G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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第7話 名前

「いつも通り点検させてもらうぞ」

 

「へぇいつもお疲れさんです」

 

頭領はいつものようにニコニコと愛想の良さそうな笑顔と綺麗に整えられた歯を綻ばせ、これまたいつものように尊大なアラビア支部―ニュードバイアラガミ装甲壁門前で検閲を行う監査官にコンテナの中身を検査させる。

 

ニュードバイ支部は物資に関しての検閲は非常に甘いが生物、こと人間の密入国に関してとりわけ厳しい。

サテライト支部、また他支部を追い出された難民等が過剰に密入国して増える事によって治安の悪化、食料を始めとする物資の逼迫を懸念し、アーコロジーの人口数、キャパシティの管理には非常に神経質だ。

 

かつては経済の中心地であり、自国民よりも多数の他国の労働者を多く招き入れる間口の広い国家であったが現在では限られた富を分散する事を拒んだ少数の上流階級が席巻する封鎖的な一面を持っている。

 

それが砂漠の「アーク」と呼ばれる一因ともなっていた。

 

監査官は物資コンテナに生体反応を感じ取る装置をかざし、フェンリル権限で開封する事を許可されていないコンテナの中身を確認する。

 

「・・・よし。生体反応なし。お次は・・・」

 

「あ。そういや旦那うっかり忘れてましたぜ・・これを・・」

頭領は試験管らしきものを監査官に手渡した。監査官は興味なさげな視線をその試験管に向けた。あきらかに賄賂、またその類の物には到底見えない物質に。

しかし実際はそんな物より遥かに価値のあるものであった。

 

「・・・何だ?これは」

 

「今回俺らを襲った化け物の細胞です。間違いなく新種でした。・・襲われた時にトレーラーに付着したやつを採取しといたんです」

 

「・・・!そう言えば護衛連中をアラガミに全員殺されたのであったな」

 

監査官は今回の仕事で前もって打診されていた無駄に多い護衛を務める傭兵達全員の身元確認をかけねばならない事を心底面倒くさがっていた。

しかし蓋を開けてみれば辿りつけたのはたった一台のトレーラーで或る。護衛が全滅した―多くの命が失われたことよりも自分の仕事量が大幅に削減された事の方に関心があるのである。

アラガミ隆盛のこのご時世、物資搬入が予定されていたのにその一行が到着しない事などありふれているというのもある。

 

到着すれば仕事が増える。

到着しなければただ淡々と上に報告する。いちいち気にも留めない。

それだけの話である。

 

が。

 

新種アラガミ、そしてその細胞となれば話は別だ。密接に自分達の安全にかかわってくる代物である。装甲壁の因子更新に欠かせない物体だ。報告すればおえらい方々から褒賞が出るレベルで或る。

 

「・・預かっておこう」

監査官はそそくさとその試験管を懐に入れる。

 

解りやすいことこの上ない。

 

「お願いしやす。では俺たちはこれで・・」

 

「うむ」

 

 

見た目は平静を装っているが内心ウハウハだろう。お陰で連中は仕事を怠った。

トレーラーの隅々を調べて密入国を企てている連中が隠れていないかを調べる仕事を。

密入国を見逃した場合、彼らは上からかなりのペナルティを課されるが、この新たに手に入れた新種の細胞サンプルを提出すればその責を相殺し、尚余りあるお手柄だ。

 

 

検閲を通り抜けてニュードバイ外部居住区に入り、路地裏でトレーラーは停車し、頭領は助手席のウィンドウを開け、

 

「・・よし。いいぜ出て来て」

 

頭領がそう呟くと同時、車底からごそごそと音が響き、少し排気と砂で薄汚れた外套を翻して青年が這い出てきた。

 

「有難うございます。頭領」

 

エノハは外套をパタパタとはたき、少し薄汚れた顔も一緒にごしごしと拭い、サイドミラーで顔を確認する。

汚れた外套で拭った結果、黒いシミがいまだ頬に残る自分を見て

 

「・・・」

 

少し「思い出して」エノハはしばし無言になった。

 

「・・兄ちゃん?」

 

