G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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地獄で何が悪い 5

「…そんなに緊張しなくてもいいのよ?別にとって食おうなんて思ってないんだから…フフフ…」

 

「あ。そ、そのすいません」

 

ひええ。

 

「緊張するな」と言う方が無理があります。凄い。在りえない程綺麗な女の人だ。

 

この人が「サクラ」さん達の上司であり、同時レイちゃん達の「ママ」でもある―レア・クラウディウスさん。

 

足なっがい。

 

胸おっきい。

 

綺麗な赤髪。

 

…そしてすっごくいい匂いがする。

 

整った顎の線、艶やかな唇に紅いルージュ、艶めかしく揺れる綺麗な蒼い瞳、アナちゃんとはまた違う少し悪戯な妖しい微笑みが似合う。そんな大人の女性に目の前で私は喪った両足の付け根を触れられているのだ。ヘンな方向に目覚めてしまいそうにもなる。

 

うう。私って八方美人だな。性別なんてどうでもいいのかな。

 

ううう。節操のない姉さんを許して(PART2)。

 

ず~~ん

 

 

「イロハさん?」

 

「は、はい!!」

 

「どうかした?ひょっとして痛かったかしら…御免なさいね?」

 

「い、いいえ!!そ、その…くすぐったくて…まさかこんなに綺麗な人に診てもらう事になるなんて思ってもなかったから…その、心配しないでください」

 

思いの外自分でも驚くくらい素直で拙いセリフが口をついて出る。同時「こんな言葉聞き慣れているんだろうな」と即時私は反省する。しかし意外にも―

 

「あら。ありがとう♪」

 

「!」

 

―あ。

 

そのセリフに対してレアさんが正直に屈託なく笑って返しくれた表情を見て私は少し驚く。身形、言葉遣い、仕草全てに於いて高貴さが滲み出ている女の人だけど、それが鼻につく印象じゃない。なんて言えばいいのか…「フツーにいい感じの人」だ。

 

…ああ。自分の教養の無さが恨めしい。散々考えて結局出てくる言葉がコレですか。

 

「くすくす…」

 

レアさんが私のそんな心情を悟ってか愉快そうに目を細めて口に手を添えてくっくと笑う。この人は笑い方まで上品だ。先端まで整えられた長い睫毛がとても綺麗。

お金持ちの上、才女でスタイル抜群の美人。はぁ~~っ…人生って不公平…。

 

「あの子達が言っていた通り…素直に感情が顔にころころ出る子ねイロハさん?貴方は…」

 

「うう…自覚してます。…もう少し奥ゆかしさとか余裕が欲しいなとか自分でも思っているんですけど」

 

「そんなことないわ。女の子として素直さは美点よ。貴方の素直で正直な姿を見てるとあの子達が貴方をどうにかしてあげたいって気持ちがよく解るわ…」

 

「…え?」

 

「本当にほっとけないタイプね。貴方は…羨ましいわ」

 

「…」

 

そんな綺麗な顔で優しく微笑まれて「羨ましい」なんて言われても……嫌味にしか聞こえません。

 

「いいえ。本心よ?」

 

「え」

 

「くすくす…」

 

見透かされた。私の苦笑いの表情にもう一度顔を軽く傾かせ、微笑むとレアさんは私の両足の患部を触診を再開。すると不思議なものだ。さっきまでの私の緊張がすっかり和らいでいる事に気付く。懐の入り方が上手だなぁと私は感心する。

 

しかし―

 

私の緊張がある程度解れた事を確認するとレアさんは一気に「切り替えた」。美しいだけじゃ無く、品性と知性を両方兼ね備えた大人の女性へ。

 

働く女性へ。

 

 

 

 

「右足の大腿骨の組織は左足に比べると損傷が少ないわね。その代わり神経組織に関しては壊死している部分も多い…ノエル?右足の断面図のCTスキャンを取っておいて?」

 

「はい」

 

―…やっぱりまだ神経が死んでいない地点までもう少し患部を「削って」そこからの「レプリカ」を作るべき…?

