G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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もう一人の蛙

「J」と「サクラ」が邂逅する二十分ほど前に時間はさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

香港支部マフィア―「黒泉(ヘイセン)」アジト内の地下拷問室にて―

 

「J」がアジトを占拠した「ハイド」の二人―リグとアナンを前にして激昂し、愛機アロンダイトで急襲、強烈な先制攻撃を見舞った際の破壊音が轟き、同時まるで直上で爆撃でも受けたかのようにその余波がこの地下拷問室まで届いていた。拷問室であると同時に有事の際のシェルターにもなりうる程堅牢な作りの地下室の天井が軋み、パラパラと埃が舞い落ちるほどの衝撃破だ。

 

しかし―

 

「…!…」

 

その衝撃に流石に一瞬の逡巡、思案するような表情を浮かべたものの、動揺、焦燥の類の感情を瞬時に掻き消した侵入者の青年を前にして半裸の女性―花琳(ファリン)は内心不快感を抱く。しかし努めてそれを表情に出さぬように青年を無言のまま見据えていた。その視線に気づいたのか轟いた轟音と衝撃が響いた地上の方向に顔を向けたままちらりと青年の視線がファリンに向く。その体勢のまま青年は彼女にこう尋ねた。相変わらず強い抑揚は感じられない声色で。

 

「…これが」

 

「…」

 

「貴方の言う『切り札』の仕業なのですか?」

 

「さて…どうであろうな?」

 

ファリンはとぼける様に不敵に頬杖をつき、にたりと艶めかしく笑って目を逸らす。その優美、かつ優雅な態度には構成員を全て失神させられ、己も全くの裸一貫の危機的状況であるにも関わらず余裕すら感じられた。が―

 

―…何なのだ。この男は…気に入らん。

 

内心は一向に感情の揺らぎ、動揺の類が見えない目の前の青年を相手に苛立ちを覚えていた。そんな彼女に対して次に青年が発した言葉に―

 

「…別に動揺が無いわけではないですよ。大姐(ダージェ)。いえ…ファリン嬢」

 

「…!!」

 

はっきりとファリンは不快の表情を露わにし、奥歯を噛みしめる。

この一連の会話の中で初めて青年がファリンの事を名前で呼び、尚且つファリンの心象を見透かしたように微笑んだからだ。つまり、これは同時に彼女の「立場の本質」を彼が悟ったことに他ならない。

 

―彼女じゃ…「無かった」か。

 

青年―榎葉 山女は気づいていた。先程ほんのわずかな時間とは言え、ファリンが漏らした年相応のやや弱気な言葉と表情―その裏にある物を。彼女が随分と高級で凝ったメッキの中に隠していたもの―地金をほんの少し晒していた瞬間をエノハは見逃してはいなかった。

 

「…ファリン嬢。失礼だが俺が話すべきなのはどうやら…『貴女じゃない』ようだ。さっきほんの少しだけ見せた貴方の素の表情には…とてもこの一組織をここまで率いていた冷酷さも、非情さも感じられなかった」

 

「な、に…!?」

 

「感じられたのは…貴方がその『J』と呼ぶ恐らくは部下…いえ、貴方の言葉から察するにGEの事を信頼しているということ。フェンリルの事を相当に恨んでいるにもかかわらず…ね」

 

「…」

 

―だま、れ。

 

「俺も同じです。ぶっちゃけると地上にはもう二人…ここに居るこの…あ。紹介していませんでしたね?失礼…この子は『レイス』といって…俺の大事な部下の一人です」

 

「…お兄!」

 

咎めるように口を挟む死神の少女―「レイス」は目線だけ彼女に向けてふっと笑ったエノハに誤魔化され、少々すねた様に口をとがらせて「もう好きにしたら」と言いたげに押し黙ってしまった。

 

「くすっ…彼女以外にも信頼できる部下がいるんです。だからこそ今ここで俺は落ち着いて貴女と話していられるんです。確かにあれほどの衝撃音、そして貴方の言葉や態度からにじみ出るものに焦燥は覚えてはいますが…同時、俺の部下は簡単にやられる様なタマじゃないということも知っています」

 

「…」

 

元々ファリン達組織の人間に拷問されていた際も「協力してほしい」という主張、要求だけは一貫していたものの終始、気弱というか控えめであった青年―エノハの雰囲気が彼の仲間を語る際はさらに柔和、軟化する。しかし彼の発した次の言葉は一転、表情を引き締め、ファリンという女性の「真実」を鋭く針で突くような語気を込めていた。

