甘粕正彦による英雄譚   作:温野菜

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第14話

波のせせらぎが聞こえる。押して、引いて、押して、引いてと波特有の音が蓮の耳を打つ。閉じた瞼の上からは赤い色が見える。開けるのも億劫な疲労感、肉体的ではなく精神的なものから来る疲労。しかし、未だ呆けた思考ではあるが、徐々に蓮は目を開いた。そこに写し出された光景は、見覚えのあるものだった。

夕暮れ時の、黄昏の浜辺。まるでそれは陳腐であるが、何処と無く人の眼を惹き付ける魔性、魅力があるのだ。絵画の一片を切り出したかのような光景、時が止まった世界。現実味の欠けた異常事態、しかし、蓮の素振りに焦りはない。

 

「ここは……」

 

寝起き特有の頭の重さに蓮の眉は顰めるが頭を振り、それらを吹き飛ばす。腕の中にいた香純はいない。それは当然だ。ここに彼女はこれない。蓮にもここがどういった場所かはわからない。夢の世界と言うには些か質量、重みがある。そこいらにある砂を手で握り締めれば、手の中の砂を実感出来るだろう。

もしくは彼女の為に誂えられた聖域なのかもしれない。知らず知らず蓮はその彼女を探しだそうと頚を動かす。たが、それは徒労に終わる。

 

――――血、血、血、血が欲しい。ギロチンに注ごう、飲み物を。ギロチンの渇きを癒すため。欲しいのは、血、血、血。

 

蓮の耳から入ってくるは異国の歌。異国の歌のはず、しかし、蓮には解るのだ。彼女が歌い上げる歌詞が、呪いの言葉が解るのだ。金砂の髪を浜辺から来る風で棚引かせ染みすら見当たらない陶磁の肌、夕焼けの日で煌めかせる。身形は白地のドレスを一枚、装飾品の一つも着けていない。しかし、彼女には必要のないものだろう。本当に美しいものはありのままこそが映えるのだ。だが、何処と無く様子がおかしい。時折と覗かせる憂いた表情、もしくは気落ちしている。澄んだ天使のような歌声を徐々に徐々に萎んでいき、歌を止めてしまう。ただ、浜辺のから押し寄せてくる波をジッと見詰めて立ち竦んでいる。蓮は彼女に声を掛けなければいけないという使命感、情動に動かされ赴くままに声を掛けようとした。

「――……」

 

声を掛けようとした藤井蓮の声帯は止まった。彼は気づいたのだ。今更ながら彼女の名前を知らないのだと。知っていることは断頭台の元で産まれた他者の頚を断つ呪いを帯びし忌み子ぐらいだ。それゆえか、生来持つものなのか、彼女には神秘性、他者に対する不可侵さがある。

 

罰が悪そうな表情に一瞬、顔を歪めるが気を取り直したのか再度、今度は声を掛けた。

 

「キミ、…………大丈夫か?」

 

咄嗟に出た言葉がそれだった。正直な話、蓮は女を慰めると言ったものは不得手である。それでも、彼女を気遣わなければいけないという己らしからぬ感情ゆえか、それを面に出さずに出来ているようだが。彼女は振り返る。眼を瞬かせる。しかしながら表情には陰りが見える。首筋には斬首痕と呼んでいい生々しい傷口があり、蓮は無意識に自分の首筋を触る。そこには彼女と同じの斬首痕、二人一組。

「…………」

 

「…………」

 

お互いに無言。こういうときは男から話題を切り出すのが役目と香純は言っていたな、そんなことが蓮の頭に思い浮かぶ。

 

「……そういえばお互いに名前、名乗ってなかったな。俺の名は藤井蓮。キミは?」

 

「……マリィ」

 

「マリィか……いきなり、こんなことを言うのも何だけど、悩みがあるなら聞くぞ。まあ、俺が力になれるかは分からないが」

まるで意中の相手をナンパしようとしているのかと疑いたくなる物言いだが、蓮にその意図はない。

 

