G・E・C 2  時不知   作:GREATWHITE

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第81話

 

 

透神は自身の血痕を追われないように「二体」の追跡者から一旦相当の距離を引き離す。自身の血は酸の液。近接攻撃を浴びた際の返り血はカウンター攻撃としては非常に強力。相手は十二分に脅威と認識したはず。だが、裏を返せば滴り落ちた自らの血液が溶解させた地面は相手にとって格好の追跡、または現在位置を把握される目安となりうる。

 

加えて。

 

自分が初めて手傷を負い、流れ出た血液はたっぷりあの巨大で奇妙な侵入者に現在付着している状態。自らの体液の予想外の威力は確かに僥倖であったが、それを霧散化する前に採取されるとなれば話は別。コア程ではないとはいえ残留した体液の組成を調べられた場合、「アラガミ」としてのある程度の自分の情報は洩れるだろう。

自分のルーツの近似種をはじめ、偏食傾向等―それを基にして人間が行う「対策」はいずれ自分を窮地に追い込む、若しくは支部内での更なる行動の自粛を強いられる可能性は高い。

 

先程の戦闘を通して確かに今回の侵入者の大量の情報を得た。教訓も得た。しかし逆にアラガミである自らもまたある程度の情報源を「暫定的」ではあるが人類側に奪われているのもまた事実。それを研究、精査、情報共有でもされたら下手をすれば致命傷になりかねない情報量の流出の危機に瀕している。

 

よって透神の行動指針は変わらない。攻撃続行だ。…丁度結合崩壊部位からの出血も止まった。いざ攻撃を再開―

 

……!?

 

 

再び攻撃姿勢を構え、活動を再開しようとした直後の彼の視界に飛び込んできたのは暗い水脈内を眩い閃光で照らすと同時、軽快な風切り音を伴って飛来した数発のオラクル弾頭であった。

 

ビスッ!

 

それが透神の体に再び着弾。

 

…!

 

その狙いはお世辞にも正確とは言えず、被害は限定的。ほんのかすり傷程度だ。しかし、浅いとはいえ再び負った着弾箇所の部位からの出血は当然避けられない。

 

ぼたたっ

 

それが再び透神の足元の地面に付着し―

 

シュウウウウ…

 

湿気の伴った煙を巻き上げつつ地面を溶解させる。

 

…!!

 

彼は改めて悟る。己が自己防衛のために適宜進化し、手に入れたこの強力な酸の血液の想定外の威力を知ると同時、今後の「付き合い方」も考えては行かなければならない事を。

強力な武器ではあり、敵にとっては確実に脅威であることには違いない。が、逆に扱い方を間違えれば、不可視である自分の位置を特定される「マーカー」にもなりかねない諸刃の剣であるのだと。

 

 

一方―

 

「…手ごたえあり!!」

 

煙を噴き上げる愛機の砲筒を軽く振り払った小柄な少年―リグは軽快にそう言い放つ。

 

「…こちらもです。浅いですが…十分でしょう。少なくとも『現状』では」

 

リグの傍らにて佇む巨大で無骨、感情の感じられない表情をした蒼の巨人―神機兵ブルーローズの内部から対照的な程澄み切り、慈愛のこもった女性の声―ナルの声も響く。

その巨人の両腕には先ほどまで長剣形態であったはずの神機が銃形態に変形されており、その砲筒からも硝煙が立ち上っている。神機兵の神機は可変型。遠距離攻撃も可能なのだ。

 

「じゃあ…ナル姉?」

 

「ですね。リグ…。逃げましょう!!」

 

一人と一体はお互いに顔を見合せたと同時頷き、地下水脈通路内を全速力で透神の居るであろう方向から背を向け、駆け出す。

 

 

…!!!

 

透神に戦慄走る。己の偏食場範囲内に捕捉しているこの二体の侵入者の気配が急速に離れていることを察知したからだ。これは彼にとって正直言ってまずい。最悪の展開である。この侵入者にまともに戦う気はないのだとはっきりと感じ取れる迷いの無い振動、逃走速度を前に―

 

…!!

 

 

ずるり!!

