叢雲が提督の指示で改二改装を受けたものの、なぜかあんまり気分が乗らなくてちょっと悩む話。初期艦・叢雲の改二実装が嬉しすぎて、勢いだけで書き上げました。短編1話。

1 / 1
境界線 ~脳内鎮守府カッコカリ 叢雲改二編~

 もう4月だというのに、未だに冬の寒さは遠慮というものを知らないようだ。場所によっては、満開の桜としんしんと降り積む雪が同時に見れたなどという話もあった。海に囲まれ、少し南に位置するおかげで本土よりも温暖で快適なこの島も例外ではなかった。昨日は晴れたにも関わらず冷たい空気が肌を刺し、今日に至っては朝からどんよりした空のおかげで執務室から顔を出す気にもならなかった。

 

「ううっさっむ!」

「寒いわねえ」

既に物置の奥へ封印したはずなのだが、いつの間にかコタツが我が物顔で狭い床を占領していた。天龍と龍田は肩までコタツに体を埋めている。まるでカタツムリのようだ。

 

「温暖化だなんだってうるさいけどなぁ、大島でこれじゃあ向こうは一体どうなっちまってんだ」

「私は天龍ちゃんと一緒にいられて幸せよー。今日はずっとこうしていましょ?」

「それもそうだな。近頃出撃ばっかだったし、今日くらい休んでも問題ないだろ」

 

完全にだらけきった軽巡姉妹を目の前に,叢雲は頭を抱えていた。

 

「アンタ達……、そんな格好で何をしてるの……?」

 

不思議そうな顔をしながら天龍が答えた。

「見て分からないか? コタツに潜って暖をとっている」

 

叢雲は壁に掛けられた出撃表を指差しながら声を荒げる。

「あのねえ、今日はアンタ達が偵察の当番でしょ? そんなとこでぬくぬくしてないでさっさと出撃しなさいよ!」

 

しかし、天龍も龍田もその場から1ミリ足りとも動こうとしない。

「あらぁ、私達、もう3日も連続で偵察に行ってるのよー? そろそろ休みを頂いてもいい頃合じゃなくて~?」

「それもそうだし、こんな寒さの中で外なんか出られるかっつんだ。艤装着けても、30ノットも出せば凍死しちまうぞ」

 

「この程度の寒さで怖気づくなんて、世界水準超えの軽巡洋艦が聞いて呆れるわね」

「それとこれとは話が違う。あと叢雲、お前鼻垂れてるぞ」

皮肉をたっぷり込めたつもりが、予想外のカウンターを食らってしまった。叢雲は顔を真っ赤にして、急いでチリ紙を探す。叢雲とて同じ艦娘である。今日の寒さはそれほど体に堪えた。

 

「おーい、今日の偵察任務、まだ行ってないのかー?」

執務室の扉が開き、そこからいつものボサボサ頭がぬっとその姿を現わした。横須賀鎮守府離島第一支部を仕切る提督・山下海晴が執務室を一瞥する。

 

「ちょっと司令! このクソレズ軽巡、今日の偵察任務を……」

「おっ、コタツ出してくれたのか! 気が利くねえ、流石は我らが誇る秘書艦・叢雲だ!」

叢雲の抗議など何処吹く風、山下は体に巻きつけた毛布を引き摺りながら部屋に入り、既に満員状態のコタツの中へ無理矢理足を突っ込んだ。

 

「ちょっとお邪魔するぞー」

「ちょっと、おい! ここはオレ達でもういっぱいなんだよ!」

「提督ぅ~? その薄汚い足を早急に引っ込めてくれますぅ~? そんなに叩き切られたいですかぁ~???」

「何言ってんだお前ら、肩まで潜るなんてオレは認めないぞ! コタツはみんなのモノだ! さっさとスペースを空けろ!」

 

目の前で繰り広げられる上司と同僚の不毛な争いを、叢雲は冷ややかな目で眺めていた。

 

「し・れ・い・か・ん? 今日の偵察任務、天龍と龍田が担当なんですが?」

ゆっくりと、静かな怒りを込めて叢雲は山下に迫る。

 

「お、そりゃ丁度いい! ほら、お前らは仕事だ! さっさとオレのコタツから去れ!」

山下にとって、今現在の最重要事項はコタツの死守のようだ。

 

「断固断る! 例えこの執務室が爆撃されても、オレはここから絶対動かないからな!」

「そもそも提督ぅ~? あの出撃表、ちょっと不公平じゃない~? ここのところ、叢雲さんは近海での演習ばかり。姿の見えない潜水艦にずーっと神経尖らせるの、大変な仕事なのよぉ~?」

 

