【凍結】HSDDにて転生し、運命の外道神父に憑依しました   作:鈴北岳

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01 言峰綺礼という名前で転生した男性について

 少しだけ、一人の男の話をしよう。

 

 物語には一切の関係の無い、五ページすら無い短いサイドストーリー。とある男の過去の過去の、今ここでは誰も知っているもののいない、既に無い話だ。

 

 男は普通の日本人男性だった。両親共に日本在住の生粋の日本人で、どこかの外国のハーフだとかクォーターだとかそういうのは一切無い。どこにでもいるような、中肉中背の童顔の男性だ。

 

 特に何かを為したわけではなく、ただただ社会の機構を動かしていただけの一人二人いたところで何の変化も無い、しかし必ず必要とされる類の種類の人物だった。時代の風潮に流されるまま、なんとなくで大人になってしまった、そんな感じの本当にどこにでもいるような男性だった。

 

 学生時代は友達を作って馬鹿をしてヘマをして勉強してサボって恋して、熱血はせず青春はせず、ただなんとなくでその場を切り抜けて大人になった。そしてそこでもすることは学生時代と一緒。ただ少し違うことは、自分のことを全て自分でしなければならないようになっただけだ。

 

 ただ――その男には一つの願望があった。夢があった。それは歳を経る毎に薄れて、しまいには青臭い話としてまだ人には言えないような恥ずかしいもの。

 

 それは人を助けることだった。ドキュメンタリー番組であるような、医者や救急隊員、自衛隊、看護師――職種は問わない。ただ、誰かが笑顔になってくれるような、それが実感できる仕事に就きたかった。そんな、おぼろげな夢。

 

 一時期は医者を目指そうとしていた。しかし、学力は低い、大変そう、なんだか自殺するような職場だわ、で、断念した。男は夢見がちだったが、愚かではなかった。自分の力量はある程度は弁えている。

 

 だがもしも、もしもやり直しができるのなら、一度はそれをしてみたいという願望は大人になっても持っていた。というよりくっついていた、というほうが正しいだろう。普段は思い出さないくせに、ふとした拍子に思い出す、その程度のものなのだから。

 

 これくらいだろう。この男について語ることといえば。それ以外は男のプライバシーの侵害といえる。

 

 まあ要は、男は、どこにでもいるような流されやすい人畜無害な人物だった、ということだ。

 

 そして、その男の話をしたのだから、必ずその男のことをこれから語るわけなのだが。

 

 男は交通事故にあって死亡した。

 

 享年二十五歳。働き盛りで、職場の同僚に淡い恋心を抱いていた時期だった。そこそこ仲の良い友人達から惜しまれつつ、そこの世界での生涯を終えた。

 

 終えて、転生した。

 

 転生してしまった。

 

「……………………………………………………おぎゃあ」

 

 眼が覚めて鏡に映った自分の姿を見た男が、まず最初に言った言葉はそれだった。どうしようもないほどに冷め切った棒読みである。

 

 幸い、その瞬間に周りには誰もいないし、監視カメラの類も無い。

 

 こうして、男の望まれぬ第二の人生は始まった。

 

 

 

 

 とりあえずまずは、俺の自己紹介からしようと思う。

 

 俺の今の肉体年齢は五歳。精神年齢は三十路かそこらだろう。まあ、これでおわかりだろうが、俺は前世の記憶と人格と自我をもって生まれてきてしまった。まったくもって傍迷惑な話である。主に俺が。次点で周囲の人々が。どうせなら記憶だけに留めて欲しかった。潔くない。

 

 俺の自我やらなんやらは、生まれて一日二日ほど経った後にはっきりとした。それまでは何故だがはっきりしなかった、何故だろう。どうでも良いけど。

 

 話を元に戻そう。

 

 俺は自我が生まれてすぐに、一つのことを決意した。それは目立たないことだ。理由としては、俺は演技が上手くないからである。絶対にどこかでボロをだす。それが高校生くらいなら問題無いが、小学生とかの時期はまずい。明らかに不審だ。異常である。ということで、ボロをださないために、とあるキャラを作ろうと決意したのだ。

 

 はたしてそれのキャラはなにか? 無口無表情である。まあ、赤ん坊の頃だと、あまり泣かない大人しい子供、というのが妥当だろうが。

 

