【凍結】HSDDにて転生し、運命の外道神父に憑依しました   作:鈴北岳

2 / 12
02 白い少年と転生者の出会いについて

「綺礼、荷物の準備はできたかな?」

 

「はい」

 

 言葉少なく父さんの言葉に肯定する。

 

 小学校四年生に上がる直前の春休み、俺はその全てを海外で過ごすこととなった。なんでも、会って話をしてもらいたい人物がいるとか。ちなみに紫藤ではない。

 

 その人物とは俺と同い年の少年らしい。その少年は俺と同じく信心深い敬虔な信徒――だった。だったというのは過去形で、現在はとある事情により荒れに荒れているらしい。今では、以前の姿からはまったく考えられないような主への罵倒を叫びながら、十字架を踏んずけるとか。……、なにそれ怖い。

 

 どうも父さんはその少年と俺とを会わせて、その少年の矯正を図るつもりらしい。同時に、俺の英語の訓練だとか。……今現在、文法は怪しいが単語はたくさん覚えている。片言でなら一応のコミュニケーションはとれる。――もちろん、それだけではないが。

 

 おそらく、父さんは俺にその少年を反面教師としようとしている節もあるのだろう。常々として父さんは他人は自分の鏡である、と言っている。それの意味するところは、まあ、人の振り見て我が振り直せ、といったところか。簡潔に言うと。他人の取る行動は自分の取り得る行動でもある、そんな感じか。

 

 飛行機に乗って日本を出た。ちなみにいうと、機内食は正直微妙で寝心地も悪かった。できれば二度と空の旅はしたくない。

 

 飛行機から降りた後は車に乗っての移動。これもかなりの長時間で、それも悪路を行くために乗り心地は最悪だった。なぜなら山の奥深くに向かっていたからだ。

 

 山奥の教会……、嫌な予感しかしない。

 

「……父さん」

 

「なにかね? 綺礼」

 

「どうして山奥に教会が?」

 

「中国の修行僧の話は覚えているな? 達磨の話だ」

 

 それは覚えている。

 

 達磨は禅宗の開祖。なんでも何ヶ月間かの間、飲まず食わずで山奥にこもってずっと座禅を組んでいたらしい。それで悟りを開いたとか。まったくもってその根性には頭が下がる。俺がある意味で尊敬している人物の一人だ。

 

「ここはどちらかというとそのような者が集まる施設だ。迷いを持ち、長年悩もうとその迷いを吹っ切ることができない者が集まっている」

 

「……」

 

 正直、怪しい。

 

 キリスト教は巡礼こそあれ、そんな厭世的なことはしない。隣人愛とあるように、キリスト教は大衆向け、日常の中に愛を見出す。特権階級の考え方とは、本来は程遠い宗教だ。まあでも、やっぱり歴史では権力と癒着することもあるわけだが。若干俗で、人らしく生きて死後幸せになるというのが主。

 

 というわけでそれを理由にして問い詰めたいのだが……、ぶっちゃけ確証なんてないし、下手に突っ込めば厄介なことに巻き込まれかねない。

 

「わかりました」

 

 だから頷く。俺の平穏のためには、怪しいことに関わらないことこそが最優先。それに父さんは俺のことを大切に思っている。そればっかりは疑う余地の無い確定事項。だから俺は余計なことはしない。

 

 もし仮に、というか十中八九そうだろうが、その()()が世界の裏側に関わるものであるのなら、俺が望まない限りは巻き込まれないような配慮を必ず父さんはしている。

 

 だから大丈夫。

 

 俺は疑問をその言葉で打ち消す。父さんは俺のためを思っている。だから俺が危険になるようなことはけっしてしない。ましてや、命の危機に関わるのならばなおさらだ。

 

 それから数分後、俺は揺れる車の中、目をつぶって寝る。ここは俺に縁の無い場所。ならここまでの道のりを覚える必要はさらさら無い。かなり酷い揺れに意識をゆだねて、俺は寝た。

 

 

「綺礼」

 

 父さんの声が聞こえて、それまでとは違った揺れを感じて眼が覚める。眼を擦ってあくびを一つと伸びを一つ。それだけで俺の意識は完全に覚醒する。

 

 父さんと一緒に山奥の教会に向かい合う。

 

 どこにでもあるような、そんな教会ではなかった。教会の壁にはたくさんの名称不明な植物の(つる)(つた)が巻きつき、どことなく忘れ去られた教会といった風情だ。もっとも、建物自体の造りは、他の教会よりも少し小ぶりだということくらいか。

 

 ただ――。

 

「……」

 

 教会の前の地面には大小様々な何かの跡があった。車輪のものではない。もっと大雑把で大掛かりななにかの跡。……大方、ここはエクソシストの養成所なのだろう。ならば今から引き合わされるのはエクソシストである確立が高い。

 

 父さんの後ろをついて教会に入る。中の装飾は簡素なものだ。置物などはほとんど無く、あるのは祭壇に設けられた少々大きめの十字架。その前には長いすの列。まあ、普通っちゃ普通。

 

 中に入った俺達を一人の男性が出迎える。神父服を着た、やや暗い雰囲気の容姿の整った男性。どことなく浮世離れしているような、そんな印象が感じられた。少なくとも俺には。

 

 その男性はどことなく憔悴したような様子だった。はて? なにか問題でも起こったのだろうか?

