G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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第4話 遺された神機

望んでいなかった。いや望んでいたのかも。

時々曖昧になる。自分が食べたかったのか、それとも食べたくなかったのか。

 

ただ一つ確かな事がある。

離れたくなかった。一緒に色んな場所に行って一緒に戦って笑って、怒って、悲しんで、泣いて、また笑う。

そんな君と離れたくなかっただけ。

でも自分と君は違う。自分はあくまで道具で君はそんな自分を扱う主人で。

 

君と一緒に戦う中で君の記憶、気持、思いを共有していく先で思い知る。自分がどういう存在かを。

理解はするけど。でも納得はいかない。

 

行かないで。

 

行かないで。

 

行かないで。

 

 

ケイト。

 

 

君が行ってしまうぐらいなら。

君が居なくなってしまうぐらいなら。

自分を一人にするつもりなら。

 

それならいっそのこと・・・君を・・・食べてやる。

 

 

っ・・・!!ダメだダメだ!!!食べちゃうなんていけない!!大好きだからこそ食べちゃいけないんだ!!

でも食べないと君は行ってしまう。自分の下から去ってしまう・・居なくなってしまう。

 

 

そんな葛藤を抱えた自分が最後に見た彼女の光景は―右手の腕輪の破壊による浸食の激痛に腕を抑え、苦しそうに蹲るケイトが急速に離れていく光景だった。

今、自分の「一部」がまず間違いなく彼女を苦しめている。浸食している。そんな光景を見てようやく解った。

 

やっぱりケイトの笑っている顔が好きだ。

怒っている顔が好きだ。

呆れている顔が好きだ。

 

彼女が幸せな事こそが何よりも自分の幸せだと遅ればせながら気付いた。

声を出せない自分。それでも必死で彼女の名前を呼ぶ。

 

 

ケイト!ケイト!ケイトぉ!!!!

 

 

どんなに願っても、喚いてもケイトに駆け寄る事は出来ない。その痛みを癒してやる事も出来ない。元気づけてやる事も出来ない。

所詮自分は道具だ。それを思い知る。

 

急速に離れていく大好きな人の光景。

 

そしてそれが間違いなく自分が見る大好きな人の最期の光景であり、もう二度と会う事は出来ない事を確信させる光景。

 

「遺された者」が見たそんな大事で大好きな主の最後の光景はあまりにも悲し過ぎた。

 

 

 

「遺された者」はその悲しみの果てに徐々に意識を失い、主を傷つけ、腕輪を破壊、元々浸食の進んでいた主から完全にオラクル細胞に対しての免疫機能を奪って完全な「止め」を刺したこの怪物に只管噛みつく憎しみだけが残った。

時間の感覚は薄れ、かつての主と共に歩んだ結果生まれた自我が消えていく。しかし残滓の様に残る、フラッシュバックする優しいかつての主の顔、

サラサラの長い髪、赤フレームの眼鏡の奥で少し悪戯に光る優しい瞳、時に荒々しく自分を扱い、しかし時にくすぐる様に労る心地のいい掌をもつ皆の中心の人間の女性

 

―ケイト。

 

「お疲れ様」

 

「今日も私を守ってくれてありがとね」

 

「こら!暴れるな!」

 

「・・おやすみ。また明日ね」

 

その優しい声、ほっとする声を思い出すたびに「遺された者」は自我を取り戻す。

しかしに同時にそれは悲しみも呼び起こした。

確かに主にトドメを刺したのは今自分が突き刺さっているこの紅い怪物であろう。でも・・一方で確実に主を苦しめたのは「自分」で或るのは紛れも無い事実である事も思いだす結果となるからだ。

 

離れるのが嫌で、引き離されるのが嫌で無意識のうちに、本能的に彼女を「取り込もう」とした自分。

 

・・食べようとした自分。

 

この怪物への憎しみと他でもない自分への憎しみ。

双方に挟まれたこの「遺された者」―「遺された神機」の意識は悲しみと憎しみに埋もれ、徐々に大好きな主の顔を思いだす周期も短くなっていく。

心を閉ざした神機に残ったのはただ只管憎しみを糧にこの怪物に突き刺さり続けることだけであった。

 

そんな二年の歳月を過ごしたある日―つまり今日この日のことだった。

 

 

「・・お邪魔するよ」

 

