『月、仕事よ。目標は帝国軍部陸軍参謀のレオン・トレック・ダニエル。彼はクーデターの準備をしている。決行される前に奴を排除するのよ』
セーフハウスの屋根の上、いつになく澄んだ夜空のした、そのように語る彼女はいたって冷静だ。それはそうだろう。八歳から戦闘、暗殺の教育を受けさせられていた人間なのだから。
『なあ、彩芽。もし俺達が、殺しなんかじゃなくて普通の生活を送れてたら、どうだったんだろうな』
少し迷ったような顔をした彩芽だが、すぐにもとに戻って言い返した。
『例え普通の生活をしていたとしても、私はお金なんかのために娘を売る家族となんか、一緒にいたくないわ』
そう答える彼女は、どこか力強くも寂しそうな声だった。なぜかその言葉は、俺の心の中にずっと響き続けていた。
ーーーー
「ほら月!こっちこっち!今度はこのお店に入りましょう!」
弾けんばかりの笑顔で俺を呼ぶと、梛木紗はカラフルな洋服屋に入っていってしまった。
「ああ、今いくよ」
俺も笑顔でそう答えると、荷物で一杯の手にもう一度力を入れ、梛木紗のあとに続いた。
昨日の出来事から一夜、あのあと家の外から見ていた住民が警察を読んでくれたらしく、やって来たヤクザたちは警察署に連行された。しばらくの間泣いていた梛木紗だったが、少したって落ち着いたのか、いつものように昼食を作り始めた。言葉は無かったが、その表情には安堵の色が浮かんでいた。そして結局、二日目の朝を涼宮亭で明かしてしまったのだった。
「ねえ月!こんな服どう?あなたに似合うと思うよ!いつもそのコートばっか着てないでこういう服も着なさいよ!」
そう言いながら、春物の洋服をつきだしてくる。
「いや、この色はちょっと僕には……」
と丁重にお断りさせていただいた。そんなこんなでふと見た時計が11時を回っていたので、近くにあったカフェのテラス席で昼食を取ることにした。
「おしゃれなカフェだね……。なんか私、場違いじゃないかな?」
などと緊張したように訴えかけてきた。そんなこと言われましてもねー……。
「大丈夫だよ。梛木紗さんは綺麗で可愛いから、逆に店の宣伝になるよ」
と、思ったことを馬鹿正直に話すと
「え!?いやそんな綺麗だなんて……照れるじゃないバカ」
あれ、ぶっ叩かれるかと思ったら意外な反応。前におんなじようなシチュエーションでとある女に言ったら頭蓋骨が粉砕されるかと思うほどの強烈な右ストレートを頂いたことがあったから、ちょっと驚きだ。そういえばあいつはどうしているだろう。あの時より料理上手くなったのかな?そんときは食べる以前にフライパンごとぶっかけられたからな。などと昔の干渉に浸っていた。その時だった。
背後に殺気!?バカな……今の今までそんなの全く感じなかったぞ!
俺が凄まじい速度で振り向くと、そこにはフード付きのコートを着た見知らぬ人がたっていて、そいつの手からは、スローイングダガーが投げられた直後だった。
狙いは俺じゃない……梛木紗か!
「伏せろ梛木紗!」
そう言って梛木紗をかがませ、飛んできたスローイングダガーを右手でキャッチした。反応があと少し遅れたら手に突き刺さってたな。でもなんだ?この感覚は……。このダガー、殺す気半分、生かす気半分って感じで投げられたような感じがする。それにさっき感じた殺気も人を殺すつもりにしては弱かった。こいつは一体……。
「あんたなにもんだ?なぜ俺らをねらった」
こちらもお返しとばかりにちょっと強めの殺気を送ってやると、フードの隙間から覗かせている口元が仄かに和らぎ、継いで言葉が飛んできた。
「やっと俺っていったわね。アドレナリンが出ると一人称が俺に戻るのかしら」
その声に俺は驚愕した。まさか!?あの頃は聞き慣れていた落ち着いた風潮で、どことなく懐かしさをかんじるこの声……
「お前、彩芽……か?」
拍子抜けしたような声でそう言うと、彼女はゆっくりとフードを取り、太陽の光に少し目を細めながら
「久しぶりね月……やっと、やっと会えた」
念願叶った子供のような表情を浮かべながらそう言い、一歩一歩こちらへ足を向けた。
「ああ、本当に久しぶりだな彩芽。どうしてこんなところに」
「あなたがいなくなった後、実はあたしも部隊から逃げたの。それであなたをおってずっと旅してたのよ。でも元気そうでよかった」
などと耳元でヒソヒソと呟いてくる。しかし、なんだかとても懐かしい気がする。暗殺者時代はこんな何気ない会話が一番心休まるひとときだった。それがまた戻ってきたと思うと、やはり喜ばずにはいられない。
等と言うようなやり取りを繰り広げていると、横でずっとキョトンとして会話を聞いていた梛木紗がハッとしたように口を開いた。
「えっと、月……この人はその…お知り合いの方?」
と言う呼び掛けに俺もようやく我に戻った。
「ごめん。梛木紗さんは知らないんだよね。彼女は輝坂 彩芽(きらさかあやめ)。昔一緒に仕事をしてた仕事仲間なんだ」
そう言うと、何故かちょっと不機嫌そうな顔をしながら
彩芽に向き直った。
「えっと、涼宮梛木紗です。よろしくお願いします」
あれ?なんかいつもより堅苦しくない?っと言うような自己紹介をする梛木紗を横目に、