驚き呆けたかのような翠の瞳、口を少し開け、すぐに閉じる。彼女はそれを繰り返す。自分で言いたい言葉が頭の中で纏まらないのか時間を要した。蓮も焦らせることはさせずにマリィの答えを待ち構えた。

 

マリィはナニかを思いだし震える身体を抑えることが出来ない。あるのは疑問、そして――

 

「……レン、わたし、わからないの。アレは何だったの?分からない、分からないよ……。レン、教えて?この気持ちは何?」

 

要領が得ない答え、そんな彼女の返答でもすんなりと蓮には得心したのだ。彼女の聞きたいことが。彼女のアレとは何か?彼女の気持ちとは?イメージが伝わる。生のままに己の思いに従い、誰に憚れようとも行動する人間。人間としての極大。彼女、マリィが指すアレとは……

「――俺の友人だよ。あの馬鹿は。それとマリィ、あいつのことを恐いと思うのも間違いじゃない。……俺も多分、初対面で今のあいつと会ったらびびるだろうし」

蓮の脳内には閃光で包まれる学園、そして背後から押し寄せてくる爆炎と天まで轟かす轟音。同時に最悪の予想、否、事実が現実で起きているだろう。蓮の胸中で渦巻く、憤怒、悲哀、嘆き、自分でも処理しきれない複雑怪奇の思いが巡る。

 

(……あの馬鹿が、何やってるんだよッ)

 

もうどうしようもないことを一人の友人が仕出かした事態にやるせなさを蓮は覚える。時間は戻らない。やり直しなんて出来ないしやってはいけない。それは今、生きている人間を侮辱している行いだから。それこそが藤井蓮の信条。

 

「恐い?恐い……恐い、恐い、あの人は怖いよ……」

 

それは亀裂とはまだ呼べない代物ではあるが、傷としてマリィの魂に刻み付けられたのだ。マリィの恐怖、そして蓮の危機感が同調または共振し、あの窮地を奇跡的に脱出することが出来た。

 

あの時、蓮は無意識ではあるが、彼女を感じたのだ。そして、何よりも、いまここで確信した。彼女こそが奴等と渡り合う為の武器であることを。しかし、葛藤も蓮にはあった。男として、それ以上に彼女をマリィをそんなことに使うべきではないと魂から告げられるのだ。直に対面してより一層に……

――しかし

 

「率直に言えばキミには関わらせたくないのが、俺の思いだ。何よりも怖がっている女を前線に立たせるなんてヘドが出る。……だけど、俺は弱い、無力だ……。今の俺が男の意地で大言壮語を吐こうが、最悪の事態を引き起こし兼ねない。――だから、どうかマリィ……、俺に力を貸してくれッ!そして約束する!何があろうとキミを守るとッ!」

自分自身の無力さを藤井蓮はよく解っていた。彼女を武器として使いたくない。その思いは当然ながらある。しかし、意地をはって守りたい奴等を守ることを叶わず、失って嘆くばかり。後悔後先立たずなんて、ふざけた道理にしたくはない。その蓮の想いを受け止めたマリィは

 

「――愛しい人(モン・シェリ)……」

 

マリィの返事を聞き遂げた刹那、同時に蓮の意識が本当の意味で覚めてゆく。浮上していく意識の中で蓮は最後に言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう、マリィ」

 

 

 

 

耳障りな音、クラブミュージックが大音量で近くから流れているのがドアを隔てて蓮の耳に届いてくる。本来ならば、それほどに気にならないものではあるが、人並み外れた今の蓮の聴力ではただただ不愉快であった。そんなしかめっ面に蓮に対して気軽に飄々とした様子で一人の男が声を掛けた。「よお、お目覚めかよ、大将。気分はどうだ?って言うまでないか」

