運命は偶然か、必然か。   作:雪ノ桜

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今回も長いですね。

はい。

お待たせして申し訳ございません。

はい。

………………

た、楽しんでださいね!?


答えは?

 

 

 

シェリアを家に送り、四人でゆっくりと歩いていると急にアスベルが立ち止まった。それにつられ、私たち三人も立ち止まる。

大きな溜め息をしたかと思えば、がっくりと肩を下ろす。

 

「帰りたくないのね?」

 

「…まぁな。」

 

ふてぶてしく返事をしたと共に、彼の腹から何ともみっともない音が鳴り響く。

それに誘発されたかのように、ヒューバートと少女の腹からも鳴り響く。

 

「お腹が空いているのに、帰りたくないなんて変わっているのね。それとも、ワケありかしら?」

 

「だって…確かに腹はへったけど、帰ったら親父に怒られるんだ。そんなのわからないとでも言いたそうだけど、そうはいかないんだよ。」

 

「怒られるのが嫌なら、私の用事から済まして良いでしょう?時間くらいは稼げると思うし。」

 

ローブの裾を翻し邸へ一人歩き出す。

父親に叱られる、か。

…羨ましい限りだ。

 

 

 

 

 

 

 

アスベルがドアを開けると、中からメイドとフレデリックが「お帰りなさいませ」と頭を下げていた。

シェリアを家まで送ったことをフレデリックに伝え、逆に彼からケリーさんが部屋で待っていることを伝えられた。

 

「フィオナは母さんとも知り合いなの?」

 

「ああ、まぁね。道中で魔物(モンスター)に襲われてるのを助けてから知り合って、その後ラント夫人だって知った。」

 

中央の大階段を昇りながら、手短に経緯(いきさつ)を話す。

彼女とは本当に道中で出会った。確か…バロニア行きの港への道だっただろうか。

のどかなあの道に凶暴なあれは現れ、ケリーさんの乗っていた亀車を襲っていた。通りすがった私は自分の力試しにと、亀車の人間を気にすることもなく魔物(モンスター)を倒した。

それを見ていたケリーさんは私に礼がしたいと、私をこの家へ招いた。

 

「それも3年前?そしたら僕たちとも会ったことあるの?」

 

「3年前、此処に訪れたときはあなたたちはいなかった。遊びにでも行ってたのか、ね。」

 

2階の最奥…とまでは行かないが結構奥の部屋の前で止まり、ノックを2回する。

すぐに彼女の返事が聞こえ、私は一言、失礼しますとだけ言ってドアを開けた。

 

「まあ…フィオナさん。随分大きくなられましたわ。あの時長かった髪も、切り落としてしまわれて。」

 

「お久し振りですケリーさん。相変わらず、お元気で何よりです。」

 

深く一礼をする。するとケリーさんは私に歩み寄り、そっと、その右手で私の頭を撫でた。

驚いて顔を上げると、寂しそうな笑顔のケリーさんが目に入った。

何故、そんなに悲しそうな顔をするのか私には判らなかった。

 

「…大人になろうと、背伸びするのも良いことですが、背伸びしすぎて見逃してしまうこともあるのですよ。」

 

「私は、背伸びをしているつもりはありません。…が、他人から見ればそう見えるのでしょうか…。」

 

「せめてラントに滞在している間だけでも、子供のように無邪気にいてくださいね。」

 

「…善処します。」

 

俯く私の耳には、ケリーさんの苦笑が聞こえた。子どものように、と言われても子どもらしいということ事態が判らない。

考えてみれば、子どもも大人も、考え方次第では逆転するのではないか。融通の聞かない大人より、素直で従順な子どもの方がよっぽど大人ではないか。

…簡単に言えば、アスベルとヒューバートのようなものか。

 

「あら…そちらのお嬢さんはどちら様?」

 

「えっと…」

 

「遊びに行った先で見つけたんだ。記憶喪失みたいでさ。俺達で取り戻せないかやってるんだ。」

 

「身元が判らないのなら、軍に預ける方が…」

 

その瞬間アスベルの表情が変わった。反抗的な目でケリーさんを睨み、少女の手を掴んで部屋の入り口へ引き返す。

取っ手に手をかけ、もう一度私たち…正確にはケリーさんを強く睨み付けて少女と共に部屋を出ていった。

 

