【凍結】HSDDにて転生し、運命の外道神父に憑依しました   作:鈴北岳

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本当に凄く凄く簡単なあらすじ
 名前が言峰綺礼というだけで、ノリと勢いと原作知識で生きている転生者。平穏を求めつつも、原作キャラとの遭遇が相次ぎ、変な意地が祟りエクソシストになっちゃった☆
 デュランダル使いとの遭遇、白龍皇との死線と三途の川を渡った結果、神様の<システム>の加護を失い弱体化。それに付随する諸々の問題によってエクソシストとしての籍を凍結される。
 一方で物語は動き出す。ちょっと違うのははるかに早い曹操とフリードの接触






11 三者三様。あるいは四者四様

 

 

 

 

 

 

 駒王学園の入学試験において、言峰綺礼が新入生代表を務めたのはあまりに有名な話である。

 

 全教科及び内申が満点。面接試験においても最高評価。駒王学園きっての才媛、リアス・グレモリーと支取(しとり)蒼那(そうな)に次ぐ、期待の優等生である。彼のいる授業を担当する教師は皆、口を揃えて「問題児とは違う意味で、授業に緊張する」と言っているそうな。

 

 教師、先輩後輩同期と関わらず、彼と関わった人物は皆、彼のことを賞賛する。――一部を除いて。

 

「……………………」

「……………………」

 

 ここは屋上。そこには二人の人物がいる。一人は紅色の長く美しい髪の、美女然とした美少女のリアス・グレモリー。もう一人は見るからに洒落っ気の無い、大人然とした少年の言峰綺礼。

 

 男女二人きりの屋上ともなれば、誰もが垂涎のシチュエーションである。思春期、それも学生時代。そんな甘酸っぱい青春をおくりたいと、そう願った人物はそれこそ星の数ほどいるだろう。

 

 この二人だって例外ではない。例外ではないのだ。

 

 

 ――たとえ、この場にいる数十分の間、倦怠期の夫婦のような気配を撒き散らしていたとしても、だ。

 

 

「グレモリー」

 

「何よ」

 

「体の良い人除けのためとはいえ、この状況は私にとってかなり辛い」

 

「私だってそうよ。どうしてアンタみたいに死魚のような男と……」

 

 一年生の頃はクラスメイトと楽しく談笑しながらランチを取っていたのに……、とリアスは心中で続ける。

 

「婚約者がいると、私の陣営ではやや注目を集めているが。その点はどうなっている?」

 

「…………」

 

 途端、リアスの顔が嫌悪によってコミカルに歪んだ。そして冥府の瘴気に当てられたかのような声音で告げる。

 

「遠距離恋愛だけど上手くいっているわ」

 

「そうか。それはよろしくないな」

 

 どうとも思ってないような口調で彼は応える。非常に事務的だ。

 

「……」

「……」

 

「…………ところで、アンタ。アンタの女性の好みは?」

 

「心の清い女性だ。敬虔な信徒でさえあれば良い」

 

「アーシア・アルジェント、彼女みたいな女性が好みなのね」

 

「……さて、彼女は悪魔を癒したのでな。果たして清い女性かどうか」

 

「酷い男ね。私の聞いた噂だと、将来の仲まで誓ったって聞いているのに」

 

「噂は所詮噂に過ぎん。色恋沙汰におけるその手の噂は、好きな異性を意識させるための手管にしかなりえんよ」

 

 会話する内容はお互いの色恋沙汰ではあるが、非常に事務的である。

 

 ではなぜこの二人が、こんな倦怠期の夫婦のような雰囲気を醸し出しながらもこうして二人でいるのか。それには簡単だが深い事情とがある。

 

 双方とも、情報がほしいのである。リアスは綺礼の好物を、綺礼は悪魔陣営の情報を。ある意味でリアスの支払う情報の方が重要度が高すぎるのだが、どうも当の悪魔陣営はそう思ってはいないらしい。曰く、その程度ならば許す、だそうだ。