この鎮守府には、天龍姉妹と叢雲以外に軽空母も在籍している。敵の水上部隊や航空戦力の偵察は軽空母達の艦載機が担当するのだが、潜水艦に対する哨戒任務は専ら対潜攻撃が可能な天龍・龍田・叢雲の仕事だった。水中に忍者の如く隠れひそみ、不意打ちの魚雷攻撃も仕掛けてくる潜水艦の哨戒任務は、接敵の有無に関わらず精神的な負担が大きかった。2人で協力しつつとは言え、既に3日連続でこの任務をこなしている天龍姉妹にとって、提督への抗議は意外と切実なモノであるのだ。

 

 その辺りの事情も、山下は十分承知の上であった。ふと山下は何かを思い出したように叢雲に告げた。

「そうだ、今日は任務の担当変える予定だったなぁ。叢雲、1隻で大変かもしれんが、対潜哨戒任務、行ってくれないか?」

 

叢雲は、山下の軽い言葉に堪忍袋の緒が切れかけていた。

「はぁー!? ちょっとアンタ、怠けてる人間の肩を持つって言うの!?」

 

山下は叢雲の怒りの言葉を軽くあしらう。

「そういうわけじゃないさ。流石に4日連続の対潜哨戒は無理があるだろ? それに、こいつらには今日、別の仕事を頼む予定なんでね」

 

束の間の休日を得られると思っていた天龍姉妹だったが、その言葉を聞くと静かにコタツの中へと逃走をはじめた。山下は更に続ける。

 

「まぁなんだ、帰ってきたら良い事が待ってるから、ちゃっちゃと終わらせて戻ってこい。よろしく頼んだぞー」

山下は立ち上がり、コタツを机ごと剥ぎ取ると、そのまま石のように動かない天龍と龍田の腕を引きずり、執務室を後にした。

 

 『帰ってきたら良い事が待ってる』という言葉が、叢雲は妙に引っかかっていた。龍田が言うように、確かにここ最近は、対潜哨戒ではなく近海での軽空母や重巡洋艦との演習の時間が大半を占めていた。所属艦娘がそもそも少ないこの鎮守府では、パトロールのルーチンを組むのも一苦労であり、それは昔から変わっていない。そんな状況の中、自分だけ演習が増えたということに、何かしら意味があるのは明白である。しかし、それが何なのか皆目見当もつかなかった。

 ふと、執務机の電波時計に目を向ける。こんなところで1人思案している場合ではなかった。とっくに出撃予定時間は過ぎている。出撃準備を整えるべく、ハンガーラックにかかったマフラーを手に取ると、叢雲は下の階へと駆け下りて行った。

 

 

 

 幸いにも、今日は潜水艦との戦闘は発生しなかった。と言っても、哨戒中は常にソナー音に注意を向けていなければならないため、帰投した叢雲には無視のできない疲労が蓄積していた。このハードな任務を何だかんだ言いつつ、3日も連続で何事もなく完遂してしまう天龍姉妹に、叢雲は素直に尊敬した。旧式の軽巡洋艦ではあるが、彼女達の経験とタフさに追いつくには、まだまだ一層の鍛錬が必要だろう。

 

 執務室に戻り、報告を終えると叢雲は1枚の指令書を手渡された。仰々しい題字を読み飛ばし、本文に視線を移す。

 

「『横須賀鎮守府第一離島支部所属、駆逐艦叢雲 右の者の改二改装を許可する。国防軍統合大臣……』これ何? 改二改装って?」

秘書艦を長いこと務めてきただけあって、上層部からの指令書は数え切れないほど目を通してきたが、今回はそれらとは毛色が違った。

 

「あれ? 改二改装、知らないのか?」

山下が意外そうな顔をした。

 

「改二ってもしかして、あの摩耶の艤装が突然豪華になってめちゃくちゃ強くなったアレ? あれって、戦闘中に偶然起こるモノじゃないの?」

「そうだな、あの時に起きた摩耶の艤装の変化も、改二改装と結果は同じだな。過程は違えど、艤装を更新し、より強力なモノに置き換えたって意味では同じだ。だけどな、感情の昂ぶりによって艤装の力を引き出す形での改二改装は、如何せん艦娘への身体的負担が大きいんだよ。今回は、もっと負担の少ない方法でお前の艤装を更新しよう! って話なわけだ」

 

そこまで説明したところで、山下は叢雲の方へ向き直った。

 

「つまり、要約するとお前はこれから1時間後、改二改装を終えてもっと強くなる! ということだ。ほら、良い事があるって言ったろ?」

 

改二改装について、大袈裟だが丁寧な説明を終えた山下は、叢雲の喜ぶ顔を期待していた。しかし、返ってきた反応は驚く程ドライだった。

 