「アスベル…あの子はどうしていつもああなんですか…」

 

「…ヒューバート、アスベルを追ってくれる?夕食にはまだ時間もかかるだろうし、一緒にいてあげてね。」

 

「う、うん。わかった。フィオナはどうする?」

 

「私はケリーさんと話がしたい。…よろしいでしょうか?」

 

確認するように振り返ると彼女は悲しそうな顔をしながらも頷いてくれた。

それをヒューバートに伝えると、彼はいそいそと部屋を後にした。

 

彼を見送ったケリーさんは重い溜め息をつき、私に椅子に腰掛けるよう勧めてくれた。

座る前にローブを脱ぎ、背凭れに掛ける。腰に下げた乾坤剣は刃の部分を革のカバーで隠し、壁に立て掛けた。

 

「全くアスベルは…フィオナさんに言ったことの逆、もう少し大人になって欲しいものです。あの子はラントを継ぐものなのですから…」

 

「その『後継ぎ』という言葉に、彼は反抗したいのでしょう。決められた将来(みらい)のレールを走るより、自分でレールを創り、そこを進みたいのでしょう。」

 

メイドが持ってきた紅茶を一口啜り、ふと考えた。

私は…彼のように、決められた将来(みらい)に抗っているのだろうか。操り人形のように、従順な狗のように、将来(みらい)に沿って歩んでいるのだろうか?

私の『自由』は、なんなのだろうか。

 

「しかし、あの子以外に継げる子はいないのです。」

 

「家を継ぐか、継がないかは彼の自由です。故に事がなければあの子は家を継ぐことはありません。つまり、切っ掛けが必要なのです。それは何時訪れるか、私にもわかりませんが。」

 

もう一度、紅茶を啜る。つられたかのように、ケリーさんも紅茶を一口啜った。

チェリーの甘い香りと味が口から身体中を満たす。ほっと、落ち着ける味だった。

 

「それで、フィオナさんはどうかなされましたか?」

 

「…え?」

 

「私の思い違いならとても失礼なのですが、フィオナさん、とても悩んでいらっしゃるように見えて。最後にお会いしたのは3年前なのですから、当然悩みも増えているものでしょう。」

 

…参った。ケリーさんはやはり鋭い。

3年前、旅を始めたばかりに出会った時も私の様子を見ていた。初めて会ったというのに私の心の奥底を見抜いているかのようだった。

 

「…貴女には、どうしても負けますね。何故(いと)も簡単に私の心を見抜けるのでしょう?」

 

「それは「女の勘」と言うものです。本当に心を見抜いているわけではありませんの。」

 

微笑みながら私を見つめる彼女に、何故かほんのり頬が緩む。

今日、このラントに来てからというものの、私の様子がおかしい。自分で判るくらいなのだから他から見れば更におかしいだろう。全く、女性の勘というものは恐ろしいものなのだな。

 

「私、ずっと違和感を感じているんです。」

 

「違和感、ですか?」

 

「ええ…ラントに来て、シェリアと出会ってアスベルたちと出会って…胸の奥がざわつくというか、時々吐きそうな位違和感があるんです。」

 

「…それは、例えばどのような時ですか?」

 

私は西ラント道での出来事を話した。魔物(モンスター)の首をはねた時のアスベルのデコピンと言葉、シェリアがいなかった時のあの焦燥感。原素(エレス)を使った見世物をした時の反応の心配。彼女はすべて、黙って聞いてくれた。

 

「貴女は、その違和感をどう捉えているのですか?」

 

「…私には、決して解せないものだと思います。私から追求すると、きっとこの違和感は更に増してしまう。」

 

「怖いのですか?」

 

「……多分、ほんの少しだけ。」

 

怖い、という誰にでもあるはずの感情は私には酷く欠落していた。

死を恐れたことなど1度もない。目に見えるものは怖くはない。目に見えるものは、避けることができるから。

けれど目に見えないものは十分警戒していた。

 

成程、これが『恐怖』というものなのか。一番身近にありながら今日まで気付かなかったもの。

私は『目に見えないもの』に、怯えているんだ。

 

「何故、その違和感を解せないと?」

 

「…私が、その違和感を否定しているのでしょうか?」

 

「それはきっと、違いますね。」

 

「え…?」

 

「貴女はそれを理解することを恐れているのです。理解した後、その先の自分の姿が想像できないから。貴女が死を恐れないのはその姿を容易に想像できるからなのでしょう?」

 

誰だって、先の見えないものは怖いでしょう?

