『博麗霊夢』という少女は、彼女という人間について2つの面を持ち合わせている。
一つは、「博麗霊夢」としての側面。木の葉の下忍として世を漂泊しつつ、チャクラと根底から異なる力源、霊力を使い他の忍を圧倒する存在として君臨する17代博麗の巫女、女としての「表」の姿。
そしてもう一つは、「彼」としての側面。この世界にやって来る前、現代日本の大学生として学生生活を、希望が見出せず苦しいながらもやってのけていた頃の、前世の男としての「裏」の姿。
彼女――いや、『霊夢』自身がこの世界に改めて第二の人生を歩み始めた頃は確かに違和感こそあったもののそれを気にしている場合ではなく、色々こなしている内に慣れてしまいいつの間にかこれが当たり前だと思い込んでいた。
しかし時が過ぎ、身体もまた成長してゆくにつれて「そう」も行かなくなってきていたのだ。当たり前だと思い、見過ごしてきていた二律背反の矛盾を無視しきれなくなってきていた。
自分は「女」として生きるべきなのか、それとも「男」として生きるべきなのか。
結局私とは、なんだ?
この命題にぶち当たると同時に、自身が「博麗霊夢」という本来別世の少女に完全に同化しかけていることを遂に自覚した。
そのこと自体について嫌悪感を覚えるというわけではない。「博麗霊夢」として振る舞うであれば、その方がむしろ都合がいい。別に前世の性格とかに何か未練があるわけではない。
しかし問題は、極限的に「博麗霊夢」という存在に近づいているのにも関わらず、「それ」そのものには辿り着けないという事実だった。つまりは前世の記憶や性格、容姿や性別などが薄れつつも、消える気配を見せないのだ。自身が同化しつあることに気付いてからは尚更である。
これが彼女をある時から恒常的に悩ませ続けていた。
完全に女――「博麗霊夢」だと割り切り生きようにしても前世の性別が障害としてはだかり、男――「彼」として生きようにも自身の容姿も、性格も、思想も、女の物に限りなく近い以上今更何をどうすることもできない。ジレンマに近い矛盾が渦巻いていた。
結果、この命題に明確な答えを導き出すことが出来ず現在まで保留状態のまま封をして心に留め置いていたわけだが、その封をナルトという少年はいとも容易く剥がしてしまったのだ。
「はぁ……」
闇に覆われた天空に浮かぶ三日月をひとり眺めつつ、思わず溜息を吐く。
さあ、答えの出ない自問自答の始まりだ。まさかここに来てこれと対面することとなるとは――。恐らくは、ただ普通に言われても――何の気持ちも入っていなければこのように封が外れることはなかったのだ。
ナルトのあの、心からの叫びとして現れた言葉だったこそ封印が破られた――全く、厄介な「主人公」だ。
「けど、本当にどうすればいいのかしら……私」
その呟きに答える者はいない。代わりに返ってくるのはコオロギの鳴き声、ただそれだけだ。
しかしどうも――返答に期待している自分がいる。答えを、道筋を、ヒントを心で求めている、『博麗霊夢』がいる。
「あーあ、なっさけないわねえ……」
頭をガシガシと乱雑に掻き毟る。
まったく、本当に情けなく思う。計25年も生きていながらこんな所で躓いているとは――いや、だからこそ躓いてしまっているのか。
そしてだからこそ――。
「何してんだよ、お前……」
「……ヒカル……」
――同じ班員の登場に喜んでしまっていた『彼女』が、あったのかもしれない。
◇
無言。ただ静寂が霊夢とヒカルの二人だけの空間を包み込む。。
屋根で二人、並んで夜空を眺める。しかしそこに、会話はない。どちらも会話を切り出そうとすらしていない。時だけが気ままに進んでいく。
彼、ヒカルにしても気になることはあった。単純なことだ。ナルトの見たあの悲愴の表情を、彼自身も捉えていたのだ。
しかし、単にそれだけで気になったというわけではない。もっと深い理由があった。
もう随分昔のように感じられるが――あの博麗神社へ迷い込んだ時に見たあの表情と、一致していたのだ。