「そう……、それは良い事、かも知れないわね」

「……あっれ、もっと大喜びすると思ったんだけどなぁ」

 

少し落胆した山下だったが、すぐに気を取り直し指示を伝える。

 

「まぁ改装が終われば、お前も気に入るはずだ。下の工廠で、天龍と龍田がもう準備を済ませてるから、さっさと行くぞー」

 

山下は叢雲の背中を押し、強引に工廠へと連れて行く。

 

「ちょっと司令!? 私、改二改装なんかしなくたって……」

「お前の改装のために、何回大っ嫌いなお偉いさんどもに要望を出したと思ってるんだ? ほらほら、遠慮なんかすんなって」

 

言われるがままに連れて行かれた工廠には、見慣れない数々の機材と小さく山積みにされた資材が置かれていた。

 

 艤装の改造には、『近代化改修』と『改造』の2種類が存在する。『近代化改修』では、艤装の火力や装甲を強化するために、使用者のいない余りの艤装を使用する。これは、艤装の内部構造には一切手をつけないため、改造の手段としては比較的容易に行うことが可能である。その分、強化の幅は狭く、すぐに限界が訪れてしまう欠点がある。

 一方で『改造』は、艤装の中に宿る艦艇の魂と艦娘の意識との融合を行い、能力の向上を図る。この方法では、時間と手間がかかり、魂と意識の融合に体が馴染むまで一時的に戦闘能力が落ちてしまう弱点があるものの、近代化改修とは比べ物にならないほど大幅に艦娘の能力を向上させることが可能であった。

 

 今回叢雲が受ける『改二改装』は、この『改造』に近いモノであった。元は、「戦闘中に極限まで感情を昂ぶらせた艦娘が,艤装に秘められた力を引き出し艦艇の魂との融合を更に深め、武装を強力なモノに自ら変化させた」という報告が各地で挙げられたことが始まりである。この頃から、改二改装によって得られる戦力は絶大であったものの、戦闘中に偶発的にしか起こらない、艦娘の精神と肉体に大きな負担がかかるなど問題が山積みであった。

 

 現在では研究が進み、特定の艦だけであるものの、より安定かつ安全な方法で改二改装ができるようになっていた。工廠に並ぶ機材を眺めながら、天龍がつぶやく。

 

「こいつを使えば、オレももっと強くなれるのか……。なぁ提督、オレの改二改装も早く申請してくれよ」

 

山下は残念そうな顔で答える。

「そりゃオレだって、申請を出したいのは山々だ。だけどな、改二改装に関する研究はまだまだ発展途上で、安全な方法が確立している艦はまだ全体の30%にも満たないのさ」

「それじゃ仕方ねえな。叢雲、お前は運がいいな。まぁ改二になったところで、まだまだ練度で負けるつもりはないけどな!」

 

天龍は大きな声で笑う。しかし当の叢雲は、未だに難しい顔をしたままだった。

 

「それじゃあ天龍ちゃん、はじめましょうか」

「おう、そだな」

 

 

 

 本来ならば、技術士官の1人くらい監督としてやってきて然るべきなのだが、機材についてきたのは分厚いマニュアル1冊のみであった。山下が上層部からことごとく嫌われていることは周知の事実であったため、ぞんざいな扱いに今更疑問を抱くことはない。だが、天龍と龍田、そして山下のぎこちない準備の様子を眺めていると、やはり一抹の不安は拭うことができなかった。山下の見積もりでは1時間で終わるはずの改二改装が、前準備が完了した段階で既に3時間以上が経過していた。

 

「ねえ司令、ホントにこれ、大丈夫なの?」

「何不安になってんだ、完璧そのものだって。マニュアル通りちゃーんと準備したんだし」

いつものように山下は飄々と話したが、それが却って叢雲の不安を煽った。

 

「大丈夫だって。もし不具合があれば、天龍達が機材ごとぶっ壊して助け出してくれるから」

その言葉に呆れ、叢雲はため息をつく。この男はいつもこんな調子だ。それでも、この男の指示はいつも的確で、常に未来を見通しあらゆる事態を想定して動くことのできる人間である。今更不安など抱いたところで、杞憂に終わるだろう。叢雲はそう考えることにした。

 

「それじゃ、オレはことが終わるまで席を外すぞ。あとは天龍と龍田、よろしくな」

「何よ突然、大事な秘書艦の改装なのに、最後まで見届けないの?」

工廠を後にしようとする山下の背中に叢雲が声をかける。

 

「見届けたいのも山々なんだがな、改装を始める前にお前は服を脱がなきゃならんのさ。生憎オレは、年端も行かない女の子の裸を寄ってたかって鑑賞するような趣味は、これぽっちも持ち合わせてないんでね」