 

 それを聞いた時のリアスの心情は、まるで冥府への片道電車に乗ってしまったものらしい。俗に言う、ストレスでマッハという状態である。

 

 リアス・グレモリーは言峰綺礼が嫌いである。理由はまだわからない。何時から嫌いになったのかもとんと見当がつかない。ただ一つ言えることは、言峰綺礼のことを考えるだけで、悪感情に襲われる、ということである。

 

 リアスはちょくちょくそれを親友である支取(しとり)蒼那(そうな)に話すのだが、一向にそれが解明される気配がない。

 

「ふうん。じゃあ、あんたは彼女が好きだったってこと?」

 

 リアスの視線が綺礼に集中する。

 

「友人としては好ましい。ただ、異性として一度も見たことは無い」

 

「じゃあ彼女が好きだったのかしら?」

 

「少なくとも好ましい友人としては見られていただろう」

 

「あんたから見て、そういう可能性はあったの?」

 

「さて。ただ、私は割と優良物件だからな。加えてあの年頃ならば、周囲が(はや)し立て、意識される可能性はあっただろう」

 

 リアスはしばし黙考し、ふーん、と気の抜けた声を出した。そしてそれきり黙り込む。しばらくして、昼休みの終わり五分前を告げるチャイムが鳴った。

 

 二人はそれぞれに伸びをして体をほぐし、友人としては少し近過ぎる距離にお互いを置いて歩く。リアスが上級生の階段を上るために綺礼から離れる。

 

 不意に。

 

「やはりまだ少女だな。恋愛事には興味津々、ということか」

 

 綺礼がリアスの耳元に口を寄せ、そう囁いた。リアスはその言葉に一瞬ピシリと固まり、次の瞬間には黒い陽炎を綺礼の首筋に突き付けていた。頬をわずかに紅潮させながら。

 

「リアス、照れ隠しにそういうのはどうかと思うが。善良な一市民として」

 

 表情筋を必死に怒りから笑みへ変えた。リアスは陽炎を消して綺礼の耳を引っ張り、同じように囁いてみせる。

 

「私は真っ当な少女ですから。けど私、馬鹿にされるのは嫌いなの」

 

「腐っても次期当主という自覚はあるか。それは失礼した」

 

「……試したのね」

 

「無論。なにせ最近()()()()。努々、その緊張を忘れてくれるな」

 

 リアスは複雑な、しかし真剣な表情で綺礼から手を放す。そして無表情の綺礼を見上げる。リアスは眉間にしわを寄せ、絞り出すように言った。

 

「ありがとう」

 

「気にするな。詳しいことは追々共有する。あぁ、礼ならば君をからかわせてもらえたことで充分だ。これ以上は何も望まない」

 

「……ねぇ、綺礼。私は常々思うのよ。貴方と私、どっちが偉いかを示す必要があるって」

 

「比べるまでもない。君は私よりも偉い。ただ、私は狡く立ち回っているに過ぎない」

 

「態度の話よ!」

 

 リアスは綺礼に言葉をたたきつけて、授業の始まる教室へと歩いて行った。リアスが見えなくなるのを見届けてから、綺礼は教室に入る。

 

 すると、茶髪の少年が満面の笑みで綺礼の前に現れる。

 

「どうした、イッセー」

 

「聞いて驚け。――俺、春到来」

 

 鼻高々に声高にそんなことをのたまった。のたまわれた綺礼は簡潔に、礼賛の言葉を述べて通り過ぎる。

 

「おいこら待て、この腹黒。その冷めた反応はいったい――」

 

「次はテストだ。五十分ほど待て。その後にしっかりと言祝(ことほ)ごう」

 

 授業開始まであとわずか。ピシリと固まる花畑の脳味噌。とんだアイスフラワーである。

 