 だが、だ。それでは逆に目立つだろう。考えてもみて欲しい。普段からまったく喋らず、顔の表情も変わらない子供を。気になるだろうっ? その子供がどうしてまったく喋ったり笑わなかったりするのか。それでは逆に注目を集める。

 

 そして、注目を集めれば、まず第一に、俺の行動が子供らしからぬことに気づくかもしれない。

 

 さらにだ、子供らしからぬ行動という言葉を考えた時、それは喋らなくても子供が知らない言葉で出された指示を完遂することもそれに当てはまると思ったのだ。

 

 となれば、博識な子供として周囲に認識させねばならない。よって、今生の俺の趣味が一つ確立された。読書である。いやあ、本って本当に便利なツールだよな。読む種類にも寄るけど、趣味が読書と答えると大抵の人は俺を良い方向に評価する。とはいえ、そのメッキは少しでも親密な付き合いをするとはがれるのだが。

 

 それともう一つ。注目を集めた場合の弊害その二。それは、その俺に興味を持ち、過多な会話を持ちかける人物がいるかもしれないことだ。

 

 自分のことはあれだ、よくわかっている。臆病だ。そして……、他者に依存しやすいのだ。認めたくないが、そうであると言わざるを得ない。結構な長時間、過去の記憶を振り返った結果なのだから。まあでも、これは読書を趣味とすることで解消されるだろう。わざわざ読書をしている奴に話しかける無遠慮なやつなどいるまい。

 

 ということを赤ん坊の頃から大人しい子を演じつつ、というかあまり喋ったり泣いたりせずに考えた。そして、何度も何度も推敲し練り上げたキャラの結果が、寡黙な研究者。先程までのそれを総合し、最も簡潔で最も近いイメージがそれだった。研究者になんぞなる気は更々無いが。

 

 とはいえ、だ。その甲斐あって、俺は大人しい子供という評価になっている。この教会内では。

 

「綺礼」

 

「はい」

 

 父さんが俺を呼んだ。よって、いつも通りに小さく、しかしきちんと聞こえるように返事して向かう。

 

「礼拝の時間だ」

 

 父さんはそう言って、俺を自らの隣へと導く。俺は導かれるがままに、父さんの隣に移動し、そして礼拝を始めた。俺と、俺の父さんはキリスト教っぽい宗教をしている。詳しい宗派は知らん。そこまで覚える気はない。

 

 多分だが、俺の将来は神父になることじゃないだろうか。……そうなると、良いな。神父をしつつ教師になるのも良さそうだ。もちろん仏頂面がデフォルト。生徒と仲良くなるなんてイベントは目指しません。恋仲になるなど言語道断。同い年の慎ましい奥さん迎えてまったりと死に逝きます。目指せ葛木先生。

 

 ……そーいや。俺の名前って言峰(ことみね)綺礼(きれい)なんだよね。

 

 絶対に外道神父にだけはなりません。ええ、なりませんとも。父さんみたいなさりげない優しさ溢れる神父様になりますとも、ええ。

 

「――Amen」

 

「Amen」

 

 考え事をしているうちに、朝の礼拝は終わった。この次にすることはわかっている。俺は父さんに、中庭へ先に行く、と簡潔に伝えて中庭へと向かう。

 

 服は既に着替えてある。動きやすい長袖と長ズボンの姿。することは決まっていた。というか俺がしてくれるように頼んだ。

 

 先に書いたように、俺はあまりものを言うことは無い。そしてこの教会という名の家は、漫画やゲームといった俗な娯楽品が一切無い。知的遊戯用の道具なら腐るほどあるが。チェスとか将棋とかオセロとかトランプとか。無論のこと賭け事は禁止。禁止されてなくともしないが。

 

 つまり俺は、暇だった。一応、俺はキャラ付けによる行動の副作用によって本の虫になり、父さんの書庫から色々と本をとってしょっちゅう読書をしているが、それは難しい。いや、知恵とか知識をつけるにはかなり良いのだけれども。ぶっちゃけつまらなくなってきた。

 

 だから、俺は頼んだ。父さんにあることを教えてくれと。普段はお願い事をしないこんな俺だからか、父さんはすぐに了承した。そしてそれは毎朝の行事となっている。

 

 中庭についた。俺は準備運動を始める。まずは体をほぐす為に、いっちにっいっちにっとストレッチ。そしてその後は地面に座って柔軟体操。おお、やっぱ柔らかい。大人になってもこの柔らかさを維持するよう努力しよう。

