G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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Good Morning & Lady Go 

2074年

 

極東支部―アナグラに独立機動要塞支部―フライアが着艦。

同時フェンリル極致化技術開発局所属のGE部隊―「ブラッド」が着任する。その「何かといわくつきのフェンリル本部から派遣されてきたGEのエリート集団」をある意味で当初警戒していたアナグラのGE、職員は少なからずいた。

しかし、ブラッド隊が極東支部に来る前に予め彼らと接触した何人かの極東支部在籍のGE、職員が口を揃えてブラッド隊の事を「思っていた程とっつきにくい連中という印象はない」というニュアンスの感想を言っており、それもその内の一人が極東支部に在籍するGEの中でも模範的存在―アリサ・イリニーチナ・アミエーラであった事からその懸念は「杞憂」であろうという結論に達した。

 

しかし―アリサがブラッド隊に関する印象、心象で一つだけリッカの中に引っかかる言葉があった。最近極東の各地で責任のある立場に立ち、より一層大人びたアリサらしくない曖昧な表現だったので良く覚えている。

 

 

―その、上手く言えないんですけど…一人

 

 

…不思議な女の子がいました。

 

 

それが誰なのかリッカにはすぐ解った。それがエノハだった。

エノハは少し―いや、かなり変わった女の子だった。

 

 

 

 

 

 

伊藤 エノハ (17)

 

p66偏食因子―通称「ブラッド因子」に適合した世界でも有数の適合者、才を持つ者で構成されたエリート集団、ブラッドに所属し、在任期間は僅かながらも既に副隊長に任命されている才女である。

 

しかし当初の警戒を遥か下回るブラッド隊のある意味「肩透かし」なほどの親しみやすさの極致とも言えるほど彼女は極東支部を席巻。骨抜きにした。

 

リッカ曰く

 

「女の子として勝てる所が何もない」

 

と言えるほどの可憐な容姿、スタイルを持ち、そして度を超えた程馴れ馴れしいほどの明るさ、人懐っこさ、そしてそのルックスとあまりに隔たりのある独特の訛り、語り口調のギャップにアナグラはあっさりと陥落。

 

唯一期待を裏切らなかった所があるとすれば、その「世界最高峰のGE集団の一員」に名前負けする事の無い個々の戦闘力、潜在能力だろうか。

 

―成程ね。早々に副隊長に任命されるだけある。

伊藤 エノハの適合神機は第三世代神機通称クロガネ・ロングブレード。

それに任務後についた傷がリッカに如実に教える。彼女の非凡な才、敵に対してまるで情け容赦の無い、ひたすら相手の急所を断つ的確な一撃一撃を加えている事に疑いの余地が無い。

 

そしてその傷はこうも示す。その一撃一撃がまるで今までのGEの行ってきた攻撃とは比べ物にならない程鋭く、強烈な一撃で或る事を。彼女はブラッド隊隊長―ジュリウス・ヴィスコンティを除き、隊員の中でいち早く自らで「血の力」による神機の新たな解放段階によって発現した攻撃行動―

 

ブラッドアーツを開眼した少女である。

 

 

 

 

 

 

 

 

数ヶ月前―

 

欧州―亡都

 

広大な緑の庭園に澄んだ湖が蒼い空を映す。湖の向こう岸には廃墟となった灰色の都市が拡がり、支柱をアラガミにやられて倒壊したビルが二つ折りになって先端が湖に浸かっている。近代的なビルの隣には中世的な建築を施された図書館にドーム状の植物園が隣接する。今日の様な天候の良い日はまさしく行楽日和。老若男女問わず人が訪れ、散歩したり、ジョギングをしたり、噴水で軽く水浴びしたり、ベンチやテラスでで本を読んだり、木陰で昼寝をする人々の前時代の光景がありありと浮かび上がる―そんな場所だ。

 

「…とりあえず気絶したっぽいエミールさんから相当の距離は引き離した。…エミールさんはあれで結構タフやし、あの人特有のギャグ補正も働くやろから特に問題はないやろ…」

 

軍帽を深く被り直す。唾の下から大きな蒼白い瞳を鋭く覗かせ、少女―伊藤 エノハはそんな軽口を交えながら前方を見据えていた。そうでもしないと自分が今晒されている超ド級の緊張感、圧迫感に押し潰されてしまいそうだった。

眼を逸らしてしまったら、少しでも後退りしたら今自分をぽっかり包み込んでいる黒い影にそのまま、文字通り

 

