その人の過去と言うのは、決して逃れられない宿命のようなものだろう。俺にも過去はあった。忘れたい、でも忘れられない、忘れてはならない。そんな過去が……。
ーーーー5年前
『よせ!やめろ!やめ……』
彼の放った言葉は最後まで続かなかった。俺が、右手に強く握りしめた刀で、首もとを切断したからだ。頭部を失った首からは、天井に到達しそうなほど血飛沫が上がっていた。そんなものを横目に、俺は視線を右に移した。
『……お、お願い…助けて。私たちには子供が……』
そう命を乞う彼女にたいして、俺はなんの躊躇もなく刀を降り下ろした。それが唯一俺の生きる意味だと思っていたからだ。そう、このときまでは……。
『おとうさん?おかあさん?』
その声を聞いて、俺はすぐさま天井裏に飛び乗った。少したってからやって来たのは、まだ10歳くらいに見える女の子の声だった。あどけなく、まだ何にも染まっていない純粋な顔は、すぐに絶望の顔へと変わった。
『おとうさん!おかあさん!いや……死んじゃやだ……いやあぁぁぁ!!!』
その時俺は、初めて家族を失った人間の声を聞いた。何もかもがわからなくなってしまった。俺のしていることも、生きる意味も。その日を境に、俺は部隊から逃げ出した。幾度となく追っ手がかかったが、なんの苦労もなく殲滅した。そんな力を、俺はこれからどうしていけばいい?使い方を間違えれば、確実に平和を狂わせてしまう。なあ、誰か教えてくれ……。俺は……どうすればいい……。
「ん……もう朝か」
俺は、窓からこぼれる太陽の光で目を覚ました。時計を見ると、時計は6時半を示していた。
「あ、いいにおい」
香ばしい香りに誘われて料理場に出てみると、そこでは梛木紗がフライパンを手にし、真剣そうに朝食を作っていた。声をかけるのもちょっと悪かったので椅子に座ってそのようすをずっと見ていると、こちらに気づいたのか、驚きと喜びが合わさったかのような顔でこちらに挨拶してきた。
「お、おはよう!いつからいたの?ビックリしたじゃない」
「おはよう。ごめんね。すごく真剣そうだったからさ」
そう言うと、いくつか皿を持ってきてテーブルに置きながら
「もうそろそろできるから、待ってて」
笑顔でそう語りかけた。
そー言えば、なんか前にもおんなじようなことがあったな。あれはたしか、3年くらい前だったか。
『もうちょっとでできるから待っててねー月!』
『あ、ああ。わかったよ』
慣れない手つきでフライパン持って、料理してたっけな。
『よーしできた!今そっちに持ってく……キャッ!!』
小さい叫び声をだしやがったからなにかと思って後ろを向いたら、フライパンを盛大にひっくり返して、中身を俺にぶちまけやがったんだよな。今思えば、いい思い出だ。火傷するほど熱かったけどな。
「元気にしてっかなーあいつ」
などと独り言をいいながら昔の思い出に浸っていると、テーブルは料理の数々で埋め尽くされていた。え、これ全部食うの?
「一杯作ったから、たくさん食べてね!」
えっと、……さすがに作りすぎやしませんかね?梛木紗さん?だが、せっかく作ってもらって残すのは悪いので、しっかり残さず胃袋に押し込んだ。美味しかったけどね。時間?そりゃもう二時間かかりましたよ。
朝食を終えた俺は、自室に隠しておいた刀を取りだし、コートの中に帯刀すると、部屋をあとにした。そういえば、この家、人の気配が全く無いな。朝早くからご不在なのかな。等と考えながら、そのまま玄関のある方へと歩いていったときだった。
「どこへいくの?」
それは紛れもなく梛木紗の声だった。何かを悟ったかのような、そんな声だった。
「昨日は泊めてくれてありがとう。本当に感謝してるよ。だけど、これ以上ここには居られない」
その言葉を聞くと、彼女は一層暗くなったような顔になり、小さな言葉で返した。
「そうだよね……昨日会ったばかりで、その上行きなり泊まっていってなんて、唐突だったし嫌だったよね。こうなることは、なんとなく分かってた。でも私は……」
はっとして振り返ると、彼女は涙を流していた。一筋、二筋、流れ出る線はその数を増していく。俺は顔を戻して、詰まりそうだった喉を何とか動かして言った。
「でも、これだけは分かるよ。梛木紗さんはいい人だ。これからも僕みたいなでき損ないを助けてあげてよ。君に涙なんて似合わないからさ。笑って」
そういい終えた俺は、彼女に背を向けたまま歩き出した。彼女の泣く声は、背中越しでもはっきりと聞こえた。
ーーーー
涼宮亭をあとにした俺は、大通りを北に向かいながら、並ぶ店をたまに覗いたりしてゆっくりと歩いていた。でも流石は市帝都、活気があるなー。
「梛木紗さんと回ってたら、楽しかったろーな……って、なに考えてんだ僕は……」
俺にはそんなこと許されない。これまでどれだけの罪を重ねてきたことか。そんな俺が、明るい世界で生き生きと生活している人々に交わる権利が何処にあると言うんだ……。なんてことを考えていると、背後に変な殺気を感じた。悟られないように振り返ると、そこには昨日のヤクザまがいの男たちがいた。よく見れば、人数は10に増えている。マズッと思い顔を戻すと、男たちは、通りを南に走っていった。ふーっと安堵の息をこぼすと、店の店主が話しかけてきた。
「あんた、奴等に追われてんのかい?」
ニコニコと笑っているが、聞いてることはなかなか危なっかしい。
「いえ、厄介ごとには関わらないようにしてるんで、用心してるだけですよ」
そう言葉を返すと店主はフムフムという感じで頷いていった。
「ああ、それがいい。奴等はここら辺に腰を下ろしてるヤクザでね。そりゃもう危ない連中だ。今日の朝方も店の準備してるときに奴等が来てね、女を探してるんだが知らねーかと言ってきた。勿論知らんといったがね」
なに?女だと……昨日の出来事からして、その女とは梛木紗のことだろう。待てよ……さっき奴等は南の方向に向かっていった。しかも殺気丸出しで……あっちには梛木紗の邸宅がある。まさか!?