 

「すまない。あの子がいつの間にか脱走していた」

 

 ああ、うん。やっぱり。なにか問題が起こっていたのね。

 

「璃正神父、すまないが子息と共に奥へと行ってくれ。道なりに行けば一人のシスターがいる。彼女に案内を頼んでいるから、ひとまず彼女の言う通りに部屋に荷物を置いてきてもらいたい。それからは私から連絡が入るまで好きなようにしてくれ」

 

 彼は一息にそういって、それでは、と足早に教会の外へと出て行った。

 

「綺礼、私の荷物も頼めるかな?」

 

「はい。気をつけて」

 

 父さんが理由を言うよりも速く、俺は無言で促した。この父のことは理解している。誰かが困っているようで、自分が手伝えるようであれば躊躇い無く手伝う。

 

 父さんは俺の頭をぽんぽんと叩き、彼のあとを追っていった。

 

 あの後の俺の行動は言うまでも無い。シスターさんに案内され、しばらく泊まるであろう部屋へと入って荷物の整理。そしてそこでじっと待つ。ただそれだけ。

 

 ……まあ、それだけなのですが。ぶっちゃけ膀胱がやばい。長時間の乗車はきつかった。……ええ、ですのでシスターさんに一言断ってトイレに行ったんだ。小さい方するために。でもなぜかシスターさんも一緒に。

 

「場所が場所ですから。それに、璃正神父の子息に万が一のことがあってはなりませんので」

 

 どんな場所にトイレがあるんだよっ!? どんな危険だよっ!? どんな羞恥シチュだよっ!?

 

 これが年配のおばさんとかだったらさ、まあ、まだマシだよ。でもねえ、それが若いシスターさん、それも二十歳より若く見えるような綺麗なシスターさんにってどんなアレだよ。

 

 ……結局、普通にしたんですけどね。男性用お手洗いの前まで案内されて、もちろんのことそれからは一人で。かなり恥ずかしかった。表情にはおくびにもだしてないだろうけど。

 

 お手洗いは礼拝堂から脇にそれたところにあった。……最初に行けば良かったといまさら後悔。

 

 シスターさんとぽつぽつ話しながら、礼拝堂を通って外と直接つながっている廊下を歩く。うむ、見事だ。でっかい樹木を中心にうっそうと草が生い茂っている。……どこの未開の土地だよ。

 

「――!」

 

 ――突然、シスターさんが俺を抱いて横に跳んだ。……はい?

 

 首の後ろと太股の後ろに手を回されて、きつく抱き締められる。どう考えても男性が女性にする力強い抱き方ですなわけがない。おそらく、俺の体が急な動きで揺れて関節を痛めないようにといった配慮だろう。幸い、俺は小柄でシスターさんに無理な抱き方をさせているわけではなさそうだ。荷物ではあるけども。

 

 正直、状況がつかめないが、俺は危険にさらされていて、シスターさんはエクソシストかそれに準ずる方だったというわけだ。

 

「私にしっかりとしがみついて」

 

 合法的に豊満な体に抱きつけるわけですね。修道服に隠れてわからなかったけどすっげえエロそうなというか肉感的な体でした。ゴチです。

 

 などと、ふざけたことはしっかりと抱きついてから考えた。

 

「――へっ、くだらねえ。そんなにそいつが愛しいかよ、ショタコン女郎」

 

 だから、だろう。シスターさんの体から急に力が抜けたのは。

 

 原因は明確。俺のすぐ眼の前を通過し、シスターさんの首筋を強打した白く短い棒――否、刀身の無い、柄らしきもの。

 

 俺を抱きかかえる腕が緩む。シスターさんの体はそれまでの速度を保ち、慣性の法則に従いつつ地面に激突――させるわけがない。

 

 視界は依然として開けている。すぐさま空中に踊る俺と彼女の位置を把握。そんなに高い場所ではない。したがって、進行方向と垂直になるよう体を回転。彼女の体が自分から離れないように、視界を遮らないように抱える。大きな胸が思いっきり顔に当たっているが気にすることができない。ちっ。

 

