G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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開戦

 

 

 

 

 

 

……侵入者―

 

「影」はそう断定した。

 

「影」は自分の持てる限りの感知、感覚器をフル動員し、研ぎ澄ませる。己の謂わば「結界」ともいえる特殊偏食場パルス―EMPパルス圏内に侵入した相手の情報を収集し始める。

 

…動いている―物体が。それも「自分の発するパルスの影響範囲内で」、だ。

 

これ即ちこの物体が車両や自動操作された機械の類ではないことが解る。詰まるところこの物体は「生物」だ。

別にそれに関しては何のことはない。今まで身の程知らずの人間が何人もこの中に侵入してきた。少しでもこの香港支部の地下に迷宮の如く張り巡らされた地下水脈の探索範囲を広げ、地理を把握し、ひいては自分を討伐するために。そのことごとくを「影」は払い、喰らい、退けて現在に至る。

 

だが今日は―

 

 

……!?

 

 

「何か」がおかしい。

 

 

そもそもこの地下水脈の探索に関して機械が駄目であれば犬やネズミなどの2070年代の現在にでも生き残っているある程度の学習、または習性を利用できる生物を探索に出せばいいのではないか、と思うかもしれない。が、彼等では当然、自分でメモなどの正確な記録の記帳などが出来る知能はない。例え彼らにカメラ、GPS端末などの観測、探索機器を積んでもそれも固有種特有の偏食場パルスによって阻害され、作動しなくてしまっては意味がない。

つまり、これはどういうことかというと意外にも「影」は「人間以外の生物のことをほとんど知らない」ということでもある。もっともアラガミ蔓延る外の世界ではなく、この香港支部の内部のみでの話であるが。

 

彼がこの地下水脈で出会う存在というのはほぼ常に餌である人間だけ。「侵入者が生物」=「人間」。これが彼の日常であった。しかし今日に関しては明らかに「影」は違和感を禁じえない。己の結界の中に入り込んだこの「何か」の異質さ、異常さに。

 

 

……!?

 

 

侵入者の推定体長は…約四メートル、歩幅、踏み鳴らす振動からして体重は実に10トン前後に達する。彼のよく知る人間の大きさではない。

少なくとも現在、この世界でアラガミ以外の存在でこれほどの大きさの生物は最早存在しないはずである。では…外部居住区に侵入してきたアラガミがたまたまこの地下水脈まで侵入してきた、ということか…?

 

いやそれも違う。

 

アラガミとは移動速度や行動パターンがこの侵入者は明らかに異なる。あてもなくただ本能に従い「エサを探す」という不躾な連中の動きではない。どちらかといえば今までここに侵入してきた人間の行動パターンにこの侵入者の動きは酷似している。

 

自分のパルスの影響範囲内に入り込む大胆さの反面、どこか慎重で臆病な、でも明らかにアラガミの原始的な本能―「食欲」に支配されていない意志と理性がこもった歩みをこの侵入者からは感じられる。「影」がこの地に巣食って長年注視し、観測し、警戒し続けた人間の「意図」「意志」をもった特有の動きそのものだ。

 

しかし、それではこの侵入者から感じられる「異形」の説明がつかない。そもそも体長四メートル前後で、体重が10トンに近い生物…?在り得ない。

通常の生物の体長と体重の比率から換算して在り得ない数値だ。重金属で構成された重機であればまだ納得のいく数値ではある。が、しかし、それではなぜこの機械、電子機器をジャミングし、行動を阻害する固有種自慢のEMPパルス圏内でありながら動けることの説明がつかなくなる。

 

「影」の中で様々な疑問、混乱が駆け巡る。「何だ。一体何なのだ。コイツは」と。

 

機械のようであり機械ではない。生物のようであり、生物ではない。人間のようであり、人間では在り得ない。幾重にも重なるこの侵入者の矛盾の数々を前に「影」は一つの結論をつける。それはとてもシンプルな結論であった。

 

侵入者が現状の「影」の理解を超えたイレギュラー―「完全なる未知の存在である」というものだ。

 

その結論は解答として満点レベルだろう。想定外の事象を前に今までの経験則に頼り切ることの危険を排除し、新たな価値観、観点で事象を捉える点は非常に素晴らしい。高等な生物だからこそできる「開き直り」である。

 

そしてその事実、そしてこの謎の侵入者の行動はこうも「影」に示唆し、同時警告する。

 

「この侵入者の行動から察するに自分への友好性は微塵も感じられない。最大限の警戒を払う必要がある。捨て置くも、殺すもまずは少なくともこの侵入者の正体だけは知っておかなくてはならない」―

 

 

…ずるり

 