蓮がその男を視界に納めたときの感想が変わっていない。久しぶりの再会の心情がそれであった。服装がパンクもしくはステージ衣装を思わせるようなもの、口元に煙草をくわえ、煙を吹かしている。どこぞの不良息子かと、しかしながらどうにも様になっているその姿。その蓮の今、目の前にいる男の名が呟かれた。

 

「……司狼」

 

遊佐司狼。それがこの男の名前。藤井蓮と2ヶ月前、殺し合い染みた大喧嘩をやらかし合い、そのまま行方を眩ました友人だった。唐突の再会。当然ながら疑問はあり、知りたいこともある。だがそれよりも

 

「香純は?」

 

まずはそれだった。蓮は香純の安否の確認こそが最優先事項である。あのまっただ中で守りきった自信はあるが、それでも、もしかしたら怪我をさせたかも知れない。そして何よりも蓮の懸念は香純の記憶に殺人を犯したことが残っていないかが心配であった。何故、そんなことを知っているかは、あのとき、学園を脱出しようとした場面で本来あるべきところに力が香純から蓮へと移動したときに、記憶とともに戻ったのだ。連続首斬り事件の犯人が綾瀬香純である事実と共に。蓮は心の底から沸き上がる激情は居もしない神へと罵詈雑言を浴びせたい。何よりも自分自身が許せない。最も自分の近くにいた女を苦しませた現実に。真摯な女の思いを、無意識であろうとも利用したことに。これは罰だ。みっともなく日常にすがり付いた結果がこれだ。非日常に入ってしまったと自覚したなら清算するべきだったのだ。

「ああ?まだ寝ぼけてるのか。向かいのソファーを視てみろよ」

 

そこには先の激動を感じさせない平和呆けた安らかな綾瀬香純の寝顔が晒されていた。それに対して蓮は安堵を覚える。どうやら怪我ないし、恐らくではあるが、力の譲渡と一緒に記憶もないだろう。

 

「安心したかよ?まあ、様式美に倣って久しぶりだな、蓮。元気にしてたか?どうやら面白いことに巻き込まれているらしいな?」

 

 

司狼は薄笑いを浮かべながら蓮へと聞いてくる。何処と無く喜の感情を乗せた声色、勿論ながら蓮は楽しいも糞もなかった。あるのは軽い苛立ちと疲れである。されど、そんな彼には一時の休息も今のところは許されていない。

 

「まあ、まずはこれを視ろよ、お前の知りたいことが粗方、流れているだろうさ」司狼はリモコンを手にしてスイッチを入れる。同時にテレビの電源が付き、画面が写し出される。そこにはニュース速報、お馴染みのキャスターが登場してくるが注目すべきところは其処ではない。番組に出てくるテロップにはこうあった。諏訪原市、自衛隊による市民の緊急避難と。月之澤学園にて放射能汚染、過激派のテロ行為!?北の核弾頭か!?そこに属していた生徒の多数の死亡もしくは行方不明。

 

蓮の視界には何時ものニュースの字幕には現実味が欠けたものが流れていた。馬鹿馬鹿しさなどはなくキャスターもまたは真剣さを感じさせる。

 

蓮の不安は当たっていた。退屈な学園生活、しかし、無くしてはならないものの一つ。それが断末魔の軋みを上げて砕ける音が聞こえた気がした。そして司狼はテレビの電源を落とす。

「と、言うわけさ。これがオレ達の学園で起きたこと。だけどよ、オレも内部で何が起きたかはわかってねえ。で、いまオレの目の前に当事者がいる。蓮、何があった?いや、何がいた?」

 

最初は肩を竦めながらおどけて言っていたが、最後は薄笑いを消して司狼は蓮に聞いてきた。蓮は無言、答えようとしない。理性では話すべきことではない。元より喧嘩の末に縁が切れた。蓮はそう考え、現在も継続中。あちらも似たような考えであるだろう。だけど、例え、縁が切れたと思っていても、わざわざあんな人外魔境の中に司狼(コイツ)を入れるのは死にに行かせるものだ。