 

「けれど、貴女は先を見なければならない。人類皆、先の未来を見るなど出来はしませんから。その違和感は決して理解できない訳じゃありません。私から言えるのはこれだけなのですが、最後に付け足すのなら『勇気を出して』というところです。」

 

「ゆう、き…」

 

とくん、と心の底が鼓動を刻む。そしてまた、あの時のようななんとも言えない痛みと吐き気が襲い掛かる。

思わず口を押さえた私を見たケリーさんはガタッと勢いよく椅子から立ち上がった。

 

「フィオナさん!?大丈夫ですか!?」

 

背中を擦ってくれる温かな手。彼女が近くのメイドを呼ぼうとするのを、私は胸に強く押さえつけていた手を横に振って止めた。

一体、この感覚はなんなのだろうか。もう少し、もう少しできっと見える…?

 

「…ケリー…さん、大丈夫です…。あの時と同じですから…」

 

「あの時…?西ラント道の事ですか?」

 

軽く頷いた。

けど、こんなに酷くはなかった。酷くなったということは、答えがもう少しのところまで来ているのかな…

少し涙目になってしまった。目元を右手の甲で擦り、少量の涙を拭った。

 

「お気を使わせて申し訳ありません。もう、平気です。」

 

目を伏せてそう言った。余りに不遜な態度だった。

けれど彼女は怒らず、それどころかまた優しく頭を撫でてくれた。

 

「私は言った筈です。貴女はもう少し、子どもであるべきだ、と。私には貴女を叱る理由がありません。資格もありません。ですから貴女のしたい事をするのです。その感情(違和感)を理解したのなら、貴女は誰かに優しくすることだって、助けることだって、時に自分を救えるのです。」

 

誰かを、助ける…。

あの時、3年前、私はケリーさんを確かに助けた。けれどそれは見掛け上だけであって、心の底の恐怖は拭えなかった?

抑、ケリーさんは何故恐れていた?一体何に?

 

自分が…『死ぬ』事に?

 

はっとして顔を上げた。そして、何かひとつ、大切なことを理解した。そんな気がする。

ケリーさんは笑っていた。きっと彼女は私が何に気付いたのかは判らないけれど、それに近い答えを想像したのでしょう。

 

立ち上がって、今度は彼女の目を見てから深く礼をした。

彼女はそれを止めることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しました」と、ケリーさんの部屋のドアを静かに閉める。そして音を発てぬよう、静かにドアに凭れた。

一瞬だけ、答えが見えた気がした。心に纏わり付く何かに光が差し込んだ、そんな感じだ。

 

(あと少し、それともあれはただのヒント…どちらにせよ、大きな収穫だった。)

 

何かを発見するというのにはとても膨大な時間と労力を要する。そして、時として何かを犠牲にする。私のこの発見は、()()を犠牲にするのだろうか。人、物、もしかすると私自身の何かかもしれない。

 

(今考えたところで答えなんかでない。出るまで、誰も判るわけない。)

 

今考えたところで結局は無駄、現状の答えに達した私は凭れていたドアから離れ、広間へと足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一度広間に戻ると、三人が大階段の踊り場で壁に貼り付けられた絵画を眺めていた。その絵画にはラント一家が描かれている。この絵も三年前に描いたらしい。

前訪れたときは当然こんなものはなかった。改めて見ると、よく長時間じっとしていられるな…と思った。特にアスベル。

 

「フィオナ、お話終わったの?」

 

誰よりも早く私を見つけた少女が口を開く。少女の問いに一つ静かに頷いた。

 

「とても有意義な時間を過ごせた。アスベル、貴方は落ち着いた?」

 

「ああ。なんか…ごめんな。」

 