 片手で地面を叩き、体を回転。まず俺の体が地面に叩きつけられ、数回そのまま回転しようやくとまる。そして――俺は襲撃者の姿を視認する。

 

 白い少年だ。病的なまでに白い少年。髪も皮膚も服も白い。

 

「んー? 俺と同門――ってわきゃぁねえよな。じゃなきゃあのビッチが抱えて逃げるなんてわけねえ。っつーことは必然的に君はひなたもんってなるわけだが――」

 

 流暢過ぎて聞き取れない英語。ただ、口汚いのだろう。ビッチって言ってるし。

 

 白い少年は赤い瞳を爛、と輝かせ、白く光る刃を俺に向ける。

 

「――悪魔って、信じるか?」

 

「ああ」

 

 俺は彼女と少年の間に体をさりげなく移動させた。

 

 さっきの質問はなんとか聞き取れた。

 

「もう少し丁寧な英語をゆっくり話せ。聞こえない」

 

「それは失礼。なんせ俺ァまともな育てを受けた覚えは無いんでね。恨むならてめえの育ちの良さを恨みな」

 

 ケタケタと笑う少年。……何言ってるのかさっぱりだ。内容じゃなくて英語そのものが聞き取れない。

 

「まぁでも? ぶっちゃけた話? 正直、僕まだ捕まりたくないんだよね。捕まったら面倒なことさせられるし? だからよぉ――倒れとけよ」

 

 少年の姿が視界から消えた。よく漫画だとかで自分の視界から相手が消える、などという驚き方があるが、実際のところそうそう消えたりしない。だから――いや、だけど。

 

 だからといってそう簡単に攻撃をくらうわけではない。

 

 消えた場合、大概は下か上か後ろか――だが、後ろは開けた場所で彼女の倒れた体がある。そんな足元が不安定な場所で攻撃ができるわけがない。下からは俺の身長が低いから却下。つまり――残った場所である上から――!

 

「なわけねえよな」

 

 日本語でそう呟いて。()()からの攻撃を腕で受け止める。

 

 というかそもそもだ。正面の下からなんて見えるし、上からなんてそんなものは空気を足場にでもしないと不可能。だから必然的に、背後となる。足場がいくら悪かろうと。

 

「あン――、――――ッ!?」

 

 受け止め流して絡めとり――引き寄せ顔面への一撃と見せた、鳩尾への膝の一撃。上半身が折れ曲がり、頭が俺より低い位置にくる。同時、俺の片手がそれより上の位置にある。

 

 だから――後頭部へと肘を振り下ろし、意識を刈り取――ろうとしたのだ。

 

「――ぉぃ」

 

 怖気が奔った。すぐさま少年の体を突き飛ばして距離を取る。少年の手は低位置に有り、手の平は上へと向けられている。おそらくというか確実に性器を握りつぶすつもりだったのだろう。

 

 危ない。枯れたような人生をおくる予定とはいえ、不能もしくは精力減衰などという女性にとっても男性にとってもよろしくない状態にはなりたくない。性欲は今は無いけど、エロに関する興味は尽きないのだから、中学生あたりで盛るかもしれないのだ。彼女とかができてイロイロするかもしれないのだ。

 

 いやいや、ここは悪魔転生があるのだし、兵藤が世界平和を成した後に転生悪魔となってイロイロやりまくるのも美味しい。いやまあもちろん、それは父さんとか、俺の堕落しきった生活を見せたら叱られるような人がいなくなってからの話だけれども。となると五・六十くらいか? その頃に死んだように見せかけて冥界に亡命すると良いか。兵藤の従者の従者として悪魔に転生すれば良い。うむ、よし。それまでスマートでややアメリカンなマッチョ体型を維持しよう。いやあ、この世界の未来は明るいなぁ。

 

 生き残れば。

 

 ……やっぱ世知辛いなぁ。

 

「……テメエ、何者(ナニモン)だ?」

 

「君に言う名前は無い。狂犬」

 

「――、――上等ォ」

 

 少年は幽鬼のようにゆらりと体を揺らして、口を、上から食われた赤い三日月のように歪ませる。

 

「徹底的に叩きのめしてやる」

 

 その瞬間、ほんっとーに姿が見えなくなった。

 

 そして、ガンッと横合いから衝撃が来て吹き飛ばされる。

 

「ギゥッ――――!」

 

 予想だにしなかった一撃。続けて攻撃が俺を襲う。拳が鳩尾に突き刺さり、額に何かが打ち付けられる。感触からして相手の額か。

 

 そして一瞬の時間、少しの距離が離れる。明滅する俺の視界に白いのが映りこみ、咄嗟に肩を上げ首を護った。それは蹴り。それも俺の首筋を容赦無く狙ってきた、ともすれば命を刈り取るくらいに致命的なそれ。危なかった。これに反応できたのは僥倖だった。

