「サンクチュアリ候補地の現地調査…?」
「う~ん。ママぁ?それって私ら『ハイド』が出張ってまでやること~?」
「そう言わないでアナン。全世界、全支部において緩やかな人工増加傾向にある人類の生息圏を少しでも広げる為に『少しでも今まで放置されていた地域にフェンリルの拠点を増やしていく』…それが最近のフェンリル本部の基本方針でもあるから。これは大事な任務よ」
欧州ロンドン―「ハイド」拠点にて
今回「ハイド」に課せられた任務―「サンクチュアリの候補地の開拓、そして候補地に生息するアラガミの調査と同時の排除」に関してやや訝しげ、同時不満気そうなハイドの隊員にレアはやや困った顔をしながらも「受け入れてほしい」と言いたげに眉をひそめて笑っていた。
「俺達がそこを開拓した所でどうせそこに住めるのは貴族、役員クラスの親族とかのほんの一部人間なんだろ…」
「う~ん。残念ながら正解よリグ。その候補地はサンクチュアリの等級で最上級の『ランクS』を予定されている。既に高い倍率の中選ばれた居住者はフェンリルの中でも名だたる貴族、高官の親族達の出資を受けて着々と準備は進んでる」
「『アーク計画』と何ら変わらないじゃねぇか…。…ママが行けって言うなら行くけどさ」
「え~~尚更私らが行く必要無くない?そんなカネ持ってる連中ならアラガミ研究者、それなりの高ランクのGEを派遣するなんて朝飯前じゃん……って…あ」
そこまで言ってアナンは気付く。自分の言葉のどことない「既視感」に。
「…前回のサテライトBの一件以来、どうやら本部も慎重になってるみたいね。何せ比較的等級の高かった『サンクチュアリ』のサテライトBで貴族、高官の親族、そして派遣された有能な科学者、GEまでもが大勢亡くなった―結果本部が設定するそもそものサンクチュアリの等級基準に対しての信用はガタ落ちっていう現状だから」
「ア。ワタシラ、レンチュウノ『ギャンブル』ニツキアワサレテルダケナンダネ」
アナンが皮肉をたっぷり込めて口を人形のようにパクパクさせながら棒読みでそう言った。
そもそも「サンクチュアリ」の等級基準に未だ明確な基準はない。「アラガミが寄り付きにくい地域」の科学的根拠に乏しい中で人間が無理やりつけるこの等級はあくまで「現状アラガミの数が極端に少ないと思われる」地域、そして現地の気候や水、資源などの環境条件の良し悪し等を主に参考に付けられたまだまだ曖昧な基準なのである。
よってアナンが言う「ギャンブル」というのはあながち間違ってはいない。
「…。ま。状況はよく解った。引き受けてしまった物はしょうがない。アナン?リグ?取りあえず不満はあるだろうが…今回もしまっていこう。拠点や支部のキャパが空けば自然装甲壁外の難民の受け入れられる可能性も増える。…イロハの様な人達を少しは救えるかもしれない」
「…了解」
「りょ~かい」
エノハは取りあえず「まとめ」に入る。愚痴を言っても始まらない。少し汚いが使わせてもらおう。
「イロハ」―この言葉で渋々了承する彼等の傍らで。
「…」
ただ一人この会話の最中一言も発しなかった少女がいる。
―…?レイス?