 それを尻目に綺礼は自分の席に着く。一誠は慌てに慌て同じく自分の席に戻り、テスト勉強を始める。しかし世の中は無情かな。鳴り響く授業開始を告げるチャイム。教室の扉を開けて入ってくる教員。いまいちぱっとしない教員は告げる。今からテストを始めます。筆記用具以外の物はしまってください――

 

「ちくしょー! てめえらの血は何色だー!! どーしてテストのこと教えてくれなかったんだよォ!!」

 

「ふ、愚問にも程があるぞ」

「ああ、愚問だな」

 

「「彼女の自慢なんかしやがってこのアイスフラワーヘッド!!」」

 

「頭突くぞてめえらァ!!」

 

 変態三人組の乱の勃発である。愉快かな愉快かな。綺礼は鉄面皮の下でほくそ笑んだ。

 

 醜いとっくみ争いは五分ほど続き、リア充の敗北で幕を下ろした。捨て台詞を非リア充な変態二人に吐きつつ、リア充はリア充に話しかけた。

 

「助けろよ!」

 

「何故だ」

 

「同じリア充だろ!」

 

 クラスメイトから「お前と綺礼さんは同じじゃねえよ。格が違うんだよ、格が。単細胞生物だった遙か遠くの前世からやり直せ」とか言いたげな視線が突き刺さる。そんな視線に気づかないケダモノ一匹。真リア充はそれを見て内心、醜悪に笑う。

 

「はっはっは。何の冗談かな。たしかに私はリアスと親しいが、イッセーのような関係ではない」

 

 そうだよそうだよ。清い交際をしているんだ、あの二人は。あれ、でもあの人婚約者がいるって噂。噂だろ、そんなの。略奪愛、略奪愛? キャー! きっと大学も一緒で、卒業したら即入籍、一年後に第一子。きっと清廉な美少年が産まれるんだろうなぁ。……逆光源氏。じゅるり。警察どこだ。こいつ、お巡りさんの親戚です。運命は残酷だ。

 

 邪推する人々の声を聞き取りながらも、綺礼は特に弁明しない。変態三人組を適当にあしらいつつ、リアスの内心を推測する。

 

 ……非常に愉快だった。特に、こう。表面ではきつく否定せず微笑みながら流しつつ、内心では悪感情で鬱屈する様を想像するのは。

 

「言峰綺礼! 貴様もその羨望の対象であるということ、ゆめゆめ忘れるなよ!」

 

「あのグレモリー先輩と二人きりでランチってなぁ――死ねこのむっつり聖職者!」

 

「ふはは、かかってくるが良いぞ、非モテ組。俺と綺礼のモテ組が相手取ってやろう。フ。――命を賭けろ。或いは、この身に届くかもしれん」

 

「「生意気だ! このイッセーめ!」」

 

「俺の名前を悪口そのもののように扱うな馬鹿二人!!」

 

 まだだ、まだ終わらんよ。醜い争いは。あの程度の争いはまだ序の口だ。いずれ第二第三の大戦が起きるだろう。

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ馬鹿三人。その様を見て、笑いそうになる表情筋を必死に統制するパッとしない女子生徒。彼女はこの三人のバカ騒ぎを見て思う。夫婦喧嘩は犬も食わぬと。

 

 

 

 

 陽が傾き、影が長く伸びる。授業終わりの部活の時間、リアスは部室へと歩いていた。廊下の窓沿いを歩きながら、運動部や下校中の生徒たちの姿を見遣る。何気ない日常の風景。自分が人間であれば当然の如くもたらされていたその光景に、リアスは笑みを零す。

 

 リアスはこの光景、額縁に飾りたくてしょうがないこの世界に身を置くために努力した。だからこそ、この何気ない日常が愛おしくて堪らない。

 

 ふと、青年と呼びたくなるほどに体格の良い少年が視界に入る。その近くには良く問題を起こす三人組だ。生徒会長が彼らの所業に時折愚痴を零しているのを知っている。

 

 一人と三人は一緒に下校しているようだった。以前、あの体格の良い武闘派聖職者に、仲の良い友人は誰かと尋ねたことが在る。彼はその問いにどう答えたのだったか。

 