 

 だが、その後には続けることはできない。

 

「ザァ・マァ・アァ――死ね」

 

 拳が顔面に叩き込まれる。その寸でで首を動かし、額でなんとか受け止める。鼻を折るのだけは勘弁したい。額から後頭部まで抜ける激痛の波を堪え、左手でその拳を掴もうとして失敗。白黒モノクロームの視界の中、灰色の何かがグルリと一回転し、即頭部に鈍痛。それが裏拳だとわかった瞬間には体は土に叩きつけられ、腹を蹴られて体が宙を舞っていた時だった。

 

 その直後に地面に叩きつけられる。土が口の中に入り込み、血の味が今更ながらに感じられた。頭は狂ったかのように熱を帯び、雑音や雑念の混ざった不明瞭極まりない振動という激痛を与えている。視界は半ばが閉じ、開いている部分は真紅に染まっている。額が熱い。おそらく裂けたか。そしてその血が眼に入り込んだのか。

 

「……」

 

 追撃があるかと身構えていたが、何も無い。

 

「おい、起きてるか?」

 

 明瞭な英語がノイズの嵐の俺の耳朶を打つ。一応、聞き取れはしたが答えることはできない。口は動けども、息すらままならないのだ。

 

「まあ、起きてよーと動けねえだろうがな」

 

 そう呟く声。足音が遠ざかる。何処へ向かう? 向かおうとしている? あのシスターさんのところへ向かっているのなら、なんとかしてでもなにをしてでも止めないといけない。

 

 動かない体に鞭を打ち、精々四肢を踏ん張って体を起こす。ギシギシという幻聴が骨を突く。

 

 いや、幻聴じゃないと思うのだけれども。やっぱあれだな、どうせならギシギシはアンアンというのと一緒に美人さんと是非是非ベッドの上で。できれば金髪巨乳さんを希望。金髪は豊満に限る。包容力があるのなら、なおさら。

 

 と、下らないことを考えてはみるものの、痛みは引かない。っつーか増しただけだ。視界は未だに明滅してるし、真紅だし。なんとか肘と膝を地面につけて体を動かすことができた。

 

「まあだやる気か?」

 

 少年が何か言ったような気がするけどウッドスピリッツ。あんどしゃらっぷ。ゆーあーばっどがい。

 

「――ッ――、――ッァ――――――」

 

 眼の周辺を擦ってぬめった血を取る。うわー、すげえ赤色。黒も混じってて気持ち悪い。視界は明瞭に。頭は死ぬ一歩手前のような激痛から、死にたくなるような激痛に。どっちにしろ大して変わらないし、最悪だくたばれこの外道鬼畜野郎。

 

「おいおい……」

 

 呆れたような声が耳朶を打つ。耳朶を打った振動は俺の脳で声という記号を形成し、その記号に合った印象を俺の意識に刻み込む。よーし、こんだけ無駄口を叩けるのなら、まだ戦える。勝算は作れる。

 

 震える四肢に力が僅かに戻る。その力を一気に解放して四足歩行の弱者という獣から、二足歩行の挑戦者という人間へ。さて、久しぶりの負け勝負だったからかなりメンタル的には大損傷。ぶっちゃけこのまま死にたい。

 

 ゆらゆら揺れる平衡感覚を駆使し、少年を見やる。少年は、シスターさんと俺の間に立っている。距離的には、俺に近いか。よし、これで決まった。この少年は今から俺の敵だ。シスターさんになにか手を出そうとするものなら断じて許さん。なにせ、豊満を堪能ではなく、助けてくれたのだから。

 

 足を開く。腰を落とす。両手を構えて、構えを作る。

 

「あーあー、あーあーあーあー……、そゆこと、そゆことねー。僕ちゃんあれだろ。中途半端に格闘技かじった口で、ド素人の僕にやられたくねーってだけだろ」

 

 全然違う。

 

「オッケー、なら、いっぺんどうしようもねえ敗北を味わってみろや」

 

 少年は無造作に俺に向かって駆け出した。そして真正面から拳を繰り出す。狙いは右ストレート。的は顔面。当然、防ぐ余力なんてものはなく、そのまま額にぶち当たる。そも、この少年の全力を捌けるほど俺は強くない。

 

 肉が更に裂ける湿った音がする。そこから更に連撃。さすがに金的は防いだものの、というか最初からそこだけは死守していたから防げたものの、それ以外は全てくらう。鳩尾、気管、肝臓、頭部へのそれら。なけなしの意地と意思で力を込めて、んでもって僅かに芯こそずらせたものの、即死攻撃が大損害攻撃になっただけでぶっちゃけ死ぬ。

 