噛み合わないままだった歯車が一枚だけだが、ついに噛み合った気がした。
無論その質問のどこが彼女をそうさせたのか――何を彼女は想ったのかについては定かではない。けれど彼は確信した。
彼女は自身の『何か』について悩んでいる。表に出ない、表に出せない『何か』が、この強き可憐な少女の中で絡まってしまって解けなくなっていることを。
そこまで悟ったところで今この状況なわけだが、さあどうすればいいだろうか。察したはいいものの、本当に正しいかは分からないし何よりそんなプライベートなことまで突っ込んでいいとは思えない。下手に特攻するとストーカーのように思われてしまいそうだ、勘弁したい。
ただ、屋根に上ったところで垣間見えた、幻想的に僅かな月夜で照らされたその横顔も、確かに「あの時」の表情だったのは間違いなかった。
真横で座って空を見上げる彼女の顔を傍目で捉える。ヒカルが来てからはいつものような無表情で佇んでいる。これだけ見ると先程の表情など言われても想像すらできないほどに、いつも通りに。
しかしこの横で空を仰ぎ見ている紅白巫女は一体何を考えているのだろうか。この星空に、この月夜に、何を映し出しているのだろうか。まったくというもの、昔遠目で見ていた時代から今目の前で姿を捉えられるようになっても分からないままだ。魔理沙などなら分かるのだろうか、また明日にでも聞いてみてもいいかもしれない。
まあそんなことはどうだっていい。問題はこの状況をどうするかだ。
いい加減無言の空間も辛い。妙に雰囲気が重々しく、精神衛生的にもあまりよろしくない。
言葉を探す。なにかいい切り口はないか――この状況を少しでも打破できる文句は存在しまいか。
なにか――。
「お前、さ――」
なにか、いい言葉は――。
「何に、悩んでんだよ」
口に出した瞬間、咄嗟に口を噤んだ。手で口を押さえてしまうほどに。
しまった、最悪だ。意識してもいなかったのに、脳内でその言葉を想ったと同時に口から吐き出ていたのだ。これ以上にない、今の状況としては最も不適切な解を引いてしまった。
慌てて霊夢の方へ振り向く。まず彼女は一切身動きをとっていないことが判明する。いや、これで自分の思い過ごしだと分かればそれでいい。聞こえてなければそれでいい。一旦瞼を閉じる
次に僅かに閉じたまま首を上に上げる。視野が捉えるであろうは霊夢の横顔。
どんな表情をしているのか――「表情がない」ままなことを願いつつ瞼を開ける。
光を得た彼の瞳孔が映し出したのは、今まで目にしたことのないまでに平静を失った彼女の驚愕の顔だった。
◇
悟られてしまったのがあまりに衝撃だった。――いや、それを指摘されたことこそが衝撃だった。
自分の感情の制御が甘すぎたのか、出来るだけ面にしないように意識はしていたつもりだったのだが――無意識のうちに出てしまっていたようだ。そうでもなければ、この付き合いの短いヒカルという少年にさえここまであっさりと核心を突かれるなどということは決してあるまい、魔理沙ならまだしも。
しかし、更に奇妙なのはそれを突いた本人自身だ。それを言った瞬間口を手で塞いでしまったのだ、オーバーリアクションではないか。表情も明らかに焦っている。自分を何だと思っているのかと霊夢は軽く呆れてしまった。
「なんでそんな顔してるのよ、ギャグにしては流石に下手よ?」
「……」
少々その光景がおかしく、僅かに笑いながら彼女はその顔についての質問を返す。しかし当のヒカルは口を押さえたまま微動だにしない。余計滑稽だ。
けれどこれはこちらから動かない限り話は進まないか――溜息を一つ乱暴に吐き、数秒視界を暗闇に沈めた後、ゆっくりとその瞳を開いた。
「……その指摘は、間違ってはないわ」
「!」
凍ったように焦りだった表情に漸く変化が現れた。しかし彼女はそれを軽く目に留めただけで話を続ける。
