G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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地獄で何が悪い 6

私は今までの人生でいくつのものを喪ってきただろう。

 

お父さん、お母さん、アジールの皆、住む場所、果ては自分の両足、そして…夢。連綿と続く理不尽の先で私は彼等と出会った。泥と血に塗れたこの時代―「地獄」で予定通り朽ち、尽きかけた私に息を吹き返す力を与えてくれた人達。

 

「サクラ」さん、レイちゃん、アナちゃん、リッ君、ノエルん、ナルさん、そしてレアさん。

 

しかし彼らもまた私の「中」から今―喪われていこうとしている。

短い、ほんの少しの彼らとの時間。けど掛け替えの無い時間。

私がお母さん、お父さんの娘として生まれ、曇りない愛情に包まれ育ててもらった事。

リンドウさんに命を救われたこと。

…レンカに出会い、彼を愛した事…。

こんな私の数少ない、けど誇るべき私の人生の最高の幸運の内の間違いなく一つである彼らとの出会い、触れ合った記憶が指の合間から砂のように零れおちようとしている。

 

嫌だ。嫌だよ。

 

…また私から奪うの?

 

元々「神様なんていない」と教えられてきた私だけど、ここまで行くと逆に「神様はいるんじゃないか」って思えてくる。悉く縫う様にピンポイントで私の大切なものが喪われていく様は最早誰かの「意志」や「悪意」を感じずには居られない程だ。

 

神様。

 

私は貴方には祈らない。ただ徹底的に呪ってやる。

 

そして今からそんな大事なもの―大切な人達を忘れてしまわなければ先に進めない何の力もない私自身もまた―

 

悉く恨む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気分はどうだ…イロハ」

 

「手術前の基礎麻酔が効いてきたみたいで…少し頭がぼ~っっとしますけど大丈夫です」

 

 

イロハが極秘裏に入院していた建設中のフェンリル付属病院オペ室前の控室にて―

 

本来であれば世界的に注目度の高い各国、各支部の名のある医療関係者が行く末を固唾を呑んで見守るであろうこの大手術が今ひっそりと最低限の医療関係者のみで行われようとしている。

レアによって極秘裏に世界各国より彼等は集められた。口が堅く、そして信頼できる腕をもつと同時、この再生医療技術「レプリカ」がいずれまた世間に再認識され、多くの患者にこの庇護が行き渡る事を望む志を持った優秀な者達である。

 

十年前にあまりに理不尽で身勝手な運命に翻弄されながらもひっそりとこの医療技術の進歩、研究は進んでいたのだ。志のある者たちによって。そして当然設備も医療機器も年々進化している。十年という年月は医療の常識を覆すには時に充分過ぎる時間なのだ。

 

しかし十年前だろうが百年前だろうが手術というものには医師の手腕、充実した設備、医療機器よりも大事なものがある。

 

それは患者自身の「生きる意志」と身近な人間の支えだ。

「身近」と言っても彼等は実際の所、僅か一ヶ月、いや厳密に言えば半月に満たない付き合いではある。しかし、手術を直前に控え、基礎麻酔でややぼやけ始めた瞳を本当に嬉しそうに、そして名残惜しそうに緩ませる患者―イロハと彼女の目の前の「サクラ」を初めとする「レイス」、リグ、アナン、そしてノエル達の間には彼等が共に居た時間の短さなど瑣末なことのように思える。

 

しかし―

 

この一人の少女がこの手術を乗り切った時、彼女の記憶から今目の前に居る彼等の姿は消え失せる。

少女の記憶はもう一度あの廃屋で最愛の弟を見送った日―約一か月前にまで戻されるのだ。

 

 

「…」

 

「…レイちゃん」

 

今彼女の手を握り、向かい合いながらお互いの額を預け、クスリと笑いあった銀髪の少女―「レイス」の記憶も。

 

「うぅ…イロハちゃん」

 

「アナちゃん…ありがとね」

 

今彼女に抱き付き、胸に耳を預け、潤んだエメラルドの瞳を向け、何時に無く憂いを含んだ表情でイロハを見る悪戯な少女―アナンの記憶も。

 

「…。…っ!」

 

「背中向けないで?リッ君…」

 

今愛用の帽子をいつもより深く被り、表情を見せずに背を向ける照れ屋な少年―リグを優しく背中から抱きしめたこの腕の感触の記憶も。

 