銀髪の美少女はこの会話の間ずっと黙ったままだった。元々口数自体そう多い少女ではないがそれでも不平不満の多いリグ、アナンらをエノハ達と一緒に諭す側である「レイス」の沈黙の意味を知る者は現状この場では
「…『レイス』」
そんな彼女を憂いを帯びた瞳で見、そう呟いたレアだけであった。
「…。ん…?あ。ママ。ゴメン。私は大丈夫だから」
「…」
「いいよ。気ぃ使わなくて。…あ。気遣わせたのは私か。その…とりあえず話続けよ?このままじゃほら…エノハさん達ワケわかんないまんまだし」
話を打ち切る様に両手をパンと叩き、「レイス」が珍しく明るく振舞っていた。彼女には悪いが不自然さ満開である。そんな「レイス」のキャラに合わない不自然な行動の素になったものが数十秒後、判明する。
と、言ってもその「時点」では「レイス」の事をまだまだ何も知らない新参者―エノハには解らなかった。
レアが話を再開し、今回の「ハイド」の派遣先の情報、そして映像が映しだされた瞬間、エノハを除く全員が合点が言ったと同時驚きの声をアナンが上げた。
今回の任務地―某欧州「S」共和国跡地。
「ここって…
『レイス』の故郷があるとこじゃん……」
「…」
長い銀髪の前髪を細い指先で「レイス」はくるくるとこねる。表情は相変わらず無表情だがどうやら彼女なりの少し居心地の悪さを気にする事を示した所作の様だ。
銀髪の死神の少女―「レイス」―帰郷。
ブリーフィングの後、エノハはレアと共にその場に残っていた。
いや、厳密に現在エノハの前に居るのは―
「…♪」
カチ、カチ、カチ…
掌と指先を使い、机上でフェンリルの紋章を象った舌ピアスを鼻歌交じりに転がし、弄んでいるレアのもう一つの人格―ルージュであった。ブリーフィングを終えた後、彼女達は「交代」したのである。
「…レイスは自分には『記憶が無い』といつも言っていた。詳細についてあんまり話したがらなさそうだったから今まで保留にしてきたけど…詳しい事は聞いていいのか?」
「本人から直接聞け、と、言いたいトコだけど?エノハさん」
「いや、その…逃げられてさ…」
「レイス」は時折自由時間はどこか誰もいない、知られない所で一人でじっとしている事がある。猫っぽい彼女らしいことだ。そして猫と同様、探そうとしたり、追っかけると不思議と逆に見つからなくなる習性を持っている。
「あはははっ。ダメよエノハさん?女の子はちゃんと捕まえておかないと。それが例え恋人であろうと部下であろうとね」
「それを言われるとな…でも君に言われたか無いぞ。ルージュ」
「ふふっまぁあのコらしいケド。……いいわ。私が説明してあげる。『レイス』には確かに記憶が無い。ただ『記録』は残ってる。あの子がかつて今度の任務地であるあの地で生まれ育ったという記録がね。…まずはあの子の話をする前にあの子の住んでいた場所、国の事を説明する必要があるわね」
「お願いするよ」
欧州「S」共和国跡地
かつて国土の半分以上を豊かで多様性に溢れた緑樹林に覆われ、アルプスの山々から贈られる美しい水源に恵まれた土地であり、そこにおとぎ話や童話の中から飛び出したかのような欧風建築の街並み、中世の城が点在する非常に美しい風光明媚な国―観光都市であった。
そしてそれは世界中でアラガミが出現した以降も変わらなかった。この地には何故か世界各国を荒らしまわり、猛威を振るったアラガミという病原体を寄せ付けない「無菌の地」のまま、二十年以上栄えた。
「…『レイス』が生まれ、そして育った「あの地」は世界で初めて聖域―「サンクチュアリ」と呼ばれた地なの」
かつて「サンクチュアリと呼ばれていた」という事は。そして今回「ハイド」がその地を訪れ、改に「サンクチュアリ」と認定される為の現地調査を行うと言う事は詰まる所―
結局ご多分に漏れず、「かつてアラガミに滅ぼされた」と「=」となる。
何がきっかけかは解らない。理由など無かったのかもしれない。アラガミ―オラクル細胞が出現して以来何故かこの地に十年以上寄りつかなかったこの土地―「神に選ばれた土地」とも呼ばれたこの地は「レイス」が七歳の時、突如現れた何の変哲もない数匹のアラガミによっていともあっさり容易く滅ぼされた。
そして何故かアラガミはこの地の「人間、そして人間の文明だけ」を縫う様に喰らい、追い立て、破壊しつくした後にこの地を放置した。ここを襲ったアラガミ達の大部分はこの地に留まる事無く、他の地に餌を求め、移っていった。そのおかげでこの地は―
「…絶景だな…」
エノハは思わずこう漏らす。眼下に広がったその光景に。
成程。「神に選ばれた土地」と呼ばれていただけはある。残念ながらその土地に人類はとどまり続ける事を拒否されたわけだが。