 

 

 

 

「利き足の右足の方が断面の直径がやや大きい…ノエル、1mmも狂わないように正確な数字を割り出しておいて」

 

「任せて」

 

「イロハさん?貴方の両足があった頃の身長の正確な記録は無いのかしら?」

 

「はい…私達が住んでいた隠れ家―アジールで最後に正確に測定したのが五年前で、私が13歳になる前ぐらいですから参考にはならないかと…」

 

「そう…」

 

―女の子の18歳―成長がほぼ止まる段階の年齢だけど…イロハさん―極東人の平均身長と現在の足の無いイロハさんの座高から割り出せば問題無いかしら?

 

 

 

「…」

 

…凄い人だ。さっきまでとまるで顔つきが違う。本当にカッコいいビジネスウーマンだ。レイちゃん達の自慢のママなんだろう。

 

…羨ましいな。

 

例え血の繋がりは無くてもこのレアさんとレイちゃん達との間には強い繋がりがある。彼女達は「私達」―私のお母さんとお父さんそして私の三人とレンカの関係と「一緒」だからこそそれが解る。

 

「ママ。CTとれた。どうかな?」

 

「…うん…よく撮れてるわね。これを『先方』に見てもらいましょう」

 

「了解!ママ」

 

「あ。ノエルダメよ。オンラインで送ってしまっては…もしも発覚した際、『先方』に迷惑がかかるわ」

 

「あ。そっか…」

 

「古典的だけど私が直接赴きます。ナル?明朝私に同行して頂戴?」

 

「了解しました。お供します」

 

「…大丈夫?最近働きづめじゃない?」

 

「大丈夫よノエル。そもそも私自身が久しぶりにお会いしたいと思っていたから…」

 

「ママ…」

 

 

 

ママ―

 

「お母さん」か。…逢いたいなぁ。

 

「レイちゃん達にとってのレアさん」に負けないくらい娘の私やレンカにとって最高のお母さんだった。とっても優しくて温かくてそして強い人。私の憧れの人でもある。

碌に恩返しもできないまま死んでしまった。レンカを自分を犠牲にしてまで守ってくれた人なのに。

 

いいなぁ。レイちゃん、アナちゃん、リッ君、ノエルん…。

 

レアさんとノエルん、そしてナルさん三人のやり取りを前にそんな風に私が思い耽っていた時―

 

 

「―あ」

 

「…え?」

 

レアさんが突然小さな呻き声を上げて私の膝元に倒れこむ。揺れる紅い髪からふんわりとした甘い香りが私の鼻をくすぐる。でも今の私はそんな余韻に浸る暇は無かった。元々レアさんは綺麗な色白の女性―だけどその時は、初対面の私でも解るぐらい蒼白な顔色をして苦しそうに浅い息を吐く。

 

 

「レ、レアさん…?レアさん!?嫌ぁ…しっかりして!」

 

 

 

 

 

 

 

意識が朦朧としているレアを受け止めたイロハが必死で声をかけていると直ぐにその場に居たノエル、ナルが素早く駆けこんでくる。レアにかつての自分の母親の姿を重ねた直後に起きたこともあってイロハは取り乱していたがノエル、そして駆け付けたナルの二人は冷静であった。ナルが取り乱したイロハの肩を取り、「大丈夫です。心配しないで」と声をかけて彼女を落ち着かせる。そして一方イロハに倒れこんだレアを彼女から引き継いだノエルが

 

 

「――よ」

 

「え。」

 

―の、ノエルん!?

 

自分より背の高い174センチという女性の平均を上回るレアの体を軽々と抱え上げた。意外過ぎるノエルのパワフルさに閉口して目を丸くするイロハに

 

「イロハさん。少し待ってて下さいね」

 

ナルはノエルの行為に全く驚く様子もなく、淡々とレアが一旦静かに休める簡易の寝床をソファに誂え、

 

「出来ました。どうぞこちらへ。ノエル」

 

「うん」

 

ノエルは繊細かつ丁寧な所作でレアの体を横たえさせ、彼女の額にかかった少し乱れた紅い髪を優しく手の甲で撫でる。横になって少し気分が良くなったのかレアが薄くぼやけた蒼い目を開き、

 

「ごめんなさいノエル…」

 

「いいよ。やっぱり無理してたんだね?」

 

「エノ…いいえ。『サクラ』君達には言わないでね?…余計な心配をさせるから」

 

「一応言わないようにはするけど…バレると思うよリグ以外には。リグにも解ったらなんて言われるか」

 

「ふふ案外意地悪よね。ノエルは」

 

「ならちゃんと何時も休まないといけませんねレア?ねぇ?ノエル」

 