はにかみながら笑い、そして謝る。別に謝られるほどの事ではないのだけれど、と言うより謝るのは私ではなくケリーさんにだと思う。

それより、これから先の事を考えなければ。夕食はあと少しだし、アストンさんと私が話すとなれば時間はきっとかかるものだろうし…

 

「此処におられましたか。アスベル様、ヒューバート様、アストン様が御呼びです。」

 

二階の私が歩いてきた通路とは別の通路からフレデリックに声をかけられる。

二人が呼ばれた、ということは恐らく説教か。

もし説教が先に来たとして、雰囲気が崩れたなら…その後私がアストンさんと長話をすれば。夕食は気まずい雰囲気ではなくなるだろう。そしてその後、私とアストンさんで夕食をとっている最中にアスベルがお風呂を済ませて部屋にいけば…

 

「…アスベル、私の先の用事はナシ。だからアスベルが先にアストンさんのところに行って。」

 

「なんでだよ!どうせいつか怒られるには変わりないだろうけど…」

 

「…ボソッ(貴方が先に行ってから私が行けば、アストンさんと一緒に食事をとるどころか、寝るまで会わないで済むかもしれない。」

 

彼の耳元でこそりと囁くと、彼は納得した表情でぶんぶんと頷いた。

共に聞いていたヒューバートも成る程という顔で聞いていた。

 

「それじゃ、行くとするか。」

 

やや嬉しそうに二人を連れていくアスベル。そんな彼らを見送ろうとしたのだが…何故かヒューバートに手を引かれて私も執務室へ連れていかれる羽目に。

一体私が何をしたというのだ。

 

「何で怒られるかは大体予想ついてるけど、フィオナがいたらそう激しく怒鳴られることもないかなーって思ってさ。」

 

にっこり笑顔でとんでもない考え持ってるのねヒューバート。確かにアストンさんは客人の前で怒鳴る方ではないけれど…

まぁ、丁度良いかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

外側からホールを見て左に、短い通路がある。その先にあるのはたった一つの部屋。そう、ラント領主の『執務室』だ。其処でアストンさんは黙々と書類とにらめっこ…らしい。

人の上に立つことは責任と信頼がなければならない。三年前、初めての対談で彼はそう語った。

 

コンコンと心地好い乾いた音を鳴らし、私たちは執務室へ立ち入った。

先頭からアスベル、ヒューバート、少女、そして私と言った具合に机を挟んでアストンさんの前に立つ。

 

「フィオナ殿、そんなわざわざアスベルたちに付いてこなくても宜しいのですよ?」

 

「いえ、彼らが望んだまでです。私が彼らの護衛役ならば、彼らは主であるので。」

 

困ったようにため息を付くアストンさんを、にやにやとアスベルはさも楽しそうに見ていた。

 

「そんなに立場に拘らなくても良いと思いますが。…さて、その娘はどこの子だ?」

 

私から視線を外し、今度は少女へと向ける。

 

「町の外で会ったんだけど、記憶喪失みたいなんだ。」

 

「名前もどこから来たのかさえ忘れてるみたいでさ。それで俺たち思い出すのを手伝ってたんだ。」

 

「なんだと…」

 

彼は再び重い溜め息をついた。後から止まない問題の連続に、そしてアスベルたちの無計画さに頭を抱えているのだろうか。だってほら…此方から見たら隠れてるけど山積みの書類が本立ての隙間から見えているもの。

 

「まあいい。先に私の話から済ませよう。」

 

「話ってなに?父さん。」

 

立ち上がったアストンさんは窓際に立ち、外の景色を眺めた。彼が去った後の机の上には、一通の書状が読まれた後があった。

 

「王都のさるお方から便りが届いた。その方のご子息がこの街に来て、しばらくご滞在なさるそうだ。」

 

「へぇ…王都からの客か。」

 

「口ぶりからすると、身分の高いお客様のようね。」

 

「お客さんが来るなんて、珍しいこともあるね。」

 

滅多に客が訪れることもなく、それも高貴な身分な人…ラントのように国境近くの領には旅人や商人は溢れ返るほどいるかもしれないが、戦争が勃発した際一番に戦場になる恐れがある此処には貴族は来ない。巻き込まれたら一堪りもない。

 

「ご子息はお前たちと同年代だが、馴れ馴れしくしたりはするな。いいか?決して失礼があってはならんぞ。相手はウィンドル王国でも指折りの名門のお方だ。万が一の事があれば我がラント家の家名に傷が付く。わかったか?アスベル。」

 

名門、か。家名とか家の誇りだとか…どうでも良い。家に傷が付くことで失うものは多く、自分に対する誹謗は多いかもしれない。

だけどそんな目に見えないものを傷付けたところで何になる?金に変わる?自身の名誉に変わる?

