
「いてぇえええええええええ!!!!」
「あ、あ、あ、あ、さ、さささサクラさん、そ、そ、その」
―み~っつ。よ~っつ。
「お、俺の腕ぇ!!!イ、イロハ!!てめえええええぇえぇ!!!」
「う、う、う、あ、ああああああ!!!ご、ご、めんなさ…い、い、い
嫌あぁぁぁあああああああああっ!!!!」←(〇図 〇ずお風タッチ)
―いつ~つ。む~っつ
「ぐああああああ!!いてぇよおおおおおお」
「……きゅう」
―…にゃにゃ~~~つ。
「……。ハイ落ちた~」
コテンと横倒れになり、意識を喪ったイロハを見て、ケロリと痛がる素振りを止めた「サクラ」は
「よいしょっと…とりあえず全員で一旦病室に戻ろう」
違う意味で「落とした」イロハを抱きかかえる。その仕打ちに「ハイド」の少年少女たちは全員絶句していた。
「さ、サク、いや。その。エノハさん?」
ようやく口を開いた「レイス」が呼び名を切り替えてエノハを呼びとめる。
「うん?」
「エノハさんも相っっっ当えげつないね」
「ふん。何も言わずにただ居なくなろうとするなんて水臭い子にはこんな扱いで十分です!」
ぷんすか!ぷんすか!
レアがリグやアナンを叱る際の口調の真似をしながらエノハはそう言った。どうやらそれなりに怒っているらしい。
「あと」
「?」
「最近こういうことすると妙に体調が良くなったりするんだよね。はぁ~~なんかちょっとスッキリした」
肩をコキコキしながら憑き物が落ちたような清々しい顔をエノハは浮かべる。
「「「「…」」」」」
―…恐ろしい!
ハイド・チルドレン一同戦慄。
「~~♪…っと」
鼻歌交じりにエノハは歩き出すか否かの段階で思い出したように振り返り、イロハが先程まで持っており、今は地面に落ちている「冷たい右腕」を拾い直す。
…彼の「右腕」で。
「まぁ―
『コイツ』がイロハの『希望』になってくれるかもしれんないんだ。これぐらいの仕打ち、お仕置きぐらいは勘弁してもらおう」
ニッ!
エノハは強気に笑う。?マークが未だ抜けない「レイス」達自殺阻止班が顔を見合わせる中、
「…病室に戻ったら僕が説明するよ」
今日エノハと「何処か」へ同行していたノエルが彼の専用携帯端末を手に訝しげな他三人を病室へと促す。
ノエルにもいかにも「何か収穫があった」と言う顔色が残っていた。
「成程ね…だいたい話は解ったわ」
紅い髪、そして美しいコーンフラワーブルーの瞳に少し憂いを含ませ、エノハから事の顛末全てを聞いた美女―レア・クラウディウスは腕を組み直して豊満なバストを押し上げながら呟いた。
「結論は?」
「正直今の所どうとも言えないわ。何せ『貴方の時』とは事情も状況も違うわ。彼女―その…空木 イロハさん?だったかしら?まず彼女の場合、既に現状両足が全く無い状態、つまり彼女が健常だった時の両足のデータが全くない。それと貴方の場合の―」
言葉と同時、レアは指差す。その矛先は―エノハの右腕であった。
「貴方の…極東支部所属榎葉 山女の『死の偽装』の為に貴方の細胞を素体に右腕の構造、骨密度、神経組織、爪の形から黒子の位置に至るまで全てをデータ化してトレースする事が出来、限りなく本物に近い状態に出来たあの―
『レプリカ』とは違うもの」
極東支部外秘ノルンの特秘ページに掲載されている榎葉 山女の「死亡の根拠」とされたエノハの遺された右腕―その正体こそレアの言う
彼の細胞、血液サンプル、そして極秘裏に入手、収集していたエノハの右腕の緻密なデータを素に培養、製造された人体の一部―「レプリカ」であった。
これによって彼女はこのノルンの特秘ページを纏めた雨宮ツバキを。
そして世界的科学者である極東支部支部長―ペイラー榊すらも
欺いた。