 

 その後は軽く跳んだり跳ねたり駆けたりと、体を温める。そうしているうちに、父さんが来た。

 

「準備は良いな?」

 

「はい」

 

 父さんと向き合って一礼し、父さんの構えの真似をする。そしてゆっくりとそこから体を動かす。無論、手本である父さんの通りに。

 

 俺が父さんに教えてもらっていること――それは中国拳法だ。動機は暇であったことと、単純に興味があったから。父さんが夜、中庭でしていたのを俺は偶然見て、それで教えて欲しいと頼んだのだ。

 

 まだ幼いということで筋肉をつけるようなことはしない。代わりにひたすら型の練習。ゆっくりと正確に、慣れてきたら少しづつ速く動かしていく。……片足立ちは辛いです。早く終われ。好きな型はもちろん両足でがっしりと地面を踏みしめているやつ。これはこれでまた足腰が辛いけども、片足立ちよりは楽。

 

「礼」

 

「ありがとうございました」

 

 練習終了。この後はクールダウンも兼ねての教会の掃除。なお、幼稚園には通っていない。通うくらいなら父さんと一緒に海外に各地の聖地の巡礼に行ったり、教会で勉強をしている。こらそこ、綺礼化乙とか言わない。俺は絶対に父さんみたいな人格者になるんだっ。

 

 教会の掃除を終えると少しの休憩の後、勉強。とはいっても算数とか考えることが大切なことはせず、音楽とか絵とか習字とか感性が必要なそのあたりをやらされる。というか自分から進んでしている。いやだって楽しいし。幼稚園でもこれくらいしているだろうよ。だから早期教育乙とか言って笑うなそこ。

 

 それが終わってようやく昼食。我が主に祈りを捧げてから、いただきますと皆で手を合わせて食べる。混ざってるけど気にしない。我が主への祈りと食べ物への感謝は別なのだよ。とはいえもはやそれは前世からの習慣なので、ここでもいただきますが一般的で良かった。うっかりやらかしそうで怖かったから。

 

 昼食を食べた後はお昼寝。とはいえ俺は眼が冴えまくっている。だから他の子供達が寝ている間、俺はずっと中国拳法の型の練習をしている。

 

 ああ、そうそう。ここでは孤児院、ではないけど託児所のようなこともしている。その親の宗派は問わない。ただし郷に入りては郷に従えということで、キリスト教の慣習をさせている。

 

 ぶっちゃけ最初はここは孤児院かと思っていたけど、よくよく考えればここは日本。孤児院なんて滅多にありません。というか基本ねえだろ。少なくとも前世の俺は見ていない。

 

 昼寝の後は運動だとかで教会の中庭でレクリエーション。シスターさんとか神父さんの見守る中、子供達は元気に遊ぶ。俺は毎度適当なグループに混ざって遊んでいる。さすがにコミュニケーション能力皆無だとは思われたくないから。

 

「ことみーってなんでもできすごいねー」

 

 そんなこんなで適当に負けず勝たずで遊んでいたら、そんなことを言われたことがあった。いやまあ、中身はお兄さんですから。ちょっと厳しいけど。っつーかおじさん? ああ、とうとう俺も魔法使いになっちまった。精神だけ。

 

 というか俺のあだ名がことみーで定着しつつあるんだが。どうすれば良いと思う?

 

 と、あの娘がここに通うまでは基本あまり他の子供と関わらず適当に寂しい年少生活をおくっていたのだ。とはいっても託児所の外にほとんど出ない、という意味でだが。基本、父さんの書庫にこもって読書してました。

 

 その娘は幼稚園児で毎日三時ごろに教会にやってくる。そして今の時刻は三時頃――チャイムが鳴った。

 

「綺礼君、イリナさんが来ましたよ」

 

「わかりました」

 

 それを伝えてくれたシスターさんに静かにお礼を言う。教会内ではいつもかけている十字架を外して、ポケットにしまう。別に自分が宗教やってることを卑下する気は無いが、子供がネックレスをつけるのはおかしいし、邪魔だ。

 

 紫藤は大抵ヒーローごっこをするんだし、あるだけ邪魔なのだ。

 

「やっほー! ことみー!」

 

「それやめろ」

 