否、何も手には入らない。

 

「何で俺にだけ…ヒューバートとかフィオナとか考えてないのかよ…」

 

「わかったか?返事は?」

 

「……はい。」

 

不機嫌そうに口を尖らせながら返事をする。

アスベルの愚痴の中に何故私の名が入っていたのかはまた後で、ゆっくりと聞こうか。

 

「よし。それとその少女だが私の方で預かろう。役人に任せた方が早く身元がわかる。彼女に我々がしてやれる事はこれ以上ないと思うが。」

 

「なっ……!」

 

「君も、その方が安心だろう?」

 

アスベルが不安げに少女を振り返ると即座に少女は頭を横に振った。顔を上げると強い拒絶の顔。

 

「わたし、アスベルといる。」

 

「お前……」

 

安心したような彼の声が漏れると、アストンさんは驚きと怒りを含んだ様子で彼らに近寄った。

 

「これは一体どういう事だ?アスベル。」

 

「行きたくないのか?」

 

いつもより優しい口調で彼は少女に尋ねると、彼女はそっと確かめるように胸に手を当てた。

 

「……わからない。わたしはアスベルといる。それだけ……」

 

「何かまずい事でもあるのか?」

 

「そんなことはないと思います。誰かに追われている気配などしませんし。」

 

少女を見やると首を傾げてしまった。が、気配がないということは確かだ。私の半径五十メートル以内であるなら人の気配や動きは感知できる。今現在も継続しているが不審者の気配はない。

 

「そうだとしても、こんな状態の少女を放っておくのは好ましくありません。早急に役人の手配を……」

 

「その必要はないよ。俺がなんとかする。」

 

「なんだと?」

 

「俺がこいつの面倒を見る!」

 

(……大きく出たな。)

 

確かに自分達でなんとかするとは言ったり、少女がアスベルといることを望んだ上での決断ならこれ以上ない選択だが、彼はまだ幼い。私と同じ年で、まだ世界を知らず、責任と言うものを知らない彼には無理があることだ。

 

「馬鹿なことを……」

 

「俺は本気だ!」

 

「自分が何を言ってるのか判っているのか?アスベル。お前のような無力な子供が、人の面倒を見られる筈がない。」

 

「やってみなくちゃわからないだろ!」

 

不意にコンコン、と扉を叩く音が響く。ヒートアップしかけた場の空気を一気に沈ませた。

「失礼します」と声が聞こえ、扉を開けたのはフレデリックだ。折り目正しく礼をした彼は入り口から先に進まず、ドアを閉めて立ち止まった。

 

「アストン様。例のお客様の件で使者の方が見えられました。」

 

「そうか。すぐにお通ししろ。アスベル、この話はまた後だ。くれぐれも勝手な行動はとらないようにな。」

 

「ちくしょう……」

 

随分と沈んだ声で悔しがった。まあ人の一生が決まるかもしれない大事な選択だからね。子どもだけで決められる問題でもないし、アストンさんが慎重になるのも判る。

だが一方的に決めつけるのも悪い。若しも本当にアスベルといることで記憶が戻るのなら…その可能性だって零ではない。

 

「兄さん…」

 

「こうなったら意地だ!何がなんでも面倒を見てやる!行くぞ!」

 

少女の手を引きアスベルは執務室を飛び出した。なんであんなところで意地になるかな…よくわからない。

ケリーさんの部屋であった時のように、ヒューバートに行くように促すと、彼もアスベルが心配だったのか急ぎ足で続いて部屋を出ていった。

 

「全く…何故あいつはわからんのだ…」

 