ヘンな奴が現れた。

見た事も無い、会った事も無い男が一人、ひょっこりと「彼女」の中に現れた。

 

・・フーッ

 

「彼女」は毛を逆立て、尾を天辺まで上げて低い姿勢で唸る。ピンクがかった美しい毛並みの一本一本を膨れ上がらせて自分の体を少しでも大きく見せる。

しかし男は少し困った顔をして少し癖のある黒髪をカリカリ掻いた。

 

「・・・。この『タイプ』か・・・珍しい」

勝手を知っている口振りでそう呟き、威嚇を繰り返す「彼女」を少しでも和らげようと少しイラつく柔らかな苦笑いを浮かべていた。

 

・・・

 

どことなくケイトに似た雰囲気を持つその青年にさらに「彼女」のイラつきが増す。

 

そんな「彼女」にゆっくりと青年は近付いていく。そしてゆっくりと腰をおろし、握手を求めるように下から左手を差し出した。その手にまずは挨拶代りとばかりに

 

シャッ!!

 

四本筋の爪痕を指先に遺してやった。

 

 

 

 

 

「「・・・・!!!!!」」

 

 

一瞬の事であった。

 

活性化した熾帝―ルフス・カリギュラの機動力はエノハの想像を遥かに超えていた。遥かな点に見えていた熾帝が瞬時に巨大化したかのように眼前に達し、左の裏拳であっさりとエノハをコンテナから吹き飛ばしたのはエノハが最後に発した言葉から僅か1秒足らずの時間であった。片刃の展開という予備動作を伴わない最速の意外な攻撃にエノハは回避出来ず吹き飛ばされる。一撃で仕留める為の攻撃では無く、明らかに一時的にエノハに手出しをさせない様にする為の攻撃であった。

 

そして残った右腕でしっかりと熾帝はトレーラーの側面を掴んでいた。彼は現在エノハでは無く、完全にトレーラーを標的にしている。

 

「・・あ?」

 

頭領は未だ放心状態だ。直前にエノハが発した世迷言と言える言葉に意識はまだ反応している。眼前に瞬時に現れた熾帝の姿にはまだ頭の回転が間に合わない。

 

紅い竜は先程の屈辱を忘れていなかった。無様に転がされた雪辱を即晴らしに来たのである。

エノハを吹き飛ばした左腕の裏拳―そこから同時に

 

ガキン・・

 

片刃を展開。

 

 

「・・・うぁ」

 

そのわずかな予備動作はようやく、その光景を目の当たりにした頭領に自分の絶望的な状況に呻き声を上げさせるほどの暇ぐらいは与える。

左腕を手刀で水平で振り抜く為、腰を捻って振りかぶる。振り抜かれれば、トレーラーは綺麗に上下に分かれて二枚に「下ろされる」ことになるだろう。

今正にインパクトの瞬間、刃を振り下ろす直前の力を込めた凶刃の先を・・・

 

 

ガッ!!

 

 

・・・・グル!?

 

突如横槍の如く現れた黒い顎がその片刃に噛みついていた。エノハの神機の目一杯延ばした捕食形態であった。

熾帝もさすがに驚きの色が隠せず、一瞬だけ「お構いなしに振り下ろす」という判断が遅れた。

その刹那にエノハは割り込む。捕食形態の状態から銃身だけロケットの様に逆方向に捻じ曲げた。

 

 

―・・りっかすぺしゃる。

 

 

ドン!!!

 

・・・・・!!???

 

その弾頭の強烈な反動は熾帝の上半身を左側に大きく捩じ回し、片刃は目標であったトレーラーとは逆方向に弾かれる。同時に

 

 

―く~~~~~っ!!!あいっかわらずキくな~この弾頭~~~!

 

エノハも神機を持つ右腕が抜けんばかりに引かれる。「何とも怖ろしい弾頭を作ったものだ。あの子は」と愚痴る間もなくエノハは行動を再会する。怪我の功名とはいえ、ようやく捕食を成功させたのは事実である。

 

 

―・・・解放!!!

 

 

ズオッ!!!

 

まばゆい光を放ち、エノハは金色のオーラに包まれると同時、捕食形態の顎を熾帝の左腕片刃から外し、残った弾頭の反動で丁度熾帝の背部を取った。今目の前にあるブースターはこの怪物の機動力の源である。

 

―とった!!・・けど・・・う~くそ!!オラクルが足りん!!