 思わず顔をしかめてそう返した。正直嫌なのである。ことみーとか。キャラじゃない。あだ名はつけられたくなかった。からかいのネタが増える。

 

 で。

 

「なんの用だ紫藤」

 

 もちろん、訊かなくても用件はわかっている。だがここでなんの質問もせずに流されたらその時点で……あれ? なんになるんだろ。……ともかく、負けた気がするので毎回質問を返している。

 

「ヒーローごっこ。いつも通り、私とイッセーがヒーローね」

 

 うん、まあ、あれだ。

 

 ちょっと落ち着きたいから、状況説明をさせていただきたい。

 

 眼の前にいるのは二人の子供。幼稚園児。

 

 二人とも茶髪で、短パンに半そでシャツ。デザインは一緒、ということでそれは幼稚園の制服なのだろう。その上で、快活な容姿をした少し長い方の茶髪がイリナ、特に特徴の無い短い方の茶髪が兵藤一誠。

 

 幼稚園児二人は俺を期待の眼差しで見つめている。……まあ、精神年齢おっさんの俺にとって、その眼差しはかなり微笑ましいものであり、非常に庇護欲をかきたてられる。

 

 だから――屈しましたよ。

 

「わかった」

 

 ため息をついて、少なくとも乗り気ではないアピール。いや、内心じゃもうひゃっはーだけども。だって可愛いし、愛らしいし。自分よりも小さな子供を見たことがある人なら、この心境はおわかりいただけると思う。こう、なんつーか、特に何の意味も無く構ってやりたいという。だから、俺はロリコンではないし、ましてやショタコンではない。

 

 ぱあああ、とそんな効果音がつきそうなくらいに嬉しそうな表情をする二人。

 

 この後、何があったのかは言わない。ただ、童心にかえるのを必死に我慢して悪役を演じたということだけ言っておこう。

 

 ――これが、俺とこの世界の主人公の関係。

 

 幼稚園時代から始まった関係。教会という一つの接点で出会った友人、紫藤イリナから始まった関係。

 

 兵藤一誠。

 

 紫藤イリナ。

 

 二人とも、この世界で紡がれるであろう物語の主役。兵藤一誠はその物語の主人公。紫藤イリナはそのヒロイン。では、その二人の友人である俺はなにか。おそらく、物語に登場しないエキストラ――のはずだったもの。

 

 そして、俺である言峰綺礼はこの世界の物語であるハイスクールD×Dとは異なる物語、Fateの登場人物。あらためて文章に起こすと甚だしく奇妙だ。

 

 正直、嫌な予感しかしなかった。ただ無論のこと、俺には原作知識があるが、俺は原作崩壊なんて狙っていない。好きだな、というキャラはいてもどうしても会いたいとか、付き合いたいとかは思わない。まあでも、この二人とはうまくやっていきたいとは思うが。折角出会ったんだし、面白いし。

 

 だから、俺に嫌な予感がするというのは、まったくもって奇妙なものだった。それもその予感というものも奇妙だった。限りなく確信に近いもの、例えるのなら、星の重力に人は抗うことができないというような、そんなもの。

 

 くだらない。

 

 その確信にも似た予感はこの一言に尽きた。俺は原作を知っているから、自分を特別だと思いたいからそんな気違いじみた狂ったことを思っているんだろう。無意識のうちに。……中二病は既に脱却してると思ってたんだけどなぁ。

 

 

 それから一年ほど過ぎた六歳の頃、ちょっとした出来事が起こる。といってもそんなに大きな出来事ではない……わけでもない。

 

 その一年の間、いつも通りに俺は拳法の型を練習して、音楽とか美術とかを勉強して、聖書を読んで、紫藤と兵藤と一緒にヒーローごっこをしていた。最近では悪役も板についてきた。無駄に。紫藤に言峰以外に、カッコいい悪役は務まらないとか言われた。はっはっは、それは聖職者である俺に対するあてつけか? まあ、俺も結構ノリノリで楽しいから良いんだけども。

 

 ところでその出来事だが、小学校にあがる直前、紫藤は海外へと引っ越した。理由はわからない。ただ、教会の事情でなにやら海外に引っ越す用事ができたらしい。兵藤はその時、紫藤を泣いて見送っていた。やっぱり友人の別れというのは寂しいものだ。その気持ちはよくわかる――前世でそれを経験したから。

