G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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本音

 

 

 

 

 

 

 

フェンリル香港支部

 

AM 0時43分

 

 

「君は寝ないのかね?『サクラ』君」

 

「林老師…?こんな夜更けに。お体に障りますよ?」

 

「ふふ…別に私は君を追ってここに来たわけじゃない。『ここ』はそもそも私の特等席でな。そこにたまたま君が来ていた。それだけの事だ」

 

「そうでしたか…じゃあ『お邪魔しています』とでも言えばいいのかな」

 

「ふふ。『ここ』を選ぶとはお目が高い。どうかね…?この香港支部の全景は。中々に壮観だろう?」

 

「サクラ」、そして林の二人は今―空から最も近い場所に居た。

 

黒泉(ヘイセン)所有の雑居ビル屋上―

 

蒼い月が淡く夜空に輝くその真下には煌びやかな琥珀色、もしくは七色に輝く香港支部の全景―オーシャンビューが広がっていた。直前のブリーフィングで見た暗闇の中で淡く緑色に光る事務的な立体映像の香港支部の全景の映像とは全く違う。真っ向から肉眼で見据える「実物」には人の息遣い、営みが視覚だけでなく、肌に触れる風、空気、吹き付ける潮の香りを通して全身に伝わってくる。そんな光景をただ「サクラ」は眺めていた。

 

「くくっ…ファリンの奴が零しておったよ」

 

「サクラ」には目を向けず、香港支部の街並みを眺めたまま林は少し愉快そうに吹き出しつつこう呟いた。

 

「え…?」

 

「『一見他の誰よりも社交的に見えて実は誰よりも隙が無い。掴みどころがない。あの男本当は誰も信じてないんじゃないでしょうか』と、な…」

 

「…」

 

その林の問いに敢えて「俺の事ですか?」と「サクラ」は聞かなかった。実際の所そう感じる人間が居てもおかしくないと彼自身どこか自覚があったからだ。 彼の沈黙の意味を林は肯定、もしくは「当たらずとも遠からず」ととらえる。

 

「まぁ自覚はあるようだ。同時…理由もあるといった所か」

 

「少し…『本音』を語ってもよろしいですか?老師」

 

「いいとも。だが…」

 

「はい?」

 

「君が本当に『本音』を吐露しているか否かの判断はこちらでさせてもらうがね?相手が『腹を割って真実、本音を話す』という瞬間こそ最も警戒せねばならない瞬間でもあるのだよ。当の本人は真実を話しているつもりでも所詮人間だ。知らず知らず自己を美化して内容を改竄してしまったり、逆に意図的に虚実を巧みに混ぜたり…それを色眼鏡なく客観的に判断するためには必要な事だ」

 

「…確かに。それで構いませんよ」

 

「すまないな。君の様なある意味気難しい若者は好きなのだが…これも性分かね?」

 

くっくと笑いながら林は「サクラ」に向き直る。夜風に晒され、香港支部の町の光に照らされた文字通りこの支部の「影」を生きてきた男の微笑みは何とも無邪気であった。 

 

 

「俺の部下達と『J』君とのやり取りを見ていてもらっても解る通り、俺の部下は思いの外純粋です。最初はあれ程反目しあっていたはずなのにほんの些細な一つのとっかかりをきっかけに一気にわだかまりを無くす程距離を縮めました。それはそれで素晴らしい事ですし、あの子たちと接する『J』君を疑っているわけでもない。でも…危うくも感じるんです」

 

「ほう」

 

「俺達だって…GEとは言え人間です。普通の人間よりややアラガミ寄りにしても、本物のアラガミと違ってやろうと思えば普通の人間にだって簡単に殺せますし、騙せます。毒物も効きますし、銃も当たり所が悪ければ致命傷になります。そして何よりも人間だから情もある。機械じゃない。それは交流ができると同時往々にして騙されるということでもありますから」

 

「成程。単純に言えば君は…怖いのだな」

 

「…ええ。GEの本来の仕事―アラガミの討伐という行為はある意味ハッキリしていますから。『規格外の化け物と戦う、殺し合う』という行為は確かに恐ろしい。でも逆に言えば完全に利害の衝突している相手、敵をただ殺し、黙らせさえすればいいというシンプルさは迷いを断ち切ります。でも―」

 

相手が人なら。一方的に問答無用で殺すことが出来ない相手なら。

 

「人を『信じる』という行為は確かに恐ろしい。人類史上最も困難な戦いと言っていい。そしてそれは間違いなく人類がこの世界に存在する限り永遠に続く戦いであろうな」

 

「…俺の部下達はそれぞれ結構複雑な事情を抱えて生きている子達でしてね?生まれ、そして育つ中で結構人の汚い部分を見、晒されて生きてきた子達なんですよ」

 

「…?ほう。その言い分だとどうやら君は『彼らとは少し違う』ということのようだな」

 

「ええまぁ。お察しの通り恥ずかしながらそういった世界とほぼ無縁の中で生きてきた、いえ生きさせてもらったという自負があります。だからこそあいつ等には自分が生き、育ってきた世界、それが世界の全部じゃないって思ってほしいんです。疑う、嫌う、傷つけるだけじゃない世界もあるんだって知ってほしいんです」

 

「そしてその彼らの代わりに今度は君が全てを疑う―というわけか」

 

「ただの世間知らずの若造ですからね。俺は。でも同時疑うだけじゃなくて知りたい、理解したいと思っている。…ここに嘘偽りは在りません。…ま。これに関しても信じるか否かは老師にお任せいたしますがね?」

 