「僕が言うのもなんですけど…」

 

「…ノエルん?」

 

「人間案外なる様になるもんですよ。頑張って下さい!イロハさん!」

 

今自分の生きる意味を見失った者同士、実は誰よりもイロハを理解しており、救う為に奔走した少年―ノエルの温かい励ましの言葉と握手した記憶も。

 

 

こんなかけがえのない「今」が全て消え失せる。

 

 

 

 

―そして最後に。

 

すすり泣く可愛い妹弟のような子達を宥めつつ、あの日―目覚めた私の目の前に最初に現れ、私の運命を変えてくれた人の顔が映る。

 

優しく、温かく、でもちょっと意地悪でそして―ウソツキな人。

 

―「サクラ」さんのウソツキ。

 

「いつでも手を取ってやる、背中を何度でも押してやる」って言っていたじゃないですか。

私をあんな言葉で口説いた癖に後は「全て忘れてくれ」「サヨナラ」ですか?ほんとヒドイ男(ヒト)ですね。女の敵ですね。しくしく。

 

そんな風に私がおどけて膨れると面目なさそうに「サクラ」さんは頭を掻いて苦笑いしてました。

 

 

でも解っています。貴方達全員が私なんかに構ってられないぐらい大事な何かの為に闘い、歩んでいる事ぐらい。

そんな貴方達をいつまでも私が独占しておくわけにはいきません。私は私の道を、貴方達は貴方達の道を歩まなければならないんですね。

 

しかしそれでも。

 

…辛いよ。悲しいよ。

 

 

「…!イロハ…?」

 

「…」

 

私は「サクラ」さんに抱き付いた。

両腕を首の後ろに回し、彼の肩に顔を埋めて深く息を吸う。両足を喪って極端に低くなった私の身長ではベッドの上からでも体が浮いてしまっていた。でもそんな宙ぶらりんの私を邪見に振りほどく事はなく、「サクラ」さんは優しく抱きしめてくれました。

 

…酷い人。

 

あくまで「私を強く抱きしめるべき人は他に居る」と言いたげなとても優しい抱擁。そして同時「自分が強く抱きしめたい人は他に居る」とも言いたげな優しさでした。

 

でもそんな「サクラ」さんとの距離感が心地よかった。私はだからこそ迷わず歩いていける。心地いい貴方達が与えてくれた仮宿、止まり木を離れ、本来帰る場所に向かって。

 

最愛の人の元へ。

 

送り出す五人の姿が手術室と廊下を隔てる両開きのドアに覆い隠されていく。

 

「あ…」

 

思わず反射的に私はふらふら手を延ばす。あの日レンカの背中を見送った時と同じように。

 

「サクラ」さん達の姿を見失うと一気に私の意識の乖離が進んだ。仰向けのままぼんやりと手術台の照明を見上げていると私の口元にゴム臭いフェイスマスクが取り付けられる。麻酔吸入用のものだ。いよいよ意識を喪う時が近づいているのだ。

 

つまり私から彼等の記憶が消えるか、手術が失敗し何も変わらない私が居るか、もしくは目覚める事すらなく―死ぬのか。その境界線の時だ。

 

…怖い。

 

「!」

 

―あ。

 

私が覚悟を決め、目を閉じかけた時、フェイスマスクを取りつけてくれた人間の姿に私は驚いて重たい瞼を持ち上げ、僅かに瞳を見開いた。

 

「大丈夫」

 

にこり…

 

レアさんだった。綺麗な彼女の紅い髪は手術用の帽子で、口元はマスクで覆い隠されているものの、間から覗く右目の下の泣き黒子、長い睫毛、蒼い瞳を緩ませて優しく私に微笑みかけながら安心させる様に肩に手を置いてくれた。

 

ほっとする。「サクラ」さんと分かれて急激に孤独と不安が押し寄せて来た私の気持ちを汲んでくれたのだ。

 

そして。

 

それだけでは無かった。

 

「ほらあそこ」とでも言いたげにレアさんは無言のまま目線とゴム手袋に覆われた細い指先を使ってとある方向を見るように私に促す。仰向けの私の後方、やや斜め上くらい。

 

―…?

