「…ナル姉」
「はい?何ですか?リグ?」
「…ごめん」
「…仔細ありません」
ナルはその言葉の通り全く彼を責める気配のない表情で愛おしそうに彼に向って微笑んだ。
時間は少しさかのぼり、作戦決行日前日のヘイセンのアジトにて最終ブリーフィングを行っていた時間に戻る。
「リグ」
「ん」
「サクラ」の問いかけにリグは大きくうなずき、すべてを了承したと言いたげにパンと拳を合わせる。
「叶うなれば…奴を『初手』で仕留めてくれ。君の能力―ステルスモードの存在を奴は知らない。まさか自分が見えない相手に狙われているなんて夢にも思わないはず。奴が狡猾、そして自分の能力に絶対の自信を持つからこそ出来る死角に付けこめ。恐らくそれが最も効率的で確率が高い」
「…逆を言えば一回こっきりのラストチャンスでもあるわけだな?『J』から聞いた奴の情報からして俺の能力がバレてしまえばより奴は慎重になる。…だろ?『サクラ』さん」
ニヤリと不敵にリグは笑ってそう返す。
「ほぉほぉ。解ってんじゃんリグ」
赤毛の少女―アナンが茶化す様にうんうん頷きながらリグの見解に同意する。いつも直情的で少々考えたらずな弟分の珍しい冷静な見解に心から驚き、感心したようだ。
「…」
銀髪の少女―「レイス」もまた今回に関しては特に言うことなしのリグの意見に無言で頷き応える。だがその場にいるただ一人―唯一今回の作戦において「ゲスト」と言える辨髪の少年―「J」が心配そうに二又眉毛を歪めていた。
「…不満か?『J』君」
「『J』でいいですって『サクラ』さん。…やっぱ俺もリグ達と同行した方が良くないすか?せめて奴の接近に気付けるくらいのサポート役が必要じゃないすかね。だって奴がこちらの狙い通りにナルさん…神機兵の下に向かってくれるとは限らねぇし。それに…もし打ち漏らしたら…」
「おい。『J』。それは俺を信用してないってことか~?」
「J」の肩を軽くリグは小突く。それに特に反応せずに真顔のまま「J」は首を振ってこう返す。
「いや。まさか。お前の腕は疑っちゃいねぇよリグ。あ…勿論
…ナルさんも」
「…ふふ。ありがとう『J』君」
「J」の気遣いの言葉に今回、神機兵の搭乗パイロットとして作戦の根幹を担う故、当然ブリーフィングには参加しているナルは顔を傾けてにっこり微笑んだ。自分の生死にダイレクトに関わる作戦内容だと言うのに終始彼女は何時ものように冷静、いや、寧ろ何時もより柔らかい雰囲気でGE達の会話を見守っていた。
今までずっと裏方として一歩引いた立場であった彼女が本心では「この場の完全な当事者」として関わりたいという衝動を抑えていたのが垣間見える。
「あっ、その、いえ…」
―ああ…ナルさん…。軍人的な凛とした所と普段の「優しいお姉さん」感のギャップがいいな~。うんうん。…むっ!?
―…。
「…んっんっんっ!!」
鼻の下を伸ばした「J」のにやけ顔に一斉に「ハイド」の全員から冷たい視線が刺さり、「J」は慌てて咳払い、改めてリグの問いかけに捕捉を兼ねてこう応える。
「…でもな?俺はヤツをこの中に居る誰よりも知っては居るんだ。見えなくてもある程度の奴の攻撃タイミングを図ることも出来る。万が一不意打ちが成功しなかった場合のナルさんとお前の保険として…俺も連れて行っちゃくれねぇかな?」
「『J』…」
ついこの前―初めて出会った当時であれば真っ先に反目、小競り合いになったであろう二人だが既にお互いの気持ちを気遣うぐらいになっている。それが解って居るのかリグもそれ以上何も言わなかった。
替わりに「サクラ」が「J」の問いに応える。
「…確かに奇襲が成功せず、交戦状態に陥れば君の協力は心強いよ『J』。だが逆を言えば奴にとっても君はこの中で唯一情報を知られている相手でもあるんだ。君がナルの護衛に付けば奴も当然対応を考える。より慎重になって攻撃圏内に入ることを躊躇うだろう。キミもリグと交戦した以上知ってるはずだ。リグの奥の手はアラガミバレットを除けば君と同様ショットガン銃身のゼロ距離散弾だ。それが最も効果を上げる瞬間は…言わずともわかるだろ?」
「…」
―相手が最も警戒していない瞬間。こちらの隙を突いたと思って意気揚々と射程内に踏み込んできたとき、だな。
「…そういう事だ。可能な限りリグの放つゼロ距離散弾の減衰を防ぎ、確実に奴に致命傷乃至、それに近い痛手を与えるためには今回の作戦―奴にとって初めての遭遇、『完全なる未知の相手』になるはずのナルのブルーローズ、神機兵を『知りたい』、叶うなれば『仕留めておきたい』という欲求―そこを利用しない手はない」