「押し潰される」。

 

「…」

 

乾いた唇を軽く上唇でぬらす。この黒い影に先程まるで弾かれたピンボールの様に吹っ飛ばされて転がされた際、しこたま打ったお尻が痛み、思わず左手でさする。

 

―う~いったた~~。ポケットの中のインカムが砕けておケツにダイレクトやんけ。お尻は女の子のチャームポイントやっちゅうのに。

 

ぽいっと使い物にならなくなったインカムをエノハはポケットから投げ捨て、同時にピンと彼女の形の良い耳からイヤホンが抜ける。

耳障りなノイズ音から解放され、ようやくエノハは前方の「影」へ五感すべてを注力する事が出来た。

 

味覚―その乾いた空気を吸い取ってひりひりと喉が渇き、自分の焦りを嫌が応無く思い知らせる塩っ辛い汗の味を感じ取る。

聴覚―目の前の「影」の荒く浅い呼吸音が如実に徐々に影の高ぶる戦意を感じ取る。

触覚―その影が醸し出す圧力、重力を感じ取り、鳥肌を逆立てる。

嗅覚―滴り落ちる汗が乾いた臭い、吹っ飛ばされた際に負った傷からほのかに香る鉄の臭いを感じ取る。

 

そして最後に蒼く澄んだ彼女の瞳―視覚が影の姿を捉える。神々しいとも思えるほどの姿を。

 

グルルル…

 

その姿はまさしく文字通りの大神(オオカミ)。

 

巨大な大型バスを優に超える体長、四つん這いの状態でキリンに近い体高、全身を真っ白な毛で覆い、その細部から赤黒い触覚の様な器官を生やし、巨大な前肢には巌の如き頑丈そうな甲殻を纏っている。この神がこの形態を模した「元」である狼、コヨーテなどのかつてのイヌ科の野生動物が持っていた「引き出し」以上の何かを持つ事に疑いはない。ただその引き出しを出すまでもあるのだろうか?正直―

 

―アカン。このアラガミ今の私一人でどうこうできる相手やない。

 

エノハの推測は正しい。

 

この大神―後にマルドゥークと呼ばれる新種はこれから現れる「感応種」の筆頭として長きにわたって神機遣いを苦しめる事になる。その真価は周囲に複数のアラガミがいる場合に発揮される「他のアラガミを統率」、「活性化させ強壮状態にさせる」というものだ。その統率力はかつての狼が群れをつくり、一頭のリーダーの指示の下、複数で獲物を追い込んで狩る習性を忠実に受け継ぎながらも全く構造、習性も異なる別種までその影響を及ぼすまでに強化されている。

 

しかし現状それを行使する必要すらない。むしろここで感応波を発することで周囲のアラガミを呼び寄せるということは現在隊を分散させ、今回の任務地での本当の討伐対象―複数のコンゴウ種アラガミを各個撃破している目の前の獲物の仲間―ブラッド隊を呼び寄せる事に他ならない。

今は静かに確実にこの目の前の孤立した少女を仕留めることが最優先で或る。

感応種である自分を前にしてオラクル細胞で構成された神機が機能していることからしてこの目の前の獲物の特別性を大神は本能にて確信。

 

―コイツは此処で仕留めておいた方がいい。

 

強烈な先制攻撃で先手を取った大神は容赦なくトドメを差しにかかる。巨大な前腕をぐわっと振り上げた。

 

ズンッ…!

 

「ぐっ…うわっぷ!!」

 

地響きを伴い、僅かに身を捩じらせて前肢の直撃を躱したエノハに予想だにしない熱風が突き刺さる。その余波はエノハに通常の間合いの三倍以上の距離を大神から取らせる。とりあえず現状反撃は無い。冷静に敵の習性、行動、特性を見極める他ないが…

 

―~~~っ!怖い!

 

当然の感情であった。未知の相手プラス、おそらくアラガミの中でもかなりの上位種であろう大神の姿、そしてさっきまで自分が立っていた場所に直撃即即死の鉄槌が突き刺さり、その上―

 

「……!!」

 

バカッ!シュオオオオオオオッ!

 

その振り下ろされた鉄槌がエノハの目の前で「展開」。合間には赤黒い熱気、そして白い蒸気を放つ。触れられた地面は見る見るうちに溶解し、液状化していく。

 

―火属性!!それも筋金入りや!

 

ゴバッッ!!