 

透神は初めて己が後手に回ったことを悟りながら出遅れた自分の体を前に進める他ない。

 

この獲物の行動の意味は一つ。EMPパルスの影響範囲外にいち早く逃れる腹だ。つまり通信機器の復活圏内まで逃れようとしているということ。これは詰まるところ透神にとって最悪のシナリオ、今日流出した己の情報が完全に敵―人類側に共有されてしまうということに他ならない。よって今は追跡し、影響範囲内に相手を留めなければならない。

 

しかし―

 

ビスビスビスッ!

 

……!!

 

それ即ちこの鬱陶しいオラクル弾幕の間合いに入らざるを得ないという事でもある。確かにこの暗闇の中の上、おまけに不可視の目標に向けて放っているのだから狙いは無いも同然の牽制射撃、当たれば儲けという照準だ。嫌がらせ程度のもの。おまけに神機の全射撃の中で最もオラクル消費の少ない連射の利くアサルト弾頭なので威力も低い。与えるダメージも当然限定的。しかし、この一本道の狭い地下水脈内では透神の巨体で全弾躱し切るのは至難。ある程度の着弾は避けられない。結果、透神の体には避けようもないスクラッチダメージが蓄積されていく。それがまるで足跡の如く点々と足元に透神の血液が付着→溶解という位置、行動痕跡となっていくのだから溜まらない。これではせっかくの不可視の体のアドバンテージをフイにしかねない。

 

こう考えると先程初遭遇の際に身を呈して同行者―リグを守り、同時命がけで情報を奪取した神機兵―いや、ナルの行為がどれだけファインプレイなのかが解る。

 

……!!

 

透神はもうなりふり構っていられない。自分の血液で現在位置を捕捉されようが構わず肉迫し接近戦でケリをつける他ないと判断。追跡速度を上げようとした―

 

が。

 

 

タァンっ!!!

 

 

チュイン!

 

 

……!???

 

―直後、その透神の下した己の行動指針をあっさり慎重に再検討せざるを得ないほどの快音が響き渡る。重厚な反響音を数秒程にわたって水脈内に残したその弾頭―リグのスナイパー銃身の狙撃弾が透神の側面、数センチを掠めていった。直撃すれば深手を負いかねないその弾速、貫通力に戦慄する他無い。

 

 

その十数秒前―

 

逃走中のリグ、ナルのやり取り。

 

「リグ」

 

「?」

 

「スナイパー銃身に切り替えて狙撃弾を」

 

「…良いけどさ。あれ。消費でかいぜ?暫く俺の方はアサルト銃身でもまともなタマ撃てなくなる」

 

ショットガン散弾程ではなくともスナイパー銃身の狙撃弾一発のオラクル消費量はブラスト砲身を除く他三銃身―つまりリグの愛機ケルベロスの使用可能の弾頭の中ではかなり高い部類に入る。その代わり威力、射程共に文句なしであるが、本来相手を完全に捕捉、目視した状態で敵の弱点部位を遠距離から射抜くコンセプトの弾頭だ。少なくとも見えない相手、おまけに周囲は暗闇とまともに照準も定めることの出来ないこの現状においそれと放っていいシロモノではない。ただでさえ今はオラクル回復をリグは解放時の僅かな自然回復に頼っている状態だ。オラクル補給のためのアンプルをはじめとした全ての携行品を無くした現状でその悪手としか考えられないナルの提案に当然リグは訝しげである。が―

 

「良いんです。当たらなくて」

 

あっさりとナルはそう言い切った。そのあっけらかんとした言い草に一瞬リグは苦々しそうな顔をする。しかし―

 

「…ま。狙いは大体わかるけどサ」

 

「んふふっ」

 

「…ナル姉ってさ。意外に戦闘を楽しむタイプだったんだね」

 

「失望させちゃいました?」

 

すこしバツが悪そうにナルは呟いた。軍人としての経歴は長くともアラガミとの戦闘においては駆け出しである彼女自身も今回、自分の意外な一面に気付き、戸惑っているのかもしれない。念願のアラガミ戦闘の最前線に漸く立つことの出来る力―いや、資格と立場を手にした自分の高揚を抑えきれないのだろう。

 

「いや。…いいね」

 

そんな彼女の複雑な感情を察し、リグは嬉しそうに笑って首をふる。自分もそういう経験が無かったわけではない。かつて自分にとって最も大事な存在を奪った理不尽な連中を葬れる力を手に入れた時の自分も今の彼女に似た感情を抱いていただろうから。