 

「…貴女はあくまでこの組織『ヘイセン』の構成員の一人。謂わば『表の顔役』。植物で言うなれば葉、もしくは文字通りの『花』…例え枯れようと、摘まれようと…『根』さえ生きていればいい、『根』さえ生きていれば枝も葉も花も咲く―…そんな覚悟のうえで貴方達は今俺達の前に居る。つまり貴方達を司る本当の頭脳が他に居る。違いますか?」

 

無言で口をつぐみ目を逸らすファリンを尚も真っすぐ見据えてエノハはこう続けた。

 

「会わせて…いただけませんか?」

 

 

 

 

 

『ファリン…。もういい。彼とは私が話そう』

 

 

 

 

 

 

「林(リン)…先生(シェンシャン)…」

 

ファリンは再び先程「J」の事を呟いた際に浮かべた表情をして切なげにそのくぐもったスピーカーの音声に小声で応える。申し訳なさそうに眉を歪めて。

 

「彼」はどうやらファリン達のやり取りをすべて見ていたらしい。その上でエノハ達を見極めていた。この地下拷問室の隣室、隠し部屋にてすべての動向を見守っていた。例え構成員が目の前で全員殺されようとも。息を潜めたまま自分は生き残り、「次」の機会、そして意志を残すための組織の頭脳―その男が今現れる。その姿は―

 

カラカラカラ…

 

「…!」

 

―…。

 

「…え?」

 

余りにもエノハ、「レイス」の二人にとって意外な姿であった。この組織を率いる人間が先程までファリンというまだ若い女性と思っていた時もそれはそれで意外な事実であったが、それをはるかに上回る…言うなれば「拍子抜けさ」にエノハ、そして「レイス」の二人は目を見開く。

 

「ご、ごほっ…ごほっ」

 

水気の強い咳ばらいをしながら現れたその男の姿を見た瞬間、誰もが「え。こいつ…?」とでも思ってしまいそうな姿であったからだ。そんな彼らの心象を見透かしたように―

 

 

「んんっ…この様な形(なり)で済まないがご容赦願おう。何…もう、これ以上君らを試すつもりはない、よ」

 

 

今にも消え入りそうなほどしわがれた声でこう語る男自身の「形」は彼の言う通り、単純な一言で言い換えれば何とも「みすぼらしい」。とても一組織を担う存在とは思えない姿であった。

 

「…」

 

まるでガマガエルの様な横に広いがま口、しわがれた声に似つかわしい口周りに深く刻まれた皺、やけに小さく、そして垂れた目の下には深く、黒い隈が刻まれている。そして明らかに内臓に何か疾患を抱えているであろうことが一目でわかる浅黒く、病的な顔色が更なる対面者に嫌悪感を煽る姿だ。

 

「先生!!」

 

しかしそんな「凶相」という言葉程度ではもはや生ぬるい、醜悪と言って過言ではない男の足元に何の躊躇いもなく美しいアジア人女性―ファリンは駆け寄り、其の足元に跪いて手を取る。そして部下にかけてもらった大きなジャケットのみでほぼ全裸という「みっともない」自分の今の姿を彼に晒すことをとても恥ずかしそうな表情を浮かべて瞳を逸らした。

男の背たけはそんなファリンよりも小柄、くわえて男は自分の足ですら立つことすら出来ず、電機自動の車椅子に身をゆだねていた為、より一層小さく見える。

 

カラカラカラ…

 

機械音を放つ電機自動車椅子にまるで蛙がげこげこと鳴く際に膨らませる、何も中には詰まっていない下あごの如き、だらしない腹を持った体を深く沈みこませ、その腹の下に「一応生えてはいる」程度の二対の短い足は完全に足としての用をなさない貧弱さである。

 

ハッキリ言って造作もなく、いや、捨て置いても今にも事切れそうな姿の男であった。

 

 

しかし、彼こそ紛れもなくこの香港支部の黒社会に身を潜めていたこの支部の…まさしく生き字引。

 

 

 

もう一人の「蛙」である。

 

 

 

「私の名は…林。この黒泉を預からせてもらっている者だ。お会いできて光栄だよ。奇妙なゴッドイーター諸君…」

 