 最後に忌々しそうなぞんざいな蹴りと共に、俺は再び宙に浮かされる。先程の再現。しかし、地面には倒れなかった。両脚に全神経を集中させて倒れない。

 

「しぶてえなぁ……!」

 

 再度、少年の一方的な攻撃が開始する。

 

 攻撃をくらえば踏ん張って、踏ん張れば攻撃をくらって。いつの間にだか意識の半ば以上が落ちたくらいの、俺の敗北の無限再現。どれくらいの時間、そうしていたかはわからない。

 

 だが、今こうして考えることができるというのは、意識から白さがとれかけているということ。ふと、思考が明瞭となる。それは少年の攻撃の手がようやく弱まった頃。少年は息を切らしていた。

 

「……いい加減、くたばりやがれ」

 

 少年の白い服には赤い斑点がついていた。……十中八九、俺の血だろう。

 

 僅かな小休止の後に、少年が俺に向かって疾駆する。最初の時より遅い。俺の顔面目掛けた左ストレート。

 

 俺の意識が朦朧としていた時、少年はずっと俺を殴ったりしたのだろう。作業染みた攻撃。もはやこなれたような、人を殴るのに最適なモーション。ああ、知っている。この軌道は、この速度は。何の巧拙も駆け引きも無いその挙動。知っているのだ。

 

 故に、掴むことなど造作も無い。

 

 俺の左手が少年の手首を掴んだ。少年の表情が驚愕の色一色に染まる。

 

 だから――手遅れだ。

 

 故に――ここからは挽回など()()()()

 

 そして、その隙を逃すわけもなく、俺は体を捻った。

 

 これはさながらクロスカウンター。かなりタイミングがズレてはいるが、まあ、結果は同じなのだ。気にすることは無い。

 

 体を捻り、溜めを作ったその直後、幸運にも前に出ていた右足を内側に回転。親指の付け根を支点に、体の捻りを解放する。ギシリ、と骨が軋んだ。主に膝と腰の関節なのだろうが、もっとも大きな軋みを生んだのは――右拳だろう。

 

 なにせ、これまでの返礼をするのだ。意識が飛んだくらいの、その攻撃分の返礼を。ならば、その音は必然。その音がするくらいに硬い拳を作らなければ。

 

 そう念じた次の瞬間には、拳が放たれていた。それは狙い過つことなく、およそ理想的な()()の軌跡を描く。柔らかな、確かな感触。俺の拳は少年の腹に深々と突き刺さり、その華奢な体躯を二つに折る。

 

 ――正直、俺は人を殴るのが好きではない。というか喧嘩すら好きではないし、むしろ、嫌いだ。忌み嫌っていると、そう断じてもなんら困ることは無い。

 

 っつーか、人を傷つけること自体嫌いだ。クエスチョン、ではなぜ俺はこの少年に暴力を振るっているのでしょう。アンサー、腹立つから。

 

 好きではないから、嫌いだから、忌み嫌ってすらいるから、腹が立つ。

 

 ここで俺が弁の立つ、知的で素晴らしく嫌味ったらしい性根の腐った奴なら、こうして暴力を振るう事無くこの少年の自尊心を叩きのめすことができるだろう。

 

 だが、だ。

 

 俺は弁は立たないし、知的ではないし、素晴らしく嫌味ったらしくもなく、性根の腐った奴ではない。残念なことに。そしてまた、正義に燃えるヒーローでもないのだ。非暴力不服従を謳い、死に瀕してなお恨み言の一つも吐かなかった正真正銘の聖人でもない。ああ、なんて中途半端。なんて青臭い十四歳。

 

 俺の本質は村人C辺りだろう。不平不満を漏らしつつ、力に媚を売って周囲の正義に迎合する軟弱小市民。間違ってもリーダーにはなれない。いや、求められれば応えるだろうけども。だがしかしそれもまた、周囲に流された結果にしか過ぎない。

 

 ふと、結局のところ本物の自分の自我とは何なのだろうか、といくら考えても共通普遍の真理は出ないことを思ってしまった。無論、それは隙。すぐさま頬に拳が当たる。

 

 負けじと、殴り返した。腹に。そこは俺が左手をきつく握っている為にあまり自由に動かせないのだ。

 

 少年も俺の左手を握り返す。それまでは抜け出そうともがいていたが、ようやく俺のほうの握力が強いということを察したのだろう。腹を括ったようで、左手の握り方をせわしなく変えて、俺の左手の骨を砕こうと画策している。俺もそれに応じ、しかし、握り方を変えることができるほど、今の俺に余裕は無いから、せめて石を握り砕く思いで握り返した。

 

 よし、これで更に緊張感アップ。そして慣れない事をしているから僕ちゃん怖いです。

 

「――……さて」

 