「アストンさん。一度、アスベルを信じてみては?」

 

「……アスベルを信じる、ですか。」

 

「ええ。少女の面倒を見るということです。私も滞在中は彼らの護衛役…目を見張らせておきます。危ないとき、または彼が危険を冒そうとしたとき…問答無用で止めたり、場合によっては彼自身に危害を与えるかもしれません。」

 

それでもよろしいか。そう聞くとアストンさんは渋々ながら頷いてくれた。我が子を傷付けられるのは死ぬほど嫌だが間違った道を進むくらいなら…と言った具合に。

そんな場合はどこか折ることはしないが気絶で済ませよう。

 

「それでは私は此れで。…ああ。後日、御話しできる機会を戴きたいです。」

 

彼に背を向け四人が出ていった扉に歩いて行く。

身分の高い、貴族の御子息か…私たちと同じ年代…

 

(これだけで考えられるのはリチャード殿下…現ウィンドル王国国王の御子息。私たちと同じ年頃だと聞いた。まあその当人が来るとは限らないか…)

 

使者を連れてきたフレデリックと入れ替えるように私は執務室を出た。

使者の方は高貴な身なりで、使者と言うよりも一貴族のように見えた。

…私にはどうでもいいことだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから食事を済ませ、風呂を済ませ…寝る少し前、アスベルとヒューバートの部屋にいた。勿論あの少女も一緒に。

 

「こいつ、今日はどこで寝るんだ?」

 

「僕たちの部屋に一緒ってワケにもね…」

 

「部屋の事なら私と一緒で構わない。この子一人にして何か起きても困るし、私一人じゃ客室のベッドは大きすぎる。」

 

少女に確認をとるとこっくりとゆっくりと頷いた。もう眠たいのか欠伸をしたり時々目を擦ったりしている。そんな少女を私は頭を撫でたりして何とか起きていられるようにしている。

 

「…ん…寝るのはフィオナと一緒?」

 

「そうよ。ゆっくり休んでね。」

 

そしてふと、思った。

「この子」とかって呼ぶのが面倒臭い。

 

「この子、名前どうするの?名前も判らないんでしょ?なら付けてあげるしかないけど…」

 

「名前か…じゃあ、『タイガーフェスティバル』はどうだ?」

 

「アスベル、それは人の名前と言うものを侮辱しているわ。」

 

タイガーフェスティバルって…なんだそれ…

かと言って私から何か候補があるわけでもないし…

 

「名前は明日にしない?フィオナは今日ちょっと不便だと思うけど…シェリアならいい名前思い付いてくれると思うし。」

 

「そうね。それがいいかも。」

 

それで話の話題が尽きてしまい、暫しの静寂が流れる。

特に話題を見つけたわけでもないアスベルがあ、と声を漏らした。

 

「どうしたの?兄さん。」

 

「フィオナ、明日から俺に剣の稽古をつけてくれないか?」

 

「この子の記憶探しは?」

 

「それもあるけど…俺、もっと強くなりたいんだ。だから…」

 

強さを求める彼は、得た力を間違った道に進むために使ってしまうのか。力を与えてしまったその後、彼の人生(みらい)を壊してしまわないか。

それが気掛かりで誰かに稽古をつけたことはない。…助言程度なら少々。

 

アスベルは確か…「騎士になるため」、だったか。

国王に支え、民を守る、か…

綺麗事かもしれないが良いことだ。

 

「…私が稽古を付けてあげたとして、それで得た力を濫用せず…誰かのために使うと誓える?」

 

「ああ誓うさ!俺はもっと強くなって、騎士になるんだ!」

 

騎士、か…

 

「いいよ。付けてあげる。ただ、この子の記憶探しの合間にしか稽古は付けない。それと…貴方が本当に強くなった未来には、私と闘うこと。これらの約束は絶対ね。」

 

「いいぞ…って、フィオナと!?」

 

「ええ。強くなった貴方と、本気で剣を交えたい。貴方の信念の成れ、私に刃が届くのか…それが知りたい。」

 

彼の信念…私の修行の意味、確かめるためにこんなことを言ったのかもしれない。彼と私、どちらの想いが強いのか。

 