 

 でも今はそうでもない。未来にまたなんらかの形で再会するとわかっているから。というかその気になれば数年以内にまた会いに行けるのではないだろうか? 父さんの聖地巡礼の時はその土地の教会に泊まるから、もしその教会の近くにいるのなら、紫藤に会えることは会えるだろう。というか友愛は貴きものだから、父さんはそうなったら絶対に会わせる。

 

 

 それからまた一年ほど、紫藤がいなくなりつつも兵藤との交友は続き、俺は兵藤と一緒の小学校に上がった。

 

 兵藤はあの明るい紫藤といつも一緒にいたからか、人見知りせず積極的に友達を増やしていった。そしてするのはやっぱりヒーローごっこ。大勢で。

 

「言峰! いつも通り悪役!」

 

「えっ? 言峰?」

 

 ああ、うん。だから俺は逃げた。マッハで逃げた。目立ちたくないし、なにより友人は要らない。今は。親友は高校とか大学で作るんだっ! だから小学校と中学校はこれで通すんだ! こらそこ、ボッチ乙とか言わない!

 

 ちなみに逃げた場所は女子達のグループ。それもお絵かきが好きな、大人しめの。さすがにあのヒーロー好きの賑やか男子達は、女子と一緒にいるのは慣れないからか、根暗な俺は放っておいて兵藤と遊んでいた。ちなみに、兵藤はたまにこのグループに入ってきて、絵の上手い女子にヒーローの絵を描くように頼んでいる。ただ、いつも断られているが。だから偶に俺が描いてやったりする。恩はいつか返せよ。

 

「ことみー、絵上手いね。どうしたら上手に描けるの?」

 

「ことみーことみー、見て見てお花ー」

 

 ふぁっはっはっはっは! モテ期、到来である! ただことみー連呼するな。男子でもそれで呼んでくる奴増えているんだ。たまに兵藤も言うし。

 

 女子のグループとの関係は良好。それにほら、俺ってば勉強もできるから、勉強も教えてる。無論、兵藤にも。ただあいつは答えを訊いてくるが。その度に俺は根気良く、俺の語彙力を総動員して、興味を惹くように、かつ、わかりやすいように話している。そのせいか、最近、兵藤以外の男子も俺に訊いてくるようになってきた。近づくな。

 

「なあ、言峰」

 

 ある日、兵藤が一人で俺に話しかけてきた。なにか面白いことでも見つけたのか、かなり興奮している様子だ。ということは、それだけ聞いて欲しい話なのだろう。俺は児童書から手を引いて、机の中に仕舞う。

 

「おっぱいって、凄いんだぜ――!」

 

 気がついたら思いっきり手がでていた。こう、バシーンッ、と頭を叩いていた。ただ、あまり力は入っていないだろう。座っている姿勢だし、兵藤の頭は俺のより上のところにあったから。

 

「すまない」

 

「いった! なにするんだよ!」

 

「女子もいる場所でそんな話をするな」

 

「なんでだよ?」

 

「嫌な気持ちになるからだろう」

 

「おっぱいは素晴らしいものなんだ! オニをたいじしたし、じいさんを幸せにしたんだぞっ! だからおっぱいは嫌な気持ちにするものじゃない!」

 

 ああ、そうだろうな。男子なら。女子もある年齢に達した人は、喉から手が出るくらいに欲しくなるだろう。だけど今はそれじゃない。

 

 ――ふと、嫌な予感がした。

 

「キャァッ!」

 

「やめてっ!」

 

「やめなさいよ男子っ!」

 

 周りを見回すと――聖職者として非常に頭が痛い光景が広がっていた。兵藤の話に触発された男子――特に兵藤と良く遊んでいる男子が、クラスメートの女子の胸を触っているのだ。こう、結構な鷲掴みで。掴んだ上に、揉んでいる猛者も中にはいた。ただしそんな膨らみは無いために、なんだ。どんなことになっているのかわからない。

 

 女子は逃げ回っている。でもやっぱり小学生。どこか楽しんでいる節のある子もいた。ただそれは、比較的男子と交友のある女子で、俺のいるグループの女子は――真面目に嫌がっていた。

 