 

一秒を争う攻防の中でこのあまりに無駄なやり取りはその実、両者の色んな思いの交錯する濃密な時間であった。この戦闘、そして両者の人生双方においても。

 

 

そして現在―

 

「…撃ったぜ。手ごたえはナシ。そんなアマカねぇわな」

 

「いえ充分です。此方の新たな手札を前に十二分に『脅威』として認識したはず。追跡の手…弱めますよ」

 

「…ならいいけど。くそ…カラだ。オラクル充填するよ、暫くそっちだけで牽制お願い」

 

「いえ。弾切れだからこそ出来ることがあります」

 

「?」

 

「リグ、そのまま空弾頭で構いません。撃ってください。ただし…」

 

「…?…!!ああ~なるほど」

 

リグはナルの意図を瞬時に察した。正式な実戦、共闘はほぼ初のはずの両者だが元々師弟関係とも言っていい間柄故に呼吸は合っている。

 

「気づきましたね?では…いきますよ」

 

阿吽の呼吸は意図の詳しい言語化をせずとも二人の行動に直接反映される。

 

 

ダンッ!

 

ザリッ!

 

 

……!!

 

お構いなしに突き進むにはあまりに看過できないほどの強烈な一撃が側面を通過していった直後、ナルの推測通り追跡の速度を緩める他なかった透神の苛立たしい心境を嘲笑うかのように前方から更なる発砲音が断続的に響く。透神は思わず身構え、着弾に備えて防御姿勢を調える。が―

 

…?

 

前方からオラクル弾頭が来ない。「発砲音」だけなら先程まで弾丸が雨霰と降り注いだ時分より数は上だ。なのに一向に一発も透神の下に弾頭が来なくなった。しかし替わりに前方から今度は―

 

ギャリッ…!!ガリりっ…!!

 

何か重いものを引きずる様な音が発砲音の合間を縫って響くようになった。先ほどまでの牽制射撃に加え、始まった新しい「音」―即ち逃亡者の謎の行動。追跡を続けるとその音の正体が地下水脈の壁、床、地面に何か尖ったものを引きずらせた事によって生じたものであることが解った。恐らくあの巨人が携えた巨大な剣の仕業であろう。

しかしその目的は―?地面や天井を崩壊させて追手の追跡を阻む障害物にしようとした―?いや、しかしそれにしては破壊の度合いが妙に中途半端だ。水脈の構造物を破壊、崩落させて瓦礫を敷くと言うほどの物ではない。そもそも基本、偏食因子でコーティングしたアラガミ防壁でも無ければただの壁、石材などアラガミ、とりわけ中型、大型に属する連中にはバリケードどころか、陸上のハードル程度にもならない。捕食しながら突き進むまで。つまり無意味だ。しかし―

 

ダンッダンッ

 

ギャリーーっ

 

ダダダン

 

ギャリっ!

 

無駄な、無意味な行動を連中が尚も続けていることを示す音が尚も前方より響いてくる。

 

 

…「無意味」?よく考えろ。それは在り得ない。

 

 

透神はそう自問自答した。そうだ在り得ない。「意味のない行動」などするわけがない。此度の侵入者が。何故なら自分がそうだからだ。この侵入者はある意味で酷く己と似通ったところがある。

 

ギャリッ!!ギャリリリ~~~ッ!

 

尚も断続的に前方から響くこの「音」が透神の更なる苛立ちを煽る。既に透神は理解していた。この「音」には明確な何らかの「意志」「意図」がある―しかし分かってはいても現状透神にはどうしようもない。迂闊に近付けないうえにこの相手の行動を止めさせることもできない。

 

その打つ手の無さが―

 

 

…。

 

 

ぴた...。

 

今逆に透神を冷静にさせた。追跡の足を完全に止め、被弾によって生じた自らの傷口から滴り落ちる血液、それによって溶解していく地面を眺める。

 

シュッ…ジュウウゥ…。

 

先程まではこの光景が疎ましくて仕方がなかった。しかし今は透神は努めて冷静にその光景を受け入れていた。

 

…。

 

 

 

 

 

「…っ?…!?」

 

「ナル姉?」

 