「・・あ。いえ。何でもないです」

 

「・・・乗れや。市内に入れば道はしっかり舗装されてるし、スピードと揺れは抑えるようにさせる。・・・解ったな?マハ」

 

「・・へい」

 

頭領は既にエノハが乗り物に弱い事を知っている。

 

 

エノハは市街地に張り巡らされたハイウェイを走るトレーラーの上から土ぼこりにまみれながらも近代的な街並みを見下ろす。

 

本来であれば人間の入国に厳しい検閲を通る前に途中でエノハはトレーラーから抜け出し、神機とエノハが入っていたコンテナだけが所定の場所まで運ばれる手筈となっていた。監査官、またはこの頭領もこのコンテナにまさか生身の人間が乗っていた事実など知らないまま終わるはずだった。

 

―これも何かの縁だろ。

 

そう言って笑い、ニュードバイが見えた地点で酔った青い顔を晒しながらふらふらと車を降りようとするエノハを呼び止め、頭領はアラビア支部―ニュードバイの町を案内してくれた。

 

巨大なビルが立ち並び、清潔感に溢れて行きとどいたインフラ整備。前時代と変わらない光景を持つこの街―しかし少し視点を変えると綺麗に舗装された幅の広い道路を国境の様にまたいで、極東同様貧民街の様な外部居住区が存在している。

 

「おやっさん。そろそろ時間っすよ」

 

「ん・・。もうそんな時間か。ここからだと・・三番街の公園がいいな。噴水がある。丁度いい。ここで降りろ」

 

「了解」

そう言って丁度差し掛かったハイウェイ出口にマハはハンドルを向けた。

 

「兄ちゃん!」

 

「・・はい?」

 

「わりぃな。ちょっと車止めるぜ。『礼拝』の時間だ」

 

「礼拝?」

 

 

 

 

ハイウェイを降りて三分後。

 

「・・綺麗な所ですね」

 

豊かさの象徴ともいえる綺麗な噴水を中心に据えた見晴らしのいい公園に一行は到着。

この支部はアラビア海の海水をろ過する為のフェンリルの技術を結集した世界最高峰の蒸留装置を採用している。乾季には最高気温50度以上に達する赤道直下のこの地域でも水をふんだんに使う余裕があるのだ。

 

「だろ?神様に祈るにゃあ清潔かつ、さらに己を清潔にできる水があるとこを選ばにゃあならないんだ」

 

頭領は水で湿らせたタオルを汚れたエノハに投げ、自らも水で身を清めた後、二人は跪き「礼拝」は始まった。

エノハは人目を憚る立場ゆえに離れた車内でその光景を見守る。

 

 

 

頭領、マハの二人がアラガミを「アラガミ」と呼ばず、「化け物」と呼ぶのは理由がある。

彼らは宗教上、そして信仰上ただ一つの「神」を持ち崇めている。彼らにとって「神」はただ一つだ。

よって極東地域の文化―「八百万の神」をもじって名称づけられたこの「アラガミ」―荒「神」と呼ぶこと自体に抵抗がある人間も少なくない。

例え他信教の「神」、他信教の言語とはいえ、「神」という言葉を気安く口に出来ない。あくまで彼らにとってアラガミは「化け物」なのである。

 

そしてその「神」を狩る者―「ゴッドイーター」という通称もまた抵抗、反感のある者もまた少なからず存在している。

 

確かに直訳すれば「神を狩る者、喰う者」だ。これ程「罰あたり」ともとれるあからさまな名称も中々に無い。

 

 

実際、頭領はどうかは解らないが少なくとも彼の助手―マハは少々エノハに対して距離を開けている。彼の場合はある意味特権階級とも言え、中には尊大で鼻持ちならない奴がいるGEに対するやっかみも相まっての態度とも言えるだろう。

 

頭領がエノハにニュードバイを案内する事を申し出た時、露骨にいやな顔をしたマハの顔を思い出してエノハは苦笑いした。

 

