よろしければ今回もお付き合いくださいませ。
2072年
エノハが欧州クラウディウス家邸宅にてレア・クラウディスと邂逅を果たした一週間後―
英国―ロンドン跡地の廃墟にて
市街戦の後の如き廃墟と化しながらも前時代のファッション、流行、音楽の最先端の発信地であった英国―ロンドンの街並みの面影を残した通りを今や人類は真ん中を行けない。
車の替わりに往来を闊歩するアラガミによって人々は道の隅っこでそそくさと慎ましく歩く他ないのだ。
腕輪と神機を失い、現在正確にはゴッドイーターでは無いエノハも例外では無く、市街地を歩く際はいついかなる不測の事態、急襲があっても即対応できるように気を張り巡らせていた。お陰で異国の雰囲気を楽しむ事も出来ない。
そんなエノハに先行する紅髪の女性―レア・クラウディウスは少し困った顔をして
「大丈夫よ?『あの子達』には貴方が来るって聞かせてこの地域一帯を念入りに『掃除』をさせておいたから。それに・・もう着いたわ。エノハ君。こっちよ」
エノハはレアに促されるまま高架下のトンネルのサイドに在る赤い扉のノブに触れる。
ガチャ
「?」
空かない。
「少しの間触れておいて。貴方の生体認証してるから」
「こらまたハイテクなことで・・」
一見モダンかつレトロなデザインの扉であるが相当な技術が採用されている事が間も無く響いた「ガコン」という妙に重々しい解錠音が示している。
開いた扉の先で下へ向かう地下室への階段が進行方向を示すように順々にやや薄暗めの電灯がつき、エノハを向かい入れる。
ここはかつて旧時代の地下に設営されたライブハウスであった。
現在は外部から見ると朽ち果て、うち捨てられた施設であるが内部は電気、水道、ノルン等の情報インフラ、簡易のオラクル防壁にコーティングされ、最先端の技術が使われた贅沢な「隠れ家」である。超小型規模のサテライト支部と言っても過言ではない。
金はある所にはある物である。
「ふぅ・・無事登録手続きがされていてよかった。さぁ行きましょ?」
「あえて聞くけど登録されていない人間が触れたらどうなるんだ?」
「そうねぇ・・電気ショックで気絶→ウチの職員が保護を名目とした拉致監禁→ここに関する一切の記憶を消した後、最寄りの支部の外部居住区に放置の流れかしら?」
「なんて嫌な流れだ」
「くすくす・・冗談よ。さぁどうぞ・・」
いつもはじとりとした妖艶な笑顔を少女の様にからからとした笑顔に変え、レアはペロッと綺麗な舌を出して微笑んだ。昔は結構お転婆だったのかもしれない。
やはり今のレアは「あの時」とは大違いだ。
この日より一週間前
欧州―クラウディウス家邸宅内にて
「・・感応種?」
手渡された情報端末に羅列された聞き慣れない言葉を口に出すと目の前に居る女性―ラケル・クラウディウスはコクリと頷き、
「・・ええ。つい最近確認された特異な能力を持ったアラガミの新種です」
白衣の下に露出の少ない制服の上からでも解るはちきれんばかりの豊満な肢体を持ち、長い手足、綺麗に整えられたまつ毛の下に妖しく光る蒼い目。ルージュのかかった厚めの艶やかな唇。「妖艶」と呼んで差し支えない程魅惑的な女性である。
もしその表情に誘うような妖しい笑みが携えられていれば、大抵の男は惹き付けられてしまう危険なほどの魅力を持った女性だ。が、現在その表情は彼女の本職である「研究者」としての表情を崩さなかった。
積み重なる問題を前にして熟考、打開策を冷静に見極め、己の次の行動をロジカルに探究する「科学者」「研究者」の視線だ。
レア・クラウディウス博士
26歳にしてオラクル細胞、それに付随する技術分野に置いての世界的第一人者であり、故人である父親―ジェフサ・クラウディウス博士の残した研究と膨大な資産を引き継いだ大物である。
エノハをここまで案内した紺の軍服を纏った軍人の女性―ナルフが言っていた通り成程、早々お目にかかれる立場の人間ではない。