突如奔走していた神機兵が大きな手を広げ、リグの目の前でスムーズな動作で制止。非常に柔軟で自然な動作。恐らく一般兵レベルでは例え相当の修練を積んだとしても達せない境地であろう。「センス」と一言で片づけてしまっても問題ないレベルの鮮やかな駆動である。それ故に―

 

「……」

 

そのあまりに乗り手の優秀さを体現してしまうその柔軟な駆動は否が応にもその乗り手の心理状態すらも如実に反映してしまう。まるで神機兵そのものがナルになってしまったかのような錯覚を覚えるほどの人間臭い精密な動作に感心すると同時、その挙動にリグにも緊張が走る。

 

「…リグ。注意を。様子がおかしいです」

 

「…だな」

 

一人と一体は構え、後方の暗闇を見据える。

 

つい数秒前、正直勝負の天秤はリグ、ナル側に傾いたと言って過言ではなかった。しかし現在後方から発せられる歴戦を潜り抜けた者にのみ察知できる実体無き物―言うなれば「不穏」を感じ取った一人と一体はその正体、即ち追跡者の意図を推し量る時と判断し、足を止めた。

状況を考えれば足を止めるなど愚策、逃げ続けるのが得策だ。しかしその「得策」が逆に「愚策」になりかねないと今彼らの本能が告げている。そしてそれは決して間違いではなかったことが数秒後証明される。

 

 

ズッ……

 

 

「…!?」

 

「あ…!?」

 

 

足を止め、ノイズを排した結果、いち早くこの「異音」の正体に二人は気付けたからだ。

 

ザザザザザッ……ドッドドドッド…!!

 

これは。

 

水の音だ。それも大量の。

 

 

そうここは地下水脈。有事の際の砦であり、同時要人の脱出ルートだった。そこがどこに繋がっている?

 

そう。それは外。香港支部の内外に広大に拡がるもの―

 

 

…海だ。

 

 

 

透神は滴り落ちる自らの大量の血液とオラクル細胞の侵食、捕食行動により、人類にとっては堅牢であってもアラガミにとっては所詮薄布同然の地下水脈の厚い多重構造の外壁を易々と掘り進み、決壊させて大量の海水を地下水脈に浸入させたのである。

 

「……!!」

 

「やっろぉ……!」

 

大量の海水を迎え入れるにはここの地下水脈の通路はあまりに細く狭い。水流の勢い、速度は瞬時に通常の人間が走る速力など超え、浴びるだけで転倒、当たり所が悪ければ内臓破裂を引き起こすほどの質量をともなった濁流、津波と化している。それ程に高速に流れる水、重さというものは強大である。

 

ただし、それはあくまで「通常の人間」相手であればの話であるが。

 

「リグこちらへ!」

 

「おうよ!」

 

ナルは即時リグを神機兵の肩に乗せ、自らをバリケード代わりにしてに水流を堪える。水脈内は既に完全に足元が水浸し、更に秒刻みで水位が上がっていく。だが水脈内の空気はまだ完全に押し出されてはおらず、神機兵の肩の高さまで登ったリグは十二分に呼吸が確保できる状態だ。

 

 

「ナル姉!そっちは!?」

 

「…。大丈夫!少し破損個所から浸水していますがこちらも呼吸は問題ありません。ですが念のため…リグ!?しっかり掴まっててくださいよ!?」

 

ドスッ!

 

天井に神機刀身を突き刺して水脈天井付近に機体を固定、さらなる視界とリグの為の呼吸を確保する。

 

「無茶しやがる!!」

 

神機兵の肩にて眼下を流れていく濁流を忌々し気に見つめながら毒を吐くリグに冷静にナルはこう応える。

 

「ええそうですね。でも…これはある意味チャンスです」

 

「やっぱやんの…?」

 

「ええ。折角あちら自らわざわざ『助け舟』を用意してくれたんです。利用しない手はないでしょう?」

 

「…泥船どころか泥水なんだケド」

 

「クスクス…行きますよ。…大きく息を吸って」

 

「…はいはい」

 

「1、2、3!!」

 

一人を乗せた一体は何の躊躇いもなく眼下の濁流に飛び込んだ。

 

 

「……」

 

最初の透神の血液の直撃により破損していた神機兵のコクピット内はほぼ瞬時に水で満たされる。しかしナルの表情に焦燥の色はない。

 

―つうっ…!