「……アイツ、もしかして本性はあの三人組と一緒なのかしら」

 

 返答は少し沈黙してからの、兵藤一誠、というものだった。意外と言えば意外だが、そうでないとも言えなくは無い。デコボココンビなんて別に珍しくない。

 

 静かな言峰綺礼と賑やかな兵藤一誠。学内における評価で、この二人が類似する部分など全く無い。

 

 しかしそれでも長く付き合いがあるということは、何かしらの理由が在るのだろう。あの聖職者はあの問題児に何かしら憧れているのではないだろうか。

 

「ま、彼はいつも楽しそうだから、憧れるのもわからないでもないけど」

 

 時折見かける一誠のことを思い出す。彼はいつも楽しそうにしている。何やら肌色の多いパッケージ――蒼那曰く猥雑なもの――を持っている時が一番楽しそうだった。大勢の女子に追いかけられている時もそうだ。かなり必死の形相をして逃げているが、そこまでしてでも楽しいことに忠実なのだろう。健全な欲望に忠実なのは良いことだ。その結果は善なる世界において成り立つものだ。

 

 視界を校舎内に戻し、部室までの道を歩く。

 

 部室に着けば仕事だ。英気は既に養われている。学校での生活はとても充実している。眷属と過ごす日々は楽しい。悩みの種は尽きないけれど、前向きに頑張れないわけではない。

 

 部室の前に着き、部室の扉に手をかける。さあ、今日も今日とて人々の欲望を叶えよう。

 

 そう意気込んで、ふとあの聖職者のことが脳裏を過ぎる。

 

 仮に、言峰綺礼が兵藤一誠に憧れていたとして。その理由があのあけっぴろげさだとしたら。あの色欲に忠実な様だとしたら。

 

 その欲望の対象は果たして。

 

 ――リアスは本日特大の悪寒を感じた。

 

 

 

 

「あだだだだ! 勘弁、勘弁! 止めてくれ!!」

 

「答えんしゃい。――誰に言われて俺を尾けた?」

 

 とある国の薄暗い路地裏。そこで、真っ白な神父服に真っ黒なコートを羽織った少年が、一人の男性の関節を極めていた。四十代ほどの男性だ。彼は関節の痛みと、濃密な死の気配から脂汗をかいていた。

 

「お、俺の意思だ! 誰からの依頼でもねえ!!」

 

「信用できないぴょんねぃ」

 

「アーシア・アルジェント!!」

 

 その声を聴くや否や、少年は男の関節にさらに力を込める。死の気配がより一層濃密になる。

 

 男は泣きたくなるが、一人の聖女の笑顔を思い浮かべて踏みとどまる。そうだ、俺には果たさなければならない約束が在るのだと――

 

「かの、じょ……からの! 手紙、だ!」

 

 死の気配の進行はそこで一時留まる。関節への力も少し緩くなった。

 

「何だよぅ、それを早く言いなってば」

 

 その言葉と共に、男は解放された。痛む関節をさすりつつ、懐の内ポケットから手紙を取り出し、少年に手渡した。

 

 少年はそれを受け取り、数秒ぶつぶつと呟いた後にそこそこに分厚い手紙を開封。十秒ほどで読み終え、何の手品か、その手紙をあっさりと燃やしてしまった。

 

「あ、あんた……!?」

 

「む。なんだいおっさん、向こうの人かい。そりゃあ失敗したねい」

 

「な、な、な、何を!?」

 

「魔法だよ、魔法」

 

 うろたえる男性を見て、少年は内心でアーシア・アルジェントに毒づく。神秘の世界をこんな一般人に見せやがって、と。こちら側の住人ならば、さっきの手紙の焼却にいちいち驚いたりなどしない。

 

「な!? き、君は、フリード、フリード・セルゼン! 神父だろう!! 神父が魔法を使って――!?」

 

