いつも通りであった。
スリーマンセルで一匹の獲物を追い込み、連携して攻撃。これで今まで数々の獲物―アラガミを仕留めて来た。今日も今まで通りその作業を淡々と終える作業。自信はある。経験もある。数々のアラガミを喰らい進化した各々の武器に対してもまた非凡な物であるという自負がある。
しかし…一体何だ?この獲物は。
いつもであればもう既に三度四度は仕留めているだろう。しかしすんでの所で躱されている。のらりくらりと。
三方向からの絶え間ない自分達の銃撃に晒され、何度か逃げ惑いながら体勢を崩してもいる。その瞬間を見逃さず的確に射抜き、仕留めた事を彼等は何度か確信したがその度―
…。…!!
この獲物は銃撃が突き刺さった先の噴煙からのろのろ命からがら這い出るようにしてまた逃げ惑う。
当初は獲物をいたぶる感覚を覚えて妙な高揚感があった三者だが、獲物がここまでしぶといと流石に
萎えるな…。コイツ。
よって三者は勝負を決めにかかった。ゲームというものはあまり長引かない方がいい。自分が圧倒的に有利な状況であれば尚更だ。楽しんだ後は手早く終わらすに限る。
…いけ。
リーダー格が部下に指示を出す。するとリーダー格を除く二者―部下が大胆にも獲物の正面と後方に回り込み、一気に接近。
…!…!
獲物に明らかな動揺が見える。前方後方共に逃げ場無しであることをキョロキョロ確認しながらどうしようもなく、その場に立ち往生する他ない。そんな獲物の逡巡を見逃さず、両者は獲物の直前に達し急ブレーキ。同時両者後方へ軽く飛びのきながら獲物に銃口を突きつける。
今度「何かの間違い」であわよくばこの部下の斉射から生き残ったとしてもそのみっともなく這い出た瞬間を射抜いてやる―
部下の斉射体勢を遠目にリーダー格は目を凝らす。彼は一人距離を離した視界の開けたビルの屋上に陣取り、精密なスナイプ姿勢を構えて部下の撃ち漏らしを即フォローする体勢に入る。
一秒後。
部下の放った一斉射撃の噴煙が三位一体の一斉攻撃の合図がわりに舞い上がる―
はずだった。
…!?
おかしい。「合図」がない。後方に飛びのきながら射撃体勢を構えた部下が結局何もすること無くただ着地していた。
一体何をやっている?アイツら?
狙撃姿勢を崩し、みすみす一斉攻撃の機会を見送った部下の理解不能の光景にリーダー格は目を凝らす。そして同時目を疑った。
…!?
部下二「体」の
腕が無い。
がりり…プッ…!!
「不味い」
と、でも言いたげに巨大な黒い顎が二対の液体混じりの銃口を吐きだす。
部下二体―
二匹の中型アラガミ―ヤクシャの右腕と一体になった銃機構をいきなり現れた巨大な黒い顎がほぼ同時に一瞬で削り取ったのである。
…!……!?
未だに何が起こったか解らず着地姿勢のまま最大の武器を突然失って混乱状態の陽動役のヤクシャ二体に次の瞬間金色の烈風が突き刺さる。
目の前の眩いばかりの金色の閃光に視界を一瞬遮られたヤクシャ二体が次に見た光景は、自身が放つはずだった青紫色の球体が眼前に迫る光景であった。
…!?