林はがま口を引き攣らせたかのように口の端を歪ませてひぃひぃと奇妙な引き笑いを浮かべる、が、その程度の反動に体が耐えきれないのか途端ごぼごぼと喉を詰まらせ、咳き込み始めた。

 

「先生!」

 

慌てて傍らに控えていたファリンが彼の背中をさすり、労わりつつ二、三声をかける。

 

 

―この人…もう長くないな。

 

 

エノハの背後で死神の少女―「レイス」は林、そして彼とファリンとのやり取りを見つつそう印象を持った。この男は何らかの…恐らく複数の致命的な病魔に侵され、其のすべてが膏肓に入っているであろうことを「レイス」は根拠もなく確信する。。

こと職業柄、そして彼女の「血の力」の特性ゆえか死期の近い、死の臭いを纏う存在に対して非常に彼女は敏感である。しかし、それを差し引いても初対面の誰もがこの男に似たような印象を持つであろう。「棺桶に片足を突っ込んだ状態」という言葉がこれほど似合う御仁も珍しい。しかし―

 

「ああ――もう大丈夫だ…見苦しいところをお見せしたな」

 

そう言ってエノハ達を見据えた小さな眼球の中に誂えられたぎょろりとした瞳だけは未だに脂の乗り切った壮年の男性らしい生への力に満ち溢れた輝きを放ち、息づいている。その鋭い眼光にこそこの体でありながらこの男が組織の長として今日まで生き永らえることが出来た根拠を垣間見る。そんな彼に最大限の敬意を払い、エノハはすっくと立ちあがり、仰々しく頭を下げた。

 

「…こちらこそ。老師。色々とお騒がせして申し訳ありません。しかし早速本題に入らせていただきます。我々の大体の話、大筋を聞いていたご様子とお見受けします。このまま話を進めてよろしいでしょうか?何しろ少々立て込んでおりまして―」

 

「…青年」

 

エノハの言葉を遮るように林が割り込んできた。にやにやと覗き込むような視線を向けつつ。

 

「は…何でしょうか?」

 

「…中々綺麗な発音で努力の程がうかがえる広東語だが…少々癖が強いな。君の話し易い言語で話したまえ。ここからの話…ニュアンスの違いでお互いの解釈に齟齬があっても詰まらないであろう?」

 

年長者らしい気遣いと敢えて言語を指定しない様に容量の深さを垣間見せる。

 

「申し訳ありません…お気遣い痛み入ります老師。それでは…」

 

 

 

 

「…日本語で」

 

 

 

 

「ふぅっふぅっふぅっふ!…やはり極東人だったか…しかしネイティブの日本語を聞くのは久しぶりだよ…あの国の言葉は良い。語彙の豊富さ、難解さ、言葉遊びとユニークさとユーモアに溢れた美しい言語だ。他の文化に無い独特の深みがあって私は好きだよ」

 

林は上機嫌そうに笑ってやや挑発的にエノハを見つつ、見事な訛りの無い日本語で返す。食えない人物であると同時、茶目っ気も交え、色んな意味での人としての「容量の深さ」を持ち合わせる雰囲気を纏った男だ―ということをエノハは理解し、同時この人物が間違いなくこのヘイセンという組織を本当の意味で長年治め、そしてこの香港支部の黒社会、裏社会を渡り歩いてきた男であることを確信する。

 

「……お初にお目にかかります。俺のことは…『サクラ』と呼んでください。老師」

 

「『さくら』…ほぉ櫻(イン)の事か…良い名だな。ただ…」

 

「…?」

 

「本当の名前を聞かせてくれないのは少々残念だ…まぁ仕方なかろう」

 

「俺の事は」―そう日本語で表現した「サクラ」の言葉の真意、微妙なニュアンスをちゃんと林は感じ取り、理解していた。

 

「…。ご容赦を」

 

「いや?君によく似合った高潔な良き呼び名だと思うよ?『名は体を顕す』…君のお国の言葉であったかな?サクラ君?」

 

また愉快そうにひぃひぃと声を引き攣らせながらも林は笑う。そしてこう続けた。

 

 

「それに―」

 

「…?」

 

 

 

 

「私もまだ『林』としか名乗っていなかったな?…失礼した。私のフルネームは―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「報告は以上―エの…っとととと。失敬…『サクラ』さん」