 

私は仰向けの姿勢のまま、少し見上げるように頭を上げ、ぼやけつつある瞳を奮い立たせて焦点を絞る。レアさんの指先が示す方向へ。

 

 

「……。…!?」

 

 

ああ。

 

 

ああ…。

 

 

私の視界が一気にさらにぼやけ始める。

レアさんの指す方向―その瞳に映った「逆さまの光景」に私は溢れ出る物を止める事が出来なかった。

 

私の視界が世界が歪む。滲む。絶対忘れないように目にしっかりと焼き付けておきたいその逆さまの光景なのになんてもどかしい。

 

手術室の上、本来はこの世紀の大手術を見守る各国の大物の医療関係者が席巻するはずの閲覧室―

そこには私にとって掛け替えのない人達がいた。

 

 

―レイ…ちゃん。アナちゃん…リッ君、ノエルん…ナルさん!

 

 

「サクラ」さん…!

 

 

 

 

ああ。

 

あああ。

 

 

 

―イロハさん...元気でね。

 

―イロハちゃん!愛してるよ~~。またね!またね!

 

―…。

 

―リグ…声が出ないんならせめて手ぇ振ろうよ。

 

―うっせぇ…。ノエル。…イロハねぇちゃん!!もう戻ってくんなよ!

 

―イロハさん。ありがとうございました。

 

仰向けのまま彼等が手を振り、閲覧室のガラスに触れながら泣き、笑っている姿を見て仰向けの私の目尻を止め処なく涙が伝っていく。止まらない。

 

 

 

 

本当に。

 

本当に私はこの人達の事を忘れたくありません。

 

本当に。

 

本当にありがとう。

 

きっと、きっと!いつか、いつかまた。

 

 

私の夢は「大切な人達」とアラガミの居ない木と花で溢れた世界を一緒に歩く事。

 

ありがとう。私の「大切な人達」。

 

私は自分の足で立ち、歩いて、最愛の人―レンカを見つけた後、彼と一緒にまた歩き出します。

 

今度は―

 

貴方達を見つける為に。貴方達とその世界を共に歩くために。

 

また貴方達と巡り会えたならその時こそ―「約束」を果たします。

 

私の世界で一番大事な弟を皆さんに紹介します。

 

 

 

 

そして彼にこう伝えます。皆さんの目の前で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザアッ

 

 

 

風が吹き付ける。

 

小高い緑の丘。私は空を仰いでまどろんでいた。

 

風によって草の波が泡立つ音に呼び覚まされ、目を開ける。つがいの鳥が円を描くように空を舞い、抜ける様な青空が拡がる。舞い上げられた草や花弁の香り、そして大気の息遣いが私に告げる。

 

時間だよ、と。

 

私が胸に抱いた小さい頃から宝物だった植物の図鑑。最早そこに書いてある事柄は全て暗記するほど読み漁った。その知識によって私は現在、「とある花」がいつ、どこでどのようなタイミングで咲くかも手に取る様に解っている。

 

今がその時だ。歩き出そう。

 

汚泥に根を張り、空に向かって苗を延ばしてほんの僅かな時間花を咲かせる―

 

蓮花(レンカ)を求めて。

 

心地好い風で靡く帽子をしっかりおさえながら私は歩く。見渡す限りの緑の大地を。

その先で目的地にたどり着く。空の色を映し取った蒼い湖が目の前に拡がった。そこで私を待っていたかのようなタイミングでその湖面の上で空に向かい桜色の花弁を一斉に開かせた無数の花―蓮の花が出迎えてくれた。

 

そしてその湖を隔てた向こう岸で。

 

「...!」

 

探し求めた人がいる。狂おしいほど会いたかった愛しい人の姿がある。私を出迎えてくれた蓮の花―その名前を私によって与えられ、その花の通りに未来を歩んでいるであろう大切な人。

 

汚泥の中で芽吹き、根を張り、空に向かって苗を伸ばして最後には花を咲かせる―

 

待たせちゃったね。

 

レンカ。

 

帽子を飛ばしてしまっても構わずに私は走り出す。湖の岸を沿って思いっきり遠回り。翼でもあれば湖を越えて一気に貴方のもとに辿り着けるのかもしれないけど私にはそんなものはいらない。貴方のもとへ歩き出す。走り出すこの両足があれば充分。

 

私が貴方のもとにたどり着けた時はお願いレンカ。腕を広げて。受け止めて。

 

強く抱き締めて。

 

貴方の胸の中で一足先に貴方に伝えるから。臆病者の私には一度はちゃんと言葉にしておかないととても―

 