パンとまるで風船でも割れたかのようにヤクシャ二体の頭部は破砕。指令部位を喪った彼等の体が糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちるまでの僅かな時間、そんな彼等を置いてけぼりにして既に濃密な攻防が展開され、同時に勝負は決していた。
部下二体が完全に行動選択肢を無くした肉のカタマリと化した事を確認したリーダー格―狙撃ポイントに陣取っていたヤクシャ・ラージャは追い込んでいたと思い込んでいた獲物に実は完全に掌握されていた事を理解したと同時、狙撃姿勢を再び整えた。
その狙いは獲物―否。最早両者の立場は完全に逆転。自らがむしろ狩られる立場―獲物であると即理解したラージャは牽制の一撃を放ち、ここからいち早く離脱を図る事を決定。幸いにも自分と相手の距離はかなりある。牽制の一撃が起こす余波、噴煙が僅かながらでも自分の撤退の一助になる事を見越してラージャは銃口に力を込め、青紫色のオーラを集束させる。
今まで数多くの獲物、若しくは強力な敵、追手を隷属したヤクシャとのコンビネーションで葬ってきた彼にとって現状での即時撤退の判断は当然かつ妥当。
しかし残念ながら少々遅い。
ひ弱な野兎を追いたてている狩人がその際背後を気にする事など無い。つい数秒前のラージャ達も全く以てそれと同様である。獲物と自分との力関係を見誤った時点で彼等は既に詰んでいた。今まで連携を使って数々の獲物を仕留め、純粋な個体としての力、知能共に進化した彼等の自信と経験が仇になる。
彼等は「連携されて狩られる側」になった経験が無かった。
『ガガッ…。…。位置についてるね?』
「はい」
ラージャに限らずヤクシャ種は非常に聴力が高い。狩人として非常に強みであるその聴力は「背後」で響いたその会話音を余すことなく聴き取っていた。
……!?いつだ。何時からそこに居た!?
狙撃姿勢を構えたラージャの背後に丁度彼と同じぐらいの大きさの奇妙な人型の物体―全身をメタリックブルーの装甲でコーティングされた武骨な巨人が陣取っていた。そしてその手にはその身長を上回るぐらいの大きさの大剣が握られている。
この時代でこの大きさの物体であれば大抵が同種、「アラガミ」と判断して問題無い。事実「それ」にも少なからず「同種」の気配は混じっていた。
しかし、あくまで「混じっている」だけである。その蒼の巨人の姿にラージャは全くの友好性を見いだせなかった。即時彼は背後の巨人を「敵」と判断し、振り返りざまに牽制射撃の為に用意していた光弾を放つ。
が―
巨体はその鈍重そうな姿とは裏腹に機敏に身を翻して半身になり、軽々とラージャの光弾を回避。その姿勢のまま強烈なショルダーチャージをラージャに見舞う。その一撃でラージャの巨体は宙を舞い、ビルの屋上、狙撃ポイントからはじき飛ばされる。
…!!
そして驚愕したまま敢え無く吹き飛ばされるラージャの双眸に巨人の持つ大剣が突進の勢いをとぐろの様に巻き、肢体と連動させながらムダ無く振り下ろされる光景が映る。その斬撃は次の瞬間、空中のラージャをほぼ真っ二つに切り裂き、ラージャは屋上から地に叩きつけられる遥か前に空中にて完全に機能停止する。
数分後―
「…よっしコア剥離成功。しっかしすっげぇ威力だな…コアの破損がでけぇや」
ズタズタに引き裂かれ、墜落して地に沈み最早ピクリとも動かないヤクシャ・ラージャを捕食形態で喰らいながら青年は苦笑してそう言う。その会話の相手は傍らで腰を落とし、巌のように佇む先程の蒼い巨人であった。到底まともな返事がありそうな見た目では無い。それ程武骨で生命感が感じられない巨人であるが…
『す、すいません。つい勢い余りました。エノハ様』
「…ナル」
『あ。不覚です…』
武骨でいかめしく無機質な表情をした巨人から似つかわしくない大人っぽく落ち着いた、しかしちょっと抜けた所がありそうな可愛らしい女性の声がする。
「よっと…。…ナル姉張り切り過ぎ。加減覚えないと」
銀髪の美少女―「レイス」が巨人の肩にぴょんと身軽に飛び乗り、頬杖しながら腰掛ける。
有名な某童話のおしゃべりな妖精が人間の肩にのって戯れている様な光景だが、残念ながらこの妖精、例の妖精に比べると少々表情パターンは少ないし、大袈裟な感情表現もしない。でもどこか嬉しそうだった。