「…んもう。ナルまで…。返す言葉が無いのが悲しい所だけれど」

 

「ナルさんの言うとーり!…ママは今日はこれぐらいにして休んで。後の大体の事は僕とナルさんで出来るから」

 

「ええ任せたわノエル、ナル……イロハさん?ちょっと…御免なさいね」

 

ノエルとナルの気遣いに感謝の笑みを。そしてイロハに謝罪の言葉を残してレアは深い眠りに落ちる。

その様子にノエルは安心したように一息吐くとすまなさそうにイロハに振り返る。

 

「すいませんイロハさん。後は僕が引き受けます。…まぁその…嫌だとは思うけど一応ナルさんも居るんで…あ。本当に!本っ当に嫌ならまた後日に…」

 

「ノエルん」

 

「…それ決定なんですね。で、何ですか?」

 

「…素敵」

 

イロハはノエルを真っ直ぐ見据え、真顔でポツリとそう呟いた。

 

「…え!!?」

 

空木 イロハにはどうやら天然の男殺しな所があるらしい。その後ノエルはしどろもどろになりながらゆっくり、のそのそ、もたもたしながら当初予定の倍程の時間をかけてイロハの両足の検診を終える。

 

怪我や思い通りにならない体、主にアナンに翻弄された日常の中でほんの少し鬱憤を溜めていたイロハにとって足元に跪きながら照れ照れに自分を検診するノエルの姿に、イジワルながらもちょっとした征服感を覚えたイロハは終始ご満悦。ナルは気を利かせ、イロハの行為を全面的にサポートしてくれていた。どうやら彼女自身「もう少しノエルは女の子に対しての免疫をつけてほしい」との親心に似た判断かららしい。心行くまでイロハは楽しむ事が出来た。

 

両足を喪った少女の前で一人の少年が跪き奉仕する―少し背徳的な光景。しかしどこか微笑ましかった。

 

―可愛いなぁ貴方も。ノエルん?

 

 

 

 

数時間後―

 

「―ん…」

 

時計を見ると真夜中の2時過ぎ。イロハは目をこすりながら体を起こす。

 

「ん~~~~~っ」

 

大きく伸びをして体を起こす。寝ているだけというのも疲れるがやはり体を動かしていない分、エネルギーは有り余っているようだ。こんな時間にも関わらず妙に眼が冴えている。

 

―…。あれ?

 

イロハはソファに寝そべっている人間が現在、軽い貧血になったレアから「なんか物凄く疲れました」と言ってグロッキーになっていたノエルに代わっている。彼の傍にはナルがパイプ椅子に座りながら背を壁に預け、彼女もまた軽い寝息を立てている。しかし肝心のレアが居ない。

 

―…ん?

 

イロハが首を傾げていると背後から僅かな物音。イロハは耳を澄ます。

かたかたという一定のリズムで刻まれるタイピングの音と資料をめくっている際の僅かな紙の擦れる音である事が解る。そして―

 

「~~♪」

 

小さな鼻唄も聞こえて来た。レアのものである。お仕事中らしい。「邪魔しちゃいけないな」とイロハは察し、物音を殺しながらソファ、そしてパイプ椅子に座る着の身着のまま眠りについているナル、ノエルの二人に

 

―せめて毛布だけでも。

 

よっせよっせと腕で進みながらイロハは手を延ばし、なるべく音をたてないようにベッドから腕を使って降りる。両足を無くして数週間、大分勝手が解って来た。

 

「よ。ほっと」

 

ソファで眠っているノエルにイロハは上布団をかける。眠る少年の寝顔はまだあどけない。さっきは意外な一面を見せられて驚いたが眠る姿はまだまだ年下の男の子だ。

 

―寝顔も可愛いな。

 

癖のあるノエルの髪をなでるとイロハは弟レンカの事を少しだけ思い出す。

そして今度は彼の隣で座りながら眠っているナルを見て「せめて膝元だけ」と毛布をかける。露出の無いタイトな軍服を纏ったナルもその実レアに劣らず背の高い、足の長い女性である事が解る。女性としても、軍人としても見事なプロポーションを持つ綺麗な人だ。

 

脚―

 

―…こんな長い脚になれたらいいな。レンカ喜ぶかな?ちょっとルール違反だけど。

 

なんて考えたりもしてイロハは微笑む。

 

 

「ありがとう」

 