「ええ。輝坂彩芽よ。よろしくね」
何故かこちらも不機嫌そうな顔で対応する彩芽。ヤバイ……何かが起こりそうだ。
「ま、まあ取り合えず買い物もすんだことだし、家に帰ろうよ梛木紗さん」
緊迫した空気を変えるために発した言葉なのだが、どうやら、俺は台詞を間違えてしまったらしい。
「家に……帰る。家…まさか…一緒に暮らして……」
直後彩芽は完全に正気を失い、少しフラフラしたのちに
気絶してしまった。これって、俺のせいか?……俺のせいだな。
ーーーー涼宮邸
あのあと、気絶した彩芽を担ぎ上げ、梛木紗と共に帰宅した。空いていた部屋に彩芽を寝かせてもらって、今は梛木紗と一緒に居間で紅茶を飲んでいるところだ。そういえば前にも思ったが、この家には誰もいない。人の気配が全く感じないのだ。何故……いや、聞くべきじゃない。何故かはわからないが、俺はそう思った。本当に、何でだろうな。
「梛木紗さん」
カップのなかを空にした俺は、それをテーブルに置くと同時に、そう口を開いた。
「どうしたの?あらたまって」
同じくカップをテーブルに置いた梛木紗は、少しだけ困惑ぎみだったが、俺は話を続けた。
「梛木紗さんは聞かないんだね。僕が昔、何をしていたのか」
その言葉を発すると、梛木紗は目を少しばかり見開き、ついでその目閉じてから、沈黙した。
「……」
20秒ほどその時間は続いたが、その沈黙は、梛木紗自身が破ってくれた。
「…確かに、昨日のあの出来事から見れば、あなたは普通の人じゃないのはわかるわ。動きは早すぎてあたしの目じゃ追い付けないし、太刀筋は全く見えなかった」
やはり、本当は怖かったのではないか?力のあるものは、その使い方を間違えれば悪になる。現に俺はたくさんの人々を殺めてきた。やはり……ここを出るべきか……
「だけどね、例えあなたが過去にどんなことをしていようと、あなたはあたしの命の恩人。あたしなんかを全力で助けてくれた。それも2回も。だからあたしには、過去なんてどうだっていいの。過去がどうだったであれ、今のあなたは、こんなに優しいんだから」
逆だろ……。優しいのは君の方だ。でもこんなときに口が動かない。本当、バカでクソッタレな人間だよ。俺は。
「さて!こんなしんみりした話はもうやめにしましょ!今日から居候が二人になるんだから、一層がんばってご飯作らなきゃ!」
そう言って梛木紗は台所の方へと消えていってしまった。え、ちょっと待ってねー……俺はこれから居候なんですか?てか二人って、まさか彩芽もここにすむんですか!?え?なんでですか?セットでお得ですか!?そういうことなんですか!?俺はこのとき、自分がおかれてしまった状況から逃避すべく、頭のなかで一人でずっとツッコミ、ボケていた。なにやってんだろ……。
ーーーー
夕食を食べたあと、ふと何故か空が見たくなって家の屋根に登ってボーッと一人で眺めていた。すると、コツコツと砂利道を歩く音、ついでバサッと服がなびく音が聞こえた。
「こんなところにいたの?月」
「彩芽か」
それは昼間盛大にぶっ倒れ気絶しやがった彩芽当人だった。
「もう大丈夫なのか?」
腕を組んで背伸びをしながらそう聞くと、
「ええ。あのときはその……ちょっとビックリしただけだから、大丈夫よ」
「……そうか」
そう俺が答えると、彩芽も無言で空を見上げ始めた。どれぐらいそうしていただろう。しばらくして、彩芽が思い付いたように口を開いた。
「そう言えば、あの時もこんな星空だったわね」
「ああ……お前が怪我しちまった時のことか」
それは、俺たち二人が、陸軍参謀のレオン・トレック・ダニエルを始末しにいった任務のことだった。いつも道理の簡単な仕事のはずだったのだが、情報部の仕事不足のせいで、敵の用心棒のことが知らされていなかったのだ。不意打ちを食らった彩芽は重症をおい、レオンを片付けて駆けつけた俺が、何とかそいつを倒して彩芽を救出した。彩芽は一命をとりとめたが、任務続行は不可能とされ、しばらく戦線を離れたのだ。そしてその直後、あの事件が……。
「……と!月!!」
「え?なに?」
どうやらオートパイロット状態になっていたようだ。
「全く、ちゃんと聞いていなさいよ。なんで部隊を離れたのかって聞いてるのよ」
「……」
言葉に詰まってしまった。だけど、彩芽には話しておきたい。こいつは8歳の頃から一緒に死線を潜り抜けてきた戦友にして親友だ。隠し事はしたくない。
「……被害者の、家族の声を聞いてしまったんだ」
その言葉に、彩芽の澄んだ黒色の目が、少しばかり見開かれた。だが、出た言葉は俺の予想とは違っていた。
「……やっぱいいわ、言わなくて。あなた、言いたくないって顔してるもの」
そう言って彩芽は、また空へと目を写した。あの頃と同じ、あの笑顔のまま。
「……ありがとう」
俺たちは、空に浮かんだ三日月が朝日に変わるまで、ずっと、ずっとそうしていた。
いかがでしたか?楽しんでいただけましたでしょうか?楽しんでいただけたのなら幸いです。感想、アドバイス等お待ちしております!暇だなーという方、是非書いていただけると嬉しいです!それでは次回、第4話でお会いしましょう!