…「あの人たち」の前で堂々と言えそうにないから。この約束の言葉を。

 

 

―レンカ。愛してる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グォアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 

 

ブシュッ!グチャッ!ガッ、ガフッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は戻ってきた。

 

 

記憶の中の深く暗い地の底へ。圧倒的な現実を放つ私の世界へ。

 

「…」

 

自分の中から止め処なく溢れ出ていく鉄臭い血の臭い、狂喜乱舞の獣の息遣い、そして彼等の咀嚼の度に無抵抗の私の体は小刻みに揺れる。腐っていた私の左足の腐臭が彼等―アラガミを興奮させ、そこに近い部位からまず食べ始める事を決めたようだ。

 

 

お陰で私はまだ死ねない。自分の体が喰われ、喪われていく様を他人事のように見送るだけだ。

 

 

 

…長い夢を見ていたような気がする。とても甘く、温かくて優しい、そして悲しい幻、蜃気楼の様な夢。

 

 

幻、蜃気楼の如く今は記憶からすっかり消えてしまった。どんな夢だったか覚えてすらいない。

一つ言えるのは精神と肉体を切り離した今の私、有体に言うと現実逃避をした私が作りだした都合のいい、良過ぎる夢だったのであろうと言う事だけだ。

 

 

そこから目覚めてしまった私には。逃げ込んでそのまま楽になってしまえばよかったのにそこからわざわざここに戻ってきたバカな私には。現実の世界がぽっかりと穴を開け、拡がっていた。

 

 

一人ぼっちの世界。一人ぼっちでここで果てる世界。誰も何も助けに来ない。

 

 

この先は無い。予定通り仄暗いこの地獄の底で私は潰える。

 

 

 

 

この世界は紛う事無き

 

 

 

 

 

「地獄」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―「地獄」?

 

 

 

 

確かにそうだ。世界は間違いなく「地獄」。そんなの解りきっている事。

 

 

でも。

 

 

それが何?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地獄で何が悪い?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここには。この世界―地獄には居たんだ。

 

私を愛し、慈しみ、育ててくれた大好きな家族が。お父さん、お母さんが。

 

そして居るんだ。

 

共に育ち、命を賭けて守ろうとした、そして同時に守ろうとしてくれた愛する人が居るんだ。

今も一点の曇りなく愛し、求めて止まない大事な人が居るんだ。

 

そして。

 

 

 

居るんだ。居た「はず」なんだ。

 

 

 

 

 

―はずれ。

 

 

 

 

そう。

私はまたはずした。はずしかけた。

 

 

 

もうごまかされない。今居るここは―「地獄」なんかじゃない。ここは―「牢獄」だ。私の心の中の。

全てを忘れ、痛みから逃げて楽になる為の「心の牢獄」だ。

 

 

 

そこをどいて。私の弱さ。

 

 

 

私は進むんだ。歩き出すんだ。お母さんの、そしてお父さんの教えを、意思を、心を、優しさと強さを心に秘めたまま。

 

 

 

―逢いたい、再会したい奴がいるんだろう?

 

 

 

はい。愛する人を探しに行きたい。見つけたい。抱きしめてもらいたいんだ。強く。とても強く。

 

 

 

 

―伝えたい気持ちがあるんだろう?

 

 

 

 

…はい!

 

 

 

 

―なら…生きのびて見せろ。

 

 

 

 

 

 

忘れてない。

 

忘れられるわけがない。この「地獄」で出会った大切な人達の事を。

 

 

…「サクラ」さん?

 

 

 

ごめんなさい。やっぱり貴方はウソツキなんかじゃない。貴方の言葉は、そして私を支えてくれたレイちゃん、アナちゃん、リッ君、ノエルん、ナルさん、そしてレアさん―皆の姿、言葉、行動、私にしてくれた事は全て私の中に在り、深く刻まれている。今も、そしてこの先もきっと私の手を取り、背中を押す。

 

 

例え記憶の中から喪われてしまっても私の心が覚えてる。大好きで、大切な貴方達の温かさを。

 

 

そしてもう一度。取り戻す。絶対に。

 

 

探しに行く。逢いに行く。「ここ」から抜け出して。

 

 

同じ「地獄」に居る、「地獄」で待つ貴方達に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ピッ…ピッ

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

ピッ…ピッ…

 