奴にとって未知の相手―神機兵を囮に奴を可能な限り接近させ、未知の能力を持ったGEリグによって確実に一撃で仕留める。奴の習性を突いた二段構えの作戦だ。そこには―
「…確かに俺は邪魔だな。俺が奴なら訳の分からん相手の傍に自分の事を良く知っている相手が同行していたらまず迂闊には近づかねぇ…」
「J」は口を手でつぐみ、完全に納得はしていない表情はしつつも冷静に理解を示す。
「悪いね…俺達の任務の直接監視をするという君の立場は解っているつもりだ。でも…叶うなればこの敵はなるべく手早く、確実な方法で仕留めたい」
「いや、気にしないでくれよ。奇襲がアラガミ討伐の大前提だっつぅ事は俺も曲がりなりにGEなんだから理解してるって」
「J」はそう言って明るく振る舞う。しかし誰にも複雑な感情が渦巻いている事は丸わかりの
空元気に見えた。
「J」とてナルの駆る神機兵ブルーローズの異質さは知っている。実際に作戦にあたって一部の機密、秘匿情報を除けばある程度の神機兵の情報の共有が既に彼にも成された。そして神機兵のポテンシャルを知った彼にこれからのアラガミ戦闘における世界各支部の構図の変化を神機兵が変えていくことを予感させるには充分だった。
数日前、香港支部の各地、そしてヘイセンのつてを利用して集められた神機兵の部位を支部内で再構成し、完成した神機兵をナルの演習を兼ねた起動実験、シミュレーションに「J」も立ち会った際、彼の目の前で叩き出された神機兵の能力は熟練のGEすら凌駕する可能性も秘めていると確信する。
しかし頼もしいと同時にどことなく複雑な、言い知れない不安も覚えた。運用に関する不安、疑問は勿論、もしいざこのシステムが確立してしまえばGE(俺達)は―?…等という複雑な気分が相舞った。
それがブリーフィング時の「J」の複雑な態度に直接反映された形だ。
要するに一応は人類側、つまりはGE側の完全な味方であるはずのこのシロモノに対して「J」が覚えた感情がこうなのだ。増してや奴にとっては完全に十中八九友好性なし、脅威以外何物でもない未知の不気味な存在を囮にする以上、悪戯に奴の警戒要素、ノイズを増やすことは好ましくない。
警戒心が強い反面、「機会があれば、殺るときは徹底的にやる」―この奴の習性を彼らに伝えたのは他でもない「J」なのだから。
「分かった…リグ。ナルさん。頼んだぜ?この際拍子抜けするぐらいあっさり仕留めてくれや」
これまた複雑そうに「J」は苦笑いして承諾する。
加えて彼自身、今まで自分の組織の仲間を何十人も殺され歯痒い思いをしてきたのだ。思うところがあるのだろう。
「あ~~あ。下手すりゃ俺やることね~じゃん?ま。ラクに越したことね~けどな」
「J」がまた空元気気味に強がりつつ両手を後頭部に当てて天井を見上げた。多数の犠牲、苦労して手に入れた見えない奴を捕捉できるほど研ぎ澄まされた鋭敏な感覚を活かすことなく、終わってしまうかもしれないことに手持無沙汰感を覚えているようだ。そんな彼に―
「いや…『J』」
「…ん?」
「そんな簡単にはいかないと俺は考えている。…『色んな』意味でね」
その「サクラ」の「色んな」懸念は…作戦当日現実のものと化す。
このアラガミは。
それほど甘い相手ではなかった。
―現在
香港支部地下水脈にて
ビチャビチャビチャっ!!!!
この上方から神機兵ブルーローズ、そしてその下で砲筒から煙を放つ神機ケルベロスのショットガン銃身を構えた少年―リグに降り注ぐ夥しい出血の光景は一見全ての決着があっさりついてしまったと見まごう程の凄惨な光景であった。かといって―
―…!もう一丁!
―…拘束が緩んだ。私も動ける!追い打ちを!
リグ、そして神機兵内のナルに全くの弛緩はない。
一撃でダメならすぐ二の手、三の手を繰り出せ。一切出し惜しみなしで―
ブリーフィングの際、例え「サクラ」にこう言われなくても彼らは実行したであろう。リグはすぐさま次弾装填、ナルは明らかに緩んだ拘束を引きはがし、神機兵の巨大さと質量に任せた無慈悲な斬撃を上方から降り注ぐ緑の血液に向けて振り回せばどこかには当たると目星をつけて攻撃姿勢に移る。
しかし、だ。
―……え?
突如完全に攻勢に回ろうとしていたナルに一つの違和感。と、いうより「異音」が彼女の耳元ほんの数十センチ、神機兵の外殻で言えば肩の部位の周辺で響いていた。その瞬間―
―……ダメ!!
「リグ!!!伏せてっ!!!」
神機兵の厚い装甲を劈く、逼迫した鋭いナルの声が神機兵の丁度股ぐらに居るリグの耳に届くと同時、
「え……?うわっ!!??」
既に射撃姿勢を整えていたリグは思いっきり神機兵の上半身に覆いかぶさられた。
ドゴッ!!!
