―なぁリグよぉ。
―なんだ。「J」。
―俺には夢があるんだ…聞いてくれるか?
―なんだよ水くせぇな。前置かなくていいよ。俺たちの仲だろ?
―…。わりぃな。でもその夢を語るためにはまず「彼女」の事について話さなくちゃならねぇ…。
―…「彼女」?
―ほら…お前も見えるだろ?あそこに居るあのコのことサ。
―…!あ、あれはっ…!!
―…そうだ。この糞みたいな時代においてご多分に漏れずとても悲しい過去を持った子なんだが…そんなものを微塵も感じさせないぐらいキラキラ輝いて…咲き誇っているだろ?
―ああ…。
「『シプレ~20世紀伝説の名女優I・B風衣装に身を包んで~シリアルナンバー17』…それが彼女の製造名だ。俺は彼女を『アイビー』と呼んでいる…。世界で限定20個しか製造されていない彼女達…いや彼女の姉妹達にはそれぞれ一から二十の固有のナンバーが刻まれてんだ」
「…知ってるぜ。ナンバーが刻まれている場所が腿であったり、脛であったり、うなじであったりと一人一人違うんだよな。限定20体であり、そして同時に一つ一つがオンリーワン…ディープなコレクターゴコロをくすぐる何ともイカした仕様だぜ…」
「ん!!流石だ!!その通りだリグ。アイビーは見ての通り左頬に『17』と刻まれている。二十人姉妹でもかなり末の方の妹だが姉想い、妹想いの優しい子だ…例え彼女が何も言わなくても俺には見ればわかる…」
「そうだな…」
「…どうだ?昨今のシプレシリーズと違って露出の少ないまさに『古き良き時代』の衣装だが…一味違う憂いの籠った笑顔と大人びたポージングに魅了されるだろう?」
「ああ。でもな…」
「…解るかリグ。彼女の表情―一味違ったオトナの笑顔にな」
「ああ…これは悲しい、ツライ何かを背負ったままそれでも気丈に生きているオンナのカオだぜ…」
「…。合格だ。お前にならすべてを話せる。彼女の辛い過去をな…」
「…」
「実は…彼女の姉であるシリアルナンバー♯1~♯10。…彼女達全員が現在永久欠番なんだ。彼女達がどこにいるかも誰にも解らない」
「…!!なんだとっ?なぜだ!?俺達『シプラー』の…いや世界の損失だろそれは!?」
「彼女の姉である♯1から♯10は…製造されたその年にフェンリル欧州支部に輸送中、彼女らを乗せた輸送車がアラガミに襲われてな。輸送車ごと全員がアラガミに捕食されちまった…だからこの世界には今♯11~♯20までの十体しか存在していない。そのうちの一体が今ここに居るアイビーなんだ…」
「…なんてこった。彼女の過去にそんなことが」
「だがな…リグ?俺は諦めちゃいない」
「…どういうことだ?」
「よく考えてみろよ。彼女ほどの子の姉妹が黙って糞アラガミなんかに喰われると思うか?ただ消化されると思うか?」
「…」
「そしてお前もGEなら知っている筈だ…アラガミは『喰ったものの性質、形態を取り込み、その姿に反映させる』…と」
「…!まさか!」
「…そうだ!居るはずなんだ。この世界のどこかにっ!!彼女達を喰らい、彼女の姿に成り代わったアラガミが!!そしてそいつの腹の中には…彼女の十人の姉達が今もきっと戦っている!!助けを待っている!!!だから俺の夢はな?リグ…そいつを見つけ出して彼女達を救い出し、アイビーに本当に笑ってもらう事なんだ!!」
「『J』…お前…」