 

リッカスペシャルは高威力の半面、高反動の上、オラクル効率が非常に悪いとこが玉にキズだ。エノハは刀身に切り替える他なかった。が、その切り替えの僅かな時間を今度は熾帝に割り込まれる。

完成した剣形態をエノハが突きつけようとした時、背部のブースターが目も眩むほどの蒼い光を放つ。

 

―・・や・・っべ・・!

 

ズオッ!!

 

「・・・・!!!!」

ブースターの蒼い炎を浴び、結局千載一遇のチャンスを盾形態でしのぐ他ない状況に陥った。盾を展開しながら弾頭の残った反動を利用し、空中で右に横滑りしながらブースターの熱を凌ぎつつ熾帝の右半身に回る。

一方でブースターを暴走させた熾帝の推進力は新たな危機的状況を生む。

 

ヴヴヴ!!!!

 

明らかな不協和音を示すトレーラーの悲鳴があがる。

トレーラーの前輪が出す前方への推進力があっさりとトレーラーのケツにカマ掘った熾帝の推進力に上回られ、最後尾が持ち上がり、後輪は浮きはじめる。

こちらも怪我の功名とはいえこのままいけば雪辱を果たせそうだ。熾帝がブースターを沈める理由は無かった。

 

「おいおいおいおいいおい!!!!」

やや斜めになったコンテナに頭領は必死でつかまっていた。しかしこのままいけばトレーラーが垂直に逆立ちし、終いには前転するのも時間の問題である。

そんな最早一刻の猶予も無い状況で空中でブースターの熱を凌ぎ切ったエノハは

 

「・・・!」

 

丁度熾帝の右肩周辺―突き刺さった「遺された神機」の目の前に達していた。

 

 

一体いつ頃から刺さっていたのかも解らない。そして明らかに狂食状態だ。「触れる」にははっきり言って一番危険な状態の神機である。おまけに定期的に神機使いに触れ、ある意味飼いならされている神機とは違い、これは最早「野生化」しているといっていい。

神機というよりアラガミだ。

 

しかしそんな物体に。

 

「・・・」

 

エノハは微笑みながら臆面も無く―手を付けた。

 

「・・・・・う、がああああぁああああああああああ~~~~~~~~っ!!!!!」

 

右腕を噛み砕かれる様な激痛と痺れ、頭の中を駆け巡るのはこの物体から伝わるひたすらの拒絶、断絶の奔流。その中をエノハは必死に駆け抜ける。音、光さえも超えた速度で駆け抜け、空気との摩擦熱で体全体を削られ、燃え尽きてしまう様な感覚だ。ショックで意識を失えば恐らく目は冷めない。結果的にもイメージのそれと大差ない結果になるだろう。

 

ミンチになるか。

はたまた跡形も残らないか。

 

しかしこの先へ行かねば「対話」に辿り着く事はない。この中に居る者と出逢い、この者の力を借りなければ今のこの局面を打開する道は開けない。

 

「・・・つああああぁああ!!」

エノハは消え入りかけた意識を目を見開いて叱咤した。

 

 

「!」

 

 

同時―侵入を拒み、体を切り裂いていた奔流は消え、真っ暗な部屋に出た。同時に息を吐いた。

辿り着く事が出来た。ここは最奥。神機の精神世界である。

 

・・・・。

 

その中心にちょこんと一匹の美しい桃色がかった毛の長い猫が行儀よく座っており、じっと客人―エノハを見つめていた。

 

「・・お邪魔するよ」

 

一歩踏み出す。

 

―成程・・ソーマやブレンダンさんのと同じ特殊精神体だな・・。

 

「このタイプか・・珍しい」

 

同時に厄介だ。このタイプは「対話」が非常に難しい。時間の流れが「この中」は比較的緩やかとはいえ「あっち」は一刻の猶予も無い状況だ。長居は出来ない。

 

 

フーーーーッ!

 

「・・・」

 

エノハは頭を掻く。近付けば近付くほど明らかな警戒を隠さないこの猫の姿を見て。

とりあえずセオリーとして敵対心と危害を加える意志が無い事を示す為、ゆっくりと差し出したエノハの左手の指先にはあっさりと

 

シャッ!!