「!」

 

 

唐突に背後から声がした。イロハが振り返るとそこには寝床を抜けだした悪戯な子供を見る母親の様な優しい笑顔をしたレアが立っていた。

 

「起こしちゃったかしら?」

 

「いいえ」

 

イロハは全く逡巡せず首を振りながら笑ってそう言った。

 

 

 

 

 

「私ももう少ししたら眠るつもりだったからコーヒーは無しね。夜更かしするとまたノエルやナルに怒られちゃうから」

 

「有難うございます」

 

温かいミルクをレアからイロハは受け取る。そして軽く雑談。どうやらレアは明朝に「先方」に手渡すらしき資料の最終纏めをしていたらしい。それがノエルやナル達の手伝いのお陰で思ったより早く終わりそうな事をイロハに語った。

 

そこまで語ると思ったより話す事が無い。

 

だからイロハは聞こうと思った。最大の疑問を。

 

「レアさん。失礼を承知でひとつお聞きしていいですか?」

 

「何かしら。答えられる範囲でならいくらでも」

 

 

「なんでレアさんは…私なんかにここまで良くして下さるんですか?」

 

何もない自分に無償と言っても過言ではない奉仕をしてくれる彼等に対し、有り難さと申し訳なさの中でほんの少し生まれた「疑い」と言うには余りにも小さな「しこり」の様なものがイロハにはある。やはりどう好意的に考えても実質彼等に利点は全くのゼロ、自分の生い立ちや立場、現状を鑑みればむしろマイナスしかない。そんな自分をここまで支えてくれる彼等に対する非礼は承知の上のイロハの質問であった。

 

「…年頃の女の子が『私なんか』は良くないわね…」

 

ほんの少し、ほんの僅かだけ気分を害したようなレアの悪戯な顔がイロハに迫ってくる。しかし今のイロハは目を逸らさない。

 

「いえ。知りたいんです。正直言って私には本当にレアさん達にあげられるもの、してあげられる事は何もありません。それならせめて…私を何かに『利用』出来る事、裏があるのであれば知りたいんです。私に皆さんの恩義に報いる『何か』があるのなら私は知りたい。もしあればこれ程嬉しい事は無いんです」

 

「実用に至ってない医療技術の試験、人体実験のモルモットとでも言えば納得するのかしら?」

 

「あ。解りやすくていいですね」

 

「ふふふ…コラ」

 

「すいません」

 

例え今までの彼等の自分に対する行為―これが人を誘導、洗脳―マインドコントロールをする為の偽善の奉仕、その代償が人体実験のようなものだとしてもそれが唯一の方法であればイロハは「構わない、受け入れたい、ほんの少しでも自分が役立てるのであれば」―そう思っている。

イロハは彼等を疑ってはいない。信じている。例え本当に自分がモルモットだとしてもとても返せないぐらいの恩義を彼等に与えてもらったと本気で思っている。

 

だから少しでも「何か」が在るのであれば知りたい。彼等に対して残せる物があるのであれば。自分の「何処」が。「何が」。

 

―これは私の身の程知らずの我儘。自分の、自分による、自分の為の最低最悪の質問、非礼。

 

私は二度死んだ。二度も死を覚悟―否。二度も「諦めた」のだ。そんな最低最悪の人間失格の私に相応しい質問だ。

 

そんなイロハの質問にレアは目を閉じて黙りこむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―貴方があの子達にくれた物は決して小さなものではない。

 

イロハさん?貴方は勘違いしている。

私は貴方に寧ろ返す側、返さなくてはならない側。感謝しなくてはいけない立場。そして同時に―

 

謝らなければいけない立場。

 

 

ノエルは貴方に自分を重ねた。貴方とノエルは実はとても似ている。自分の歩む道、目標を失って途方に暮れたかつての自分とイロハさんが重なったのでしょう。その気持ちを誰よりも解る、知るが故に。

元々他の三人と違って手のかからない素直なあの子が「難しくて危険な手術」と懸念する私を説得するのに一番喰いかかってきたんだから不思議なものよね。

 

 

リグは亡くした実のお姉さんの姿を貴方に重ねた。貴方の弟さんに対する「想い」の片鱗を貴方から受け取り、同時に改めて亡くしたお姉さんの自分に対する「想い」を知ったのね。「家族」意外に心を開かないあの子が必死で貴方を救おうとした、救おうと思っていた。その為に自分で考え、要望し、行動にも移した。