「へっ。馬鹿な夢だろう?笑ってくれ…」
「天才か…」
翌朝―
ヘイセン仮設居住施設
早朝食堂にて―
「…」
「サクラ」は目下に深い隈を刻みつつ、寝ぐせでぼさぼさの頭でうつらうつらと船を漕ぎながら手元の朝食のシリアルをもくもく、もしゃもしゃと口に機械的に運んでいた。もともと遺伝子組み換えのジャイアントトウモロコシのシリアルとあって味気なく質素な朝食だがそれにも増して食っている本人の表情が死んでいるため、更にマズそうに見える。
―俺って…「視線恐怖症」だったんだな。「どこでも眠れること」…我ながら結構誇れる特技だと思ってたんだけど…。
「サクラ」は昨晩、「J」の部屋で就寝中、左右から降り注ぐ無数の「彼女達」の視線、そしてお互いを認め合った「彼ら」のディープ過ぎる談議を前にほぼ一睡も出来なかった。
「林のオジ様…おはよーございまっす!!と、思いきや~~!?お~~っとこれは失礼!!我らが『サクラ』隊長ではないですか~~!?」
「お、お兄…?どしたの?」
相も変わらず平常運転で朝っぱらからわざとらしく、そして笑えない絡みをしてくるアナンと唯一彼を心配してくれる「レイス」に「サクラ」はのろのろと顔を起こす。
「おはよう。…二人ともよく眠れた?」
「いや、それをお前が聞くのか」という突っ込みを噛み殺しながら少女たちは各々「らしい」返事を返す。
「いや~快調、快『腸』!やはりナオンの事はナオンが一番よくわかってる!!ローフーもレートイもシャレオツでとってもレイキー♪ファリン媽媽って口は悪いけどミメンドウいいナオンだね!!」
「ギロッポンでシースー行くか」的口調で親指を立てながら要らん報告を挟むアナンとは対照的に「レイス」は落ち着いた口調で頷きながらこう言った。
「うん…良くしてくれてるよ。…。…(取り敢えず今の所私らを油断させて始末しようとかいう気はないみたい…こっちは大丈夫。アナンもそう言ってた)」
「…。(了解。それはよかった。)」
敬愛する林の命に逆らってまでファリンが一応共戦協定を結んだ相手に危害を加える可能性はゼロに近い。とはいえほんの昨日、殺し合いに近い緊張状態であったことも踏まえて念を押し、警戒させたがどうやら今の所大丈夫なようだ。
「それよりさ…お兄。お兄の今の惨状と…『アレ』何?何があったの?」
「…私もソレ聞きたい。折角昨日めっちゃ楽しかったのにアレはないすよぉ。アナンちゃん朝からルーブーになっちゃうよ…」
「解り合った」彼らが朝食の席でも立ち入れぬ固有結界を張っている昨日とは打って変わって融和ムードの光景に複雑すぎる表情を浮かべる女性陣に―
「…実はだな―」
昨晩の事の経緯をかいつまんで彼女達に「サクラ」は語った。すると―
「うん…そっちはもう絶対・カンペキ・パー100・余裕で大丈夫そうだね♪任せた!!」
「…頑張ってねお兄」
さささ~と潮が引くように距離を空けられた。
しかし、彼女らは忘れている。本日香港支部作戦地区周辺地域内の視察を兼ね、一行は「J」に連れられ仮宿を後にすることになるのだ。そして彼女達は気づき、思い知るのだ。「所詮逃げ場などなかった…」のだと。
アナンは内心こう叫ぶことになる。
―んあああ~~なんで香港まで来て…「ガキのお守」しなくちゃなんないのよ~~?!!それも一人増えてるってどういうことぉ!?