「影」は動き出す。

 

 

 

この「影」はこの香港支部の地下に巣食うため、今まで必要な情報を常に収集してきた。「隣人」の自分に対する様々な対応を経験し、時に退け、時に退く。それを繰り返す。そんな自分の行動、習性を知った「隣人」がどのような反応を示すのかを。

 

その反応の「程度」に従って自分の習性や行動範囲、生息場所を微調整、変化、そしてなんと適宜「自粛」させることも出来るのがこの「影」の特筆すべき点だ。結果、この支部を司る人間と利害を一致させるまでに至り、自らもアラガミでありながらアラガミを防ぐための防壁内で安全に生き長らえることを実質許容された。

 

アラガミはある意味「個の死」によって自分の収集した情報、つまりは「失敗」を基にした修正を次世代につなげることが出来、より強大になっていく生物である。が、この「影」の場合、その前の段階―己自身たった一世代で類稀な修正能力を発揮して生き延びる術を手に入れた。

 

「不可視」のアラガミ―そして固有種である自らの特有の能力、特異性に頼るだけでなく自らのその習性をも適宜変化させるこの「修正能力」こそがこのアラガミの最大の強みと言える。

 

それ故に「影」はその修正能力を発揮するためにまず何をすべきかを何よりも理解していた。それは奇しくもこの香港支部の表と影の為政者―「蛙」達と同様の…「知ること」であった。捨て置くも、殺すも、まずはそこから。

 

「影」は迫る。なぞ多き侵入者の下へ。全く音も発さずに。程なく―

 

 

……いた。

 

 

迷路の如く薄暗い入り組んだ地下水脈の中、大体広さは地下鉄の一車線よりやや広い程度のトンネルの様な空間―そこで「影」はついに視界に捉える。此度彼を悩ませる奇妙な侵入者の姿を。

 

…大きい。

 

やはり大きい。そして二足歩行。なり形こそ人間に近いが人間ではない。「巨人」の様な体躯。しかし機械でもない。アラガミ…?この巨体から「発せられる」気配は確かに同じオラクル細胞で構成される同胞に近い。でも違う。…何かが違う。

 

機械ではないが生物でもなく、アラガミに近いがアラガミでもなく、人間ではないが人間の行動パターンを持つ巨人…この侵入者を目の当たりにし、知れば知るほど尚「影」はこんがらがる。本当に奇妙な存在だ。

 

ただ驚いてばかりもいられない。肝心なのは「ここからどうするか?」だ。こちらは相手を完全に捕捉した。しかし、あちらの動きに大した変化はない。未だこちらを認識していないことは容易に計り知れる。

当然だ。見えない、観測できない相手が迫っていることなど知る方法などない。それに関しては「影」はよほどに自信がある。

 

はっきり言って隙だらけだ。奇襲は容易く決まるだろう。「今まで」と変わらず同じ様に。

 

しかしいっそここは正体を知っただけ良しとするべきかもしれないとも「影」は考える。それほどに「影」にとってその侵入者の存在は不気味過ぎた。「今まで」とは明らかに異なる厳然たる眼前の光景―偏食場パルスを通してではなく、はっきりと視覚に捉えたからこそ今初めて分かる事がある。

 

その無骨な巨人が肩に担いでいる「得物」―侵入者の体長に匹敵、いや超えるほどの長さを持つ長大な剣だ。

 

 

…成程。「あれ」がこの侵入者の大きさからくる予想された質量を遥かに上回った原因か。…アレはどうみてもヤバイ。

 

ここに稀に幾人か現れた「連中」が持っていたものと同じだ。人間の中でも特にヤバイ奴ら―つまりはGE。彼らを「影」はたった「一人」の例外を残し、今まで全員食い殺すことに成功はしてきたものの、それでもこの連中、そして彼ら一人一人が携えていた「それ」―神機に対する警戒、脅威は「影」の中に根深く残っている。

 

もしあれに突かれたら、刺されでもしたらただでは済まない―と、最悪の想定を常に考え続けてきたのだ。寄りによって自分を殺せる唯一の道具を携えた未知の相手なのだ。不気味さを覚えないはずがない。

 

千載一遇のチャンスと未知のリスクへの警戒との両天秤が「影」の中でぐらぐら揺れる。

 

攻撃か、それとも一時撤退か。

 

…。

 

その「影」の内心の葛藤、せめぎ合いを制したものはこれまた彼の原始的、初歩的な行動原理―「知ること」であった。即ちこの未知の脅威に対する上で最優先で知っておくべき事―それはこの未知の脅威の「殺し方を知っておく」ことだ。

 