貴方があの子に与えた物は間違いなく大きい。親として本当に感謝したい。

 

 

アナンは貴方の「家族のカタチ」に対して重ねるものが何もなかった。

イロハさんの血の繋がらない家族に対しての行動、偽りも虚勢も何もない真っ直ぐな愛の形。

アナンの血の繋がりが在りながらも唾棄し、嫌悪し、彼女自ら壊すほどの前者とはあまりに対照的過ぎる打算、虚勢、顕示欲にまみれた歪な家族の愛の形。

共通するものが「何もない」からこそ貴方に惹かれたのね。あの子は。

愛の形は一つではない。この世には本当に何の曇りもない愛もまた存在しうる事を貴方達の「家族のカタチ」は彼女に教えてくれた。そしてそこに血縁は関係が無い事も。

 

 

「レイス」は…先日の任務で救えなかったという少女に貴方を重ねたのでしょう。普段は無愛想だけど実は人一倍優しいあの子にとってとてもつらい出来事だったあの事件、貴方の事がとても他人事だとは思えなかったのでしょうね。

「初めてヘンな呼び名をつけられた」と口を尖らせながら言っていたけどあの子は実はとても嬉しそうだったわ。記憶の無いあの子が初めて出来た歳の近いお姉さんのような貴方に懐く姿を見てナルが「私がもう少し若ければ」と嫉妬していたわ。

もちろん私もよ。

 

 

そしてエノハ君。

 

彼は今の貴方と貴方の弟さん―レンカ君の状況と自分と極東に残してきた恋人―リッカさんの事を重ねたのでしょう。貴方が自殺未遂を起こした時の話を私に話す際、珍しく怒っていたわ。自分から道を絶とうとした貴方を許せなかったのね。同時に貴方の姿を見てきっとあの人はリッカさんへの思いが募ったはず。だから今は彼女に逢えない自分に替わって貴方をレンカ君に再会させてあげたいと強く思ったのでしょう。

 

 

 

 

そして最後に……私。そしてルージュ。

 

 

 

 

私は今の両足を喪った貴方の姿に妹―ラケル・クラウディウスを重ねた。

 

 

 

 

 

私がこの「再生医療」に若いころから興味を持っていたのには理由がある。

他でもない妹ラケルを再び自分の足で歩くように出来る可能性をもつ分野であるからだ。P-73偏食因子でも再生しなかった彼女の脊髄損傷をこの新しい医療技術で代替え出来ないか―私はそう考えた。

 

それをラケルに直接話した事もある。

 

 

「―どう?素晴らしい事だと思わないかしら!?ラケル?貴方また歩けるようになるのよ!?歩いたり走ったり出来るのよ!?」

 

そうすればお散歩に出かけたり、私やお父様と一緒にピクニックに行ったり、果ては…ボーイフレンドと手を繋いで歩いたりできる様になるのよ?

 

 

素晴らしい事だと思わない!?

 

まだ幼かった14歳の私は十代になったばかりのラケルに向かってそう繰り返した。

 

 

しかしあの子は―ふるふると首を振って天使の様に微笑んだ。そして言葉を紡ぐ。

美しい唇からまるで「糸」を垂らすように静かな吐息と繊細な澄んだ声でこう言った。

 

 

「いいのよお姉さま。この動かない両足は…コレは私の『罰』なの。私が幼いころお姉さまやお父さまに犯してしまった『罪』を償う為の『罰』―いいえ違うわ。これは『聖痕』なのだから―」

 

動かない自らの両足―『聖痕』を細く、繊細な指先でつつとなぞり、顔を傾かせながら病的なほど整った顔立ちで目を細め、ラケルはさらにこう呟く。愛おしそうに。

 

 

「この動かない私の両足こそ私とお姉さまの『絆』そのものなのよ。切っても切れない永遠の絆―だからいいのよお姉さま」

 

 

天使の様な顔、天使の様な声で

 

「悪魔」はそう言った。

 

 

この絆は『鎖』。

 

見透かされていた。せめてラケルが歩けるようになれば、小さい頃から自分の中にある重い罪悪感、呪縛から少しでも解放されるのではないか―私がそう思っていた事に。

 

しかし甘かった。

 

 