現在の香港は多種多様の前時代の娯楽産業が世界より集結した混沌の支部である。それだけならば一向に構わない、むしろ十代の彼女達にとって興味深いモノが目白押しではあるのだがいかんせん今回は「添乗員」の嗜好が偏り過ぎていた。
作戦区域、貧民街、そして中間層の前時代から続く香港のオリエンタルな街並み、人種の坩堝で活気にあふれた歓楽街の案内もそこそこに彼らは「J」の先導に従ってそこからひとつ通りを外れた怪しいショップに次々と連れていかれる羽目になった。当然そこでハイテンションなのは当の「J」とリグだけである。
「リグ見ろ!まだ未発売の新型のシプレのホログラフィセットだ。この前の香港限定の『シツコイ』に同梱してたホログラフィ端末からさらに進化してるんだぜ!…見てろ。これはな、なんと…」
「…!?す、すげぇ!!ホログラフィの中に俺の姿が!?」
「スゲェだろ!!この携帯端末でさっき撮ったお前の姿を3D化して落とし込むんだ。それに…ただ単に一緒に映るだけじゃねぇぞ?お前の姿がこうすっと…!」
「ふおおおおっ!?お、踊りだした!?それになんてキレッキレな動きなんだ!!」
「当たり前だ。シプレの専属の振付師の動きを落とし込んでるんだからな。キレが違うぜ」
「息ぴったりでシプレの隣で踊り狂う俺…これぞまさに俺の理想像の俺だ!!」
―…嫌な理想像だな!!
二人から離れてその光景を見守りつつアナンは内心そう言い捨てた。
「逃げ出したい…」
珍しく「レイス」も疲れ果てて泣きそうな声を上げつつ隣の「サクラ」を見やる。さぞかし彼も憔悴しきっているだろうと考え、気遣うように自分を奮い立たせながら。しかし―
「……すげぇ技術だ」
思いの外隣の「サクラ」は楽しそうに、そして感心したように真顔でふんふんと頷きながらその二人の光景を見ていた。そうだ。忘れていた。彼はこういう気があったんだ。
―……!!戻ってきてぇ!!お兄!!
「う…」
「…?」
「うぇ~~ん。お兄が壊れたぁ~」
「え…?いや『レイス』!?ただ単純に感心してただけだって!?」
「うわ~~ん『サクラ』さんが『レイス』泣かしたぁ~~う…『レイス』が泣いちゃうと私もな、んか悲しくぅ…うぅ~~うわ~~ん」
アナンももらい泣き。…彼女のはウソ泣きだが。
昨日はこれ以上なくいがみ合いを見るのが楽しかった二人が一転、一夜を共にして完全にアナンにとって良くない方向へ傾いてしまった。この虚しさ、期待外れ感、憤りをアナン自身も埋める必要があり、その標的となったのは「レイス」を泣かせた「サクラ」であった。
あわあわと本泣き気味の「レイス」と完全ウソ泣きのアナンをなだめる中、更に趣味の事でヒートアップする「ガキ二人」―そんな地獄絵図の中、彼らの現地視察は続くかと思われた。
が―意外にも予想外の助け舟が一行の下に現れる。
完全に「J」の独断と偏見、趣味で塗り固められた行き先を三か所ほど回った(内一か所はグッズ企画、製作を一手に手掛ける現場)時、ハイテンション二人と疲れ切った三人の隣に場違いな程巨大なロールスロイスが横付けされ、徐に後部座席のウィンドウが開く。そこから美しくもはっきりと不快感を隠そうともしないひくひくと口の端を歪ませる女性の顔が覗く。
ファリンであった。
「やはりか…『J』…」
「り、琳姐!?なんでここに!?」
「お前の事だ。今朝の様子からして大事な役目ほっぽり出して余計なとこにばかり彼らを案内するだろうなと思ったら…案の定だ」
「よ、余計なとこじゃないですって!?ほら…れっきとした今の香港支部を一部であるサブカルチャー文化の紹介っすよ!?立派な現地案内でしょうが!?」
「黙れ」
一喝。「J」が押し黙ったと同時、アナンが最高のタイミングで現れてくれたファリンに駆け寄り、珍しく真顔でこう言い切った。
「…一生ついていきます。媽媽」
「ほう。今『一生』といったな?小娘」