私はただ、強くなりたかった。

私の存在はきっと、強いことだけだから。

だから全てのモノに打ち勝ちたい。それが私の存在意義なのなら。

 

アスベルはしっかりと頷いてくれた。私と誓ってくれた。

 

「そう…それじゃあ、右手を出して。」

 

「?こうか?」

 

右手の甲を私に差し出した。私は掌を上にし、彼の小指と私の小指の付け根が重なるところに置いた。

 

ほんの僅かに小指に原素(エレス)を集める。火の原素(エレス)をたっぷりと詰め込んで。

これは私が思い付き、私を縛るための誓約だ。他の誰かに掛けるつもりはなかったのだけど、こんなところで役に立つとは。

 

「…出来た。『誓いの欠片』だよ。」

 

「「誓いの欠片?」」

 

重ねた手を離すと頂上に0.3カラット程度の火の輝石(クリアス)の結晶が付いた指輪が、お互いの小指に作られた。

 

「誓いの欠片は私が作ったもの。ある誓約を守ることで形は維持され、誓約を破るか成就されればその指輪は弾ける。ただ…これは火の輝石(クリアス)で大量の原素(エレス)を詰め込んであるから、誓約を破った場合、大爆発が起きて貴方の右手が使い物にならなくなる。」

 

「なっ!?外すことはできないのか!?」

 

「残念ながら成就されない限り、ね。今回私とアスベルの誓約は「強くなった将来、本気の手合わせをする」事だから、強くなった未来に手合わせすれば良いだけ。成就されれば美しい景色が見られる…ようになってる。」

 

まあ要は「約束を守れ」と言うことだ。

未来の約束を必ず守る意味で私はこれを作った。形に残さないと忘れてしまう。

私の事も…きっと。

 

「約束は守らないとだね。兄さんは約束とかよくすっぽかすから丁度良いんじゃないかな?」

 

「あー…でも、これなら忘れないな!フィオナの事も忘れないぞ!」

 

「…ありがとう。」

 

何故その言葉が出たのか判らない。

何故『忘れてほしくない』と思ったのだろう。

私は……

 

「僕もフィオナの事忘れないよ。こんなに不思議な子、忘れられないもんね。」

 

「………?」

 

胸にそっと手を当ててみる。何だか不思議な気分だ。気持ち悪くないし、寧ろ……

心地好い、のかな?

 

「あーっ!!」

 

「うわっ何っ!?…っていてててて!」

 

アスベルは大声を出したかと思うと突然ヒューバートの頬を思い切りつねった。

 

「裏山で拾った原素(エレス)がたっぷり入った輝石(クリアス)が無くなったんだ!ヒューバート、お前だな!」

 

「痛い痛いよ兄さん!僕知らないよ!」

 

不意にベッドに座っているアスベルの足元がキラリと光った。

よく見てみればそれは小さな輝石(クリアス)が幾つか光を受けて輝いていた。

 

「「アスベル、足元。」」

 

少女も気付いたみたいで、指を指しながら私と同時に言った。

へ、とキョトンとしながら彼は自身の足元を覗きこみ、キラリと輝く輝石(クリアス)を拾い上げた。

 

「おおっ!あった俺の輝石(クリアス)!二人ともありがとな!」

 

「……ボソッ(僕に謝ってよ…)」

 

文句を言いながら頬を擦るヒューバートは納得のいかない顔をしていた。が、そんなことアスベルが気にするわけもない。

 

むすっとしながら、ヒューバートは突然はっとしたように私を見た。

顔の上げる速度が唐突だったものだから内心凄く焦ったのは誰にも内緒なのである。

 

「僕、フィオナの生い立ちが知りたいな。まだまだ短い人生だけど、どうして此処まで来たのか、そんな話が聞きたいな。」

 

「生い立ち…と言うより、歩んできた道ということね。今日はもう夜も深くなりそうだし、またの機会にしようか。」

 

彼は頷いた。

と言うよりも隣の少女が今にも寝そうだから。此処で寝たら運ぶのに苦労しそうだから早々に部屋に戻りたい。

 

「あ、パジャマは部屋のクローゼットに入ってるから、それに着替えて寝てもいいんだからね?」

 