山下は扉の向こうに姿を消した。言い残した言葉は、全くあの男らしかった。

 

 改装中、叢雲は何もすることは無かった。最初に飲んだ睡眠導入剤によって眠らされ、気づいたら全ての作業が終了していた。なるほど、たったこれだけで能力が向上するなら、確かに素晴らしいことだ。科学の進歩に感謝しなくては。

 

「お、終わったらしいな」

「楽しみだわー。聞いた話だと、改二になると、胸部装甲が立派になる副作用が現われることがあるらしいの」

「何だって! そうか……、遂に叢雲にも、あの謙虚で慎ましい胸から卒業する時がやってきたのか……。イジり甲斐がなくなっちまうなぁ……」

 

こちらには聞こえていないと思っているのだろうか、誠に失礼な会話が外から聞こえてくる。

 

「天龍に龍田、アンタ達の会話、申し訳ないけどしっかり聞こえてるわよ?」

「なーんだ、聞こえてたのかよ。まぁ遠慮なんて、最初からしてないけどな!」

このくらいの軽口の応酬はいつも通りだ。

 

「言ってくれるじゃない。アンタの邪魔そうなタンクを、早く一発殴りたくなってきたわ。これ、どうやって出ればいいの?」

「その口ぶりだと、どうやら成功したみたいだな。腰のベルトを外して、右手にあるボタンを押せばハッチが開くはずだ。服も新しいモノが身につけられてるはずだから、安心して出てきていいぞ」

 

 叢雲はゴソゴソとベルトを外し、ボタンを探す。SF映画に出てくるような人ひとりがピッタリ入る小さなカプセルから、改二改装を終えた叢雲がその姿を現わした。まだ少し眠気が残っているが、起き上がるのに支障はない。ゆっくりと工廠の床に足をつけ、カプセルから降りる。大きく伸びをして、深呼吸をしてみた。

 

「ふー、思ったよりも、気分は悪くないわね……」

案外思っていたより、悪いモノではなさそうだ。とりあえず、鏡で自分の姿を確認したい。しかし、そんな気の利いた道具はここにはなかった。

 

「アンタ達の噂通りなら、きっと美人になってるんでしょうね。どう? 似合ってるかしら?」

手近にいた天龍に感想を求めたが、この選択は大きな間違いだった。

 

「お前、ちょっと太ったか? てか、髪の毛もパーマかけたみたいだし……。正直、前の方がよかったなぁ!」

冗談のつもりの天龍だったが、次の瞬間、叢雲の右手は天龍の顎を正確に捉え、その体は軽々と宙を舞った。

 

 

 

 次の日、朝から叢雲は気分が悪かった。昨日の天龍の軽口が、なぜか未だに引っかかるのだ。いつもならその場で軽くあしらうことができるのだが、今回は衝動のままにお手本のようなアッパーを天龍に食らわせてしまった。生身の人間が艦娘の渾身の一撃を食らえばひとたまりもないが、天龍も艤装を着けていたお陰で大事には至らなかった。

 意識を取り戻すと、「冗談が過ぎた」と天龍はすぐに謝罪してくれたのだが、やはり「前の方が良かった」という一言が頭から離れない。朝食を食べる箸も一向に進まなかった。

 

 気分が上を向くことのないまま、気づけば演習の時間になっていた。今日の演習は、改二改装で新しくなった艤装の動きを確認することが目的である。相手は、軽空母の隼鷹と、この鎮守府唯一の戦艦艦娘である航空戦艦・山城だ。戦闘の流れとしては、隼鷹が発艦させる艦載機の攻撃を12.7cm連装高角砲で牽制しつつ接近し、山城に対して61cm三連装酸素魚雷を叩き込む、というモノだ。この想定であれば、主機の動作や舵の反応、新しい武装の動作など、必要なチェック項目をほぼ満たすことができるだろう。

 

「私にも、とっくに改二改装の許可は下りているのに……、不幸だわ……」

「そう湿気た顔すんなって! 気長に訓練してれば、練度は勝手に上がるって!」

山城は、新しい艤装に身を包んだ叢雲に羨望の眼差しを向けた。隼鷹、山城ともに改二改装の許可は既に下りているのだが、改装を実行に移すため必要な『十分高い練度』に達していなかった。

 

「それよりさ、叢雲。どうよどうよ、改二の艤装は!? 前より強くなった感じするのか!?」

興奮した声で隼鷹が尋ねてきた。隼鷹の練度は、もうすぐで要求された数値に到達するところだ。あと少しで自分も新たな力を得ることができる、その喜びと期待が表情からにじみ出ていた。