「今日はお祝いだね~私ナルが作ったミソ・スープが食べたいな~~」
「…元々貴族出身のくせに意外な異国の庶民的料理チョイスしやがるな…お前。大体それお祝いで食うもんなのかよ」
『いや、そもそもナルさんのお祝いなのにナルさんに料理作らせようとしている辺り問題あるでしょ…キミタチ…』
アナン、リグの雑談にオペレータを務めていたノエルがツッコミを入れる。
『ふふ。解りました。今日は私が何でも作りましょう』
相変わらず武骨な巨人からは不似合いな母性に溢れた声がする。ここまで来ると案外この巨人―神機兵にエプロンでも着けたら案外様になるのではないかとすら思えてくる。
「お前ら。そしてナル。その前にまだまだ色々やる事があるからな?」
青年―エノハが場を引き締めて納める。「へ~い」とハイド・チルドレンの面々―特にアナンとリグ辺りが少しめんどくさそうな態度を隠さない。「こんな目出たい時に少しぐらいいいじゃん」と言いたげに。そんな彼等をコクピット内でナルは優しく見守りながら
『解っていますよ。今日の神機兵の運用データ決して無駄にしません。完璧な報告書を仕上げてレアに報告しないと。だからそれまで少し我慢して下さいね?』
「そうだな…でもナル」
『はい?』
「やっぱり…その前にほんの少しだけ前祝いと行こうか。…ナル。出といで」
エノハは神機兵に向かってそう言って手をかざした。
『…はい!』
数分後―
神機兵の胸部コクピットから出て来たナルは汗だくの額を払い、いつもの軍帽を被る。
そんな彼女をハイドの面々が並んで向かい入れる。
「お疲れ様。ナル。そしておめでとう」
先頭のエノハが右手を差し出し、微笑む。その表情を見て少し恥ずかしそうにナルは軍帽を深く被って目を隠す。
「…」
色んな「記憶」そして「想い」が彼女の中を駆け巡っていく。その抑えきれない情動がいつもは気丈で凛とした女性―ナルの口をふるふると歪ませる。そして―
バッ!
「「「「「え」」」」」
ナルは突然飛びこんでいった。そして両手いっぱいに呆気にとられたエノハ、そして続々ハイドの少年少女達をしっかりと抱きしめて笑いながら泣いた。いつもの落ち着いたナルからは考えられないまるで少女の様な姿であった。
ナルフ。
彼女の「夢」が叶った瞬間であった。
その光景を
「おめでとう…ナル」
モニター越しに赤髪の女性―レア・クラウディウスは見守りながらそう呟いた。
ブルーローズ
ナルフ・クラウディウス
そう。現在の彼女の家名はクラウディウス―つまりれっきとしたクラウディウス家の養子で在り、レア・クラウディウスの義理の妹、ラケル・クラウディウスの義理の姉に当たる。
しかし、家督や遺産の相続等全てに於いて放棄しており、家族というより一歩下がった立場を貫いている。義理の姉であるレアの世話係、秘書、緊急時の護衛など公私に於いて彼女を支える傍ら、忙しいレアに替わって子供達―「ハイド」の家庭教師という役目で勉学、護衛術、基礎軍事教練などを説いたのは彼女だ。
非常に優秀な人物であり、六カ国以上の言語を習得、エノハの語学教師を務め、軍人としては優に士官クラスの知識、戦闘技術を有し、また軍用ヘリから戦闘機、輸送機や戦車、装甲車に至るまでほぼすべての軍用車両の操縦に精通している。さらに情報処理やハッキング知識も備えており、機密上人員を多くは確保できない影の部隊である「ハイド」をさらにその影から支える功労者である。
しかし、教練の時は厳しいが普段は物腰の柔らかい「ハイド」の子供達をレア以上に甘やかす女性としての優しさ、母性に溢れた一面がある。解りやすく言えばハイドの「チーママ」といったところだ。
元々ナルもまた高名な貴族の出身であり、軍人であるにも拘らずどこか高貴な雰囲気も漂わせた大人の女性である。
確かな出自、血筋、才能、技能、能力、頭脳明晰、容姿端麗と一見非の打ちどころが無い女性であるがそんな彼女もただ一つ持ち合わせなかった物がある。
そのただ一つの欠乏が。
彼女の運命、人生を全て狂わせた。
一見人が羨む物全てを持ち合わせたこの女性が唯一持てなかった物。それは―
…神機適性。