 

紅い四本筋の爪痕が残った。

 

―こいつは手強い。

 

エノハは苦笑いした。

 

エノハは切り口を変える。ここはこの神機の精神体の深奥であり、言わば「心の中」で或る。よってその「空気中」にはこの神機の精神体の記憶や想いがある程度「充満」している。

それにほんの少し「触れる」のだ。すると僅かでも記憶や想いの残滓を感じ取ることができる。

 

「・・・・」

 

この心を閉ざした神機と心を通わす、対話を始めるにはまずこの神機に心を開いてもらうしかない。その為にはこの神機の今まで歩んだ道、記憶、想いを曖昧に伝わってくる断片的な情報を感じ取り、心を開くキーを見つけるのだ。

しかもこのタイプは「言葉」が通じない。感情を伝達する方法が非常に限られている。

故に「対話が難しい」のだ。

 

そこでエノハのできる事とは。

 

「・・・・・!」

 

今感じ取ったこの神機の記憶、想いの残滓、断片を読み取った後、感情を素直に表すことだ。深奥に入った以上エノハ側も当然精神体である。ある程度の記憶、想い、感情は読み取られる。

偽証、詐称は不可能である。

つまり感じ取った物によってこちら側に浮かんだ感情はほぼ偽りなく伝える事になる・・否、伝わる他ないのだ。それをあちらがどう判断するかだ。

極論出来る事は何もない。小細工のしようが無いからだ。

 

これで向こう側が受け入れ、「対話」の段階にいれてくれるか。

それとも拒絶され、死ぬ、もしくは大ダメージを負って弾き出されるか。

 

二つに一つである。

 

そしてエノハは答えを出した。ほんの一瞬俯き、そして再び顔を上げ、目の前の「遺された神機」の精神体を見据える。

 

・・・!!

 

すると「彼女」は目に映った光景、そして感じ取ったこの侵入者の感情、そしてその侵入者の「言葉」に揺さぶられた。

 

 

「・・・ケイト・・さんって言うのか。お前のご主人様は」

 

 

そう呟いた侵入者―青年の左目から頬をつうと伝う涙に「彼女」は目を見開き、

 

バアッ

 

「彼女」が閉ざしていた心が一気に広がったと同時、周りを覆っていた真っ暗な暗闇は光景を変えた。

 

 

僅かに目を塞いだ時間の後、ゆっくりとエノハは目を開ける。

 

「・・・」

 

かつてリンドウの精神の中に入った時と同じである。宿主にとって一番縁の近い場所が映し出される。リンドウの時は極東支部アナグラであった。

 

今エノハが居る場所は欧州支部―グラスゴーのとても明るい、ここに住む人間の人と形が解る清潔で心地よい一室であった。

日当たりのいい窓には花瓶が置かれ、中央にはテーブルとソファ、品のいいグラスやコーヒーカップが棚に綺麗に整頓されて並んでいる。

間違いなく人の集まる部屋だったことがそれだけでわかった。

 

「・・・ん」

 

立ったままエノハはその部屋を見回すと正面のソファにちょこんと座る猫が変わらずじっとエノハを見つめている。

それにエノハは再び歩み寄ろうとした時であった。

 

ガチャリ

 

背後のドアが開く。

これもまたリンドウの時と同じであった。宿主と縁の深い者もまたその精神世界に現れる。彼の時は現在彼の妻である橘サクヤの姿であった。

 

「・・・」

 

無言のままこの場所に現れたのはこの部屋の主に相応しい、健康的な美しさと色気を兼ね備え、快活さ、優しさ、意志の強さ、そしてちょっとした悪戯心に溢れた笑みを携えた紅い眼鏡をかけた女性であった。

 

トトトッ!!

 

「!」

 

その彼女の足元に一目散に精神体―猫は寄り添い、ぐるぐると喉を鳴らして擦りよる。そのあまりにも微笑ましい、そして自分とは真逆とも言える態度の差にエノハはまた苦笑いしてこう言った。

 

「・・この人がケイトさんか。・・美人だな」

 

本当に温かい雰囲気を持った女性。多くの人の中心になり、支え、照らす太陽の様な人だったことがすぐに解る。

 

しかし―

 

エノハは既に気付いている。感じ取っている。この女性のあまりに悲し過ぎる末路を。

 

あまりに悲し過ぎる彼女達の別れを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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