 

液状化した地面から岩石をまるで燃え盛る火山弾の如く払い、撃ち放つ。

 

「うわっと!!」

 

先程間合いを普段の三倍離したのは英断だった。さもなければ躱す間もなく直撃。エノハの体に大穴が空いていただろう。それでも掠めた火山弾の熱気と空気を鋭く引き裂く飛行音にエノハの体は竦む。

彼女の頭は即結論を出す。「とりあえず躱せ。闘おうと思うな」。

 

―逃げな。援護が来るまで!!

 

ぐる…!?

 

そう決心した彼女が全速力であろうことか何と真っ直ぐ大神の間合いに入っていく。傍目には決死覚悟のバンザイ突進に見えるが意外にも「嫌な手をしてくる」と内心大神は苛立っていた。

 

両腕を交差させ、突っ込んできたエノハを蚊みたいに潰そうと大神はバアッと手を広げる。その光景を見たのであれば大概の人間は足が竦んで前進を躊躇しかねないほどの圧倒的な威圧感を放つ光景だが

 

―~~~っ!!…突っ切れ!!

 

エノハは恐怖を振り切り、突っ込む。躊躇すれば逆に潜り込むのが遅れ、叩きつぶされるか閉じた大神の掌から放たれる熱波の余波を喰らって大ダメージを受ける。どちらにしろ勝負の決まる一撃をエノハは勇気を奮い立たせて突っ込み―凌いだ。

 

エノハは巨大な大神の丁度股ぐらに入る。四足生物の泣き所と言って過言ではない。基本的に前面が高火力、重装甲なのが四足生物である。それ故に死角と言えるその位置に在る獲物にはどうしても対応が遅れやすい。

 

エノハは強固な装甲に包まれた前肢に比べるとやや貧弱な大神の後足に切りかかる。少しでも機動力の要であるここにダメージを残す。「逃げる」為に攻撃的な姿勢をエノハは崩さない。逃げる為に少女は今精一杯闘っている。

 

しかし―

 

ふわっ。

 

 

―え!?

 

 

大神の後ろ足が両足踏切で宙に浮き、エノハの斬撃を空振りさせる。まるで逆立ちをする様な姿勢。大神の視線は―自分の股下にいるエノハを捉えている。その背中に向かって地についたままの両腕を再び展開、熱で地面を溶解させ―

 

ズボッ!!

 

まるで犬が大事なものを隠す時の為に穴を掘る様に地面を抉り、股下のエノハの背目がけ、逆立ちの様な体勢ながら火山弾をアクロバティックに飛ばす。

 

―くっ!器用やな!

 

「ホイッ!」

 

トカゲの様に四つん這いの姿勢で地面に張り付き、頭上を通過していく火山弾に愛用の軍帽が飛ばされないように押さえながら、火山弾を見送る。

 

―…あっぶな!

 

しかしまだである。エノハの斬撃を躱し、逆立ち状態になった両後ろ足を今度は

 

ズドォッ!

 

 

「わっと!!」

 

 

エノハ目がけて突き落とす。前肢に比べて貧弱とは言えこの巨大な体の機動力の源になっている後足だ。力は決して前肢に劣らない。事実エノハの背後で突き刺さった大神の後ろ足の強烈な衝撃で土ぼこりが舞いあがり、エノハの体は衝撃波で宙を舞った。

 

前のめりで着地し、両手をついたままの体勢のエノハに容赦なく背後から左右のコンビネーションフックを見舞う。右腕の一撃は両手を使って前に踏み出し、難を逃れたが返しの左腕の爪先が

 

チッ!

 

「うっ!」

 

エノハの背中を掠める。その衝撃だけで少女の体の軸がぶれるほどの一撃。もう一撃打てば直撃すると大神が判断するのは至極当然であった。右手の籠手を展開。蒸気を伴った速度よりも「重さ」を重視した一撃を振り抜かんとする。熱風を加味したこの一撃は先程の様に掠ろうものなら大火傷。即ち戦闘不能、死を意味する。

 

終わりだ。人間。

 

―...。

 

しかし、現在大神から見えない少女の青い瞳はこの危機に冷ややかな視線を向けている事に大神は気付いていなかった。

 

ブォッ!!!

 

炎のついた物体を振り回した時に生じる独特の風切り音が響く。つまりは大神の渾身の一撃は何も捉えていないということだ

 

!?