彼女は高名な軍人の家系に生まれた。アラガミ出現のずっと以前より世界各地で起きる紛争、大戦を先陣を切って駆け抜けた優秀な軍人、英雄を幾人も輩出した名家である。
戦場で生き、戦果を上げ、仕える国の為に死ぬ事も名誉とした生粋の軍人家系の末娘。それがナルであった。
時に「戦いの中で死ぬ」事を前提とした一族の為、当主は正妻、妾、愛人等複数の女性と交わり、多くの子供を設ける。
ナルフにはなんと総勢18人もの兄弟がいた。(異母兄弟を含む)
代々の歴代当主は正妻を除き、愛人や妾に本家とは違う「分家」として各々の住まいを与えていたがナルフの代の当主―つまりナルフの父は少々違った。
功名心が強いと言うのか、また好き者とでも言えばいいのかナルフの父は正妻、愛人、妾、そして彼女達に産ませた子供18人全てと本家で共同生活をする事を選んだ。
それ故にナルフの幼いころから妻同士の嫉妬、確執などトラブルには事欠かなかった。そしてそんな大人たちの様子を見て育つものだから当然その子供達もその煽りを受ける。表向きは由緒正しい軍人としての節度を保ちながらも裏では次代の当主争いによる駆け引き、子供内でも派閥やらいじめなどが絶えなかった。
ある意味で賑やかな一家と言えたかもしれない。朝夕の食事の際、広いダイニングで一族全員が一同に会した時の緊張感と言ったら無い。表向きは丁寧な言葉遣いに歯に衣着せぬ「舞踏会」ならず「罵倒会」である。
嫌なら食事の時間をずらすなり、適当な理由をつけて顔を合わさなければいい話なのだが肝心の当主―つまりナルフの父はそれを絶対に許さなかった。
「朝夕の食事の際は誰一人遅れず、辞退せず絶対に席に着く事」
それがナルフの一家の掟であった。
軍人の一家として普段の日常に置いても常にどこか何かに対する闘争心や敵愾心、緊張感を常に持った上で、それを時に自制し、時に必要に応じて解き放ち、競い、相手を屈服させる―そんなドロドロの家族間の衝突、競争の中で一族全体の軍人としての底上げを図る―そんな父なりの狙いがあったらしい。教育方針としてはどうかと思うが世の中全ての事は大抵真っ当には行かない。強かな人間を育て上げる方策と言えるのかもしれない。
ナルは一番遅く生まれた末娘ゆえに、彼女が生まれるまでにある程度当主争いや正妻、愛人、妾の派閥など「一族の方向性」がある程度固まった上で生まれた為、比較的に平和な時代を過ごせた方の子供である。
それ故に何故かナルは不思議と一家のそんな奇妙で歪な形に流石に好感は抱いては無いにしろ同時、嫌悪感もまた持たなかった。
子供心なりにダイニングルームでのずらっと並んだ一家団欒の光景は決して嫌いでは無かった。形はどうあれ賑やかである事は確かだったからだ。自分のそう言う所は父親に似たんだろうなと彼女は思っている。
変人なのだろう。自分は。
しかし―
時代が悪かった。
この時代は軍人にとってはっきり言って最悪と言える屈辱の時代であるからだ。
解釈は人によって様々にせよ軍隊、軍人という物は「人間の社会生活の中で図抜けた圧倒的な武力を持つ事により、世界の秩序を保つ」事が基本の本質である。(それが様々な外的要因、利害関係等によって物凄く複雑にねじ曲がるが)
しかしその圧倒的、絶対的だった力とやらが完全に否定されたのが今の時代である。
アラガミ―
彼等は歴史が証明する軍隊が持っていた「力」「価値観」が全く通用しなかった謂わば形の無い幽霊の様な物。しかし現実の「暴力」という行使力だけは一方的に持ち合わせた全く異次元の存在であった。
人類はその今までの常識がまるで通用しない相手に築き上げた文明、価値観をすべて否定された上で彼等に抗する術を模索する他無かった。その結果生まれた物の突端が現在の神機、そしてGEである。
しかしこの唯一の対抗手段に設けられたレギュレーション―「完全に生まれ持った適性による選別」は軍人、特に由緒正しい軍人の家系に生まれた者達にとってまた最悪とも言えた。
例え軍人として誉高い名家に生まれ、才能、そして志があろうと、どれだけ祖先が大きな武功を立てていようと、どれだけ高貴で誇り高い軍人であろうと生来適性を持たなければ全くの無意味。人間が作り上げた世界の秩序を踏みにじる突如現れた無法者、軍人という人種にとって最も対抗しなければならない相手―天敵アラガミと同じ土俵に立つことすら叶わないのである。