「黙りな。とりあえず、黙らなきゃ殺すどすえ?」

 

 少年――フリード・セルゼンは殺気を男性に叩き付け、恐怖から黙らせる。そして男性にフリードは簡単に語り始める。無機質に淡々と。この世界の裏側を跋扈する異形のものどものことを。

 

「なるほど……。ああ、うん。ジャパニーズの漫画でもあるな、そういうのは。異形の者共を倒すのに、その力を使うのは普通だ、うん」

 

 フリードにとってそれはとても我慢ならない事柄であるが、滅ぼすためには仕方が無い。仕方が無いのだが、どうしようもない憎悪赫怒がフリードの臓腑を焦がしている。

 

「で、用はこれだけか?」

 

「いいや、もう一つ」

 

 男性は極められていた関節をさすり動かし、体調を確認する。途端、それまでの情け無い気配が消え去り、戦士特有の油断ならぬ気配に満ちた。フリードは彼の戦意に呼応し、頭蓋を冷徹な氷で覆う。

 

「君を試させてもらう」

 

 刹那、彼の腕が奇妙に蠢く。悪鬼羅刹のフリードの眼を以ってして奇怪に映るその拳。ただ、着弾点の予測は済んでいる。微かに首を傾け、その拳を完全に――

 

「――テメエ」

 

 ――躱し、切れない。

 

 わずかにフリードの頬を掠める。カミソリで少し失敗したかのように皮膚がひりつく。たかだか薄皮一枚――されど、これは証明だ。四十代ほどのこの男性は、フリードを傷つけうる稀有な一般人であるということの。

 

 男性の眼が見開かれる。彼にとってこの一撃は必殺の一撃だ。別に次の業が無いわけでは無い。だがしかし、男性はフリードの刹那の表情の変化を読み取っている。僅かな警戒からの驚き、そして、今では先とは比べ物にならない集中を見せている。――恐ろしい。この少年の観察眼は男性の全盛期を既に追い抜いている。

 

 次の一手。男性はわざと伸ばし切らなかった腕を固定。鞭の様にしなった腕に芯を通し、拳を握りこんでいる。次の銃弾の装填は既に済んでいる。足腰は既にボクシングのフックを放てる状態だ。狙いはこめかみ(テンプル)。人体の急所の一つ。ここを撃ち抜かれ、平然とできる人間はいない――

 

「――莫迦な」

 

 狙い過たず、男性の拳はフリードのテンプルを撃ち抜いた。骨と骨が衝突し、硬質の音を響かせる。男性にとって会心の一撃だ。この一撃は、自身の生涯において最高のものだと誇れるほどの。

 

 ――しかし、それは必殺になり得ない。

 

 呆然とする。眼前にはその衝撃から首を微かに傾げる白い少年。走馬灯のように遅く流れる時間。その刹那の時間の中で、男性は生涯で初めて。

 

 ――赤い。血のように赤い。狂い三日月。上から食われた赤い三日月。

 

 悪鬼がいる。白い髪の隙間から、黒い赫怒を宿した瞳が覗く。

 

 時の流れが元に戻る。男性の全身は脂汗に塗れている。

 

 フリードがゆっくりと手を伸ばす。幽鬼のように白い手だ。微かに血管が透けて見える。それは骸骨を連想させ、死神を――

 

 ガシリと頭を掴まれた。動作は緩慢だ。だが振りほどけない。男性はフックを撃ち抜いた体勢のまま、成すがままにされるまま。男性の頭蓋が軋み、体が持ち上がる。在り得ない。成人男性を軽々と持ち上げる少年など在り得ない――

 

「痛えな。何しやがった」

 

「……フリッカージャブからの、テンプルを狙ったフックだよ」

 

「ボクシングのチャンピオンかい?」

 

「まさか。どこにでもいる、武闘派万屋だ」

 

 少年はこめかみから血を流しながら、悪鬼の如く凄絶に笑う。笑い、手を放す。男性は尻もちをついて、路地裏にへたり込んだ。

 