権限だけで言えば彼女は極東を統べる一支部長―エノハの元上司であるペイラー榊にすら匹敵する。
そんな人間から提示されたこの資料に載せられたこの「感応種」という新たなアラガミのデータは冗談にしても質が悪い程、最悪な内容であった。
―強い感応能力、干渉能力を持つ感応波―偏食場パルスを発生させ、範囲内に居る通常アラガミを扇動、誘導する能力を持ち、おまけに
「その強い感応波の影響を受けるのは同じオラクル細胞で構成されている神機も例外ではない・・・?」
「その通り。その影響下では通常の神機は正常に作動しなくなります。つまりゴッドイーターであっても抵抗は不可能。何の抵抗も無駄だったアラガミ発生当初と同じ状況に陥るって事・・エノハ ヤマメ君?例え貴方が、そして貴方の仲間達がどれほど優れたゴッドイーターであっても神機が作動しなければ彼らには対抗できないでしょ?」
「・・空恐ろしい話ですね」
エノハは神機が無い、扱えない時の無力感を知っている。極東支部教団テロ事件の時の事を思い出すと今でも胆が冷える。
おまけにそんなアラガミの存在が公になればパニックは避けられない。フェンリル・・否。人類の矛と盾であるGEが対応できないとなればフェンリルの庇護に対する不信、不安はすぐに恐怖になって最後に恐慌につながる。前時代、出現したアラガミに為すすべなく蹂躙された時代に逆戻りしたも同然。
「・・。『通常の神機は』か・・」
「・・そう。あくまで『通常』の神機、正確に言うと通常の『因子』―現在主流の『P53偏食因子』ではね」
「それに変わる新たな因子がここに書いてある・・『P66偏食因子』ってことですか」
端末を閉じる。大体の内容、意図は把握した。エノハはレアを見据える。溜息を深くついて。
「そして俺をここに呼んだ、そしてかつての腕輪と神機を捨てさせた理由は博士。つまり俺はその因子に適合した・・そういう事ですね?」
神機の換装の技術は日々進歩している。
エノハが配属された当時、存在自体が希少だった第二世代神機使いも第二世代神機自体の開発、運用、データがそろい始めた結果、柔軟性が飛躍的に向上している。
適合者の増加、適合試験の安全性の増加、そして第一世代神機の第二世代神機への移行もその一つだ。
神機技術の大幅な革新。人類がまた一歩絶滅からの崖っぷちから一歩前に進んだのを遮る様に天敵であるアラガミもまた形を変えた。感応種という答えを出して。
そしてまた人類は答えを出す他なくなった。生き残る為にはアップデートを行う他ない。
アラガミが出現した、神機が発明された、アラガミが進化した、そのアラガミに対抗する新たな対抗策が必要になった。
この堂々巡りの最先端―それがこのP66偏食因子。通称「ブラッド因子」と呼ばれているらしい代物の様だ。
「私達はP66偏食因子を運用した神機―第三世代神機に適合した人間を急ピッチかつ秘密裏に集める他なかった。そしてエノハ君?貴方は第三世代因子に適合した人間であると同時にゴッドイーターとして文句無しの実績と経験を併せ持っている希少な人間。私が探し求めていた人なの」
「・・・」
こんな美人にこんなセリフを言われても嬉しくないのは何故だろう。
何しろかつてより存在は確認されていた因子らしいが、適合確率が現在のゴッドイーターに投与されている主流のP53偏食因子より格段に低く、未だブラックボックスの多い未知の偏食因子、とされている。
適合試験の際のリスクも格段に高いと考えるのが自然であり、おまけにエノハの場合第二世代神機からの換装の為、彼の体内に残るP53偏食因子に適応した彼の体に新しい因子を埋め込む場合の副作用、拒絶反応も懸念される。
「リスクしかない」と言っても過言ではない。
おまけに連れてこられた今の所の経緯も経緯だ。
しかし。
受け入れる他ないのだ。
大事な少女の顔が頭の中でちらつく。