「…やっぱビクトリア湾に浮かびたくないので勘弁してください」
意外な程アナンの扱いが上手いファリンの姿に心底感心し、「レイス」はおお~~っと感嘆の表情を浮かべる。
「…なんだ。もう一人の小娘。その顔は」
「いえ、その…私ファリンさんの事誤解してたみたいで…その、ごめんなさい」
「…フン。とっとと乗れ。本当の香港支部を見せてやる。…っ!!…『見せてやれ』…と、いうのが先生のお達しだからな」
「…」
―…素直じゃないんだなぁ。
「極東支部を始め、いろんな支部を見てきましたが…ここは何というか…スケールが違いますね。世界の各地域から文化、宗教、人種を取り込み発展し続け、その分自由と混沌の線引きが曖昧といえばいいのか…。そこが危ういところでもあり、また魅力的な面でもあるんでしょう。この支部は」
車窓から映る香港市街の光景を眺めながら向かいに座ったファリンに「サクラ」はそう話しかける。「話しかけるな」と言いたげに頬杖を突き、長い足を組んで口をつぐんでいた美しくも鋭い横顔を見せていたファリンがじろりと切れ長の目を「サクラ」に向けた。
そして再び目を逸らし、「これは独り言だ」と言いたげな口調でファリンは言葉を紡ぎ始める。彼女もまた車窓の外を流れる香港の街並みを眺めながら。
「…『大きい』『数が多い』というのは何事も良い面だけではない。規模が大きければ大きい程、すべてを見渡すことが困難になるし、数が多ければ多い程その分考え方、捉え方も多種多様に異なり枝分かれしていく。それらを全て無理やり囲み、無理やり維持していくためには必要なものも多くなる。…同時不必要なものを捨てていく必要が生まれてくる」
「…ファリン嬢」
「世界中で人も物も…価値感すらも全て奪われる様な時代の中で幸か不幸か比較的に早く順応し、秩序を得たこの支部はその先も秩序を守り、出来る限り多くの者が生き抜くために更なる秩序…いや、厳密に言えば強い束縛を手に入れる他なかった。端的に言えば『暴力』だな」
「…」
「多くの思い、考え方、理念、プライド…それらを時に踏みつぶし、時に呑み込んででも我らは進む他なかった。その土台の上に今の私たちは立っている。その時代の流れの中…我らは直に今まで踏みつぶされ、呑み込まれてきた者達と同じ様な道を辿ることになろうとしている。…皮肉な話だ」
「…」
「『サクラ』。貴様は昨日の先生との交渉の際、違う支部への異動をかけあう交渉条件を出したな」
「はい」
「確かに我らの中にも外の世界、新しい場所でもちゃんと生きていける者も居よう。しかしこの香港支部しか知らない、ここでしか生きていけない者達もいる」
「…」
「新天地を求め旅立つ―聞こえはいいがそれは今まで生きてきた場所、そして共に歩み、生きてきた者たちを捨てる旅立ちだ。そこに何の意味がある?軽々しく『他に移ればいい』などと言えるのはそれこそ傍観者の発想だ。この香港支部はフェンリル支部だけではない、我々の様な日陰の人間、…先生と先生の同胞たちが築き上げた場所だ。私たちはそこで生まれ、そして育った。…そんな場所を次代を担う我々のような存在が逃げ出してどうする」
「…」
「…喋り過ぎた。もう話しかけるな」
再び不機嫌そうながらも美しい横顔、そして生き様のほんの僅かな一端を見せた香港の気難しい「花」は黙ってしまった。そんな彼女に少しクスリと笑って要求通り「サクラ」は一言も発しないままファリンと同じ方向―車窓の外を眺める。
「…」
―ファリン嬢…貴方は少し…
リッカに似てる。
九龍半島と香港本島を結ぶ巨大なベイブリッジの眼下に広がるヴィクトリア湾、貧富の差を一区切りの壁を隔てて露骨かつ顕著に表す街並みを見下ろしつつ、「サクラ」の目は「それ」を捉える。
ビクトリア湾中心に浮かぶ巨大な要塞の如く、我が物顔で鎮座する建造物―フェンリル香港支部を。