 

対する叢雲は、隼鷹の問いかけにも気づかず上の空だ。

「おーい、叢雲? 大丈夫か? 体調悪いのか?」

肩を叩かれ、叢雲はようやく我に帰った。

 

「あっ、えっと、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたわ……」

「しっかりしてくれよー、いくら演習弾だって言っても、戦艦の砲撃はもろに食らったら痛いぞー? まぁアタシの艦載機がいれば、山城の砲撃なんか食らう間もなく叩きのめしちゃうけどねー!」

隼鷹の言葉のあからさまな挑発に、叢雲は大声で対抗した。

 

「な、何言っちゃってんの! アンタの旧式ばっかのへっぽこ艦載機なんて、目をつぶったって撃ち落とせるわよ! 山城への攻撃のついでに、アンタにも酸素魚雷食らわせてあげるから!」

叢雲の言葉に、隼鷹は満面の笑みを浮かべる。

 

「そうそう、アタシ達の叢雲はそうでなくっちゃ! 実戦だと思って、思いっきりぶつかってきなよ!」

隼鷹は、正にこの鎮守府のムードメーカーだった。気分の乗らない自分をさり気なく盛り上げてくれたことに気づき、叢雲はありがたい気持ちになった。今はウジウジしている時ではない。手に入れた新しい力を、思う存分試そうじゃないか。

 

 3人は互いに指定の位置へと移動した。

「準備はいいですか?」

山城の声が通信機から聞こえた。

 

「いつでもどうぞ」

叢雲は淀みなく答えた。

 

「それじゃあ、行きますかー!」

隼鷹は手に持っていた巻物を勢いよく広げると、一瞬の内に飛行甲板へと変化させた。そして、もう片方の手で懐から飛行機の形をした和紙を取り出し、力を込める。すると、和紙は一斉に紫色の炎を上げ、強い光を放ちはじめた。

 

「第一次攻撃隊、発艦はじめ!!! いっけえー!!!」

隼鷹が叫ぶ。手の中の炎を勢いよく飛行甲板へと滑らせると、それらは瞬く間に真っ白に輝く翼と固定脚が印象的な九九式艦上爆撃機に姿を変え、無限に広がる青空へと次々と飛び立って行った。

 

「式神方式の発艦って、いつ見てもわけが分からないわ」

叢雲が率直な感想を漏らす。

 

 艦載機の発艦が演習開始の合図だ。叢雲は瞬時に飛び立った艦載機の数を確認し、隼鷹の後方に控える山城に目標を定め、大きく迂回しながら全速力で向かって行った。

 

 叢雲と隼鷹の距離は、最初からそう離れていなかった。九九式艦爆の編隊は、あっという間に叢雲の頭上に群がり、一斉に急降下をはじめた。

 

「遅い!」

叢雲は新しい高角砲で艦爆隊を牽制しつつ、投下された爆弾を華麗な身のこなしで的確にかわす。旧式で低速な九九式艦爆の急降下爆撃の回避など、自らの努力と練度に絶対の自信を持つ叢雲にとっては造作もないことだ。

 

「たったこれだけ? 所詮は商船改造空母、大したことないわね!」

演習前の意趣返しとばかりに叢雲が叫ぶ。叢雲の進路に立ち塞がるモノはもう何もない。最終目標の山城に向かって、進路を直線に変え突撃する。

 

「こんなの序の口序の口、第二次攻撃を同じように避けられるかなー?」

9時の方向から、九九式艦爆とは別のエンジン音が聞こえてきた。その音はどんどん大きくなる。明らかに速度が速い。振り向くと、緑色の翼と先細りの機首が特徴的な爆撃機が十数機、視界に飛び込んできた。艦上爆撃機・彗星、その11型である。最高速度は、先ほどの九九式艦爆よりも150km/hも上をいく、この鎮守府にはつい最近配備されたばかりの高性能機だ。

 

 隼鷹は、叢雲が九九式艦爆の回避をしている隙をつき、彗星の発艦を既に完了させていた。楽に対処できる相手ではない。山城から一度距離をとり、迎撃態勢に入る。

 こちらの対空砲火を掻い潜り、彗星の編隊は急降下爆撃を開始する。旧式の艦爆とは比べ物にならないスピードだったが、その動きを目で追うことはできた。大丈夫だ、これなら避けられる。叢雲は思いっきり舵を切った。

 すると突然、機関が悲鳴をあげ船足がガクンと落ちた。煙突からは黒煙が上がり、焦げ臭い匂いが立ち込める。

 

「うわっ、ちょっと何? どうしたの?」

急に目標のスピードが落ちたために、彗星が投下した爆弾は遥か前方に着弾した。結果的に回避は成功したが、このままでは残りの爆撃をまともに食らってしまう。

 