 膠着状態になったので口を開く。ここは呼吸を整えることに専念すべきだろうが、これは必要なことだ。

 

 聖職者とか、そういうのは一切合財忘れる。ここからは意地の世界。俺はこれまでの攻撃でダウン寸前、しかし泥まみれの接近戦に持ち込んだ。少年は俺の得意な距離にいる為に動きにくいが、ダメージは俺より少ない。長期戦でも短期戦でも、どちらが有利かは不明。よって、ここからはどちらが根性で立っていられるかが勝負。

 

「喧嘩をしようか」

 

 それがこれからの戦闘の合図。そしてそれは俺の宣誓。こいつを確実にはっ倒すという。血眼、血みどろ、血まみれ、泥まみれ、絶対にスマートでは無い熱血アニメでよくあるような殴り合い。しかし絶対やってはいけません。良い子は真似しないでね。

 

 そこからはただひたすらに少年と殴り合う。使うのは全て拳。武器なんて無い。そも、その選択肢そのものが。

 

 序盤は蹴りとか肘とかそういうのがあったけど、互いにそれを出したら互いに潰されたから今となっては既に使われない。ああでも、たまに頭突きはあるな。顔への拳はそれで相殺とかする。主に俺が。

 

 頭の中で火花が散る。ついでに血汗も散った。振り下ろした拳を上へと、顎へと奔らせ、しかしそれは少年の手の平に阻まれる。そこで頭突き。湿っぽい音と共に、それをくらった少年はわずかに蹈鞴を踏んだ。よって、俺に追撃を許すことになる。左半身を引いてこちらに少年を引き寄せ、突き出した右拳で腹を抉る。

 

 少年が苦悶の唸り声をあげる。獣のような威嚇の意思もこもったそれ。ともすれば恐怖で気が引きかねないが――既に慣れない喧嘩という恐怖で半ばハイになっちゃっていっちゃっている俺には無意味。

 

 むしろヒートアップする。そして――壊したくなる。

 

 ああ、怖い。怖い思いはしないに限る。冒険なんてせずに、布団や縁側で安穏とした日々を、麗らかな日差しと共に過ごしたい。

 

 俺が一番恐怖し、嫌悪するのは不快に感じることや危険な事態だ。前世で受けたいじめや、今現在進行形で起こっているこの喧嘩とかそういうの。見ているだけで、腹が立つ。腹が立って無くなれば良いのにと思うのだ。願うのだ。

 

 恐喝は怖い。喧嘩は怖い。怪我は怖い。傷害は怖い。殺人は怖い。されるのもするのも怖い。前者は単純な恐怖から、後者は仕返しがくるかもしれないという恐怖から。ああ、同じか。

 

 そうだ。ならば壊せば良い。その恐怖の元を壊せば、俺を脅かすものは何も無いのだ。

 

 ならば問おう。眼の前のこれは恐怖の根源か否か。――是、恐怖の根源である。

 

 ならば、壊す。

 

 壊せ、破壊しろ打破しろ。そうして俺は安穏を得ることができるのだ。

 

 二発の攻撃を甘んじて受ける。痛くない。その間にしっかりと握り締めた拳を、俺に二撃目が直撃し引いた瞬間に腹に叩き込む。が、わずかに芯をずらされて致命傷には至らず。

 

 額から血と汗が混ざったなにかが滴り落ちる。それは少年も同じ。服は若干ボロボロで、だけど、血のあとが凄い。あーあ、高かったのになぁ……! この服!

 

 腹への一撃と引き換えに、少年の左腕に拳を力任せに叩きつけて肘を曲げさせる。突如として俺と少年の距離がつまり――同時に互いに頭突きを繰り出し相殺となる。

 

 再度の火花が脳裏で散る。

 

 ――あぁ、可笑しい。不可解だ。恐怖は依然として心底にあるというのに、湧き出でるのは獰猛な闘争心。烈火というには程遠い、熱されたが未だ燃えないコールタールのようなそれ。可笑しいなぁ、可笑しい。今までの俺ならばそろそろダウンして負け犬の醜態を晒していたというのに。今の俺はこうしてほの暗い嗜虐心に満たされている。辛いだろう苦しいだろうそれは俺も同じで少年も同じ。あぁ、愉快極まりないよ素晴らしい――。

 

 その火花の散る刹那で、何故だか大笑いしたい衝動に駆られた。

 

 頭が可笑しくなりそうだ。いや、実際に可笑しくなっているんだろう。その証拠に――

 

 

「綺礼! なに笑って人を殴っておるかァ!!」

 

 

 ――笑っていたようで。

 

 ……って、さっきの声、父さん……だよな?