 

 

―ここは―

 

 

「天…国?じゃない、よね」

 

 

 

 

 

 

―あたり。

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 

 

 

ガバッ

 

 

 

 

 

私は体を起こす。そして「何故か」反射的に目の前に在る「何か」に向けて焦点を絞る。まるで以前もこんな事を体験した事があるみたいに。

 

 

しかし―

 

 

私が体を起こした場所は白い病室。傍らには心電図、その規則正しい味気ない電子音、私の微かな息遣い、衣擦れの音以外何もない病室のベッドの上に今私は居る。その目の前に佇む味気ないイスには…誰も座ってなどいなかった。

 

いや―

 

確かに誰か居たような、一瞬私に何かを呟き、笑いかけてくれていた気がしたのに幻のように掠れて見えなくなっていった。

 

 

ポツンとその病室にただ一人私はそこに「在った」。

 

 

「…」

 

病室の窓の外は既に夕暮れ。「落日」「寂寥」と言う言葉に相応しい空虚な感覚が私を包む。

何か大切なものを失った気がするのに私はそれを思い出せない。

何が悲しいのか、何が辛いのか、何が寂しいのかが一向に解らないまま。

 

私はただただ上半身を起こしたままベッドの上でぼ~っと佇む。何も考えられない。考えても雲を掴むみたいに消えていく。

 

 

でもそこに

 

 

「っ…!つぅ…!?」

 

 

まるでそんな腑抜けな私を「しょうがないなぁ」とでも言いたげにある「感覚」「違和感」が体を突き抜ける。

私の「下」から背筋を通り、一気に脳へ迸る―「激痛」と言っても過言じゃない在る違和感。

 

 

それは私の…「足元」から来ていた。

 

 

私は私の腰の辺りまで覆っていた毛布を掴む。すると何故か妙に落ち着かない気分になった。

私の周りには今は誰もいないと言うのに「誰か」が「驚くかな?驚くかな?」と私の反応を心待ちにしている様な

 

―なんで私はこんな気分になっているんだろう?

 

 

「ふふ…」

 

何故か笑ってしまう。だって、だって驚かないよ?

 

だってここに在るのはただの私の―

 

 

 

 

パサッ…

 

 

 

 

 

 

「足」―なんだ、か、ら……?

 

 

 

 

 

 

 

「足」。

 

 

そう。何の変哲もない。大して長くもなければ、細くもない足。かといって特別肉付きがいいわけじゃない。私の見慣れた―

 

…見慣れた?

 

見、慣、れた…?

 

 

―違う。

 

確かにコレは私の足。私から延びている足。でも何か違う。

爪の形、指の長さ、そして色まで。全く以て文字通り「違和感の塊」。自分が全く違う人間に乗り移ってしまった場合こんな感覚を覚えるのではないか?と思える程、不気味に感じてしまうぐらい異物感がある足なのにその時何故か私は―

 

 

「うっ…っく……っ、ううぅ……」

 

 

精一杯声を殺して泣いた。

 

 

さっきまで空虚だった心が一気に一杯になり、満たされた気がして涙が止まらなかった。

 

 

「あり、が、とう……」

 

 

 

その言葉と同時にぽたぽたと私の涙が私の両足の太股、付け根部分に滴り落ちる。

そこにはまるで国境を隔てるように継ぎ接ぎの線が私自身が「見慣れた体」と「違和感のある足」を繋いでいたのだ。

 

夢なんかじゃない。幻なんかじゃない。確かに私は感じ取る事が出来る。

例え覚えていなくても、記憶から喪われていようとも私を救ってくれた、心も体も掬い上げてくれた「誰か」の存在を。

 

彼等の顔も、一緒に何をしたかも、何を話したかも最早覚えていないけど「貴方達」は居たんだ。私のすぐ傍に居て私を支えてくれた。

 

 

この繋がれた両足こそ私と貴方達の日々、そして絆の証。私と貴方達を繋ぐ道。

 

 

待ってて。この繋がりを、そして貴方達へと繋がる道を決して私は途絶えさせない。

 

 

 

 

「あはっ……」

 

 

繋いでいくよ。託された命を。

 

そして今度は。

 

歩いていくよ。私の道を。

 

 

その道の先で。

 

 

いつかまた貴方達にめぐり逢えたら―

 

 

 

 

 

 

優しく抱きしめて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

































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