生まれ育った文化、宗教、観念、考え方など違うのは仕方が無い。

信心深い敬虔な者程どうしてもその感情は消しきれるものでないし、それは決して悪い事ではないし、間違ってもいない。

でもそれで距離を開けられてしまうのも、否定されてしまうのもやはり少し悲しい事だとも思う。

 

まぁ何とも・・・答えの無い非常にデリケートな問題だが。

 

 

「待たせたな。兄ちゃん」

そんなエノハの心情を察してか、マハよりやや早めに礼拝を切り上げた頭領が戻ってきた。

 

「いえ」

 

「・・」

 

「・・頭領」

 

「なんでぃ兄ちゃん・・?」

 

「・・お世話になりました。俺はここで。残りの積み荷と神機は予定通り所定の場所へ運んで頂けたらOKです」

 

周りに人の気配が無い事を確認し、エノハはトレーラーの座席から降りながら事務的にそう言った。

 

「・・もう行っちまうのかい」

 

「・・これ以上お二人と居ると迷惑をかけるかもしれないし」

 

「おいおい。世話になったのはこっちの方だってのに・・・。まぁそっちもいろいろ事情はあるんだろうけどな・・あんな運ばれ方してるぐらいだし?ははは」

 

「・・・はは」

 

「・・悪かったな。余計だったか?」

 

「いえそんな。・・お察しだと思いますが俺はお忍びでこの国に来ています。本当に今回の事は他言無用にお願いします」

 

「わーってらい。俺もアイツもプロだ。客の情報の守秘義務ぐらいは守るさ。信用してくれ。・・でもな?やっぱり世話になった奴への義理や恩は返してぇのよ。人情としてな」

 

「それだけで十分です。俺がお二人の身の安全は保証します。心配しないでください。本当にありがとうございました」

 

「逆に礼を言われちまうか・・」

妙によそよそしくなったエノハに対して少しバツが悪そうに頭領は顔をしかめる。そして年長の人間らしく目の前の青年の複雑な心境を見抜いて優しく声をかけた。

それ程この青年は恩がある相手だ。何とかしてやりたいという気持ちがある。

 

「・・・気にしてんのか?確かに俺達の宗教上・・あんたらに抵抗を持ってる奴は多いし、実際アンタと違って偉そうにふんぞり返ってる兄ちゃんの身内も中にはいるから反感を覚えて仕方のない連中もいる。特にここらへんの支部じゃそれが顕著だからな。民間人の護衛なんぞにGE(ひとで)は使わん。出してもらいたきゃ見合ったfc出しなって話になる」

 

「・・・」

 

「そもそも『神』の名を安く扱いやがってと怒る奴も多いさ。あんな理不尽で最悪な化け物共をあろうことか『神』って呼ぶなんて極東人はイカレてるってな?かと思えば逆にあの化け物どもを本当に「神」と扱って無抵抗で殺される奴もいる。それが神の手配―『神の思し召し』だっつってな。なんとも極端な話さ」

 

 

「・・情けない話だが実際俺もあの紅い化け物に襲われた時そう思った。長年培った経験も知識も抵抗も全く無駄なあんな規格外のバケモノを前にしたらこう思っちまう。『ああこれは俺の運命だ。アイツは神の使いだ。なら受け入れるしかねぇんだ』ってな」

 

「・・・」

 

 

「でも違った」

 

「・・・?」

 

「あいつは神の使いとして現れて俺達を襲ったんじゃねぇ。アイツに襲われてあそこで終わるはずだった俺達の命を神様が兄ちゃん・・あんたを遣わしてくれて守ってくれたんだってな。俺はそう確信してる」

 

「・・・!」

 

「ありがとうな。ゴッドイーターの兄ちゃん。・・よかったら聞かせてくれよ?俺たちを救ってくれた神様の使い―勇者の名をよ。それぐらい知っておきたいんだわ俺は」

 

そう言って豪快に笑う頭領を見てエノハは思う。

彼に出会って以来エノハは何故かずっと懐かしい気分を感じていた。原因は解らなかった。しかし今解った。理解した。

 

頭領は・・彼は雰囲気がよく似ていた。極東に残してきたエノハの父親―イワナに。

 