 

手応えのない右掌とは対照的に大神の双眸が捉えたのは

 

「…」

 

 

目の前でまるで背面跳びでハードルを越える様にしなやかな体を弓のようにしならせ、ふわりと宙を舞う少女の姿があった。ようやく大神の双眸に映った少女の瞳に恐怖は無い。先程までと違うまるで氷の様な蒼白い冷静な光を宿した瞳は掻い潜った背後の大神の右拳をじっと目で追っていた。

 

―ここや。

 

狙うは蒸気を放つ展開した甲殻の隙間。

少女は宙を舞ったまま、まるで自分の胴に刃を突き刺すような姿勢で神機の刀身の先端を一気に甲殻の隙間に―

突き刺した。

 

ドッ!

 

―――!!!!!

 

この戦闘が始まって以来、初めての激痛に大神は呻く。しかし―

 

―え!?

 

ようやく一矢報いた少女に歓喜の表情は無い。彼女の両腕が異なる違和感を覚えたからだ。

 

―…!!抜けへん!?

 

大神もまた転んでもただでは起きなかった。甲殻の隙間に突き刺された刀身をそのままに甲殻を閉じたのだ。がっちりと神機を銜えこみ少女と神機をその場に拘束。今度は左腕を振り上げる。神機ごと少女を薙ぎ払う為に。

 

―……!!

 

神機を放棄すれば取りあえず少女は回避は出来る。が、神機は壊され、その時少女が健在であっても継続戦闘不能に変わりはない。かと言ってこのままここに居れば神機ごと切り裂かれて絶命。それもほんのコンマ数秒先だ。

選択肢は限られ、時間制限の猶予もゼロに等しい。そんな究極に追い詰められた状況で少女は結論を出す。

 

再びしなやかな体を突き刺さった神機を芯棒にぐるりと回転。グリップエンドに着地、

 

「はっ!!」

 

全体重を乗せて踏み切り、跳び上がる。

 

再びの右拳の激痛に大神の振り上げた左腕のスタートが一歩遅れ、上体もやや崩れる。神機は踏みつけられてやや下方に、少女の体は上方へ。その結果生まれた隙間を―

 

ぶぉん!

 

大神の左腕が何も捉えることなく、縫う様に通過していく。再び激痛に呻く大神を尻目に絶対的危機を乗り越えた少女は尚も空中で体を翻し、今度は真っ逆さまの姿勢のまま

 

ガシッ!

 

神機の柄を握り、接続。同時に刀身形態の下部より銃身を展開させる。狙いは再び甲殻の隙間。そこにこの二年間の神機技術進歩の結果、大幅な威力上昇と同時に強烈な反動を手に入れた―

 

ドゴッ!!

 

インパルスエッジを放ち、傷口に塩を塗る様に大神の右腕甲殻の隙間に「練り込んだ」。甲殻の隙間から差し込まれた熱波は膨張、がっちりと閉まった大神の右腕装甲を僅かに緩ませる。

今回の場合、強化されたインパルスエッジの威力、その一方で生まれた強烈な反動が双方、エノハに微笑む。

 

少女の愛機は強烈な反動で弾き出され、主である少女と共に空中に舞い、解放された。

 

―おっかえり~~♪

 

思わず「久しぶり」に見た愛機の刀身に少女は空中で頬ずりするが…

 

すりすり.......ジュウ

 

―って…あっついんじゃボケェ!!!

 

一人ノリ突っ込みを内心呈する。

 

 

 

 

 

 

30秒後―

 

...掴めん相手だ。

 

 

大神は貫かれた右腕の甲を舐めながらそう思う。神機を取り戻し、大神に手傷を負わせて反撃の糸口を掴みつつあった少女は先程―

 

「おっしゃ逃げるで!!」

 

惜しげもなく一目散に逃げ、この庭園に拡がる湖にダイブ、現在姿を消している。

成る程。水中に逃げ込めば姿を隠せる上に臭いまで断てる。おまけに―

 

シュオオオオ

 

 

大神が少女の追跡の為に湖に侵入した瞬間、彼の高温を放つ手甲が水に触れ、水蒸気が舞い上がる。視界が0近くになるほどの霧状の煙幕に覆い隠され、さらに大神の少女の追跡を困難にさせる。

 

視覚、嗅覚という捕食者が獲物を追跡する為には欠かせない生命線を断たれた上、大神自身が生まれ持った突出した属性の欠点を突いた逃避行としては満点と言える解答である。

 

これでは少女を仕留めるどころか捕捉すら難しい。対照的に―

 

―…。

 