「クソッ」
俺は不意にそう呟くと、もと来た道を全力で戻っていった。
「頼む……間に合ってくれっ!」
ーーーー涼宮亭
「な、なんなのよあなたたち……勝手に入ってこないで!」
そう叫ぶ梛木紗だが、男たちはそんなこと知らんと押し掛けてくる。
「よお嬢ちゃん。昨日は世話んなったな」
そう言って一人の男が前に出てきた。
「あんたは、昨日の……!」
そう言うと、男は懐から拳銃を取り出しながら言った。
「ああそうだ。俺達龍刃会をこけにしやがった報い、しっかりと受けてもらうからな」
そう言うと、男たちはそれぞれの武器を取りだし、梛木紗へと歩み寄っていく。
「いや、やめて……助けて!誰か助けて!!月!!!」
そう叫んだ時だった。
「うぐあぁぁぁぁ!!」
という男のうめき声とともに、門がこじ開けられ、同時に男が吹き飛んできた。ざっと5メートルは飛んだであろう男は、口から泡を吹いて倒れている。
「どうやら、ギリギリ間に合った、みたいだね」
途切れ途切れの声を発しながら入ってきたのは、紛れもなくさっき別れた男、鷹名瀬 月だった。
「テメーは昨日の!!!自分からやって来るとは、飛んで火に入る夏の虫たぁこの事だ!!!」
そう叫ぶ男の手には拳銃……マカロフPMか。今時ヤクザも銃をもってんのか。物騒なことだな。
「お前ら!!見せしめだ……こいつをぶっ殺せ!!!」
男の声に反応した男たち8人は、それぞれの武器を構えると、型もクソもないような動きで突っ込んできた。
「ダメよ月!!逃げて!!」
そんな声が聞こえたが、逃げるわけないだろ。さっき助けてって言われたんだからな。背中に帯刀した俺の愛刀を強く握ると、腰の方から抜刀すると同時に男たちの中へと飛び込んだ。まあ、コイツらには見てえないだろうがな。
「せあぁぁぁ!!」
俺は渾身の力で刀を振った。それと同時に、強烈な衝撃波が空間を走っていく。まともにそれを受けた男たちは、まるで風に飛ばされる紙のごとく吹き飛ばされていった。
「「うわあぁぁぁ!!!」」
その様子を見ていた男は、驚きと恐怖で言葉を失っていた。隣にいる梛木紗も、同様だろう。
「これで後はあんただけだよ。どうする、まだやるかい?」
その言葉で現実に戻ったのか、また叫びだした。
「ふ、ふざけんな!!こっちにはこいつがあるんだぞ!!!」
そう言って手に持ったマカロフを構えようとする。だが、それよりもずっとはやく俺の刀が男の首筋一センチ前まで近づき、静止する。
「言っとくけど、僕の動きはあんたが銃を構えるよりもずっとはやいよ。命は一つしかない。大切にすることだね」
そう言うと、持っていた刀を峰打ちにし、首筋を強打し、男を地面になぎ倒した。血は付いていないが、長年の癖で刀を空振りさせると、背中の鞘に静かに戻した。
梛木紗は、今自分の前で何が起こったの?という顔をしていたが、すぐに大きな目から涙をこぼして、俺の胸に
飛び込んできた。まあ無理もないだろう、殺されかけたんだ。
「大丈夫だよ。もう皆かたずけたから、安心していい」
「バカ……逃げてって言ったじゃない。何であんな危険を……」
そう言いながら、涙目で見上げてくる。
「僕には『逃げて』よりも『助けて』の方が重い言葉だって思えたからさ」
耳元でそう呟くと、梛木紗は、閉じていた栓が抜けたかのように、泣き出した。ずっと。ただずっと。
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「間違いない。あの動き、あの太刀筋。やっと見つけたわよ。月」
いかがだったでしょうか。楽しんでいただけましたか?もし楽しんでいただけたのなら幸いです。感想、アドバイスをお待ちしています。始めたばかりなので、頂けるととても助かります。それでは次は、第三話でお会いしましょう。