 

 そう思い至った瞬間、鳩尾に少年の拳が入る。――あ、ヤバい。

 

 体を痺れさせる鈍痛もあれだが、それ以上に致命的なものが俺の中でプッツリ切れた感じがする。崩れ落ちる膝、弛緩する体――嘲笑を浮かべる傷だらけの少年。

 

「ア――」

 

 それが視界に入った瞬間、もう一つの何かが切れた。プチッ、と。致命的ではないが、いや、ある意味では致命的な切れ、だろう。あれは。というかこれは。いや変わんないか。

 

 まあ、ともかく。それを見て、切れて、思ったわけですよ。

 

 

「――――死ィ――ねェ!」

 

 

 ――この白痴野郎がァ!!

 

 少年に懐に潜り込んでからの、真下から顎への頭突きをかます。

 

 俺の持てる限りの色々な全ての技術やら体力やら気力やらを総動員させて、それを妥協すること無く乗せたおそらく過去最高の会心の一撃。

 

 かなり変な音がしたけど気にしない。気にしてられっか。

 

 日本語でそう叫んだきり、プツリと、暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 眼が覚めて、最初に見たのは真っ暗な天井だった。

 

 体はだるく、どこか押さえつけられているようで正直きついし、かいた汗が不快だ。ともかく、俺は大怪我をしているということなのだろう。当たり前だろうが。あれだけの喧嘩をしたんだ。そりゃ骨だって折れる。それにアイツ人外染みていたし。

 

 なんだよあれ。両足ついていないのにバランス崩さないとか、他にもなんか変な光の剣を持っていたり。使ってなかったけど。使われなくて良かった。もしそうなっていたら俺は今頃お陀仏だったし。彼女も酷い目に遭わされていただろう。下手したらレイプ。ビッチとか言ってたし。あの人の処女は俺のものだ! 嘘です。とゆーか、こう、恋愛フラグ、というかエロいフラグ建たないかなー。そう、例えば可愛い子のパンチラが見えたり。……小学校で結構な頻度で起きてました。あーあ、あの人に添い寝してもらいたい。声の感じもなんとなくカッコよかったから、寝るまで子守唄っぽいの歌ってくれたら嬉しいなあっ。

 

 ……ごほんっ。

 

 代わりに、まあ、俺がその酷い目に遭うわけだけども。この喧嘩といい、その喧嘩の怪我といい、これの後にあるであろう父さんの慈悲深く長い説教が。ケッ。慣れてるけど。悲しいことに。

 

 深呼吸する。涼やかな空気が入ってきて気持ち良い。

 

 ゆったりとした弛緩した空気が流れる。頭は半分変な状態で覚醒していて、まどろみつつもある。夢見心地というか、そんな感じ。ここだけ俗世とは切り離されたような感覚がする。今ならアパテイアの境地に辿り着ける自信がある。

 

 まあでも、そんなことが実際にできるわけじゃないんで。それに――どうも世界は俺をそれに至らせる気はさらさら無いようで。

 

 ――風斬り音。

 

 ああ、もう、面倒だなぁ。だから動かない。俺はそのままの体制で眼を閉じつつ睡魔に身を委ねる。しばらくしても、その風斬り音――その元凶が振り下ろされるようなことは無かった。

 

「昼間のお仕置き、させてもらおうかしら」

 

「ゲッ……」

 

 なぜなら俺の近くにはあの女性がいる。

 

「うちの息子を襲ったことの弁解を聞かせてもらおうか」

 

 その上、父さんもいる。だから俺に危害なんざこれっぽっちもこないに決まっていた。あの昼間はともかくとして。

 

 明かりがついた。

 

 俺は一瞬薄目を開けて現状を確認――おお、シスターさんの胸のふくらみがドアップで俺の眼の前にあった。じっくりと鑑賞したいところだけれど、父さんがいるから自重。寝たふりを決行。

 

「起きなさい、綺礼」

 

「……はい」

 

 言外に起きているだろうというニュアンスが含まれていた。だったら起きないといけない。

 

 目を開けて、再度の胸ドアップ。それに戸惑いつつも――やっぱ閉じた。

 

「私は体が痛いです。ですので、私は寝転んだまま話をします。すみません」

 

 発音はそれなりに良いと評価された中学程度レベルの英語でそう返す。

 

「ああ、綺礼。わざわざ英語を話す必要は無い。自然と翻訳される術を行使していただいた」

 

 Oh、ここでカミングアウトかよ……。さらば、俺の神父様な自堕落な未来よ……。

 

 ここからはダイジェストにお送りする。白い少年の挑発は聞こえない振り。内心煮えくり返っているけど。

 

 まずは、この世界の真実。

 