「悪鬼のような少年だな、君は」

 

「カハハ。悪魔殺しが悪鬼とはミイラ取りも末だ」

 

「とんだ悪魔殺し(デモンキラー)だ。確認するまでも無かったか」

 

 男性は哀愁漂うニヒルな表情になる。脳裏に過るのは聖女然とした純粋無垢な美少女。出会いからして夢やら奇跡やらとしか呼べない現実味の薄いものであったが、その衝撃は未だに瑞々しく鮮烈に記憶に焼き付いている。たとえ地獄に落ちようとも、この記憶は決して消えないと思えるほどに。

 

 嗚呼さらば、私の恋。私の少年心よ。どうか安らかに眠っておくれ。

 

 男性は胸中で自身の恋心の冥福を祈った。老兵やら敗者やらはただ立ち去るのみである。

 

「これでも〝魔弾の射手〟と恐れられていたのだがね……」

 

「ああ、見事な一撃だ。相手がただの人間――異形に関わってねえ奴らなら一撃だな」

 

「君は優しいな」

 

「優しけりゃ人の業をわざと食らって平然としねえよ」

 

 フリッカージャブの時点で蹴り倒してる、とフリードは言って笑う。男性はその言葉に戦慄する。

 

 男性のあのフリッカージャブは奇襲だ。意識の間隙を上手く衝いた、開戦の狼煙も兼ねた奇襲。それに見てからでも対応できるとは、いったいこの少年はどのような存在と戦っているのか。

 

「ところで一つ気になったんだが、お前。万屋って何ができる?」

 

「話を聞かないことにはどうにもねえ。ま、守秘義務は万全だから安心して話しな。何せ、仕事は信用が第一だ」

 

「そうか。じゃあ――」

 

 フリードは告げる。一つの望みを。

 

 男性はその望みを一にも二にも請け負った。タダで。

 

 

 

 

「本当に大丈夫なのよね?」

 

「慎重ですね、貴女は。大丈夫ですよ。教会の眼はここまで広げる余裕は無い」

 

 黒髪黒瞳のスレンダーな美少女――堕天使レイナーレは、ローブのフードを目深に被った不気味な青年に何度も確認した。

 

 場所は廃教会の地下講堂。元々荘厳であっただろうその場所は、神聖さの欠片も無く、ただただ神への冒涜に満ちていた。その場所にたむろするのはレイナーレの他の三人の堕天使と、多くのはぐれエクソシスト達そして――一人の金髪の魔女である。

 

「……そう。けど、何だって私達にこの場所を強く勧めたのかしら? 教会の力の及ばない場所なんて、他にもあるでしょうに」

 

「隠密が大事です。無人の地では目立ち、大衆の地ではあからさま。でしたら、ほどほどに監視されたこの地が適切でしょう」

 

 きな臭い、レイナーレはその青年に対しそんな感想を抱いた。

 

 青年はいかにも魔法使いらしいローブを着ている。中肉中背、特に目立つところは無い。――その背に背負う、厳重な封印の施された太い包みさえ無ければ。

 

 レイナーレの背後で、ゴシックロリータ姿の少女が尋ねる。

 

「……あれ、どう考えてもヤバいやつっすよね?」

 

「黙れ。無駄口を叩くな」

 

 それに応えたのは紳士然とした屈強な大男である。彼はその廃教会内の無事な長椅子に座り、本を読んでいる。しかし、彼の意識の全てはローブ姿の青年に向けられている。

 

 微かな、しかし有無を言わせぬ重圧に、少女はローブ姿の青年を挟んだ大男との直線状に立つ煽情的な女性に視線を向ける。返答は、こっち見るな、と唇を動かしただけだ。

 

 少女は落ち着かない気持ちで、長椅子の背に腰かけ、足をぶらぶらさせる。

 