 

肩の負傷箇所に海水は少々沁みるが許容範囲。痛みを噛み殺す様に愛用の軍帽を流されないように口で銜えつつ、巧みに水流内で神機兵を操作し、また同時無理に逆らわず流されていた。

 

―思った以上に水流が早い…。でも流してくれるのであればこちらにとっては願ったりかなったりです。これで私たちを溺死、最悪追い出せるだけでもいいと考えた―という所でしょうか。

 

酸素の供給源を断たれながらもナルは冷静に相手の狙いを推し量る。彼女の冷静な体内時計は空気切れのタイムリミットまでの時間をただ冷静に刻むだけだ。

 

酸素欠乏により行動に阻害が出る段階。

 

判断能力が鈍りだす段階。

 

意識が混濁する段階。

 

意識を失う段階。

 

―死。

 

 

年々、日々積み重ねたギリギリの鍛錬の中で培った自分の限界点を段階的に冷静に頭の中で反芻しつつ、彼女は尚も思考を巡らす。タイムリミットに決して余裕があるわけではない。でも余裕が無いわけでもない。それほどに彼女は日々の自分の研鑽が柔な物ではないと自負している。今はそれよりも―

 

 

―私の事よりも。「そんなこと」よりも。

 

…リグ。

 

 

彼女の意識は既に守るべき対象に全精力を傾けていた。それを「彼」も解って居た。

 

―問題ねって。俺だってGEだぜ?

 

直接水流の中に晒されながらも機体に掴まり余裕の表情でリグはナルに応える。強がりよりも自信の割合が強いその表情にナルもほっと胸を撫で下ろす。そうだ。リグだって師として柔な鍛え方をさせたつもりはないのだ。

 

頼もしい弟子の姿に安心したナルは駆動に集中。激流内でも器用に神機兵の巨体を滑らせて逃走を継続。パルス範囲外までもう間もないだろうと判断。通信機器の復活と同時即、手短、簡潔、そして正確な情報発信に備えて思考を巡らし始めた。

 

…「弛緩」「気の緩み」というには余りにも酷な…ほんの僅かな「空白」であった。

 

 

 

ゴォッ!!

 

 

「…グブッ!?…!…!?」

 

―…!?

 

異変は起きる。神機兵に掴まっているリグの体が真横に反れるほど、そして神機兵内のナルにもハッキリと感じ取れるほどに―

 

―な、にがっ…!?

 

水流の速さ、重さ、圧力が激増した。神機兵の巨体ですら上体を保っては居られない程の激流がナル達を襲う。同時水嵩も瞬時に増し、完全に水脈内は水に満たされた。尚それでも水流が緩む気配がない。超大型の洗濯機の如く渦を巻く中でまるで木の葉のように神機兵の巨体が水脈内を舞う。そのなかで必死に神機兵を駆り、緊張と突然の状況の逼迫に比例し、増した己の酸素消費量を全く意に介することなくひたすらナルは―

 

―リグ!リグ!!リグ!!

 

この水流に直接晒されているであろう可愛い弟子の身を案じる。なぜなら既に―

 

 

 

ゴボボボボボッ!!

 

「ぐっ…」

 

―…。

 

リグは水流によって神機兵から弾き飛ばされ、掻き回されて水脈内の天井、壁、床に数度激突。意識を失っていたからだ。この水流はもはや人間の水中に適さない体構造でどうこうできるものではない。GEの強靭な肉体も例外ではなかった。

 

 

 

―嫌っ!!リグ!?何処なの!?

 

 

血眼になってナルは彼を探す。水脈内の泥や沈殿物は既にほとんど洗い流され、周囲の海水の透明度は比較的高いがこの暗がり、そして竜巻の如き奔流に晒され、ナルは思うように流されたリグの姿を捕捉出来ない。

 

「グブッ!ヴうううううううっっっ…!!」

 

しかし彼女は諦めない。

 

ナルは水流の水圧によってなかなか思うようにならない機体を強引に転換。水圧に震える神機兵の腕を強引に可動。文字通り指一本を動かすことすら困難な水流の中、その指を強引に神機銃形態のトリガーに潜り込ませ、引き金を引いた。

 

バグっバグっ!!