蒼白い瞳を水中で爛々と光らせ、追跡してきた大神の両腕が水中でボコボコと水蒸気を巻き上げているのを冷静に少女は水底で観察しつつ、空気の消費を抑え、尚且つ水流を感じ取られないように「泳ぐ」事はせず、ゆっくりと水底を両手で交互に掴み、這う様にして進んで距離を離していた。

 

 

―…探しとる探しとる。でも悪いけどもう絶対見つかってあげへんよ。

 

 

大神は運動量を落とし、視覚、聴覚、嗅覚、そして水中の僅かな振動を逃すまいと触覚まで研ぎ澄まし、庭園一帯は奇妙な静けさに包まれる。

 

―…闇雲に暴れたりせん辺り冷静やね。ま。こっちにとっては好都合やけど。

 

今は例えはちゃめちゃでも無作為でも動き回られ、偶然そのラッキーパンチに捉えられてジエンドになるのが一番怖いと少女は想う。確率は低いとはいえそんなものでようやく身を隠せた苦労を台無しにされたら溜まった物では無いと内心戦々恐々であった。

 

しかしその懸念は杞憂だったようだ。大神は拍子抜けするほど静かに湖の上で佇んでいる。澄んだ湖面にその狂暴そうな捕食者の顔を映すが不思議とその横顔は美しい。理性的とも言えるほどの冷静なその佇まいはまさしく―

 

 

「大神」であった。

 

 

そう。

 

彼は冷静だった。だからこそ解っていた。現状あの湖に消えた獲物の少女を捕捉する有効な方法、手札は己には無い事を。それこそあの少女が何らかのミス、手違いでも起こさない限り。

しかしそれも期待できない事を大神はこの湖の静けさ、沈黙の中悟る。僅かな交戦時間であったがあの少女の侮れない戦闘力、俊敏性、何よりも知性と度胸を大神は既に先程目にし、把握している。そして何ら大神にとって好転する事の無い、ただ続くこの沈黙の時間―それが答えだ。この獲物は勝負所を間違えない。

 

認めなければなるまい。そして―

 

出し惜しみなく本気で殺しに行かなければならない。

 

 

小細工、戦略を踏み越えた圧倒的な暴力を以て。

 

 

 

 

 

―え。

 

 

熱い。

 

 

最早熱湯だ。少女の全身を包んでいる湖の水がまるで蜃気楼のように揺らめいている。加速度的に水温が上昇しているのだ。さっきまで心地よい冷たさで大神の熱波に晒された少女を癒し、隠れ蓑にまでなってくれった水が少女に牙を剥いている。

 

 

 

―何…や!!?これ……!!?

 

 

足元からじりじりと襲ってくる、「追ってくる」熱水に思わず振り返る。

 

 

―――!!?

 

 

そこにはまるで海底火山の如く蒸気、熱泉を巻き上げる大神の両腕が映る。水中だと言うのに大神の両腕のついた水底が赤黒く光っている。

 

ズズズズズズズ……!!!

 

一方水上ではまるで間欠泉のように高温に達した水柱が空を衝き、最早視界不良というレベルではない程辺り一面まるで温泉地の様に白い水蒸気が包み込んでいる。

今にも「新しい島」がこの湖の中心で生まれそうなほどの莫大なエネルギーが充満している。

 

 

大神は確かに少女を捕捉する事に関してコレと言った手段は現状ない。よって単純明快な結論に達した。

 

「力任せ」

 

しかしこれは闇雲では無い。間違いなく大神の現状採れる「最善手」。知恵、工夫、戦略、小細工を超越し、握りつぶす圧倒的な力、暴力の行使。

 

 

 

次の瞬間―

 

 

ザァアアアアアアアアアッ!!

 

 

大神は両腕を天高々と振り上げ、全身に生えた突起状の赤い器官から猛烈な炎をオーラの如き纏わせる。一瞬で巻き上げた湖の水を蒸発させるほどの熱が大気を切り裂き、赤い竜巻状に拡がる。その全てが今―大神の両腕に集中、集約。その最早厄災とも言えるほどの高熱エネルギーを纏った両腕を―

 

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!