「影」―不可視のアラガミは今選んだ。選択した行動は「攻撃開始」。

 

「透神」―インビジブルは迫る。

 

音もなく。その姿すら見せずに。

 

 

 

 

 

 

 

「…生きた心地がしませんね」

 

はぁっと深いため息を吐き、窮屈な神機兵―「ブルーローズ」のコクピット内であまりに静か過ぎる周囲の状況、そして恐らくすでに奴に確実に「一方的に」捕捉されているであろうことに気付いている女性―ナルフ・クラウディウスは一人ごち、緊張で攣ってしまいそうな両掌を握ったり開いたりしながらほぐす。じとりと汗ばんだ掌を拭うこともせず。

 

彼女のコクピット内は通常、周囲のナビゲート地図、神機兵のコンディション等が反映されている3Dスクリーン、そしてオペレーターとの情報交換のための通信機器が搭載されている。

…が、つい37秒前、其のすべてが突然動作不良を起こし沈黙している状態だ。神機兵が当初の予想通り問題なく動いていることがせめてもの救いだがバックアップ機器は総じて機能不全。薄暗い地下水脈に響くのは水滴の音と神機兵の歩行音のみ。正直目隠し状態、丸腰状態である。

 

―42、43、44…。

 

ナルにとって想定外だったのは彼女の左腕に付けられている強い磁気耐性を持ち、宇宙空間での使用すら耐えうる名器―父の形見でもある腕時計すら動作を止めたことだ。これでは作戦所用時間すら測ることができない。だから彼女は現在、計器関連が一切動作を止めた時間より自らで秒数を刻んでいる。想定されるEMPパルスの影響圏範囲、そして奴の水脈内でのおおよその移動速度から換算される「目標」への到達時間―つまり奴が彼女の愛機―「神機兵ブルーローズ」を攻撃範囲内に捉えるまでのおおよその時間を計っていた。

 

しかし―

 

―想定される27秒をとうに過ぎました…。どうやら既に私達を捕捉しながらも忍び、潜んで今は機会を窺っていると考えるのが自然…。攻撃するのかはたまた捨て置くのかの判断中…と、言ったところでしょうか。

 

「すぅっ…」

 

時間の計測が最早無意味だと悟り、ナルは一息吐いてカウントを止める。体内時計である程度の時刻は把握できる。例え激しい交戦状態になって時間感覚がマヒしたとしても誤差数分以内で現状時刻を把握できる自信がナルにはある。

ただしコンマ一秒を争う近接戦闘に於いてその差は致命的。絶望的に長すぎる誤差だ。だから今は余計なことに集中を割くのは愚の骨頂と判断。全神経を尖らせて見えない「ヤツ」の捕捉に全力を注ぐ。

 

 

―神機兵の銃形態の射程はGE達の物と遜色はない。威力もアラガミに致命傷を与えるには十分。…でも大きさゆえに小回りが利かず接近戦には向かない。ここは剣形態でまず何よりも一太刀を浴びせるのが最優先事項。傷の浅い深いは問わずに。

 

ブルーローズは「長剣型」と呼ばれる神機兵タイプだ。その名の通り、GEのロングブレードを基調とした長い刀身を持つ神機を装備としており、安定した攻撃範囲、攻撃力、攻撃速度を持ち合わせたバランスタイプである。しかしこの装備もお世辞にもこの狭い通路内に向いている得物とは言えない。が、かといって闇雲に銃形態でオラクル弾丸を無差別に斉射するのもぞっとしない話だ。神機兵とは言えオラクル残量にも限りがあるしこの先の戦闘で補給できる保証もない。

 

―それにここはあくまで居住区の地下。地上への影響は避けるに越したことはない。ならば―

 

がちゃり…

 

ナルは肩に担いでいた長剣を構えるべく手前に引き下ろそうとする。この狭い空間に合わせ、主に「突き」を主体とした攻撃態勢を整えるために。

 

が―

 

―…!?EMPパルスの影響でしょうか?

 

 

神機兵、そして神機兵の担ぐ神機自体もGEの携帯する神機同様、生体部品と同時に一部は機械部品で構成されている。その部分はどうしてもこの特殊なパルスの影響を受けてしまうため、通常時と比べると若干ながらの動作影響が避けられない。

 

しかしそれは既に想定内であった。唯一奴と対峙し、生き残っている「J」にであるよって「神機の動作にも僅かながらの影響が発生する」という情報はすでにハイドの全員が共有済みがである。

 

実際ナルも先程初めて奴の特殊偏食場パルス影響範囲内に入った直後、まず確認したのは神機の動作だ。確かに僅かながら神機兵の動作、そして神機共に重しを乗せられたようなぎこちなさを感じたものの、運用、戦闘に関して問題ないレベルであることを確認している。

大体通常時の神機兵の総合ポテンシャルを100とするなれば現在60から70ほどの数値内には収まっており交戦は十分可能と判断。だからこそ彼女は撤退せず、今ここに居るのだ。しかし今は何故かその値が30。いや20程度か?それ程に動作が緩慢だ。

ナルに懸念が走る。想定外の事象だ。

 

―まさか…。目標との距離によって影響に変動が生じる!?