「けど……これは他人に話してどうにかなるものじゃない」
この問題は単に他人に話して、アドバイスをもらってなんとかなるような、そんな単純なものではない。アドバイスのしようがない上に、自身で考え、悩み、結論付けなければ――そうでなければ、これは「決着」したことにはならないのだ。
「まあ、気遣ってくれるのが嫌とは言わないけど……首をこれ以上突っ込むのは、やめておきなさい」
黙って聞いていた徐々にヒカルの表情が変化していく。それは焦りのものから、不満の物へ――納得できぬ、怪訝な表情へ。
ナルトの気持ちが分かった気がした。おそらくての再不斬戦の時のナルトは、今の自分と同じものを感じていたのだろうと。
目の前にいる霊夢のこの突き放すような言葉。まるで極寒の海の底に叩き落されたようなこの失墜感。ただの人間が言っただけではここまでの、まるで「絶望」とも言っていいような感覚になることはまずない。
けれどそれが――何故かについてヒカル少年に知る術はないが――「博麗霊夢」という少女が発した言葉になった途端に圧倒的な「重み」が生じるのだ。一切言い返すことすら許されぬ、まるで全ての岩壁を打ち壊していくかのような――。
しかし何か、納得できない。彼女の突き放す態度が、なぜか。
そもそも霊夢とは悩みを打ち明けられるほどの間柄でもないのに、この埋められないとすら思いこんでしまう溝を開けられたような心地がするのは一体なぜなのか――。
あの初対面の時のと一致していた表情の原因が結局なんだったのか、そのことも含め様々なことが脳内で渦巻き混ざり合い混沌と化していく。気持ちの収拾がつかず、一体どうすれぱいいのか分からなくなる。
「……寝るわ」
「えっ……」
収まりきれぬ間に、静観していた霊夢がむくりと立ち上がった。小声だったが何かから逃げるような乱暴な言葉。
星空はもう満喫させてもらったからと、それだけ言い残し、まるで逃げるかのように去って行く彼女の紅い巫女服の背中を、ヒカルはただ茫然として見つめる事しか成し得なかった。
◇
「再不斬は生きている」
その結論に至るのは早かった。その場で遺体を処理しなかったこと、わざわざ自身より図体の大きい遺体を背負って行ったこと、殺傷能力の低い千本を使用していたこと――その他不自然な点が山盛りであり、あの少年が少なくとも再不斬を助けにやって来た敵方であることはほぼ確定的だった。
再度あの脅威がやってくるのは間違いない。危機を感じたカカシは下忍達に対し修行を課すこととした。それはチャクラコントロールの基礎中の基礎となる「木登り修行」と呼ばれるものだった。もっとも寝たきりのカカシに代わりカクルが指導することとなったのだが。
タズナ邸の近くに広がる林の一角に集められた六名はチャクラについての再確認を行った後、各々修行に苦戦することとなる。もっとも、霊夢に関しては飛ぶことができるので元々いらない上に遥か昔に今は亡き師から緻密な霊力コントロールを叩き込まれたので即座にクリアしてしまったわけだが。
霊力とチャクラは力の根本こそ異なるうえ互換性はないので霊力で忍術を使ったり、逆にチャクラで霊術を用いることはできないが、基本的な扱い方自体は酷似している。つまり足にチャクラを集め、絶妙な量でコントロールしつつ地に吸着することにより成立する木登りの行は霊力でも同様に行うことで再現できるということだ。そしてあっけなく霊夢はそれを完了してしまった。
しかしカクルもここまでは予想の範囲内だったのだろう、容易く登り切りふわりと空中に着地する霊夢の姿を見ると、一旦他の五人を置いて霊夢だけを引き連れ家に戻ってしまった。
◇
「で、何よ私だけ呼び出して」
「まあ、そう言うな」
カカシが寝たきりになっている大広間に戻ってきた霊夢とカクル。妙に広いこの橙色の空間にいるのは霊夢とカクル、そしてカカシの三人ばかり。
自分だけ戻されたことが解せない霊夢に対し、相変わらず写輪眼の副作用で寝たままのカカシが諌める。