今ならば解る。

あの子にはそもそも頓着が無い。大袈裟に「聖痕」と語った動かない自分の両足に何ら興味、未練など無いのだ。自分の体、自分自身に対する執着、興味が存在していないのだ。ただ人の中で安寧に過ごす為に異常なほどに整えられた人形の形をしていた―謂わば「擬態」に近いものだったのだ。

あの子にとって家族が人形であると同時、自分自身もまた人形だった。それもアンティーク、インテリアの為に飾られるような箱入りの美しい西洋人形のようなもの―そもそも歩く必要はない。むしろ歩けるようになったことで思い通りに動く操り人形の糸が「数本」切れ、「制御」に若干の支障をきたす事の方が問題だったのだ。

 

その操り人形とは言うまでもなく私だ。

 

ラケルは完全に私―操り人形の「偽善」を見抜いていた。許されようとした、解放されようと、「糸」を絶とうとした私の「意図」を完全に。

私の些細な抵抗をあっさり看破し、残酷な天使の笑みを持って応える。まだ十代になりたての幼い妹ラケルの微笑みはその実、どんな拷問、脅迫、強迫よりもレアにとって恐ろしかった。機械的にこう答えるしかなかった。

 

―ええラケル。解っているわ。私が間違っていた。

 

そう言って車椅子に座りながら私を見上げるラケルの足元に縋り寄り、私は動かない「絆の証」である彼女の脚に頬を寄せて心と目を閉ざす。

 

―解ってくれればいいのよ。お姉さま。

 

そんな私の髪をラケルはさらさらと優しく撫でた。

 

 

 

 

私はその「偽善」を繰り返そうとしている。丁度いいラケルの「替わり」を見つけて。

―それがイロハさん。貴方なのだ。

 

貴方をラケルと重ね、ラケルに対して出来ない贖罪、許されない贖罪、そして呪縛の如きラケルの「糸」から解放されない自分を慰める為の自慰行為だ。私の子供達に比べて何と矮小で俗物的な事だろう。私は彼女を利用しているも同じだ。

そして下手をすれば彼女に見せかけの「希望」を与え、彼女を更なる絶望に叩き落とす可能性すらある。

 

怖い。震えが出る。もし失敗した時貴方はどうなってしまうのだろう。そして私の真意を知った時どう思うかしら。一見貴方を救う為に動いている私がその実、抱えていたものはこんな不純なものなのだ。そんな相手に自分の未来を託してしまった事に後悔してしまうでしょう。

 

その時私はまた逃げてしまうかもしれない。そのやりきれなさの矛先を他に向けてしまうかもしれない。十年前この医療技術の研究を完全凍結させたあの役員の男と同じ。

自分の怒り、悲しみ、絶望の矛先を外に、自分以外の人間に向けてしまうかもしれない。

 

そう。ここではまごうこと無く私の子供達にだ。

 

「貴方達が望んだから私はやることはやった。でもダメだった。でも私のせいじゃない。望んだ、求めた貴方達のせい―」

 

何せ私には「前科」がある。自分に降りかかった罪の意識、後悔、記憶を切り離し、もう一人の自分―ルージュに押し付け、逃げてしまった「前科」が。

それをまた繰り返すのか。こんな目の前の純真無垢な少女を絶望に叩き落として尚、自分を保つために罪の矛先を、そして責任を誰かに擦り付けて。

 

それが私と言う存在。レア・クラウディウスという人間の本性。

自分の、自分による、自分の為の最低最悪の「偽善」を繰り返す唾棄すべき人間だ。

 

 

 

 

 

向かい合う全く異なる人生を歩んできた少女と女性は奇妙な事に、お互いの自己評価が良く似ていた。

 

 

 

 

しかし同時に。

 

 

それでも生きていたい。誰かと繋がっていたい。泥に埋もれ、血に塗れた先でほんの少しでも「前に進めた」、「誰かと向き合えた」、「誰かの役に立てた」と思えるのなら。

 

愛し、愛される事が出来る道があるのなら―

 

―例え人間失格でも。

 

―例え偽善でも。

 

 

「「私は進みたい」」

 

そこもまた彼女達は共通していた。

 

 

 

 

沈黙の後。レアは答える。

 

 

「単純よ。私の大事な『あの子達に頼まれたから』」

 

レアは笑顔を交えず真っ直ぐイロハの瞳を見てそう言い放った。そしてこう続ける。深く噛みしめるように胸に手を当てて。

 