 

空気中よりくぐもった二つの銃声とともに二つの弾頭がまるでホタルのように赤い蛍光色を放ちながらプカプカ水中を漂う。照明弾だ。淡く照らし出されて視界が拡がった水脈内を神機兵は再び駆動する。

 

「ぐっ…ゴボぶっ」

 

―…!!!!

 

無茶な機動を繰り返したナルの体内酸素量は既に限界に近い。チアノーゼを引き起こしながらも必死の形相で口に咥えた愛用の軍帽を噛みしめ、悪い予感を噛み潰す様にナルはリグを探す。

 

―…!!リグ!

 

そんな彼女の執念が実る。思わず頬が緩むほど愛しい愛弟子の姿を確認。上体は力なく流され、あちこちをぶつけた結果負った裂傷によって若干出血しているようだが…

 

―流石です。無意識に受け身をとっていましたね!?

 

傷は彼の体から漂う血液の量からして浅い。後は呼吸だ。いち早く外に連れ出して酸素を吸わせたい。

 

―...邪魔!!

 

神機を惜しげもなく捨て、正確には最早「神機兵」でなくなった事も意に介することなくナルは水流の中で目一杯機体の両手をリグに向かって力強く伸ばす。反面彼の体を握り潰さない繊細な手付きでリグの体を神機兵の指で絡めとり、同時彼女は悟る。

 

―…生きてる!…ああ…よかった!

 

掴んだ彼の体から感じ取れる体温、鼓動。機体を通しているはずなのに彼女はそれを余すことなく感じ取れた。そしてまるで初めて我が子を抱いた母親の様に両手で世界の全ての理不尽から守るかのごとく包み込む。

 

 

…彼女は気付いていた。

 

確かに気付いていた。しかし敢えてその行為を優先させた。自分が彼を助けるためにした「行為」全ての「意味」を。

 

そして理解していた。

 

世の理不尽そのものとも言える存在がその「愚行」を見逃さないことも。

 

ズッ...

 

突如水脈内の水流が弱まる。代わりに―

 

 

ズズズズズッ…!!

 

 

巨大な物が水中を進む際に生じる全くもって異質な水流が二人に迫っていた。

 

 

 

 

…そこか。

 

 

 

 

直前水脈内を赤く照らし出したナルの放った照明弾―それは他でもなく神機兵、つまりナル達の現在位置を指し示す標となり果てる。

 

透神は既に…リグを抱き抱えたナル―丸腰の神機兵の背後に肉迫していた。

 

「…」

 

ナルはリグを両手に抱いたまま無言のままちらりと振り返る。見えない相手が既に自分の背後を取っていることは百も承知で。そして冷静に自分の考えを頭の中で分析する。ここまでの戦闘、経緯そして…「現状」を踏まえて。

 

「酸の血液」

 

「水流、水圧の急激な上昇」

 

そして―

 

 

 

 

「現在確認、肉眼で『視認』できる目標の『形状』」

 

 

 

 

地下水脈内を満たした水流、流れは本来見えないはずの透神の形を朧気ながら現在写し出していた。

 

 

…。

 

それを透神は自覚している。しかし今は特に何の感情も浮かばない。焦燥もない。何故ならこれから即「口封じ」を行う相手に情報を出し惜しみする必要もないからだ。それをナルも知っている。しかし冷静な彼女の脳は考えることを止めない。愚直に得た情報を分析する。

 

 

「酸の血液」―これを得た時点である程度の推測は出来た。似たような武器を扱うアラガミ近似種が存在している。

 

グボログボロ。

 

扱う酸の威力は桁違いに高く、グボログボロの様に鼻腔部分のみに貯蔵され、血液としてではなくただ攻撃のみの手段として扱われているわけでないがその色、用途共に類似点は多い。

 

 

そして先程の「水圧、水流の急激な上昇の原因」。これは現在「視認」できる透神の形状よりわかる。

 

近似種がグボログボロであるという仮説から予想されるこのアラガミの分類は「水棲型」か「水陸両用型」。よって魚類、両生類、もしくは爬虫類を模した形状であることは想像に難くなかった。つまり「尾」を持つ可能性が非常に高い。その予測が眼前で裏付けが取れる。

 