が、例え一度程度拒絶された所で人間はめげない。今再びこの地を神から取り上げようとしている。「神に選ばれた土地」を再び人の手に取り戻す為に神を殺すと言うのだから皮肉な話だ。しかしそれだけの価値はある土地でもある。
この地は前時代と変わりなく現在も美しい森林、湖、丘、そしてやや損壊はしているが未だ人間が息づいていた頃の中世の街並みを残している。今現在、「ハイド」の四人が立つ小高い丘の上からはターコイズブルーに光る湖、その中心にひっそりと浮く小島にかつて建てられた朽ちた教会、その背後に広大な山々がそびえる美しい景色―前時代の「遺産」は今現在も喪われていない。
同時に豊富な水源を持ち、農業に向いた気候、そして今彼等の居るこの丘を流れる強い風力もここに建設される「プライベートサテライト支部」のエネルギー事情を支えてくれる一助となるだろう。「サンクチュアリ」等級Sランクに相応しい様々な面でのポテンシャルを持つ魅力的な土地だ。
ひとしきりその光景を無言のまま愛でた後、エノハは隣に立つ「レイス」に
「どうだ…。…『レイス』?」
先日。
ルージュによって彼女の「レイス」という名前が初めてコードネームである事を知ったエノハが彼女に声をかける。小高い丘に吹く風に長く結わえた美しい銀髪を靡かせながら
「…イロハさんが見たらとっても喜びそうだね。木とか花が大好きだったし。…連れて来てあげたかったなぁ」
自分の生まれ故郷に久方ぶりに帰ってきたという割になんとも他人事みたいにそう呟いた。照れ隠しなどでは無く本当にそう思っている口調だった。
「さ。いこ。皆」
さくさくと草を踏みしめ、一足先に少女は駆け下りていく。その態度に感慨や懐郷の念は微塵も感じられない。しかしどこか「戸惑っている」という印象を「ハイド」の他三人は持った。率先して「レイス」自身が一行を手引きするあたりがいい証拠である。
彼女は足早に調査を終え、この地をいち早く離れたがっている―今の「レイス」の後ろ姿は三人の眼にそう映った。
何せ彼女には。
ここに関する記憶が全て一切合財喪われている。否、彼女自身で「閉じてしまった」と言うべきか。
「レイス」の両親は早くに他界し、その両親に替わって祖父が彼女と彼女の兄弟を引き取って育てていた。
「レイス」の祖父は古くからこの地域を治める謂わば「領主」を代々引き継いだ大地主であった。アラガミ発生以降の混乱する情勢の中、この地の平和と秩序を保ち、同時なぜここまでこの地にアラガミが発生しないのかを早急に調べ上げようとフェンリルに相談を持ちかけ、世界中にこのようなスポットが他にもあるのでは無いかとの仮説を立てた。
この地は安全とはいえ所詮は小国。隣国、そして世界中でアラガミによって住処を追われ、増え続ける難民の受け入れキャパシティには限界がある。それにここが「アラガミが発生しない地域」という珠玉の情報は伏せられ、結局一部の特権階級にしか開示されない。金と権力、地位のある者が有益な情報を手に入れ、安全な手段を以てここを訪れる。ここでも前時代と変わらず貧富の差が生じている。
―だが…今は仕方ない。
しかしいずれは「貧富の差に関係なく人々を受け入れられる安全な地、聖域―『サンクチュアリ』を提供できるようになる事」を目標に動く人格者であった。
彼が作り上げたそんなサンクチュアリの目標、基本理念は十年の時の経過でずいぶんとネジ曲がってしまった。が、根本にあったものは飽くまで理想を追い求める、少しでも近付いていけるように徐々に歩もうとする純粋な「人の心」が通っていた物であった。
しかし―
そんな彼等も夢から覚めたように突如この地に現れたアラガミの襲撃を受け、この地と運命を共にした。
彼自身、「レイス」祖母―つまり彼の妻、そして彼の子供六人を運命は飲み込んだ。
その中で唯一生き残ったのが六人兄妹の末娘の彼女―「レイス」である。
しかし ただ一人生き残った彼女はフェンリルに保護された時、既に家族に関する一切の記憶、そして自分の名前すら覚えていなかった。彼女を庇うようにして果てていた他の家族全員の屍の中から彼女は空っぽの状態で生まれでた。
読み書き、計算、食事のマナー、七歳の少女にしては出来すぎな程の物を持っている少女から家族の記憶、彼女の起源(ルーツ)そのものが一切失われていた。本名ですら判明したのは生前の彼女の両親と親交の深かったフェンリル役員の証言によるものだ。
彼女が記憶を喪う前の彼女の情報は非常に顔の広かった両親の友人達から伝え聞かされた断片的なものである。彼らは記憶を喪って変わり果てた「レイス」を見、口々に「気の毒に」「可哀想」と呟いたが家族の記憶と共に彼等の記憶も閉じていた彼女にとって彼等との再会は滅入るものがあった。何せ「知らない」人間に「知らない」かつての自分の事で哀れまれるなど中々溜まったものではない。