「ありがとう。アナン。キミは…取り敢えず『レイス』と一緒にここで待機。リグとその…『J』というスピア使いのGE…彼等の所には俺が直接行く。林老師の話によると『私の名さえ出せば「J」はそれを休戦、君らとの交戦停止の意味と判断する』とのことらしい」

「りょう~かいです。ねぇ…」

「ん…?」

「ゴメン。あんま時間無いの知ってるけど少し聞かせて。あの人が…ここの一番のお偉いさん?」

リグと「J」を焚きつけた後、「サクラ」達の下に現状報告の為に現れたアナンが今形式通りの報告を終えた後、彼の背後で自分たちのやり取りを見守っている林の姿を確認。やや警戒の入り混じった小声で「サクラ」にそう囁く。見てくれは例え悪くても佇む林の醸し出す雰囲気、姿に自分とリグが難なく制圧した見た目いかにもその道っぽいチンピラ風の構成員達との明らかな違いを目聡く感じ取っていた。

元々貴族階級出身のアナンは幼いころに両親に連れられ何度も出る羽目になった退屈な貴族の社交の場にて彼らのお相手をしつつ、値踏みも暇つぶしに行っていた。その為、人を見分ける眼力は高い。


「あの人は見たカンジ…うん。『話」は通じそうだね。…往々にして『違う意味』で気をつけなきゃなんないタイプでもありそうだけど」

「…違いないな。でも結局は信じてみないと始まらない。今回の任務に彼らの協力は必須だ。そして君の報告にあった『J』という子にも話を聞いてみたいしね」

「…ふぅ。ま。そうなんだけどね~~。…でもさ…」

「ん?」

「あんまり怪我しないで?『サクラ』さん。…『レイス』がほら…今思いの外怒っててちょっとハラハラしてんのワタシ」

「レイス」の血の力によって見た目は完全に無傷とはいえ「サクラ」からツンと香る血の臭い、そして薄汚れた顔にやや心配そうに眉をアナンは歪める。「レイス」がそれに関して一見ポーカーフェイスを保ちつつも内心激怒している事に聡いアナンは気づいていた。

「貴方は私ら『ハイド』の隊長なんだから!貴方の恥は私らの恥でもあるんだよ?」

「耳が…痛いな」

「…まぁ、それは建前として?私も…あんま『サクラ』さんに怪我してほしくないってところは『レイス』と一緒よ?ただでさえ、ね…」

アラガミ相手の怪我はある程度仕方ない。GEというのはそう言う仕事だ。しかしそんな彼らが当の守っている、守ろうとしている人間相手に攻撃されたり、罵られたり、傷つけられるというのは理不尽だ。

―あ~私何言ってんだろ。こんな急がなきゃなんない時に。

そんな複雑でせめぎ合う感情を持て余したようなどっちつかずの態度で珍しくアナンが気遣うように最後に上目遣いで「サクラ」を見上げる。

「…心配させて悪いな。アナン」

「ん」



「で。アナン?最後にもう一つ」

「?」

「君の見たそのGE―『J』君の見立てはどうだ?」


「強いよ。それもかなりね。リグでもヤバいかもしんない」

アナンは全く躊躇うことなくそう言い切った。


「そうか♪急がないとな」

「…嬉しそうだね。反面結構バカっぽいよ~~?リグと同類項かそれ以上に」

「それでも貴重な協力者だ。死なすわけにはいかない。勿論二人とも。…行ってくる」

「うん」












リグと「J」の交戦地点に向かい「サクラ」が一旦アジトを出る直前―彼は林に声を掛けられた。

「して『サクラ』君…?少しいいか?」

「…何か?老師」

「君は……アレを…ファリンの事をずっと『大姐(ダージェ)』と呼んでいたのかね?」

「…はい?そうですが?」

「そうかっ…ふふふっ…」

「それが何か…?」

「ぶ、…わっはははははははは!!!」

「!!??」

「それはっ…!!それは殴られても、拷問されても仕方ないぞ?『サクラ』君!?ぐっ…!ごほっげっほ!んっくっ、は、はははは!!」

「え…」

「…アレはまだ25だ。そんな年頃の娘が君の様なイイ男相手に『大姐』、『大姐』と連呼されたら殺したくなっても仕方あるまいよ。君はアレの事をずっと『オバサン』『オバサン』と連呼していたようなものだ!!」





























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