―…体長の大半を占める巨大なこん棒の様な尾…それも「陸上で上体のバランスをとるための尾」というよりも水中で水を掻き、推進力を生むための形状…。ワニ…いえ魚類と爬虫類の中間生物、より原始的な両生類に近いアラガミ…それが光学迷彩を纏った種に進化した、といったところでしょうか…。

 

そしてこの尾をまるで扇風機の様に回してトルネイドの様なあの激流を生み出し、侵入者二人の自由を奪い、それに乗じて元々水中に適した流線型の体を細い地下水脈内でも優雅に滑らせて泳ぎ、流された二人に今楽々と追い付いてきたのだ。

 

両生類の形状を持ったアラガミと陸上を二足歩行で歩く人間の体構造をもった神機兵では水中ではどちらに分があったのかは火を見るより明らかである。

 

しかしリスクもあった。水中内では動き、水流を伴うことである程度自らの接近、そして何よりも形状が相手に把握されてしまいかねない事だ。「透明」というアドバンテージを失うリスクは出来る限り避けたかった。しかしそれは今回に限り無理だった。それ程に今回の侵入者は今までの連中と格が違うと透神は認識したのである。

 

よって彼は今初めて姿を「晒した」。

 

透明、見えないという己の最大の「誇り」を捨て、「初めての脅威」を前に鎌首をもたげる。

 

巨大な水流を巻き上げつつその体を水中で大きくくねらせる。

 

初めて自分にこれ程の手傷を負わせた強大な敵に対する敬意等微塵もなく、ただ己の恪の違いを見せつけるように。

 

 

 

…その、

 

巨大なオオサンショウウオの如き体躯を。

 

 

 

判明したその大きさは優に中型種を超え、大型種に分類されかねない大きさに達していた。

 

 

そして透神は見据える。初めて自分の姿を見てしまった者に代償として「永遠の沈黙」という代価を支払わせるために。その為の目標はすでに決まっていた。見定めていた。

 

 

コポコポ…

 

この奇妙な巨人の破損した背部より僅かに漏れ出すこの空気。

 

 

透神は既に悟っていた。理解していた。この意味不明、理解不能の出会った事のない存在、神機兵が何故今まで穴が開く程観察してきた人間の行動原理と似通うのかを。

それは至極単純な事だった。

 

 

そこに「人が居る」からだ。

 

其処に「人の心とやらが宿っている」からだ。

 

そんな存在が今までの人間の行動パターンと似通うのは至極当然のこと。

 

 

だから。

 

不測の事態に慌て、動揺するのは当然の事。

 

そして。

 

仲間を想う、かばうのは当然の事。

 

 

時に利を捨て感情に走る。それが全ての間違い、破滅に繋がることを知っていてもそれを止められない、止めることが出来ない生物。それがヒト。

 

所詮―

 

 

 

自分に比べればはるか未成熟な生命体だ。

 

何も知らず、何も知らせることも出来ずに今までと同様―…朽ちていけ。

 

 

 

 

 

 

 

ずぶっ!!!

 

 

 

 

巨大な尾で背部を突き刺された神機兵の破損した背部の穴より―

 

 

空気を伴いつつ紅い液体が漏れ出し、水中を染めていく。

 

 

 

 

 

 




…。

こん棒の様な尾で叩き潰し、上半身がひしゃげた神機兵が力なく水中を漂うのを無感動に睥睨しつつ透神はこの「巨大なゴミの始末」をどうするべきかを考え始める。完全に戦闘不能にしたとは言えこれを人間に回収されては困るからだ。付いた体液、破壊の度合い、透神にとってはゴミでも人間にとっては情報の宝庫だ。

最早原型を留めてはいないだろう「中身」は喰うとしてこの「ガワ」は一旦は巣に持ち帰る必要がある。透神は短い両腕で神機兵を掴み、そして―


戦慄した。


……!!??



驚くのも無理はない。まるで「がらん」とでも音が鳴りそうなほどに神機兵の正面、腹部から胸部にかけての大部分がぽっかりと空洞状態になっている光景を目にしたのだから。

神機兵はオラクル細胞で構成された人工筋肉を柔軟に動かすために体液を流動させて伸縮、駆動をしている。よって生物と同様、破損個所からは赤い血液が噴き出す。

つまり今この水中を染めている血液は神機兵の上半身ごと叩き潰された「中身」から生じたものではなかったのだ。では肝心の「中身」はどこに―?