 

それが本当ならまずい。想定を超えるこちらの戦力ダウンが発生するとなればそれを念頭に入れて作戦を変える必要がある。

 

―この情報を持って撤退、撤退、を……

 

 

っ!!!!????

 

 

 

しかし―それは杞憂であった。

 

ナルは瞬時悟る。なぜ神機兵、そして神機の動作が緩慢なのか。それはとても単純な事であった。至極単純な事である。物を動かなくするためには―

 

 

「固定」すればいいだけの話だ。

 

 

直接。直に。その場に赴いて。

 

 

―……!?????

 

 

ナルは目を見開き、恐る恐る見上げた。厚い神機兵の装甲の一枚外。「そこ」にまさかもう…「来ていた」とは。「捕捉不能」のアラガミ―その本当の恐怖をまだ完全にナルは理解していなかった。

 

 

ずるり…

 

見えない「何か」が地下水脈の天井に陣取り、彼女のブルーローズの機体、主に両腕部分を既に拘束、「何か」にとっての脅威―神機の刃を向けることすらもさせない状態であった。

 

 

七月一日、現在時刻1812。日没まで17分。

 

神機兵ブルーローズ。討伐目標固有種アラガミ―通称「インビジブル」と遭遇と同時、両腕を拘束され、危機的状況。

 

 

 

 

 

 

 

…接近して気づいた。この未知の存在―巨人も所詮「連中」と同様だ。確かに自分を殺せる能力、潜在能力を持っている恐ろしい連中だ。が…あくまで怖いのは連中の持っている得物だ。「神機」だ。

 

それを持った連中の対処の仕方など今まで腐るほどやってきた。単純に持ち主を一撃のまま殺せばいいだけのこと。または得物を持った腕を食い潰して戦闘不能にしてやってもいい。

 

頭を喰らえばいい。胴体を喰いちぎればいい。

 

見慣れた人間とは違い、桁違いな体躯を持つ異形とは言えこの巨人、どう見ても体構造は大差ない。歩行の為の足と道具を扱うための両腕。胴体に頭部…どこを「壊せば」いいのかは容易に察しが付く。

この見えない、感知させない体を駆使すれば所詮あの連中もこの巨人も大差ないのだ。

 

 

透神は勝利を確信する。

 

 

…捉えた。

 

さぁ奇妙な侵入者よ。「見えない者」、「知覚できない者」の恐怖。その身に存分に味わうがいい―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









「…とでも言いたげですね?…ストレンジャー(余所者)?」

あくなく整った顔に驚愕の表情を浮かべ、突然の奇襲に完全に面を喰らっていた女性―ナルフ・クラウディウスは次の瞬間、いつもの沈着冷静な表情に戻し、不敵にふっと微笑んだ。

―「見えない敵」…確かに貴方は恐ろしい。でも―


…「自分が相手に見えない」からと言って「自分が全てのことを見えている、捉えている」とは思わない事ですね?







「…リグ。今です」




「…応よ」




……!?????―



ガコン…

両腕を拘束され文字通りの「お手上げ状態」の無骨な巨人の顔面左側面からにゅっ、と先ほどまで何もなかった空間から緑褐色の砲筒が先端から徐々に形成される光景に透神は目を見開き、そして同時悟る。


は か ら れ た


余りにも彼にとって屈辱的な仕掛け、罠である。


「見えない者」が「見えない者」に出し抜かれるなど。



「…弾けろや」


ドゴン!!!!


……ぶしゃあ!!


ビチャビチャビチャビチャ!!!


開戦の狼煙―しかし下手をすれば即終戦、「勝鬨の雄たけび」にすらも聞こえかねないほどの重厚な銃声―ショットガンの炸裂音が水脈内の静寂を切り裂き、同時、何もないはずの空間から夥しい緑色の液体が噴き上がり、周囲に飛散する。


開戦と同時、強烈な先制攻撃が目標アラガミ―透神に炸裂。


奇しくもそれは地上では盛大に香港返還記念祭を祝うパレード、そして祝砲の如き無数の花火が薄暗くなった香港支部の夕闇の空を轟音と共に照らし出した頃であった。













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