ドアノブに手を掛けた時、ヒューバートがそう教えてくれた。

 

「ありがとう。…御休みなさい。」

 

誰かに「御休みなさい」と言うのは、初めてかもしれない。

やっぱり此処(ラント)は、私に教えてくれることが多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「貴女、パジャマの着方は覚えてる?」

 

少女に聞くとふるふると首を横に振られた。記憶喪失で何も覚えてないんだから、知らなくて当然か。

取り敢えず着方だけでも教えとかないと。

 

「まず、服を脱ごうか。」

 

 

********************

 

 

 

「これでいいの?」

 

「うん。それでいいの。」

 

さっと着替えが終わるかと思いきや、思いの外手間取ってしまった。風呂の時もそうだったけど、この子の服は着脱にかなり不便だ。それに暑そう。

 

「もう寝ていい?」

 

ベッドに潜り込もうとする少女を止めることはせず頷いた。

さて、時を見計らって少し屋敷の中を散策するか。

 

とか思っていると静かな寝息が聞こえた。少女はぐっすりと眠っているようだ。余程疲れたのだろう。

…行くか。

 

 

 

 

 

 

足音をなるべく殺しながら屋敷の中を進んでいく。シンと静まり返った屋敷は昼間とはがらりと顔を変え、静寂ばかりが広がる。足音をなるべく殺しながら、とは言ったものの少々の音は起ってしまう。…此れさえ無くせば私は立派な忍に成れるのだろうか。

 

(…でもなぁ、ちょっと前ならこんなの簡単だったんだけどいつ出来なくなったかなぁ…)

 

里を発ってからというもの、足音を殺すことが苦手になったのだ。恐らくは靴と技量だろうけど…そんなに下手くそになったか。

 

執務室の上の部屋…確か二人の寝室だったか。昼間私が訪れたのはケリーさんの私室。寝るときはベッドは離れていても仲は良いのだろう。

 

「…………?」

 

夜も遅くなると言うのに、寝室から話し声が聞こえる。大人なのだから起きていても当然なのだが……もう夜中に近い。

私はそっと扉に耳を当てた。

 

「あなた。やはりどうしても…急がなくてはなりませんか?」

 

「早い方が、あいつの為だろう。新しい環境に馴染むためには、その方がいい。」

 

………………?

一体なんの話を…?

 

「けどまだあんなに…!」

 

「お前の気持ちはわかる。私だって……」

 

新しい環境…

まさか二人のどちらかを他国の家の養子にする……

なんてことはない、か。

 

「いや、それもすべてあいつのためと思えばこそ。血で血を洗う未来を避けるためだ。」

 

「そう……でしたね……」

 

「信じよう、あいつの強さを……」

 

彼女の鳴き声が聞こえてくる。

同時に彼の足音も。

 

(こっちに来る…)

 

通路の端の柵にぶら下がり、彼が歩いてくのを待った。この場合腕力ではなく原素(エレス)を使って無理矢理押し上げているのだが。

 

「ぃよっ…と。」

 

ぐるんと体を回して二階の通路に着地する。

血で血を洗う未来を避ける為、か。この表現はあまり好きではない。私が身を投じてきた世界だからというかもしれないが。

 

「色々ありそうだけど私にはどうすることもできないし、暫くは様子見か…」

 

素早く少女の待つ客室へ移動しながらボソリと呟く。

ふとこんなことに気がついた。何故私が様子見などをしなければならないのか。考えてみれば別に私が首を突っ込まなくても良い問題の筈だ。もう二度と会うことも叶わないかもしれない彼らに、私は何を望んでいる?

 

……私の存在を『忘れないでほしい』……?

 

アスベル達の部屋でもそう思った。何故、なんで、どうして。そんな言葉しか頭を回らない。

人はいつか忘れてしまう。本当にあったこと、存在した人、実在した物…それらを覚えてなんになる?

ならばいっそ、覚えなければ良い。私は風のように、水のように、そこにあるけど認識できないもので良い。

 

そう思ってる筈なんだ。

 

私は………………




今回詰めようかと思った剣の稽古は次話にしますね!

皆さん待っててくれるとめっちゃ嬉しいのであります(^_^ゞ
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