…!!!

そんな透神の疑問は即解消される。彼の正面、深紅の神機兵の体液で満たされた水中が眩く黄金に光輝いたからだ。


―……。また、俺は…。


助けられたのか。


そこには今にも泣きだしそうな悔恨の表情を浮かべたリグが…解放状態になった姿であった。

先程も述べた様に神機兵の体はオラクル細胞で構成されている。つまりGEがその体組織を捕食すれば―


…疑似的なバーストを引き起こすことが可能。


神機兵を透神が尾で叩きつぶす直前、神機兵の腕、いや、ナルのも同然の両腕の中で息を吹き返したリグは神機兵のコクピット内で既に意識を失っていたナルと一緒に腹部ごと捕食形態で喰いちぎった。

それだけではない。

普通の人間の体など易々と食い潰してしまう圧倒的な咬筋力を持つ神機の捕食形態を神業とも呼べる加減で神機兵の腹部だけ荒々しく食い破り、反面コクピット内のナルを全く傷つけることなく、まるでか弱い雛鳥を包み込むような繊細さで彼女を外へ引きずり出したのだ。

そして今も。そのあまりに剣呑、凶暴な風貌をもった捕食者の咢の中にあまりに矛盾した慈愛に満ちた力で一人の女性を銜え―…否、抱きかかえていた。


……!!


生まれ落ちて今まで他者を餌、利用価値、謂わば状況を構成する「要素」のみとして見なさなかった透神にとってあまりに意味不明、理解不能の光景。さしもの透神も気圧され逡巡。
それをリグは見逃さなかった。

もう一度繰り返すが神機兵は「捕食可能」。即ち―


ガコン…


…アラガミバレットの補充が可能だ。


……!!


その不吉な異音を前に自分が現在あまりにも軽率かつ無防備な状態であることを透神は悟ったがもう遅い。

しかし―


「……」

かつての彼(リグ)ならばこの千載一遇の好機を容赦なく他者への攻撃、害意に変換し引き金を引いていただろう。しかし今は―

―…。

彼の過酷で非情な半生によって培われた闘争本能、凶暴さを差し置き、理性的、理知的な表情を浮かべ、感情を見事にコントロールした一人の少年、いや青年は左手に抱いた女性を横目で一瞥。いつもと変わらぬ優しいその体温、僅かにその口から漏れる気泡を目にしてフッと笑った。

憤怒、憎悪を抑え、今最も優先すべきことを完全に冷静に見据えた表情であった。

そして。

その銃口の矛先を「敵」ではなく外に向けた。その先はこの薄暗く狭いこの場所より広い世界に向けていた。

そこへ彼は向かう。これは逃げるのではない。進むのだ。

ポウッ!!

リグの愛機―ケルベロススナイパー銃身から放たれた神機兵から得たアラガミバレットは極太のレーザーとなって易々と水脈内の壁を切り裂き、地上にまで現出。返還祭に興奮の坩堝となった香港支部の夜空を彩る無数の花火の側面を切り裂いて夜空に消えた。

―じゃあな。

そしてまるで風呂の栓を抜いたかのように二人の体はアラガミバレットでブチ空けた穴に吸い込まれ、予想外のリグの行動に唖然としたままの透神を残して消えた。








…感アリ。

リグ、ナルの両名、目標アラガミ―インビジブルのEMPパルス影響範囲内から脱出した模様。

現在位置捕捉。

通信に応答なし。

リグ―バイタルに異常無し。

ナルフ―

バイタル微弱。





いや…停止。











ドンッ!!



「…ごっほっ!!かっ…ほっ…ごぼっ!っ…はぁ…はぁ…」



「…」


「…随分…乱…暴な起こし方ですね?私…以、外の女の子にしちゃ…ダメですよ?」


自分の胸の中心に握りしめた左手の拳をうち据えたまま俯いているずぶ濡れの少年の頬を優しく女性―ナルは撫でる。



ビクトリア湾上空にて満開に咲く祝砲の音が響く下。

掻き消えそうなほどの小さな少年の嗚咽がビクトリア湾海上に響いていた事を祭典に浮かされた人々は知るよしもない。




少年の濡れた頬のなかで。

つい先程まで止まっていたナルフの父の形見である腕時計が再び―

時を刻みだす。





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