アラガミにとっては神機適性を持たなければ軍人であろうが一般人であろうが同じ。遍くタダの餌である。つまり何百年と続いた歴史ある軍人の家系に生れ、努力し、そして才能に満ち溢れながらも適性を持たない人間よりも、血筋も努力も知性も持たないがたまたま適性だけは持っている人間の方が遥かにこの時代に於いて有用なのが現実である。
こう考えると後に特殊GE部隊―ブラッドに所属する軍人家系の出身である少女―シエル・アランソンがどれほど恵まれた存在か解る。確かな出自と世界中の軍人家系の人間が喉から手が出るほど欲しい神機適性と双方生まれ持っていたのだから。
GEになれる物は一握り。この神機適性というレギュレーションに多くの名も、そして誇り、そして少し傲慢に近いとも言える「貴族意識」の様なものがあった軍人家系の人間が生まれた時点で振り落とされ、アラガミという天敵に抗するという点に於いて「不要」の烙印を押されるのである。
当然世界に「軍」というもの自体の不要論がでる。
正直世間にとって自分達をいざという時に守れない軍人に何の価値があると考えてしまっても不思議ではない。ただ「自分達を時代遅れの武力によって脅し、縛るだけのいけ好かない連中」という事だ。
事実極東にある座礁した通称「愚者の空母」と呼ばれている原子力空母はアラガミ出現後による軍の指揮系統の壊乱、混乱によって一部の軍人が暴走、暴徒化し略奪行為に走った末路である。軍人、そして軍隊という概念そのものの信用と信頼は既に地に落ちていた。そこに加えて前述のレギュレーションだ。
「軍属」の血筋、家系自体が完全に時代に取り残された過去の遺物と化していたのである。
そして―
当のナルフの一家全員もまた
残念ながら「不要」とされた。
彼女を含め彼女の兄弟18人全員が神機適性のパッチテストを行い、一人残らず陰性反応との診断、否、非情な審判が下された。
しかし―
彼女の本当の悲劇はここからである。
ブルーローズ計画。
この計画が彼女の命運を決めた。
「ブルーローズ」
青いバラ。つまりは「存在しない」、そもそも「存在できるのかも解らない」物を指す際によく使われる比喩表現だ。
その名を冠したこの「ブルーローズ計画」は人体に放射線照射、薬物投与等ありとあらゆる刺激を与え、遺伝子をランダムに変容、人体に「偶発的に」神機の適性が出来るのを期待するというものである。この神に見捨てられた時代に於いて運を天に任せ、ただ偶発的に適性が生み出される事に賭ける「計画」というには余りにも杜撰な―
…狂行と言う以外何物でも無かった計画であった。
「…パパ」
「ん?」
ナルフが12歳になったある日の朝、いつものダイニングでの朝食の時。ナルフはそう呟いた。
元々ナルフは父親に話しかける方の子では無かった。何しろ18人も兄弟がおり、そして生まれの早い兄弟達は将来の当主候補としての自分を父親にアピールする為、積極的に自分の研鑽や今日の抱負、自慢話などを発言、それを母親が同調して褒め称え、そして他の兄弟やその母親がそのアピールに小言でケチをつける―そんな中で末娘のナルフが割り込んで発言をするスキなど到底なかった。
しかし少女はそれでも良かった。ある意味ではっきりすっきり、正直な解りやすい自分の一家の賑やかな朝夕の日常の光景が嫌いでは無かった。
でも。
それがある日を境に。
徐々に。少しずつ。変わっていった。そしていつしか誰も一言も発しなくなった。
ナルフにようやくと言って良い発言の機会が生まれたのがこの日であった。
でもそれが何になると言うのだろう?
―私の話を聞いて賞賛してくれる人も、ケチをつけて罵倒してくれる人も最早居ないと言うのに。
賑やかだったダイニングはいつしかナルと父親だけの空間になっていた。
先日ナルの一つ上の兄の「不採用通知」が届いた。しかし―この通知を受け取る肝心の兄はいない。
「試験当日」、不適合の判定が下されて即―「処分」「廃棄」されたからだ。
この通知報告をきっちり「17通」受け取り、その一通一通を積み重ねる毎に徐々に変遷していくこのダイニングでの一家の光景を兄弟の中でナルはただ一人、最後まで見届けた。