 

「おいおい、蓮。何を躊躇ってるかは長い付き合いだ、察しはするが生憎とおまえの事情を弁えて行動するなんてオレはしねぇぞ」

 

司狼は蓮の躊躇いをその言葉で切りかかった。そう、蓮もまた遊佐司狼という男がこういう人間であることを知っていた。物語の主人公は常にオレ。解りやすいし、どんだけ自信過剰なんだよと思いたくもなるだろうが、それは蓮とて同じ。譲れないし、譲らない。蓮は右手の掌を見詰める。ズシリと重みを感じる。いまこの腕には彼女がいる。蓮はそれがわかっていた。そして、異能と呼ぶべき力を行使できることを直感、本能で悟っていた。ここでその能力を使用すれば司狼は引くだろうかと一瞬、頭をよぎったが直ぐ様にそれを棄却した。むしろ反対だろう。嬉々として更なる深みに入るはずだ。断崖の絶壁から猛スピードで突っ込むような男だ。ならばどうすべきか?蓮は短い時間の間にそれを判断し、迷いを切り捨てた。元より己の力不足は痛感している。一人でやるには手が足りなさすぎる。

「……わかったよ。その代わりどんなに荒唐無稽であろうとも疑問を挟むな。全部、事実だ」

 

蓮のその答えに司狼はOKと返事をした。

蓮の語りは始まる。夜に出会った軍服の男女。そこからの襲撃。行使される人間離れした身体能力。一方的に嬲られたこと。翌日の学園にその仲間の一人が転入。そして甘粕正彦との対話。その後の再度の襲撃。突如と昼間から夜へと空間が切り替わる。炸裂する破壊音に、虚空に浮かぶ弾頭。身に迫る危機を感じ学園を脱出。少々略されてはいるが、大体の概要を蓮は語った。

「つまりは、だ。軍服の男と甘粕がかち合ったわけだ。つーか、何だ、アイツも人間やめてるわけかよ?その弾頭はあれだろ?核弾頭なんだよな。テレビ視る限りは」

 

司狼は蓮の話を聞き取り、顎でテレビの方を指す。

「多分、そうだと思う。だけど、甘粕はあいつらのような、いろんなものをごった煮したような腐臭は感じなかった。一人で飛び抜けているとでも言えばいいのか?」

 

蓮も首を捻りながら上手い言葉が見付からずに頭を悩ます。

 

「ふーん、まあ、取り敢えずは聞きたい話は聞けた。――エリー!聞いてたか?」

 

司狼は聞きたいことを聞けて満足したようだ。そして天井端に取り付けられているスピーカーに向けて、一声大きく人物名を叫んだ。

 

「聞いた、聞いた。何て言うのかな……アンタの友達、変わったやつしか居ないわけ?」

 

スピーカー特有のノイズが混じり女の声が部屋に響く。

 

「あれだろ?物語の主人公っていうのはいろんな人間を惹き付けるだろ?あれと同じだよ」

 

「自信過剰……。アンタらしいけどさ。藤井蓮くんも初めまして。あたしは本城恵梨依。エリーって呼んでくれればいいよ」

 

司狼に向けられる呆れ。どうやら二人とも気心が知れたなかのようだ。そして再度、司狼は蓮に向き直る。

 

「で、だ。蓮、おまえも気にはならないか。おまえを襲ったやつらの正体を」

 

「当然だ、あんなふざけた連中を見過ごすことは出来ない」

 

蓮のそれは正義感というよりも気持ちが悪いものを排除したいという嫌悪感から来ている言質であった。

 

「いま、エリーが連中のことを調べてた。一つだけ、明確にするなら連中が所属している団体名だ」

 

そこで二人の男女の声が重なり、その名が告げられた。

 

「聖槍十三騎士団」

 

それがこれから蓮たちが敵対する者たちの集団名であった。藤井蓮もまだまだ長い夜が続く予感を覚えるのであった。




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