「はっはは!!意外にも中々根に持つ男なのだな君は」

 

頬杖を突きつつ、愉快そうに林は瞳を細めた。

 

 

 

「しかし…ふ~~~む。『争いと無縁の世界』か。それも激戦地区である極東地域の出身でありながら…か」

 

「…あ。これ下手すりゃ俺の出自バレちゃいそうですね。しまった。喋り過ぎた…」

 

「ふふ…調べたくなってしまうな。君という存在は。一体どういう世界で生まれ育ってきたのか」

 

「…ご容赦を」

 

「何。私とて分別はある。これ以上君を困らせるのは得策ではないようだな。自重しよう。…しかし、やはり残念だ」

 

「老師ぃ…」

 

思いっきり眉を顰めて「サクラ」は苦言を呈す。

 

「ふっふっふ!その困った顔…間違いなく『本音』のようだな。それが解っただけでも良しとしよう」

 

「本当にお人が悪い。…御自分も『本音』を語っておられないくせに」

 

「…」

 

「一方的に俺ばっかり喋らせて…明らかにこれはフェアじゃないので少々反撃させてもらいますよ?林老師?いえ…

 

 

『※1林 即徐(リン ソクジョ)』…さん」

 

 

初めて「サクラ」は林のフルネームを呼んだ。傍から見ればただそれだけの行為である。が、「サクラ」の今回の行為には他に少し特異な意味を持っていた。その証拠に―

 

「…」

 

林は少し驚いたような顔をして珍しく言葉を失った。

 

「偶然か、はたまた貴方の名付け親が意図してつけたものなのかは知りませんが…俺は貴方と同じ名のこの国のかつての英雄を知っています。この方が歴史の表舞台に立ち続けていたとしたら…歴史上の香港の繁栄もこの香港支部自体も存在していなかったかもと考えると少々複雑ですが」

 

「…ほう。知っていたのか。中々博識なのだな君は」

 

「その反応からするとやはりこの名前は老師―あなたの本当のお名前ではないと判断していい、という事ですか?」

 

「うむ。そうだ。君の察しの通り私は『林 則徐』という男ではない」

 

「やはりそうでしたか」

 

林はあっさりと認めた。ほんの少しの反撃の成功を前に「サクラ」は少し頬を緩める。散々本名、素性を語ることの出来ない「サクラ」の事を「残念」と連呼してからかっていた当の本人が実は本名を語っていない事実が判明したのだから。

一矢報いたことに「サクラ」は満足し、もうこれ以上は自分も詮索しまいと再び香港の夜景に視線だけ向けた時―

 

 

「そもそも…私には名前などないからな」

 

 

あまりに意外な言葉が「サクラ」の耳に入ってきた。反射的に「サクラ」は視線を再び「林と呼ばれている」男に目を向ける。先ほどまでここから見える香港支部の風景に体を向けていた車椅子の男は今や完全に全身を「サクラ」の方向に向き直り、彼と向かい合っていた状態であった。

 

「…え?それはどういう意味で?」

 

「そのままの意味だ。私は元々この世界に存在などしていない。生まれても居ない。だから名などないのは当然であろう?存在しない者に名など必要ないのだから」

 

「…?」

 

淡々とそう語る男に対して疑問と戸惑いが「サクラ」の頭を駆け巡る。そして―とある結論に達した。

 

 

「…。…!!老師…?間違っていたのならば申し訳ないがその…貴方はもしかして…

 

 

 

 

『※2黒孩子(ヘイハイズ)』。なのですか…?」

 

 

 

 

「…本当に博識だな。君は」

 

 

 

 

 

 




※1林 則徐 (リン ソクジョ)

中国が清王朝時代、イギリスが清との国交貿易で生まれた多額の貿易赤字を補填するために当時麻薬の主流であった阿片(アヘン)を清国に大量輸出し、貿易赤字の逆転現象、清の国内に麻薬中毒者の増加による深刻な社会問題が発生したことに端を発したイギリスとの対立を前に清国の先頭に立って頭角を現した人物。
優秀な人格者であると同時、厳格で強硬な姿勢で英国の阿片輸入を取り締まった人物とされ、現在の中国でも英雄と扱われている。
しかし強い強硬姿勢で臨んだ彼の阿片取り締まりによる英国の反発、後に「阿片戦争」と呼ばれる英国の武力行使の結果、清王朝に志半ばで任を解かれる。その後清は英国との懐柔を試みながらも結果、不平等条約を結ばされて国土を割譲(香港もこの時英国に割譲)を余儀なくされた。さらにこの事件以降、中国各地の他国の植民地支配の足掛かりとなってしまった事もあり、この事件の際「林 則徐が解任されていなければ」という声は今でも根強い。


※2 黒孩子 (ヘイハイズ)

1980年代、中国国内の人口の爆発的増加に歯止めをかけるため、打ち出された人口融和政策―通称「注※一人っ子政策」によって生まれた社会問題の一つである。この政策によって二人以上の子供を出生する際にかなり手痛いペナルティが発生するため、例え第二子以降が生まれても出生届、登録を出さず、戸籍上存在しない子供、つまり「社会的には存在しない人間」が発生するケースが多発。これを「黒孩子(ヘイハイズ)」と呼んでいる。
戸籍上存在しないため当然各種行政サービスが受けられない。つまり学校にも医療施設にも行けず、社会保障も一切ないという事である。これを発端とした様々な社会問題、懸念が現在においても発生している。

注※現実では2015年にこの政策は廃止。ただしこの「G・E・C2」の作中世界ではアラガミ出現まで続いた政策として設定されています。予めご了承ください。






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