「解りました」
エノハはそう即答した。
「・・全ての疑問、不満、憤りを呑みこんであっさり受け入れてくれるのね・・」
「GEとして求められた、必要とされた場所に行く、任務に赴く事に関しては色々覚悟してきたつもりです。状況に伴って何か新しい問題や課題を克服する為に受け入れなければならない事も。第一『交渉』などさせる気もするつもりも無いでしょう?少なくとも俺がこの『前提』を受け入れない限りは」
「・・耳が痛いわ」
「それに」
「それに・・?」
「GEとしてではなく一人の人間としてこの状況を看過できません」
「・・ありがとう」
レアは微笑んだ。申し訳なさそうな顔をようやく緩ませて素直な笑顔を見せた後、すぐさまその表情を引き締める。
「貴方には私が秘密裏に結成した対特殊変異アラガミ討伐部隊のリーダーを務めてもらいます。その名も―
再び一週間後―英国。
「ようこそ。『ハイド』へ」
両開きのドアを開け、レアが歓迎の言葉と共にエノハを招き入れる。ライブハウス跡の埃を被った椅子が乱雑に積み上げられた観客席を隔てた向こう側の舞台上―そこには四人の人影があった。
そのシルエットは例外なく
幼い。
ゴッドイーターの適性年齢は十代始めから20代後半ぐらいまで。その区分で言っても確実に最年少クラスと思われるシルエットがエノハの眼に映る。極東支部で現在16歳のコウタよりも恐らく年下だ。
そのシルエットを無言でエノハを見つめていた。
クラウディウス家が出資している養護施設―マグノリア・コンパスからレアによって選び抜かれた少年少女四人―ハイド・チルドレン。
「ママ・・その人が?」
薄暗いライブハウスの照明の中で照らされた艶のある腰ほどまで在りそうな銀髪を後頭部で「すすき」のように結え、しなやかな細身の少女が一際光る大きな薄めのオリーブ色の瞳を爛々と輝かせ、暗闇の中で獲物を見据える俊敏な小型のネコ科動物の様にエノハを捉えていた。
やや吊り気味の目、細身でスレンダーな肢体に視覚的にも収縮効果の高い黒一色のパンキッシュなワンピース、ヒールの高いロングブーツという統一性のあるスタイルもそのイメージに拍車をかける。黒猫というには少し大人じみ、かといって黒豹というには少し幼い。少女と女性の中間地を彷徨うような不思議な少女が一人。
「・・・」
チャコールグレイのワークキャップの下にやや灰色がかった癖のない長めの黒髪、深めに被った帽子の唾の奥で光る蒼く鋭い横目でエノハを睨む少年が一人。
客人を前にしてのその「尖っている」事を隠さないその態度にエノハは少し極東に残した彼の「親友」を思い出す。
「ふむふむ・・」
赤茶色の耳の下くらいで切りそろえた髪、愉快そうに細めた緑がかった丸い眼の下にそばかすを散らしてやや大きめの口を左右に大きく引っ張ったアヒル口の悪戯そうな微笑みでじろじろと品定めするように頷きながらエノハを見る少女が一人。
「・・は、はじめまして」
ちょっと頼りなく、親しみやすそうな表情をした目じりの下がった細い目、癖の強い茶色のぼさぼさの髪、そこに惰円形のフレームの無い眼鏡を乗っけ、顎の下には戦闘機のパイロットが着用するようなごついゴーグル、薄汚れた白い繋ぎの作業着を着た少年が四人の中で唯一初対面で緊張している素振りを見せながらエノハに苦笑いを向けていた。
「・・初めまして」
その後に続く最早言い慣れていた言葉、肩書―「極東支部第一部隊長」。
その肩書きを先日失ったエノハは現時点ただ一人の個人。
在るのは親に与えられた名前―
「・・・エノハ、榎葉山女だ。『エノハ』で構わない」
そして
もはや存在しない人間だからこそ必要になる新しく与えられた「偽名」である。
「偽名は『サクラ』だ。覚えておいてくれ」
読了お疲れさまでした。