「兄ちゃんがおいそれと名前を言えない立場のお人だってことは重々承知してるさ。だから偽名でも一行にかまわねぇ。俺達の為に神様が使わしてくれた奴のせめて呼び名だけでも知っておきたいのは当然だろ?」

 

「・・・」

エノハは思案する。彼は公式には死んだ人間、もはや存在しない人間である。

当然実名を言うわけにはいかない。

彼ら二人が余計なトラブルを被る事を避けるために。

 

「あ~~~っあ。べ、別に言いたくなければいいんだぜ?無理なら無理ってはっきり言ってくれて!あ~~~やっぱもうナシナシ!今の忘れてくれ!悪かったな!」

 

頭領は打ち消すように頭をぐしぐし掻き、困ったような笑顔を向ける青年の顔を見て、やりきれなさを覚えたようだ。

 

「ちょっと待ってろ兄ちゃん」

 

がさがさごそごそ。

 

頭領は唐突に運転席の座席の下に頭を突っ込んで何やら探っている。

 

「あった!ほれ」

頭領は怪訝そうなエノハの頭にぼすんと何かを乗っけた。

「ぶっ!・・これは?」

少しサイズが大きいが手入れの行きとどいた真新しい白いターバンであった。

 

「この国の人間はな?お天道様とは喧嘩しねぇんだ。ムキになって挑んでもこっちがバテるだけ。だからこれが必要だ。持って行け。あ。安心しろ?俺の女房は綺麗好きでな。ちゃんと洗ってあるからよ。ビジネスマンは第一印象が大事。見た目は心を表すってな」

 

頭領は乱雑に乗っけられたターバンをエノハが片手で押えながら整え、受け取る事を承諾してくれた事を示す感謝の笑顔を満足そうに眺めながらまた豪快に笑い、未だ礼拝を続けているマハを見て。

 

「あいつだって解ってる。兄ちゃんがそれだけ頑張って俺たちを守ってくれたか、どれだけ感謝しているか。ただそれをはっきり表現できない意地っ張りで恥ずかしがり屋なだけさ」

 

 

 

 

 

「改めて言うぜ。俺は兄ちゃんを遣わしてくれた神様、そしてその勇者に感謝する。

 

 

―神は偉大なり」

 

 

「・・・ラ・・」

 

 

「あん?」

 

 

囁くように呟いた背後のエノハの不明瞭な言葉に頭領が振りむいた時、青年の姿は既にそこに無かった。

 

風の様に姿を消していた。

 

「・・・・そうかい」

 

頭領は名残惜しそうな笑顔を残し、青年が去りぽっかりと空いたその空間を見つめた。

 

 

「アイツ・・行ったのか。おやっさん」

礼拝を終え、戻ってきたマハが頭領の背に声をかける。

 

「ああ。行ったよ」

 

「・・・何だよ。礼を言うつもりだったのによ・・・」

 

口をとがらせたマハが素直になれない悪態をついた時であった。

 

 

「ん・・?」

 

ひんやりとした冷たい風が吹き、同時に二人の体に一粒、また一粒と何かが落ちてくる。

 

「なんだ・・こりゃ?・・うわっ!冷て・・!!!」

 

その正体はニュードバイ観測史上初の「降雪」であった。

ただの雪ではない。薄い桃色がかった美しい雪である。

 

 

熾帝―ルフス・カリギュラ。

 

そしてそれと対峙したエノハの一撃が残した膨大な冷気がこの地域の気圧、天候に多大な影響を与え、初めての降雪を記録させたのだ。

しかし、この地域の人間は基本「雪」という物を知らない。

困惑が消えなくもただ息を呑む程美しいその光景にアラビア支部の人間はしばし空を見上げた。

 

はらはらと花弁が舞い落ちる様な桃色の雪が中東の空に舞い落ちる光景を。

 

 

 

「マハ」

 

 

「はい?」

 

 

「神の遣い―勇者の御名前が解ったぞ」

 

「は?」

 

 

 

「・・『サクラ』って言うんだとさ」

 

 

振り返り、白く綺麗な歯をさらして頭領は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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