「改装したばっかりなのにエンジントラブルなんて、ついてないわね……」

機関が完全に停止した訳ではなかったが、今や半分くらいのスピードしか出せない状態だ。仕方がない。速度が戻るまで不規則な航路で狙いを外しつつ、高角砲で凌ぐしかなさそうだ。

 

 追いかけてくる彗星の編隊に照準を合わせ、高角砲を連射する。命中はしないが、対空砲火に晒された彗星は、少し離れて距離を取る。そして攻撃を止めると、すぐにまた接近してきた。本当は数機だけでも撃墜したいのだが、どうしたものか、高角砲の調子がおかしい。連射速度が明らかに遅いのである。おかげでなかなか艦爆隊を引き離すことができない。

 

 今回の叢雲の攻撃目標は山城である。早く艦爆隊をやりすごし、接近して酸素魚雷を命中させなければならないのだが、これではらちがあかない。叢雲の表情に焦りが見えはじめる。

 

 普段の冷静さを失った叢雲は、いつの間にか自分と敵の位置すら失念してしまっていた。突然、周囲に何本もの水柱が上がり、危うくバランスを崩しかける。

 

「……っつ、戦艦の主砲弾!? そんな、まさか!?」

 

距離を空けていたいたはずの山城が、すぐ近くで砲をこちらに向けていた。気づかない内に、相手の有利な位置に誘導されてしまったのだ。

 

「そんなにビックリしないで欲しいわ。私、浮き砲台じゃないのよ?」

山城は腕を組んだまま、主砲と副砲を交互に発射する。攻撃に全く切れ間がない。逃げをうつこともできない叢雲は、どんどん追い詰められていく。

 

「くっ……、こうなったら……」

幸いにも、機関の調子は戻りつつある。目標が向こうから近づいてきてくれたのだ。これはチャンスだ。

 

「言うこと聞きなさいよね、行くわよ!」

これ以上のトラブルが起きないことを祈り、砲撃が降り注ぐ方へ勢いよく突進する。万全ではないが、どうにか誤魔化せるレベルだった。山城の砲撃をスレスレの所でかわし、後ろの方へと回り込む。相手は低速の戦艦だ、駆逐艦の素早い機動に追いつくことはできない。

 

「もらった! 酸素魚雷、食らいなさい!」

魚雷発射管からプシューという音とともに、3本の魚雷が一斉に海中へと投げ出される。理想的な位置からの3本同時発射、しかも航跡の見えない酸素魚雷だ。避けられるわけがない。絶対に外さない自信が叢雲にはあった。

 

 目標まであと3秒……、2秒……、1秒……、姿の見えない魚雷に思わず身構える山城。しかし、何も起こらない。

 

「……え? うそ、なんで何も起きないのよ? まさか……、深度調整ミスった!?」

目と鼻の先まで近づいて放った魚雷は、無情にも海底深くを通り過ぎて行った。自信のあった魚雷攻撃をしくじり、叢雲はショックを隠しきれない。

 

「今日の叢雲さん、とことんツキがないのね」

猛烈な砲撃が再び叢雲を襲う。至近弾をもらい、派手にすっ転んで顔を思いっきり水面にぶつけた。

 

「まぁ、悪く思わないでくれよ」

隼鷹が艦爆隊に指示を飛ばす。「いたたた……」とつぶやきながら叢雲は空を見上げたが、もうそれは艦爆隊が爆弾を投下した後だった。

 

 

 

「いやー機関がトラブったのに、よくあそこまで持ちこたえたなぁ。あたしゃ最初におかしくなった時点で、もうオシマイかと思ったけどなあ」

湯船に浸かりながら、隼鷹は今日の演習を振り返る。演習用のペイント弾でベトベトの体を叢雲は丁寧に洗い流していた。

 

「私も、あの距離で魚雷を撃たれたら、ペイント塗料の雨を覚悟するしかなかったわ。珍しく今日は、運が良かったけれど」

「そーそー、不運なトラブルさえなきゃ、今日の叢雲の動きは申し分無かったってば。あ、でも彗星に追い回されて、山城の位置を見失っちゃったのはまずかったかなー」

機関の出力低下、高角砲の不調、そして絶対の自信を持っていた魚雷攻撃の失敗……、演習場から帰投する間も、叢雲は一切口をきかなかった。隼鷹と山城が励ますが、彼女のショックは未だに癒えないようだ。

 