 ここには人間以外の生物が存在している。そしてそれの大きな勢力として、次の三つが挙げられる。神が生み出したという天使、天使から堕ちた堕天使、神と対立し悪を象徴する悪魔。この三つの他にもいくつかの勢力があるが、それはおいおい。

 

 そして、人間以外の生物が存在するというのなら、無論のこと、人間の文明以外の技術がある。それが悪魔と魔法使いの使う魔法、天使と堕天使が使う光力、神が創ったという(セイクリッ)(ド・ギア)。他にも魔剣とか聖剣とか。

 

 と、この世界のことは一先ずこれくらいで良いだろう。

 

 白い少年の名前はフリード・セルゼン。少し前に悪魔をたった一人で斬り殺した、天才的な殺しの才能がある少年。ただ、その少年が悪魔を斬ってから、以前はしなかった乱暴な言動を取るようになったという。

 

 そしてそれに手を焼いたシスターだか牧師だかが、どうすれば良いか、というのを真面目に考えた。

 

 そこで、一つの仮説に至ったらしい。もしかしてフリードは何か悩みを抱えているのではないか、と。それがわからないために暴れているのではないか、と。それから更に考えた結果が、以下の通り。

 

 ――同年代の子と関わらせよう。

 

 ここのエクソシストの施設には、フリードと同年代の子供はもちろんのこといる。だが、ここでこうなったからには、この施設の子供と改めて関わることは極めて困難であるし、なにより新しい発見がすぐにできるわけではない。

 

 できるだけ速くその悩みを解決させる。それには新しいものに触れさせることが一番。しかし、彼を外にやるのは不安がある。

 

 だったら、ここにその子供を連れてこよう。

 

 穏やかで頭が良く、聞き分けの良い子供。その上で思考が柔軟で、敬虔な子供が良い。

 

 と、いうことで俺が選ばれたのだと。

 

 ……、ああ、うん。俺ができる子を演じてたのが駄目だったのね。できる子というか、まあ、聞き分けの良い子なのだけれども。おそらくあれだ。なんでもかんでもすぐ質問する姿勢が意欲的とかとられて、クラスを纏めるような立ち位置になっちゃったのが人を導く才能有りととられて、んでもって悪い点が無かったからこんなところに連れて来られたのね。内心すっごく汚いのに。コールタールも真っ青なくらいに。青くないけど。黒いけど。

 

 でもやっぱり父さん補正もかかっているのだろう。父さん、結構有名な神父だし。璃正神父の息子さんなら……! というノリは必ずあったに違いない。

 

 んで、実際にそのフリードと俺は互いに引き合わされた事情を改めて説明されて、向き合った。

 

 ――ら。

 

「死ねえええええええええええ!!!」

 

「――ハンッ」

 

 互いに一触即発、どころか一見爆発しました。警察主導の犯罪者との対面っぽく、間にガラスなんてものは無い。おそらく共に痛む体で、フリードはすぐさま俺に襲い掛かり、俺はそれを迎え撃ち、その騒動はすぐさまその場に待機していた人々によって治められた。

 

 ――その日の夜。

 

「……綺礼、そんなにフリードのことが嫌いなのか?」

 

「はい」

 

 割り当てられた部屋で、父さんにそう尋ねられた俺はすぐさまそう返した。

 

「人を易々と殺せる力量を持ちながら、それを敵でない者に軽々しく振るうなど人ではありません」

 

 できる限り淡々と話す。ここで正体がバレてしまったら元も子もない。

 

 そも、俺は人殺しは嫌いだ。というか人を傷つけるやつが大嫌いだ。憎いと言い換えても構わないし、むしろそれを推奨する。なにせ――……前世で、俺は一度イジメに遭ったことがある。あの時の屈辱、というよりは苦痛。それは今でも覚えているし、怖い。

 

「――綺礼?」

 

 父さんがどこか困惑した表情を見せる。

 

 はて。俺の言動のどこに困惑する要素があるというのか。誰だって嫌だろう、人に暴力を振るう奴は。死を振りまくならなおさら。

 

「ともかく、私は彼と相対したくありません。帰りましょう、父さん。ここには、居るべきではないです」

 

 俺はそう断言した。

 

「……綺礼」

 

 やや少しの間が在って、父さんが俺の名前を呼ぶ。

 

 何を言うのかと、俺は考える。パッと思いつく限りではフリードと仲良く、そうでなくとも普通に会話するようにしろ、それくらいだ。他は……、思いつかない。

 

 だが、俺はフリードと仲良くする気は更々無い。誰があんな狂人と好んで付き合いたいと思うのか。こればっかりはいくら父さんが俺のことを大切に思ってくれているとはいえ、無理だ。不可能だ。

 

「――しばらく、お前はここで過ごすべきだ」

 

「……はい?」

 

 その言葉の意味するところを、すぐには理解できなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。