「貴方は〇〇で」
「貴方はこんな子で」
「貴方は―」
「あなたは―」
「アナタは―」
当初「レイス」の担当医師は彼女の記憶の回復を期待し、積極的に記憶を喪う前の彼女の知人達に声をかけさせていたが、一行に閉じた記憶を開く気配の無い彼女に業を煮やし、一部の祖父の友人が「あんな立派な人を孫の君が忘れるとは何事か。――――!頼むから思い出してくれ!」
などと悲痛ではあるが同時感情的が過ぎる彼女への声を荒げる者が出始める。
それでも彼女の記憶は閉じたまま。そして「レイス」は同時どんどん心を閉ざすようになる。
残念ながら今の彼女には自分が何故責められなければならないのか解らないからだ。でも同時彼女の元を訪れた祖父の知人たちの態度で解る。彼等は決して大袈裟に言っているのではない。嘘も言っていない。祖父は間違いなく善人で、自分をまさしく目に入れても痛くない孫として可愛がっていたのだろう。
そう考えると記憶を喪っている自分に本当に非があるのでは、などと考え始めたからだ。
徐々に彼女のストレスを懸念した担当医師は記憶の回復を一旦諦め、クラウディウス家の経営する自動養護施設―マグノリア・コンパスに彼女を預け、彼女の事を全く知らない周囲の中で新たな人間関係を構築、心身を安定させた後に経過観察を行うことに決定した。
そして現在―
GEとしての適性が見いだされた彼女は「ハイド」でエノハ達と共にある。
「この点に関してはレアと私の関係に似ているかもね。あの子は」
ルージュはそう呟く。
「レアは私という『受け皿』を作って自分の記憶を制限し、自我崩壊を防いだ。片やあの子は自分に関する一切の記憶を遮断、忘れたと思う一種の自己催眠をかけて自分を保ったと言えるかな。記憶喪失とは少し違う。彼女の脳波は正常だし、外部からの衝撃を受けた形跡もないから」
「ホントに全く...ニンゲンのカラダってものは上手く、都合のよく出来ているものよねぇ...?」
その人間の「都合のいいカラダ」とやらによって生まれたルージュらしい皮肉のこもった口調であった。
「…」
結わえた銀髪を揺らしながら丘を下っていく少女の後ろ姿をエノハはじっと眺めていた。
「エノハさん」
「…とりあえず…『レイス』を一人にしちゃまずいだろ」
「そうだな…」
リグ、アナンの二人に促され、エノハは気を取り直し、無線に手をやる。
「ノエル!これより現地調査を開始する。今日もオペレートよろしく頼むよ」
『了解です。ただ…本当に静かな所です。確かに少ないながらもアラガミ反応はあるので奴等が居るのは確かなんですが…』
「ですが…なんだ?ノエル?」
『動きがまるで違います。ひどく緩慢というか何と言うか…アラガミじゃない…ただの動物みたいだ』
インカム先から響くノエルの報告はこれ以上なく良い情報である事は間違いない。恐らく「ハイド」に課される昨今の任務の中では相当に楽な部類に入るだろう。
事実。現地調査開始二時間後の事であった。
「…!?」
「ハイド」が遭遇したアラガミを数頭討伐した後、早々とアラガミ達は交戦意志を喪い、直ぐに姿を消し、ノエルの拍子抜けした様な声のアラガミ反応の消失報告を淡々とエノハ達は無線から受け取った。
あっさりとエノハ達はこの地を神から取り戻した。そのあまりの手応えの無さに思わずリグがこう吐き捨てる。
「なんでアイツらは自分達にとってこんな執着の無い土地をわざわざ奪おうとしたんだ…?」
大して抵抗もせず、ここまであっさりと放棄するほど大して未練も執着もないこの地に元々住んでいた大多数の人間を殺してまで手に入れた意味は?
「レイス」の家族を殺した意味は?
「ワケ解んねぇ…!」
リグはあまりにも理不尽かつ不可解なアラガミ達の行動故にやるせなさそうに胡坐をかいて愛機を片手に立てかけ、どっかと座り込む。
「…実感するな」
「…エノハさん?」
「俺達が未だ一体何と闘っているのか今になってもロクに解っていない事がさ…」
「…」
かちゃりと携えた神機を手持無沙汰に眺めるエノハの姿をアナンもまた無言で見つめていた。
いずれにせよ今回の「ハイド」の任務は終了。
大した苦労もなく、人類はアラガミの極端に発生しにくい一等地を自らの手に再び取り戻した事になる。
状況は終了。
しかし―
一人の少女が姿を消していた。
いつものように。
猫の様に。
しかし彼女はいつも時と場合を選ぶ。状況は終了したとはいえ任務地で、おまけに何も言わずひとり居なくなるなど到底彼女らしくない。
「『レイス』……?」