「私は母親だもの。子供の我儘の一つや二つ聞かなきゃ。あの子達が『貴方を救いたい』と言うのならそれは即ち私の『意思』そのもの。なら私は出来る事をするだけ」

 

 

「良い事をすれば褒める。悪い事をすれば叱る。それと同じように彼等が何か欲しいもの、何かを与えてもらいたいと言う気持ち―『おねだり』を母親として出来るだけかなえてあげたい。増してそれが『貴方の様な人を救う事』だと言うのであればこれ程母親として嬉しい事は無い。例え私『なんか』が出来る事がほんの少しの事だけだとしても断る理由にはならない。充分過ぎる理由だわ」

 

 

―私、クラウディウス家の理念『ノブレス・オブ・リージュ』の冥利に尽きると言う物。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふふレアさん?」

 

「はい?」

 

「レアさんみたいな人が『私なんか』は良くないですね」

 

「クスっ…そうね」

 

「あはははは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「イロハさん?」

「何ですか?」

「貴方はもし脚が治ったら…歩けるようになったらまず何がしたい?」

「…そうですね。まずは…リハビリですかね」

「ぷっ…あはは。現実的ね。『足元』をよく見ているわ」

「『目先の事にこだわるな』ってよく言いますけど、目先の事に懸命にならないと生き残れない世界ですから」

「違いないわね」

「それから…弟を探しに行きます。そしてもし再会出来たならまずは…思いっきり抱きしめてあげたいです」

「素敵ね」

「…いいえ。まずは…思いっきり抱きしめてもらいたいですね。私が」

「へぇ…?」

「『良く頑張った』って言ってもらいたいです。頭を撫でてもらいたいです。だから私は弟と出会うまでの間―少しでも『自分は頑張ったんだ』『褒めてもらっていいんだ』って自分で思えるような私になりたいです」

「…貴方が弟さんにしてきた事を考えると充分それに値すると思うけれど」

「有難うございます。でも…レイちゃんやリっ君に怒られちゃいましたから。バカだ、気持ちや覚悟は買うけど褒められた事じゃないって」

「…あのコ達らしい。うん。とってもいい目標ね」

「そしてその後の事は―う~んまだ何も解りませんね。第一レンカに再会する事だって今の私には夢物語みたいな話ですから」

「『夢物語』か…ねぇイロハさん?」

「何ですか?」


「貴方に何か夢は無いの?」


「…!!」


「…?」

「あ、いえ、その在るには在るんですが輪をかけて荒唐無稽と言うか何と言うか…」

「あらいいわね。聞かせて頂戴。話す分にはタダよ。夢は」

「…笑いません?」

「う~~ん。内容によっては」

「意地悪ですね。レアさん」

「ウチの子達の行動から察して?カエルの子はカエルよ」

「私…幼いころからずっとアラガミが現れる前にこの世界に在ったて言う植物、木や花が大好きだったんです。古い図鑑の中でしか見た事が無いけど…それが高じて弟の名前に『蓮の花』―レンカって名付けたぐらいですから」

「あら素敵」

「…だから私の夢は『いつかアラガミの居ない世界―木や花に溢れた世界で大切な人達と一緒に歩く事』…です…」

「…」

「その、やっぱり笑っちゃいます…よね?私なんかよりずっと頭も良くて現実を知ってるレアさんがこんな子供っぽい夢なんか聞かされたら」

「イロハさん?顔を上げて」

「…?」






「叶うといいわね?貴方の夢…」









私は思わず。

レアさんに抱き付いた。


「…?イロハさん?」


「ごめんなさい…レアさん。しばらく…このままで」


レアさんは私のその言葉に小さく頷いて優しく抱きしめてくれました。優しく柔らかな感触と香りを感じながら。








「やっぱり…」

「…?」

優しく私を抱きしめてくれていたレアさんが私の肩に両手を添えたまましっかりと私を見る。優しく、そしてどこか…悲しく儚げな蒼い瞳で。

「隠しておくつもりだったけど…イロハさん?貴方にはやはり告げておかなければならないわね…」

「なん…ですか?」







「貴方の手術が成功した後…貴方の記憶から約一ヵ月間の私達の記憶を全て消させてもらうわ。これは…貴方の為なの」




私はその夜。


お母さんを見捨てた日と同じくらい泣きました。





























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