「何も、大きく動くわけでは無いでしょう。戦力を細く強大に集めつつ、儀式までの時間を稼ぐ。ブラフを張ればより確実ですが、ここには魔王の親族と教会最悪が居る」

 

「なら、なおさらどうしてこの土地を?」

 

「何、単純なことです。ただの慢心ですよ」

 

 ローブ姿の青年は、ここで薄く笑みを零した。

 

「有望な上級悪魔、秀才である元エクソシスト。戦力として、これほど頼れるものはない。――しかし、若輩だ」

 

 曰く、騙し合いで勝てるものか、と。

 

「一方に至っては、縛られている。事情は確かに事情だが、それにしても、狡猾な兵の頭脳すら使わず神話の存在に勝てるものか――と、若輩めは想像しますが、いかに」

 

「のせるのが上手いわね。伊達にそれだけの危険物を得物としているわけではないようね」

 

「おや。さすが――」

 

「世辞は良いわ。で?」

 

 ゾ。と。

 

 レイナーレの双眸が(すが)められる。堕天使の翼こそ出していないものの、この廃教会に威圧が満ちる。それに呼応し、少女、大男、女性からも威圧が放たれる。

 

 ローブ姿の青年は薄い笑みを顔に張り付けながらも、臓腑がやや竦み上がるのを感じた。首筋に氷の刃が突き付けられている。無論、現実にそんなことは一切無いが、それくらいにはこの四体の堕天使に恐怖した。

 

「貴方、どこの人間かしら? 三大勢力の所属ではなさそう――いえ、元三大勢力の所属かしら」

 

「断言はしかねますね。――この程度はただのかまかけでしょう」

 

「ええ、三大勢力は大きいですからね。といっても、テストも兼ねているわ。――ね、貴方のお名前は?」

 

 レイナーレ達からの威圧が弱まる。この程度は意味が無いと青年を測った。それでも威圧を完全に消さないのは、どんな間違いにも全力で即座に対処するためだ。

 

 青年は腹の中でなるほどとこの四体の堕天使達への評価を下した。下した上で、答えた。

 

「シグルド。未だ無名ですがお見知りおきを」

 

 フードは脱がず、恭しく一礼した。

 

「ええ。後々また頼らせてもらうわ、シグルド。ここを紹介してくれてありがとう」

 

「こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします。では、これで失礼させていただきますね」

 

 こうして、レイナーレの一団は駐屯することになる。

 

 ローブ姿の青年はいっそ無警戒とも言える足取りで廃教会を後にし。その扉が閉まり、数分の緊張状態の後にレイナーレは言う。

 

「使い魔を」

 

「もう送ってるわ」

 

 簡潔にそう応えたのは女性だ。レイナーレはそれに頷き、女性――カラワーナが出した使い魔の視界の画面を注視する。

 

 

 ローブ姿の青年は無防備に歩いてみせている。

 

 内心で下した評価を再度反芻する。この警戒心の高さは高評価。頭の回転も時期を見る目も悪くない。ただ――実力はありきたり。

 

 背負った空の包みを宙に放り投げる。それは使い魔の視覚から一瞬だけシグルドの姿を隠す。

 

 刹那、使い魔は斬殺される。

 

 一秒にも満たない、空の包みが落下し始めるより先に終わった出来事。後に残るのは使い魔の死骸。

 

 ――そして、あまりに濃い破滅の残滓。

 

「おっと」

 

 その余波でフードが脱げる。白髪が月光を反射する。そのフードを直そうとして。

 

「もう無意味か。――ではさらばだ。哀れな堕天使よ」

 

 これから起こる戦乱に心躍らせ、歯もむき出しに笑う。

 

 ――さあ、早くギャランホルンの音を聞こう。









ごめんなさい、ごめんなさい
更新がこれだけ遅れて本当にごめんなさい


理由を挙げれば作者の怠惰が真っ先に上がるのですが、部活に入っちまった大学生ということを考慮していただければ、と思います

文字数少な目な上、次回の更新が何時か約束できず重ねてすいません
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