 

 

辺りを劈く雄たけびの後、力一杯振り下ろした。

 

 

 

 

……ボッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

―…アカン。

 

 

 

 

 

 

 

死ぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズオッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

上空百数十メートルまで熱湯と化した湖の水が吹き上がると同時火山の噴火の如き熱波と溶解した水底の岩石が大神を中心にマグマとなって隆起し、吹き上がる。

まさしく「ヴォルケイノ」。

 

 

 

これが大神―アラガミ感応種マルドゥークの力。

 

 

その一撃は湖の全水量の約三分の一を瞬時に蒸発させ、大神の周囲半径百メートルを完全に薙ぎ払い、吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「うっ…」

ずぶ濡れのまま岸を這い上がり、右肩を抑えたまま少女―エノハは

どさり…

うつ伏せに力無く倒れる。足元はまだ湖の水に浸かって居る状態だがそれを気にするほど今の彼女は余裕が無い。

ズキッ!

「ぐ!痛ぅううううう……」

熱波を水中という緩衝材があったとは言えまともに喰らい、熱傷を負った右肩を抱え、悶絶しながらもエノハは顔を上げた。

「…火傷を一瞬で治す魔法の書とか…無いんやろか」

エノハが流れ着いた先は湖に隣接した古い図書館であった。円形の部屋には見上げるほど高い本棚には恐らく現在では貴重であろう無数の蔵書が所狭しと敷き詰められている。本当に一冊ぐらいはいわくつきの魔法書でも有りそうなほど荘厳な雰囲気を持っているが今のエノハにとって

―一つ頂いて枕にしたい気分やわ。

と風情ブチ壊しの心境である。

しかし思い通りにならない体を今は少しでも休める事が先決とエノハは大きく息を吐いた。

が―


「…すぅっ……はぁ……。……っ!?がっ……かはっ!」

急に息が苦しくなって吸う事も吐く事も出来なくなった。それもそのはずであった。


「う…あ。あ。あ…!」


ズシっ…


僅かに振り向く事ができた少女がその目の前の光景に目を見開く。巨大な前肢が少女の背中を抑えつけ、ゆっくりとその圧力を強めていたからだ。


グルルルル…


全身を先程のとっておきの技で巻き上げた湖の水で濡れた全身を滴らせ、顎からぽたぽたと垂らしたずぶ濡れの巨大な大神―マルドゥークがいつの間にか少女―エノハの背後に居た。

その圧力に悶絶し、大きな蒼白い瞳を見開いたままか細い息を吐くことしか出来ない虫の息の少女を―


ブン!


大神は空中に巻き上げ


ずしゃあ!!


鋭い前肢の爪牙で深々と切り裂いた。無数の蔵書の背表紙にびちゃあと少女の血液が張り付き、血の螺旋を巻き上げながら宙を舞った少女の体は本棚に勢いよく叩きつけられ、ずるりと血の帯を引き摺りながらずり落ちる。

少女の体が衝突した際、その衝撃で蔵書のいくつかが本棚から飛び出し、風化の影響もあったのか脆くなっていた蔵書のページが無数に宙を舞い、血だまりにうつぶせで沈んだ少女の頭上にぱらぱらと降り注いでいく。まるで毟られた天使の羽根のように。


その白い羽根もうつ伏せの少女の血を吸い、赤く染まっていく。


赤く。


とても赤く。


紅く―





……グルッ!?





大勢は決まった。と、いうより勝負はついた。完全に断ち切ったはずだ。意識も身体も心も。しかし―


なんだコレは。


なんだ?


コイツは?



うつぶせのままの既に事切れたようにしか見えない少女の体が紅く光っている。同時に彼女の握っている漆黒の神機もまた赤黒く光り輝いている。少女から止め処なく溢れ出ている血液を吸い取ってでもいるかのように。


ピィィィイィン!!


更に今度は赤黒い稲妻の様な奔流が血まみれの少女と赤黒い神機に迸り、その余波が少女の血で紅く染まった蔵書のページを巻き上げる。

白い天使の羽は一転、悪魔の如き紅蓮の翼となり、再び少女の頭上を舞う。
理解不能の光景を前に大神は確信する。


―終わりなどでは無い。コレは始まりだ。


大神の目の前に映る光景、その場の空気が全てを指し示している。
そしてこう「言って」いる。



おはよう。



はじめよう。



と。



ガスン!



まるで墓標のように突き立てた赤黒い神機を杖にして少女―伊藤 エノハは立ち上がる。


「…なかなかええオトコやねぇワンちゃん?さっきまでのお猿さん達に比べたらキミ…すっごくいいわ❤」


赤黒く光るロングブレード―クロガネを突きつけ、不敵に少女は美しい蒼白い目を輝かせて微笑んだ。


紅く血に染まる漆黒の少女―彼女の属する部隊名「ブラッド」の名に偽りなし。















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