折角装填と同時に発射されたリグのとっておき―SG散弾は神機兵に覆いかぶさられた事によってリグの体勢が崩れ、仰向けに倒れこんだことにより、天井方向に向けていた砲身が真横にそれる。結果放たれた散弾は覆いかぶさった神機兵の肩口を一部分、そして―
―あっ!!?
リグが倒れこんだ拍子に床に転がった腰に携行していた回復剤、オラクルアンプル等の携行品を積んだポーチごと粉々に吹き飛ばして空しく轟音を放ち、水路内の壁に直径2M程のクレーターを残す。当然渾身の一撃を思いがけない相手に邪魔されたリグは困惑する。
―ナル姉!!?何トチ狂ってん……―――……!!!???
そんな彼の困惑はすぐに解消されると同時、悟る。ナルがいち早く感じ取った「異音」の正体に。
―くっそ…あぶね……危うく死んでた。
ジュウウウウウウウウッ!!!
降り注いだ深緑の液体―討伐目標固有種アラガミ、インビジブル(透神)の血液は―
強烈な「酸」の血液であった。
その全てをナルの愛機ブルーローズはその背部によって受け止め、直撃すればまず命はなかったであろうリグを間一髪で救ったのである。
しかし、その酸は設計上アラガミの複数回の攻撃にも耐えうる神機兵の装甲を―
「う……」
「……!?ナル姉?」
「あぁああああああああああああああああああああ!!!」
易々と溶解させ、数滴を直接コクピットのナルの左肩に付着させるほどの威力を持っていた。
「……!!くっそっ!!!!」
ナルの悲鳴が神機兵内で響く中、ようやく降り注いでいた酸の雨が一段落したことを確認し、三発目を再装填したリグが神機兵の側面から脱出。腕を伸ばし、天井に向けて砲筒を伸ばす。
が…
「……ぐっ!!」
当然リグは躊躇う。何故ならもう一発放ってもう一度「幸いにも」獲物に直撃した場合―更なる酸の雨が真下に居る神機兵―つまりナルに降り注ぐことになる。既に装甲をある程度はぎ取られている神機兵にだ。
「う…ぐ、うぅうううう…撃って!!リグっ!!」
「構わず撃て」と急かす声がうつ伏せの神機兵内で響く。が、一向にリグの人差し指はトリガーを引こうとしない。ナルの苦悶の声、そして背部に酸を浴びて蹲る神機兵の姿は逆効果となり、リグの発砲への判断をほんの数秒遅らせる。
「…撃つんですっ!!リグっ!!」
「くっそ…っ!!!」
リグの凍り付いていた人差し指はナルの次の声を契機にようやく解凍。トリガーは引かれ、三度目の轟音が水路内に共鳴する
が―
ガゴォンっ!!!
「……!!」
「……あ……」
か細い声が負傷したナルの喉から漏れる。結果は最悪の結末―いや幸か不幸か。
酸の雨ではなく、替わりに水路の天井にリグのはなった散弾が作り上げた巨大なクレーターから無数の残骸が降り注ぎ、二人は茫然とその光景を見上げる他なかった。
―居ねぇ…!!!
―くっ…!!
透神―インビジブル。生涯初の手傷を追い逃走。
しかし一方でその代償に透神が得た情報はあまりにも多く、貴重だ。
神機兵を知り、リグを知り、彼の持つ危険で特異な能力を知り、新たな見識を知り、そして初めて傷つけられた「こんな時の為」に用意していた自らの酸の血液の威力、己がかけていた「保険」の力を知った。もし自分を傷付ける程の相手が現れたとき、その相手ごと情報漏洩を防ぎ、葬るためのこの「傷害保険」が今回功を奏し、そしてそれが十二分に今回の敵に通用、作用する事も知った。
そして―
この情報を外部に決して漏らすことなくこの侵入者を始末できる絶好の機会であると同時、この先の己の存続に関わる重大な情報漏洩に繋がりかねない危機的状況であることも理解している。
好機と危機はいつの世も背中合わせ。よって透神は当然自らの行動指針をこう選定―
…この侵入者。
逃すわけにはいかない。
…ここで殺す。
「…ナル姉」
「はい?何ですか?リグ?」
「…ごめん」
「…仔細ありません」
ナルはその言葉の通り全く彼を責める気配のない表情で愛おしそうに彼に向って微笑んだ。そしてこう付け加える。
「貴方を守れてよかった。お役に立ててよかった。私はこの瞬間の為に生きてきた―そう思います」
「…ぷい」
「あらら。…」
―…貴方は優しい子ですね。…リグ。
負傷した肩を抱えながらナルは彼女の言葉に恥ずかしそうに背を向けた少年―リグが前を見据えつつ指を弾く光景を頼もしそうに見ていた。
携行品を失い、オラクルも三発の散弾によって尽きた。捕捉された上にネタが割れたステルスフィールドももう使えない。なら―
「…サービスだ。俺の能力のもう一つ見せてやるよ…糞アラガミ」
リグ―血の力である「孤高」発動。
解放。
…。
透神はその光景を前にこう思う。世界はまだまだ自分の知らない事ばかりだと。
大海を知っても尚足らぬこの世界。
「知の底」は果たして。
どこにあるのか。