「もうさ、運が悪かったのは全部山城のせいにしちゃえばいいんだよ。アタシ、この前山城と買い物行ったら、道中で3回も鳥に爆撃食らってさー」

「何よ、それ、私のせいだって言うの?」

「近頃の山城は、周りから運を吸い取って不運を回避するテクを身につけたからなぁ。一緒にいたら、生きた心地がしないよ」

「黙って聞いていれば、言いたい放題言ってくれるじゃないの……、このアル中空母が!」

 

頭を泡立てたまま山城は湯船に飛び込み、狭いスペースの中でプロレスをはじめた。

 

「酒は好きだけどアル中じゃないって……いでででででで! ごめん!ごめん! 冗談だって許してええええええ!」

 

隼鷹の絶叫が浴室を覆い尽くす。一方の叢雲は、2人の格闘戦に何の反応も示さないまま、濡れた体をいそいそと拭っていた。

 

「あれ、もう出ちゃうのかよー。折角なんだし、ゆっくり浸かろうぜ!」

 

しかし、叢雲は俯いたまま風呂桶に石鹸やタオルを詰めると

「昔の方が……、良かった……」

ぼそっとつぶやき、そのままさっさとその場を後にしてしまった。

 

隼鷹と山城は顔を見合わせる。

「……ありゃ重症だな」

「……そうね、提督に話しておいた方がよさそうね」

 

 

 

 

 ここ最近は曇りや雨ばかりで、夕暮の赤く染まる海も久々だった。桟橋の先端で、叢雲は釣竿を手に、1人たそがれていた。元々釣り好きという訳でもないのだが、かつてここに所属していた後輩から教えてもらったことがあった。彼女達が転属してから、もう随分経つが元気にしているだろうか。

 

「何だ、こんな近くにいたのか。てっきり、どっかの飲み屋でヤケになってるかと思ったぞ」

後ろから山下の声がした。ヨレヨレの士官服とボサボサの髪の毛が海風になびく。

 

「アンタ、私を何歳だと思ってるのよ。まだお酒は飲めないし、そもそもゲーセンとかでストレス発散しようにも、この島何もないじゃない」

「それもそうだ。艤装持ち出してどっか放浪されでもしたら大問題だしなー」

山下は叢雲の隣にどっかりと座りあぐらをかいた。

 

「叢雲、その竿、餌ついてないぞ」

釣り糸の先を眺めながら山下が不思議そうな顔をした。

 

「べ、別にいいじゃない! そもそも私、魚釣り得意じゃないし」

「じゃあどうしたんだよー。演習終わってから全然元気がないって、隼鷹も山城も心配してたぞー?」

 

あの2人、よりにもよってこの男に声をかけたのか。自分が1番弱みを見せたくない、この男に。叢雲は頭を抱えた。

 

「……改装が悪いのよ」

「え? 何だって?」

山下が聞き返す。

 

「全部、あのよく分からない改装のせいよ! 使い慣れてた武装も主機も、全部別のモノに変わっちゃって、そんなモノを1日でまともに動かせる訳がないのよ! てかそもそも、あの持ってきた機材、壊れてるんじゃない? 機関はおかしくなるし、高角砲もポンコツだし、それに私が!あの距離で魚雷を外すなんて! こんなめちゃくちゃなら、昔の艤装の方がよっぽどマシよ!」

そこまで言うと、視線を落として静かに続けた。

 

「それに司令も、アンタも、もう少し私のこと信頼してくれてると思ってた。この島には、複数の戦艦や空母を運営する余力はないから、私の力を活かせる、駆逐艦だから必要としてもらえる。そう思って、自分を鍛えて、格上の相手でも倒せる技術を磨いてきた。秘書官として、いっつも火の車なクセして最新装備を要求するアンタのワガママにも応えて、この鎮守府を必死に維持してきた。なのに、アンタはいつもヘラヘラして他の娘達と遊んでばっかし! 挙句の果てに、私に相談もせずに勝手に改装決めて、こんなに色々やってきたのにまだ足りないって言うの!」

叢雲の握り締める釣竿は小刻みに震えていた。日は完全に水平線の彼方に消え、辺りはうっすらと暗くなり始めていた。

 

山下は大きくため息をつく。

「あー、改二改装の話した時、妙に反応が悪かったのはそういうことかー。はぁ、オレはお前に、自分の気持ちが分かってもらえなくて寂しいぞー」

「……アンタだって、私の気持ち、これっぽっちも分かってないわよ」

 

山下は呆れ顔で続ける。

「あのなぁ叢雲? お前はオレにとって、最初の艦娘なんだぞ? この鎮守府に所属するどの艦娘よりも付き合いは長い。信頼してないわけがない。お前の努力だって、オレはちゃーんと見てるつもりだぞ。ここに着任してから1ヶ月後くらいか? 朝4時のランニングからはじまって、艤装をつけて高速機動の練習。少し遠洋に出て射撃と魚雷の訓練。んで、隠れて訓練してるのがバレないように、軽くシャワー浴びて髪を乾かしてから朝6時に他のメンバーを起こして回って……、そういえば、今日の朝だけはいつもの朝練、してなかったな? もしかして不調はそれが原因……」