 ……まあ、大丈夫だろう。所詮小学生のお遊び。スカート捲りのようなものだ。後々笑い話になるようなそんな馬鹿騒ぎ。俺も前世でそんなことはしていた。女子との着替えが別教室になった時は、やんちゃな幼馴染と一緒にわざわざ覗きに行ったことがあるくらいだ。

 

 だから、まあ。俺もここで兵藤に同調して騒ぐのも一興――なのだが。

 

「やめろっ――――!」

 

 ――俺はそう叫んで、騒動の渦中に飛び込んでいった。

 

 いや、だって、ねえ? それなりに仲の良い子が泣きそうな顔をしていると、こう……胸が痛い。良心が痛む。そして、今の俺は感情が素直にでる子供に感化されてでもいるのか、感情の赴くままに行動したくなる。それに――それを頭では嘆きつつ、どこかそれが嬉しく感じられた、のかもしれない。多分。おそらく。

 

 千切っては投げ、千切っては投げみたいなそんなことはせず、とりあえず兵藤に触発された好奇心丸出しな健全健康活発に過ぎる男子達を、女子から遠ざけ女子達を一箇所に纏める。そうして、俺の加わった女子グループと、兵藤もいる男子グループが真正面からにらみ合う。

 

 その際の会話のような口喧嘩は省かせていただく。あまりにも幼稚過ぎた。いやまあ、小学一年生だから仕方ないのだけれども。

 

 その後、クラスに担任の先生が入ってきて、眼を丸くしながら俺達に事情の説明を求めた。一年生ゆえの要領の得ない説明を俺が細かく細くしつつ皆で語る。

 

 そして、微笑ましいものを見るような表情で苦笑して――男子達を叱った。とはいえそんなに激しいものではなかったが、これで充分にあの行為は女子にとって不快なものであるとは認識しただろう。実際これ以降、胸を揉むなどという男子(猛者)はいなかった。ただ、なぜだかその後にスカート捲りが流行った。解せぬ。

 

 というのが俺のいるクラスで起きた騒動の帰結と後の影響。俺自身に関しては何も無かった――と言いたいが、実際はそうではない。

 

「頑張れ委員長」

 

「委員長、どうしよう?」

 

 その後、なぜか俺に委員長というあだ名がついた。主に女子がつけた。――発端は知らん。知っていても何もできないし。委員長はちゃんと他にいるにも関わらず、だ。……悲しそうな顔してるぞ、本当の委員長が。ことみーが少なくなったのは良いけれど、なぜに委員長だし。

 

 そして、俺がクラスのまとめ役のような感じになってしまっていた。とりあえず話がこじれたら俺、のような流れにクラスではなってしまっている。女子が主導で。それに男子が乗せられた形で。

 

 ……とりあえず一言。

 

 解せぬ。

 

 

「――だからおっぱいは素晴らしいんだ!」

 

 兵藤はあれから、そんなことを叫んでいる。数年経って、三年になった今でもであり、それはあの時からずっと続いている。

 

 女性の方、お目汚し失礼。ただこれはこの世界の根幹に関わる台詞なので、あまり嫌わないで欲しい。むしろ微笑ましいものを見るような温かい眼で見守っていただきたい。

 

 兵藤エロ脱却作戦を、最近良く喋るようになった俺と似たような価値観を持つクラスメートと共に進めることはや幾年。兵藤にはこれっぽっちも脱却したような様子は見られない。というか日に日に強まっている。スポーツにその熱意を向けさせよう作戦は失敗。勉強の方に向かせようとしたのは言わずもがな。

 

 兵藤は順調におっぱい星人としての階段を上りつつある。いつかおっぱい聖人にでもなるのだろうか。なった暁には霊験あらたかなお祓いをしてやる。色欲の魔王と名高きアスモデウスさえも祓えるものを用意しよう、うん。というかあれだ、できることなら洗礼詠唱を使ってやりたい。

 

 それにしてもなぁ……俺はこれだけ見てるとすっげえだらしねえなぁ、とか思うんだけど。原作ではその熱意で世界救っちゃうから凄く意外。ちなみに、原作は多少覚えている。紫藤と会うまでは少しも意識していなかったから、ほとんどうろ覚えだけど。

 

 覚えているキャラは紫藤と誰かが聖剣使い、スイッチ姫は赤、堕天使な悪魔、ロリぃ小猫、影の薄いイケメンに、引きこもりな美少女。他にもいたような気がするが、覚えているのはそれくらい。まあ、いつか思い出すだろう。一応、おおまかなあらすじは覚えていたし、どんな人物かは想像がつく。