この四人、P66偏食因子に適合した子供達―ハイド・チルドレンによって秘密裏に結成された「裏のブラッド部隊」―対特殊変異アラガミ討伐部隊―通称「ハイド」がエノハの所属する新部隊になります。
新キャラ四人おまけに新部隊まで出してどうすんだって感じですが。
名前の由来は英語で「隠す」の意味である「hide」と「ジキルとハイド」の「ハイド」よりとってます。
前作執筆時点から結構頭の中でイメージを膨らませ、性格やら外見も漠然と固めていた連中なのですが、はっきり文章化するとなると別次元ですね・・。難しい。
よろしければまたお付き合いくださいませ。
おまけ
当然のことながら。
エノハは自分がここに連れてこられた理由、そして自分の存在を抹消されるほどの理由としてレアに現時点で説明された事が全てとは考えていない。
理由として弱過ぎる。
新たに現れた危険な新神属。
確かにこれ以上ない脅威であるがそれでもこの内容であれば極東支部に極秘に協力を打診し、新たな対応策であるP66偏食因子に適合したエノハを貸してもらいたい、もっと言えば強引に本部権限を使って引き抜けば済む話ではある。
大層な事にわざわざ彼を世間的に亡き者とし、大芝居を打つ。おまけに本人に事前に通知も無しに一方的な脅しで、だ。
この方法では確実にエノハ本人に顰蹙を買う事を理解できないはずはないだろう。
そこまでして秘密裏にエノハをこの女が招き入れたのには恐らく他の理由がある。
そして恐らくそれは酷く個人的な理由であるとエノハは直感していた。レアの部下であるナルフ―ナルが極東でエノハに言い放った言葉―
―・・・非礼は私の命を以て償います。だから・・どうか私の主の力になってさしあげてください。
「主の力」
ナルのこの言葉がひっかかる。全人類の存亡がかかっているこの厄ネタ、問題―感応種に対抗する事を差す言葉では無い。
エノハの目の前で必死に軍人として事務的に、高圧的な演技を直前までしていた彼女が自分の死を覚悟した直後にぽろりと本音を晒したあの言葉。
酷く個人的な懇願。その正体がまだ判明していない。
「博士」
「・・何かしら?」
「ナルがこう言ってました。『全て主から直接貴方にお答えしたい』『対等の立場でありたい』と貴方が言っていたと」
「・・・」
「俺は『前提』条件は確かに受け入れた。だからそちらも全て話してほしい。それがフェア、対等という物でしょう」
「ええ。解っているわ。でも・・・」
「・・でも」
「『私』の口からは言えない・・申し訳ないけど『彼女』に変わってもらうわね?」
「・・ナルにですか?」
「いいえ」
「?」
怪訝な表情を浮かべるエノハから視線をうつ向かせてそらし、そうレアは呟いた後、
れろり・・
危険なほど美しさ、妖しさを持つ艶めかしい上唇、下唇を大きく開いて舌を出す。
そこにはフェンリルの紋章を象った舌ピアスが施されていた。
ゆらり
整った顔をやや傾かせ、どこを見ているのか解らない色を失ったレアの視線が怖気を伴うほど官能的、背徳的で危うい。表情もどこか病的だ。
「・・!」
エノハですら言葉を失い、後ずさるほどの異様な雰囲気。間違いない。今彼女は
「空っぽ」だ。
すっと空っぽの彼女が機械的に先端まで整えられた細長い右手の指先を舌へ運ぶ。その指先に施された異常に長い赤い付け爪の鋭い先端が舌をなぞり、ようやく指先が舌の上に在るピアスを掴んだ時には真っ白な指先に赤い一筋の血が伝っていた。
自傷行為の如きその光景にエノハが珍しく目を痛々しく歪ませた後、ことりと執務室の荘厳なデスクの上に赤い粘り気のある血糊のついたフェンリルの紋章を施した舌ピアスが置かれた。
「ふぅ・・・っ」
気だるげな声、首の据わらないだらりとした振舞い。口の端についたルージュより更に濃い紅い血をペロリと今は何もついていない舌の先端でなぞって「彼女」は視線をエノハに向けた。
「・・初めましてっ。エノハ ヤマメさん?」
あとがき追記
失礼。
オリジナルキャラ五人目です。