 

叢雲は自分の努力を見られるのが苦手だ。単純に恥ずかしいからだ。だから、朝方の皆が寝ている時間帯にこっそり自主訓練を積んでいた。その様子をここまで詳細に把握されているとは、嬉しいとか恥ずかしいとか以前に、むしろ気持ち悪い。

 

「アンタねえ……、そこまで来たら立派なストーカーよ……」

「まぁ、言われてみればそうかもな」

嫌悪感たっぷりの言葉を投げかけたつもりが、さらっと流されてしまった。

 

「改二改装を決めたのだって、純粋にお前にもっと強くなって欲しい、その一心だけだよ。もちろん、お前の実力に疑問を抱いてた訳じゃない。でも、やっぱりお前は駆逐艦だ。毎日訓練をしてるお前のことだ、もう実力の伸びも殆どないってこと、自覚してたんじゃないのか?」

山下の言う通りだった。いくら他を圧倒するような訓練を積んでいても、叢雲は所詮駆逐艦だ。どうしても超えることのできない壁、練度の頭打ち、そういったモノを最近はより強く感じるようになっていた。改二改装に対する不信感が生まれたのも、「自分はまだやれる」という小さな意地が働いていたせいかも知れなかった。

 

「改二改装は、練度の限界を取り払ってくれる改造だ。まぁ艤装の中身に手を加えて、艦娘の意識と艤装の魂をイジる改造だから、改装してすぐは一時的な能力の低下が起こるんだけどな」

山下の言葉に、叢雲は思わず顔を上げた。

 

「ちょっとアンタ、今の話、『一時的な能力の低下』なんて、私一切聞いてないわよ?」

「あっれ? 言ってなかったっけか? 艤装に大幅に手を加えるから、慣れるまではちょっと不自由になるかもって……。そうだ、どうせお前のことだから、そんなこと気にせず『どう? 似合う? もっと褒めなさい!』くらいで流すだろうって思って、何も言ってなかったんだった。すまんすまん」

つまり、今日の演習の失敗は叢雲の責任ではなかった、ということだ。この男は、こうしていつも重要なことを省いて物事を進めようとする。全く、今まで思い悩んだ時間を返してくれ。そう思いつつも、叢雲は安心することができた。

 

「それにしてもお前、意外と乙女なんだな」

山下が言った。

 

「アンタねえ、私をなんだと思ってるの? 私達はねえ、艤装つけて訳の分からない敵と戦ってる以外は、どこにでもいる普通の女の子なの! 分かってる!?」

そこにいるのは、山下の軽口に食ってかかるいつもの叢雲だった。

 

「わーってる、分かってるって」

手をヒラヒラさせながら山下は答えた。

 

「いつもありがとな。ヤツらに手も足も出ないオレらの代わりに、傷だらけになっても必死でこの島を守ってくれて。いつもは言わないが、感謝してるからな」

1番欲していた言葉を最後に、しかもさらっと口にする。初めて会った時から何も変わらない。だが、この男だからこそ叢雲は今まで生き残ることができた、そう断言できる。

 

「そうだ。明日、要請していた横須賀との合同演習、どうする? 演習には参加できなくなるが、心配ならお前の艤装、精密検査をしておくぞ?」

「また野暮なことを聞くのね。私の参加しない合同演習なんて、何の意味があるのかしら? それに早く慣らさないと、いつまで経っても言うこと聞くようにはならないでしょ?」

「それもそうだな。んじゃ、明日は頼んだぞ」

立ち去ろうとする山下の背中に叢雲が声をかける。

 

「アンタも、せいぜいその薄汚い姿を悪く言われないように努力することね」

上官に向けたとは思えない言葉をペラペラと口走る。高飛車な態度はここに来てから一切変わっていない。他の鎮守府の提督や艦娘が見ればビックリする光景だろう。しかし、変わらない人柄・態度・言葉、それらは今や、2人の信頼の象徴だ。これからどんなことがあろうと、相手を信じて突き進むだけだ、互いにそう確信できるのだった。

 

 餌のついていない釣竿が、ゆっくりと風に揺れていた。




 初期艦は叢雲です。改二実装嬉しすぎました。構想から完成までおそらく最短記録です。書き上げて力尽きたんで、実は推敲しっかりしてません(汗 今後ミス見つけたら直します。

 因みに明日はTOEICです。知るかって(ry

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。