「カクルからお前の修行内容について相談があってな、なんでもカクルとの実戦演習でも互角でやり合ってるそうじゃないの」
霊夢の実力は、元からの才と師からの修行の結果既に上忍に匹敵するレベルにまで上達していた。あの再不斬と同等にやり合えたのがその最たる証拠だろう。本気を出せば上忍すら目の敵ではないのだが。
「けどお前の使う霊力についてカクル自身は何も教えられないからね。けど、博麗の力と対峙したことがある忍ならいる」
おおよそ話が掴めて来たのか、霊夢の顔が徐々に悟ったようなものに変わっていく。
「俺は先の戦争中、お前の母親、命さんと従事したことがいくつかあってな。その中で手合せしたこともあるんだ」
「なるほどね、その経験があるから――」
「そう。お前の修行は、しばらくこの俺が見ようって話になったわけだ。担当の交換だな」
ニコッと笑みを霊夢へ向けつつ言うカカシ。
確かに霊術を扱う人間は既に霊夢しかいないが、霊術を経験してきた人間なら木の葉に少なからずいる。全く経験のない人間が見るよりかは経験のある人間が見た方がアドバイスはできるだろう。
特に命は努力で最高レベルまで霊術スキルを高めた巫女であり、それを経験しているカカシなら何だ言いつつまだ甘い所も多い霊夢のスキルアップね捗るだろうという算段だった。
「とは言っても、その身体じゃあ修行もクソもなさそうだけどね」
「……まあ心配するな、明後日にはある程度回復できるさ。俺自身のリハビリも兼ねてカクルとやってきたのと同じ実戦演習をそこからやって行く予定だ。
とりあえず今日明日はタズナさんの現場で護衛だ。お前の力があればちょっとした海賊程度なら楽勝だろうが、いつ再不斬が来るか分からない、気は抜くな」
「りょーかい」
真剣な忠告に対する霊夢の気の抜けた適当な返事を聞き上忍二名は若干不安になりつつも、それを気にする様子もなく霊夢は大部屋を出た。
◇
基本的にただ工事現場で見張りをするだけなので警護中は手持ち無沙汰なものである。
どうもサクラも即座に木登りの修行を終わらたようで共に護衛することになったわけだが、昔のいざこざがあり仲が良いとはとても言えず、何とも堅苦しい空気が漂っていた。
結局終始無言のまま何事もなくその日の工事が終わり、その後島の中心の街まで買い出しに行くこととなった。
「酷い有様ね」
「えっ……?」
そして霊夢が街へ入り最初に口にしたのがそれだった。率直過ぎる感想に思わず横を歩いていたサクラが反応する。
「その日暮らしの日雇労働人が街中をうろちょろしてる。道端には孤児がずらり、盗みも横行してて治安がいいとはお世辞にも言い難いわね。これじゃまるでスラム街よ」
「た、確かに……」
「あんたも荷物には常に注意しときなさい。下手すると荷物を持ってる手ごと切られるわよ」
霊夢のあまりにリアリティのある忠告に思わず背筋に寒気が走った。
治安のいい木の葉の里では考えられない。里の外へまともに出たことのないサクラには理解しがたい現実がそこにはあった。
「生きるのに必死なのよ。生きるためなら手段を選ばない、選んでいたら餓死してしまう――どうしてここまで……」
「ガトーじゃ」
霊夢の独り言に似た疑問の言葉に答えたのはタズナだった。
「ガトーの貿易独占により経済が立ち回らず、このような超惨状になってしまった――だからワシらには、あの橋が要る。橋ができれば、昔の活気ある街に立ち戻れる……!!」
握っていた拳に力が入る。手の甲を突き抜け指が出てしまいそうなほどに、力強く。
彼の目に映るものは悔しさか、はたまた希望か――。
沈みゆく太陽、暗く茜に染まった街。霊夢にはそれが、この街、果ては国そのものの終わりを予兆していると思えてしまった。
とりあえず5000字まで書けていたものを休憩時間に突貫で完成させる。展開が雑なのはご愛嬌。
次回がいつになるかは未定ですが、そろそろ長引いてる波の国編終わらせたい(本音)