 

 もちろんのこと、ノートにもしっかりと書いた。書いて、表紙には見られないように「秘密のノート」と、デカデカと赤文字が踊っている。ん? そんなんじゃ見られるだろうって? チッチッ、甘いな貴様ら。小学生くらいの時はこれくらいの方が逆に良いのだよ。だってあの教会、子供に優しい方々ばっかりだから、ああいうふうにでっかく書いていたら絶対に読まない。それにこれなら見られた時に実は俺って子供っぽいんだぜアピールもできるから一石二鳥。はっはっは。まあでも、そうそう簡単に見つからないようにしているし、そもそもそのページはのりで貼ってとじているから大丈夫だろう。

 

「みんな席に座ってー」

 

 チャイムが鳴ると同時に一年生の時とは違う先生が悠然と入ってくる。この先生、かなり若く見えるのだが、実際は三十路で父子持ちらしい。バリバリのキャリアウーマンだとかどうとか。

 

 先生の手腕は見事なもので、鶴の一声よろしく皆が席につく。

 

 その後朝礼を終えて、少しの間の休憩時間。その間、俺は無論のこと、女子のマセた会話を聞いている。誰々が子供っぽいとか、兵藤は猿だとか、兵藤はエロいだとか、周りのことも考えろや、とかあって、言峰君私とつきあっては流石に無かった。ただ、色々と愚痴を聞かされたりしている。

 

 時に、松田という男子がなにやら一人の女子に告白したらしい。でも好きな人がいると言われ断られたとか。ちなみに、松田とは爽やかなスポーツ男児だ。丸刈りの。松田はたしか女子から結構人気があったんだけどなぁ……。

 

 残念だったな松田。まだ一度も会話したことが無いが、どことなく親近感を覚えるよ。前世の俺もお前と同じくらいに初恋の女子に告白してまったくの同じ理由で撃沈したから。

 

 ふと、ちらりと松田のほうを見る。松田の席は俺の席からよく見える位置にある。

 

 そしたら睨まれた。なぜだ。

 

 一抹の寂しさを感じて、喋っている女子に向き直る。女子はなぜだか松田を睨んでいた。……恨みでもあるのだろうか? 松田は特に女子から反感を買うようなことをしているはずではないのだが。

 

 解せぬ。

 

 というか、若干俺の立場が孤立しつつあることについて。三年の最初の方までは結構クラスの中心にいたんだけどなぁ。三年もそろそろ終わる最近は孤立しつつある。男子の大きなグループから。……。

 

 真面目に解せぬ。

 

 まあ、良いのだけれども。これなら中学校入学間際には、深くこちらに踏み込んでくるような友人はいまい。え? 女子はどうなんだって? ごめん、緊張して自分の素のままに話せない。どうしてもカッコつけてしまう。だから別に構わないし、そして構わなくて良いのだろう。こっちの方が都合が良いっちゃ都合が良い。

 

 いつも通りに授業を真面目に聞いて、記憶の中の知識とすり合わせる。するとわかるわかる、前世でなにが原因でわからなかったのかがよくわかった。やっぱり学のある人が考えたカリキュラムは凄いな、と再確認しつつ、授業を聞いて理解する。復習なんてしない。そんな時間があるくらいなら型の練習、もしくは聖書の拝読をしているのだ。そしてたまーに中学の勉強。といっても英語だけだが。

 

 昼食は班の子達と一緒に食べる。というかそうなっているし。昼休みはサッカーに参加させてもらい、男子と交友を深めようと努力する。幸いにも兵藤がいたからそれはそんなに難しくは無かった。

 

 兵藤と俺の関係は今は少し複雑である。片や女子の敵、片や女子の味方。ただ決して相容れないということは無く、多い頻度で遊んだりしている。サッカーとかスポーツで。ヒーローごっこはさすがにもうしていない。胸を撫で下ろした。

 

 学校が終わったら真っ直ぐに帰路につく。たまに兵藤と一緒に帰ることがあるが、今回はそんなのはない。

 

 家についたらまず宿題。その後は教会の仕事をして型の練習。最近は結構スムーズにできている。

 

 ――これが俺の、小学校高学年に上がる直前までの日常だった。


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